|
■オープニング本文 ●連絡船 飛空船の連絡港は、今日も旅人でごった返していた。 「ったく、赤辰だろうが何だろうが、船はのらねぇとどこへも行けねえなぁ」 首に赤い帯を巻いた集団が、悪態をつきながら船着き場へとやってきた。 肩で風を切るように大きく揺すり、胸を張って発券所へと向かっていく。 『……赤辰だ……』 『しっ、見るな』 彼らを知る人たちは、関わり合いになるのを避けるかのように顔を背け、またある者は道を譲る。 赤辰団もそういう態度には慣れているため、何かを言うこともない。ただ、珍しそうに眺めてくるものには睨みを利かせる。 頭領のやや後方を歩き、マフラーで口元を覆っている男……咲崎は、無感動にその光景を眺めていた。 天儀では少々名のある【赤辰団】の頭領、弥右衛門が近隣の都へ出かけるという。 理由は不明だが赤辰団では自船を所持しておらず、遠方に出掛ける時には、この発着所を使用しているのだという。 行儀がいいんだか悪いんだが――そう思っていると、ジルベリア行きの船を待つ集団の中に、見知った人の顔があった。 (ん? あれは……確かミィナとかいった嬢ちゃんか) ミィナとは、一時期赤辰団に囚われていた商人の女だ。 数日前にミィナを取り返しに来た開拓者の一団――彼らは商人だと嘯いていた――が、どさくさに紛れて連れ帰って行った。 咲崎も間接的に手を貸してやったが、一団の中に昔世話になっていた家の娘がいたことと、多少の良心の呵責からそうしただけだった。 ということは……? 咲崎はミィナの側に寄り添うフードを被った小柄な人物を発見し、納得した。 ローラ=グロスハイムが寄り添っている。 ミィナの体調は完全には回復して居ないようだったが、一刻も早くジルベリアへ帰ろうとしているのだろう。 とはいえミィナの顔は丸見えだ。彼女もフードを被ればいいのに、このままでは見つかってまた連れ戻されるのではないだろうか。 (俺が心配することでもねぇが……) そう思った時に、赤辰の男が『あれ?』と声を出したので、思わず咲崎はそちらに素早く目を向ける。 見つかったのか? と何故か肝を冷やす咲崎。 しかし、赤辰の男が見たのは彼女たちではなかった。 「旦那ァ……今船運転見合わせみたいですぜ……」 「なァにィ……?」 どういうことだと弥右衛門が低い声で聴けば、男は慌てて張り紙に書かれた文字を読み上げた。 【開拓者様急募 港内部に瘴気反応があり、係員が調べたところ異形の姿を複数確認いたしました。 今のところ被害はありませんが、乗客や荷物の安全を考え、全ての船便発着見合わせを行っています。 この状況を打開するため、数名の開拓者様に討伐依頼を受けて頂きたく存じます】 お受けしてくださる方は、受付窓口で参加の旨をお伝えください――こういった内容の事が書かれている。 「……おぅ、咲崎。おめぇシノビだろ。行ってこい」 弥右衛門が顎で張り紙をしゃくる。言われた咲崎は、いいのかい、と口にした。 「旦那の守備が俺の仕事だと思ってんだが」 「赤辰の助けになるようなことならやりやがれ」 「はいよ。じゃあ、どっか茶店でも入ってゆっくりくつろいでくださいよ」 ぞんざいな口の利き方だが、これも咲崎には許されている。 赤辰の集団は、ぞろぞろとその辺の店へと向かっていったようだったが…… 姿が見えなくなってから、咲崎はミィナらのほうへ振り返る。だが、そこには彼女たちの姿はもうなかった。 「…………」 なぜか、居たたまれないような気持ちになりつつ、咲崎は微かな感傷を振り切り、窓口に向かっていった。 ●アヤカシへ強襲 アヤカシ退治に集まった人々の中には――ローラの姿もあった。 (おいおい、冗談だろ) どうやら彼女は、後方の支援に回ることになったようだが……姿を認められたくない咲崎は、マフラーをいったん外すと覆面のように顔へと巻き上げた。 そこへ、出張してきたギルド員が皆を集め、よろしくお願いします、とギルド員の女性は微笑み……船へどうぞと告げた。 |
■参加者一覧
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
平野 等(ic0012)
20歳・男・泰
高虎 寧(ic0832)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 窓口係員に港内のルートや見取り図を簡単に書いて貰い、作戦を立てる開拓者達。 その間、平野 等(ic0012)は赤辰団についての聞き込み――好奇心からであろう――を行っていた。 「へぇ……赤辰団、って言うんですか? 揃いの赤帯締めて、ちょっと小粋ですねぇ〜」 「おいおい、よしなよあんた。奴らに近づくと禄なことはないんだから」 話した男性はぎょっとして等に忠告したのだが、入団希望というわけではなさそうである。 「……」 赤辰と聞いて、ローラは何か思いを馳せているようだった。 「ウミウシ(以下:海牛)退治なんてちょっとアレだけど。さっさと片づけて安眠したいわぁ」 初仕事で緊張しているかと思いきや、そう感じてもいないのか一切顔には出さない高虎 寧(ic0832)。 眼鏡を光らせ超越感覚も併用し、敵の気配を探る。 「さっき聞いたけど、赤辰団って人たちが港に来ているんだって〜」 移動しつつ等がその名を出すと、自分達より前にいた咲崎が肩越しに彼らを見ていた。 (このシノビは……『あの時』の……) 覆面姿の咲崎を見つめ、以前の記憶を手繰る羽流矢(ib0428)と、思い出せないまでも引っかかりを感じている九竜・鋼介(ia2192)。 「……なぁ、前に会ったことあるかい? ……あんたの声、聞き覚えがあるような気がするんだが……?」 朧気だが、声にも聞き覚えがある。鋼介が咲崎の目を見つめながら尋ねれば『どうだったかねぇ』と咲崎は鋼介を一瞥してはぐらかすように答えた。 「俺の顔なんざ、特徴もない凡庸としたもんさ」 世間話してる暇があったら早めに片づけるぜ、と、ローラの視線も感じ始めた咲崎がやや早口に言い、道の先を指す。 「……そうか、では共に戦ってもらえないだろうか? 味方は多い方がいい」 鋼介の申し出に、腕組みした咲崎は一緒に行動するのかと暫し考えている。 「目の前の依頼をこなすことが大事だ。それに、今は……開拓者として、参加してくれているんだろう? そこの、お嬢さんにも協力を頼みたい」 と、ローラにも協力を要請すると、フードの下から彼女もはっきり頷く。 「……はいはい。ちゃっちゃと終わらせようぜ」 結局こうなっちまうのかとぼやいた咲崎は、肩をすくめて呟いていた。 「……あの」 ローラが咲崎の元にやってきて、じっと目を見つめる。 「同じことを伺ってしまいますが……どこかでお会いしたことありません、か……?」 顔を隠しているせいで、どうやらローラは咲崎だと気づかないようだ。 「……俺ァギルドに顔も出さねえし、依頼人も良く代わる。人の顔なんざ、後々まで覚えちゃいねえな」 そう言って、彼女の側をすり抜けた。 ●別名:海のうさぎ 「――範囲が想像以上に広く、アヤカシも複数出現しているらしい。 ここは分担して各個撃破というのが早いだろうか……」 港内を注意深く見据える琥龍 蒼羅(ib0214)は、班毎に行動する方がいいと提案。 特に異論は出なかったため、分かれて行動を開始する。 「結構広いな」 蒼羅が見取り図を見る。様々な飛行船や荷物が入ってくるため、縦に長い構造になっている。 右側の通路から蒼羅・羽流矢・等・ローラが、 左側の通路から鋼介・雷華 愛弓(ia1901)・寧・咲崎と班分けして通路を進んでいく。 「そこにいるな……出てこい」 心眼での判別はできなかったが、何かの気配を感じた蒼羅が低く呟き、船の陰をじっと睨みつける。 その言葉に観念したわけではないだろうが、ぬるりとした体を動かし、海牛が1匹現れた。 「こっちもいたわよ!! っと……1、2……3? いるわ」 別の場所で、耳を澄ませつつ同じように超越聴覚を使用して探っていた寧。 「ええ。調べられる範囲に3匹います」 瘴索結界で、アヤカシの瘴気反応が次第に増えて来たことを愛弓は全員に知らせた。 「まったく、ゾロゾロと……何処から湧いて出たんだかな……」 羽流矢が誰にともなく呟き、蝮を握る。 「見たところ動きは遅く、強力そうな爪や何かを持っているようには見えん。 苦戦はしないだろうが……油断は禁物だな」 巨大な斬竜刀を両手で握り直し、蒼羅は羽流矢と見合わせた後、頷く。 ローラがファナティック・ファンファーレを奏でて等を援護。 「荷物や船に被害がないようにしたいですよねぇ〜」 支援を受けつつ古酒を一気に喉へと流し入れる等は、とろんとした目で積み重ねられている荷物や遠くに留まっている船を見ていた。 「弁償しろって言われたら困りますもん」 大げさに身震いし、ゆらりと構えた等。 「荷物などにも気をつけましょうね……」 ローラは曲を奏でて支援を行う。力が湧いてくる感覚に喜んだ等は、ありがとうお姉さん、と笑って酔拳のふらふらした足裁きで海牛に近づいていった。 短く息を吐きながら放った一撃。海牛の胴へと刃が吸い込まれる。 「チッ……嫌な感触だな」 粘液が刃を滑らせ、当初の狙いから僅かに逸れた。 だが、鋼介の攻撃は海牛の行動をより鈍くさせるには、申し分ないものだった。 「ぬるぬるしてるわねぇ……。ま、刺しちゃえば変わらないか」 そこに寧のグランテピエが急所に当たり、海牛だったものは黒い瘴気を立ち上らせて霧散していく。 「粘液は……消えないんですねぇ……」 「瘴気以外も混ざってんだろうなぁ……」 粘液も霧散してくれることを期待していた愛弓達だったが、半透明の粘道はまだ板張りの床に付着したままだ。 いや、少しずつ消えているようなので、少々時間がかかっているだけだろう。 それに注意をしつつ、飛んでくる液体にも気を付けなければいけない。 海牛も緩慢な動作で頭をもたげ、頭頂をめりめりと左右に開いて粘液を吐き出す。 咄嗟に後方へ跳び退き、その攻撃を避けた羽流矢。 「む……。口から吐くのではないのか……」 頭上からのほうが効率がいいんだろうと納得したが、毛布で放たれる粘液を受けつつ、蒼羅がその隙に斬竜刀で叩き斬る。 みしみしと床を鳴らし、斬るというより潰すような攻撃に海牛もなす術がなかったのだろう。 黒い瘴気が放出される中、微かに梅香が漂っていた。 愛弓は遠距離から短筒で攻撃。流石にベタベタの毛布は洗って使いたくない。 「ふふふ……今宵の銃は、血に飢えているのです〜」 気色悪いと言いながらも、確かな手ごたえを感じた愛弓。 銃口から立ち昇る煙を吹き消し、不適な笑みを浮かべる。 「……言いたいことはわかるんだけど、まだ昼間よ?」 愛弓と共に、横に広がろうとする海牛を逃がさぬよう、纏めに動く寧。 ツッコミもついでに入れている。 眼前に二本指を立て、火遁で焼き払う。 高熱に体を焼かれ、火から逃れようと胴を左右に揺らしながら海牛は追い込まれていった。 足下にも気を配りつつ、羽流矢は今再び粘液を出そうとする海牛へ毛布を投げつけつつ駆ける。 毛布が海牛に覆いかぶさった瞬間、毛布の上から抑え込むように床へ押し、忍刀で薙ぐように斬り付け……後方に別の海牛の気配を感じ、壁に向かって羽流矢は跳躍。 壁を軸足で強く蹴りながら、懐から漆黒の手裏剣を取り出し――海牛へ向かって投擲。 手裏剣が刺さってもなお角を伸ばし、敵の気配を探ろうとする海牛だったが――ローラは瞬時に共鳴の力場に曲を替え、甲高い音で攻撃を鈍らせる。 「にっひひ……コノワタって海牛のでしたっけ? ナマコでしたっけ? ま、どっちでもいいかぁ」 酒の効力により顔を赤らめ、おぼつかないように見える足取りで海牛に近づく等は、独り言のように語りかけながら、一気に痛烈な打撃を浴びせた。 濃い瘴気の靄――水中で煙幕に使うものだろう――を体から立ち上らせつつ、海牛は後方へ転がりながら吹き飛ばされ、数回地を弾ませる。 「あー、そっちに行きました! 任せましたよっ!」 等が蹴り飛ばした海牛を一瞥し、小さく頷いた後……蒼羅は呼吸を整えて3匹の蠢く海牛を視界へ納める。 「北面一刀流奥義――」 巨大な天墜を難無く扱い、真一文字に振り切る蒼羅。 数瞬遅れて、彼の外套がはためく。 「――秋水」 蒼羅の唇が動くと同時、3匹の海牛はその場に倒れた。 寧がアヤカシを引きつけつつ、斬撃の間合いに踏み込む鋼介。燃える太刀がアヤカシの胴を真っ二つにし、血の代わりである瘴気を噴き出しながら崩れていく。 「攻撃が効きづらいわけでは……ないようだ」 太刀に付着した粘液を僅かに眉を寄せて見つめた後、愛弓にまだいるのかと訊き、もう少し先だという返答に頷きで応えた。 咲崎はクナイを海牛めがけて投擲する。 体に似合わずサクサクという小気味よい音と共に深々とクナイが深く突き刺さっていた。 それを見越して奔刃術を使用し、軽く地を蹴りすれ違いざまに、逆手に構えた短刀で海牛を斬り裂く。 着地する付近で自分を見ている2匹の海牛に印を結び、不知火の業火で焼き炙った。 「……! 思い出した。あのときの用心棒のシノビか……数人の開拓者を相手取ったあんたの実力、忘れるものか」 戦いぶりから、以前屋敷で手合わせした事を想起した鋼介は刮眼し、隣に着地した咲崎に静かに話しかけた。 「……ああ。面倒はごめんどぅ、とか言ってた兄ちゃんか。 ふぅん……昨日の敵は今日の友ってのぁよく言ったもんだ。恨みは無かったが、仕事だったんでな」 「動きを見て思い出しただけだ。 それに、特に恨みがあるわけじゃないのはこちらも同じ事……別に過去を持ち出して何か因縁つける訳じゃない」 太刀を構え、注意深く周囲を探る鋼介。 とはいえ、急に殺気を放った咲崎は恐ろしい強さだった。とも思い出す。 「よしっ、もう一息ですねっ♪ たっ……!?」 向こう側の蒼羅達が索敵を開始しているため、少々離れた所からこちらに向かってくる海牛2匹が今のところ残っている相手のようだ。 咲崎の後からついていく愛弓だったが、粘液を踏みつけてしまい……転びそうになって手をパタパタと動かした。 眼前に覆面の巻き残りだろうが、手だろうが服の裾だろうが……掴めそうなものがあれば掴むのは致し方がない。 「うお!?」 がくんと後ろに引っ張られ、仰け反る咲崎。愛弓はごめんなさいと慌てながら言いつつ、半ば故意に覆面に手をかけ、引っ張っている。 素顔が一瞬さらけ出され、咲崎は焦りのため思わず舌打ちし、愛弓の襟首を掴んで投げてしまう。 「ひゃっ!?」 尻もちをつき、粘液に塗れた愛弓。覆面を直しながら何すんだよ、と咲崎が不満たらたらに言い分を聞いている。 ローラが向こう側だったのが良かったと、内心穏やかではない咲崎。 「吹き飛べ――!!」 そのやりとりに参加せず、火遁で燃やし、カールスナウトに持ち替えて戦塵烈波で吹き飛ばした鋼介と寧のお陰で……こちらも敵は片付け終えたようだ。 合流し、見取り図に記した敵を数えていくと15匹。 「これで全部……片づいたのかな? 見てもらっていいです?」 古酒をぐいっと呷って酒臭い息を吐きつつ、等が仲間に確認する。 「……船内やこの通路にも反応はないですねぇ」 周囲の様子を確認するが、目視でも探知にも反応はない。 「もう、いないようだな……」 蒼羅が言うと、今日はゆっくり眠れそうだと無表情に語る寧。 「……君は一体これからどこへ行くんだ?」 羽流矢がローラに尋ねると、咲崎もちらりとローラの様子をそれとなく伺う。 「その、一緒に来た方が、少々体調が芳しくなくて……ジルベリアに戻る予定です。いろいろ事情がありまして……天儀から一刻も早く離れないと……」 言いながら目深に被ったフードをぎゅっと握りしめるローラ。 それがいいのだと咲崎も思う。 天儀に居たところで、彼女らも苦労するだろうし――自分にしてやれるようなことは、もう何もない。 「あんた位の腕なら、もっと柄の良い雇い主を選べるだろうに。まだ……あそこにいるのかい?」 羽流矢の問いに、咲崎は無言を突き通すばかり。 「そういえば〜なんでぇ〜、覆面してんのぉ〜?」 酔拳の為とはいえど、飲酒のせいで戦闘が終わってもフニャフニャした歩き方の等が咲崎へと近づく。 「覆面キャラは古来からイケメンってぇお約束だよねぇ〜……えぇへへェ〜、わ・か・る・わぁ〜っうぇ〜……ブフッ」 「おいおい。気色悪い笑い方してんじゃねーよ。それに、おっさんでイケメンとかでもねえよ俺」 「ヒャッフーゥ! イケメェーン? フクメェン? イエス! ツケメェェーーン!」 激烈ハイテンションになっている等に、一同の苦笑いが場を漂う。 そして、何を思ったかテンションの高い等はローラを振り返り、にっこり笑った。 「ねね、おねーさんもそう思うっしょ? 覆面イケメン!」 「え……」 「妙な方向に話を振んな。お嬢ちゃん困ってんだろうが」 その言い方と声の感じに、ローラは僅かに過去、同じような口調で呼んでくれた人物を思い出し、胸にちくりと感じた痛みに耐えるように、困ったような顔をしている。 「とにかく仕事は終わった。俺ァ帰るぜ」 くるりと背を向けたところで、俺たちもそうしようと蒼羅も頷くのだった。 ●君の名は 港から出ると、そこには赤い帯の男が一人。 「おお、噂の赤辰の人じゃない?」 等の指摘通り、赤辰の若い男だ。思わずローラは身を固くし、フードに手を添える。 咲崎の姿を見て、大きく手を振りながら―― 「咲崎の兄貴ィ! お疲れっした!」 と、大声で名を言ったのである。 「ッ……!?」 ローラはその名を耳にした瞬間、バッと振り返り、覆面の男……赤辰の男を睨んでいる咲崎を瞠目していた。 赤辰にいたのは咲崎なのは知っていた。しかし、ここにいる覆面のシノビ……顔を隠していてわからなかったが、確かに言われてみれば、咲崎であったのに……! が、その咲崎もその視線を痛いほど感じたため、ハァと長い息を吐いて、頭をガリガリと掻いた。 「ハハ……思わぬ方向からバレちまったなァ……」 力なくそう言うと、覆面代わりにしていたマフラーを一気にはぎ取る。 そこには――……数年前、確かに見知っていた男の顔。 「数年ぶりだな、グロスハイムの『お嬢さん』……」 「さきざき……さん……」 ローラの桜色の唇から、震えながら転がりでた名前。 その名は……忘れようと思った淡い恋心を抱いた相手でもありながら、心の奥底で探していた……グロスハイム家を裏切り、滅した男だった。 |