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■オープニング本文 ●気付けよっていう 「――なんと‥‥兄上たちは、そのような危険なお役目を‥‥」 既にこの時期、ジルベリアには降雪も見受けられる。 少々面白くないというような顔をしているクロエは、 暖炉に薪を放り込みながら、だいたい片づいた事件に関して話してくれた兄ユーリィの背中を見つめていた。 兄が開拓者を家に招き入れていた事や、最近カレヴィリアで起こっている事‥‥失踪や、開拓者が王宮で一騒動を起こしたらしい事は小耳に挟んでいたが‥‥。 まさか自分の兄が身元引受人であり、カレヴィリアの運命を左右するかもしれぬ事件に関わっていたとは想像だにしていなかった。 「水くさいではないか! 何故私にも話してくれなかったのだ」 「‥‥クロエに話すと、勝手に御神本君を連れて行ってしまうかもしれなかったからね。 それに、彼らだって部外者を巻き込む事は望まなかったはずだよ。だから、事情は話せなかったんだ」 わかってくれるね、と諭すような口調で話すユーリィ。 クロエは小さく唸り、暫く納得いかないような表情をしていたが‥‥やがて『わかった』と小さな声で答えた。 「――私が頼りないせいで、兄上には辛い思いをさせてしまったわけだな」 「‥‥クロエ‥‥わたしの話は聞いていたか?」 何か嫌な予感がするのをひしひしと感じながら、ユーリィは妹に尋ねた。 クロエは先ほどと打って変わって【何か見つけた顔】で兄を見据えると、旅に出るとのたまったではないか。 「私も兄上に近づくため、頼りにされる者となるため、しばし国を巡り険の腕を鍛えて見聞を広げてくる。 便りは時々送る故、心配は要らぬからな」 「‥‥すまない、クロエ。わたしには言っている意味が良くわからないが‥‥」 「皆まで言うな、兄上!! 私は成長して戻ってくる! 笑って見送ってくれ!」 どうしてそうなるのか、というユーリィの戸惑いによる問いかけを手で制するように遮り、首を横に振るクロエ。 ではな、兄上! と言うと、クロエは二階の自室へ駆けあがって行く。 ユーリィは軽い頭痛を覚えつつも、様子を見ていたメイドの視線を受けて振り返ると肩をすくめた。 「思いこんだらそれしか見えない、という父上の変なところが似てしまったようだ‥‥」 困ったものだよと言う次期当主の言葉に、メイドがおずおずと口を開いた。 「‥‥あの、わたくしの知り合いに開拓者が数名おりますから‥‥クロエ様が困っていたら力になってあげて欲しいと伝えてみます‥‥」 「ん‥‥いや、それには及ばない。 動機が良くわからないが、クロエももう子供ではないし、情勢や世間を学ぶいい機会かもしれない。好きにさせてみよう」 そうして、メイドを下がらせるとユーリィも自室へと戻っていった。 ●いざジルベリア漫遊 「ふーむ。いざ出かけるとなると、荷物は多くなるな‥‥」 路銀はもとより防寒着や薬、地図に10日分程度の食糧や水。毛布‥‥一番彼女に必要なさそうな調理器具一式。 そんなものを詰め込んだため袋はパンパンで重いし、足取りも鈍くなる。 「‥‥何してんの、あんた」 そんな彼女が出かける前に酒場に顔を出したものだから、開拓者たちは不思議そうな顔をする。 「いや、ジルベリアを巡り、自分を磨く旅に出るのだ」 「へぇ‥‥まず馬車でどこに行くんだ?」 「馬車など使わぬ。己の足で各地へ往くのだ」 きっぱり言い切ったクロエに、話しかけた開拓者は興味を持って聞いてしまったのを悔やんでいた。 「‥‥イカれてるな、あんた」 「無礼な。私は本気だ」 そうして荷物を持って酒場を出ていくクロエを見送り、蒸留酒を口に運びつつ壁の地図を見やった。 とはいえ、まず行くのは――‥‥カレヴィリアの都アルセスだろう。 アルセスはカレヴィリア城から20キロほど離れたところにある街だ。 馬車ならさほどかからず、歩けば夕方までには着くのだろう。 が、あの荷物では歩みも遅かろう。アルセスに着くのは夜になるかもしれないし、下手すれば野宿か。 それも自分が心配するところではない――と思いつつ、声を掛けた男は再び酒を口に運ぶのだった。 ●予感は的中 がしゃがしゃという金属が重なり合う音を立てつつ、クロエはテクテクと歩き始めている。 いや、テクテクというかノタノタ、ヨロヨロ‥‥とかく歩みは牛歩であり、一般人に追い抜かされることもしばしばである。 「クロエさん‥‥無茶苦茶じゃないですか?」 心配して着いてきたのか、はたまたたまたま向かう方向が一緒だったのか。 開拓者の一人が彼女の横に歩み寄り、隣に並ぶ。 「無茶ではない。修行だ」 「‥‥山賊やアヤカシが襲ってきたら、それじゃ戦えないですよ」 「う‥‥」 ど真ん中な指摘に、クロエは失念していたとばかりにハッとした表情を浮かべ、バッと隣の開拓者を見つめた。 「‥‥しまった‥‥」 「‥‥もう‥‥ちゃんと考えないから‥‥」 荷物と現実に押しつぶされそうに見えるクロエを見つめて、思わず眉を寄せてしまう開拓者。 「‥‥もう‥‥見捨てておけなくなっちゃったじゃないですか‥‥ちょうどジェレゾに行く用事もあったので、お供しますよ‥‥」 はぁ、と肩を落とす開拓者に、本当か!! と嬉しそうな声をあげたクロエは感謝の意を示そうと近づくのだが、荷物が邪魔をして突き飛ばしてしまった。 「すまぬ‥‥わざとではない‥‥」 「いえ‥‥とりあえず、荷物を分けて軽くしましょうよ、クロエさん‥‥そこからです‥‥」 そうして、再び彼らは酒場へと戻っていくのだった。 彼らの旅支度にああでもない、こうでもないと口出しする開拓者たちも増え、出発したのは昼を過ぎた頃。 「急がないと、アルセスの街門が閉まって中に入れなくなるかもしれません」 「うむ‥‥まぁ、焦る旅でもない。のんびり行こうではないか」 あんた、修行に出るんじゃなかったのか。 そう喉元まで出かかったが、確かに暗い道を焦って進むよりは、翌日明るい道を歩く方がいいかもしれない。 「‥‥今日は野宿になりそうですね‥‥」 明るいうちにアルセスへ着けないことを悟った開拓者は、見ていた地図を素早く折り畳むと、本日数度目のため息を吐いてアルセスへ続いている道を見やった。 ――まぁ、のんびり旅をするのも‥‥久しぶりかな。 多少の心の余裕は、必要かもしれない。 初めて自分が開拓者として旅立った日のことを思い出しながら‥‥そうですねと小さく笑った。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
灯冥・律(ib6136)
23歳・女・サ
一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)
10歳・女・シ
ヒビキ(ib9576)
13歳・男・シ
北条 秀一(ib9955)
20歳・男・武 |
■リプレイ本文 ●人助けついでに 「クロエ殿が行き当たりばったりなのは‥‥今に始まったことじゃないけど‥‥。 今回は特に行き当たりばったり過ぎるね‥‥」 己の運がいいのか悪いのか、久しぶりにクロエに会いに来た郭 雪華(ib5506)は、一人にしておくのは不安だから僕も一緒に行く、と言って自分の荷物をチェックしている。 「お嬢ちゃん、旅は初めてかい? いいかい、持ち物は最低限にするんだ。 そうすると、移動も楽だし、いきなり襲われても、対応出来るだろう?」 北条 秀一(ib9955)のアドバイスに耳を傾け、荷物を選り分けているクロエ。 そこへ、先ほどから心配そうに見守っていた佐伯 柚李葉(ia0859)が声をかける。 「あの、朋友さんに手伝って貰わないんですか‥‥?」 その言葉を聞いた途端、クロエの手が止まった。 「‥‥失念していた‥‥!」 「クロエさんっ‥‥朋友さん達を忘れないであげてくださいねっ‥‥!」 大事な大事な、子達ですから、と懇願するように柚李葉は告げた。 「本当に‥‥放っておけないですからね。あ、クロエさん。荷物は手分けして持ちましょう」 灯冥・律(ib6136)はクロエの荷物を受け取って荷物袋へ入りそうな物を入れていく。 「ここであったのも何かの‥‥いや、奇縁とも言うべきだが、なんだか面白そうな予感がする。 ‥‥悪寒でなきゃいいけど」 同じく先ほどから様子を見ていた緋那岐(ib5664)が笑う。 「すまぬ‥‥旅に不慣れで‥‥」 そんなクロエの旅に興味を持った一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)が楽しそうに笑う。 「まや、てっきりお引越しでもするのかと思ってたよ〜」 「同感ですわね‥‥しかし修行を、とは見上げた心がけ。 せっかくこのような晴天が広がる日にお会いできたのですし、 わたくしもお付き合いする事にいたしましょう」 ローゼリア(ib5674)が尻尾を揺らしつつ、旅の同行を申し出てくれた。 それに対して礼を言うと共に、クロエの目はローゼリアの尻尾と耳に釘付けである。 「今日も可愛いぞ、ローザ! ケモミミも触りたいほどに愛らしい!」 「相変わらずなお言葉ですこと。ですが、荷物を片付けてからに致しません?」 そこで、片付けを手伝っていたヒビキ(ib9576)が、聞き覚えのある声に顔を上げた。 「ん?」 一夜もふとヒビキを見つめ――あっ、という顔をする。 「ドーモ。ヒビキ=サン。一夜・ハーグリーヴズです」 「ドーモ、マヤ=サン。ヒビキです」 漫才でも芸風でもない。二人は謎の挨拶とお辞儀を互いに交わした次の瞬間。 何事のなかったかのように戻っていた。 「‥‥? 天儀の挨拶、か?」 変わっているなとクロエが興味深い顔をしていると、一夜は違うよと笑う。 「‥‥ああ、ちょっとした挨拶なので、気にしないでください」 ヒビキは告げたが、クロエ以外の同行者達は別段気にするそぶりもない。 そういうものなのだと納得し、すっかり軽くなった荷物を背負って、皆とカレヴィリアを出発したのだった。 ●道中 まだ日の照っているうちは、気温もさほど低くない。 雪が溶けて水っぽくなった道をそれなりにゆっくり歩く一行。 道すがら自己紹介を交えつつ、朗らかに進んでいる。 「ふむ? なんと。ジルベリアに来るのが初めての者も多いのだな‥‥」 「開拓者は神楽の都を中心に活動しているのですから、致し方ありませんわ。 そしてようこそ極寒の地、ジルベリア帝国へ。歓迎致しましてよ」 艶やかに微笑み、ローゼリアが秀一らへ上品な礼をする。 「それで、クロエ殿‥‥さっき聞きそびれたけれど‥‥どうしてこんな事をしようと思ったのかな‥‥?」 雪華が改めて尋ねると、やはり気になっていた者は数人居たようだ。 興味深げな顔を向けられ、クロエは少しずつ話し始めた。 「いきさつとしては『かくかく、しかじか』‥‥なのだ。 しかし、兄は危険な状況にあっても、事件のことなど一言も話してくれなかった。 言ってくれれば手伝うことができたかもしれぬ。 それが無かったのは‥‥私が弱いから頼りにならぬのではないのか、と思うのだ」 「事件に巻き込みたくないというお兄さんの配慮では?」 危ない依頼だったのでしょう、と律が言葉を投げかけたが、クロエは釈然としていないようだ。 そうなのだろうが、家族なのにちょっと寂しいではないかと目を伏せた。 「えーと‥‥そういえば‥‥暗くなってから野宿、になるのかな? この分だと」 天候の事はわからないけど、と呟いたヒビキは空を見上げた。 なんだか冷えそうだよねと言って、買ったばかりの外套の襟を合わせる。 「野宿になったとしても、まぁ‥‥旅っていうのはいいもんさ。 いろいろなことが見えてきて、自分を成長させてくれる。まぁ、焦らずのんびりやればいいよ」 秀一のまったりしつつ、どこか気だるい(本人曰く、まったる)返答に、張っていた気を和らげるクロエ。 家から持ってきた菓子などを皆と分け合い、皆で頬張っていると。 「‥‥アルセスへ向かうと言ってたけれど‥‥今日はどの辺までを目標に進むつもりなのかな‥‥?」 地図を見ながら位置を確認する雪華に、クロエは一緒にそれをのぞき込んで‥‥この辺、と示す。 そこはアルセスから10キロほど離れたところだ。歩けば3時間程度で着くだろう。 「‥‥まぁ、この速度と日の高さから言って‥‥そんなところだろうな。いけるところまでは進もうって事なら、楽しく行こう」 こんな風に、と言いながら緋那岐は人魂を使用して小さな白やぎを作成し、自分たちの前をのしのしと歩かせる。 「わぁ、かわいいなぁ〜!」 一夜が目を輝かせて式を見つめる。 ちなみに、この白やぎは、いつぞやヤギ騒動があったときのものを再現したものだ。 緋那岐は偵察用だと言ったが、白やぎは前しか見ていないのだが、胸を張って小さなやぎが歩く様は可愛い。 それに先導されるような形で進んでいく一行。 (‥‥あの武僧の人、何か気になるんだよね‥‥) ヒビキは、理由も分からぬまま秀一のことが気になっているようだ。 (へぇ、修羅‥‥って話には聞いてたけど。ほー‥‥) 逆に秀一はといえば、修羅であるヒビキの事を、時折物珍しそうに見つめる。 途中で何度かすれ違う人々や商人らと出会い、クロエが押し売られそうになるのを皆で止めさせたりというアクシデントもあったが‥‥。 ジルベリアの事や他国のことを教えたり教えられたりしながら歩いて行くと、 ちょうど森の前にさしかかってきたところで――空も薄暗くなってきたことに気づく。 「森に入ってから野営するも気が引けますし‥‥今日はこの辺で野宿になりますわね‥‥」 ローゼリアの指摘に頷く一行。 「お天気次第で野営する場所も考えた方がいいでしょうけれど、 地図を見る限りでは川なども近くにないみたいですね」 柚李葉はあまよみで空の天気を確認し‥‥何故か嬉しそうな様子を見せた後、飲食に使えるお水の確保をしますね、と言う。 「それじゃ、暖を取る為に薪を集めないとね‥‥」 地図をしまいながら雪華が取りに行く言い、各自早速野営の準備をし始めた。 「じゃあ、くろえ。焚火を起こそう?」 一夜が手頃な小枝と葉を拾って、燃えやすいように組み上げながら火起こしをやったことがあるかと尋ねる。 「やったことないなら、まや、教えてあげるよ〜?」 「あ、火なら起こせるぞ。家でも暖炉でやるからな」 「え〜。やったことあったの? それなら、教えなくていいかな」 少しばかり残念そうな表情をした後で一夜は火遁で素早く着火し、他に何か教えることがないかなと考えてくれているようだ。 野営の支度をしているとすっかり日も暮れ、水を汲んできてくれた柚李葉は夕食の準備をし始める。 ヒビキとローゼリアが茸などを取ってきてくれたり、律が獲物を捕ってきてくれた。 「夕食、なんだか凄い豪華になったなぁ‥‥」 肉を手早く捌きつつ、緋那岐が取ってきて貰った食材をどう調理するか柚李葉と話し合っている。 薪を足しながら、側にいたヒビキに何故修行をしようと思ったのかと尋ねたクロエ。 すると、少しだけ寂しそうな表情をしたヒビキは、少しだけ話してくれた。 「おいらは、自分の弱さを痛感したから。 いざという時、誰も‥‥何も、自分さえ守れないのは辛い‥‥」 それは、何という無力と絶望なのか。クロエは目を閉じ、こくりと頷く。 「だから、クロエとは求める強さが違うかもしれないけどさ。 一緒に励んでみるのも、悪くないかも、ね?」 「うむ。切磋琢磨という部分は同じ。共に、心身を鍛えよう」 強くなって、誰かを守れるように。 その様子を聞いていたローゼリアは、すっと立ち上がるとクロエの側に近寄る。 「では、まずクロエがどれくらいできるのか‥‥見せてもらいましょうか」 魔法の空気銃を『早撃ち』で抜き突きつけるので、それに反応できるかどうかというものらしい。 「騎士学校では『早撃ちのローザ』と呼ばれてましてよ?」 「そのような二つ名があったとは‥‥よし、やってみよう」 クロエも枝を拾って立ち上がると、ベルトに挟み込む。どうやら、スタッキングで抜こうというものだ。 そのちょっとした余興をするのなら、火を見ておかなくてはと秀一は立ち上がった。 「薪なら、僕が代わろう」 秀一がそう言って、クロエと場所を変わろうと近づくのだが‥‥。 「‥‥ふふ‥‥」 それを見ていた一夜は、何か悪戯を思いついたようだ。抜き足を使って秀一の背後に回り込む。 (‥‥あれ、一夜‥‥?) 何をするのかと不思議に思ったヒビキが見ている前で、一夜はあろうことか秀一の背を思いきり突き飛ばしたではないか!! 「え‥‥」 急なことで反応しきれない秀一と、何が起こったのか分からないクロエ。 二人は自分の身体を支えきれず、互いにぶつかるようにして倒れ込んだ。 「――クロエ殿!」 雪華が駆け寄ろうと身体を向けたが、事件は既に現場で起こっていた。 秀一の手は、クロエの胸の上にあったのだ! が、しかし胸鎧を着けていたので、セーフでもあり、アウトでもある。 「なっ、何をするかーっ! 破廉恥な!」 「ぐわーっ!」 不憫なのは秀一である。 耳まで真っ赤になったクロエに容赦ないグーパンで殴られ、ローゼリアに『見過ごせませんわね』と冷たい目と早撃ちで引き抜いた銃を向けられている。 当事者の一夜はといえば、思惑が成功したためしばらくニヤニヤと笑みを浮かべていたが‥‥ 雪華にじっと見つめられていた事に気がつき、あっという間にその場から逃げ出した。 「えっへへ、いたずら大成功〜♪」 「やっぱり‥‥じゃ、悪い子は〜いねがァー! ‥‥って事で、捕獲っと」 荷物置き場に逃げ帰ったところで、既に先回りしていたヒビキがいたことに驚く暇もなく首根っこを捕まれる一夜。 がくりと項垂れる一夜は、ヒビキに引きずられるようにして皆の前に連れて行かれたのだった。 「夕食の山菜や茸の入った雑炊、美味しかったです。身体が温まりました」 「みんなで手分けして食材を探してくれたおかげだよ。肉も、獲物探すの大変じゃなかった?」 すっかり腹も満たされたあと、緋那岐が柚子茶を律へ渡す。 「確かに少々暗かったですし‥‥居そうな場所を探すのに少し苦労しましたが、 動物も咆哮に反応してくれて。仕留めることが出来て良かったです」 茶を受け取りつつ、律は『運が良かったんですよ』と微笑んだ。 そして、先ほどから何かそわそわしていた柚李葉が、空を見上げて指をさした。 「‥‥見てください。あれ‥‥」 闇色になった空には、満天の星が瞬いている。 「珍しいものではないですけど、こうしてゆっくり星空を見上げて話す事って、そんなにありませんから」 明日も早いから早く寝ようって言われたりしますからね、と柚李葉は笑い、再び星を見上げた。 皆が星に釘付けになったそのとき。するっと、一筋の流星が流れた。 「あ」 「星が流れたな。いいものが見れたぞ」 満足そうなクロエだが、皆が皆そういう顔をしては居ない。どうやら流れ星一つでも多少の文化の違いはあるようだ。 吉と捉える者も、凶と捉える者もいた。 「カレヴィリアでは幸運の証だぞ。綺麗なものなのにな」 「突然星が雨のように流れ落ちてくるのは、怖いよ」 それもそうか、と納得したクロエ。しかし、律は優しい微笑みを向けている。 「星が降っているからでしょうか。空がとても近く感じますね」 「本当ですわね‥‥あ、中には赤い星が降ったりしているものもありますわ」 ローゼリアが指さすところには、確かに赤い流れ星もあった。 「水筒を開いて外に出して眠ったら、翌朝星が入らぬだろうか‥‥」 クロエの言葉に、それは楽しそうだなと緋那岐も和んだ表情を見せながら、身体を冷やさぬようにと柚子茶を渡す。 「星がよく見える日は、冷えますね」 ヒビキも膝を抱えるようにして座り直し、熱い茶を口に運んでほっこりした笑顔を見せる。 「くろえ。さっき、桜のこと聞いてくれたよね。 あのね、桜の花びらって‥‥いっぱい散るの。それがね、雪みたいに見えるんだよ」 桜吹雪とも言うよ、と教えて貰うと、クロエは興味を持ったようで目を丸くする。 「いつか、見る機会があると嬉しい」 「春になったら見に行けるよっ!」 桜が咲くととても綺麗なのだと、一夜は嬉しそうな顔をして話してくれた。 そうして、春のことで話に花を咲かせつつ、夜更かしを楽しんだ。 翌朝、皮の水筒が未だ空な事に落胆したクロエは雪華に『‥‥いつか入ることがあるかもしれないね』と励まされ、 律からティルク・カフヴェスイをいただきながら軽い朝食を皆で済ませた後、アルセスに向かって出発した。 クロエ曰く、アルセスは小さい街だが温泉もあるらしい。 そこでゆっくり疲れを癒やすことも出来よう、と微笑んだ。 数時間歩き続け、アルセスの街が見えてきた途端、なんだか安心したような‥‥ほっとするものがこみ上げてくる。 「そうだ あの、クロエさん。此方でお勧めのプレゼントとか、ありますか?」 大切な人とその姉の誕生日が近いから、何か探したいと言って柚李葉が照れたようにはにかむ。 「ふむ‥‥確か、ヘンな木彫りの小人があったぞ」 「えっ‥‥変、なんですか‥‥?」 困ったような表情を浮かべた柚李葉に、ローゼリアが『そんなに変ではありませんでしたわ』と訂正する。 (そんなに、というのは少しは変って認めている事なのでは‥‥) そう喉元まで出かかった秀一だが、昨日の早撃ちを思い出したので言うのをやめておいた。 「わー、お土産屋さんの品揃えは楽しみ! 早く行って見てみようよっ!」 「‥‥なにか珍しい物なら‥‥見てみようか‥‥」 楽しそうな一夜と、商人の血筋がそうさせるのか雪華が興味を示してしまった。 街門を早くくぐろうと歩みも心なし早くなる一行は、ようやく最初の目的地へたどり着いたのだった。 |