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■オープニング本文 ●ジルベリア某所 ざかざかと暗い道をひた走る人間の姿。薄い薄い月だけが世界を照らす。 しかし、弱い月光は、その人間の外見を映し出すほどの光量はない。僅かな光も、無いに等しい。 ――ついに、やってしまった。 『人物』は、そう思った。 本来動くべき心は麻痺し、靄がかかったように混濁する頭だけでそう考えている。 否、考えはない。浮かんできた言葉を幾度も繰り返すという単純なことだけで、そこに思考は無い。 『殺した』という事実が心に浸透するまでには時間と冷静さが不足していた。 水に角砂糖を浸せばぶくぶくと気泡がたち、徐々に欠けていくが如く、そうすぐには溶けてはいかないようだ。 高揚が身体に熱を、興奮した脳にはある種の爽快感をも与え、当然ながら事の重さが理解できるような状態ではない。 例え冷静になったとしても、この『人物』には【殺す】という行いに対する罪の重さを感じる事は出来ないだろう。 恐怖、悲しみ、嫌悪などといった感情は無く、達成感しか存在しない。 『人物』は口角を上げる。薄笑いがだんだんと維持できなくなり、口は裂けるように大きく広げられ、その顔は喜びのものに形作られ――幸福に満ち溢れていた。 なぜなら。 目標を殺害すれば。 ――あの方が、喜んでくださる。 あの方が、自分に微笑んでくださる。あの方の幸せが自分の幸せ。 その為ならば、こんなことなど。いくらだって―― 『あの方』の幻でも視たのだろうか。感極まった『人物』は、その場に膝をついて両手を空に向かって恭しく差しだす。 その手は、血と罪に染まっていた。 ●翌日 ジルベリア帝国 カレヴィリア領内 「御神本さん、おりますの?」 女性が家主の名を呼ぶ。音韻は天儀の割と平凡な姓であるが、字に起こすとそれは読みづらい。 この国には似合わない天儀式の家屋に住んでいる家主は、また奥の部屋に引っ込んでしまっているようだ。 「まったく、出不精な人ですわね。これで茶も出さなかったら膝でも入れてやりますわ‥‥お邪魔しますわよ!」 恐ろしいことを言いながら、紫髪のエルフの女性は奥の方へと歩いて行く。まあ、ちなみに土足だ。 狭く長い廊下を進み、突き当りの部屋へたどり着くとゆっくり二度叩く。 「どうぞ」 「扉くらいお開けなさい!」 すぱーん!! 許可をもらったが、襖を滑らせつつ、殴り魔術師‥‥ティーラ登場。 襖がめきりと軋んだ音がして、本を下ろし片眉を上げた家主‥‥響介が振り返る。 「貴女もクロエさんも、本当に物を大事にしない方々ですね。ましてや他人の家のものですよ?」 「クロエという女性がどのような方か存じ上げませんけれど、毎日引きこもって棒っきれを転がしているような男の家。たまには刺激を与えなければカビ臭くなりましてよ」 お言葉ですが掃除は毎日していますよ、と言いながら響介は立ち上がって、輝きのある黒瞳でティーラを見つめた。 「ここまで足を運んでいただいたことに感謝します。本題ですが、例の調べ物、どうでしたか」 「性急ですのね。まぁ‥‥よろしいですわ。 ――貴方が示した術符。陰陽師のものに相違有りませんが、数文字、魔法陣で使用するようなものがありましたの」 と、革鞄から取り出した紙を響介に見せた。たたんであるそれを開き、響介も口を開いた。 「術符は瘴欠片や魂喰を応用したようなもののようですが‥‥そうですか、魔術的な仕様を求めたということは」 「ええ。術者がその場に居らずとも、条件さえ整えば詠唱で発動できますわね」 仕掛けさえ壊されなければ、身の安全を保証した上で発動させればいい、というわけか。 「偶然依頼に行った折に発見した屋敷以外の場所でも、同じような仕掛けは見つかったんです。依頼においては解決しましたが、つまり、手段を変えた可能性も否定できません」 礼を言い、響介は出かける準備をする。 「――そうそう、言い忘れましたけれど。この界隈で最近、行方不明者が出ているようです」 行方不明者のうち一人が今日の早朝、亡骸で発見されましてよ――と、真面目な顔で告げるティーラ。 「御神本さん。小賢しく調べるのは結構ですが、相手の情報が少なすぎますわ。ただ追求するのでは貴方の運命も【そうなる】かもしれませんわよ」 「僕は臆病ですから、下調べは入念ですよ。野生の勘もありますし」 男の勘より女の勘のほうが鋭いですわよ、と言いながらティーラも開け放たれたままの襖へ歩み寄る。 「わたくしも同行しますわ。知らぬ魔術の経験も積めるかもしれませんし、 何より魔術オタクなのか陰陽オタクなのか分からない適当な術者をのさばらせると、そういったボケナスは現実と幻の境界を読み違えて火種を振りまきますもの」 バーリトゥードは試合中だけで結構です、とボヤきながら、響介の後をついていく。 「まずは情報。殺された女性の家を探しますわよ。家の前でボサッとつっ立っている置物のような憲兵には『依頼を受けた』とか適当に嘯いて誰も来ないように人払いでも任せましょう」 「しかし、魔術や陰陽関係であれば、ギルドに掛けあって関係ある蔵書の多い場所を探すのも必要では?」 あら、とティーラは驚でもなく声を上げてから、意地悪く微笑む。 「本に正しいことばかり書いているわけではないってよ。前例がなければ、かの国立魔法機関や知望院にさえ関連図書はありませんもの」 知識百遍より現場百遍ですわよ、と響介の背中を押し、開拓者ギルドへ入る。 「どのみち、依頼を受けるという名目なのですから二人ではおかしなものです。知り合いか暇そうな人や空いている人を取っ捕まえますわよ!」 その後、どうするか決めましょう―― |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
朧車 輪(ib7875)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●お部屋捜索 依頼を受けたという風を装い‥‥とは言うが、気がつけば知り合いやら、顔見知りと出会って一緒に行動することに相成った。 「取っ捕まった時はツイてないって思ったけど‥‥うん、面白い話を持ってきてくれたじゃない♪」 ティーラに見つかり、ガッシと捕まったときには苦い顔をしていたリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)だが、かくかくしかじか、こうだと話せばもう乗り気。 逆に目を輝かせている。 「ふぅん‥‥この間の一件の続きみたいなものなのか、それともただの類似犯なのか――‥‥調べてみないと解らないわよね〜」 葛切 カズラ(ia0725)が以前の依頼を思い起こしながら響介を見やれば、彼も頷いて『慎重に事を運びたいです』と呟いた。 「でも、本当に人の仕業なのか‥‥確かめないと」 「不吉な事件ですね‥‥」 アヤカシなら倒すだけでいいのに、と俯きがちに答えた朧車 輪(ib7875)と憂慮を浮かべる柊沢 霞澄(ia0067)の表情は、凄惨な事件に対しての心境の表れだろうか。 ティーラや集まった皆に優雅な仕草で挨拶すると、ジークリンデ(ib0258)は青い瞳を窓の外に向け『では、調査に向かいましょうか』と行動を促す。 ジルベリアには諸国より先に冬が到来する。寒さに身を縮ませつつ、調査するところは暖かければいいなと期待する輪。 開拓者ギルドから20分ほど行ったところにある洋館。正面扉の前には憲兵が立っていた。 どう説明しようかと悩む前に、ティーラがずんずんと憲兵の前へと進んでいく。彼と目が合うと、ティーラはこんにちはと声を掛けた。 「お疲れ様ですわ。わたくし達は開拓者です。館の調査協力という依頼を極秘に受け取って参りましたの。ですから、通してくださる?」 「‥‥調査依頼? そんな話、あったかな‥‥」 憲兵が首を傾げるも、極秘だからあなた達に出回っているはず有りませんのよ、と上から目線でティーラは話を進めている。 まぁ、開拓者さんに話が行くくらいなら特別なんでしょう、と憲兵はあっさり承諾。いいのですかと言いたくなった響介だが、ここはそのご好意に甘えることにしよう。 「あの、後ほどお話を伺いたいのですが、宜しいですか」 「自分で良ければ構いませんが‥‥役立つ情報は持っているか解りませんよ」 氷海 威(ia1004)が憲兵に話しかけ、彼も大様に頷いた。 薄暗い屋敷内に夜光虫を灯して中に入ると、人物像がある他は目立つものもないロビーの奥を見た。 屋敷内には若干生臭いような匂いが漂っていた。そこが、殺人の現場であることを再認識した彼らは自然と言葉少なになる。 「‥‥では、効率化を図るために分散しましょうか。何か発見してもすぐには触らず、どなたか呼んでください」 僕はこちらに行きます、と響介は客間を捜索に、ティーラはまっすぐ大広間へと歩いていった。 「ところで――行方不明の方は、先にあった事件と何か関係のある方だったのでしょうか?」 同じく客間の捜索にあたる和奏(ia8807)が、疑問を口にした。 「いいえ。断定はできません。しかし、行方不明になっていたのになぜ家で死んでいるのか? そこが不可解すぎるので気になっているんです」 「では、関連性を見出すための調査、ということでしょうか」 和奏は言いながら客間の暖炉や調度品の周りを注意深く観察する。いつ来客があってもいいように、掃除は行き届いているようで埃が積もっている場所もない。 「今まで事件にあった場所と近い場所なので、その可能性も否定できない気がして」 ベッドの下やシーツをめくり、隠れているものがないか探しながら、響介は心情を口にした。 「ですが関連性を疑ってしまうと、符合しそうな情報しか頭に入らなくなるので気を付けましょうね」 「はい」 彼自身も理解しているにしろ、一番気を付けたいところである。それから二人は無言のまま、作業に没頭した。 家具の隙間も探してみたが、この部屋には特に形跡は見当たらない。 「僕はもう少し、この部屋を探します」 「そうですか‥‥では自分は、他の部屋などのお手伝いに」 頭を軽く下げ、和奏は次の部屋に向かっていった。 「――使用人が駆け込んできたのは4時半頃でしたか。寝付きが悪いところに突然悲鳴のようなものが聴こえ、飛び起きたそうです。誰もいないはずの屋敷に、聞き覚えのある声。 不安を覚えた使用人は主人の‥‥被害者の部屋に行き、意を決しドアを開けると‥‥行方不明であった主人は血塗れで死んでいた、という状況です」 威は先程の憲兵の話を伺い、ジークリンデは証言を筆記している。 「詰所に発見者自らが駆け込んできたのが第一報だとして、その間に目撃者などは居なかったのでしょうか?」 「屋敷の管理は発見者と、もう一人の使用人が二人でやっていたそうです。もう一人というのは住み込みではないので、出勤してから事件を知ったという形です」 そこへ、ジークリンデが神妙な顔で疑問を投げかける。 「犯行時間は4時半頃としても‥‥『もう一人の使用人』の現場不在‥‥本当に不在だったのか証明は取れておりますか?」 それは調査中です、と憲兵は告げた。まだ事件も起こったばかりだし、憲兵らも状況をしっかり把握できているというわけではないから、軽はずみに言えないのだろう。 「では、遺体発見以前から、この屋敷付近には憲兵が巡回しているのでしょうか?」 「先日から変死や行方不明者が相次いでいるということもあり、巡回は適度に行なっています。ただ、不定期というわけではなく巡回ルート、時間帯は決まっているので――」 下調べを数日すれば、来ない時間や住民の寝静まる時間も大体割り出せるというわけですね、と威は念押しするように確認した。 「では、もう少しだけ‥‥付近の警邏中に、不審な人物を見た憲兵や住人はいませんでしたか?」 「引き継ぎ事項などにそういった情報はありませんでした。精々、夜は酔っ払いが管を巻くだとか、ああ、悪戯の通報もありますし‥‥そこは注意深く」 黙って立っていたのが退屈だったのかもしれない。素直に応じる憲兵は、饒舌に語る。 「では、屋敷の関係者、または使用人の方にお話を伺えるかお願いすることは出来ますか?」 「使用人ですか‥‥。発見者は住んでいる場所がここですからね、詰所にて調べを受けています。ただ、もう一人の方なら‥‥」 まだ身柄がはっきりしないため、帰せず近くの店で違う憲兵と一緒に留まっているらしい。呼んでくるからそこに、と言って憲兵はそこを離れた。 「何れにせよ、実際の殺害が屋敷で行われたのか、他所で殺害され屋敷に死体が遺棄されたのかは判明させたい処ですが‥‥」 ジークリンデが館を見つめつつ呟いた。 「館の見取り図を簡単に作成して、私も調査に切り替えようと思います」 と、威の側から移動した。 「寒いなぁ‥‥」 竈の中には火の気がない。相応に広い調理場はよく冷える。 ときおり手をさすり、息を吹きかけながら調理場内での手がかりを探している輪と霞澄。 「そういえば‥‥凶器もあるね‥‥」 調理器具は綺麗に整頓されており、壁や床を念入りに調べたがここには特に不審な点は何も無いようだ。刃物の場所も確認したが、棚を荒らした形跡もない。 「術視で見てみました‥‥本当に何も、ないみたいですね‥‥」 遠慮がちに霞澄が輪へ結果を告げて、戸棚を探していた輪は若干残念そうな顔をした。 「じゃあ、客間かな‥‥」 次の部屋へと捜索を開始する。 「よっ‥‥と。天井裏ってのも侵入経路としてはメジャーなのに、調査としては割と忘れがちなところっぽいわよね〜」 海月弥生(ia5351)が真っ暗な屋根裏の調査を開始した。 用意した梯も長さが足りるか足りないかという危ういものだったが、転がり込むようにして侵入。周囲に舞い上がってしまった埃をなるべく吸わぬようにし、床板を照らす。 ここは埃が雪が降った後のように積もっており、掃除した形跡がない事が伺える。弥生は少し先を照らし、あら? と小さく呟いた。 埃がべったりと床に付いている場所を発見した。しかも、その部分は足跡らしきものもついている。 「何らかの手がかりでも掴めたら、なんて思ったけど‥‥意外と当たりかしらね?」 念の為鏡弦を用い、入念に気を配った後。近くに寄っていく弥生。 靴跡らしきものはここからまっすぐ、いずこかの部屋の屋上へと伸びている。しかし、足跡の向きは行きと帰りの往復分が入り乱れてついていた。 「‥‥帰りは急いだみたい?」 目測で見ても歩幅が行きと帰りでは違う。帰りのほうが、その間隔が短かったのだ。 そうして彼女は、その足跡を消さぬよう、まだ何かないかを探りながら足跡が伸びる方面へと向かっていく。 「陰陽術と魔術の複合術式ねぇ‥‥私と似たようなこと考えるやつも、世の中には居るのね」 「その両方にかぶれたのなら、泰の方の思想も混じってるかもしれないじゃない? そういう方面からの見落としも無い様にしないとね」 リーゼロッテとカズラが人魂を使用しながら物の隙間や家具の引き出しの中まで調査している。和奏は調度品をそっと手に取り、裏や中身をに何か施されていないか確かめる。 血痕のある部屋はいい気持ちがしないものだが――血に汚れた床を見つめると、何か引きずったか引っ掻いたか、僅かだが板に傷がついている。 「‥‥ん? ここに繋がってるわけね。なるほど、一番素直な侵入だわ」 天井から、弥生がヒョコリと顔を出した。思わず見上げるカズラとリーゼロッテ。和奏は床を見つめたままだ。 侵入経路を調べていたといえば、納得して作業を続行する二人。 そして、リーゼロッテの足に忍犬アルベドが擦り寄ってきた。役立つと思い彼女が連れてきたのだ。 「あら、なにか分かったの?」 ついて来いとでも云うようなアルベドに、彼女は歩を進める。やってきたのは手前の客間。 「こういうの見つけたけど‥‥何かわかる?」 私は陰陽師、とかの知識はないから‥‥と先に調べていた輪は言いながら、象牙色の壁を指さした。 壁にはうっすらと何かが書いてある。術視で確認すると、それは幻影符の術式に似ていた。 「式を召喚して幻覚でも見せるつもりだったのかしら‥‥?」 だが、アルベドは床を掻くような仕草をする。カズラが床をコツコツ叩いてみると、音が他の場所と違って若干反響音が高い。 輪と協力して床板を取ってみると、小さな箱が見つかる。 蓋を開けてみると『木』と書かれ、表には術符が一枚。 「‥‥何かしら」 術視をかけてみると、これは瘴気を発生させる効果と、眠りを誘う効果があるのが分かる。 「客間でこれなら、女性が死んでいた部屋にもあるかもしれないわね‥‥」 「日記とか‥‥そういうのにも手がかりがあるかも‥‥」 三人は再び女性の部屋に戻っていった。 ● 皆があらかた捜索を終えて集合する。 ジークリンデが細かく描いた見取り図を見せ、一同はそれを覗き込みながら探した情報などを告げて、彼女は書き足していく。 威や霞澄らが周囲より調べた情報を総合すると、この家の主人の性格は比較的温厚な人物だったという。 家族仲も離れて暮らしているとはいえ悪くは無かったようだ。 使用人たちにも厳しくはなく、それどころか彼らの家の事も気を配り、実に良くしてくれたと感謝しきりの様だ。 しかし、事件の起こる5日前より姿が見えなくなっており、今日主人は突然部屋で死んでいた。 何か変わった点というのがあったかと使用人と接触して話を聞いた威は、 『――そういえば、1か月ほど前に体調を崩し、術師を呼んで回復祈願をしてもらいました』 と証言を得た。響介の顔に険しさが一瞬浮かんで消える。 祈祷は確かに効き目はあったようで、主人の体調は快方に向かっていったのだが――それから暫くして、夢見が悪いというようなことを言いだしたという。 「なので使用人は主人の要望もあったため再び術者を呼び、術者は枕の中に札を入れて眠るといい、など――」 「枕の中‥‥!」 家具を退かしたりしたものの、寝具の中などは見ていない。急ぎ女性の部屋に戻ると寝具に近づき、枕の端をナイフで切り裂く。リーゼロッテが人魂で中身を確かめると、彼女の表情が変わった。 「確かに小さく畳んであるわね‥‥」 枕の中に手を入れて、術符を引っ張り出すと、紙片は四つ折りにされていた。 「術で閉じられているみたいですわね」 「でしたら‥‥あの、私の解術の法で解いてみても‥‥?」 霞澄の申し出に誰も異論はなく、彼女に術を使用してもらうと、淡発光の後、術は消える。 開いた紙面には、ぱらりとヒトガタが出てきた。ヒトガタは響介が先日見たようなものと同じようなもの。興味もあったので、リーゼロッテは紙片――術符とヒトガタをまじまじと眺める。 「コレなの? ‥‥ふぅん。手口は今回違ったとしても、やっているコトは同じ‥‥ってワケかしら?」 術札はアイヴィーバインドだ。これで動きを鈍らせ、殺した――のだろうか。 「自ら手を下す、という点では違いますね‥‥それに、魔術の術符ですからね‥‥」 唱える手間を無くすとか、あるいは複数人いるかもしれない。そう和奏が指摘する。そしてジークリンデが口を開いた。 「女性の手記を確認してみましたが‥‥女性は例の術師を『先生』とお呼びしていたようです」 何度か記述もあり、男であるというのも分かった。しかし、名前の記述らしきものは見当たらなかった。 失踪する前日が最後の日記だったが、そこには『もっと凄い人に会わせてくれるらしい』とある。 「‥‥そこから失踪ですから、連れ去られた可能性があります」 ジークリンデはそう言ってため息を零す。周辺情報からでも失踪の前後の情報は目立ったものもない。 「僕の調べていた範囲ですと被害者は皆心身に何らかの不調を持っていた。しかし、そこに術師が関わってくるとなると‥‥ 何者かが被害者に近づき祈祷をしながら、あるいはそう見せかけて何かを施すのでしょう。頃合いを見計らい、発動‥‥か」 被害者の特徴などを、響介は纏めていたようだ。 「陰陽術を人を害する為に‥‥実際に事に接すると改めて怒りが湧くものだな‥‥」 威は拳を握りしめて怒りを抑えている。 まだ色々調べることはありますが、情報が足りないですと響介は呻く。そこへ弥生が屋根裏のことを告げる。 「そういえば屋根への侵入は比較的楽よ。裏手は木があるから物音もさほど感じないだろうし、視界はある程度妨げるみたいだったからね」 木、といえばと和奏が床から見つかった小箱のことを報告。一体、その単語はなんの手がかりなのだろう。 殺害されたことは確実なのだが――未だ足がかりになるものは見えてこない。 「何か‥‥長引きそうな気がするわね」 弥生も頷いたものの、一同は苦々しい気持ちを抱え、屋敷を後にしたのだった。 |