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■オープニング本文 ジルベリア帝国カレヴィリア領の一角。 「寒い季節には、この一杯がたまらんのだなぁ‥‥」 そこの酒場では、クロエ・キリエノワが既に何杯目かのウォッカを飲んでいた。 これだけ飲んでも酔わない‥‥訳はなく、実は酒にはそう強くない。ちょっと、酔っている。いや、結構酔っている。 女が酒で酔っていれば、男としては下心の一つでも出さないままでは居られない‥‥はずだ。普通は。 だが、酒場にいる男性等の心をゴーに行かせないのはそれだけではない。クロエにはツレがいたのである。 「クロエ、そろそろ飲むのは止めるんだ」 「うむ、兄上。美味しいな」 「‥‥飲み過ぎだと言っているんだよ」 そしてクロエのツレというのは駆竜騎士団長ユーリィである。彼の目の前で妹を口説いたり悪戯なんかしたら串刺しにされて闇の森に放置されるかもしれない。 実際にユーリィとてそんなに怖いわけではない。しかし、彼らは想像でブルっちまったわけだが、それはそれでユーリィも非常に役立っているので良しとしよう。 「それでだ。兄上。この間獣人の耳を触った。ふさふさ、ふかふか、ぷにぷにだった」 「プニプニというのがわからないけれど‥‥‥‥そうだね、相手が同意の上なら。彼等とて気安く耳や尻尾を触られたくないだろう?」 「尻尾! ああ、触らなかった。なあ、兄上。蜥蜴の神威人の尻尾は再生するのか?」 「知らない」 「響介の羽毛も生え変わるのか? 羽根を見たことあるか? 私はない」 「彼は非常に羽根を見せたりするのを嫌がるね。余程嫌な目にあったのかもしれない」 それにクロエが絡んでいないことを祈るのだが、会話の端に期待感が見受けられることから、いつか実行するおそれがある。 「兄上にもわからないこともあるか。ふふ、楽しいな」 何が楽しいか全然わからない。そんな上機嫌のクロエをよそに、ユーリィは酒を一滴も飲んでいない。 いつ騎士団に呼ばれるとも分からないので、極力酒は飲まないようにしている。出がらしのような薄い茶を口に運んでいた。 少し座った目で、クロエは身を乗り出す。 「兄上」 「何?」 クロエはストンと座りなおし、手の中のカップをいじって、上目遣いに兄を見つめる。 「友人を呼んで宴会がしたい‥‥な」 「すればいい」 「いいのか!!」 簡素な返事に、クロエはバッと顔を上げ、再び身を乗り出す。 「屋敷を壊したりしなければ、楽しく過ごしたいという要望を断る理由はないからね‥‥」 「うん! うん! では、パーッとやりたいものだな! そうだな、キョウスケも暇だろうし、ギルドのお姉ちゃんもだな、うーん、百歩譲って騎士研も呼んでやってもいいな。それで‥‥兄上も当然居るだろう!?」 「都合が合えば――」 「合わせるのだ! 兄上の生涯の友も竜だけでは駄目だ!」 一人盛り上がるクロエに、ユーリィはやれやれと肩をすくめた。 「では、早速明日から用意せねばな! ケーキも焼こうぞ!」 「料理やお菓子作りが上手な人とやるんだよ」 楽しみだ、と、弾むような口調と愛らしい笑顔を見せる妹に、ユーリィは小さく笑った。 「素敵なパーティになるといいね」 「うむ!」 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 无(ib1198) / 豊姫(ib1933) / 九条・亮(ib3142) / 杉野 九寿重(ib3226) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 始音(ib8405) / 一ノ瀬 蓮(ib8504) |
■リプレイ本文 ●雪の降る街 カレヴィリアの屋敷にて、クロエはそわそわしながら来客を待っていた。 いつもの装いではなく、珍しく赤いドレスを着ている。銀の髪には花をさして、うっすらと紅も引いている。 「クロエ、もう少し落ち着きなさい」 ユーリィが苦笑しながら窓辺より外を見つめる。雪は結構降っているようだ。 彼もまた正装してこの場にいる。クロエとは違って来客たちに近づき、労いと世間話で会話している。 キリエノワの家督を継ぐ者でもあるので、交流は重要な役割でもあるのだ。 「こんばんは。宴の席にお招きいただき、参りました」 しんしんと降る雪の中を、遠方から来てくれた人がいる。 杉野 九寿重(ib3226)だ。黒を基調とした、レースがあしらわれているドレス姿だ。 彼女の姿を見かけると、心底嬉しそうな顔をしたクロエ。抱きつきたいのを堪え、しずしずと前に立つと上品に礼をする。 「お足元の悪い中、ようこそお越しいただきました。さあ、どうぞ暖かい方へ‥‥」 にっこりと微笑み、上品な起居振舞をするクロエに目を丸くする九寿重。 しかし、奥へと連れて行かれると、クロエの我慢も限界だった。くりっと振り返り、九寿重をハグする。 「今日も可愛いぞコズエ! よう来てくれたっ! お耳には何も飾りは付けぬのか?」 モフモフさわさわと、九寿重の犬耳を触りまくる。くすぐったさを堪えながら、九寿重は甘んじてそれを受け入れていた。 彼女曰く『出来れば過剰なまでの撫でまくりは勘弁願いたいのですが、何か物欲しそうな目つきを受けると少しくらいは許しても良いかなと思う』らしい。 それはかなりの役得だ。 「嫌なら嫌だと言ってあげたほうがクロエさんにはいいですよ。分からないのですから」 紋付羽織袴の、御神本 響介が料理の入った小皿を手にとってこちらにやってきた。クロエは『嫌がっておらぬ』と言うのだが、九寿重自体はどうなのだろうか。 ユーリィも彼らの側にやってくると、何か飲まれますか、とフットマンを呼び寄せる。 「杉野さん、お酒は飲まれませんか?」 「不要です。まだ己は未熟と心得てるが故に、口にしません」 そう言うとお茶をと頼み、ごゆっくり、と頭を下げるとユーリィは再び離れていく。 大きなツリーに、色とりどりの飾り。これはどのような意味があるのだろう。 ぼうっとそれを見上げていた和奏(ia8807)は、素直に綺麗だなあと思う。 「天儀の方では、この時期催し物はないのでしょうか?」 ユーリィに話しかけられ、ゆっくり振り向いた和奏。小首を傾げて黙考した後――『ちょっと珍しいです』と答えた。 もしかすると、天儀でも一部の場所で似たようなことをしているのかもしれないが、彼の屋敷ではそういった行事などはなかった気がする。 「先日、こちらの地方のお祭りに参加したのですが‥‥こちらのお祭りは、冬の方が賑やかなカンジがしますね。 自分の住んでいる土地では、春や秋といった季節に行事が多かったので‥‥」 「ええ。その時期行われる天儀の催し、とても素晴らしいと聞き及んでおります。いつか拝見したいものです」 故郷を思い起こしながら語る和奏の言葉にユーリィは同調するように頷いた。 「――歓談中失礼。こちらの家主さんかな?」 落ち着いた声と共に、无(ib1198)がユーリィに穏やかな様子で近づいていく。 「当主‥‥ヴャチェスラフはあちらで歓談しております。私はヴャチェスラフの息子、ユーリィと申します。 もし御用がお有りでしたら呼んでまいりますが‥‥?」 「ああ、いや、大きな用事ではないので結構ですよ。 いえね、ギルドに貼られたお知らせに誘われやってきたものの‥‥考えたら、依頼主とは初対面ですからね。まずは名乗ってご挨拶をと思いまして」 ユーリィの申し出をやんわり断り、事情を説明する无。するとユーリィは『ああ』と納得した様子の声を上げ、それを出したのは妹ですねと返答した。 クロエを呼び、やってきた彼女に状況を説明すると、クロエは喜ばしく思ったようで无へ微笑んだ。 「ふむ、実は知らない家に招致するのはどうなのだろうと思ったが、いざこうして来訪してくれるとは嬉しく思う。 ご挨拶は遅れてしまったが、私はクロエ・キリエノワ。よしなに頼むぞ!」 と、手を差し出したので无もそれに応じる。そして好きなものをたくさん食べてくれと言って、割と世話好きなクロエは和奏と无へ『嫌いな物はあるか?』と聞いていた。 「んしょっ、と‥‥! 宴会に来たよ、クロエ!」 九条・亮(ib3142)が大きな荷物を抱えながらキリエノワ邸へとやってきた。 なんだなんだと見守る人々の視線を受けつつも、亮は大袋から鍋を2つ取り出す。どうやって持ってきたんだとか、そういう細かいことはこの際いいんだ。 「おお、リョウではないか。外は寒かったろう。そんな中来てくれて感謝する。故にあとでケモミミを触らせてくれ」 何が『故に』なのか、まったく意味不明なのだが、リョウは『後でね』と軽くあしらい、鼻歌交じりで何やら準備をしている。 「それはなんだ? キョウスケの家で見たことのある入れ物だ」 「‥‥土鍋ですよ。九条さん、鍋を作って持ってきてくださったのですか?」 ナベを製造したのか、というクロエの驚きを完全にスルーして、響介は亮に訊いた。 「うん。ほら、なんていうのかな‥‥猿が毛繕いでコミニュケーションを取って友好を確かめるが如く、 年越し前にパーッと騒ぐ事で、コミュニケーションを取って友好を確かめるのが人間――という説を打ち立てて大酒呑んでる人も居るけどさ。 呑むならこれも必要でしょ? あ、調理場ちょっと借りていいかな? 温め直しと、もう一回味をみたいんだ」 許可を取ると、調理場へ案内すると言って鍋を持ったクロエを慌てて響介が止める。 「僕が持ちます。ひっくり返したら大変です」 「平気だ。私は妊婦ではないからこれくらいどうということは――」 「貴女がそそっかしいから落としたら大変だと言っているだけです」 ショックを受けたクロエを放って、響介は調理場はこちらですね、とメイドに尋ねて亮を伴い歩いて行く。 「クロエ、その、大丈夫ですか‥‥あ、ピロシキ食べましょう」 どうフォローしたら良いものか。九寿重は頑張ってクロエの前にピロシキをちらつかせる。 口を尖らせたクロエはそれでもピロシキを手に取る。 「コズエ、尻尾触らせてほしい」 「尻尾は厳禁です!」 思わずお尻を両手で隠す九寿重。獣人にとって尻尾は余計に触られたくないところだろう。 「尻尾に関してはどちらかというと‥‥私がモフモフしたい側なので」 「‥‥ほう? やはり人の尻尾は触りたいものか」 「ええ、まぁ‥‥そうかもしれませんね‥‥長男でもある末の弟を世話しながら、その感触を楽しんでましたから」 その様子でも思い浮かべたのだろう。九寿重の顔に優しい笑みが浮かんだ。 「尻尾などは兎も角として、良いものだな、家族というのは‥‥」 そう言いながら、クロエはユーリィのほうを見つめる。 「私と母は元々移住民だ。そこをキリエノワに拾ってもらい、こうして暮らしているのだが‥‥ 義父も義兄も血の繋がりがあるのと変わらず接してくれる。それに、私も彼らは大好きだ」 言ったことに照れながら、口にピロシキを運ぶクロエ。まあ、いいこといっても頬張っているのはピロシキだが。 しかし、この平穏な雰囲気を打ち破るかのような轟音が、ホール中に響き渡った。 重い扉が勢い良く開かれた音だったのだが――その音に驚き、動きを止めてそちらのほうを振り返る人々。 左右に開かれた扉。両手を横に広げたままの姿で豊姫(ib1933)が立っていた。しかも彼女、この酷寒の地にいるというのに、どういうわけか薄着だ。 豊姫は周りをぐるりと見渡した後、卓に並んだ料理に視線を移し――定めると、唇はかすれた音を紡いだ。 「――あったんや」 何が。 ‥‥と怪訝そうな顔の皆。ユーリィが近づこうとしたその時。 「天国や‥‥天国はここにあったんやあああああ!!!」 屋内に響き渡る豊姫の歓喜の声。再び驚く皆。 豊姫がご馳走目掛けて駆け出――そうとしたが、いきなりバターンとひっくり返った。 顔面から床にご挨拶したせいか、ぴくりとも動かない。 「‥‥死んだか?」 「いや、寝てる?」 ヒソヒソと隣同士で会話する人々を押し退け、ユーリィが片膝を付き、『失礼、ご婦人』と声をかけながら豊姫の肩を揺する。 「ら、‥‥た」 「はい?」 よかった、生きてる。周りの人はホッとしたのだが、自分の家に来た女性が早々に倒れてはユーリィも困るだろう。 何か言っている豊姫に耳を近づけ、この世の終わりがやってきたかのようなか細い声を聞く。 「うち、腹減ったんよ‥‥」 ●それから数十分後 「いや、一時は医者を呼ぼうかと思うたが‥‥行き倒れ寸前だったか。しかも薄着。まったく、ジルベリアの寒さを甘く見るでない」 毛布にくるまれた豊姫の傍らに腰掛け、クロエが白湯を差し出した。 「いや、全くその通りやんな。寒さに耐性がないにも関わらず薄着やし、さらに無一文で食べ物にもロクにありつけん旅やったわ」 「ふむ、そしてこの宴を聞きはせ参じた‥‥というわけか。汝と知り合えたのは嬉しいことだが、もうすこし身体を大事にしてくれぬか?」 ぬるま湯で湿したタオルで、豊姫の顔を優しく拭いてやりながらクロエは心配そうな顔で様子を伺っている。 安心させようとニカッと笑った豊姫。クロエもつられて笑った。 「ご本人はしっかりされているようで安心しましたが、どうやら身体は衰弱しているようですね‥‥」 私にとって酒は命の水ですが、豊姫さんは数日、お酒や味の強い食事などは控えたほうがいいかもしれません――と言った。 衝撃的な言葉に思わず目を見開く豊姫。ご馳走目当てでやってきたというのに、それが食べられないなどというのは酷だろう。 そんな不憫極まりない豊姫に、亮がお粥を持ってくる。 「小さく切った鶏肉を少し入れておいたから‥‥」 その心遣いは筆舌に尽くしがたいほど豊姫には嬉しく、まるで地獄の中に女神を見た――っぽい顔をしている。 お腹はぐうぐう鳴っているので、かっ込みたいのを我慢しつつ口に運んでいる。冷ましながら食べるんだぞ、というアドバイスも半分聞いていない。 「豊姫も無事そうだね。よし、彼女には申し訳ないけど、折角作ったんだしボクらも食べようか!」 そう言ってとろ火にかけていた土鍋の蓋を開き、もわっと溢れ出る湯気が亮の姿を一瞬消した。 湯気が消え、次に溢れ出るは美味しい香り。 「ボクが持ち込んだのは天儀の冬物らしく‥‥鍋を2つ! じっくり半日かけて煮込んだスープが自慢な鶏の水炊きに‥‥」 もう一つの鍋の方も、蓋をパカッとオープン!! 味噌の香りがたちこめる。 「味噌とアンキモの出汁が美味しい、鮟鱇鍋!!」 「水炊きに鮟鱇ですか‥‥これはどちらも美味しそうだ」 思わず唸る長谷部 円秀 (ib4529) に、亮は満足気に微笑んで、器に盛った鮟鱇を差し出した。 「さ、召し上がれ!」 美味しいものの前には思わず顔も綻ぶというもの。ましてや冬に鍋、天儀の人でなくとも嬉しい計らいだが、天儀育ちには異国で食べる郷土料理の有り難みは格別だろう。 戴きます、と挨拶をしてツユをまず一口。 円秀がカッと目を見開いた!! 「これは‥‥野菜の旨味と肝油が味噌に更なる深みとコクを与え、濃厚な味わいとなっている‥‥」 「しかもこの調理方法、肝煎り‥‥どぶ汁仕立てとは相当の腕前ですね」 響介も素直に美味しいと述べ、いつもより若干幸せそうに見える。水炊きを食している九寿重も、嬉しそうな顔だ。 料理の腕を絶賛されている亮も『頑張ったもん。料理は手間を惜しまないことだよね』と大きな胸を更に大きく張っていた。 「なんぞ天儀陣は感激しているが‥‥調理方法が違うのか、ワカナ?」 急にクロエから話を振られた和奏は鳥をつつく箸を止め、暫し言葉を見繕うために悩み、微笑を浮かべた。 「はい、お二人の仰っていることは‥‥何となく分かりますが‥‥凄く美味しいですね」 彼も上級と普通の違いは分かるのだが、味音痴なので『美味しい』のであれば不服は無い。食べ物も本望だろう。 「しかし、楽しいな」 「そうですね‥‥自分も、楽しい場所や賑やかにしている様子を眺めるのは好きです」 そういった和奏の顔をまじまじと見ているクロエ。和奏も首を傾げて『どうしました?』と見つめる。 「‥‥ワカナ、汝も十分『参加』している。私の家に来てくれたし、皆と同じ食事を摂り、同じ会話で笑う。変に他人行儀にするでない」 「‥‥そう、ですか?」 開拓者になる前からそれが当たり前の生活だったので、彼には参加している、という意識はなかったようだ。 クロエの言葉が彼に何かをもたらしたかどうかは不明だが、勧められて酒も口にしている。 ●一曲いかが? 歓談を楽しむ参加者たち。 料理や酒の勢いもあってか、顔を合わせた者達はそれぞれ集まって更に朗らかに談笑している。 「‥‥ほう、あなたも武者修行をなさっているのですか」 「強い奴に会うんはワクワクするし、自分の力を高めるっちゅうのも大事やもんな」 同じく修行中の九寿重も、豊姫の話に興味を持ったようで頷きながら訊いていた。 ご馳走がなくても、粥状のものしか食べられなくても別の楽しみを見いだせたらしい豊姫は皆と打ち解けてきて、自分から輪の中に加わっている。 だが、彼女は知らない。亮が鍋の締めに彼女も食べられる『おじや』を作っていることを‥‥。 「すみません、何か食事の方ばかり手伝わせてしまいまして‥‥」 何かこちらで手を貸せることはありますか、と尋ねるユーリィ。 「ん? ボクが好きでやってることだし、誰かに喜んでもらうのも結構嬉しいし。気にしなくていいよ!」 でも折角だから、後でデザートをゆっくり食べたいかな、と言えば、彼はにこやかに微笑みながら『すぐ手配します』と了承してくれた。 和奏は先ほどの豊姫たちの話を聞きつつ、『修業の道は険しいようですが、お二人とも励んでおられるのですね』と純粋な敬意を向ける。 しかしその一方で、出された酒や食事はきちんと平らげている。見た目に反し、割と酒にも強いし、食べる方なのだろうか。 「いやいや、楽しい時の酒は弾みますよね〜‥‥あ、酒が切れちゃいましたか。お姉さん、お酒追加で!」 「ナイ、良い飲みっぷりだな! よし、我が家の酒を全て空ける勢いで持ってくるが良い!」 无は酒瓶を軽く持ち上げ、それを左右に軽く振りながらメイドに声をかける。クロエも割と酔っているようだが、円秀にもやれ呑めやれ食えと煽った。 「ナイ‥‥というのはうちの尾無狐と同じ呼び方ですね〜」 「ほう、同じ音を持つのか。ええと、私は発音が少し変か? ナ‥‥ィ?」 「ああ、無理に変えずとも大丈夫です。二人で楽しみますよ」 微笑み返す无に、クロエはほっとしたような表情をし、彼女の様子を見ていたユーリィが、側に寄って肩を叩いた。 「クロエ、少し飲み過ぎていないかい?」 「平気だ! 今日は宴ゆえ、かまわぬ! そうだ、兄上も呑むといい!」 差し出されたワイングラスをやんわり拒否し、構わないのはクロエだけだろう、とユーリィは无と円秀へ申し訳なさそうに『ご迷惑でしたらすぐに仰ってください』と言う。 「平気ですよ。束の間の休息の後はまた戦いなのですし、クロエさんはとても楽しんでいるようですから」 円秀の言うとおり、確かにクロエは楽しんでいるようだ。无も『面白い方ですねぇ』とユーリィに笑いかける。ユーリィとしては申し訳ない気持ちで苦笑するしかなかったようだ。 「しかしお酒を呑まれないのは残念ですね‥‥お嫌い、ですか?」 「いいえ、酒は好きなので実を言えば少しは呑みたいですね‥‥しかし、責任ある立場なのでいつ呼ばれても万全で望めるように、と思って口にしないのです」 立派な心がけですが、身体には毒ですね〜‥‥ご一緒できないのは残念ですと无は少しばかり悲しげな顔をした。 「お約束とまでは行きませんが‥‥いつかご一緒できればその時は遠慮なく戴きます」 「それはいい。楽しみにしますよ」 と、控えめな呑みの口実を取り繕ったところで、クロエは先程から聞き手に回っている円秀に向き直る。 「エンシュー、宴は好きか?」 「はい。自身が感じるままを楽しむ‥‥といいましょうか。ですから、今は楽しいですよ」 それなら良い、ともごもごするクロエ。どうかしましたかと尋ねると、彼女は言いづらそうに下を向いた。 「‥‥いや、その。私だけが楽しいと騒いでいる気がしてな。つまらなくさせていたら――」 「つまらなかったら参加しませんし、楽しいからこうしています」 ね、と言い聞かせてあげる円秀に、クロエは大きく頷く。割と根は素直なようだ。 「よし、エンシュー! 折角だから踊るぞ!」 「えぇ? 私はジルベリアの躍りも歌もよく知らないので、教えてもらいながらになりますが‥‥」 手をぐいぐいと引っ張られつつ、クロエに引かれるまま立ち上がる円秀。 「適当で良いのだ!」 いいのかなあ、と言いながら輪の中に加わって、たどたどしく足の運びを教えてもらう。 それぞれが楽しく、陽気に騒ぐ冬の夜。 それを祝福するかのように輝く月。外は降り積もった雪が描く、真っさらな銀世界が広がっていた。 |