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■オープニング本文 神楽の都。ある一軒の家の中で。 8人の男が、車座になって話をしていた。 彼らは、冒険物語同好会。10代後半から30歳前半の男性で構成される同好会。 ときどき集まり、読んだ物語の感想を語りあったり、あるいは自分で物語を作り皆に見て貰うのが、彼らの活動内容だ。 今日も冒険物語をネタに、盛り上がる男達。 だが、一人は彼らの話に加わらない。 彼が黙っている事に、仲間達が気付いた。仲間達は心配そうな顔を作る。 彼も仲間が心配している事に気づいたようだ。口を開く。 「おれさ‥‥好きな女の子がいたんだ‥‥」 彼は、三か月以上散髪していない髪をかきながら、続けた。 「でも、この間言われたんだ。『こんな子供が読むような物語を読んで気持ち悪い。あんたって、服装も髪型もださいし‥‥』ってな」 がっくりとうなだれた。 一同は、静まり返る。 数十秒たってから、仲間の一人、顔中にニキビをつけた男が口を開く。 「なんだよ、そのくらい。俺なんかなぁ、好きな子に話しかけようとしたら、逃げられた。全力疾走で」 他の者も、一斉に口を開いた。 「俺だって‥‥職場の女性が、皆俺を無視する」 「俺なんて、女性の前だとどもってしまう。酷い時だと鼻血が出る」 「‥‥俺も、最近、お母さん以外の女性と口をきいたことがない」 「現実の女と口がきける男なんて都市伝説じゃないんですか。現実の女の子怖いです」 皆、俯いた。中には、瞳に水滴を溜めている者も。 「でも‥‥女の子と喋れるようになりたいよう‥‥気持ち悪いって言われたくないよう‥‥」 一人の言葉に残りの皆が頷いた。 別の一人が、手を挙げる。 「‥‥良い考えがある」 しばらくして、開拓者ギルド。 安物の着ものに身を包んだ、男が、ギルド内を訪ねてきた。 彼は受付の男性に、依頼を申し込む。 「‥‥っていうわけで、女性に振られた奴がいて‥‥そのせいで、皆もずぅぅぅんと落ち込んでしまった。 まずは、皆を励まして欲しい。言葉で励ますなり、美味い飯を食わすなりして。 それから、俺達に教えてほしい。 俺達に、女性と自然に話せるようになるためには、どうしたらいいか。そう、自然に。母親以外の女性と、どもる事もなく、鼻血を出す事もなく。 さらに、女性から、良い印象を持たれるにはどうしたらいいか。せめて、気持ち悪いと言われないためにはどうしたらいいか。 も、もしよければ、話したり遊びに行ったりする予行演習もしてくれると‥‥嬉しい」 男は、ギルドの床に土下座した。 「ともかく、非モテの俺たちが、少しでも明るい人生を送るために、どうか、どうか、力を貸してくれ!」 涙と鼻水が、ギルドの床に落ちた。 |
■参加者一覧
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ヨーコ・オールビー(ib0095)
19歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
リン・ヴィタメール(ib0231)
21歳・女・吟
繊月 朔(ib3416)
15歳・女・巫
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
玉響和(ib5703)
15歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●宴会の一日目 都にある宿屋。開拓者八人は依頼人たちと共に、ここに来ていた。二泊三日の特訓合宿を行う為だ。 初日に行うのは、広間での宴会。まず依頼人の心を癒し、開拓者との親睦を深めるのが目的。皆の前に、料理や酒が並べられている。 けれど、依頼人たちは、酒や食事に手をつけない。口もほとんど聞かない。元々心が沈んでいるのに加え、初対面の人を前に緊張しているのだ。 紅雅(ib4326)は依頼人の様子を見、穏やかな口調で提案する。 「折角ですし、皆さんが読んだり書いたりする冒険譚のことを聞かせてくださいませんか? 私も本は好きなので」 繊月 朔(ib3416)は、普段と違う装い。狐耳を帽子で隠し、眼鏡をかけている。その朔も、紅雅の言葉に同調した。 「はい、私も冒険物語の話、聞いてみたいです」 依頼人たちは、ゆっくりと口を開く。今まで読んだ書物や、執筆中の話の構想についてぼそぼそ語り出す。 エルディン・バウアー(ib0066)は、話の合間に褒める。 「よい声をされてますね。女性は声のトーンに惹かれるものですよ? おや、そこの貴方は手が‥‥」 慈愛を感じさせる声で、依頼人の心をほぐす。 「うちも勇者が出てくるサーガは大好きやで? ちょっと歌っても、かまぁへん?」 リン・ヴィタメール(ib0231)は葡萄酒の杯を置き、リュートを手に取った。彼女の歌うサーガや、奏でる心の旋律に、依頼人たちは聞き惚れた。 しばらく時間が経過して。 開拓者に心を許したのだろう、依頼人たちは自分の悩みを打ち明け始める。 依頼人の一人、痩せた青年は俯きがちに話す。 「子供の頃は太ってて、でも、女の子に『デブ』って‥‥それで飯が余り食べれなく‥‥」 ニーナ・サヴィン(ib0168)は依頼人の目を見て、答えた。 「その女の子が、あなたの事を外見だけで判断したんだったら‥‥女の子自身にとって残念なことね。一部分だけ見て悪戯に人の心を傷つければ、必ず自分に返ってくるもの」 そして依頼人全員を見回してから続けた。 「あなた達は心を豊かにして、人に優しくしてあげて? いつか好きな人に『好き』って思って貰えるように。――それが本当の『モテる』って事でしょ?」 でしょう? 首を傾げ問いかける。 心動かされた様子の依頼人たち。 ヨーコ・オールビー(ib0095)は、酒を飲みつつ相槌を打っていた 「ジブンら、えらい苦労してんねんなぁ。‥‥あっはっはっ、任せときぃ! ヨーコさんがな、悲しい想い、吹き飛ばしたる〜」 不意に笑い出すと立ち上がる。三味線を掴んだ。 「ハァ〜♪ 泣きなさんなよ〜ぬしゃ未モテ〜♪」 ヨーコの歌と三味線の音が響く。 言葉や歌に、依頼人たちは上を向き、目頭を抑えた。 宴会は続いた。彼らの緊張や気持ちの暗さは、完全には溶けていない。が、少しずつ元気が出てきたようだ。 玉響和(ib5703)は彼らにお酌をしていたが、頃合いを見て手を止める。 「お酒は終わりです。今日はもう休んだ方がよいですよ。明日から特訓ですし。特訓では、なごみが全力で叩き込ませて頂きますので」 柔らかで、かつきっぱりとした声で告げた。 特訓という言葉に、依頼人はまた顔を暗くする。緊張し始める。 村雨 紫狼(ia9073)は、今まで依頼人たちを観察していた。紫狼は自分の胸を強く叩き、威勢のいい声で宣言する。 「真のイケメンにして、浪漫ニストのこの俺もいる。超巨大船に乗ったつもりで――任せやがれ!」 「え、えと‥‥は、はい」 頼りないながら、でも返事は確かに返ってきた。 ●特訓の二日目 翌朝。開拓者と依頼人は、再び宿屋の広間に集まっていた。 リンは依頼人の一人の背後に立っている。手にはハサミ。 「うちが切ったげるよって、大人しう、しといてなぁ?」 四か月も散髪に行っていないと言う男の髪に、リンはちょきちょきハサミを入れていく。 他の依頼人たちも、リンによって散髪させられ、すっきりした面持ちへ。 ほら、鏡を見ろよっ、と紫狼が彼らに手鏡を渡す。 「な? 全然違うだろう? これからは、ちゃんと毎月散髪に行った方がいいって! 後、切るだけじゃなくて、毎日、櫛を入れることだな。櫛の入れ方は‥‥」 髪の手入れについて、自分の経験を活かし教える。 「肌もお手入れしなくてはいけませんよ。朝、顔を洗う時にはゴシゴシしないで、軽く撫でる程度にしましょう。こんな風に」 エルディンは、説明しながら、顔を洗う時の手つきを実演して見せた。 「それから、夜更かし・睡眠不足も、肌荒れやニキビの原因になります。せめて、夜0時には就寝、を心がけて下さい」 にきびだらけの男が、エルディンの言葉に熱心に頷く。 髪や肌の手入れについて一通りの説明が終わった後、朔が口を開く。 「今度は服装を見ていきましょう。 でも、服装といっても、気を張ってオシャレを意識しなくてもいいんですよ、大事なのは清潔感。それさえ出来れば大丈夫。例えば、着物の襟や帯を‥‥」 着物がしわくちゃなら、帯がきちんと結べていなければ、見ていて良い気分じゃない。 朔は、そういったことを説明。依頼人達の服装の乱れを指摘し、自分の手で正させる。 身だしなみも整ったところで、今度は人との接し方の訓練。 教師役を務めるのは、和。鞘に納めた刀を持った彼女は、昨日より厳しい声を出す。 「どもらず女性と話す方法‥‥まず、自分に自信を持つことだ。過信もいけないがな。――では、挨拶の練習から始めるぞ」 『おはようございます』『こんにちは』等、基本的な挨拶を、依頼人達に発声させていく。 中には、恥ずかしがり声をきちんと出せない者もいた。そんな者を、和は容赦なく叱りつける。 「声がどもってるぞ。発音ははっきりとだ。‥‥表情も違う。爽やかな笑みを浮かべろ。目標はエルディンだ。常に、あの笑顔を思い描いておけ!」 厳しい叱咤。叱られた者は、肩を落とし落ち込む。 そんな彼に、ニーナとヨーコが近づく。 「どんまい、よ♪ 誰だって初めての時は緊張するし、上手くできないもの。だけど、段々慣れて上手にできる様になる、仕事も趣味もそうじゃない?」 自分を嫌わず、好きでいて? 一番の味方は自分♪ 想いを籠め、ニーナは微笑んだ。 「ええか。挨拶の時も話の時も、ビビったらあかん。相手を警戒したら、向こうもジブンを警戒してくんねん。大したことない。自然体や」 ヨーコは依頼人の肩を強めに叩き、力いっぱい鼓舞。 落ち込んでいた彼は、顔をあげ姿勢を正した。 ●特訓は続き‥‥ 続いて会話。まず、紅雅とニーナが、模範演技をしてみせる。 最初に、紅雅がニーナから視線をそらし、おどおど喋る。不快な顔をするニーナ。 次に、紅雅は相手の顔を見て話す。ニーナは嬉しそうに相槌を打つ。 「どうして私が嫌な顔をしたか分かる? 何もしてないのに、怯えられたり、値踏みするような視線はイヤだから。自分の心の中を勝手に決め付けられたら、良い気はしないでしょう?」 「逆に、ちゃんと顔を見て話をしたときは、お話し出来ましたよね? 目を見るのが恥ずかしければ、最初は鼻や口を見てもいいでしょう。でも、体は見ないように」 二人は演技を終えると、行っていたことの意味を解説した。 今度は、依頼人同士で、あるいは開拓者の女性陣と依頼人とで、会話の練習。 今は、リンが依頼人の一人、20代前半の男と話をしている。 「好きな子はいはるん? うん、いはんの。どないな子? ‥‥好きならな、相手をよく知る事。見て、知って、心を分かち合って、少しずつ近くなるんやもん」 リンは会話に慣れていない相手の言葉を、はんなりとした物言いで引き出し、恋愛の助言をしてみる。 練習の合間に、紫狼が依頼人に助言する。 「いいか、ヘンにうけようとかカッコつけようとか考えんな!」 紫狼の茶色の瞳は、自信に満ちていた。 「相手への気遣いを第一にしつつ、素直な気持ちをウソつかずに出せ!」 「そう、気遣いは大事です。会話をするときは、話に夢中になって相手を置いていかないように。逆に、話題を相手に求めて、無口になりぎないようにもね」 紫狼の言葉を受けたのは、紅雅。やんわりした口調で、会話に必要な事を説いていく。 「自分の好きな事以外にも話題を増やした方がいいでしょう。その為には、色々な情報を集める事も重要です。例えば、何が流行っているかとか」 エルディンも自分の顔を指差し、 「話し方もそうですが、表情も大事です。笑顔を心がけてください。そうすれば、顔の造形も変わってきますよ」 と言葉を添えた。 依頼人たちは手帳を取り出し、彼らの言葉を記録するのだった。 夜には、リンが歌を教える。教えるのは、宴会で歌った英雄のサーガ。 「うちに続いて‥‥うん、そう。胸に響くわぁ」 リンのリュートに合わせ、依頼人達は歌う。歌う彼らをリンは拍手を交え、思い切り褒めてやる。 翌日も練習は続けられた。 発声の練習で、依頼人達は昨日よりは自然に声を出す。 和は、彼らの様子を見て頷いた。 「‥‥よし、出来る様になったな。自信をなくした時は、今日を思い出せ。『あの時自分は爽やかな挨拶が出来たのだ』と。今日の成功を、立ち直る糧としてほしい」 和の言葉に、依頼人達は『頑張ります』と声をそろえた。 会話の練習では、 「ほう、だいぶ、ビビらんようになってきたやないか。ええで、その調子!」 ヨーコが会話の相手役を務めていた。自分の顔をまっすぐ見ようとしてくる依頼人たちに、ヨーコは親指を立ててやる。 二日間で、依頼人たちが大きく変われた訳ではない。 けれど、歌や発声の練習で声を出せるようにはなった。また、開拓者を信頼でき、だから開拓者の言を素直に受け止める事ができている。 皆が、練習を続ける中、朔は近くの茶屋を訪ねていた。 朔は店主に自分達の状況を、説明する。そして、依頼人たちをここで試験したいので、明日一日、自分を働かせてほしいと頼む。 「勿論、無償で構いません。他のお客様の対応もしますので」 深くお辞儀。彼女の誠意ある態度に、店主は許可を出してくれた。 ●決戦の最終日 そして、四日目。 開拓者の数人は、朔が昨日訪れた茶屋に、依頼人を連れてきていた。 入口の前で、紫狼が説明する。 「今から二人でペアになって、一組ずつ茶屋の中に入ってこい。で、店員さんへ注文とちょっとした会話をしてくるんだっ!」 動揺する依頼人達。初対面の女性に話しかけるなんて、そんな神業が俺たちに出来るのか‥‥また、現実に打ちのめされはしないか‥‥。依頼人達の脚が震えだしていた。 彼らの肩を、リンが、ぽん、ゆるく叩く。 「練習したサーガでも、お姫様を得るには龍を退治せなあきませんでしたやろ? 試練を乗り越えて勇者になりなはれ、おきばりやっしゃ。うちらも見守るよって」 リンは片目を瞑る。冒険物語を引き合いに出されたことで、依頼人の顔から少し怯えが消えた。 ヨーコは、店内を指差す。中を覗くように手振りで指示。 「みてみぃ? うちらと、サテンの女の子、そんな違うように見えるか? 見えへんな? そんなら何もビビる必要はあらへんね――ほら、声かけてきーや!」 中を覗く依頼人達、うち二人の背中をヨーコはドンっと突く。依頼人二人はふらつく。脚が、店内へ入った。 二人の背中へ、ニーナが声をかけた。 「一番の武器は笑顔、よ♪ 忘れないでね?」 周りに迷惑をかけぬ程度の音量。でも、声の中に、ニーナの想いが詰まっていた。 店内には二人より先に、和、エルディン、紅雅が、客として入店していた。 朔は店員として給仕中。今は狐耳を隠していないし、眼鏡も掛けてない。練習時と別人に見せる為だ。 和は入ってきた二人に顔を向ける。声をださず、 「ふぁいとー」 と、唇を動かした。 紅雅も何も言わず、ただ頷いた。 (大丈夫ですよ)というように、ゆっくり。 依頼人二人は席に着く。二人は、やってきた店員に注文をするが、それだけで、顔が真っ赤。いっぱいいっぱいのようだ。 「それにしても、初めてのお店ですが、貴女のような女性に給仕されると毎日来たくなります」 エルディンの声。 注文を届けに来た店員に、話しかけているのだ。依頼人二人にも声が聞こえる様に。女性と話すのは難しい事ではないと、示すように。 依頼人二人は互いに顔を見合わせる。目に決意の色が浮かぶ。 しばらくして。朔は、依頼人の机へ。注文の品を彼らの元に置いた。 「あ、有り難うございます」 と、強張った笑みを浮かべ、依頼人。 朔は笑みに優しさを混ぜ、応答する。 「いいえ。どうぞごゆっくり」 「‥‥えっと、あの花瓶の花、綺麗ですね。なんて花なんですか?」 「あの花ですか? 水仙です。お花、お好きなんですか?」 会話が、二言三言と続いた。 会話を終えると、朔は再び厨房へ。 振り返ると、依頼人二人の顔には疲労。けれど、達成感も浮かんでいた。 その後、他の六人も入店。朔や他の店員と会話を交わす事に、なんとか成功した。 店の外で。試練を終えた依頼人八人は、開拓者に 「有り難うございました! 俺たち、これからも頑張って‥‥生きてきますっ」 頭を下げる。深く。彼らの目から、水滴が一滴、二滴。 |