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■オープニング本文 ●ジルベリア某所 ジルベリアでも、天儀でも。この季節、男女とも何か心がざわつく、というか‥‥そわそわして落ち着かない月である。 それもそのはず。チョコレートを異性または好意的な感情を持つものに贈る、という行事【バレンタイン】が近いせいだ。 たかだかチョコレートを贈るだけと侮る無かれ。 この行為一つで恋人になったり、絆が強まったり。多感な年頃だけでなく、よりよい人間関係を構築するには捨ておけぬ行事なのである。 という大雑把な説明だったが、バレンタインに気合と腕を見せるジルベリアの乙女たちの間にも、当然この行事は土着していた。 店中を物色する、開拓者クロエ・キリエノワも例に習って市場や店の棚を眺めていた。 「ふむ‥‥。チョコを溶かして形成していたのか」 一人納得した表情で頷いているが、多分彼女が考えるほどチョコレート作成の工程は甘くない。 彼女も家族にあげたり、世話になっている酒場兼依頼斡旋所のおじさんにあげようと考えているので、 店内に踏み込むと材料を物色して手に取る。包装用の小物やチョコに入れる材料などを買い込み、足早に家へと向かっていった。 ●チョコは甘いが作業は辛い それから数時間後、本日の任を終えたユーリィが帰宅した時のことだった。 「‥‥?」 ホールに入るとすぐに彼は眉を潜めた。やがて虚空を見つめ、くん、と空気の匂いを嗅ぐ。何か‥‥甘い香りが屋敷に漂っているのだ。 そんなユーリィの様子に、一人のメイドがおずおずと口を開いた。 「あの‥‥これは、クロエ様が厨房に立たれておりまして‥‥調理中の食材から漂う香りです」 「クロエが? 珍しい‥‥」 籠手のベルトを外しながら、ユーリィが驚いたように目を丸くする。 何を作っているんだろうか、と言いながら厨房に行こうとするユーリィ。 ハッとした顔でメイドは彼の前に立ちふさがり、その所業を謝りながらも『厨房には入ってはなりません』と懸命に押しとどめる。 ただ様子を見るだけだ、邪魔はしないと言っていても申し訳ございませんと云いつつ聞き届けてはくれないようだった。 「‥‥そこまで拒否されてしまうと気になるな」 「クロエ様が‥‥その。出来栄えに満足されれば、恐らくユーリィ様をお呼びになられると思いますので‥‥」 何かぎこちないメイドの様子。遠くで金属的なものの落ちる音が聞こえたが、その音にも過敏に反応している。 「事情はよくわからないけれど‥‥説明できないものを作っているわけではないのであれば、クロエから呼ばれるのを待つことにしよう」 あまり気にするほどのことでもないような気はするのだが、一応ユーリィは折れてくれたようだ。 彼がつけていたマントを受け取ると、メイドは立ち去る背中に向かってありがとうございますと何度も礼を投げかけ、張子の虎のように頭を下げまくる。 そして、ふぅ、と大きなため息をついた。 「クロエ様の料理、上手にできるのかしら‥‥」 屋敷の厨房に立ち込める甘い匂い。 「‥‥クロエ様。あの、私どもにお任せいただければ‥‥」 「よい。自分でやると決めた」 ひらひらエプロン姿のクロエは料理人やお菓子作りの得意なメイドの申し出も断り、がちゃがちゃとチョコをオーブン用の天板の上へ乗せ、ばたんと蓋を閉める。 「これでチョコも瞬時に溶けるであろう」 大雑把かつ極悪な所業に、料理人から悲痛な声が漏れた。エプロン姿の可愛さとは裏腹に厨房内は大惨事である。 チョコレートは熱された天板の上で急速に溶けているのだろう。また濃厚な甘い香りが立ち込め、やがて焦げ臭くなる。 「‥‥ぬ?」 異変を感じ取ったクロエは扉を開き、素手で天板を取ろうとし、その場にいた全員に皆に止められる。 「これを取り出して冷やせば良いのだろう? 然迄に驚くでない‥‥おかしいぞ、皆の者」 ――おかしいのはあんただ。誰もがそう思っただろうが、口にだすほど愚かなものは居なかった。 しかし、この料理の冒涜とも言える行為。こんなものを食わされる者(多分ユーリィだろう)が哀れでならない。 無言で見つめ合った使用人たち。皆、言葉に出さずとも心はひとつ。 正義感と、料理への愛と、キリエノワ家への恩義に揺れ動く心は、ひとつの行動を生み出した。 一人のメイドが、屋敷の裏口から開拓者ギルドへ向かって爆走する。 その形相は必死すぎて、通行人はギョッとしながら身体の向きを入れ替えて道を空ける。 お礼をいう暇もないが、メイドの手に握られているのは依頼書。 カレヴィリアの斡旋所に駆け込んだメイドは、両開きのドアを思いっきり開く。 ばーん、という爆音と共に、和やかな雰囲気が瞬時に凍りついた。 一様に驚いた顔のまま、視線は扉を開いたままのメイドを捉えていた。 (‥‥あれは、クロエさんのところの使用人でしたか) 他の依頼相談をしている御神本 響介がそちらを見ながら思案する。 一体どうしたのだろう、と思っていると――メイドが口を開いた。 「助けて! 料理とユーリィ様が危険です!」 その言葉で、響介は『またクロエさんか』と納得すると、話し合いに意識を戻した。 |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
牧羊犬(ib3162)
21歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
宵星(ib6077)
14歳・女・巫
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
月雪 霞(ib8255)
24歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●キリエノワ邸にて 「バレンタイン‥‥お料理教室の依頼‥‥」 牧羊犬(ib3162)は左様で御座いますかと脱力したような声を出す。 世間は乙女行事で一大事だったとしても、 使用人にとっては家の要人が倒れる(かもしれない)真の一大事なのだ。 月雪 霞(ib8255)は絶句し目を瞬かせ、一呼吸おいて周囲を見渡す。 ボウルは床に落ちてその内容物の大半を零しているし、 オーブンからは焦げたような臭いが漂っていた。 「‥‥思ったより酷かったわね、これは‥‥」 あまりの惨状に玖堂 真影(ia0490)は額を押さえた。 真影の心境も知らぬクロエは、明るい笑顔で『よく来た!』と再会を喜んでいる。 「クロエ、またお邪魔しに来たよ! 今回もよろしくね」 エプロンドレスを付け、輝くような笑顔で、天河 ふしぎ(ia1037)もクロエのそばに駆け寄る。 男子ということを忘れる程に、ふしぎは美少女然としていた。それはもう、完璧に‥‥。 「砲術師、ローゼリア・ヴァイスと申しますの。どうぞよしなに」 スカートをつまみながら、ローゼリア(ib5674)が軽く膝を曲げてクロエに挨拶した瞬間―― 「愛くるしい!!」 「ひゃっ!?」 愛い、と熱く褒め称えてくるクロエに、ちょっと気圧されたらしいローゼリアはそのまま二、三歩後退する。 そんなローゼリアを助けるように、真影が進み出た。 「ところで、クロエさん‥‥チョコレートって、実は凄く繊細な食べ物なんですよ?」 「ん?」 オーブンを開け、首を横に振る真影。チョコは確かに溶けていた。 「こんなふうに直火で溶かすのはダメです。風味が落ちる‥‥つまり不味くなるんです!」 ショックを受けたクロエは、動きをぴたりと止めた。 「チョコはゆっくりと溶かす事が大事。忍耐勝負ですよ、覚悟して下さい!」 言いながら真影はネコ耳フードを装着。それに伴い、若干クロエの視線が上に移動。 指導する為クロエのやる気をアップさせようという考えのようだ。 「バレンタインの‥‥?」 狼 宵星(ib6077)は漸く合点がいったようで、真影の後ろから 「チョコは湯煎で優しく‥‥ですよね?」 と言いながらも、落ちたボウルを拾い上げて残念そうな顔をした。 (食べ物で危険っていうから‥‥毒とかじゃなくて‥‥よかった‥‥) クロエ一人に任せておけば、それに近いものになるところだったのである。 そこに、厳しい顔をした牧羊犬がやってくる。 「‥‥クロエ様に申し上げます。 お嬢様は贈物を、またはお相手を軽んじてらっしゃるのですか? 大切な方へ贈るので御座いましょう? チョコを相手と思うて扱うのが先ず一歩で御座います」 「む‥‥。無遠慮な物言いだが‥‥汝の言うことは最も故不問とする‥‥」 料理下手の自覚はあるらしい。 「贈り物は‥‥クロエさんの心がこもっていれば、 全部ひとりで作ったのじゃなくても、だいじょうぶ‥‥だから」 宵星の言葉を引き継ぎ、霞もクロエを諭す。 「作るものに想いを込めること。それが菓子作りで大切な事だと思いますよ」 若干拗ねたような顔をするクロエに、霞はニコリと微笑んだ。 「親愛なる方へ感謝の気持ちを伝える日ですから。大切な日の為、是非お手伝いさせてください」 こくりとふしぎや真影も頷く。ちょっとクロエは感極まって、目を潤ませた。持つべきものは仲間である。 「クロエ‥‥ちゃんと皆の言う事を聞いて、正しい手順に沿って調理を行ってくださいね」 杉野 九寿重(ib3226)に釘を刺され、何を作ろうかと考えつつも、調理を開始したのだった。 ●頑張れ乙女 「さあ、久々だけど‥‥う、うまく作れるかな?」 エルレーン(ib7455)はぎこちなく微笑みながら、チョコレートムースの下準備を始めるため卵の黄身と白身を分けていた。 というのも彼女、材料の量り方や、手順は悪くないはずなのに――何故か出来上がりに『運』が絡む。 自分でもある程度自覚があるようで、内心どぎまぎしているように見受けられた。 ちらと前にいるクロエを伺うエルレーン。 (このおねえさんも、料理はあんまり‥‥なのかな?) あんまりどころではないが、そんなクロエを囲むように、自らの調理の片手間、数人が様子を見守ってくれている。 「協力しあえるご友人がいらっしゃいますゆえ‥‥彼らと共に、至らぬところは教われば宜しかろう」 牧羊犬もそう言いつつ耳をぴんと張って、指導の声を拾っているようだ。 「さて‥‥手作りの意気込みは良う御座いますが、溶かして固めたものがはたして料理といえるのでしょうか」 クロエがくるりと振り返り、牧羊犬に汝は何を作るのかと尋ねる。 「先ほどからの物言い。さぞ上手なのだろう?」 「私めは料理などできませぬ」 潔いほどキッパリ言うので、クロエは怒るでもなく聞き返す。 「腹に入れば皆同じ。食えるだけでも有難や」 素材は皆食べられる物なのですから毒ができるわけ無い、というのだが‥‥ 考え方も皆一様ではない。自分で納得できればそれで良いだろう。 「クロエ、何となくこれで行けると思ったり、色々閃くこと有ると思うけど、まずは基本通りにだよ‥‥? それから、所々で味見してみるんだ。これで、絶対美味しい物作れるから。僕、去年失敗したから良くわかるんだ」 頬を指でポリと掻きながら、恥ずかしそうに実体験を交えてアドバイスするふしぎ。 なんでも、去年チョコを作った時は、隠し味に味噌と醤油入れたら食べて貰えなかったらしい。 後ろでそれを聞きながら、エルレーンも そっかそっかー、味見も大事だよね〜と頷いている。 牧羊犬も、世話になった人への菓子作りに挑戦する気になったようだ。 チョコを湯煎で溶かしているが、加熱された器具もあるので、露出している肌にも気をつけて欲しいものだ。 「チョコレート作りなんて久しぶりですけれど、多少経験がありましてよ?」 そうしてローゼリアは棚の中や台の上を見て回り、クロエに『何か甘めの酒があれば欲しい』と求めた。 所望したそれを受け取ると、湯せんから外したチョコの中に生クリームを適量混ぜ込む。 頃合いを見て合わせるようだ。久しぶりだとしても、安心してみていられる手際の良さ。 試行錯誤する駆け出し調理者‥‥ふしぎの手元も見て、聞かれたことにはアドバイスも行っている。 「バレンタイン‥‥風習そのものは聞いた事がありますが、実際やった事は有りませんでした」 九寿重は饅頭の生地に濡れ布巾をかけて、発酵させている間にも忙しなく手を動かし、チョコ餡作りに取り掛かっていた。 これは上手にできたら従兄などへ贈るつもりだ。 クッキーを作るため、生地を麺棒で伸ばしていく宵星。 「まだチョコでお菓子作りはした事ないけど、作ってるの、何度も見てたから‥‥」 私も、お世話になってる人達にあげたいと答えて、穏やかな笑顔を向ける宵星。 「クロエ様。ダマができたりしますから、なるべくチョコは均等に刻んでください‥‥」 霞の指摘に心得たと頷いて、サクサクと刻む。 調理場にはチョコを割る規則正しい音や、時折鼻歌などが混じっている。 一緒に作業するふしぎは、指で湯の温度を測りながらちょうど良いように調節していた。 「ミカゲ? 一品ではないようだが、誰にあげるのだ?」 真影はくすっと笑って、家族と婚約者用だと言った。 パイをオーブンに入れた所だった霞も同じように、まだロールケーキも作るつもりだと応じる。 「わたくしは、愛するお姉さまへ捧げるのですわっ!」 当然ですわ、と若干舞い上がっているローゼリア。お姉さまを思い浮かべ、チョコをあげた時の妄想をしたのだろうか? 台所に、チョコの匂いだけではない――生地の焼ける香りや、酒の芳香。 そういったものが作り手の想像や楽しみをかきたてる。 「ん〜〜‥‥良い香り。作ってる時も楽しいけど、やっぱり食べる時が幸せだよね‥‥!」 待ち遠しいと言いながら、仕上げの段階に入ったエルレーンは適量分残していたメレンゲを加え、よく混ぜあわせてから型に入れる。 「この時期、寒いから便利だよねぇ〜」 通常の冷蔵庫や冷凍庫などは氷を使ったものなのだが、この時期なら外のほうが温度が低い場合もある。 冬用の冷凍庫にそれを収め、片付けながらできあがりをゆっくり待つことにしたようだ。 牧羊犬も型にチョコを流し込んでいる。かなり集中しているようだが、尻尾がゆらゆら揺れていることに気づいていない。 「出来上がったら試食してみましょう? 美味しくできてると良いわね♪」 真影が楽しそうに言い、宵星がぱっと顔を上げる。 「試食会‥‥楽しそう、ですね‥‥」 やはりお菓子の誘惑、少女には抗い難いものだろう。嬉しさを堪えきれぬように微笑みながら、宵星は焼けたクッキーにレーズン入のクリームチーズを塗り、挟む。 「自分のものを差し上げたり、皆さんのお菓子を堪能できるのは素晴らしいですね‥‥」 九寿重のほうも、蒸し器の中へ餡を包んだ饅頭を並べて蓋をする。蒸し上がるまでその近くにいるようで、時折後方を振り返っては仲間と言葉を交わしていた。 ●試食会! 「――会話に時は流れ、待ち遠しかった宴の時間になりそうですよ‥‥?」 チョコが固まるであろう時間まで皆でお茶を飲んだり、話に花を咲かせていたのだが、霞がふと冷凍庫の方を見つめた。 確かにそろそろ良さそうだと各々席を立って冷凍庫やオーブンから各自作ったものを出し、人数分を皿に盛りつけていく。 「ふしぎのチョコ、綺麗に装飾されてますわね!」 「えへへ‥‥『夢の翼』っていう、空賊団のマークをイメージしたんだ」 一対の羽根と共に、ゴーグルのイラストが彫られている。ローゼリアにも素敵ですわねと褒められ、照れたように微笑みを返すふしぎ。 クロエが作ったのは、至って普通の冷やし固めた手作りチョコ。霞のアドバイスを取り入れ、ココアパウダーを振ってある。 「味‥‥ど、どうだろう? フシギ」 名ざし。 見た目は普通なので、ふしぎは差し出されたチョコをじっと凝視した後、スッと手にとって口元に運び――意を決した。 (大丈夫‥‥だよね? みんなで作ったし!) 変なもの入れてないし、とチョコを頬張る。 「‥‥あ、大丈夫! 美味しいよ、クロエ!!」 ほっとした顔を向け、それを合図に皆は皿へ手を伸ばす。 「うん‥‥食べられますね」 「汝のチョコこそどうなのだ。私とさほど変わらん手法だろうに‥‥」 牧羊犬のチョコをつまむと、ぱくんと一口に入れる。口の中で味わうと、クロエのものよりビターな感じの印象がある。 「‥‥料理には人柄が出ると言いますし」 こんなものでしょうか、と言ってぺろりと口元を舐めた牧羊犬。 そこへ、真影が香草茶を淹れ直し、クロエにお疲れ様と労ってくれる。 「ミカゲ、汝らが丁寧にしてくれたから‥‥上手にできて、私は嬉しい」 面倒を見てくれてありがとうと頭を下げれば霞はそっと肩に手を置き、月光が地を照らすかのように、静かに微笑んでくれている。 美味しいです、と言いながら宵星はクロエをじっと見る。 「クロエさんが騎士で、私の耳がこうなってるみたいに‥‥みんなそれぞれ、ぴったり似合う事があって。 だからお料理も、材料とぴったりのやり方で作ってあげると、とっても、おいしくなってくれるんです」 その一生懸命な口ぶりと、何より感情と一緒に耳や尻尾が動く。 「シャオシン、頼みがある」 「?」 なんでしょう、と首を傾げる宵星に、クロエは言い切る。 「抱っこさせてくれまいか」 それはさておき。 真影のブラウニーには木苺がちょこんと乗っており、胡桃入りの生地に鮮やかなアクセントとなっており、酸味爽やかな所もいい。 フォンダンショコラも濃厚で、温かいトロトロのチョコを掬いとるようにスプーンを運ぶ。 「はぅはぅ‥‥年に1回、ばれんたいんの時だけは、『男に生まれてもよかった』なんて思うよねぇ‥‥」 感激極まりないというように、満面の笑みを崩さぬままエルレーンは皆の試食品に舌鼓をうつ。 九寿重のチョコ饅頭は、食べやすい大きさに丸められていて‥‥ほろ甘い餡と柔らかめの皮がいい具合に混ざり合っている。 「温かいうちに届けられないのは残念ですが‥‥皆さんにその分食べていただければ満足です」 彼女自身も饅頭の出来栄えに頷き、皆の食べる様子に目を細めた。 エルレーンが差し出したチョコレートムース。 「ど、どうぞ‥‥いただきます!」 人に差し出したが、自分が先に食べることにしたらしい。見た目は完璧なムースにスプーンを入れ、はむちゅと一口食べる。 ぎゅっと目を瞑っていたが、あっと言いながら目を大きく開く。 「‥‥よかった‥‥おいしくできたの!」 心底嬉しいと笑う彼女だが、 「でも、うまくできたって、あげる相手とかいないけど、ね」 と寂しそうな顔をする。そこへ、宵星を愛でていたクロエが身を乗り出した。 「エルレーン、私のと交換せぬか。汝が独り占めするには惜しい味だぞ」 「私の饅頭も宜しければ」 と、皆が菓子の交換を希望したことにより、エルレーンは破顔して『綺麗にラッピングしちゃうからね!』と元気よく拳をつきだした。 「お姉さまの前に誰かへ差し上げてしまうのは心苦しいですが、愛の込め方が違いますのよ!」 ローゼリアの洋酒入りチョコは、口当たりも滑らかで、鼻から抜ける香りが豊潤。同じチョコレートから作ったものでも、随分違うものだ。 香りのみで酒気はないので安心して食せる。 宵星のクッキーはサクサクとした香ばしい生地に、軽めのチーズの対比。レーズンが食感の違いを生み出し、チョコとの切り替わりを楽しませる。 霞のロールケーキは上品で、しっとりした生地とチョコ風味の生クリームがフワフワ感を出している。 一緒に出てきたチョコパイも、表面に可愛らしい絵がチョコで書かれており、見るのも食べるのも楽しいものだった。 「ね、クロエ。今のうちに、お兄さんにあげてきたら?」 ふしぎが天井を見上げ、クロエも暫し考えた後頷いて、別の皿に寄せておいたチョコを幾つか分けて部屋を出ていった。 残された仲間たちは、くすくすと笑ってお茶会を続ける。 「兄上。宜しいか」 クロエは父親と会話していたユーリィに声をかけ、皿に入ったチョコを手渡した。 「皆に教わって作った」 「‥‥ああ、そういう日だったね。忘れていた。大事に食べるよ」 ユーリィはありがとうと子供っぽい笑顔を見せて、それを受け取る。 隣で父親が羨ましそうに眺めているのだが、父親の分は無いらしい。 人差指と親指でつまみ上げ、口に入れるユーリィ。 「ど、どうだ、兄上‥‥?」 心配そうなクロエに、ユーリィは微笑んで『美味しい』と答えた。何の躊躇もなかったので、本音に相違ない。 嬉しさに跳ね上がって喜ぶが、喜びの半分は――手伝ってくれた仲間たちへの大感謝だった。 |