琵琶弾きとともに、村へ
マスター名:えのそら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/22 19:36



■オープニング本文

 開拓者ギルドに入ってきた青年は、女ものの着物を着ていた。赤を基調とした生地に、金色の鳥が何羽も舞い飛ぶ様が描かれている。
 青年は、琵琶を背負っていた。突然、その琵琶を前に回し、抱える。バチで糸を弾き、しゃん、しゃしゃん、と音を紡いだ。
「‥‥あの?」
 不審に思った受付嬢が問いかける。が青年はそれでも演奏をやめない。
「あの!!」
 と受付嬢が大声で叫ぶと、青年はようやく演奏の手を止めた。琵琶を壁に立てかけ、受付嬢へ話しかける。
「失礼。初めてギルドに入ったものでね。つい、緊張してしまう。緊張すると、演奏したくなるんだ」
 はにかんだ笑顔を浮かべる青年の名前は、コガネ。旅芸人らしい。コガネは依頼内容を話し始めた。
 コガネは、とある村の村長と「半年に一度、村の広場で、歌と演奏を披露する」と約束をしている。もうすぐ、その半年に一度の日だ。
 だが、コガネはこんな話を聞いた。村へ続く道で、つい先日、旅人がアヤカシと遭遇したというのだ。

 道は、森の間にある道。人がなんとか四人並べるくらいの、道幅。足場は草が生えていたり石が落ちてたり、歩きやすくない。道の両脇には、細く背の高い木。
 その道の真ん中に、狼の姿をしたアヤカシが三体立っていたらしい。真ん中にいる一体は、他の二体より、体格が大きく威圧感があった。
 道に立っているものの他に、どこか近くから、数体のうなり声が聞こえてきた。が、声の主がどこにいるかを確認する余裕は、逃げる旅人にはなかったという。

 けれど、コガネは予定通り村に行くつもりだ。約束を破る訳にはいかないから。
「だから、村までの同行と護衛をお願いしたいんだ。約束の日の朝に出発して、何もなければ夕方には向こうにつく。
 村の人たちが困るだろうから、アヤカシと遭遇したらできるだけやっつけてほしいな。
 でも、ああ‥‥アヤカシに遭遇することを想像したら‥‥」
 置いた琵琶に手を伸ばすコガネ。しゃん、しゃしゃしゃん、と音を響かせた。
 想像に緊張して、思わず琵琶を弾き始めたようだ。
 受付嬢は依頼の受理手続きをしつつも、深くため息をつく。
 ――この分だと、この男は戦闘になっても緊張して琵琶を弾くのではあるまいか。下手をするとアヤカシの注意をひきつけることにもなりかねない。この男の護衛は大変そうだ。
 コガネは、一曲弾き終え、そして思い出したように言う。
「村に着いたら、村人たちは歓迎してくれる筈。娯楽も少なく、外の人が余り来ない場所だし。いつも演奏が終わったら、鳥や豚を焼いてもてなしてくれるんだ。
 ああ、あのごちそうを想像したら、とても嬉しくなってきたよー!」
 そして、またしゃんしゃん、と音を奏でた。嬉しくても弾き出すらしい。


■参加者一覧
空(ia1704
33歳・男・砂
水津(ia2177
17歳・女・ジ
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
秋月 紅夜(ia8314
16歳・女・陰
夏 麗華(ia9430
27歳・女・泰
キオルティス(ib0457
26歳・男・吟
ミアン(ib1930
25歳・女・吟


■リプレイ本文

●村への道
 森の中の小道。耳を澄ませば、小枝や葉が擦れる音が聞こえてくる。
 その道を、開拓者たちは、歩いていた。
 開拓者と共に歩いているのは、派手な着物の青年。その青年はコガネ。守るべき依頼人。コガネの表情は不安そう。琵琶を抱えた腕を、かすかに震わせている。
 コガネに、九竜・鋼介(ia2192)が親指を立てて告げる。
「安心しろ、コガネ。狼のアヤカシが出るからといって心配はない。ちゃんと神に無事を祈っておいた。オオカミだけに‥‥おお、かみよ‥‥なんてな」
 開拓者たちの足がとまった。
 数秒の沈黙。
 口を開いたのは、新咲 香澄(ia6036)。
「コガネさん。しっかり護衛してあげるから、村人のために、いい演奏をしてあげてね。きっと楽しみにしてるんだろうし」
 何事もなかったように、コガネを励ました。言葉と、自信に満ちた表情で。コガネの手の震えが少し緩やかになった。コガネは頭を下げた。
「あ、ありがとう。皆‥‥。キミたちが励ましてくれるのがとても、うれ、嬉し‥‥」
 言葉の途中で感極まったらしい。しゃん。しゃしゃん。手にしたバチで音を紡ぎだす。
「つか、結局は弾くんだな、琵琶。緊張感があるのかないのか‥‥いや、どっちでもイイか」
 と、空(ia1704)は肩をすくめた。
 夏 麗華(ia9430)と秋月 紅夜(ia8314)も、コガネを見る。
「琵琶、ムリに没収してもかわいそうですし、皆で騒ぎながら行くとしましょうか」
「ああ、そうだな。下手に取り上げて、パニックになられるよりはマシと考えておこう」
 麗華が微笑ましげな顔をしつつ、提案。真面目な顔で同意したのは、紅夜。
「じゃあ、皆で賑やかに行くとするか。アヤカシを誘きだせるかもしれないし。‥‥琵琶との協奏は初めてだ。どんな音色になるかねぇ」
 キオルティス(ib0457)は、ハープの弦に指を置く。彼の顔からは、夢中で琵琶を弾くコガネへの親近感が、感じられた。
「コガネさんは力と感情を込めて弾かれる奏者なのですね‥‥コガネさんに合わせるには‥‥」
 水津(ia2177)は眼鏡越しに、コガネの奏法を分析していたが、やがて、自分も笛を取り出し、口をつけた。
 キオルティスのハープは柔らかな音を、水津の笛は透き通るような音を、それぞれ紡ぐ。他の者たちも声を出した。
 楽器の音と声が調和し、森の中に響き渡る。

●現れたモノ
 その後もコガネは、アヤカシが怖いといっては琵琶を弾き、頑張ろうと決意しては琵琶を弾く。彼の曲を聴きながら、あるいは自分たちでも音を立てながら、開拓者たちは、村へ歩を進め続けた。
 突然。
 がさり。前方にある茂みが揺れた。
 その茂みから、潜んでいたアヤカシが、三体姿を現す。オオカミの姿をしたそれらは、行く手を阻むように道中央に移動し、さらに開拓者へ駆けてくる。
「‥‥っ!」
 コガネは恐怖で顔をひきつらせた。バチを叩きつけるように強く動かし、演奏を始める。しゃん、しゃしゃしゃん!
「アヤカシども、超越聴覚でも聞き取れないくらい、うまく潜んでやがったか‥‥。‥‥待て、三体の他にも何か動いてやがる」
 前衛にいる空は、少し前から超越聴覚を使用していた。その力で捉えた結果を仲間たちに告げると、フードを被る。苦無「獄導」を投げ、前方の敵をけん制した。
 鋼介も前方の敵を見ていた。敵の真ん中にいるのは、他のものよりも一回り体が大きい個体。目に宿る光は、知性と獰猛さを感じさせる。
「後衛の皆、コガネの護衛は任せた。俺はあのボスを狙う。――距離はまだ開いている。ならば、これだっ」
 石が飛ぶ。地面がめくりあがった。鋼介の起こした衝撃波が、ボスオオカミの体を打つ。
 紅夜と香澄は、先ほどの空の言を受け、小鳥の形をした式を生み出し、飛ばしていた。
「確かに、いる。道の両脇だ。木と木の間をくぐって、アヤカシがこちらに移動してきている。数は進行方向左に二体‥‥」
「右にも二体っ、すぐ近くまで来てる! ――コガネさん、絶対に守ってあげるから心配しないでねっ」
 式が上方から視認した情報を、二人は皆に伝える。
 麗華は道の脇、森の中を注視する。確かに、何者かが近づいてきている。
「させませんっ!」
 森の中へ、麗華は隠し持っていた武器の一つ、風魔手裏剣を投げた。武器に炎を纏わせ、動作にフェイントを織り交ぜて。ぎゃん、と悲鳴。手裏剣は直撃はしなかったが、敵の体をかすめたようだ。
 キオルティスも、道の脇に生えた木の合間を、警戒していた。しかし、コガネにかけるのは、
「コガネ。怯えることはねぇぜ。俺らと一緒にどんちゃん騒ぎといこう」
 楽しそうな声。そして、ハープから激しい調べを紡ぎだした。それは仲間たちを鼓舞する武勇の曲。
「私も演奏しますですよ‥‥コガネさん、後で私の笛の批評をしていただきたいです‥‥」
 水津も、そっとコガネに言う。笛を吹きはじめた。アヤカシの注意が自分に向くように、力強い音を出す。
 
●守り抜け
 森の中で行われる競演。その音に釣られたように、隠れながら近づいていたアヤカシ四体が、後衛の者たちの左右に、姿を現す。
 うち二体は、笛を吹く水津へと襲いかかった。爪で肌を抉らんと、アヤカシの前足が伸びる。が、水津の鮮やかな動き――月歩は、敵の爪をかすらせすらしなかった。
 後衛の者を襲う別の一体が、香澄の足に噛みついていた。牙が痛みをもたらす。けれど、香澄は悲鳴をあげない。苦痛を顔に出さない。
「これ以上コガネさんに、近づかせないよっ」
 言葉と同時に繰り出したのは、紅蓮の炎。香澄の力がオオカミの体を、焼き尽くす。
 断末魔の悲鳴を打ち消すのは、キオルティスが奏でるハープの音色。
 その調べは、悲しげなものに変化していた。その曲は、生存するオオカミたちの態勢を崩させる。
 キオルティスは仲間に片目をつむって見せる。『うまくやれよ』というように、
 頷いたのは、紅夜。
 紅夜は敵に向かって言う。戦闘開始前と変わらぬ冷静な表情のまま。
「強引な行軍だ。統制が取られていない。更にいえば、隙だらけ。――微塵に切ってやる、奔れ竜の牙!」
 紅夜は呪縛符で敵の動きを封じる。さらに彼女が生み出したのは、竜の顎。オオカミのそれよりも大きな牙で、敵を切り裂き命を奪った。

 後衛を多く配置し、コガネを目立たなくさせるために、二人が音を奏でる。これらの戦術が功を奏し、コガネが傷を負うことはなかった。
 後衛の者たちは、自分たちに襲いかかってきたオオカミたちの数を減らしていく。だが、全員が無傷では、ない。
 前衛の二人は、ボスオオカミを含む三体と対峙し続けていた。
 ボスオオカミが地面を蹴った。次の瞬間、ソレの頭が、空のみぞおちにめり込んだ。彼の足が揺れる。
 鋼介は十手でオオカミたちの爪を防ぐが、完全には防ぎきれない。少量の血が地面に落ちた。
 後衛の水津は、仲間たちが傷つくのを見て、演奏を中断する。
「再生を司る焔の精霊よ‥‥私の笛の音に応えて下さい‥‥皆の傷を癒して‥‥」
 祈り、再び笛に口をつける。派手さのない伝統的な曲に、精霊の力を感応させた。皆の傷を塞いでいく。
 空も回復し、態勢を立て直した。
「ヒヒッ、壊れ潰レ! 至らズ至ラず破弦!」
 頭を覆うフードの中から、常ならぬ、破滅的な声を出す。ボスオオカミの胴へ、黒き刃を叩き込んだ。
 ボスオオカミは斬られ、首をのけぞらせ喚いた。
「これで――とどめだ!」
 鋼介が畳みかける。刃に錬力を纏わせ、ボスオオカミの体を――斬った。
 深い傷――けれど、まだボスオオカミは生きていた。眼を限界まで見開き、開拓者らを視る。傷つけたことを許さない――そんな憎しみと怒りが、瞳から発せられている。
 麗華は小さく首を振る。
「どれだけ怒ってようと、これ以上皆様を傷つけさせはしません」
 敵を幻惑するような動きとともに、焔を纏わせた手裏剣を再び投げる。手裏剣はボスオオカミの首元に刺さり、ソレの活動を終わらせた。

 ボスオオカミを倒されたオオカミたちは、士気をなくす。動きも悪くなった。開拓者たちは、彼らをすんなり全滅させたのだ。
 開拓者は傷の手当てや、周囲にアヤカシがいないことの確認を済ます。皆と自分の無事を祝って弾き出すコガネを連れ、村への移動を再開した。

●広場で流れる時間
 夜。隅に設置された松明が、村の広場内を照らしていた。肉の焼けた香りが鼻に飛び込んでくる。
 能力者たちは無事に村へたどり着いたのだ。今は、用意された椅子にすわり、宴会兼コガネの演奏会を、村人とともに楽しんでいる。
 集まった村人や開拓者の前で、コガネは琵琶を弾いている。落ち着いた感じの曲。
 鋼介は焼きたての肉と曲を、楽しんでいた。が、ふと真顔になって、
「いい曲だ。やはり、宴には歌や芸は必要だねぇ‥‥。宴だけに歌芸、ウタゲイ、なんてねぇ」
 と呟く。言葉をきいた村人数人が、おもわず態勢を崩した。ずっこけた。が鋼介はそしらぬ顔。
 幸か不幸か、少し離れた位置の紅夜には、ダジャレは聞こえなかった。彼女が聞いているのは、コガネの演奏。
「元の曲もいいが、それを弾く技術も優れている‥‥。この曲を笛で再現するなら‥‥。後で練習してみようか」
 紅夜は、口の中で呟く。携帯している自分の横笛を、ちらりと見た。無意識にか、指が小さく動いている。
 香澄も、コガネの曲に耳を傾けている。
「ところ構わず弾き出す癖はいただけないけど、やっぱりいい音楽だね♪ ――うん、料理もシンプルで、おいしい♪」
 香澄は曲を聴きながら、鳥の塩焼きを口にした。口の中に広がる塩と脂の味に、目を輝かせる。
 麗華も肉を味わう。自信も料理を得意とするからか、焼き加減や塩の振り方を確めるように、ゆっくりと。
 ふと、麗華は視線を移す。空が杯に何かを入れて飲んでいた。
「あら、空様。何を飲んでいるのですか?」
「あ? コレは水だよ、水。だからやんねーぞ」
 麗華の問いに、空はつっけんどんに返事した。水と称する液体をぐいっと一口。そして、豚の骨付き肉にかぶりつく。
 コガネが一曲弾き終わる。彼が次の曲に入る前に、キオルティスが手をあげた。
「できれば、俺も演奏させてもらえないかねぇ?」
 皆の快諾を受け、キオルティスはコガネと競演する。コガネの琵琶に合わせ、ブレスレッドベルとハープを鳴らした。
 演じられたのは、軽快で明るいリズム。村の若者たちは、そのリズムに合わせ体を揺らしはじめた。宴が盛り上がる。
 やがて、その曲も終わった。
 さすがのコガネも弾き疲れたのか、演奏を休憩。
 コガネは、食事をしていた水津へ言葉をかけた。
「ねえ。ボクに批評してほしいと言ってたね? 僕は笛は専門外。けど――感想を言うなら、また聴きたいと思ったよ。キミがよければ、一緒に演奏したいくらい!」
「ありがとうございますですよ‥‥」
 水津は恥ずかしそうな口調で答え、深く頭を下げた。

 宴が終われば、開拓者たちは、村長宅で一晩休むことになるだろう。疲れを癒した後、帰路につくのだ。
 けれど今は、村の広場で、料理と音楽と平和を、皆で満喫し続けている。