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■オープニング本文 武天は此隅。ある大衆食堂。 ちょうどお昼。本来ならかきいれ時だというのに、客は少ない。四人の男だけ。彼らは、いずれも巨漢で、髪の毛は生えていない。 男の一人が、肉を指で摘みあげ、口にいれた。肉のたれが、机に飛び散る。 「おっさんの料理はまじ美味めぇっ!」 他の者達も、箸を使わない。手掴みでおかずを食べる。どんぶりに入った飯を持ちあげ、飲み物のように口に流し込む。 「美味い、美味いぜ。こんな美味い物を作れるおっちゃんは、天才だな?」 「いや、天才どころか、料理の神様に違いねぇ! まじ尊敬! 一生ついてくぜ! って、わけで、40皿、おかわりぃ!」 厨房にいる店主は料理を作り続けていて、既に疲労困憊。追加の注文を聞くと、仰向けに倒れた。 従業員の悲鳴。 翌日。開拓者ギルドにて。 「助けて‥‥ください」 一人の女性が入ってくるなり、ギルド員に懇願した。今にも泣きそうな顔をしている。 彼女は大衆食の従業員、サトコ。年齢は20代後半だろうか。 大衆食堂の主人が心労で倒れてしまった。彼が仕事に復帰できるまでに、五日かかる。 「従業員は、私だけ。他の従業員は、現在は店を離れていて、私だけでは人手が少し足りません。 だから、店長の復帰まで店を手伝ってほしいんです」 接客、調理、皿洗い、掃除‥‥等々、食堂の業務をできる範囲でよいので手伝ってほしい、というのだ。 「でも、店の手伝いよりも優先して欲しいことがあるんです」 とサトコは暗い顔で説明を続けた。 実は、最近、ならず者の一団が店に、毎日通うようになった。 彼らは、いずれも巨漢で非常な大食漢。店に来れば、食べ物が無くなるまで喰い尽くす。しかも、礼儀も作法もしらない。食べる様は汚らしい。 彼らが来ると、他の客が逃げ出す。彼らが帰った後は食べ物が残らない。店長の心労の原因も、彼ら。 「店長が復帰しても、あの人達が今のままだと、他のお客さんも来にくいですし‥‥店長もまた心労で倒れちゃうかも‥‥」 だから、『ならず者に作法と節度を守って貰うなり、来ないようにするなり』してほしいのだと、サトコは言う。 説得するにしても、彼らは親近感や尊敬を感じる者ではないと、言うことを聞かなさそうだ。 力に訴える手もあるが、サトコは店内や店付近で騒ぎを起こして欲しくはない。 彼らから親近感や尊敬を得て説得するなり、騒ぎにならないよう暴力を使うなり‥‥何らかの策が必要だろう。 「お客様は神様だし、だから、店長もあの人達を無碍にしなかったのだと思います。 でも‥‥他のお客様も大切ですし、私からすれば店長も大事な人。だから‥‥どうか、開拓者の皆さんの力を貸して下さい。お願いします」 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
アルカ・セイル(ia0903)
18歳・女・サ
ヴァン・ホーテン(ia9999)
24歳・男・吟
佐屋上ミサ子(ib1934)
16歳・女・志
白犬(ib2630)
16歳・男・シ
春陽(ib4353)
24歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●お手伝い 午前中。外では、穏やかな風が吹いていた。風に乗り、道端で遊ぶ子供の声が、食堂の中まで聞こえてくる。 万木・朱璃(ia0029)と白犬(ib2630)は、食堂の厨房にいた。従業員のサトコを手伝い、調理をしている。 「冒険の疲れも、料理をすれば吹っ飛びますね」 朱璃の顔は、いきいきしていた。片手には菜箸。鉄板の上で焼く肉を、慣れた手つきでひっくり返す。 白犬は煮物を担当。出汁の味をサトコに見て貰う。 「どうかな? これでも料理は結構できるんだよ」 と聞くと、サトコは「いつもの店の味です」と笑顔で保証してくれた。 食堂内は、客として近所の若い女性が六人、訪れていた。『新しい手伝いを雇った』と噂を聞き、見にきたようだ。 何人かは、倒れた食堂の主人の体を気にしている。 「店長なら、大丈夫。何日かすれば戻れる、って聞いたし」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)が、客を励ましている。彼女は、接客の担当。だが、先ほどから椅子に座り、仕事ではなく客との話に興じていた。 その隣の机では、 「はい、こちらになります。ごゆっくりお召し上がりください」 佐屋上ミサ子(ib1934)が、料理の皿を置いたところだった。ミサ子の動作は流れるように手際よく、しかも作法に則ったもの。 ヴァン・ホーテン(ia9999)は、客に混じって食事していた。視線を入口へ移す。 「そろそろ、来る頃デスネ♪」 と、独り言。瞳は輝いている。楽しい出来事を待つ、子供のように。 アルカ・セイル(ia0903)と恵皇(ia0150)は、机の片付けを行っていたが、やはり視線を入口に。 彼らは聞いていたのだ。ならず者が店を訪れるのは、正午ごろだと。その時間はもうすぐ。 アルカと恵皇は、丁寧に机を拭きつつ、他の客に聞かれないよう言葉を交わす。 「彼らも店の客だからね、それを忘れないようにしなくちゃ」 「おう。力尽くで排除ってワケにはいかない。だから、工夫しないとな」 やがて、入口からの太陽の光が、遮られる。そこには、ならず者――巨漢の男四人が、立っていた。 「ぐへへへへ。今日も食いまくるぜーっ」 と、奇声。 ●勝負! 他の客は不快さを顔に出す。帰りだす者もいた。が、ならず者の男たちはそれに気づかない。普段通り注文し、貪り始める。 店員の一人――割烹着に三角巾をつけた春陽(ib4353)は、料理を運ぶ傍ら、机を拭いていた。男たちの手がふと止まったタイミングで、話しかける。 「お客さん。お店を盛り上げるイベントをしようと思っているんです。よかったら、私たちの勝負のお相手になって貰えます?」 春陽は条件を提示した。 店員と男たちとの三本勝負。一日一試合。勝ち数が多いものが勝ち。 彼らが勝てば三日間のお代はタダ。負けたら、店側の言うことを聞いて貰う。 ならず者の男たちは、お代がタダになるなら有り難いと、頷き提案にのる。 彼らが頷いた次の瞬間。厨房から――朱璃が颯爽と姿を現し、宣言した。 「では、この私――万木朱璃が、審判員を務めさせていただきましょう」 「万木だと?! あ、あんたは、いや、貴女様は――で、で、伝説の料理人、万木!」 恵皇は目を見開く。体を反らせ、尻もちをつかんばかりに驚いた。 二人の演出に、今まで怯えていた一般客も、これは面白そうと囁き合う。 「では――さっそく今から一回戦を始めましょう。アタシの名は、鴇ノ宮風葉! 世界を征服する魔法使いが、とびっきりの勝負内容を用意してあげたわよ?」 風葉は、客席から立ち上がる。サングラス越しに相手を見、唇を笑みの形に釣り上げる。 風葉が用意した勝負。それは――ロシアンルーレット。 六つの茶碗の中に茶を入れる。その中に、一つだけセイドで作った痺れ薬が、混じっている。 交互に茶を一杯ずつ飲み、痺れれば負け。 勝負をするのは、風葉と、ならず者の中でも一番太った男。 太った男が先攻。さんざん悩んだ挙句、茶碗を選び口にする。 対して、風葉は、 (……純粋な運で負ける様なら、世界征服なんかできやしない!) 一切の躊躇なく、茶碗を取って飲み干す。 「な、なぜ、平然と手を伸ばせる? 死が怖くないのか? 世界を征服するというのは、伊達じゃないのか――」 恵皇が、ざわ、体を震わせる。他の客も緊迫した顔へ。思わず息を止め、二人を見守る。 勝負が進む。先にハズレを引き当て、痺れたのは――太った男。風葉の勝利。 幸運に恵まれた風葉は術を使い、男の痺れを取り払う。片手をあげ、自らが勝利者であることを示した。 ならず者の男たちは悔しがる。剣呑な表情。――が、ヴァンが彼らに、陽気な声で話しかける。 「お店の人に聞きマシタ、明日は早食い勝負だと。明日の勝負が楽しみデスネ! ミナサンの食べっぷりはとても見事デスカラ」 ヴァンの称賛に、男たちは怒りを収める。照れたように、頭をかいた。 ヴァンはしばらく彼らを褒めていたが、ふと寂しげな表情を作る。 「デモ勿体無いデス。もっと美味しく食べる方法があるノニ……。シカモ、このままでは、ミナサン、ココの料理が食べられなくなるのデスヨ」 ヴァンの言葉に、男たちは不思議そうな顔。どういうことだ、と聞いてくる。ヴァンは答えない。 今まで通った店のことも思い出し考えてクダサイ、とヒントを出した。 翌日。昨日より多くの客が訪れていた。男たちとの勝負を見物に来たのだ。 正午になり、ならず者の男たちが姿を現した。再び勝負が始まる。種目は早食い勝負。 開拓者の代表は、春陽。 男たちの代表は、彼らの中で最も筋肉質な者。 運ばれてきたのは、鉄鍋。鍋焼きうどんだ。ぐつぐつと音。煮えたぎっている。 「秋になり、涼しくなってきましたから、鍋焼きうどんはちょうどいいですね。――では頂きます」 春陽は、箸とレンゲをとり、うどんをすする。口内が火傷しそうな熱。春陽は、それでも懸命に口の中に流し込む。 「ば、馬鹿な! あのうどんは、まさに灼熱地獄。それを、ああも容易く食べるだと!?」 恵皇が叫ぶ。観客を盛り上げ、さらに春陽の対戦相手、筋肉質な男を焦らせるため。 筋肉質な男が、あちぃ、と声をあげた。煮えたぎる鍋に手を突っ込んだのだ。苦悶の表情を浮かべながら、うどんをなんとか口へ運ぶ。 ミサ子は、他の客の給仕をしていた。おもむろに筋肉質な男に近づく。 「――お箸です。よろしければ……。そのままでは火傷になってしまうでしょう?」 ミサ子は、彼の前にそっと箸を置く。相手の手を見るミサ子の瞳には、気遣うような色。 筋肉質な男は躊躇した。だが――あんがとよぅ、屈辱そうに礼を言い、箸をとる。だが――不器用な箸使い。 一方、春陽は一定の調子で、うどんを食べ続けている。 先に食べ終わったのは――春陽。 春陽は手を精霊の力で輝かせ、相手を癒す。そして言った。 「箸や食器は、料理によってはとても便利なもの。分かって下さると嬉しいです」 三日目。 三本勝負のうち、既に開拓者が二本をとった。既に開拓者の勝ちは決まっている。 しかし、 「俺らの負けだ。言うことも聞く――でも、もう一勝負させてくれっ。このままじゃ引き下がれねェ!」 と男たちが頼み込み、開拓者たちは了承。勝負を行うことになったのだ。 三日目の勝負は、大食い。一時間以内に、焼肉を沢山食べられた方が、勝ち。 勝負に挑むのは、開拓者からは白犬。対するは、男たちのリーダー。 リーダーは試合が始まるなり、両手で肉を鷲掴む。口の中に押し込んだ。 「ウマ〜♪」 白犬は、箸で肉を摘み、食べる。 二人が一皿を空にすれば、すぐにお代りの皿が机に置かれる。 三十分後。 白犬は苦戦していた。彼の作戦は、相手の食べる速度が落ちれば一気に引き離す、というもの。 しかし、相手のリーダーも開拓者崩れ、志体持ち。体力もある。速度は落ちない。白犬が速度をあげても、追いついてくる。 だが、白犬は焦って作法を崩したりは、しない。飽くまで箸を丁寧に使い続ける。 「ご飯だって、ちゃんと作法を守って食べないとダメなんだ」 声に出さず、呟く。 さらに三十分後。勝負が終わった。 朱璃は、二人が食べ終わった皿の枚数を、慎重に確認する。 「この勝負……一枚差で、リーダーさんの勝ちです。お二人に、そして、昨日と一昨日に戦った四人に、皆さん拍手を」 相手の勝利を告げた。そして、戦った者全員に、見物客と共に拍手を贈る。 男たちは、喜ぶでもなく悔しがるでもなく、不思議そうな顔を白犬に向けていた。 「何であいつは、手で食べなかった? 昨日と違って、熱くネェし、手掴みの方が早いのに。それに急いで食えば、タレが机に飛び散る。でも、あいつの机は綺麗なまま……」 男たちに、アルカが近づいた。ゆっくり口を開く。 「二勝一敗で、三本勝負はおじさん達の勝ちだしね――少し話に付き合ってもらおうか。 彼が作法を守った理由も、おじさん達が教えてあげる」 ●お勉強とご馳走 アルカは男たちの一人一人を見つめ、そして――、 「まずは、店に毎日きてくれて有難う」 と頭を下げた。意外な事に呆然とする男たちの前で、アルカは続けた。 「でも、あんたらが他人に好物を食べ尽くされたら、どう思う? 迷惑をかけられたら? あんたらは、猿や子供じゃない。ちょっとした気遣いはできるはず。 その気遣いで、周りの気持ちは大きく変わるんだ」 まっすぐな表情で、アルカは説く。アルカの言に、男たちは胸を打たれた顔になる。 「そう。気遣いやマナーを大事にして、皆で仲良く食べたほうがご飯は美味しいんだよ!」 「食堂は皆で食べるところですからね」 と、白犬と春陽も言葉を添えた。食べることが好きだからこその、想いを込めて。 「ハイ、皆で仲良く――他のお客さんや作り手のコンディションを気にしつつ、お店全体の雰囲気を楽しんで食べる。ソウスレバ、もっと美味しく食べられマス!」 満面の笑みを浮かべたのは、ヴァン。男たちにビッと親指を立てて見せた。 巨漢の男たちは客や開拓者達を申し訳なさそうに見る。開拓者たちの言葉が、男たちに作法の大事さに気付かせたのだ。 「では、皆さんが作法を身につけられるよう、わたくしも協力させて頂きます」 ミサ子はそんな風に言い、彼らに作法を教え始めた。 まずは椅子の座り方や『いただきます』。そして、食器・箸の使い方…… 自分で実演してから、相手にやらせてみる。失敗すれば繰り返させる。相手が弱音を吐いても 「できない? 大丈夫です。皆さんなら出来ない筈ありません。そうでしょう? ほら、お箸の持ち方は、このように……」 と、優しさと厳しさを織りまぜ、指導し続けた。 アルカも教育に加わる。 「茶碗の持ち方は、そうじゃないよ。マナーはきちん覚えてもらうから。――そうそう、それであってる。やるじゃない」 厳しく教えていく中に、褒め言葉もいくつか。 依頼を始めて、五日目の夜になる。 あれから、開拓者は店の手伝いの傍ら、男たちに作法を教え続けた。じっくりと。 男たちはおおむね真面目に学んだ。他の客も、男たちが学ぶ様を見て、だいぶ警戒心が和らいだようだ。 今日は、開拓者たちと男たち、そして他の客と一緒に、食事会を行うことになった。男たちが反省した記念に。 朱璃が厨房から、お盆を持ってやってきた。お盆の上には料理の乗った皿がいくつか。焼き肉や泰国風の炒め物等など……。 「では、皆で一緒に食べましょう。美味しいご飯の前では、のーさいど、ですからね♪」 朱離は皆の前に皿を並べていく。 「良いこというわね、朱璃。じゃあ……私は、野菜の煮つけを貰うわ」 風葉は隅で茶を飲んでいたが、真っ先に箸を取った。 他の者たちも食べる準備をし始める。やがて、 「「いただきます!」」 食堂内に響く皆の声。 やっぱり料理は楽しいです、と目を細める朱璃。 巨漢の男たちは、不器用そうに箸を使っている。動きはぎこちない。けれども、食べカスが散らないようになど、彼らなりに周囲を気遣っている。 恵皇も一緒に食事をしていたが、隣にいるサトコに話しかける。 「良かったな、サトコさん」 恵皇の言葉に「はい!」と頷くサトコ。 食堂内は、平和な雰囲気に包まれていた。 |