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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 武天は此隅の開拓者ギルド。 入り口で、カゴを担いだ二人の若者が立ち止まり、カゴを地面に置いた。二人は健康そうな若者だが、息をかなり切らしている。重い物を長い距離運んだかのようだ。 その重いものが、カゴの中から姿を現した。 「よぅ、運んでくだはりました。帰りも頼みますわなぁ」 野太い声。その主は、異様と言っていいほど太った男。 手を前に突き出し、腹や顔の肉を揺らしながら歩き、ギルド内へ。 受け付けの窓口まで来ると、男は頭を下げる。たぷん、頬の肉を揺らしながら。 「この度はお世話になります。 ワシは、等々力 福三郎(トドロキ フクサブロウ)というもんでしてなぁ」 福三郎は語り始める。 福三郎は商人。そこそこ大きな店を経営している。 その店の従業員の一人が、先日死亡した。彼は長年、福三郎に忠実に働いてくれた人物。福三郎は彼を丁重に葬儀し、遺体を火葬したのだが。 「そのお骨をな……アイツの故郷に帰してやりたいんですわ。親類はもうその故郷にはおらんそうやが……でも仕事一段落したら、故郷に帰りたい、ゆうてましたしなあ」 そこで福三郎が自身の手で、故人の骨を故郷の村へ持っていき、そこの寺に骨を納めたいのだと言う。 「飛行船でピューッと行ったらいいんですけどな、何分アイツ、高いところは苦手で。ですから、お骨を運ぶのも陸路で行ってあげたいんですわ」 が、陸路で行くなら、故郷の村まで山の中にある道を半日以上、移動しなければならない。 山は険しくはないし、道もすごく荒れているわけではない。が、福三郎は肥満の上、相当な運動不足。自力で山道を歩いては10分で倒れてしまうだろう。 そこで、福三郎は、『村まで自分の護衛と運搬』を、開拓者に依頼したいらしい。 運搬方法は、開拓者に任される。カゴでも台車でも馬車でも、必要な物は、福三郎が用意する。 山道の途中では、アヤカシが現れるらしい。 現れるアヤカシは、狼の姿。たいして強くはないが、群れで現れるうえ、福三郎にとっては大いに脅威だ。 「もう一つ、悪い噂を聞きまして。……昔、ワシの店を襲った盗賊を、開拓者を雇って退治してもらったことが、あったんですがな……」 その盗賊の残党が、最近になって、彼の命を狙おうとしているというのだ。数は四人。特に、腕のいいサムライとシノビがいるとか。 しかも、盗賊は、福三郎が村に行こうとしているのを、知ったらしい。 人気の少ない山の中は、盗賊にとって福三郎を待ち伏せ狙う絶好の機会だろう。 「そうはいっても、大事な部下のお骨は、はよ届けなあきませんからなぁ」 だから村に行くのを、延期したり中止したりはできないと、福三郎は言う。 「そうそう、村に着いてお骨を納めたら、お酒、ご馳走しますわ。どれだけ飲んでも構いしません。ざるの様にでも、うわばみの様でも、好きなだけ飲んでくれなはれ。 その村の唯一の自慢がな、おいしい天儀酒らしくてなぁ……。いつか、ワシに馳走したい、言うてくれてましたたんやぁ」 福三郎はしばらく目を閉じ、思い出に浸っているようだった。目をあけると、おねがいしますなぁと頭を下げる。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●遺骨を届けに 日差しの強い山道を、一台の馬車が行く。馬車の周りには、開拓者八人のうち六人。彼らのうち、一人が馬の綱を引き、馬車を進めさせている。 馬にひかれる車は小型で、布の幌に覆われている。その中で、太った男が、陶器の壷を抱えながら座っていた。緊張しているのか、顔にやたらと汗をかいている。男は、開拓者たちの依頼人、等々力・福三郎だ。 「大丈夫だって、福三郎。福三郎も遺骨も、俺たちが護るからさー、楽にいこうぜー」 馬車に同乗している笹倉 靖(ib6125)は、福三郎に呑気な笑顔で言う。 「笹倉殿の申される通り、恐れられることはない。この皇りょうも皆も、事があれば、粉骨砕身の覚悟で当たらせて頂く故に」 皇 りょう(ia1673)も馬車の外から、中へ言葉を投げかける。彼女の顔は真面目そのもの。 (今から供養に行くのにくよぅくよぅしてもしょうがない‥‥は口に出さない方がいいな) りょうの隣を歩く九竜・鋼介(ia2192)は心の中で、そんな風にひとりごちた。 鈴木 透子(ia5664)は、道脇の茂みの中へ人魂を飛ばす。人魂には、出発前に遺骨近くで回収した錬力を、使ってある。 異常がないのを確認すると、透子は「お守り下さい」と呟く。リン、と鈴を鳴らした。 明王院 浄炎(ib0347)も周囲を警戒していた。 「‥‥襲撃者が取りうる作戦の一つは、我らの足止め。罠に嵌った時の備えはあるが、心せねば‥‥」 特に前方足元に注意を払う。 「ねえ、福三郎さん。死んじゃった従業員の人って‥‥。あれ、ライさん。どうかした? 何かあった?」 水野 清華(ib3296)は福三郎に話しかけていたが、言葉を中断する。先行偵察をしていたライ・ネック(ib5781)が駆け戻ってきたのに気付いたのだ。 ライは馬車の横に立つと告げる。 「道の前方に、敵アヤカシを発見しました。数は十以上。こちらに近づいてきています。――私たちには気づいていません」 報告を受け、開拓者らは馬車の進行を止める。急ぎ陣形を整えた。 バロン(ia6062)は静かに墨色の弓を構えた。 「来たようじゃの。迂回することは困難なうえ、アヤカシ。ならば――」 敵――オオカミに似たその姿を視認するや否や、弦を弾く。前方で、オオカミの一匹が声を出す間もなく、倒れた。 ●オオカミ 残りのオオカミは、仲間の死に怒りを感じたか。開拓者たちを睨み、駆けてくる。 「止まらぬのは蛮勇か、止まるだけの知性がないのか、いずれにしろ、容赦はせんが」 バロンは矢をつがえ、射る。放たれた矢のほとんどが、アヤカシの額にささっていた。 「止まらぬとあれば、力で止めるまで」 浄炎は走る。敵群のただなかに突っ込む。一匹が彼の肩を噛むが、浄炎は止まらない。地面を強く踏み――崩震脚。オオカミ四匹を吹き飛ばす! 一方、りょうは馬車の側面を護っていた。甲冑姿の彼女は、周囲を心眼で油断なく見ている。 「前方から一匹。これ以上近づく前に対処をお願いいたす!」 りょうは鋭い声を飛ばす。 馬も、アヤカシが接近しているのに気付き、甲高い声をあげた。怯え出している。 勝手に動こうとする馬の綱を、透子が強く引いた。手を馬の顎に伸ばす。 「とどかない‥‥」 背の低く馬の顎に手が届きにくいと、悪戦苦闘しながら、馬を宥める。 馬車の中では、 「ひ、ひひいいっ!?」 福三郎が馬以上に怯えていた。顔じゅうの肉がぷるぷる揺れる。 「大丈夫、皆すっごく強いもん。私は弱っちいけど頑張るから、安心して?」 「そうそう、どんと構えておこうさー。おれも、本気で舞うからなー」 清華と靖が、馬車の外と内から、それぞれ励ましの声をかける。 清華の声の調子は溌剌、靖の声はいつも通り気楽な物。 清華は鎖を嵌めた腕を振る。直後、地面から魔法の蔦が生え、接近するオオカミに絡みつく。 車の出口で、靖は舞った。力強さを感じさせる所作で、近くにいたライを応援する。 「――お二人とも援護、ありがとうございます」 ライは礼を述べ、掌を閃かす。手裏剣を投擲。八枚刃の手裏剣は、蔦に縛られていたオオカミの体を切り裂いた。オオカミは悲鳴を上げのたうちまわる。 オオカミのアヤカシ達は、見る間に数を減らしていく。 最後の一匹の前に、鋼介が立った。 「怖いか? なら、神にでも祈るといい。――オオカミだけに『おお、神(おおかみ)よ』ってな」 シン。 静まり返った戦場に、鋼介が刃を振る音が、響いた。――オオカミの首を斬り、戦を終わらせる。 福三郎は、なんとか落ち着いたらしい。 「いやはや‥‥お強いですなあ。この後もどうか引き続きお願いします」 よれよれと馬車を降り、皆に頭を下げた。 ●サムライとシノビ 馬車は、移動を再開する。 馬車より、3、40メートル先にライはいた。道の両脇は木が生え、あるいは背の高い草で茂みが出来ている。木と木との間にライは身を潜ませている。 先ほど同じく、先行偵察をしているのだ。道は曲がっており、ここから馬車の姿は見えない。彼女は耳をすませた。――声がした。 「‥‥馬の足音が‥‥。アッチも動く筈。もうすぐ‥‥」「へい」「はい」 前方の茂みで、三人の何者かが話している。 (三人? アッチ? ‥‥もう一人がどこかに? いえ、推測よりもまずは報告を) ライは元来た道を早駆けで戻った。 彼女の報告を聞き、開拓者は臨戦態勢をとりつつ、前進。依頼人の願いを叶える為には、引き返すことはできないからだ。 はたして角を曲がってすぐ、三人の賊が姿を現した。いずれも皮鎧をつけており、首領格らしい男の頭には、髪がなかった。 三人は腰の刀を抜き、こちらへ走ってくる。首領は怒鳴る。 「ガハハハハ、フクサブロォウッ! 恨みは果たさせて貰うぞ?!」 「いや。逆恨みなど、果たさせるわけにはいかん。断じてな」 彼らの前に、浄炎が立ちはだかった。大地を踏み、衝撃波を発生させる! 「ぎゃあ!?」手下二人の悲鳴。二人の体力を大きく奪った。 だが、首領は衝撃波を自身の刀で防いでいる 反撃の一打を繰り出そうとする首領。 しかし、鋼介が首領より早く動いた。彼の側面に移動すると、利き腕に持つ刀で、高速の斬撃を繰り出した。 飛び散る火花――。首領は鋼介の攻めもかろうじて、受けた。だが、表情は忌々しげ。二人の実力に脅威を感じたか。鋼介は彼に十手の先を向けた。 「投降がお勧めだ。投降すれば、命までは取らんさ」 「確かに、タイマンならともかく、お前らみたいなのが八人もいるんじゃ、倒せやしない。しかし――」 首領に投降する様子はなかった。息を吸い――咆哮! 地を震わせんばかりに叫ぶ。 心を犯し注意を首領に向けようとする声の力に、開拓者は抗った。 だが、咆哮は馬と福三郎に、効力を発揮する。馬は首領に向けて前進しようとし、福三郎は馬車から降りようとしはじめる。 透子は馬につないだ綱を引く。車内では靖が福三郎を、怪我をしないように抑えつける。 その時――道脇の茂みから、凄まじい速さで軽装の男が現れ、馬車の後方に立った。 男は二枚の手裏剣を馬車の中めがけ、投げつける。 りょうが、手裏剣と馬車の間に割り込む。――はっ! 掛け声とともに、手裏剣の一枚を叩き落とし、もう一枚を、鎧を着た身で受け止める。 ライの報告を聞いていた彼女は、今まで以上に注意深く周囲を警戒していた。それゆえ、男の気配を察知し、攻撃を阻止できたのだ。 「今の技はおそらくシノビの散打‥‥技量は決して並みではない‥‥だがっ」 りょうは直進する。シノビの体に太刀の峰を強くぶつける。 透子は一瞬だけ、馬から手を放し、術を使う。 (‥‥瘴気を回収する余裕がありません。でも、もし回収できていたら‥‥彼はどんな声を聞いたのでしょう?) おぼろげな人影を、敵の傍に召喚する。 「ぎぃ!?」 人影がシノビの脳内に呪われた声を送り込む。シノビは背を大きくそらせ、悲鳴をあげた。 「悪いケド、まだ掛かってくるなら――私たちだってやめないよ」 体勢を崩したシノビに、地から魔法の蔦が伸びる。同時に、空中に生じた真空の刃が、彼の腕へと飛んだ。 さらに、バロンが強射「弦月」を放つ。研ぎ澄ました精神により精度、速度ともに増した一撃。 清華の刃とバロンの矢は、共に命中。男の手から手裏剣がおちる。 「サムライが引きつけ、シノビが奇襲する‥‥小細工の種はすでに割れておる。お主に勝ち目はない。武器を捨て投降せい」 バロンが言い終わると、シノビは道脇の茂みの中に飛び込んだ。足音、草や枝をかき分ける音。その音と気配が開拓者から急速に遠ざかっていく。早駆で逃げ出したのだ。 前方では、首領がシノビの奇襲が失敗したのをみて、舌打ちする。 「ちくしょう、こっちも逃げるぞ! 覚えてやがれ」 手下二人と共に、開拓者に背を向け逃げていく。 開拓者の数名が遠距離攻撃で追撃するが、敵は動きを止めず逃げていく。 開拓者たちはそれ以上敵を追わなかった。 「二度と悪さできねーよーにしてやりたいところだけど‥‥。追いかけて、福三郎を放置するのも出来ないしなー」 靖は福三郎が平静を取り戻したのを見届け、馬車から下りる。負傷者に神風恩寵を施していった。 やがて、止まっていた馬車は開拓者と共に動き出す。 ●亡き人の故郷で その後は、盗賊やアヤカシの襲撃はなく、開拓者と福三郎は無事、目的の村に辿りついた。 既に遺骨も寺に納め、弔いも終わった。今は夜。村の宿屋兼酒場でささやかな宴が開かれている。 九人が囲む机の上には、酒の入った徳利と、おちょこ。それから、川魚を焼いたものや、野菜の煮つけなど、簡単ながら優しい味のつまみ。 透子は、焦点がどこにあっているのか分からない、そんな眼をしていた。ぽつり、呟く。 「無事お弔いが出来ました‥‥」 ええ、と福三郎は、透子の言葉に頷いた。 「それも皆様のおかげでございます。有り難うございます。アイツも喜んどる、思います。せめてものお礼に、お酒を召し上がってくれなはれ」 徳利を持った。皆に酒を注ごうとする。 浄炎は、目を閉じ黙祷していたが、ゆるりと目を開く。 「‥‥頂こう」 と、頭を下げた。 鋼介も酒を注いでもらおうとおちょこを取る。 「俺も貰おう。『酒』を『避け』る理由はないから‥‥ってな」 「ハハ‥‥これは面白いことをおっしゃる。愉快なお方ですなあ」 鋼介の洒落に、福三郎は頬の肉を揺らして笑う。 福三郎が皆に酒を注ぎ終わった後、ライが徳利を持つ。 「福三郎様もどうぞ。亡くなられた方は、貴方様にも味わってもらいたいでしょうから」 ライが酒を注ぐと、福三郎は笑顔のまま、瞳をほんの少しだけ潤ませた。 バロンは猪口を口もとに。杯を傾ければ、良い水と米で作られた風味が、口の中に広がった。 「うむ‥‥旨いな。良い天儀酒だ。‥‥福三郎、よければ、故人の話を聞かせてはもらえまいか?」 「うん、従業員さんって、どんな人だったの? 私もお話し聞きたいな」 清華は箸でレンコンの煮物を摘んでいた。箸を止め、自分も話を聞きたいと福三郎を見つめる。 福三郎は、従業員について、ぽつ、ぽつ、と語り始める。彼が働き者だったこと、店中の者に慕われていた事‥‥。 りょうも川魚を口にしながら、遠い目をしていた。ここにはいない人の事を想うような、目。視線を福三郎へと戻す。福三郎は愛おしげに従業員の事を語り続けていた。 「故人は、良い主人とめぐり合えたようであるな」 福三郎を見ながら、そっと呟くりょう。 靖は窓に目を向けていた。外は闇で見えないが、窓の開いた方向に遺骨を納めた寺がある筈だ。 (故郷に帰れて、幸せかい? おまえさんは‥‥) と、靖は闇の向こうに問うのだった。 |