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■オープニング本文 「い、い、い、いらっしゃいましぇ」 「ご、ご、ご、ご注文は、おきまりだったでございまするかのう‥‥じゃ、なくて‥‥ええっと、ごめんなさぁい」 大衆食堂で、顔を真っ赤にしながら給仕する二人の少女。二人ともこの食堂で新しく働くことになり、いまは、接客業務に当たっているのだが‥‥。 緊張しすぎて、どもる。途中で噛む。言葉遣いがおかしくなる。挙句の果てには、注文を取っている途中で謝りだす。 「きょ、今日のお勧めの料理が何か? え、え、ええっと‥‥そ、そないなこと言われても‥‥」 客から質問をされれば、今にも泣きそうな顔をする。 厨房から様子をみていた店主が、ため息をつく。――泣きそうのはこっちだ、と。 翌日の昼間、大衆食堂『オトコギ』店主は神楽の都にある開拓者ギルドを訪れた。 店主は白髪が交じり始めた頭をかきつつ、事務員へ語りかける。 「頼む。未経験者に、五日間、接客を教えてやってほしい」 実は店主は、親戚二人の少女を店で働かせることになった。 試しに接客をさせてみたところ――二人ともどもったり、噛んだり、泣きそうになったり。客の前でうまく話すことができなかった。 二人とも人口の少ない村出身で、今まで村から出たことがない。また、畑仕事以外の職業経験もない。『接客とは何か』もきちんと把握していない。 そのため、必要以上に緊張してしまうようだ。 「厨房と接客、どちらを担当してもらうかは、まだ考え中だ。 しかし、うちはそれほど大きな店じゃない。厨房を担当しても、お客様と触れ合う機会はある」 だから、『彼女らが客の前で緊張しすぎないように』かつ『最低限の接客――挨拶やお辞儀、受け答えなどができるように』、彼女らを訓練してほしいのだという。 接客を教える方法は、開拓者に一任される。 緊張しすぎないようにするにはどうすればいいか。最低限の接客を覚えさせるには、どんな方法が良いか。 例えば、開拓者を相手に接客の練習をさせてもいいだろう。言葉で励ましたり逆に叱ったりも、有効かもしれない。 だが、他にももっと良い方法があるかもしれない。開拓者の知恵で良い方法を探し、実行してほしい。 訓練場所に店の二階が提供される。人に迷惑をかけないなら、外に出て訓練してもいい。 「技術的には――それほど、大したことを覚えなくても構わない。本格的な事は、依頼が終わってからでも覚えられるしな。ただ‥‥」 店主は頭をかきつつ、続ける。 「接客をするには――技術よりも、もっと大切なものがあると思う。 俺は馬鹿だから、それが何かはうまく言葉にできないが――あんたらの指導で、それを感じてくれたら、嬉しい」 期間は5日間。よろしく頼む、店主は頭を下げた。 |
■参加者一覧
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
ヨーコ・オールビー(ib0095)
19歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
无(ib1198)
18歳・男・陰
繊月 朔(ib3416)
15歳・女・巫
白端(ib3492)
26歳・女・陰
針野(ib3728)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●挨拶 昼過ぎ。食堂『オトコギ』の店内。開拓者たちは、他の客に混じり食事をしていた。食事をしながら、接客する二人、ミカとオヨウを観察していたのだ。 ミカとオヨウは失敗ばかり。今も、 「あり、ありがとうご‥‥うきゃああ?!」 お辞儀の途中で転んで、店主に助けられた。開拓者たちは箸を止め、互いに顔を見合わせる。 他の客が皆帰った後、店主が二人に開拓者たちを紹介した。 七名は、接客の指導をしてくれる開拓者で、そして、繊月 朔(ib3416)は、新しく雇った従業員だ、と。 朔が、そう紹介して欲しい、と店主に前もって頼んでいたのだ。 「ミカさん、オヨウさん、よろしくお願いします。私は歳も近いので、仲良くしてくださいね」 紹介を受け、朔は柔らかい口調で挨拶。 「ミカ様、オヨウ様、繊月様、短い間ですけれど、一緒にがんばりましょうね」 「そうそう、これから五日間、一緒に元気出してやっていこ♪」 白端(ib3492)は作法に則ってお辞儀し、言葉を紡ぐ。明るい声色で励ますのは、ヨーコ・オールビー(ib0095)。 他の五名もそれぞれ挨拶と自己紹介をしていった。 「よ、よろしくおねが‥‥えええと」 「お願いしましゅ‥‥します」 ミカとオヨウは挨拶を返す。が、きちんとしなければと意識しすぎてか、ぎこちない挨拶しかできていない。 バロン(ia6062)は二人の肩を軽くたたく。 「まず落ち着いて、深呼吸でもしてみるといい。焦りは禁物じゃ」 手本を見せるように、バロンは息を深く吸い込んだ。二人の娘もつられて深呼吸。 「ええ、心を楽に、です。そんなに怖くないですから。――そういえば、二人は村から来たのですよね?」 「わしも故郷が田舎で、神楽の都に出てきて日も浅いんよ。二人の村は、どんな村だったか聞いてみたいんさー」 无(ib1198)と針野(ib3728)が二人娘の緊張を和らげようと、彼女らの故郷を話題に出した。 「ええ、私も知りたい。村には良いなって思える男の人とか、いなかったの?」 ニーナ・サヴィン(ib0168)も話題に加わる。瞳を輝かせ、二人娘に問いかけた。ミカとオヨウは二人とも、顔を真っ赤に染めた。 先程と違う意味でうろたえているが、開拓者への緊張は少しほぐれた様だ。うまくいったみたい♪ とニーナは仲間たちへ片目を瞑る。 自己紹介と会話が終わった後、エグム・マキナ(ia9693)は仲間と共に、一軒の店を訪れていた。オトコギから少し離れたところにある別の食堂。 エグムは店の主人に、自分たちがオトコギで新人教育をしていることを説明し、頭を下げた。 「無礼を承知の上でお願い致します。明日、店の新人に、皆さんが働く姿を見させて頂きたいのです‥‥!」 主人は腕を組む。エグムの真摯さに心動かされたか、『客として食事し、その間に接客を見ればいい』と言ってくれた。 ●勉強開始 翌日。市場の中を開拓者とミカ、オヨウが歩いていた。 ミカ達は背を震わせて立ち止まる。人々が会話をする声、商人たちの掛け声。都に慣れていない彼女らは、それらにすら不安を感じてしまっている。 「大丈夫ですよ、お二人とも。怖いことは何もございませんわ? ほら、平気」 白端がミカ達に声をかける。人の多い状態に慣れるようにと、穏やかな調子で励ます。 しばらく歩いた後、一行は昨日訪れた店に入る。隅の席に座り、店内を二人の娘に観察させた。 店の従業員は――有難うございました! またのおこしを――等、はきはき声を出している。 「よう見い。接客はお愛想、女は度胸。店員が愛想ええ店は、客もニコニコしとるもんや。大丈夫、二人とも素材では負けてへん。可愛い、可愛い♪」 ヨーコは二人娘に耳打ちした。従業員や客の顔を目で示す。二人娘は可愛いと言われまた赤面しつつ、店の従業員の顔を改めて見直す。 オトコギの二階に、一行は戻ってきていた。エグムはミカ達へ言う。 「あの人達は確かに、物怖じせず接客していました。ですが、あの人達と貴女方には、それほど違いはありません」 彼女らと目を合わせながら、諭すように。 ニーナがエグムの言葉を引き継いだ。 「そうね。あの人たちも、最初はお客さんの視線が怖かったりしたんじゃないかしら。 子供の頃からお転婆だった私ですら、詩人の仕事を始めた時は緊張したもの。こればっかりは『慣れ』ね」 ミカとオヨウは慣れればあんな風になれるのか、信じきれない、といった様子でエグムとニーナを見返してくる。 二人に、バロンが声をかけた。 「まずは実際にやってみることじゃの。実践形式で、練習するとしよう」 こうして、接客の練習をすることになった。二階を食堂の中に見立て、ミカ達に従業員役をさせるのだ。 ミカ達の前に、朔が従業員役をした。 「いらっしゃいませ! こちらでございますね」 朔は巫女としての経験を活かしながら、笑顔を忘れず接客する。そうして、ミカたちに基本的な接客を示し伝えていく。 続いて、ミカとオヨウが従業員役に回る。 「い、い、いらしゃい‥‥ませー」 「おまたせしまし、た‥‥あわわっ」 二人は、既に開拓者たちに気を許していたが、接客しようとするとまた緊張してしまう。声が震えたり、配膳する手が、ガタガタ、震えたり。 震えているのを止めようと余計に緊張し、より強く震えてしまう。 「ちょっと休憩をいれたほうがええんよー。こっちきて一緒にお茶でも飲もうさー」 針野は椅子に座り、客役をしていた。が、自分の隣の席を軽く叩き、休憩を提案する。針野の傍に、无もいた。 「うん。お茶にしましょう。――二人とも、昨日バロンさんも言っていたけれど、焦らなくてもいいからね。ゆっくりとでも」 无も針野に同意。二人でお茶を用意する。 ●成長 その後も二人は従業員役の練習を夜遅くまで行う。二人とも開拓者の言うことは素直に従うが、体に余分な力が入っている。うまく接客ができていない。 翌日になり、エグムは二人に尋ねる。 「劇‥‥いえ、おままごとをした事はありますか? その時と同じように、見学した店の店員さんの役をやるのだ、とそう考えてみてください」 エグムの言に二人は納得したように首を縦に振る。ままごとならできるかもしれないと。 彼女たちの練習の合間に、 「お椀をお出しするときは、できるだけそっと置いたほうがいいと思いますの。今のお二人の出し方ですと‥‥」 白端が具体的な動作について、助言した。 言葉だけではなく、実際に二人の手つきを真似してみる。次に正しい動作を実行。そうして、二人にどうすればいいか考えて貰う。 无は、図書館で読んだ文献を思い出しながら言う。 「相手はどんな風に、お椀を出してほしいと思うかな? それを行えばいいさ。綺麗な動作でなくてもいい。丁寧ならね」 二人が自分の言葉を消化できるよう、ゆっくりとした口調で。 白端と无の指摘にミカ達は、はっとした顔になる。 開拓者たちの助言は的確だったようだ。二人の動作は少しずつ自然なものに。言葉は聞き取りやすいものになっていった。 ミカたちと従業員役をしていた朔が、態勢を崩す。運んでいた水を零した。 「あわわわっ!」「だ、大丈夫ですかっ! 雑巾とって‥‥」 慌てて駆け寄ろうとする二人を、バロンが手の仕草で制した。水を零した朔に、何か思惑があることに、バロンは気づいたのだ。 「待つがいい、二人とも。彼女がどうするか良く見ておくのじゃ」 バロンとミカ達の視線の先で、朔は客役の者に謝る。 「失礼しました。お客様、衣服などの汚れは大丈夫ですか? ――大変申し訳ございませんでした」 あくまで冷静さを失わず、誠意を籠めてお辞儀する。そして、雑巾を持ってきて自分で掃除する。この失敗はわざと。失敗した時の対処を、ミカ達に考えて貰うため。 ニーナはミカ達の隣に立っていた。ニーナは言う。 「失敗から学べることって成功よりも多いの。――大切なのは、その時にちゃぁんと『ありがとう』『ごめんなさい』が言える事。それも心から、ね」 ちゃんと謝ってくれる人を、人はそんなに邪険にしない、とニーナは二人の顔を覗き込む。そして続けた。 「でも、仲間を助けに行こうとしたのは、とても良いことよ♪ ミカさんとオヨウさんも仲間どうしだもの。どちらが困っている時、辛い時は助け合ってね?」 ニーナの顔には、姉が妹を見るような笑顔。 夜になり、針野が一階から焼き魚定食等の料理を運んでくる。二人に自分たちが働く店の味、その良さを知って貰おうと、店主に作って貰ったのだ。 「やっぱり、好きな人には笑顔になってもらいたくて、どうしたらいいか色々考えるしょ? それと同じで、お客さんやお店や料理のこと、『好き』になったらいいと思うんよ」 針野は、美味しそうに料理を食べるミカ達をみて、目を細めた。 食事が終わる。ヨーコが口を開いた。 「明後日でうちらの授業は終わる――その昼、二人には、店主はん立ち会いの元、店の中で実際に働いて貰う。それで、二人を試験するわけや。 せやけど、あんたらが認めて貰う相手は、お客はんが井の一や。それを忘れたらアカンで!」 そこまで言うと、ヨーコは二人をじっと見つめる。瞳で、彼女らを励ますように。 ●決戦前夜と、当日 四日目の夜。明日が試験の日。白端とヨーコは、店の一階を訪れていた。明日の昼も来るという常連客たちに話しかけている。 「実は新人お二人の試験を行いますの。是非、お客様も温かく見守ってあげてくださいましね」 「二人ともすごい頑張ってんねんで!? お客はんからも、もし二人のエエとこ見つけたら一言でええ、褒めてやってほしいんや‥‥」 白端が丁寧に事情を説明し、ヨーコは顔の前で手を合わせて懇願する。 常連客の一人が胸を叩き、任せとけと、請け合ってくれた。 厨房では、エグムが店主に相談していた。 「店主。提案なのですが、二人に珍しい衣装を着て貰うのは、如何でしょう? 服を変えることで、彼女たちの気持ちも変わり、良い仕事ができるようになるのでは?」 「一理ある。しかし、派手な恰好は‥‥」 エグムの前で、店主はうーむと唸った。 翌日の午前中。店の二階で、ミカ達と開拓者達は椅子に座って試験の開始を待っていた。 ミカ達の頭には、新しいかんざし。店主は新しい服装は許可しなかったが、新しい装飾品を与えることを許可してくれたのだ。 かんざしは、地味な作り。けれど、店主と開拓者からの贈り物に、ミカもオヨウも大変喜んだ。かんざしは、二人に元気をもたらしもした。 しかし、試験の時間が近づくにつれ、ミカが貧乏ゆすりをし始めた。オヨウは視線をせわしなく動かす。 「今日も大丈夫ですよ。昨日だって、ちゃんとできたのですから」 「二人に必要なのは、自信と自覚だけだよ。自信を持って頑張ってね!」 「おぬしらはこの五日間、短い時間ではあるが、積み重ねてきた。一つ一つ丁寧にこなすことも覚えた。その積み重ねを信じるがいい」 无、朔、バロンがそれぞれの言葉をミカたちに贈る。三人の言葉は、ミカやオヨウの体の震えを小さくさせた。 ちょうど正午。試験の時間になった。ミカとオヨウは椅子から立ち上がり、一階へ。 開拓者八人は、一階の厨房の隅で待機する。ここからは、二人の姿は見えない。が、声は聞こえる。 店内からは聞こえてくるのは、いらっしゃいませ、とミカとオヨウの明るい挨拶。姿は見えないが、顔に笑みを浮かべていることだろう。 まだ緊張はしている。それでも、お客様のことを考え、丁寧に。失敗しても誠実に。お勧めの品を聞かれれば、自信を持って。 開拓者達の教えを活かし、彼女らなりに全力を出す。 「おお、元気がいいねえ」と、客たちの声も聞こえてくる。 やがて、客達は食べ終わり「ありがとう」と口にしながら、帰っていた。 店主がミカとオヨウを連れ、開拓者達のもとにやってくる。 店主は開拓者を見、ゆっくりと親指を立てた。 「まだまだ覚えて貰うことは多いが、お客さんは喜んでいたからな――合格だ」 ニーナは、おめでとうと拍手をする。他の者もそれぞれ表情や言葉で祝福した。 そして、八人は店主と、ミカ、オヨウに別れを告げる。 出口で、針野が二人に問いかける。 「たまにここに食べに来てもいいさー?」 「「はい、是非!」」 ミカとオヨウの、元気でまっすぐな返事が、青空の下に響いた。 |