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■オープニング本文 ● その日、けたたましい鐘の音が神楽の都に鳴り響く。 敵襲を告げるその音は、一つ鳴れば人々の心に暗い影を落とし、また一つ響けば恐怖をもたらした。 「なんだ‥‥アヤカシ‥‥?」 「やだ、怖い!」 まだ見ぬ敵にざわつき、はじめは数人が、そして今では人の背を押しながら逃げ惑う。 その人波に押され、抗いながらも開拓者たちは開拓者ギルドへと状況の確認に足を運んだのだった。 ●ギルド内 「‥‥巨大ムカデ?」 アヤカシではないのかという質問にも、ギルドの受付嬢は泣きそうな顔で『わかりません』と答える。 「帰還した偵察組によりますと、4Mほどもある大きなムカデだそうです。胴回りもかなり太く、巨木のようだとか。 第一陣の討伐隊もそこへ向かっているのですが‥‥その彼らも苦戦しているようで、援護や救援を欲する狼煙が上がっていたという事です」 受付嬢も、今現在で分かっていることを説明してくれる。 神楽から2キロほど離れた場所で戦っているそうだが、既にムカデは幾つか防衛線を破ってきているらしい。 ――このままでは、いずれ神楽に到達するだろう。 「皆さんには、一刻も早く戦地で苦戦する仲間と合流し、このアヤカシ‥‥? を打ち倒していただきたいのです。都の危機ですから、ギルドも全面的に協力します」 頼もしい言葉だねぇ、と開拓者が頷いたが、それだけ切迫した事態という事もわかっている。 「それじゃ、戦友(とも)と都の危機を颯爽と助けに行きますかァ!」 ぱしっ、と手のひらと拳を打ち合わせ、漢たちは立ち上がるのだった。 ●一方、戦地 一体、この怪物はなんだというのか。 ムカデの胴は巨木のように太く、成人男子2人がめいいっぱい手を回しても、その手指の先が触れ合いそうにない。 「――いい加減、足くらいもげろっ!!」 大太刀で、成人の太腿くらいは有ろうかというムカデの脚を切断しようと振りかぶり、力任せに叩きつける一人の開拓者。 だが、渾身の一撃であったそれは、ムカデの鎧を傷つけることなく無慈悲に跳ね返され、腕を振り上げた姿勢でがら空きになった胴へ‥‥ムカデが体当たりし、まともに食らった開拓者は数メートル吹き飛ばされ、泥水に塗れて動かない。 暗藍色の節くれだった胴体は、一節ずつが甲冑のようである。開拓者でさえ、その殻を割ることは出来なかった。 「おい‥‥大丈夫か!? しっかりしろ!」 慌てて別の開拓者が泥水を跳ね上げながら助け起こすが、男は――気絶しているようだ。頭から血も流れているし、早く手当をしなければなるまい。 怪我人を担ぎ、早駆を使って木陰に退避する。そこには数人の開拓者が寝かされていて‥‥いずれも手当てが必要な者ばかりだ。 「すまん、頼む」 そこに男性を寝かせると、治療に当たっていた男性巫女に託し、再び戻っていく開拓者。 「クソったれが! 刃が弾かれちまう‥‥!」 「ならばこいつで――どうだっ!!」 サムライの横をすり抜け、泰拳士がムカデの腹へと迫り、拳に気を溜めた。 「うおぉぉりゃああーッ!!」 腰を落とし、破軍を打ち込んだ。外的攻撃が聞かないというのならば、直接内部に響かせれば――‥‥ みしり、と、確かに胴鎧が軋む音を聞いたのだ。 しかし、それが効いたのか……その開拓者には分からなかった。 頭を振ったムカデの牙が、開拓者の肩に突き刺さり傷を抉る。 「ぐわぁああっ‥‥!」 尾を引く絶叫は、僅かに彼らの心を焦らせ、恐怖の影を見せた。 本当に、勝てるのだろうか。そんな気持ちすら浮かんできた時のことだ。 「――諦めんな!! 男は逆境から立ち上がるもんなんだ!!」 剣を杖代わりにしてよろよろと立ち上がり、大声を出す志士。 「熱く、命と血を燃やして立ち向かおうぜ! 必ず、俺達と同じような志を持った奴らが駆けつけてくる!!」 だから頑張れよぉぉぉ、と叫びながら、身体の痛みを耐える。 「‥‥フン、言われるまでもないさ。何度だって、立ち上がってやる!」 魔術師の青年が割れたメガネを拾い上げ、シニカルに笑うと杖を構えて詠唱をし始める。 「精霊よ、我等に力を‥‥」 武僧も杖を掲げ、印を結んで精霊を喚んでいる。 「みんな格好つけちゃってまぁ‥‥。いいか、俺の分も残しておけよな!」 聞こえていないであろう突撃していく彼らの背中へ声をかけ、魔槍砲に弾を装填した男はニッと笑って額に流れた血と泥を拭う。 そして――狙いをムカデの目へと、定めた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / バロン(ia6062) / 村雨 紫狼(ia9073) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 緋那岐(ib5664) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 丈 平次郎(ib5866) / 狸寝入りの平五郎(ib6026) / イーラ(ib7620) / 刃兼(ib7876) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ジョハル(ib9784) / 緋乃宮 白月(ib9855) |
■リプレイ本文 ●男子、勇猛に戦うべし これほどまでに、虫の装甲が硬いとは思わなかった。 果敢に攻めていた騎士の剣は折れ、驚愕し動きの止まった身体へと百足は体当たりする。 「ぐあっ‥‥!」 前進の骨を砕かんとするかのようなものすごい衝撃に、泥水の中を滑りつつ騎士は跳ね飛ばされ、意識を失った。 化物め、と低く罵る声が何処とも知れず聞こえる。 一刻も早い治療をと、駆け寄ろうとする仲間を目ざとく捉えた百足。 水辺に入ると長い胴をくねらせると沼の水を尻尾で跳ね上げ、開拓者へと浴びせかける。 「牽制や目眩ましにでもするつもりか! こんなもの‥‥!」 羅喉丸(ia0347)は怪我人を抱えた巫女の背を押して範囲内から退かせた後、自身も後方に飛び退いて避けた。 今しがた居たところには大量の水が地面にぶつかり、跳ねる。 その一瞬を狙ったつもりか、無数の足でうまく体のバランスを取りながらも、 羅喉丸の腹を抉ろうと大きく発達した顎を突き出す。 しかし、攻撃が来ると警戒していたため身体を捻って攻撃を回避する羅喉丸だが、 長引く戦闘によって体力は奪われ、傷を負った身体は動かす度に脈動する痛みを訴えてくる。 (これ以上長引かせる訳にはいかないが‥‥このアヤカシは手強い。何か、状況を打開する手段を講じねばなるまい‥‥!) まだ動けるとはいえ、見た目よりも百足の装甲と敏捷性は高く、困難を乗り越えてきた開拓者たちとはいえ少々手を焼いていた。 巨体から繰り出される尻尾による攻撃は、速度も乗っているためか力強く、木でさえ凪ぎ倒す力を持っている。 丈 平次郎(ib5866)は胴体ではなく、無数にある足の一つに狙いを定めて斬りかかる。 胴や牙といった他の部分よりも細く、節くれだった所へと、両手にしっかり握ったグニェーフソードを振り下ろしていく。 しかし、その足にしろ――‥‥平次郎もただ無闇に斬りかかるわけではなく、関節を狙い鬼腕で切断しようと試みている。 だというのに、この百足。関節でさえ固く、平次郎の剣戟を受け止め、長く伸びた顎牙で彼の喉元を狙う。 気づいた平次郎が素早く下がったため、その牙は平次郎の覆面をかすめるだけで終わったが‥‥ あの牙に貫かれれば、数人の同志たちがそうであったように――かなりのダメージを追うことは明白だった。 「‥‥ただ蟲がでかくなった訳ではないという事か‥‥」 それでも冷静に平次郎は百足の様子を見やって、その強靭な殻を忌々しく睨む。 「いくら硬い外装といっても何処かに生身はある、と思う‥‥!」 同じく、関節狙いで攻めていたジョハル(ib9784)は一旦攻めを立て直すため飛び退き、 平次郎の隣へと着地。はぁ、と短く息を吐きだした。 「一瞬の隙を突き、集中的に部位を狙って破壊させてみるか‥‥」 そのとき。遠くで、狼煙銃より発射されたであろう光が上空にあがった。 「‥‥あれは、後続の奴が‥‥?」 狼煙の上がった方を見つめて、ジョハルは安堵のこもる声を出す。 そこに一陣の強風が巻き起こり、開拓者と百足の動きを一瞬怯ませた。 「なんだ‥‥?!」 不思議そうに周囲を見回す平次郎の耳に、だんだん近づく笑い声。 「ふははは‥‥! さぁ、物理的に話し合おうぜぇえー!!」 駿龍で急降下しつつ、その背に乗って不破 颯(ib0495)が現れる。 颯は百足すれすれの位置に近づくと、駿龍より飛び降り、百足の背へと飛び降りて着地した。 「弓術師が『遠距離専門』‥‥なんて誰が決めた? 弓だからって、接近戦ができないワケじゃないんですよっ?!」 この台詞をまた言うことになるとは、と呟きながらも極北と接射をムカデの装甲のつなぎ目へとブチ込む。 そうしながら、『おらぁぁあ!』と気合いの声をあげている颯。 かなりアグレッシブな弓術師である。 しかし、百足も死角となる背中の上で、いつまでも好きなようにはさせてくれないようだ。 颯を振り落とし、落ちてきた彼を無数の足で踏みつけようとする。 「おぉっと、アブねぇっ!」 颯はすかさず盾で足の一撃を防ぎ、続いて振りおろされる足をごろごろと回転しながら、百足の下より移動して離れていく。 「集中したり、熱くなるのはいいんだけれど‥‥」 負傷者の様子を見つつ、彼らの背を護る无(ib1198)は自身の相棒と顔を見合わせ、肩をすくめる。 練力も無限ではない。既に多くを治癒符で使ってしまっているが、死なない限りは‥‥治療もするつもりだ。 (しかし‥‥正直、いつまで持つか‥‥) 彼の目からだけではなく、全員が状況が不利に傾いていくのを感じている。 はたして、後続はいつ現れるのか。 きたとしても、自分たちは生存しているのだろうか。 (いえ‥‥今の狼煙が後続と考えるなら、何としてでも‥‥皆のことは死なせるわけにいきませんね) だが、今はそんなことを考えている場合ではない。 「後続を待たずして――別に、俺たちだけで倒してしまっても構わんのだろう?」 羅喉丸は不敵に笑い、それを見た平次郎がちらりと視線を投げかける。 その視線には答えず小さく微笑み、御守り『あすか』を握りしめると、羅喉丸は祈るように目を閉じた。 待っている間にも、百足はその胴や牙を駆使して攻撃をしてくる。こちらの体力や練力も限界近い。 そう、勝負を決する一撃が必要だ。 ――大丈夫だ。今まで行ってきた修練は無駄ではない。 己を信じ、仲間を信じよう。 目を開けた羅喉丸は、ある決心をした。 「‥‥俺が隙を作る為の囮になる。皆は、その隙ができたところを狙い、攻撃を叩き込んでくれ」 頼んだぞ、と言いつつ、敢えて正面から百足へと駆けていく。 狙いは、胴体の‥‥蛇腹状になっている節の結合部。 「この稼働部に‥‥! 俺の全てを込める!!」 気力を振り絞り、破軍で己の力を高め‥‥突撃していく。 百足も何か、鬼気迫るものを感じたのだろう。 羅喉丸へと歩を進め、大きく身を仰け反らせ、振りおろす牙で串刺しにしようとしているらしい。 百足の気が羅喉丸一人に向けられているため、背後や側面にも多大な隙ができている。 平次郎は背後に駆け、ジョハルは側面から羅喉丸の一撃に合わせようとしている。 「狙いは一つ‥‥、砕け散れええッ!」 胴に密着し、全力の骨法起承拳を連続で叩き込む羅喉丸。 節より瘴気がぶしゅりと血のように溢れ、平次郎の剣先が背の装甲結合部に深々と突き刺さり、ジョハルの短剣は太い足を一本切り落とした。 しかし、拳を叩き込んだばかりの羅喉丸の眼前に迫る牙。 仲間の緊張した声が耳に届いたが、回避も難しい。 「後は、任せた‥‥」 そうして、覚悟したときのことだ。 「――たわけ者。命は捨てるものではない。 生きるという不屈の精神が、土壇場で己をつき動かす気力となるのだ」 落ち着いた男の声と同時に、羅喉丸の頬をかすめる一本の矢。 閃光のように空を切り裂いた矢は、百足の牙をかすめて口元に突き刺さる。 アヤカシも痛みを感じるのか、胴をくねらせ身悶えていた。 (助かった‥‥のか?) 流れる汗を腕で拭い、矢の飛んできた方向へと首を傾ける羅喉丸。 「待たせたな小僧共。わしの見せ場は残っておろうな?」 たっぷりとした白髭をなびかせながら、弓をゆっくり下ろす白髪の漢。 バロン(ia6062)の落ち着いた声と全身から漂う風格は、数々の戦をくぐり抜けてきた猛者の『格』を漂わせていた。 「――そうだよ、まだ負けた訳じゃないよ!!」 陽光を受けつつ、駿龍の背から降り立った小伝良 虎太郎(ia0375)は、着地するとキレのある動きで真荒鷹陣を決めた。 「おいら達も力を貸すよ!! 絶対にコイツを倒して、みんなで帰るんだ!!」 そうして、虎太郎は挨拶代わりの天呼鳳凰拳を百足に浴びせかける。 金属のような音がし、篭手をつけた拳がはじき返される。 「堅いなぁ‥‥!」 ぼやきながらも下がった虎太郎。 バロンはじろりと仲間の負傷具合や百足を一瞥し、誰にともなく小さく頷く。 「――命を張って、仲間へつなごうとする姿勢は見事。 じゃが、若い命を散らすようなことはするでないぞ」 羅喉丸へとそう言い聞かせるが、頑張ったな、と最後にねぎらいの言葉をかけた。 「よいか。まずは敵の動きを見切り、好機に備えるのじゃ。 熱くなるのは結構だが、頭は常にクールでなくてはな」 それでは諸君、と毅然とした態度で告げるバロンは、再びゆっくりと弓を番える。 「これからが本番だ。皆で力を合わせて虫けらに身をもって分からせてやらねばな」 「これだけ堅いと、どこを狙うかは‥‥各自の判断によるものになってしまうが‥‥」 神楽の都を守る浪志組の一人、ウィンストン・エリニー(ib0024)も赤髭をつり上げて笑う。 ここは少々都から離れているにしろ、結果『守る』事には変わりはない。 地に刺していた大剣を引き抜き、俺が壁役になろう、と前衛に合流すべくウィンストンは駆けだした。 向かってくる邪魔な開拓者達を薙ぎ払おうと、胴をしならせ尻尾を打ちつけようとする百足。 「そう簡単にはやらせるかっ!!」 突如黒壁が複数出現し、尻尾の威力を弱める。 「攻撃の手も必要だけど、守りも必要だろ?」 手を突きだしたままの体勢で、ドヤ顔の緋那岐(ib5664)がお待たせ、と言った。 しかし、見渡せば男ばかり。 若干暑苦しい光景ではあるが、怪我をした女性がいないのだけは‥‥喜ばしいことである。 「さ、巻き返すぞっ? 白狐‥‥さぁ行け! 不浄なるモノを喰らい尽くせっ!」 九尾の狐が現れ、百足へと向かっていく。 爪で装甲を引っかき、瘴気を送り込むと瞬時に消える。 白狐が消えたと同時、火薬が爆発する音が響きわたった。 「――今が反撃の刻!! 爆発駆鎧、平五郎‥‥行くぜ!」 火薬の爆発効果とともに登場したのは狸寝入りの平五郎(ib6026)。安心してくれ、火薬の量は適量だ。 駆鎧とはいえ、総木箱製である。腕も木箱で覆い、胴体部分には『駆鎧』と書いてあり、ハンドメイド感が伺える。 足裏にそろばんを仕込み、スケーティングの要領で移動する。 鉢金には銅鏡を装着。なんともチープ感のある駆鎧だが、本人は至って大まじめなのである。 彼の進路を邪魔しないよう、そそくさ‥‥いや、サッと避ける緋那岐。 百足の正面に回ると、鉢金の銅鏡へ左右の二本指を押し当てる。 「受けろ日輪の輝き!! 平五郎――フラーーーッシュ!!」 斜陽の効果でカッ、と光った鏡は、まっすぐ百足へと当たった。 ●男子、友情を尊ぶべし 「――平次郎殿、無事か!」 聞き覚えのある声に反応した平次郎。後方を振り返ると――刃兼(ib7876)が刀を手にしたまま平次郎の側へと駆けてくるのが見えた。 「!‥‥刃兼‥‥それに、ウルグか‥‥」 平次郎の声も、先程より幾許温かいものが感じられる。 「巨大な百足‥‥アヤカシが出現したと聞き、皆で急ぎ馳せ参じた。負傷者は多いと聞くが、それでも良くぞここまで凌いだものだ」 周囲を見回し、刃兼は漢たちへの敬意を示すとともに、自身の刀を強く握り締める。 「だが――共に刃を振るう者、背中を護ってくれる者がいるんだ。一人ではないのだから、相手が強大だとしても‥‥必ず討ち果たすことが出来るさ」 刃兼の言葉に、同じく後発隊でやってきたウルグ・シュバルツ(ib5700)も再装填しつつ、力強く頷いた。 「‥‥加勢する」 その言葉と同時。バチリと装填を完了させ、ウルグは視線を彼らから百足へと移して向き直る。 心強くも頼もしい漢たちに、平二郎の目元は僅かに細められたかのようにも見えた。 「‥‥すまない。力を借りる」 水臭いことを、と刃兼が苦笑し、共に征こうと刀を構えた。 「――ジョハル!! お前もここに来てたのか‥‥!」 イーラ(ib7620)が緑色の瞳を丸くし、友人であるジョハルの姿を認め援護しようと傍らへやってきた。 しかも、ジョハルは自分より早く百足と居合わせていたのである。 「あ、イーラ‥‥来てくれたんだ」 驚いたような表情を浮かべた後、ジョハルは『待ちくたびれたよ』と言って微笑む。 ジョハルも気丈に振舞っているが、軽度ではあるが負傷もしていて、服も泥まみれである。 「‥‥」 心配そうに眉を顰めるイーラに、心配要らないと首を振りつつ。 「‥‥ここは任せて、先に行――」 「悪いな、ジョハル。頼んだぜ!」 なんだかものすごくいい笑顔で、言われるがままジョハルの傍らをすり抜けて行こうとするイーラ。 そこは『バカやろう!』と言いながら鉄拳の一つや二つ見舞うかと‥‥までは思っていなかったが、 とりあえずガキ大将であり、兄貴分だったイーラならそのまま行く事はないだろう――とジョハルは期待していたフシがあったのだ。 「なっ‥‥てめぇ、覚えてろ!!」 思わず荒い口調でイーラを罵るジョハル。 しかし、怒られたイーラはといえば‥‥ニヤリと笑って肩越しに振り返る。 「おーう、怖い怖い! 怒るなら加勢してくれって言えよ。‥‥ったく、しょうがねぇなぁ?」 と、ジョハルと背中合わせの位置に立ち、魔槍砲を構えて『腕、鈍ってねぇだろうな?』と意地悪く訊いた。 「鈍っているわけ無いだろ! だいたい、お前がいなくてもどうにかなったけどね!」 イーラの行動が冗談だった事に内心ホッとしつつも、それを見せないようにと軽口をたたくジョハル。 そんな彼の心情を見抜いてかそうではないのか、イーラはくつくつと笑い―― 「さぁ。久々に、思いっきりやらせて貰おうか! 足引っ張んなよ?」 「それはこちらのセリフだ! 開拓者の力、見せつけてやる!!」 2人はどちらともなく百足に向かって、互いの死角を守るように武器を構えた。 ●男子、果敢であるべし 「我が名は騎士、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード! 誇り高き龍騎士の名に賭けて! 私は貴様を滅ぼそうッ!」 巨岩の上からラグナ・グラウシード(ib8459)は名乗りとともにカーディナルソードを構えると跳躍し、百足へと飛びかかる。 百足に口上が理解できたか? だとか、耳ないから聞こえないとかそういう些細な事はどうでもいいわけである。 しかし、この龍騎士の背にはふわふわの何かがくっついている。 良く見ればうさぎのぬいぐるみだ!! 「うさみたん、見ていてくれ! 私の勇姿をッ!」 どうやらこのぬいぐるみ、うさみ‥‥というらしい。 しかし『たん』をつけるのはどうかと思われるのだが‥‥、そして悲しいことに、うさみたんとは背中合わせだぞ、ラグナ。 「でええいっ!!」 だがそういう小さいことに捕らわれぬ漢、ラグナはオウガバトルで能力を向上させ、やはり関節を狙って大剣を目一杯振り下ろす。 金属かと見紛うほどに堅い殻。ラグナも眉を寄せ歯を食いしばり、叩き切ろうと更に力を込めた。 「攻めるぜ!」 なんと、平五郎は焙烙玉を取り出して、百足の口に押し込もうとしているではないか!! 百足もこの特攻野郎に気がついたのだろう。大きな顎を大きく開いて、射程範囲に入った平五郎の腕を捉える。 ばきぼきと大きな音を立ててその木製駆鎧の腕部分は粉砕された。 籠手を易々と破壊した顎は容赦なく平五郎の腕にも突き刺さる。 激痛に平五郎の目の前が一瞬血の色に染まった。 「ぬぅおおおおーー!! これしきの傷は治る! この百足野郎、漢の魂‥‥食らいやがれえぇーッ!!」 痛みを堪え、自身の腕が傷つこうとも無理に口の中へ焙烙玉を押しこみ‥‥爆発させた。 『ギッ‥‥!?』 牙で掴んだまま平五郎を宙空へ放り投げ、熱と痛みにのたうち回る百足。 全身をしたたかに打ち付けた平五郎は低く呻き、急速に意識が遠のいていくのを感じていた。 そして、目に写ったのは‥‥ラグナのうさみたん。 ラグナが動くごとに、背中のうさみたんも跳ねるように揺れる。 走馬灯のように平五郎の頭によぎる、ふわっふわのうさぎたちの姿。 ぴくり、と平五郎の手がかすかに動き‥‥遠くのうさみたんへと、伸びかけた。 (うさたん達‥‥もう一度、会いたかった‥‥ぜ‥‥) そうして‥‥うさたんたちへの愛を胸に――漢、平五郎は意識を失った。 しかし、この爆発と、今まで手堅く執拗に責め続けていた甲斐があったのだろう。 蓄積されたダメージと、内部からの打撃というのは相当に効くものである。 「一気に仕留める!! 動ける者は加勢しろ!!」 命じたバロン自ら矢を六節で目一杯引く。 「わかった!」 その声に反応した虎太郎がまっすぐ百足へと走った。 バロンの弓弦がギチギチと軋み、しなる音を間近で聞きながら射する機会を伺っている。 「ふ、よき頃合いのようだな!」 すたっ、と岩の上に着地し、右半面の顔を隠して妙なポーズを決める陣羽織と謎仮面の男、村雨 紫狼(ia9073)だと思われる男。 「こらぁ! ミスター・リビドーだ! ムラサ‥‥云々とか違うから!」 あ、名前出してしまった。すみません。では、気を取り直して。 誰だ、と言わんばかりに一応そちらに振り返った百足。 「誰だ・何だと尋ねるならば、答えてやるのが紳士の嗜み。我が名は仮面の紳士、ミスター・リビドー!!」 義によって助太刀する!! というありがたいお言葉は、銃声によってかき消されたり、気合いの声に遮られたりしている。 口上中は黙ってみているのがお約束でもあるのだが、 いかんせん命のやりとりが発生している合間に、のんびりする時間はないのである。 「‥‥今こそ見せよう、我が奥義!! 人呼んで――ジェントルスペシャル!」 誰がそう呼んだのかはさておき、紫狼は百足に向かって颯爽と飛びかかり‥‥一閃!! それとほぼ同時、イーラの魔槍砲、刃兼とウィンストンの攻撃が四方から百足にぶち当たる。 百足の足は数本吹き飛び、鎧の一部は砕かれ、切り口よりざらりと瘴気が流れ出ていく。 ゆっくりと地に伏せる百足。 「ふ‥‥他愛ない‥‥事は為した!! 切り捨て御免!!」 そう言い残し、散々名前で呼んでいたが、ムラサ‥‥『ミスターリビドー』は瞬時に立ち去る。 「やった、のか‥‥?」 颯は沼地に伏したままの百足だったものの果てを見つめた。 彼らを苦しませた装甲も、瘴気として霧散し続けている。 目にも輝きが見受けられないため、近くにいたジョハルは納刀し、くるりと背を向けた。 しかし、その刹那。 百足の目が鈍く光り、余力を使って胴を伸ばすと牙を緋那岐へと突き刺そうとする。 「くッ‥‥」 気づいたラグナが素早く螺旋弾を打つが、装甲を削ったものの、勢いを殺すまでには至らなかった。 「――リィ!!」 イーラの呼び声にはっと気づいたジョハルが振り返り、顔を強ばらせるが‥‥ 「そうはいくか!」 「終わりの安堵が死を招く‥‥なんてことは、させませんよ!」 緋那岐と无の咄嗟の判断で結界術符の黒壁を出現させ、百足の牙がジョハルの身体につき刺さるのを防いだ。 アヤカシは頭を大きく左右に振り、壁に食い込んだ長い牙を引き抜こうとしている。 「まだ生きていたとは‥‥!」 苦々しく呟いたウルグが百足の眼を打ち抜く。 壁を砕きながら、牙を抜いた百足。口から漏れる瘴気が、まるで怒りを表すかのようにも見える。 「敵は弱っているはず。牙にさえ注意すれば――‥‥!」 无は素早く術符を取り出すと魂喰を使用し、百足に回避不能なダメージを与えた。 「牙のほうは俺が引き受ける!!」 「一人では危険だ!! 手を貸す!!」 ウィンストンとラグナが大剣を構えつつ牙を受け、 背中合わせで互いを牙から守りつつ、スキルも併用して拮抗を保つ。ラグナの背中にいる、うさみたんが押されて大変なことになっているが、それは双方に気づかないでいてもらおう。 「今じゃ! 小僧ども、己の持つ全ての力をぶつけろ!!」 バロンが高らかに宣言し、自身も響鳴弓で、背中の一部鎧が剥がれた部位に狙いを定め、射る。 「氷龍!! 凍てつく牙の餌食となれッ!!」 緋那岐の氷龍が凍てつく息を吐く。 「一点集中だ!! 堅いモノに覆われていたって、貫けないはずはないし‥‥貫くまで、何度だってぶん殴ってやる!!」 そう言う虎太郎自身も百足の打撃を喰らい、傷だらけの体で立ち向かっていく。 「一点集中だな‥‥了解した」 ウルグが前衛の攻撃後の隙を補うべく、ブレイクショットで追撃を合わせた。 微かに、ぱきりと何かが割れる音。 「刃兼、任せる!」 ウルグの短い言葉の中に『今だ、行け』という意味なのだと理解した刃兼は、わかったと頷いて平次郎へと顔を向けた。 「平次郎殿‥‥!」 「異論無い。皆の後に続き、同箇所を狙う!」 丁度同じように、イーラとジョハルも話し合っていた 「うっし、行くぜっ、ジョハル!!」 「言われなくたって!!」 絆の元、二組が百足の胴を目指して疾走していく。 ウィンストンとラグナの傍らを抜け、平次郎と刃兼の攻撃が胸部の装甲を叩き割る。 「もう一度喰らって――」 「今度こそ、寝てろっ!!」 ジョハルのファクタ・カトラスとイーラのヒートバレッドという幼なじみ協力攻撃が決まる。 「これで、倒れろぉっ!!」 そこへ滑り込んできた虎太郎。渾身の一撃が百足を捉えた。 拳に託した男たちの絆と思いは胸を深々と突き、百足アヤカシは――‥‥今度こそ、消滅したのである。 「‥‥お疲れさん」 「ふ、そっちこそ」 ズタボロの身体で彼らは勝利した喜びを自然とこぼれた笑みで分かちあい、軽く拳をつきあわせた。 「さぁ、戻ろうか。ギルドに報告をしなくちゃいけないし、怪我人も搬送しなければ」 そういう羅喉丸も十分怪我人だが、彼は无の治療符を受けつつ肩を借り、立ち上がる。 「きっと神楽では盛大な歓迎を受けると思うぜ? 帰ったら酒でも飲みたいものだ」 「うむ。うさみたんもお風呂に入れてやらねばなるまいしな‥‥」 ウィンストンがそう言えば、ラグナの頬も緩んだ。 泥まみれのうさみたんの頭をそっと撫でている。 「酒はともかく、食事したいな! ‥‥辛い戦いだったけど、街に被害がほとんど無くて良かったっ!」 虎太郎がニカッと仲間に向けて笑い、視線の合った数人が笑みを返す。 怪我人を担ぎながら(平五郎の木箱は邪魔なので外した)神楽の都がある方向を見つめる。 街の様子はここからでは見えないにしろ、混乱して強奪や火付けなどの無茶があった様子はないようだ。 急務ではあったが、こうして強敵を打ち破ることができた。 仲間の絆と、男の意地で乗り切った戦いは、 漢たちを一回り強くさせたのかもしれない。 |