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■オープニング本文 ●アルセス アルセスはカレヴィリアより交通の便も良く、宿場町として栄えているところである。 この街にやってきたクロエたちは、人波を押し退けながら露店を巡ったり、土産物屋を冷やかしたりなどしていた。 「そろそろ、腹が減ったな。食事にせぬか?」 ひとしきり見て回った後、クロエが近くの店を指し示す。 他の者も空腹を覚えていたが、なにぶん今日の宿でも先に探しておかないか、という話しになった。 「‥‥ふむ。この混みようでは夕方には埋まってしまうやも‥‥ 一理あるな。よし、手頃な宿を探し、荷物を置かせてもらおう」 そうして、クロエ達は運良く小ぎれいな宿を発見することができたのだが。 「一泊食事なしで380文だよ」 無愛想な主人に告げられ、各自自分の財布を取りだし、宿代を支払っていたときのこと。 「‥‥うん?」 クロエが、もそもそと服の上から身体を叩いたり、荷物を漁り始める。 「どうしたの、クロエさん」 クロエが『待て』だの『ない』だとか言いながら、だんだん青ざめていく。 「‥‥何がないんです」 「‥‥財布、ないのだ」 『ええっ!?』 一同は声を揃えて驚き、クロエを注視する。 「‥‥さっき、お土産買おうとして持ってたじゃないですか」 「うむ‥‥。土産屋で持っていたのは覚えている。 結局荷物が増える故、商品を棚に戻し‥‥財布は‥‥」 腕組みして考えるクロエだが、 宿の主人が泊まるのかどうするのかと急かす為、とりあえずクロエの分は仲間内で立て替えてくれた。 「商店に戻ってみませんか? もしかしたら、預かってくれているかも‥‥」 仲間の助言に縋る思いで、元の商店に戻ってみたのだが‥‥。 女主人は商品棚を掃除しながら『財布なんて、落ちてなかったよ』と無造作に言った。 「‥‥終わった‥‥路銀がなければ、旅を続けるのは難しい‥‥」 「いや、依頼はいればいいんじゃね‥‥」 もっともな事だが、がっくりとその場にヘたりこんだクロエには届いていない。 「‥‥クロエ、こうなったら身体で稼ぐしかないよ!」 「破廉恥な!!」 真っ赤になって己の身を隠すクロエに、意味が違うからと訂正して、開拓者は告げる。 「旅芸人さんだって、街で芸を披露しておひねりを貰うだろ? それと同じようなもんさ。 何か、クロエが出来ることをやってみて、見た人が楽しんだらお捻りを取ばしてくれるよ、きっと」 何か出来ることがあれば協力するからさ、と言ってくれたのだが。 「出来る、こと‥‥私には女性らしいことはあまり‥‥」 悲しそうに言うクロエだが、皆それは期待していないので大丈夫だ。 うーん、と唸ったクロエに、仲間の一人が名案を思いついたようだ。 「見て。あの酒場‥‥。 手前ににぎわってる酒場が3つもあって。 場所も悪そうだしあそこだけ、すごい暇そうなんだ。 話を付けてみて、厨房を借りて何か催し物が出来ないか聞いてみてはどうだろう。 料理が上手な人は、ご飯を作ってあげたりして酒のつまみも出来るだろうし、 会話が上手な人は料理はこびつつ一言二言言えば、楽しいお酒を飲ませてあげられるかも」 つまり、酒場を盛り上げ、成功したら手間賃を貰えないかという交渉を企てたようだ。 「でさ、クロエさんの料理を食べてみて、倒れなかった人が賞金をもらえるとか、そういう催しを酒場でやってみては‥‥」 「死人が出るんじゃないのかな‥‥」 言いたい放題なんとも無礼な、とぷんぷん怒るクロエに、ふむ、と顎をさする仲間。 「見せ金を置いて、大きな声で人集めをしつつ誘い出す‥‥というのはいいかもしれないな。 料理下手を直す修行になるかもしれない」 そのほかに、下手な人がいれば一緒に参加するのもいいかもしれないが。 「‥‥ちょっと話を付けてみる」 交渉は任せろ、と男性開拓者が腕まくりをして店に乗り込んだ数分後。 意気揚々と戻ってきた。 「オッケーだってさ。大成功なら、弾むって♪」 おお、と一同の尊敬の声。 「じゃ、早速準備しようか。やれやれ、楽しいのか大変なんだか」 肩をすくめた仲間は、それでいて期待に輝く目を向けていた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
香(ib9539)
19歳・男・ジ
オリヴィエ・フェイユ(ib9978)
14歳・男・魔
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●客を集めるお仕事 「すまぬ‥‥私が財布を無くしたせいで、皆に迷惑をかける。必死に働くので、どうか協力してほしい」 すまなそうに頭を下げるクロエに、 にこりと微笑んで大丈夫ですよと言ってくれる佐伯 柚李葉(ia0859)。 「わかる、よーく解るぜクロエ。文無しはキツいよなぁ」 まるで我が事のように深く共感してくれる佐藤 仁八(ic0168)。 あたしらに任せな、と頼もしい言葉をかけてくれた。 「だいたいクロエは、慌てんぼうなのです。今後は一呼吸おいてから行動してください。いいですね!」 杉野 九寿重(ib3226)にずびしと指を突きつけられ、こくこくと頷くクロエ。 「まぁ、次から同じ失敗をしないように、改善すればいいんだよ。 路銀稼ぎってのも、楽しそうだしな!」 言葉通り、どこと無くやる気の様子を見せる緋那岐(ib5664)。 しかし、仁八のいう『ちんどん屋』がよく分かっていないようだ。首を傾げて彼に尋ねている。 「なんでもええけど、他の店の妨害したるなよ。 ったく、開拓者なんに依頼にも入らんと旅しよって、しかも財布無くすわ挙げ句料理も出来ん。 そら嫁の貰い手がないわなぁ」 香(ib9539)の言葉に、ぴくりと眉を上げたクロエだが、ふんと笑った。 「汝も、なかなか意地の悪いことを言う。 だが反論できぬから致し方ない。 しかし、かようなことを気の荒いおなごに言うなよ、頬に紅葉が彩られるぞ」 「ダホ。人の心配せんと、自分の心配しとき」 そうは言うても乗りかかった船やし、と香は億劫そうに立ち上がり、店内を見回している。 「それでは、私は天儀風の料理や、具合の悪くなった方用の介抱などを致しますね」 お任せくださいと柊沢 霞澄(ia0067)はにこやかに答える。 「それじゃ、僕は調理補佐などをしましょう。 物を取ったり、味見一つでもジルベリアの人にも好まれるかどうかなど、少しは役に立つかと思います」 オリヴィエ・フェイユ(ib9978)が柚李葉や霞澄に向き直って伝えると、2人はよろしくお願いしますねと頭を下げた。 「それじゃ、体を売って働きますかァ!」 誤解を生む表現を残しつつ、女性陣のジト目を受けた仁八。 意に介さぬとでもいうように豪快に笑って、店から貰った古いシーツに『天儀料理』『宴』と達筆に記す。 こんなもんだろうと頷くと、それを長巻へと括り付けて店を出て行った。 「では、宣伝は佐藤さんにお任せして、こちらはお迎えする支度を致しましょう」 柚李葉は店内を見渡し、軽い掃除をと考えつつもクロエに近づき、にこりと微笑む。 「こういう時はお皿洗いが定番ですけど‥‥ 折角ですから、ここはクロエさんに一日看板娘になってもらいましょう」 凍える大地に、草花が芽吹いてきそうな柔らかい微笑み。 クロエも思わず釣られて笑みを返してから数秒後。なんと、と心底驚きの表情を見せた。 「いや、私よりも‥‥ユズリハやローザ、コズエのような愛い娘もおるであろう?」 と助けを乞う目で割烹着姿の九寿重を見れば、その気持ちが通じたのだろうか。 やってきた九寿重は、柚李葉と同じように微笑む。 「良き提案だと思います。 これを機に着飾らしてみるのは如何でしょう?」 通じてなかった。 「コズエっ!?」 「これはクロエの為です。イベントの主役を張るのですし、偶には女性らしくするのもいい事です」 と言いながら、一体どこから用意していたのか――ミニスカのメイド服と獣耳カチューシャ。 あまりの手回しの良さに言葉を失うクロエ。 「‥‥殊更私より、キョウのほうが似合うぞ」 「あ゛? ナメとんかコラ。ゴチャゴチャ抜かさんと、おまんが着けりゃええんや」 そして、オリヴィエは空気を察知してか、逃げるように調理場へ入ってしまった。 クロエが嫌がっていると、とてもがっかりしたように耳をへにゃりと力なく垂らす九寿重。 「そう、ですか‥‥クロエの為にと思ったのですがね‥‥余計な世話だったようです」 友人にがっかりした顔をされては、クロエもそれ以上断りきれない。渋々承知した。 「いってらっしゃいませ〜」 肩をがっくり落としつつ、楽しそうな九寿重と柚李葉に小部屋に連れていかれるクロエを、米を研ぎながらほほえましく見つめる霞澄だった。 ●アルセスの宣伝家 からから、べんべん。他店のひんしゅくを買わぬ程度に、下駄と三味線をかき鳴らし街を闊歩する仁八。 豪華美麗な着物と、彼の書いた旗が人目を惹きつける。 「さぁさぁ、この謳い文句を見て行ってくれよ! 腕に覚えのある開拓者が、天儀料理を作るぜ」 張りのある声で周囲の人々に聞こえるように伝えて回る。宣伝なのだから、騒がなければ意味がないのだ。 「売れねえ酒場で、開拓者の天儀料理教室だ。余興もあるぜ?」 自分の声に耳を傾け、売れない酒場はどこだったかなという声もちらほら聞こえる。 「そうそう、興味のある奴ぁ、売れねえ酒場に来なよ! 四軒固まった中で一軒だけ売れねえ、駄目な酒場だ」 店主が聞いたら苦笑するであろう自虐ネタを含みながら、人の心に留まりやすいフレーズを繰り返しつつ歩いて行った。 数人が店の方角へ歩いていくのを見て、もしもクロエの料理を食べるならと思うと―― 多少良心の呵責はあった。 (許しとくれよ。『何の』腕に覚えがあるとぁ言ってねえからな、嘘じゃあねえ。 それに、料理上手なお嬢ちゃんたちも多いこったし、な) 片眼をつむり、再び仁八は声を張り上げたのだった。 ●酒場内 宣伝の甲斐もあってか、宣伝を聞いて来たという‥‥いわゆる、客‥‥と思しき者が数人入ってきた。 「皆様、ようこそ。どうぞ見ていってくださいな! お越しくださいまして、光栄の至りですわ!」 開拓者たるもの、あるものは何でも使うべし! という心境で ローゼリア(ib5674)は己の外見的な特徴を駆使し、愛くるしい仕草と表情でやってきた者の視線をその身に受ける。 『好奇な視線』を受けるのは正直嫌だが、『注目』されるのは嫌いではない。 それに‥‥どちらかと言えば、好奇な視線を浴びているのはクロエのほうである。 「‥‥いら、っしゃいませ‥‥お、好きな席にどうぞ‥‥」 髪も綺麗にまとめられ、顔を赤らめてメイド服の短いスカートを懸命に下に引っ張る姿は、なんともアレである。 「さぁ、皆様。これより、この美人看板娘さんと私たち助手で、 天儀の料理【伊達巻】の実演・お料理講座を開始いたします」 新年などにぴったりなんですよと柚李葉が伝えた瞬間、クロエの顔がさぁっと青くなる。 「ユ、ユズリハ‥‥」 「大丈夫ですよ。ちょっとすり潰してふんわり焼くだけですから」 さぁ、始めましょうという傍らでは、オリヴィエが何故かリスの着ぐるみ姿で出てきた。 誰一人想像していなかったため、思わず目を丸くしてオリヴィエを注視する開拓者たち。 「ボクも、着たくて着ている訳ではないんですよ〜っ‥‥」 居心地悪そうに身じろぎして泣きそうな顔をする彼曰く、 この着ぐるみは姉に押し付けられたものだという。 人目を引くという目的は達成されて、成功ではあるのだが‥‥なんとなく勿体ない感じである。 小さな台の上で、緋那岐は傀儡操術を駆使し、呪術人形をコミカルに動かしていた。 「人形師の兄ちゃん、すげぇな〜」 糸などで操っているわけではないので、不思議そうに大の大人が釘付けになっている。 しかし、一点訂正するのであれば―― (俺は人形師じゃない。陰陽師だっ) そう言いたいのを堪える緋那岐。 しかし、人形師だと思われても仕方がないほどに‥‥彼の手元には人形が集まっているのだ。 集める気がなくても集まるものというのはある。彼の場合はそれが人形だったのだろう。 人魂も交え、簡易人形劇のようなものまでやり始めてしまう。 人々はそれを眺め、厨房の九寿重達が腕を振るった料理を楽しんでいた。 肝心のお料理教室目当てには、ごく普通の女性の姿もあった。 霞澄は粥と塩むすび、みそ汁という天儀料理。 米は先に仕度しておいたので炊き上がっており、きらきらと輝いている。 「手の上に軽く塩をまぶし、お米を乗せて‥‥これを好きな形‥‥丸ですとか、三角などに握っていきます」 味噌汁に麩は入れられなかったが、小麦粉を練って薄く伸ばしたものを一口大に小さく切っておいた。 そこへ、溶き卵を流しいれると‥‥ふわふわとしたかきたま汁状になる。 「お粥は‥‥朝や飲みすぎた後にも胃に優しく、食べやすいですよ‥‥」 ぜひお試しください、と客にも勧めて、飲みすぎたのかぐったりした者を見つけると介抱に向かう。 クロエのほうはというと、柚李葉に励まされ、心配で調理場から出てきた九寿重にも指示されつつ必死に調理を続けている。 「うう、ユズリハ‥‥難しいぞ‥‥!」 「クロエさん、頑張って‥‥! 料理上手になりたい気持ちはこれ位で折れてしまうんですか?」 なかなか情熱的な指導である。 「頑張れ、嬢ちゃん!」 見守る客にも何故か力が入ってしまっている。 そんな中、香は見知らぬ女性の傍に腰かけ、軽い食事に預かったりにこやかに話してはサービスとして占いをする。 背後で大きな歓声が上がったようなので振り返ると―― 柚李葉とクロエが手を取って喜んでいるので、料理は上手にできたようだ。 日も傾きはじめてくると、ますます酒場は暖を求め、あるいは空腹を満たしに来る人々で盛況になってきた。 その一環として――緋那岐の出した夜光虫が、ふわふわと周辺を照らしているのもあるからだ。 「なんだ?」 「あら、綺麗ね〜‥‥」 目を細めて珍しげに見る人。中から楽しそうな声が聞こえたので、折角だからと中に入る人もいる。 「はい、蒸し饅頭お待たせしました‥‥あっ、尻尾は強く引っ張らないでくださいよぅ!」 大きなリス‥‥オリヴィエが人当たりの良い笑みで接客し、 客に尻尾を笑いながら引っ張られてはアタフタしている。 動きづらい着ぐるみにも関わらず、椅子と椅子、通路の間をすいすい通って仕事をこなしていく。 「随分盛況だねぇ。美味しいものでもなんかあるかい」 「はい。本日のお勧めは伊達巻です。是非肴にどうぞ」 ボクの仲間が作りました、と嬉しそうに微笑めば、じゃぁそれをとさっそく注文が入る。 「ありがとうございます!」 できる限り急ぎ帰っていく、リスの後姿はどことなく嬉しそうだった。 「ローゼ。頑張ってくださいね」 九寿重が料理を運びながら、準備をする彼女に声をかける。 「ええ、失敗なんて致しませんわ。それよりも私、お魚料理のほうが気になって仕方ありませんの」 それを聞いた九寿重は、ふふっと笑って献立を伝える。 すると、ローゼリアの耳がぴんと跳ねた。 「素晴らしいものですのね!」 「はい、こちらも張り切って作りました。後で召し上がってみてください」 あなたには特別メニューもありますよと笑って通り過ぎていく九寿重。 「そう聞いたら、張り切らないわけにはいきませんわね」 魚料理には目がないローゼリア。すっかり浮かれている自分の心をすぐに落ち着け、声を張り上げた。 「皆様。この私、砲術師のローゼリア・ヴァイスが、 今からあのネコメイドの手に乗った林檎を打ち抜きます。 上手くいきましたらご喝采をお願いしますわ!」 20メートルほど離れた場所に、林檎を両手に乗せて棒立ちになるクロエ。 ちなみに、獣耳カチューシャはつけっぱなしなので、ネコメイドと呼ばれている。 「ローザの腕は信じておる。凄いのを頼むぞ」 「あら嬉しい。それでは――」 妖艶に微笑み、くるりと回ると赤いドレスを翻し、キッと狙いを定めて空気銃を放つ! 狙い違わず、コルクの銃弾は林檎の中心を撃ち抜いた! どっと沸く歓声と拍手に、得意げな顔をしつつ品よく礼をするローゼリア。 次に、クロエの頭上に乗せた林檎をクイックカーブで命中させたりと、非常に場は盛り上がった。 ちなみに、林檎は後でおいしくいただきました。 「あ‥‥佐藤さん‥‥お腹、空いたでしょう‥‥」 「おう、ちょうど買い食いしようか考えてたところさ」 外で客引きをしてる仁八を見つけて、お疲れ様ですと温かい料理を笑顔で差し出す霞澄。 それをおっかなびっくり食べ物を覗き込む仁八。 「‥‥これは、クロエが作ったのかい?」 「いいえ、私です」 そう告げられ、心底ホッとしたような顔をすると、両手を合わせて頂きますと礼を言う。 「佐藤さん達のお陰で、お店は盛況です」 「あっちのせからしゅう(五月蠅い)チンドン屋に負けへんくらい激しい曲よろしゅうな」 丁度店の前を通って声を張り上げる仁八のことを示し、香は店の前方にあるステージへと上がった。 「はい。微力ながら、お手伝いさせていただきますね」 椅子を一つ借りるとそこへ腰かけ、いきます、と柚李葉が笛を奏でる。 香がバイラオーラで踊りの魅力を高めつつ、剣舞を披露しはじめた。 お金にならない事などはしたくもないと言っていたが、そんな彼の踊りは‥‥ どことなく官能的で倒錯的、儚さと内に秘める熱、そんなものも表現されていた。 踊り始めていたときはガヤガヤと話し声も上がっていたのだが、 ものの数分もしないうちにあたりは水を打ったようにしんとして、 香の踊りもさることながら、緩急をはっきりつけている笛の音色にも、すっかり心を奪われたようだった。 ●営業終了! 「いや、ありがとさん! すごく店も繁盛したよ!」 ニコニコ満面の笑みを向ける店主。その言葉に、開拓者たちの表情に柔らかいものが浮かんだ。 「初めてだよ、店から溢れるくらい来たお客を断ったのなんか。 これ、今日の取り分だよ。また暇なとき、いつでも来てくれ。あんたらなら歓迎するぜ!」 ずっしり重い袋を受け取り、思わず歓声を上げる皆。 「ありがとう。皆が居なければ、私は路銀もうまく稼げなかっただろう。 金の価値を知るということと共に、皆は恩人でもあるゆえ、感謝しきれぬ」 とても良き経験だったとクロエは感謝を一人一人に告げた。 「ちゅーかクロエ、二度とこないくだらん事で自分使うたりせんといてな」 次はこれと同じ傷つけるで、と自身の頬の入れ墨を見せたが、クロエはにこりと微笑む。 「汝にとって、その入れ墨はどのような思いがあるかは分からぬが‥‥ なかなか汝を引き立てて神秘的に見せる。私にもついてしまうと、お揃いになるな」 「ドアホが。寝言は寝て言い」 先に帰ると言って宿に向かっていく香。 「いろいろと貴重な体験ができましたよ」 オリヴィエも楽しかったですと微笑んだ。 「ジンパチ。お礼に私も料理を作った。食べ――」 しかし、料理と聞くと脱兎のごとく逃げる仁八。呆然としたクロエは、その一瞬後不届き者、食せと言って追いかけて行った。 仁八がその後どうなったのかは、ご想像にお任せしよう。 |