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■オープニング本文 この国では珍しい、天儀風の景観を持った小さな家。 一枚板の引き戸を開け、中に入ると――奥へ続く廊下より、かすかな明かりが見えた。 薄暗い部屋の中には、黒衣の男が一人坐している。印を結び、呪文のようなものを呟いている。 「‥‥、‥‥――」 唱え終えると、ぱちん、と薪が爆ぜる。それを合図にしてか、陰陽師――‥‥御神本響介は唇を結んでゆっくり瞳を開く。 そうして、手元に置いていた札を取ると筆でさらさらと文様と術らしきものを描いて筆を置く。 「僕に‥‥御用ですか」 虚空に尋ねる。すると、答えは天井より返ってきた。 「消したつもりだったが‥‥流石志体持ち。気配を読んだか」 男の声だ。低くて聞きとりづらい。しかし、響介は口元だけで笑う。 「志体がなくとも――獣人の勘は侮れないものですよ?」 そう言ってやると、男は鼻を鳴らす。気に入らないようだ。 「事情があってお姿を見せないのはお察ししますが、そのまま屋根裏に潜まれても困ります。御用があるのでしたら手短にお願いしたいところです」 「とある家の娘が、病を患っている。数多の医師に見せ、多くの薬を施したが‥‥未だに効果はない。そうこうしている間にも、娘の病は身体を蝕んでいく」 その娘というのは、その男にとっては何かしら思い入れのある者なのだろう。屋根裏の男の声は、喋り始めた頃と比べるとやや大きくなって、震えている。 「時折うなされ悲鳴も上げる。もう他に手のない我らの思考に浮かんだのが憑き物‥‥いや、呪詛の類ではないかということだ」 「――陰陽師とはいえ、『僕の』は正規の寮で学んだわけではありませんから少々独学も混じっています。そんな僕にご依頼を?」 他に手段がない、と男は言い、響介は濡れ羽色に光る羽耳に触れた。考えるときの癖だ。 「その娘さんの状態を視なければ判りません。彼女を苦しめているのが呪詛ではなく、アヤカシだったらどうなさるおつもりです?」 「‥‥その時は、秘密裏に開拓者へ依頼を頼‥‥」 「では最初から頼んでいけば良いかと」 言いながら響介は立ち上がり、羽織を掴んで言った。 「最近、よく耳にするんですよ。原因不明の病での衰弱死‥‥病人の寝かされている部屋には――」 顔を上げて緑の双眸が天井を見上げる。 「――瘴気のように、靄がかかったように見える‥‥と」 ●ジルベリア某所 響介は開拓者ギルドをその足で訪ね、数人に声をかける。 「ちょっとしたお仕事です。僕一人では対処できませんので、ご一緒に依頼されていただけませんか」 了承を貰い、響介と開拓者はとある場所へと向かっていく。 「そうですね‥‥依頼人‥‥の屋敷です。そこでは、たぶん戦闘になります‥‥安心して下さい。相手は人間ではないでしょう」 「じゃあ、アヤカシ‥‥?」 そう開拓者が聞けば、響介は幾分柔和に微笑む。 「九分九厘アヤカシ、でしょう。断言できる要素というのは、依頼主の屋敷の近くで同じような現象が起きているからです」 前から気になっていたんですけど、と言いながら、響介が手にしている地図を開拓者は横合いから覗く。 この紙を響介に渡した男は、既に姿を消している。顔を見られてはまずかったのか、顔の大半を布地で覆っていた。 「2週間ほど前、屋敷の隣‥‥民家で変死を遂げた男が一人。その数日後、向かいでも同じく死亡した女性が。 ‥‥それ以来変死・怪死は増えて都合5件ありました。手口は同じ、変わったことというのは靄のようなものが見える、のみ。 この辺の住民はアヤカシの瘴気をよく知りません。その靄の発生が如何なる事か解っていない可能性が高いんです」 だから、このような大惨事でも手を出さず呪いだとか憑き物だと言っているのだろう。と響介は残念そうに言った。 屋敷に着き、扉を叩くとメイドが出てきた。事情を簡単に説明する響介。 しかし、予め話は通っていたのだろう。響介の名を聞くと、『お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ』と案内してくれるようだ。 とある部屋の前で立ち止まり、メイドは神妙な顔をして一礼すると『‥‥此方の部屋に、お嬢様が伏せっておられます』と黙りこむ。怖いのだろう。 「ここで結構ですよ。ただ、先に申し上げます。お嬢さんには危害を加えぬよう善処しますが‥‥」 物品の破損は免れないかもしれません、当主様に申し訳なく思います――と、響介は懐から呪符を取り出すと、開拓者にそっと言う。 「僕が術視を持っていないので、時間がかかるかもしれませんが‥‥この部屋に入ったら、まず部屋の瘴気が濃くないかを探ります。 その間、お嬢さんが無事かどうかを他の方々に見て頂く――という手筈でよろしいでしょうか」 開拓者が頷き、響介はドアに手をかけ、行きます――! と言うや否や、勢い良く開く! 「――‥‥」 部屋の中は闇のように暗い。しかし、なにかよくない『気』のようなものがあるのを皆感じていた。 「燐!」 響介が夜光虫を出し、室内を薄く照らす。そこには――黒い、靄。ふよふよと漂っていたのだが、それが急激に形を為す。 どうやら、幽霊型アヤカシ――のようだ。それなら、呪声で精神を蝕むのも頷ける。 「――御神本さん! お嬢さんはあそこに‥‥!」 開拓者の一人が指さす方向。瘴気の塊の、奥。白いベッドの上に、ぐったりとしている女性を発見した。 「まずいですね‥‥敵を引きつけつつお嬢さんを救出‥‥、彼女の安全だけは絶対視しなくてはいけません」 できますね、という意思を乗せた響介の瞳が、開拓者に向けられる。それを理解した開拓者の一人が自信満々に頷いた。 「仲間で力を合わせりゃ、乗り切れないことなんか――ないさ!」 「頼もしい。そのお言葉を信用します」 そうして、彼等は武器を握りしめ、部屋の中に突入した。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
九蔵 恵緒(ib6416)
20歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●広くて狭いお部屋 夜光虫でぼんやり照らされた室内。その中に靄のようなモノ――アヤカシが蠢いている。 やってきた開拓者たちには強さなどを感じていない。彼等が求めるのは『糧』という概念なので、食べられるものが増えたことを喜んでいるだけだ。 「原因不明の病じゃなくてアヤカシの障りだったとはね〜〜。それならコッチの領分よ、サッサと始末してやろうじゃない」 涼しげな目元と艶かしい朱唇に笑みを浮かべ、葛切 カズラ(ia0725)は、巨大な眼を持つ式の触手を出現させる。 その触手にベルトが付いているのは、隷役を使用した効果だろう。 (真ん中を突っ切って行きたいところだけど‥‥そうするとお嬢さんが狙われたら危険だよね‥‥) 室内とお嬢さん、アヤカシの配置を素早く視認する水鏡 絵梨乃(ia0191)は、どう動こうかと僅かな時間、思案する。 それを見た利穏(ia9760)が味方へ瘴刃を付与していた響介に聴こえるように、口を開いた。 「――お嬢さんの救出を援護するので、アヤカシの意識を僕のほうへ向けさせて‥‥その隙に」 言わんとすることを理解した仲間たちは頷き、杉野 九寿重(ib3226)はソメイヨシノを構えて息を吸う。 「救出の間、私達はアヤカシを引きつけながらになりますね。突出せぬように戦いましょう‥‥青龍・九寿重、参ります!」 言うが早いか、九寿重が手前のアヤカシに接近した。すぐに利穏が立ち位置をずらし、お嬢さんの近くにいるアヤカシへ剣気を放つ。 ぴくりと一瞬怯んだのを見逃さず、利穏は苦無を握る。 「はっ!」 手前に固まるアヤカシ三体に向け、握った苦無を投擲。突き刺さっているようだが、幽霊アヤカシは無痛覚ゆえ、怯みもしない。 「人命救助、ね‥‥ま、スマートにやりますか!」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は軽やかに舞いながら、絵梨乃を見やる。 「とっておきの神楽使うんだから、しくじったら承知しないわよ、水鏡!」 「任せて、ふーちゃん。失敗なんかしないよ!」 だぁ〜い丈夫。支援も任せて頂戴、と九蔵 恵緒(ib6416)が先程利穏が剣気を当てたアヤカシへ弓を引きながらおっとり答えた。 「あららぁ、夜這いにしては多すぎよ‥‥みんな仲良しなのね」 アヤカシに甘くも見える視線を送りつつ、恵緒は炎魂縛武を使用した後、矢を射った。暗闇を裂くように一筋の軌跡がアヤカシへと向かい、矢が刺さる。 それに軽い頷きを示した後‥‥彼女は剣の柄に軽く指先を当て、困ったように微笑む。 「ごめんね、今回は我慢して頂戴、次は斬らせてあげるから‥‥」 済まなそうに謝ると、再び視線はアヤカシへと向ける。 「絵梨乃さんっ! お願いっ!」 絵梨乃が疾走すると同時に、リィムナ・ピサレット(ib5201)も障害となるであろう敵にホーリー・アローを撃っていた。 風葉とカズラの結界呪符が、お嬢さんとアヤカシの間に黒い壁を発生させる。それが功を奏して、絵梨乃が素早く救出対象へ近づけるように進路の役目も果たしたようだ。 「てぇいッ!」 九寿重の剣が閃き、アヤカシの身体を両断する。しかし、煙のような身体はすぐに結合し、元通りになると九寿重へ呪声を浴びせる。 呻きながらも耳を押さえ頭を振り、アヤカシをキッと睨みつけると、刀を構え直す。 「本気で術が撃てないのが不満で仕方ないわね‥‥」 風葉の呟きに、リィムナも苦笑いで返す。確かに、狭い室内で――人員救出もあれば難しいだろう。 「もうちょっとだ! ‥‥お嬢さん、助けるよ!」 ベッドにたどり着いた絵梨乃は、お嬢さんを抱き起こし、退路を確認。仲間の援護を得て、入ってきた来た方向‥‥ドアへと駆ける。 風葉が絵梨乃とお嬢さんを護衛するようにしながら、彼女たちの後を追う。 (――もしかして、僕達の意識がお嬢さんに集中した隙を敵は狙ってくるかも) もしくは、ドアの向こうにいるメイドにも攻撃は及ぶかもしれない。十分注意するためにも、ドアの近く、全体を見通せる位置に立つ利穏。 駆けてくる絵梨乃の腕の中を見、アヤカシの注意を逸らそうと苦無を投擲。同じくリィムナもアイヴィーバインドで締め上げる。 その間に絵梨乃は部屋の外に待機していたメイドの側にしゃがみ込むと、ぐったりとしたお嬢さんを壁に預けた。 「‥‥もう大丈夫だ、このとおり、お嬢さんは無事だ」 「お嬢様‥‥! ああ、水鏡様、ありがとうございます‥‥!」 お嬢さんはすっかり痩せて、青白くなっていたものの――呼吸はまだしっかりしており、メイドは胸をなでおろす。 安心のあまり涙ぐんだメイドさんを安心させるべく、彼女の頭へポンと手を乗せ、撫でてやる。 目が合うと、にこりと微笑みを向けた絵梨乃。 「後は任せろ。心配要らない」 と、彼女は中へは戻らず、彼女たちの護衛に専念する。 アヤカシが部屋から出てしまうこともあり得るからだ。そうなっては、彼女たちを守るものはいなくなってしまう。 逃すようなことも、無いだろうけど――と絵梨乃は思いながら、拳に力を込めた。 「お嬢さんも救出したし、一気に押切る! 秒の範囲で始末してやるわ!」 カズラはそのまま『黄泉より這い出る者』を使用し、アヤカシにぶち当てる。 彼女の喚んだ式が大きな目玉でアヤカシを睨みつける‥‥幽霊アヤカシの変化も乏しく何が起こっているのかちょっと分かりにくいかもしれないが、確かに攻撃は効いていた。 響介も白銀の弓に矢を番え、狙い撃つ。 「おや。ミコさんは弓も打てるのですね」 「術を撃っているほうが戦いやすいのですが‥‥それだけでは術が効かない相手とも遭遇した場合困難ですからね」 九寿重が一旦後方に退き、追いかけようとするアヤカシへ響介の矢が命中した。そうして全体の体制を立て直しつつ、冗談も口をつく。 「殲滅重視っ! ちょっと位壊してもいいって言ってたよねー?」 壊れないほうが良いにしても、許可があったのなら気兼ねはいらない。リィムナが呪文の詠唱を始め、手を前に突き出す。 「ララド=メ・デリタ!」 灰色の光球がアヤカシを襲う。それにより2匹のアヤカシが塵と化し、奥にいるアヤカシが開拓者たちに口を開け―― 大きく空いた口へと恵緒の射った矢が吸い込まれるように放たれ、アヤカシの姿が歪んだ隙に再び九寿重が斬りつけた。 カズラの術がもう一度アヤカシに炸裂し、2匹が崩れ落ちる。その光景に、ほぅと熱っぽい吐息を漏らす恵緒は、そっと剣に手を伸ばす。 「‥‥ふ‥‥ふふ、ごめんねぇ? やっぱ無理だったわ‥‥私にも斬らせて!」 嬉々として武器を持ち替え、最後の一匹に向かって振り下ろされる。さっくりと刃がアヤカシに食い込み、僅かな『アタリ』の感覚が剣を通して彼女にも伝わる。 アヤカシは斬られながらも大口を開け、呪声を恵緒へと当てる。 しかし、彼女は耳を二度ほどぴん、と動かし、にこりと微笑む。 「ん〜♪ 良い音‥‥けど、私にはちょっと大きすぎね――」 左手で青嵐を掴み、引き抜くとアヤカシの胴に突き立て、左右の剣を同時に凪いだ。 「――あの世で甘い夢でも見ていなさい」 唇から出た言葉は、どこかしら蠱惑的な響きを持っていた。 ●お仕事終了 「ふーちゃん、お疲れ様だっ! よく頑張った! ありがとね?」 「だぁーっ、あにすんのよっ‥‥し、仕事なんだから当然でしょ!?」 労いと感謝を表している絵梨乃‥‥に、わしゃわしゃと頭を撫でられている風葉。 やはり風葉は嫌がっているようだ。 もう敵の気配もない、という九寿重は漸く納刀。ほぅ、と息を吐く。 「――うふふ、いい天気。依頼も終わったし、ますます清々しい気分ね〜」 換気のため閉めっぱなしの窓を開き、眼に飛び込む陽の眩しさに恵緒は目を細める。 瘴気は既に消えたようだが、やはりこうして新鮮な空気を取り込む必要はあるだろう。 床やら壁を見ていた響介は、ベッドの下に視線をやると――片眉を上げる。 そこには、破れた呪符と‥‥うっすらではあるのだが魔法陣が書かれているではないか。 (‥‥この術式、魔術系統ではなく、我々‥‥陰陽師の系統?) だとすると、ここのお嬢さんを苦しめていたのは同業者の手によるものなのか? 「ちょっと。あんた、何してんの?」 女性のベッドの下をいつまでも覗いている男を不審に思うのも当然だろう。風葉が胡散臭そうなものを見る顔つきで彼に話しかける。 だが、響介が黙ってそれらを指せば、風葉も『‥‥あによ?』と覗き込む。 「陰陽師の術式じゃない。まさか、あんた――」 「誤解です。しかし、この術式。正式な‥‥『寮』ではこういった書き方ですか?」 風葉がじっと見ている横からカズラが口を開く。 「どうだったかしらね〜? 寮出身でもそれぞれスキルアップすればアレンジもするでしょう?」 お嬢さんの容態確認とか後始末とかは任せたわよ、と軽く言い、着物の裾を翻すカズラ。 「肉体的な事は兎も角、メンタル面での事を気休め程度でもフォローしといてあげてね〜〜?」 女性はデリケートなんだから、と部屋を出ていくカズラ。彼女と入れ替わりに、話を聞いていたらしい九寿重が響介に聞く。 「アヤカシの発生は、人為的なもの‥‥ということですか?」 「そう判断するには早計ですが‥‥人の手が加えられていることに違いはないようです」 何のために、と独り言のように呟く九寿重の言葉を背に受けつつ、響介は、睨むようにその術式を眺めていた。 件のお嬢さんは別の部屋で休んでおり、先ほどのメイドが皆のため紅茶を振舞っていた。 「辛い思い、怖い思いをさせてしまい申し訳ありません‥‥でも、病魔は去りました。ご安心下さい」 紅茶も美味しいです、と利穏が微笑み、メイドもつられて微笑んだ。 「お嬢様もじきに体力が戻りましょう。そうされましたら、皆様にお礼状をしたためたいと仰っておりました」 そういえば、と、まだ無表情のままでいる響介に向かって、屋根裏にいらっしゃったという人はどなたなのでしょう、と訊いた。 「この屋敷の方だと思いますが‥‥?」 特徴を口に出してメイドに言えば、彼女は気まずそうに口ごもる。 「その方は、お嬢様の‥‥その‥‥知人の方で。いえ、お嬢様は全く存じませんけれど‥‥」 「それって‥‥知人とは言わないぞ?」 絵梨乃が指摘すれば、メイドはおろおろとした後、俯いてご内密に、と念を押す。 聞けば、彼女は養女。そして、該当するであろう人物は彼女の実の父であるとメイドは答えた。 「一度止む無く手放したとは言え、愛娘には変わり無かったのです。正体を明かさないという約束で、あのように活動を」 志体持ちではないらしいが、其故もどかしくもあったのだろう。 「‥‥呪いは解けましたが、その苦難は続きそうですね」 響介が呟けば『そうでもない』と、声が聞こえた。メイドも口を押さえ、全員が天井を注視する。 「――ありがとう。あの方を救ってくれて‥‥言葉に出来ぬほどの感謝と敬意を」 「どういたしまして!」 リィムナが元気良くそう云い――天井の男は、すこしばかり笑った。 しかし、あの呪いは今回だけだったのだろうか。連続して起こった事件も、関連があったのか。 少し調べる必要がありそうだと、響介は考えていた。 |