行った年、来ちゃった年
マスター名:藤城 とーま
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/08 04:28



■オープニング本文

●大掃除をしよう

 ジルベリア帝国、カレヴィリア領内。
 街の酒場兼依頼斡旋所で、クロエ・キリエノワは見知った名前を見つけた。
『大掃除 お手伝いしてくださる方募集 御神本 響介』
 張り紙に達筆な筆字で書かれているが、天儀の表現も書かれているのでよく意味がわかっていないクロエ。
 ただ、『オカモト キョウスケ』という名もそうそう居ないであろうから、彼女は早速彼の家まで足を伸ばす。

 響介が住んでいる天儀風の家屋は、独身の男には広いくらいだ。
「キョウスケ。ギルドに汝の名前で依頼があるぞ?」
 木製の引き戸を叩き、家主を呼んだ。暫くすると、カタカタと戸が動く。
 すぅと横に扉が開けば、髪や眼、着物から真っ黒という和服姿の男が現れた。
「僕の名前があるのは当然でしょう。自分で出したんですからね」
 クロエの服装を見た後、彼は彼女の周りを見渡し――『冷やかしですか』と言い放つ。
「あ、あんまりだぞキョウスケ。偽の依頼かもしれぬと思ってだな」
「僕は大祓であちこち歩きまわった月ですから忙しかったんです。自分の家の掃除も終わっていないので手伝いを頼んだというのに、
 それ以外の事なら今年は受け付けていません」
 扉を閉めようとする響介。しかし、クロエも待てと食い下がる。
 あ。いい忘れた。勿論彼女は、友達だからという理由で依頼を受けずにそのまま来ただけだ。
「そ、掃除の手伝いをすればいいのだろう。汝にはいつも世話になっておるゆえ、手伝っても良い」
「クロエさんはお引取りください。貴女は自分の家も大して掃除しないでしょうから、物の扱いすら満足にできないでしょうし‥‥」
 実際クロエは貴族の娘なので、掃除をした回数など片手で足りるほどしか無い。
 響介の家には商売道具もあるし、忙しいのに物を壊されてはたまらない、と嫌そうな顔をした響介。
「その、オオハラエとかはどういうものだ?」
「僕より本職の巫女などのほうが詳しいでしょうが、僕の故郷‥‥天儀の風習みたいなものです。
 特に信仰する神などは居ないのですが、その割に彼らは罪や穢れ、災厄などの眼に見えないものを強く厭う傾向があります。
 しかし、そういったものは、日々生活していると知らず知らずのうちに身体についてしまう。
 日々を清く生きたいと願い、ましてや新しい年を迎えるにあたり心身・環境の浄化を図るため、祓う行事ですね」
 長い説明を聞いていたクロエ。ふぅん、と一応納得したようだが、また疑問が浮かんだようだ。
「それは、キョウスケが『ミコ』と呼ばれるあだ名に関係があるのか?」
「この国の方々には陰陽師も巫女も余計同じように映るかもしれませんが‥‥僕のあだ名とは関係ありません――ああ、どうして僕が忙しいかということですね。
 陰陽師も、大祓の儀くらいしますよ。それに、僕の生業は『まじない師』ですから。形代も作りますし、必要と有らば祝詞も唱えます。
 ありがたい事に重宝がられて、仕事も多かったわけです」
 盆暮れは普通ですよと当たり前のように言われたのだが、クロエにはボンも分からないしノリトも分からない。
 ただ、形式行事を取り仕切る事ができるらしい。騎士の図式で考えると、それは割と凄いことだ。

「――ふむ、キョウスケができる子だというのは分かった。その儀式が忙しくて、家の掃除が追いつかないのだな?」
 だからそう言っているじゃないですか。と喉元まで出かかった響介だったが、ぐっと飲み込み『ええ』とだけ言った。
「正月を迎えるために家屋の穢れを祓いまして、願いを込めて年越しと新年用の料理を作るつもりです」
「だから手伝う」
「結構です。仕事が増えますので」
 忙しいのでまた来年、と言いながら扉を閉めようとする響介だが、クロエも足先を入れて閉めさせない。
「なぜだ。人の厚意は無碍にするものではない」
「ではご自宅の掃除をなさってください。いいですか、クロエさん。貴女は料理など大してできません。掃除もしたことがない。僕は忙しいので手伝いを頼んだ。ほら、どう見ても依頼主の要望をこなせません」
「無礼な! こうなったら汝を感心させるまで手伝う!」
「‥‥一つ壊すごとに、請求書はユーリィさんへお送りいたします。それでよろしいですね」
 ビクッとするクロエの顔を見ながら、冷たい視線を送り『どうぞお入りください』と言う響介。
「あのー‥‥依頼を見てきたんですけど」
 ただ、絶体絶命のところを、ギルドの依頼を見てくれた開拓者が来てくれたので――クロエは胸をなでおろした。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
美郷 祐(ib0707
27歳・女・巫
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
サラファ・トゥール(ib6650
17歳・女・ジ


■リプレイ本文


●仲良くしよう

 クロエと響介が押し問答をしている間に、依頼を見た開拓者達が集まってくれたようだ。
 先ほどのやり取りで、クロエは頬をふくらませて響介の背中へ視線を送っている。響介も気づいているが、無視しているらしい。
「クロエさんも手伝って貰えるのか?」
 羅喉丸(ia0347)が彼女の側へ近づき、クロエも毎度の元気が少し削がれたように、大人しくコクリと頷いた。
「助かるよ、ありがとう」
 そう言われたクロエは、下唇を軽く噛んで‥‥嬉しさを押し殺しているようだ。そんな様子に羅喉丸は小さく笑ってしまう。
 しかし、響介はやれやれといった態で聞いていた。
 羅喉丸が、自分とクロエの会話を聞いていたのは知っていた。きっと、彼はクロエの気持ちを汲み取ってくれたのだろうと察したのだが‥‥
「頼みましたよ、杉野さん。僕の言うことよりも、貴女の言葉のほうに反応するでしょうから」
 声をかけられた杉野 九寿重(ib3226)の犬耳がぴくん、と動いた。
「事情は理解致しました。ですが、クロエを放っておいて大丈夫ですか?」
 九寿重は、掃除の手伝いとクロエの目付役に呼ばれたようだ。簡単に作業の説明をする羅喉丸に、頷きつつ聞いているクロエを見やる。
「羅喉丸さんには申し訳ないですが、彼に期待するとしましょう。僕も本当に構っていられませんし‥‥」
 言いながら襷掛けの紐を右肩で結ぶ響介。そこへ、柊沢 霞澄(ia0067)がやってきて深々と頭を下げた。
「御神本さん、この間はお世話になりました‥‥」
 と丁寧な挨拶でもう一度深々と頭を下げる。
「こちらこそその節はお世話になりました。今日もよろしくお願い致します」
 頼りにしていますよと言われて、霞澄はお任せ下さいと笑った‥‥が、彼女の荷物は恐ろしいほど多い。
 それに関しても尋ねれば、臼と杵、餅米なども運んできたようだ。
「おお、コズエも来ていたか! 今日は頑張ろうな!」
 クロエが九寿重の姿を見つけて駆けてくる。九寿重もはい、と言った後
「頑張るのは私達でやりますから、クロエは邪魔になるくらいに構わないでくださいね、今回は」
 清々しい笑顔で言い切られた。ぐっ、とクロエは唸った後、キョウスケの入れ知恵か、と恨み言を述べて羅喉丸によろしく頼むと縋りつく。
「それは良いが、先程言っていたユーリィさん‥‥というのは、ユーリィ・キリエノワさんの事か?」
「如何にも。我が兄上だ」
 やっぱりそうなのか、と言って以前依頼で一緒になったという話で盛り上がる二人。いや、クロエが食いついているようだが。
「ま、挨拶は大事だけど、さっさと掃除も始めましょうか?」
 葛切 カズラ(ia0725)が鴨居を見上げながらハタキを軽く振って払い落とす仕草をする。
「そうですね。そろそろ始めませんと年越しと新年用の料理作りのお手伝いが間に合いませんね」
 クロエに挨拶をしていた菊池 志郎(ia5584)も、料理の支度をしますので台所をお借りしますと部屋を出ていく。
「あ、それでは、台所のお掃除を私が担当させて頂きます‥‥」
 美郷 祐(ib0707)は長い髪を巻き込まぬよう気をつけながら鉢巻きを締め、襷を手にして急ぎ足で志郎の後についていく。
「それでは、始めさせていただきますね‥‥」
 掃除を始める前に、霞澄は神棚に向かってきちんと礼をする。
「ところでクロエ、本当に何もしたことがないの? 私も元貴族だけど、料理も掃除も人並みにできるわよ♪」
「む‥‥わ、私は学ぶ機会が得られなかっただけ、だ‥‥ぞ?」
 嘘くさいが、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は大して気にも留めずに、皆と自分が脱いだ靴を綺麗に揃える。

「さて、客間や居間から始めましょうか。天気も良いし、畳でも干そうかな」
 髪を一つにまとめながら、リーゼロッテは居間に向かって歩く。障子をガラリと開いて、畳を一瞥。
「それっ!」
 目にも留まらぬ早業で、畳を跳ね上げて裏返す。その手並みは鮮やかなものだった。
 畳を持ち上げたリーゼロッテに、素早く羅喉丸が手を貸して外へ運ぶ。
 日の良く当たりそうな場所でそっと降ろし、畳同士を立てかけるようにして干す。
「畳も拭いておかないとな‥‥」
 それは後で行うとして、と言いながら羅喉丸は雑巾を手に取り、長い廊下に眼を向けた。
 カズラがぱさぱさとハタキで上に積もった埃などを払い落し、本当に小さく入り組んだところには、リーゼロッテが人魂で作った鼠型モップが大活躍だ。
「目立たない所の掃除って、こういう時にしかやらないのよね〜〜」
 目立つ所もやらない人もいるのだが、この家の主人は割とこまめに掃除もしていたらしい。
 掃除もやってるうちに楽しくなるものだけど、とカズラは呟き、下に落ちた埃を掃いて、廊下や室内を綺麗に雑巾で拭いて磨いていく。
(お料理を作るところですから、綺麗に‥‥)
 祐は雑巾を固く絞り、自身の姿が板に映るほど綺麗に拭いている。彼女に気をつけながら、志郎は鯛をさばいて昆布締めの支度をしていた。
「精米したときに出る皮や胚芽などを集めたものです。こちらを使用して、木製のものを磨いてください」
 サラファ・トゥール(ib6650)は響介に教えてもらいながら、米糠を布袋に入れたもので艶出しの作業の手伝い。響介はその間に風呂掃除をするようだ。
「‥‥知らない文化を吸収するのも、楽しいですね」
 楽しそうに掃除をしているサラファ‥‥をじーっと羨ましそうに見るクロエ。動くなとか大人しくしろと響介や九寿重に言われたので動くに動けない。
「あ、クロエさん。バケツを取ってくれ」
 羅喉丸がそう頼めば、我が意を得たりといった顔で立ち上がる。つかつかバケツに近寄り、把手を掴んで持ち上げると足早に歩く。
「ラゴウマ――‥‥るーっ!?」
 突然走り出てきたリーゼロッテの鼠モップに驚いたクロエは、思わず変な動作で立ち止まる。ガシャンと音を立ててバケツは襖に当たり、障子紙をも濡らし、破く。
「‥‥」
「な、何よ。こっちがびっくりしたんだから‥‥!」
 リーゼロッテを悲しそうに見つめたクロエ。だが、リーゼロッテに罪はない。ともかく水をと九寿重が雑巾を差し出したそこへ‥‥
「障子、昨日張り替えたばかりだったんですけどね‥‥」
 音を聞きつけた響介が現れ、半眼でクロエと障子を交互に見やった。
「俺が障子を張り替える手伝いをするよ」
「私も手伝います。クロエ、水を拭きとってください」
 クロエのフォローに回る二人に免じて、響介はそのまま任せたようだ。済まないと謝るクロエに、気にするなと微笑む羅喉丸。

「柊沢さん。掃除が一段落してからで構いません。屠蘇(とそ)を作って頂きたいのですが」
「はい‥‥私で良ければ。あの‥‥そこに置いた手桶や柄杓は‥‥元旦に使用されるもの‥‥ですね? 井戸や‥‥水まわりに‥‥輪注連(わじめ)をして‥‥おきました‥‥」
 それは有難い、と響介は礼を言い、そういえば、と切り出す。
「随分荷物が多いようでしたが‥‥」
「飾りや‥‥準備のお品です‥‥それと、クロエさんは‥‥餅つき等はなされた事があるでしょうか?」
「無いと思いますよ」
 それなら、御神本さんとクロエさん、ご一緒についてみてはいかがでしょう、と提案を持ちかける。
「互いの呼吸が必要ですし‥‥お二人なら、きっと上手くできると思います‥‥」
 朗らかに言われては、響介も嫌ですと突っぱねにくい。返事を渋る響介をよそに、餅米の準備をし始めた霞澄は楽しそうだ。
 きっと彼女は本心からそうお願いしているのだろう。
 大根と人参の膾に、柚子を添えつつ志郎もいいんじゃないでしょうか、と口添えする。
「お供え用にも必要ですから、ここは良いものを作っていただきたいですね」
 料理をする手を休めず、肉の塊に塩や香辛料を塗っていく志郎は、頑張ってくださいねとそっと後押しもする。
 台所で立ち話をしている暇もない。それに、台所には数人が作業しているし、床を拭く祐やサラファの掃除の邪魔にもなるだろう。
 響介は考えておきますと伝え、その場を離れていった。

「よし‥‥と、だいぶ終わったかしら」
 顔にかかる髪を後ろに払いのけ、カズラが上体を僅かに逸らしつつ部屋の中を見渡した。
「こっちも終わった」
 羅喉丸も立ち上がり、自身の肩を回す。先ほどクロエが破いた障子も綺麗に張り替えられている。
 九寿重は次の為すべきことのため部屋を出ていき、羅喉丸は天日干しにしていた畳を部屋に戻す作業に移る。
 軽い掃除の後は重労働のようだ。バケツを探しにやってきたサラファは歩を止め、すぐに踵を返し響介を探す。
「! ‥‥あの」
 サラファは臼に水を入れていた響介を呼び止める。
「これから風呂を作りますので、皆様掃除が終わりましたら‥‥お食事前に風呂へ入り、身綺麗にするというのはいかがでしょうか?」
「それは構いませんが‥‥風呂に水を張っていませんから、そこからですよ」
「頑張ります」
 こく、と小さく頷くサラファ。響介は僕も重労働は得意な方ではないですが、と言って井戸の方へ歩き出した。
「知人のエルフであれば、喜んでお任せするんですけどね‥‥女性一人では大変ですから、僕も手伝います」
 知人のエルフとやらが訊いたら大変だったろうが、生憎居ない。響介とサラファは井戸水を汲み上げては風呂に運ぶ。

 一方、料理作りや飾り付けももう一息という所。
「お醤油‥‥ありますか?」
「煮付けですね。では、お砂糖もここにあるので使ってください」
 祐の作っているものを察知し、調味料も差し出す志郎。彼の手の中には、料理道具ではなく花や枝があった。
「外に南天や竹があってよかったです。家の近くに生えてるものは、御神本さんが植えたのでしょうかね‥‥」
 響介からは許可が降りていたので、花器のありかを探して、それぞれの長さや配分を見ながら花器に飾りつけていく。
「そういうものを飾り付けると、すごく『お正月』という気がしてきますね‥‥」
 祐も見とれるほどだったが、すぐにはっと気づいて梅干しを裂いたりして梅の花に見立てて大皿に飾り付ける。

●鐘の音はないけれど

 掃除や調理も終わり、サラファが沸かしてくれた風呂に入った後。それぞれ居間へと集まった。
「モチを作るのは面白かったぞ、カスミ」
「見ていました‥‥お二人とも、上手でしたよ‥‥」
 淑やかに微笑む霞澄。響介は客人の箸やフォークなどを宅の上に置いていく。
「皆さんのお口に合えばよろしいのですが‥‥」
 祐が作り終えて味を染み込ませた煮物を置き、襷を外しながら襖に一番近い席へ座る。
「こんなにたくさんの料理を作ってくださって、ありがとうございます」
 サラファが頭を下げつつ礼をすると、こちらこそ、お風呂有難うございますと志郎が礼を返した。
「皆揃いましたね。ちょうど蕎麦も茹で上がったところです」
 九寿重が先程からこねていたのは蕎麦だったようだ。澄んだ蕎麦汁の下で、灰汁色(あくいろ)の麺が揺れている。
「どれも美味そうだ。ご馳走もいいが、こういった懐かしい味も中々食べられないから嬉しいよ」
「ジルベリア以外の料理もたくさんあるし、何より料理が得意な人が多そうだったから期待してるわ♪」
 羅喉丸やリーゼロッテが穏やかにそう言ったので、祐もほっとしたように顔を綻ばせる。
 皆の前には所狭しと料理の皿が並べられており、どれも食欲をそそるものだった。
「では、屋敷の主人であり、依頼人のミコさんに締めの音頭を取ってもらうのを希望するのですが」
 配膳を終え、飲み物が皆に行き渡っているかを確認した後九寿重が口を開いて提案すると、響介もそうしましょうか、と了承してくれた。
「足は適度に崩してください。正座はお辛いでしょう」
 響介はそう言いながら、掃除の行き届いた部屋を見回し満足気に頷いた。霞澄の案でクロエと作った鏡餅もきちんと飾られている。
「やはり綺麗な家というのは素晴らしいですね。一人ではこれほどにならなかったでしょう‥‥特に畳などは、拭くくらいで終えたかもしれません。
 皆さんのご協力に感謝します。来年も皆様に一日でも多く吉事があるように願います‥‥乾杯!」
 響介が杯を掲げ、皆もそれに習い『乾杯!』と掲げて近くの者と打ち鳴らす。
「シロウの作ったローストビーフ、絶品だぞ! 屋敷のシェフにレシピを教えたいくらいだ! ‥‥そうだ。汝、屋敷に来ぬか? 料理担当になれるぞ!」
「はは、お褒めいただいたお気持ちだけ頂いておきますね」
 菊池さんが嫌がられているじゃないですか、と響介が膾を小皿にとりつつ口を挟めば、嫌がっていないと否定するクロエ。そのやり取りにも苦笑した志郎。
 羅喉丸の持ってきた天儀酒『もふ殺し』をくいっと呑みながら、リーゼロッテは新年か、と言いながら頬に手を当てた。
「新年を迎えるってことは私も一つ歳とっちゃうってことだけど――まぁ、よいお年を、ってね♪」
「無事に‥‥新しい年を迎えるという意味でも‥‥生まれてきた日を祝うということでも‥‥嬉しいことですね」
 霞澄がにこりと微笑み、蕎麦をちゅるちゅるとすする。
「‥‥これは、見たことがあります‥‥」
 サラファが羅喉丸お手製の水餃子を見つめ、小首を傾げた。
「泰国人だった師匠に師事した時に憶えた泰国料理、餃子だ」
 年越し蕎麦みたいなものだと説明すると、響介も訊いたことはあるが、理由は知りませんねと頷く。
「理由か? 『餃子』の発音が『交子(除夜の夜、亥の刻から子の刻に変わって新年になる)』と同じと言う事で、旧い年と新しい年に変わる間に食べる。餃子の形が昔の高価な貨幣に似ていて縁起が良いからだ」
 と答えた。何処の国でも縁起を担ぐのは同じようだ。

「ふふ、来年もお会いすることがあれば、宜しくね‥‥なんだか天儀で過ごしてるみたいだわ?」
 もふ殺しを盃で傾けながら、床の間に飾られた南天に眼を細めたカズラ。

「クロエさん‥‥」
 不意に霞澄が呼び止め、帰りに渡そうと思ったのですがとだるまを見せる。
「? マトリョーシカか?」
「このだるまは、願掛けをするのであれば片目を入れ、成就したときにもう片目を‥‥
 両目に入れる場合は『見通しが明るくなる』という意味があるそうです‥‥新年が良い年でありますよう、これを‥‥」
 有難うと受け取り、まじまじだるまを見つめた後。霞澄に『カスミは愛い奴だな!』といきなり抱きしめる。
「大事にする。眼は可愛くしておくからな!」
「‥‥はい」
 そして、それを九寿重に見せびらかしに行ったクロエ。先程風呂に一緒に入ろうと言われて、挙句尻尾も掴まれた九寿重はかなり警戒している。

「賑やかで趣きのある年越しですね‥‥。来年はよい年でありますように‥‥」
 サラファは、人々の楽しげな声と笑顔を見つめ、そうひっそりと願う。

 また、楽しく良き日が訪れるように。
 新しい一年、笑顔で迎えられることの喜びを得ながら。