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■オープニング本文 ●おヌコ様が来た ジルベリア南東部某所。 そこで、ほんの少しだけ困ったことが起こっていた。 夕刻。一人の少年が家に帰ってきて、気まずそうな顔でドアの前に立っていた。 「あら、どうしたの‥‥?」 料理を作りながら、息子の様子に怪訝そうな顔をした母親。小首を傾げつつ、少年を見つめる。 すると――なんだか、少年のコートがもそりと動いた。 「‥‥お前、何を服に入れてるの?」 動いた部分を見、思わず声がこわばった母親と、ハッとした顔をする少年。だが、彼は答えない。 まさか、よからぬものを拾ってきてしまったのでは――!? という母親の不安は、 にゅぅ、というか細い声で中断する。 観念したように、少年はコートのボタンをそっと外し、そこからぴょこんと顔を出した動物を親に見せる。 「ヤマネコの赤ちゃんを拾ったんだ」 と、少年は自分のコートの胸元――可愛らしい子猫の愛くるしさに目を細めた。 此方に生息するヤマネコの一種、ジルベリアヤマネコ。 『ケモノ』ではなく、人間たちに被害などを及ぼすことなく暮らしている野生生物だ。 警戒心も強く、人前に姿を表すことがないとまで言われていたヤマネコ。その仔を保護したというのだ。 「ヤマネコが一匹で、この辺を‥‥?」 しかも仔猫だ。ケモノも出るかもしれぬ森を抜け、人の目につくところまで来るだろうか? そして、微妙に視線を逸らし続ける少年。 ――怪しい。 母は無言で視線のみをずっと投げかける。 少年は口をきゅっと結んだまま動けない。 見る。 フリーズ。 じっと見る。 動かない。 見る! 見る!!! 見てるッ!!! 「‥‥ごめんなさい」 少年が、ついに折れた。というか、白状した。 ●開拓者ギルドにて。 「‥‥で。要するに、見かけたヤマネコの仔を拾って帰ってきちまったわけかい」 頬杖をつきながら一連の事をまとめた受付の男。そうです、と少年が申し訳なさそうに告げる。 道理で、と男は言いながら、もう一枚の依頼書を彼の前に見せる。 「ヤマネコがこの近くまで出てきて周囲をうろついてるらしい。もしかしなくとも、その仔猫を探してるだろうよ」 そう指摘し、少年の腕に収まっている仔猫を見やる。状況を理解出来ていないであろう仔猫は、珍しそうに周りを見つめていた。 「スジとして拾ってきた本人から親猫へそいつを返しに行かせたいところだが――アヤカシやらケモノやら出ちゃ大変だ」 だから、誰か開拓者に入ってもらったほうがいいんじゃないかと思ったのだが。 妙に、キラキラした眼でこっちを観ている開拓者が数人。 「ヤマネコたん‥‥かあいい」 と聞こえた気さえした。 よし、釣ってみよう。と思い立ち、受付の男は棒読みで言う。 「誰かに猫を返してもらうの頼もうかなー‥‥」 『ハイ!! ハイ!! やります!!』 周りから一気に挙手があった。 |
■参加者一覧
ミレイユ(ib0629)
23歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
フェムト・パダッツ(ib5633)
21歳・男・砲
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
籠月 ささぐ(ib6020)
12歳・男・騎
翠荀(ib6164)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●小さき君へ 少年の手の中に居る、小さきヤマネコ。 事情を知った開拓者たちは、少年や仔猫(以下猫)を脅かさないように配慮しながらも近づいた。 「ヤマネコの赤ちゃんさん、こんにちはー! あたいはかえるさんだよ!」 猫はガラス球のような綺麗な瞳で、目の前に立ったルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)を見つめている。 いや、見つめているのだが、その注目は――ルゥミの着ているかえるさん‥‥『まるごとじらいや』のせいかもしれなかった。いや、むしろそう。 見つめてくる猫に、ルゥミは笑顔で語りかけた。 「かえるさん分かる? ケロケロ鳴いてぴょんぴょん跳ねるんだよ! こんな風にね!」 ぴょん、とカエルになりきって飛び跳ねたルゥミ。つまり、両手両足を地につけてから、ぴょんと跳び上がった事になる。 その仕草に驚いてか、猫は一瞬ビクッと身体を震わせた。だが、逃げ出すほどには驚かなかったようだ。 「しっかし‥‥可愛いからって、そういうの勝手に連れて来ちゃダメだろ。誘拐だぞぞレ」 目を細めて渋い表情を作ったフェムト・パダッツ(ib5633)が呆れたような声音で少年に告げる。 誘拐、の二文字に少年は『そんなんじゃ‥‥!』と反論しかけたが、事実はぐれていたにしろ親猫から引き離した、とする結果は同じことなのだ。認識してしまった以上、そのまま何も言えずに黙ってしまった。 沈黙を和らげるように二人の間へ入ってきたミレイユ(ib0629)が中腰に屈むと少年と視線を合わせ、軽く微笑む。 「怒っているわけじゃないから‥‥そんな顔をしないで? ただ、この子にも、あなたと同じようにお母さんがいるから‥‥ね?」 この子のお母さんも心配して探していると思うから、とやんわりと少年に言い含め、必ず猫を親元に帰すと約束するミレイユたち。 猫の事は悪いと思っているようだが、返事は渋い。きっと少年も罪悪感から一緒に行きたいのだろう。しかし、何度も言うようにアヤカシやケモノが出ては大変なのだ。 少年は母親の顔を見て、母は静かに頷きを返す。再び少年は黙って猫を見つめていたが、やがて――スッと猫を開拓者達に差し出した。 「猫の赤ちゃん、親猫に‥‥お願いします‥‥」 少年の顔は泣きそうに歪められ、ごめんなさい、と呟くのがやっとのような消え入りそうな声で告げる。 突き出された猫を、籠月 ささぐ(ib6020)が壊れ物を扱うかのようにな仕草で恭しく受け取った。 「‥‥うん、ぼくらに、まかせて! そして‥‥やまねこちゃん! であえたことにかんしゃだよ!!」 少年にも、受け取った猫にもささぐは明るい笑みを向け、もふもふと猫を撫でる。 その毛並みはふかふか‥‥しつつも、少し押すと硬い感触があった。撫でられた猫は、小首を傾げて自分を興味深そうに見つめている開拓者たちの顔を覗き返した。 「‥‥にゃー‥‥?」 か細い声は、何を言いたかったのだろう。ある種魅了の術の一種ではないかと思うくらいに、子猫の声は動物好きのハートへクリーンヒットする。 「っ‥‥あーもう可愛いなー仔猫ちゃん!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が破顔してささぐから猫をそっと受け取って。寝かせてからにしてみようかと思ったが、性別の確認だけならばと、その場で目線よりちょっとうえに持ち上げてみる‥‥ふむ、女の子だ。 「ねこねこー♪ リィリィ、うちも、うちも抱っこしたい〜♪ ‥‥わふー! きもちいー、あったかーい♪」 翠荀(ib6164)が横から手を出して、猫をそっと抱き寄せた。不満があったのかどうかは定かではないが、猫はもう一度小さく鳴いた。 鳴けば鳴いたで『かわいい〜』と言われ、狐のしっぽなどを目の前にちらつかされたり、服の中に入れられたり、 「着ぐるみだと手袋してるし、触れないですねぇ」 では匂いを、と、ルゥミが着ているじらいやの頭部が近づいてきた。 顔を近づけなければ頬を摺り寄せることも出来ないのだが、じらいや装備なのでちょっと、じらいやの眼が怖い。 猫はそのまま食われているような見た目で固まっているが、ともあれ撫でられ頬をすり寄せられてと凄まじいモテ期到来中の猫ちゃんである。 「そうだ、教えてほしいの。この仔猫は、どの辺りで拾ったのかしら?」 猫を取り巻く少女たちの様子を微笑ましく見つめた後、ミレイユは依頼主の少年に場所を尋ねる。 同じことを尋ねておこうと思っていたささぐもまた、彼女と少年のやりとりを見つめていた。 話の内容から察するに、猫は街の外‥‥森へと続く道の間に一人で佇んでいたところを拾ったらしい。 (じゃあ、この仔猫のお母さんも、まだその辺りを探しているかも‥‥?) しかし、動物の世界ではなわばり、などがあるかもしれない。いつまでもその場に居るということは‥‥あるだろうか? 「うち、犬の獣人だし匂いで親元までいけないかなー?」 ちょっとその子の匂いが混じって混乱しそうだけど、と翠荀が猫の匂いを嗅いでみる。 「やっぱり地図、借りてきた。今の話を聞いた辺りって‥‥このへんだろ?」 フェムトがギルドの受付より簡易的な地図を借りて戻ってきた。今後の行動について話している間、彼の尻尾はゆらりと別の生き物のようにくねる。 その動きに猫の狩猟本能が刺激されたのだろうか。彼の尻尾の方向――届かないのに、小さい手を伸ばしている。 振り返ったフェムトは、唇を尖らせたが‥‥話し終わるまでのちょっとの間、尻尾の方をゆらゆらと動かしていた。猫に対しての気遣いだろうか。 愛らしさに思わずキュンとしてしまったのだろう。無理もない。やはりミレイユも猫へと手を伸ばし、撫でていた。 話をまとめた結果、親ヤマネコらしきヤマネコが出たという情報や何らかの依頼を見せてもらい、 少年の話と照合すると、出没地域も時間帯も被っているので、ほぼ間違いないのではないかという見解が下された。 「遅くなると猫も疲れるかもしれない。親がどっか行ったりしないうちに、行こうぜ」 フェムトがちらりと窓の外を見つめた。まだ暗くなるまでには余裕がありそうだが、何事も早いほうがいい。 猫を抱っこしたままでは戦闘が起こった場合危険だ、ということもあるだろう。出かける前に、リィムナがどこからか鳥籠を調達してきた。 横に広い鳥籠で、あまり上方には大きくない。しかし、この場合は適切であるだろう。 リィムナが籠の中に布を幾重にも敷き、猫をそっと入れる。 「じゃ、いこっか? 平気、怖くないよ」 籠の持ち手を担当した彼女は、出発! と元気よく言った。 「おややまねこちゃーん! こやまねこちゃんは、ここですよー!」 ささぐが声を張り上げて、ヤマネコの親に呼びかける。しかし、それ以外の存在‥‥ケモノかアヤカシも呼び込むかもしれないのだ。 こうして気を張って周囲の警戒をしながらも呼びかけ、続けたささぐ。同じように翠荀がその隣で、注意深く眼を光らせている。 「コイツの動きが少し活発になってきたか? そりゃそうか、住んでるかもしれない森だもんな」 フェムトが籠の中を覗き込むようにしながら、猫の様子を伺った。 「だいじょうぶだよー! あたしたちが、ついてるからね!」 ね、と、着ぐるみを脱いで普通の姿になっているルゥミが安心させるべく猫に声をかけた。 猫はルゥミの声を聞いても、特に変わった反応を示さずに森の外ばかりを眺めている。 その後ろで籠の中の猫と戯れている楽しそうな声を聞いては涙を呑むささぐ。 そのとき。 がさり、と叢が揺れた。 瞬時に空気が張り詰める。 気を引き締めた開拓者たちの前で、叢が揺れた。 がさがさと草をかき分けてくる音の後――。一匹のヤマネコが姿を現した。 ヤマネコは彼らの姿を見て取ると鋭い視線を向け、足を止めて動かない。 その視線もまた、一点に――籠の中の仔猫に注がれて、動かなかった。 「もしかして、この子のお母さん‥‥?」 ミレイユがそう呟いたと同時。仔猫は甲高い声を上げて、リィムナの持っている籠から逃れようともがいた。 慌ててリィムナが地へ籠を置くと、扉に手をかけた。 開ききらぬ扉を蹴るようにしながらも、仔猫はぽんと飛び出してまっすぐにヤマネコへと駆けてゆく。 モフっと親猫らしきヤマネコへ身を寄せると、喉を鳴らして甘えている。親猫はといえば駆け寄ってきた仔猫の匂いをフンフンと嗅ぐ。 我が子が無事で喜ばしいのだろう、身体をペロペロと舌で舐めてやり、小さくニャと鳴いた。 「ごめんね、おややまねこちゃん、さびしかったよね‥‥?」 本当は赤ちゃんを連れてきてしまったあの子だって、こうして謝りたかったのだろう――ささぐが代わりにと、ヤマネコへ謝罪の言葉を口にする。 次に、仔猫へと『もうはぐれちゃ、だめだよ』と微笑んだ。 そして、開拓者たちが見守る中‥‥出て来た叢の中へと仔猫を連れて入っていく。 「‥‥ばいばい、赤ちゃんさん」 ルゥミが小さく別れを告げ、手を振る。 ちょっとの出会いだったとしても、別れは辛いものだ。ルゥミやささぐの表情が少し、痛みを含んだものになっている。 其の姿が隠れる前に、ヤマネコ親子は彼らの方を振り返り――『うなぁーん』と間延びした声で高く鳴くと、森の中へと消え‥‥再び顔を出すことはなかった。 「‥‥もしかして、ぼくらにおれいを、いってくれたのかも‥‥?」 ささぐの言うとおり、これはヤマネコなりの‥‥感謝なのかもしれない。 そうですね、とミレイユも猫が去っていった方向を見つめながら、風になびいた髪を手で抑える。 「‥‥お別れは寂しいですけれど、私たちも戻りましょうか。あの少年も、きっと気にしているでしょうから」 きちんとお母さんと帰っていったと。 そう報告すれば、寂しいだろうけれど――あの子も『良かった』と思ってくれるのではないだろうか。 (親‥‥か‥‥) 翠荀の心に少しばかり影を落としたのだろうか。やや遠い目をしていた彼女に、フェムトがどうかしたのかと声をかける。 なんでもない、と笑った彼女の顔は‥‥既にいつもの彼女のものだったけれど。 「何はともあれ、猫も無事に帰ったし。敵も出なかったし、万事解決だね?」 冬の寒さはまだ続く。けれど、その寒さを少しの間気にならない程度にだけ、彼らの心を暖かくした出来事だった。 |