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■オープニング本文 「こんにちはーっ」 神楽の都の開拓者ギルドに、陽気な声を響かせたのは、赤い着物姿の女性。年齢は、18歳くらい。 訪れた彼女は、オレン。職業は物書き。物語を書き、生計を立てている。得意分野は、女性向けの恋愛ものだが、最近、冒険譚も書き始めたとか。 そんなオレンが、ギルド員へ口を開く。 「私を男にしてくださいっ!」 ……ギルド員は、笑顔のまま凍りついた。 オレンは説明を始める。 彼女の物書きとしての得意分野は、女性向けの恋愛もの。女性の一人称でつづられる事が多い。 だが、版元――印刷や本の作成にかかわる業者は、オレンにこう言った。 最近、オレンの物語にも、男性読者が増えてきた。ここはひとつ、男性向けの小説を書かないか。 男主人公が、沢山の女の子から愛される――そんな話を書かないか? 新しいものに挑戦することは、いい経験になる。 と、そんなふうに版元は言ったのだ。オレンはその提案を受け入れた。 「ですが、物語を描くには、物語の主人公になりきらないといけませんっ。 でも、私は『沢山の女の子に愛される男性』になった事がありません。 ――そこで、開拓者の皆さんの力を借りたいのですっ」 具体的には、オレンと一緒に『台本なし』の即興芝居をしてほしい。 オレンが青年の役を演じるので、開拓者たちには『青年に好意や愛情を持つ女性』を演じてほしいのだ。 オレン演じる青年の設定は、私塾に通う16歳の青年。名はレン太。田舎出身。今は都で、下宿中。性格はおとなしめ。流され体質。友人や家族を大事にする。 オレンと開拓者が演じる場面は、次の二つ。 1。夕方、塾からの帰り。市場を歩くレン太郎。そこに、開拓者演じる女性たちが現れて――。 2。夜。下宿先で一人、買ってきた惣菜を食べようとするレン太郎。そこに先程の女性たちが訪ねてきて――。 開拓者がどんな女性を演じるのか、は自由だ。また、オレンが演じるレン太との関係も、自由に決めてもらって構わない。 レン太と同じ塾の生徒でも、隣に住むお姉さんでも、実の妹でも……。 台本はない。どんな風に登場するか、どんな台詞を喋るか、どんな行動をとるか、自由。 レン太に積極的なアプローチを仕掛けてもいいし、あるいは好意をうまく表現できないもどかしさを演じてもいい。 ただ、『レン太を好きな事』は必須。また、『振る舞いが男性から見て魅力的である事』が望ましい 演技を行う場所は、普通の市場と、程よく散らかった長屋の一室。 説明を終えたオレンはにっこりほほ笑んだ。 「女の子に愛される、男の子の気持ち。ぜひ、私に教えてくださいねっ!」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
御陵 彬(ia2096)
18歳・女・巫
シャルル・エヴァンス(ib0102)
15歳・女・魔
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
アリア・シュタイン(ib5959)
20歳・女・砲
実夏(ib6340)
16歳・女・シ
果林(ib6406)
17歳・女・吟
ラティオ(ib6600)
15歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ● 西からの光が、市場を紅く染めている。 聞こえてくるのは、露天商の売り声や道行く人の話し声。 その市場の片隅に、開拓者と依頼人オレンの九人は、集っていた。 オレンは青い着物姿。着物は男性を演じるために男物。 「じゃあ始めましょう、皆さん。お願いしますね?」 開拓者は頷く。劇の始まりだ。 数分後。オレン、もといレン太は、市場の中を歩いていた。 レン太の後ろから、ばたばた! 威勢のいい足音。足音の主は、御陰 桜(ib0271)だ。 桜は、レン太の真後ろに立ち、目隠しをした。 身体の前面、最も柔らかな部分をレン太の背中に、むにゅむにゅ、押しつけながら聞く。 「だ〜れだ♪」 「‥‥桜さん?」 桜は名前を当てられ嬉しそうに身体を揺らした。 「簡単にわかっちゃうなんて愛の力よねぇ♪ 昔裏通りであたしを助けてくれた時と同じ‥‥ねぇ、レンちゃんは帰るトコ? じゃあ、あたしも一緒に帰ってもイイ?」 桜は彼の横に移動し、腕をとる。今度は肘に胸が当たるように。 アリア・シュタイン(ib5959)は、少し離れた地点で、二人の様子を目撃してしまった。 「れ、レン太、貴様、こんなところで何をしている!? 破廉恥なっ! 大体、貴様は昔から‥‥っ!」 レン太の幼馴染のアリアは、喚きたてる。買い物袋を持つ手を震わせながら、さらに怒鳴ろうとした。 そんなアリアを 「こら。そんなに大声をだしたら、皆さんに迷惑でしょう? 時と場所を考えて怒らないと、レン太さんを困らせてしまうのよ?」 通りすがったシャルル・エヴァンス(ib0102)がたしなめる。 シャルルの服装は、落ち着いた色合いのロリータファッション。けれど、物言いは大人びたもの。たしなめられたアリアは黙る。 レン太は頭を下げた。アリアを怒らせたことを謝る。そして申し出る。お詫びに二人の荷物を持とうか、と。 「あら? そう? じゃあ、持って貰おうかしら。今日は八百屋さんが沢山おまけしてくれて、荷物が重かったの」 「こ、この荷物はっ、お、お前には、か、関係がない‥‥そんなことを言っている暇があったらさっさと帰‥‥あ、こら、強引に持とうとするなっ」 シャルルは素直に買い物かごを渡し、さりげなくレン太の隣に並ぶ。 アリアは頬をさらに赤くしつつ、自分の荷物を渡すのを拒否しようとする。 最終的に、レン太は二人から荷物を受け取った。が、二人分の荷物は重い。転びそうになる。 「おっと‥‥大丈夫かな? 重い荷物を持つ時は、慎重に歩いた方がいい」 レン太の体を受け止めたのは、中性的な装いで凛とした姿勢の女――実夏(ib6340)。彼女もレン太を見かけ、駆けよってきていたのだ。 「ふふっ、君は危なっかしいな。――でも安心するがいい。私が付いている」 恐縮して礼を言うレン太に、実夏は涼やかに笑む。 やがて、レン太は四人と別れ、独り自宅へ向かう。 「お兄さま」 「おや、彬」 一人の少女が声をかけた。レン太の義妹、御陵 彬(ia2096)。 彬は数分前にレン太を見つけていた。が、その時はレン太の傍に女性四人がいた。だから、声を掛けられず、ただ後をつけていたのだ。 今、ようやく一人になったレン太に、話しかけようとしている。そこへ、 「おお、レン太やないか! なんやまだこんなとこおったんか?」 「レン太ったらまた女の子と話して。すみにおけないねぇ〜」 天津疾也(ia0019)とラティオ(ib6600)が姿をみせ、挨拶する。 今の疾也はレン太が通う塾の女教師。銀髪を無造作に垂らしている。ラティオはレン太の隣人。いつも通り露出の多い服装。 「今日はなあ、ホンマ関心したで。あの問題出来たの、レン太だけやったからなぁ? 思わず、頭撫でてもうたわ」 「流石はレン太だね〜。ご褒美に今日も美味しいもの、作ったげなきゃ〜〜」 陽気な声を響かせる二人。 一行に一人の娘が近づく。レン太が通う塾の教師の娘、果林(ib6406)だ。 果林の瞳には決意の色。果林は息を吸い込み、レン太に言う。 「あ、あの‥‥レン太さんっ! こんにちはっ! 今日はレン太さんに聞いてほしい曲があるんです! 楽器を忘れて口笛ですけど‥‥」 唇をすぼめ、音を紡ぐ。澄んだ音色。騒がしかった周囲が静かに。 曲が終わると、レン太や疾也、ラティオは、拍手する。 果林ははにかんだ。 「今のは‥‥レン太さんのための曲です。‥‥よかったら、この曲の詞を書いて頂けませんか?」 一方、彬は、会話の輪の中に加われないでいた。レン太との距離も、先程より若干広がっている。 「お兄さま‥‥お兄さま‥‥っ」 声を出す。が、声は小さすぎて、レン太の耳には届かない。彬は自分の手をきゅっと握る。 ● しばらく時間が経過して、レン太の部屋。部屋の中は、すっかり掃除されていた。 少し前に部屋に八人の女性たちが押し掛け、部屋の中を掃除し、食事の支度まで行ったのだ。 これから、皆で食事をするところ。九人は部屋の真ん中の丸い机を囲んでいた。 机には、レン太が買った総菜の他、様々な料理が並ぶ。 「どう? スッペ・ジョウとナンだけど、口に合うかな〜〜。それとも、料理よりラティを食べるほうがいい?」 ラティオは悪戯っぽい、かつ艶めいた口調でいう。彼女が作ったのは、トマトを使った麦のスープと、平たいパン。トマトの香りと焼きたてのパンの匂いが食欲をそそる。 アリアも持参した鍋の中身をお椀に移していく。 「か、勘違いするなよっ!? たまたま余ったから腐らすのも勿体ないと思って、やるだけだからなっ。れ、レン太のために慣れない料理をするわけないじゃない!!!」 アリアの料理はシチュー。具の形や大きさは不揃い。料理に不慣れだからか。 アリアの手には絆創膏が沢山。 気付いたレン太が心配そうな顔をすると、アリアは慌ててその手を隠す。顔には動揺と羞恥が浮かんでいた。 シャルルは、しゃもじと茶碗を手にしていた。 「肉じゃがもよかったら食べてね? 荷物持ちのお礼も兼ねてだから、遠慮しないで」 釜からご飯をよそいつつ、自分の料理を勧める。 食卓の皿の一つには、肉じゃが。じゃが芋は煮崩れせず、それでいて良く味が染みていそうな色をしていた。 果林は、シャルルの隣に座ると、息を吸い込む。声を絞り出した。 「あ、あの、シャルルさん、私もご飯をよそうの手伝います。――レン太さん、ご飯は、私が炊いたんですよっ。沢山おかわりして下さいねっ」 果林は、レン太の分は自分がよそいたい、レン太には沢山食べてほしい、と精一杯訴える やがて、配膳が終わった。 桜は箸を片手に、レン太へ語りかけた。 「レンちゃん、食べさせてあげる♪ どれから食べたい? ――あれ、ひょっとして照れてる? カワイイ♪」 からかうような口調で言う。レン太が本当に可愛いと、桜は箸を持つのとは逆の手で自分の頬を抑える。 女教師の疾也は、レン太の向かいに座っていた。 疾也はレン太へ手を伸ばす。レン太の口元についた米粒を指ですくい取ると、自分の口に持っていく。 「ほらほら、口にお弁当、ついとるで? おや、また顔を赤うして‥‥純情やなぁ。まあ、そういうところも、可愛いと思うで。と、男の子に可愛いは駄目やったな」 レン太は顔をそらす。顔が実夏に向いた。 レン太は気恥ずかしさをごまかすように、話題をそらす。 「実夏さんって食べ方、綺麗ですね。姿勢もすっとしているし」 「ありがとう。私はある男性の横に居ても恥ずかしくないよう、常に心がけているからな。その男性が誰かは‥‥さて? 意外と君かも知れんぞ」 実夏は柔和な口調で応え、試すような目でレン太を見る。 皆が食事を食べ終わった頃。 彬は食卓を離れ、部屋の隅にいた。 彬もレン太に料理を作りに来たのだが、彼女が来た時には他の者が既に料理を作っていて、台所を使えなかった。レン太に話しかけることも出来なかった。 彬は今、涙を零している。 大丈夫? レン太が近づき、彬の顔を覗き込んだ。心配そうに彬に尋ねる。 レン太の腕を、彬は掴んだ。爪を食い込ませる。 「おにいさまは、ずーっと、あきらのおにいさま。このせかいにあきらとおにいさまいがいのひとなんかいらないの!」 涙はいつの間にか止んでいた。抑揚のほとんどない、無機質な口調で呟き続ける。 「だってあきらはおにいさまのもの。おにいさまはあき‥‥ひゃぁっん?!」 彬は突然、甘い悲鳴をあげた。 桜が、彬の耳へ息を吹きかけたのだ。 「激しく迫るのはイイけど、レンちゃんを困らせちゃダメ♪ だから、お仕置き〜〜」 悪戯っぽく囁きながら、さらに背中をつつ〜と縦になぞる。 洗い物をしていたラティオが、台所から姿を現した。ラティオは彬や桜に語りかける。 「アプローチするなら、もっと大胆にしなきゃ。大事なのは愛! ‥‥たとえば、こんな風に〜〜」 レン太の正面へ回り、唐突にむぎゅうと抱きついた。 レン太は動揺し、口をパクパクと動かす。 他の女性たちの多くもあっけにとられていたが――。 「れ、レン太‥‥貴様? 今日という今日は許さん‥‥そこになおれっ」 「そ、そんなこと、いけないと思います‥‥」 アリアが血相を変えた。鬼気迫る勢いでレン太に近づく。 果林も、小さな声で抗議する。 レン太は「違うんだ」等と言い訳しながら、ラティオを振りほどく。 すてーん。 腕を振りほどいた拍子に、レン太は畳に足を取られ、転んでしまった。 シャルルは先程までラティオと共に洗いものをしていた。が、今はレン太の傍にいる。 「あらあら、大丈夫? 人気者は大変ね」 シャルルは手を差し伸べ、レン太を助け起こす。そして‥‥レン太の頬に素早く口付けした。 「お休み」 とびきりの笑顔で言うと、出口へ歩いていく。 キスされたレン太を見、女性たちはそれぞれ反応する。騒いだり、怒ったり、顔を青くしたり。 「ふふ、君たちはいつも賑やかで、仲がいいね。見ている私まで嬉しくなるというものだ」 「愛されとるなぁ、レン太は」 実夏は壁際から眩しそうな顔で、レン太や女性を見つめていた。 女教師の疾也は実夏の隣にいた。感想を言うと、あっはっはと豪快に笑うのだった ● 芝居も無事に終わる。 オレンはレン太の芝居をやめ、オレンに戻った。 開拓者たちも素の自分に戻っている。服装や髪型も普段のものだ。 「オレンさん、皆、お疲れ様」 シャルルは普段の愛らしい口調で、オレンや仲間達を労った。 「精一杯遊べたから、面白かったね〜〜」 ラティオは満足そうな笑みをシャルルに返した。 (‥‥変装のためとはいえ男として育てられたこの私が、演技とはいえ殿方に迫るとはな‥‥) 実夏は、口の中で呟きながら、小さく苦笑する。 「はぁ‥‥なかなか男が考える理想像を演じるのも大変だな。男は色々要求してくるし‥‥。‥‥やはり、女がいいな」 アリアは軽くため息をついた後、ちらりとオレンを見る。 オレンは、今は受け取った本に、筆でサインをしていた。 その本は彬のもの。彬がオレンにサインしてもらうよう頼んだのだ。 「オレンさま、サインありがとうございます。それに、オレンさまのお役にたてたなら、とても嬉しいのですけれど」 彬は柔らかく幸せそうな笑みを浮かべた。 果林はオレンに尋ねる。 「オレン様、私、うまく演じれましたかぁ?」 「はいっ。果林さん、一途な女の子さんでしたっ! 他の皆さんもいろんな風に素敵な女性でしたよっ」 間髪いれず返事がくる。 そらよかった、と疾也は頷く。そして自分からも質問する。 「大勢の女性から愛される男の浪漫やとか気持ちやとか分かった? どないやった?」 「ええ、沢山愛されることは、『試練』だって、よぉく分かりました! 辛くて大変で、でも幸せな試練っ! 分かったのは、皆さんのおかげ――有り難うございました!」 オレンは皆に深々と頭をさげる。 やがて顔をあげたオレンの表情から彼女が執筆意欲に燃えていることがうかがい知れた。その意欲は、開拓者たちの成果だ。 「面白かったわ、オレンちゃん。あたしからも、アリガト♪」 桜はオレンへ礼を返し、片目を瞑ってみせた。 |