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■オープニング本文 ● ギルドだけではなく、既に街でも噂の的となっている『白い妖精』の話。 白い妖精を見たものには幸せを運んでくるという、どこにでもありそうなお伽話だが―― 存外に街の人々は大人も子供も表情を輝かせ、話題に上げているのだ。 「‥‥全く、猫も杓子も妖精、妖精ばっかりですわね」 他に喋ることがないのでしょうか、と思いつつ、ティーラは通りすぎていった少女が持っていた童話の本を見つめていた。 彼女の住んでいたアル=カマルにはそんな話はない。 いや、【精霊】が身近にあったので、【妖精】というものに魅力を感じなかったというだけだ。 街の人にとっては妖精であろうが精霊であろうが、極論を言えば開拓者だとて神秘的に映るものに違いあるまい。 「白い妖精、ねぇ‥‥」 一体どんなものなのかしら、小さいのだろうか。大きいのだろうか‥‥と、彼女自身も若干微笑んでいることに気づいていない。 そこへ、路地からぴょこんと一匹の白いうさぎが現れた。 体毛は白くてふかふかとして艶やかな光沢を放っているのだが、何故かシルクで出来たピンク色のドレスのような衣装を付けさせられている。 おまけに耳と耳の間に小さなクラウンが乗せられ、その装飾は細かくて、抱き上げたティーラはまぁ、と驚いた。 「うさぎの癖に妙に可愛らしい格好ですわね、あなた。それに『如何にも金をかけています』というようなものをつけたら、華美は慎むべしという帝国の意向と逆になりましてよ?」 しかしうさぎはどこ吹く風。鼻をせわしなくひくつかせていると、奥からドタドタと金髪の女性が現れると、ティーラとうさぎを見て悲鳴を上げた。 「ちょっと、あーた! うちのメリちゃんを誘拐しようとしてるんざーすね!? 皆さん、誘拐犯が居るざます!」 「なんです、あなた。誘拐犯? まさかとは思いますけれど、わたくしの事ですの?」 不機嫌そうな顔でティーラは金髪の女性を見た。身体はかなり横にダイナマイトなボディで、胸を強調した赤い服を着ている。 指にはゴテゴテと指輪がついており、白っぽい毛が付いていることから、このうさぎを撫で回していたのだろうと推測した。 「うちのメリちゃんは、知らない人についていく子じゃござーませんの! ああ、メリちゃん可哀想に‥‥さ、返すざぁーす」 別にただ抱き上げただけだと言って、ティーラはうさぎの持ち方を変えようとした時。うさぎがスルリとティーラの手から逃げ出した!! 悲鳴を上げる飼い主。 「ああっ、メリちゃん! ママのところに戻っていらっしゃい! ‥‥メリちゃん!」 女性の姿を見ると、一目散に街の大通りへ駆け出していくメリちゃん(うさぎ)女性が放った何度目かの悲鳴がティーラの耳に届く。 「あーたのせいでメリちゃんが怖がっているじゃーござぁせんか! 一刻も早く探して頂戴! メリちゃんが人さらいにでもあったら――」 「ったくギャーギャーうるさいオバサンですわね。そもそも、あなたのうさぎでしてよ。 心配ならご自身で探しに行きなさいな。ああ、そうだ。そのジャラジャラとした装飾に、うさぎの毛が詰まってますわよ。 それにあなたの香水。臭いんですわ! わたくしにもキツイというほどですもの、うさぎには地獄の苦しみですわ!」 とはいえ、うさぎに罪はない。そこで此方を見つめるうさぎを掴まえてやらないと、オバハンの言うとおり誰かに連れ去られてしまう。 それならまだしも身ぐるみ剥がされて、うさぎ料理になることだろう。 「ったく、しょうがないですわね‥‥成功報酬は倍いただきますわよ!」 言い捨てて、ティーラはその場を離れたのだった。 ●白いうさぎを追いかけて アレだけ目立つうさぎだ。見失ったかと思っても、人の視線がうさぎの所在を教えてくれる。 その視線を頼りに進むと、うさぎは立ち止まってティーラを見つめていた。 しかし、近づくとうさぎは再び急いで走りだし、彼女を何処かに連れていきたいようだ。 「まっ、たく‥‥! わたくし、うさぎの言葉は解りませんのに‥‥なぜか誘われている気が‥‥」 小道を抜け、狭い通路を通り、塀の穴を抜け――視界には古い洋館。 うさぎ‥‥メリちゃんはそこで止まり、一声鳴いた。 「ぶーぅ」 可愛くない声だ。すると、洋館から顔を出す数匹の――うさぎたち。 壊れた壁から出てくるうさぎや、二階の窓からも数匹分の耳だけが見えている。 「‥‥うさぎだらけですわね‥‥」 メリちゃんはそっとティーラの足に近づき、ぴょんと彼女の手元に飛び移る。 じっと見つめるメリちゃんの気持ちはわからないが、もしかすると――遊んで欲しいのか、オバハンへの文句を言ってくれたティーラへのお礼だろうか。 「うさぎも恩返ししますの? では、少し遊ばせてもらおうかしら‥‥そうね、屋敷に入って御待ちなさい。うさぎが大好きで、優しそうな人を連れて参りますわ」 オバサンはまだ呼びませんわ、と言って、その言葉が通じたのか、メリちゃん率いる、うさぎさんズは屋敷の中に入っていった。 「ふふ、うさぎのお茶会、かしら。此方がもてなす方になりそうですけれどね」 |
■参加者一覧
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フリージア(ib0046)
24歳・女・吟
フィリー・N・ヴァラハ(ib0445)
24歳・女・騎
瞳 蒼華(ib2236)
13歳・女・吟
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
狸寝入りの平五郎(ib6026)
42歳・男・志
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
霧咲 ネム(ib7870)
18歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●丸い毛玉のお城 誘われたのは、討伐依頼でも調査でもなく――うさぎのお城へ、うさぎの姫さまとのご対面。(以下文字数の関係上『兎』とする) 「彼らに少しお付き合いするだけですわ。兎の世界も大変なのかもしれません」 滅多に体験できることでもないですし、と歌うような口調でティーラが道中、彼らに説明した。 「兎のお姫様‥‥ですか?」 一体それはどういう状況なのだろうか。野生の兎が群れているのか、あるいは何やら特殊な生態の兎なのだろうか? と心中穏やかでない利穏(ia9760)だったが、 現地について、兎をモフった後に考えようというポジティブ思考に切り替えた。 「こうがく‥‥ほうしゅう‥‥!」 瞳 蒼華(ib2236)のように、欲しいものを得るため、報酬のことを考えているものも居る。 しかし報酬のことは兎をモフると考えて霧散してしまったようだ。その可愛らしい頬は緩む。 「兎とお茶会、ねぇ‥‥。楽しそうではあるわな」 狸寝入りの平五郎(ib6026)は、兎を撫でることを楽しみにしている面々の顔を見ながら、目を細めた。年長者の威厳と云うか、どっしり構えた落ち着きが伺える。 しかし平五郎、野菜スティック(カット済み)なども持参している。 「この向こうに兎達がいるのですわ。大声を出さないようにお願いしますわよ」 洋館に着き、先ほど閉めた扉をゆっくり開いたティーラ。開けた扉の隙間から陽が差し込み、仲間たちもそっと覗き込んで――フィリー・N・ヴァラハ(ib0445)は小さく感嘆の声を上げる。 「おーっすうさ公ども‥‥!?」 朗らかに挨拶をした平五郎の動きは止まり、自身の口をバッと押さえた。 「かっ‥‥かっ‥‥かわええええええ!!」 あまりの可愛さにやられたのか、声が震えている。 それもそうだろう。数十匹の兎が一斉にこっちを見つめ、中心にピンクのドレス姿のお姫様‥‥メリがちょこんと座っていた。 メリはティーラの姿を見ると、鼻をひくつかせドレスが動きづらいのか、時折踏んづけながらもぴょこぴょこと前まで走る。 「お待たせ、メリ。御覧なさい、兎好きっぽい人しかおりませ‥‥」 「よっしゃ! うさたん達と遊ぶぜ!」 言い終わらぬうちに、平五郎は暴走した。うさたん、とか言ったよ今。 いそいそと肉球スリッパと篭手(兎の手)、うさ耳カチューシャまでも身に着け、自作であろう歌を歌いながら兎たちに向かっていく。 「あのおじさん‥‥パッと来た割に準備万端じゃないかしら」 おっさんをも変貌させる兎の魅力にタジタジのティーラだったが、利穏が『わぁ、可愛いですね』と言ったことで我に返った。 「こんにちは、兎さん。一緒に遊びましょう?」 利穏は兎たちに近寄ると屈みこみ、持ってきた鞠を見せ、ゆっくり転がす。毛の長い兎が転がってきた鞠を鼻でつんとつつき、匂いを嗅いだ。 触ると転がるので興味を持った兎は鼻で押し返したりと可愛らしい仕草をする。 同じ兎‥‥ということで、惹かれるものがあるのだろうか。兎の獣人、和亜伊(ib7459)の元へ、鼻のまわりと耳が黒い兎がやってきた。 「よ。兎同士仲良くしようや」 そう言って軽く屈んで手を差し出すと、兎は彼の手を嗅ぎ、安心したのか掌に収まろうと身を寄せた。 そんな仕草に微笑みながら、一緒にやってきたロゼオ・シンフォニー(ib4067)のほうへ振り返れば――彼は少し困ったような顔のまま、兎達から距離を置いていた。 「僕、狼人だから‥‥。どうしたら怖くないって思ってもらえるかな?」 自身の属性(?)を気にしているらしいロゼオだが、兎達は特に怖がっている様子はない。 手に猫じゃらしを持って、そっと動かしてみる。数匹の兎は驚いて逃げ腰になったが、興味深そうに彼を見つめている兎もいる。 ちまちまとやってきた毛長兎は、彼の指に鼻先を押し付けるようにしながら甘えている。 「‥‥はは、きみ、仲良くしてくれるの?」 意思疎通を図ろうとする彼の気持ちは、十分に伝わっている。そっと手を差し入れ、兎を抱き寄せると優しく撫で上げた。 ふかふかしていて温かい手触りに、優しい気持ちで目を細めるロゼオ。 「こんなに兎がたくさんなんて‥‥少し不思議なお茶会ですわね」 洋館は古かったが、中にある家具は全然しっかりしている。そのチェアの一つに座り、フリージア(ib0046)は灰色兎を膝に乗せて撫でており、彼女の掌にも滑らかで艶やかな毛の感触が伝わる。 長い耳は垂れていて、とても愛らしい。フリージアの唄う心の旋律も兎は心地よいらしく撫でられつつ眼をつむっていた。 蒼華は、兎と視線をあわせ、小首を傾げる。兎が自分と密着するように寄り添うと、破顔して抱きしめる。 「かわいい‥‥♪」 ほわほわとした毛を撫で、近づいてきた兎と握手。その度に顔は嬉しさと愛らしさに崩れ、メロメロの様子だ。 「きゃふっ、くすぐったい‥‥!」 ベルベットのような毛並みの兎が彼女の太ももにのし上がり、思わず蒼華は声を上げ、僅かに身体を跳ねさせて振り返る。 身を起こして兎を膝の上に抱き上げると、その毛並みを楽しむ。 「使っていない館だとしても、まさか兎の住みかになっているとは思わないでしょうね」 カップに紅茶を注いでいくティーラ。綺麗な紅色を見つめながら、フリージアは確かに、と微笑む。 「兎、すっごいかわい〜な〜あたしも1匹ほしいな〜‥‥この毛がもう最高っ」 そこへ、床をゴロゴロ転がりながらやってきたフィリーが乱入。近くにいた兎達が驚いて足を踏み鳴らした。 「床を転がるのはおよしなさい。下着も丸見えになりますわよ」 「龍が描かれた褌だよー。見る?」 「お馬鹿さん!」 手加減はしているだろうティーラのアイアンクローがフィリーの顔にめり込み、悲鳴を上げた。 「‥‥掃除していない床ですから、汚れるかもしれませんわよ」 「でも、あの人もやってるよ」 紅茶を飲みながら平五郎を指さすフィリー。平五郎は腹に兎を数匹乗せて、何故か床をずるずる這いまわっている。 腹の上の兎はどうあれ、平五郎当人の顔は至福に満ちており、邪魔をしてはいけない雰囲気が存分に醸し出されていた。 「楽しそうだね〜?」 ネム(ib7870)が敷いたテーブルクロスの上に兎たちと寝そべり、野菜スティックをあげながら平五郎を見る。 「見ちゃいけませんわ」 ティーラがそっとネムの前に立った。彼は心底楽しんでるのにひどい扱いだ。 無邪気なネムは気にすること無く、用意されたお菓子を口に運びつつ兎と戯れる。彼女が即席で作った兎用の寝床も大活躍で、数匹がすっぽり入って兎の毛玉になっている。 「もぐもぐだね〜?」 ネムは野菜スティックを一心不乱に食べる兎に笑顔を向け、食べる邪魔にならぬようそっと撫でていた。 「さて。兎達みんなを構ってやりたいけど、メリの様子が気になるな‥‥メリ、こっち来い。よしよし、いい子だ――あぁー‥‥随分と毛を引っ張られたみてえだなぁ」 ロゼオが嬉しそうに兎と戯れているのを見届けた後、亜伊が野菜を齧っていたメリを抱き上げ、毛の様子をみる。メリは服着てるだろ、どうやって見てるんだよとか気にしてはいけない。 メリの毛はところどころ上に跳ね上がったり、毛の向きが逆だったり長さが違ったり、可哀想なことになっている。 優しくブラッシングしてやると、ぶぅ、ぶぅと声が聞こえる。 「嬉しいか? そっかそっか、メリもお洒落な女の子だもんな」 鼻歌交じりで亜伊はブラッシングを続ける。その様子を見ながら、フィリーは兎毛玉に囲まれつつ口を開いた。 「しっかし、この可哀想なうさぎはどうしよ〜か〜? 匂いがきつくなくていい香水とかあればいいんだけど〜あと、なんか魔法みたいなのってないのかな。消臭系の」 「今焚いている香くらいなら、兎の鼻にもまだ優しい‥‥かな? 香水、つけすぎっていうことも考えられるし」 ロゼオも自身が用意した香をくんくんと嗅ぎ、兎の様子も注意深く見つめる。特に嫌がったりしている様子はない。 「ここでの自由はあるものの‥‥色々な危険が多すぎますわね。やはり主の下へお帰りいただく方がよろしいですわ」 フリージアは飼われた兎のことを心配し、メリに言い含めるようにゆっくり話す。 蒼華も兎玉たちと鞠遊びをしていた手を止め、メリに問いかけた。 「おばさまのこと、きらい?」 その問いに、メリは俯いた‥‥逡巡しているかのように見え、蒼華は悲しげに眉を寄せる。 「生き物を飼っている人、かわいがってる人‥‥方法は間違ってても、あいしているのは、本当です。 うさぎさんも、きっとわかってる」 利穏も頷き、そうですねと兎たちを見た。 「メリちゃんもきっと形は違えど、飼い主様を嫌ってはないのだと思いたいです。ただ、それでも嫌になっちゃったことくらいあって‥‥ 今回がそうじゃないかと」 不安に思うことはありますよね、と、利穏は弱々しく呟く。 「うさぎさんのおねがい、代わりに、伝えるね?」 にっこり微笑んだ蒼華に、メリはぶぅ、と小さく小さく、鳴いた。 ●おうちに帰ろう そして、日も落ちかけた頃。すやすやと兎たちと眠っているネムを揺り起こし、帰る支度をする仲間たち。 「ん‥‥? もう帰るの〜? じゃあ、お片づけしなくちゃね〜」 眠い目をこすりながら起き上がり、後片づけを手伝うネム。兎たちの寝床は、彼らが気に入っているようなのでそのままにした。 兎たちにも彼らがここから出ていくというのは分かるのだろう。ぶぅぶぅ鳴いて気を引いてみたり、邪魔をしたりする。 「ごめんよ、うさたん達‥‥! おっちゃんまた来るからな! よしよし、かわいいなあ! ‥‥へへへへ!」 おっちゃんはうさたんに顔を舐められたりすがりつかれたり、すっかり懐かれている。 「ほら、もふもふ。もふらも、もふもふしてるけど、あたしはやっぱりうさぎの方がいいな〜 もふもふ」 フィリーが足元に居た兎を抱き上げ、別れのフルモッフを楽しんでいる。 「ありがとう、兎さん! また〜、遊びに来るからね〜! なんかあったら〜、ネムの御家まで遊びにおいでよ〜」 ネムは兎たちに手を振って、その場を後にした。 小さい穴を抜け、あの大通りを通り、メリの飼い主と別れた場所へ来ると――あのオバサンは近くの店に入って休んでいたようだ。 ティーラたちの姿を見つけたらしく、奇声のような声を上げながらこちらにドタドタと走っており、全身が波打つように揺れた。 「あーたたち、遅いじゃない! ともかく、早くメリちゃんを返すんざぁす」 ズイッとメリに手を伸ばすと、メリは自分を抱えている亜伊の胸へ嫌がっているように顔を埋めた。 「メリちゃん? ママですよ〜? どうしたの、帰ってくるざぁす」 亜伊がメリの背中を撫でながら、差し出された女性の指を見る。その指にはあまり趣味の良くない、ゴテゴテした指輪がついていた。思わず顔をしかめる。 「――おばさん、返す前にちょっと話しておきたい事があるんだがな」 幾分声の調子を抑えながら、亜伊が口を開く。『おばさん』呼ばわりされたことに対して、絶句する女性の指先を指し示した。 「あんたのその指輪に挟まってる毛、分かるか? ――きっとメリちゃん撫でてる時に、そいつに引っ掛かって毛が抜けたんだろうよ」 亜伊が心を痛めたのは、それだった。可愛いと撫でていたはずのそれが、メリにとっては凶器となっていたのだ。 その後ろで、蒼華がそう女性を分析。服装や話し方などを見ていた。 (‥‥宝せきとか、金、じゃらじゃらのひと、きっと『けんい』によわいのです) 専門家のようにうまく話せば、心を揺さぶることができるかも。蒼華は思いを込めて偶像の歌を奏でる。 ――嘘はいけないけれど、みんなの気持ちは、ほんとう。 アオのお歌も、ほんもの。だから歌に乗せて、どうかみんなの気持ち、心に届いて欲しい―― 「あの‥‥メリちゃんの事を、もう少し理解してほしいです‥‥例えば、その香水の匂い。これ、結構メリちゃんを嫌がらせているんじゃないかなぁ‥‥と思うんです」 利穏も悲しそうにメリを見た後、女性に向き直る。しかし、メリちゃんの事は誰よりも理解してるざぁす! 香水はお気に入りざぁすっ! などと反論した。 「お気に入りは個人の好みと致しましても‥‥兎って嗅覚が鋭いのでしたっけ? ‥‥でしたら、キツイ香水というのは辛いでしょう」 フリージアが言いながら頬に手を当て、小首を傾げる。 「それに、指輪なり装飾品に毛が混じるような扱い方というのもどうかしてますわ。言葉が通じない分、こちらが少しでも居心地よくさせてあげようと尽力するものです」 メリさんと話はできませんが、きっと喜んでは居ないはずだと答えた。 だんだん、オバサンの顔と言葉が力のないものになり、ついには押し黙ってメリを寂しげに見つめた。 「‥‥そんなに、辛かったの、メリちゃん‥‥」 オバサンは指輪を外し、ポケットに捻じ込む。それを見ていたティーラは、亜伊に近づいてメリを覗き込んだ。 「メリ、もうオバサンは反省したようですわ。指は大丈夫ですが香水は家に帰るまで我慢なさい」 メリは顔を上げ、女性を見上げる。そのきつい香水は相変わらずだが、その表情には悔やんでいる様子が見て取れる。 鼻をひくつかせつつ、メリは亜伊の腕から抜け出て、女性に向かってジャンプ。 慌ててメリを抱きかかえると、指輪のない手で抱きしめた。 「メリちゃん‥‥!」 ヒシと抱きしめられながら撫でられて、メリは目を閉じて背を丸めた。 「‥‥さて、わたくし達も帰ると致しましょう。メリ、元気で暮らすのですわよ」 ひらひらとメリに向かって手を振れば、耳長姫さまは目を開き、ずっと彼らを見つめていた。 寂しいような気持ちが彼らの胸に広がったが、再びメリと出会う時は、もっと幸せに過ごしているだろう。 「そういえば、ティーラさん‥‥アル=カマルにおいて、楽しげな場所や綺麗な風景の所に姿を現したりすると言う‥‥白い精霊の伝承とか、何かあったりしませんか?」 利穏が『白い妖精』の話を思い出したのだろう。ティーラにそう訪ねてみるが、彼女は首を横に振る。 「精霊たちが居る、というのはあっても‥‥色付きというものはありませんわね。ただ、白い妖精というジルベリアのお話――わたくし、ちょっとくらいなら信じてあげても良いかと」 珍しいことを言うなぁ。そう漏らしたフィリーが、ティーラから即座にほっぺをつねられる。 「‥‥白い妖精、あなた方も見ましたでしょう? 姿形はそれぞれ違えども、楽しくなれるひとときを過ごしましたもの」 「だな。可愛らしい妖精さんだったぜ」 平五郎も通常の姿に戻っている。まあ、あの姿で街を徘徊していたらある意味危険であっただろうけども。 メリや洋館の兎とも再会を願いつつ――彼らはそれぞれ帰路に着くのだった。 |