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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。とある私塾。ここの塾長は一人の老人。10代前半の少年少女に算術を中心に教えている。 今は授業と授業の合間の休憩時間。 にも関わらず、生徒たちは一心不乱に書物を読みふけり、あるいはそろばんをはじき、あるいは、自らの手帳に筆で書き込む。 皆の様子を見ていた塾長が、おずおずと声をかけた。 「‥‥お主ら、勉学も大事ではあるが‥‥たまには、外で遊んではどうかのぉ? そうじゃっ! せっかくだから、明後日はお休みにして、近くの原っぱに行き皆で遊ぶというのは、どうかのぉ?」 老人が言い終わるや否や、少年の一人、フジカワが細く白い手をあげた。フジカワは眼鏡の奥の瞳で、老人をまっすぐに見つめていた。 フジカワは、老人が「なんじゃ」と反応するのを待ち、発言する。 「お言葉ですが、先生‥‥。算術は全ての基本となる学問。職人になるにも、商人になるにも、はたまた他の職業に就くにも必須。 しかるに、先生。原っぱで何が学べますか?」 「いや、しかしじゃのお‥‥」 口ごもる塾長を前に、生徒たちはひそひそと会話する。 「原っぱで遊ぶって何をするのかしらね? 私は勉強をする方がいいなあ」 「原っぱで遊んだことないけど、きっと算術の方がおもしろいもんな」 遊びに行きたいという声は、ない。 しばらくの時間が経過して、夕刻の開拓者ギルド支部を、塾長が訪れた。 塾長は自己紹介の後、休憩時間にあったことを受付嬢に説明した。 「‥‥というわけなのじゃ。うちの子たちは本当に真面目で良い子で、学問に余念がない。じゃがのぅ‥‥全く運動もせず、勉強勉強。これでは、体に良いはずがない。 塾からある程度歩いたところに原っぱがあるのじゃ。 その原っぱで遊ぶようにと提案しても、誰も遊ぼうとせん。 小さいころからずっと勉強、勉強で遊び方を知らんのかもしれんのう。 そこでじゃ‥‥開拓者どのらにお頼みしたい。彼らを原っぱへ遊びに連れていってくださるまいか。そして、朝から夕方まで、一緒に遊んでくださるまいか。 フジカワは他の生徒からも信頼されておる。彼を説得すれば、他の子たちもついてくるじゃろう。 連れていく方法や遊ぶ内容は、開拓者どのにお任せする。わしにもできることがあれば、言ってほしい。 お願いする。この通りじゃ」 白髪頭を受付嬢へと下げた。 |
■参加者一覧
月夜魅(ia0030)
20歳・女・陰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
リン・ローウェル(ib2964)
12歳・男・陰
フェイル・ランツィスカ(ib3126)
18歳・女・泰
ラッチ・コンルレラ(ib3334)
14歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●説得そして、出発進行 朝、私塾の教室。窓の障子は開け放たれている。入ってくるのは、陽の光、そして、スズメの鳴き声。 今は授業が始まる前。十人の子供ともう一人は、一様に前を見ていた。彼らの視線の先には、塾長に案内されてやってきた七人の開拓者。 「一緒に原っぱへ行って体を動かさない? 遊んで運動して、体力を養おう」 ラッチ・コンルレラ(ib3334)が生徒たちへと、口を開いた。 「算術は学問の基本かもしれないけど、健康は生きることの基本なんじゃないかな? どんな職業でも、ある程度の体力があるにこした越したことはないんだし」 少しおっとりとした、明るい口調。 リン・ローウェル(ib2964)は生徒側にいた。塾長に頼み、昨日から生徒と一緒に授業を受けていたのだ。そのリンが口を挟む。 「確かに、頭脳労働にも、運動は大事だ。ジルべリアの学者の研究結果によると、肺に外気を取り入れ体を動かすことで、脳の働きが活性化され‥‥」 おそらくは口から出まかせだろう説を、大真面目に告げる。 ぽん。何かが弾む音。フェイル・ランツィスカ(ib3126)が持ってきた球を蹴りあげたのだ。球は彼女の足から肩へ。また足へ。そして頭へ、膝へ。球は止まることなく動く。 わぁ。生徒たちから歓声があがる。 「るれらちゃんも言うてたけど‥‥原っぱへ遊びにいけへん? 俺と一緒に球あそびしよう。『さかー』言うねん!」 球を足と体で操りながら、フェイルは言う。 水津(ia2177)は語りかけた。 「もし良かったら、原っぱで、開拓者の不思議な術も披露します‥‥見たくありませんか‥‥?」 控えめに微笑んで見せる。 開拓者たちの言葉に、何人かが腰を椅子から浮かせた。が、フジカワは咳払い。 「体を動かすことはいいかもしれません。さかーや術にも興味深さはあるでしょう。しかし。 勉強を疎かにしてはいけません」 フジカワに睨まれ、立ち上がりかけていた者は椅子に腰を戻す。 「ええ、勉強を大事にしなくちゃって、私もそう思いますっ。でも――」 フジカワに言葉を返したのは、月夜魅(ia0030)。赤い瞳でフジカワを、子供たちの一人ひとりを見つめる。 「――でも、お勉強ができるのは塾の中だけじゃないと思います。お外にも、原っぱにも、いっぱい学ぶことがあると思うんですよっ!」 懸命な声を出した。 生徒たちはざわめく。原っぱで何が学べるのか。勉強は教室や自宅でするものじゃないのか――。 エグム・マキナ(ia9693)は彼らに問いかけた。 「では、講師として、私から皆さんに問題です。貴方の夢をお答えください。配点は、『これからの人生』です」 生徒たちは答える。商人になりたい者が多いようだ。エグムは続けた。 「では、商人に必要なものは? 店に、お金、お客様‥‥商品も必要ですね。でも、常に同じ商品だけ並べて良いものでしょうか?」 そうではない。新商品を並べることが必要だ。新商品を仕入れるためには、知識が、それも書物には書かれていない知識がいるのだ――と、生徒たちを諭していく。 明王院 浄炎(ib0347)と雲母(ia6295)が、視線を交わし合う。言葉を重ねるなら、今だと。 「書を学ぶことは良いことだ」 「ああ、勉強は確かに重要だ」 浄炎は落ち着いた口ぶりで、雲母は煙管から手を離さず、それぞれの言葉を紡いだ。 「しかし、主らに足りぬのは経験。本物を見聞きし、触らずして、如何なる職がこなせようか」 「そう、書物でいくら頭が良くなったとしても、所詮は机の上での出来事。目の前で何かを見たり、体を動かしている連中の方が、世の中から必要とされるのだよ」 だから、原っぱへ行こう。皆で遊ぼう――誘う開拓者たち。 フジカワはもう反論しない。眼鏡のふちをいじっていたが、おもむろに椅子から立ち上がり、出口へ体を向けた。他の者たちも彼にならう。 言葉が届いたようだと、開拓者の何人かが笑む。 ●遊んで休憩、また遊べ ほどなく、一行は原っぱへとたどり着く。一面に背の低い草。時折強い風が吹き、ざぁ‥‥と草が音を立てた。 水津は、岩清水が入った容器を生徒の一人、少女に持たせた。そして、術を行使。『白い兎』を生み出す。 「この子は磁石みたいな子なんですよ‥‥ただ、鉄じゃなくて水に引き寄せられるのですけどね‥‥」 と説明した。本来は女子が喜ぶように、と使った術だが―― 「兎‥‥か、可愛い‥‥。い、いや、あくまで一般論的な見解としてですね‥‥!」 意外にもフジカワや男子の多くも食いついた。もちろん女子も大喜びだ。 皆で、兎が水を持つ少女を追いかけるのを観察したり、兎を撫でたり。 やがて、水に触れて、兎は消えた。 浄炎が、形の異なる壺を三つ取り出す。それらの形はどれも、複雑。球や立方体、円柱を組み合わせて作ったような。これらは、算術で壺の体積を求めさせる教材。事前に、塾長から借りてきたもの。 「あの兎は水の多い方へと移動する。では、もう一度兎を呼べば、どの壺へ移動するか。 つまり、水が一番多く入っているのはどの壺であるか。算術を駆使して求めよ」 浄炎は壺に水を満杯まで注ぎ、問題を出した。 「正解の壺へ、一番早く着いた子が、一等賞だよ。さあ、一等賞は誰かな?」 コンルレラは生徒たちが壺の形や辺の長さを確認したのを見ると、壺三つを離れた位置へと運ぶ。コンルレラのその足取りは颯爽としたもの。 子供たちは、コンルレラの走る姿と速さに、目を丸くしていた。が、我に返ると、慌てて計算を始めた。そして終わると同時に、正解の壺へ自分たちの全速力で駆ける。 水津と浄炎が考案した、術と算術と運動を、組み合わせた遊び。この遊びに子供たちはひっしに取り組んだ。 そうするうちに、生徒たちは、体を使う面白さに目覚めたようだ。他にも、かけっこや鬼ごっこ、陣取り合戦など、開拓者が教える遊びに素直に参加し、楽しむ。 生徒が疲れた頃を見計らい、休憩を入れる。持ってきたお弁当を広げた。 食べ終えた皆の前に立ったのは、エグムと月夜魅。 エグムは生徒たちへ微笑みかけた。 「さて、今度は座りながらお勉強をしましょう。皆さん、あちらを見て下さい。あそこで飛んでいるのはモンキチョウですが、あの蝶が今のような姿になるまでには‥‥」 エグムは、月夜魅と共に語る。蝶が卵から幼虫へ、脱皮を繰り返して、さなぎ、そして今の姿になるまでを。また、原っぱにいる他の生き物たちが、如何に生きているかを。年の低い生徒にも伝わるように平易な口調で。 生徒の中には、語られる事柄を知っている者もいた。しかし、実物を目前にして聞くのは、初めて。全員が熱心な顔。 「小さな生き物でも、一生懸命生きています、すごいですよね〜♪」 月夜魅が腕を大きく広げながら、命の素晴らしさに言及し、講義を締めくくった。 休憩と講義を経て、生徒たちは体力を取り戻した。開拓者たちは、球遊び「さかー」をしようと子供たちに勧めた。 木の棒を二か所に立てる。ゴールの目印だ。生徒を二組に分け、さかーの決まりごとを説明する。 「‥‥決まりは理解できたか? 質問はないか? ならば――始め」 審判役になった雲母が、開始を告げた。彼女が審判役を引き受けたのは、他に審判役をするものがいなかったのと、審判役なら子供たちに見回し怪我や危険を未然に防げるから――だろう。 ――えいっ! ――きゃーっ!? さかーの最中に起こる子供たちの声はどれも楽しさに溢れたもの。 リンとフェイル、コンルレラも、子供たちに混じって参加していた。志体を持つ――つまり、常人とはかけ離れた力を持つ三人は、力を抑えつつ子供と戯れる。 さかーの試合がしばらく続く。 リンは息を切らしていた。ふと隣をみれば、己以上に汗だくな少年の姿。立ち止まっている。 「ぜぇ、はぁ‥‥どうした? 足が、止まってる、ぞ‥‥」 「ちょ、ちょっと、きゅ、休憩した‥‥だけ‥‥。僕、まだ、頑張るっ!」 リンの声かけは少年を励ました。少年は再び足を動かす。ボールに向かって突き進む。 フェイルはリンとは違う組で参加していた。 「皆っ! さかーっ、おもろいかっ?」 フェイルの問いかけに、同じ組の五人が『はいっ』と返事する。 「せやったら、最後まで頑張るでっ!」 片手を空へ突き上げ皆を鼓舞するフェイル。生徒たちはゴールを狙う足に一層力を込めるのだった。 ●労いと帰り道 「試合終了、だ。怪我をした者は‥‥いないようだな?」 雲母が皆に告げた途端、生徒たちはばったりと地面にへたり込む。 雲母は、子供たちの様子を見る。母親のような温かさを感じさせる視線で。 「『めがねび〜む』の出番はありませんね‥‥」 水津も生徒たちの様子を確認していた。雲母が言った通り怪我をした者、閃癒による回復が必要な者はいないようだ。 「では、頑張った皆さんにご褒美です‥‥」 水津は子供たちの前で、氷霊結を岩清水へ使って見せた。そして、できた氷を仲間たちと砕く。近くで売っていた果物の汁をかけ――皆にふるまう。 「どっちの組の子も、お疲れ様。ボクも楽しかったよ」 コンルレラも、自身のすばしっこさを加減しつつも活かし、生徒と共にさかーに加わっていた。水津が氷菓子を作るのを手伝ったあと、皆に拍手を送る。 やがて、日が沈み始めた。もう帰る時間だ、と開拓者は生徒たちに告げた。 「やだ‥‥まだ、遊びたい」 地面に腰を落とす少女が一人。彼女へ、フェイルは手を伸ばした。もう帰る時間やで、と彼女を持ち上げ肩車。 (でも、まだ遊びたいと言うてくれるくらい楽しんでくれたんかぁ‥‥今日のことがこの子らの良い思い出になれば、嬉しいなぁ) 誰にも聞こえない声で言う。 他の子供たちは、呼吸を整え、帰り支度を始めている。 子供みんなへ、月夜魅がちょこんと頭を下げた。 「今日は、皆さんと一緒に、色々な事を学べました〜。ありがとうございましたっ」 月夜魅の顔は優しい。――彼らが今後、体を動かし遊ぶことを大事にしてくれるといい――そんな風に願っているかのように。 開拓者たちは、子供たちを各家庭に送り届けるべく、ともに歩く。 子供たちの後ろを歩きながら、浄炎とエグムが会話を交わす。 「ふむ‥‥。存分に楽しんだようだな。‥‥願わくば、普段の勉学と今回の遊びが、子供らの将来に活きんことを‥‥と言ったところか」 「はい。まぁ、私としては‥‥今回のことをきっかけに、子供たちの中から教師が出てくれると嬉しかったりもするのですけれどね‥‥」 二人は子供らの背中を見、目を細めた。子供らの服は汚れていたが、時折見える横顔には、満足そうな色がある。 子供の一人――フジカワに、リンが近づく。 「どうだ、たまには紙面以外に目を向けるのも面白いだろう、フジムラよ?」 「ええ、面白かったです――って、私はフジカワですっ」 「‥‥お前はフジムラではなかったのか?」 突っ込むフジカワ。身をそらせて驚くリン。他の生徒たちは思わず吹きだす。 皆の顔を、夕日の赤い光が照らしていた。 |