惨劇のあった日の夜
マスター名:えのそら
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/05 19:50



■オープニング本文

 その洞窟は、村からほんの少し離れた所にあった。
 村の子供たちはその洞窟を遊び場にしていた。薄暗くて、足元の石に躓くこともあったけれど、だからこそ冒険心をあおられたのだ。
 今日も子供達は、その洞窟に足を踏み入れた。
 奥から、生臭い匂いを感じたものの、それが何かは気付かなくて、奥へ。
 そして、目にする。六体の異形――アヤカシを。
 一体は、鎧に身を包んだ人型の者。一体は巨大なムカデ。四体は犬。
 向こうも、子供達の存在に気づいていた。犬が舌で口の周りをなめる。ハァハァと息を吐く。ムカデはシャカシャカ、無数の脚を蠢かせた。
 鎧をつけた者が、手甲をはめた手で子供達を指差す。
 子供たちはアヤカシ達から背を向ける。慌てて逃げ出す。一人が転んだ。その子供に犬たちが一斉に襲い掛かり――。
 その子供は、村に二度と帰れなかった。

 生きて帰れた子供達によって、村にアヤカシの存在が知れ渡った。
 神楽の都のギルドへと使いが出された。アヤカシを退治してほしいと。
 そして、夜。
 開拓者である『あなた』達が、村に到着した。
 丁度、村の入口に着いた頃。前方から悲鳴が聞こえた。
 二人の男女がこちら、村の入口に来ようとしている。その男女を、他の村人たち数名が止めようとしているのだ。
 男と女は、いずれも三十よりも若いだろう。体格のいい男の顔は怒りに燃えている。女は痩せている。目は虚ろ。
 男は鍬を、女は包丁を握っていた。
「い、行っちゃなんねえだ。相手はアヤカシだぁ。志体も持ってないアンタらじゃ……。なあ、気持ちは分かるが……」
「お、俺たちの気持ちがわかるものかあっ! あいつはまだ、六歳だったんだぞっ」
 男の前に村人の一人が立ちふさがるが、男は鍬を振り回す。村人が倒れた。
 男と女は村の入口に近づいてくる。村人たちが『あなた』の存在に気付いた。
「……か、開拓者さん! こ、この人たちを止めてくれぇっ! この人たちは――殺された子供の父親と母親で、今から仇を取りに行くって」
 村人たちは『あなた』達に救いを求めている。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
龍水仙 凪沙(ib5119
19歳・女・陰
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志
白南風 レイ(ib5308
18歳・女・魔
ファルシータ=D(ib5519
17歳・男・砲


■リプレイ本文


 空は曇り空。月光も地に届かない。村の入口付近を照らすのは、村人の提灯や開拓者の照明。
 開拓者の視線の先には、うろたえる村人たちと――殺された子供の両親。
「ううおおおおおおっ!」
 父親の叫びが耳に飛び込んでくる。
 父親と母親の前に、開拓者たちは歩み寄った。
 有栖川 那由多(ia0923)が口を開く。
「差し出がましいとは思いますが、確認させて下さい‥‥志体のない人間では、アヤカシに勝てない事はご理解頂けていますか?」
「そ、それがっ、どうかしたかっ! お、俺たちは、あいつのためにっ」
 父親の反論を那由多は遮る。先ほどよりも強めの声色で。
「ご理解頂けているなら‥‥お子様の為に『何をしに』行くというのですか? 行けば必ず死ぬというのに」
 ベルナデット東條(ib5223)は、仲間の言に己の言葉を重ねる。静かな口調で。
「もし、犠牲になったのがあなたたちなら、死ぬとわかって仇打ちに行くお子さんを行かせるか? むしろ、幸せに生きる事を願うだろ? お子さんだって‥‥」
「‥‥っ。黙れええ!!」
 父親は、鍬を出鱈目に振り回した。鍬の刃は、開拓者には届かない。それでもなお、振り回し続ける。
 石動 神音(ib2662)は鍬を避け、父親に近づく。――パシン、彼の頬を掌で打った。
「聞いてよ! 貴方達の子供は、とーさまとかーさまが死ぬと解ってる仇打ちなんて、きっと望んでないんだからっ!」
 声も涸れんばかりに叫ぶ。その叫びが、父親の動きを止めた。
 父親の側面から、洋紅色の衣の――カンタータ(ia0489)が話しかける。
「鍬を振り回していては、止めてくれるお隣さんに当たってしまいますよー。それはよくないですよねー? ボク達が役割を果たしに往きますー。ここは堪えてお待ち下さい」
 ゆっくりとした口調で、父親に理性を取り戻させようと。
 理と情を尽くした開拓者達の言に、父親の手から力が抜けた。鍬が地面に落ちる。

 母親は包丁を握ったまま。瞳は虚ろ。出口へ歩き出す。一歩、二歩。
 白南風 レイ(ib5308)は、母親に駆け寄る。彼女の痩せた体を抱きしめた。
 唇が動くが、言葉は出てこない。想いを形にできなくて。
「‥‥ごめん、なさい」
 やっとのことで、ただそれだけを口にした。
 抱きしめられながら、母親はもがく。自由な腕を振りまわす。
 包丁を握るその手を、龍水仙 凪沙(ib5119)が掴んだ。
(彼女を死に行かせるわけにはいかない! 皆の言う通り、お子さんだって、それを喜ぶはずがない‥‥絶対に行かせない)
 凪沙は母親の手首をひねる。包丁を取り上げる。
 柊沢 霞澄(ia0067)は、鍬で殴られた村人を手当てしていた。顔をあげ、母親を見つめた。
「‥‥残された者は生きていかなければなりません‥‥覚えている人がいなければ、死んだ人の生は、意味の無かった事になってしまいますから‥‥」
 ぽつり、ぽつり、と言葉を発した。
 父親が母親に近づいた。凪沙とレイに代わり、抱きしめる。何事かをささやく。
 母親の体から力が抜ける。二人の目と鼻から滴が零れた。それを拭おうともせず、二人はむせび泣く。
 ファルシータ=D(ib5519)は、二人に声をかけた。
「直接滅ぼすことだけが、復讐じゃないわ。‥‥貴方達のその悲しみと怒りを、私達に代行させて頂戴」
 必ず、滅ぼすから、とファルシータは両親に誓う。


 十数分が経過した。開拓者は洞窟の中を歩いている。洞窟内の地形は、村人から聞いている。だから足取りに迷いはない。まっすぐ奥へ。
 やがて、開拓者はアヤカシを視界に捉えた。
 アヤカシも開拓者に気づいたようだ。陣形を整えだす。最奥に、刀を構える鎧鬼。その手前に全長2メートル半を超えそうな百足。
 開拓者に近いのは、比較的小柄な犬四体。横に並び、唸り声で威嚇してくる。
 レイの手は、緊張の為かかすかに震える。その震えを止めた。夜空色の杖の先を敵へ。
「私の役割は、皆さんの援護。これで、敵の目くらましができれば‥‥」
 二発の火球を犬へ撃ち放つ。爆音!
 敵の注意が、レイに向いた。
 その隙をつき、前衛のベルナデットが駆ける。犬との距離を一気に詰めた。
「今宵、貴様らの血を以って、私は深紅の荒獅子と化す‥‥!」
 敵の注意を己にも引き付ける為、大振りの動作で、斬撃を放つ。
 犬の一匹が、ベルナデットへ跳びかかったが――
「思い通りにはさせませんよー」
 カンタータの動きの方が早い。カンタータは、ベルナデットの隣に移動し、黒い気を宿らせた片手剣を振る。跳んだ犬を叩き落とす。
 ファルシータは後衛から戦況を観察している。彼の視線の先で、百足が口を開けた。ファルシータは、告げる。
「今よ、頭ごと潰してあげなさいなっ!」
「了解です、ファルシータさん。――アヤカシよ、両親の痛みを思い知れ!」
 声に応じたのは凪沙。目を見開き、掌を百足の顔面へ向ける。
 氷の塊を放ち、百足の口に激突させる!
 ファルシータは銃の引き金を引いた。狙いは、百足の奥の、鎧鬼。呼吸法を利用した強弾撃を、胸部に叩き込む。金属音と火花。
「邪魔だぁ!」
 神音も鎧鬼に、接近を試みていた。犬を跳び越え、冷気に悶える百足の脇を通り抜け。決死の形相で鬼の元へ。――彼女は気づいたのだ。床に残る、黒い、血の跡に。
 神音は敵の懐に飛び込んだ。鳩尾へ――百虎箭疾歩! 全身の気を燃焼させ放った、一撃。――鎧鬼は、仰向けに倒れた。
 犬たちが、鎧鬼を振り返る。きゅぅん、不安げな声をあげた。
「怖気づいたのか? でも許さん! どんな理由があったってなぁ、人の命の炎を消していい訳がないだろ‥‥っ!」
 那由多は敵を睨む。赤い瞳と声に怒りを込めて。敵と味方の位置を素早く確認し、那由多は術を行使する。
 式が空中に現れ、焔を放射。犬を百足を鎧鬼を――焼き焦がす! 犬一体を、絶命させる。

 ――ヒッヒッ!
 鎧鬼は天井を見ながら、嗤った。立ち上がる。百足と犬も体勢を立て直した。
 鎧鬼の刀が、百足の牙が、神音の肩と胴を傷つける。カンタータとベルナデットには犬三体の牙が。
 損傷は比較的軽微。――霞澄が、敵に遭遇する前に、仲間に精霊の加護を与えていたのだ。けれど、敵の攻撃は弱くない。神音の胴から、血が零れた。
 霞澄は、胸の前で腕を組む。
「精霊さん、皆さんの怪我を癒して‥‥」
 光で周囲を照らす。その光が温かく、皆を癒していく。


 戦闘が始まってから数十秒。開拓者たちは無傷ではない。しかし、回復の力を活用し、耐える。一方で、敵に己ら以上の傷を与えてもいた。犬は全て消滅させている。残るは、百足と鎧鬼。
 ――ロセッ!
 鎧鬼が奇声を上げる。百足が動いた。複数の脚で地面を這う。カンタータに体をぶつけようとする。巨体にも関わらず――早い。回避は難しいか?
 その巨体がカンタータに触れる直前、
「‥‥力を貸して‥‥守る為の力をどうか‥‥!」
 霞澄の祈りが精霊に届いた。淡い輝きがカンタータを包んだ。輝きは、百足の衝突の威力を軽減する。
「ありがとうですよー、柊沢さん。――さあ、東條さん、行きましょう!」
「心得た、カンタータ殿。――アヤカシよ、一切の加減を抜いた一撃、受けてみるがいいっ!」
 カンタータが力を解放した。呼び出したのは、無数の小さな式と雷。式を百足に組みつかせ、雷で顔面を撃つ。
 ベルナデットは跳んだ。百足の側面に着地。同時に――鞘に納めていた刀を一閃させる。百足の脚を――斬り落とす!
「来たれ、凍てつく冬の精。不浄なる物を氷に閉ざせ!」
 凪沙が握る青白い符が、溶けて消えた。凪沙は、白い冷気で百足の全身を包んだ。
 百足は、電撃と刃の痛みに、氷の冷たさに、のたうちまわり――消える。
 残る敵は、鎧鬼一体。鎧鬼の兜の奥で目が妖しく光った。鬼の太い腕が振るわれ、刃が神音の体を傷つけた。
「大丈夫かっ! 今、符を使う。持ちこたえてくれ!」
 那由多は、符に持つ手に精神を集中させた。符が紫の光を放ち――仲間の傷を塞いでいく。
 神音は仲間の支援で、体勢を立て直す。鎧越しに敵の体に触れた。
「この手に、神音の全てを注ぐんだっ!」
 敵の体内で、『気』を爆発させる! 鎧鬼は両膝を地につけた。
 ファルシータは呼吸を止め、機をうかがっていた。敵が膝をついたのと同時に、撃つ。
「貴方が最も信頼する装甲と共に、化け物(チリ)は瘴気(チリ)に還りなさい」
 錬力で威力を増した弾丸で、敵の胸を――貫く!
 鬼は再び倒れた。今度は起き上がれない。けれど、まだ、生きている。手を開拓者に、伸ばした。
 レイは首を左右に振る。アヤカシが立ち上がる事を反撃する事を、許すわけにいかないのだと。レイは精霊に呼びかけた。
「力を‥‥。‥‥命を奪う為に、貴方達の力を借りるのは、間違ってるかもしれないけど‥‥っ」
 レイは火球で、敵の体を焼きつくす。命を、終わらせた。


 戦闘が終了した洞窟の中、開拓者たちの荒くなった息遣い‥‥。カンタータが言葉を発した。
「皆さん、お疲れ様でしたー。手当が必要な方は言ってくださいねー? お薬を持ってきましたのでー」
 皆の体を確認する。幸い、重傷者はいなかった。
 レイは、腕で自分の体を抱きしめていた。
「命を奪う理由も。戦わないといけない理由も見つけたけど。‥‥なゆた‥‥苦いね」
「‥‥レイ‥‥」
 那由多は、幼馴染の髪に己の手を置いた。レイを安心させるように柔らかく撫でた。
 彼らの傍らには、神音。先ほど見た、血痕を見降ろしていた。流れそうになる涙、頬を叩いて堪える。
「‥‥まだ、やる事が‥‥あるんだから」
「ええ‥‥遺体と遺品を回収するのだったわね」
 神音のか細い声に、ファルシータは頷く。ファルシータは目を閉じていた。残された家族の事を思っていたのだろうか。目を開くと、皆と共に、遺品を探す。
 子供の遺体は見つからなかった。
「‥‥これは‥‥?」
 凪沙は、壁際に何かが転がっているのに、気づく。屈んで拾い上げた。それは剣玉。きっと、死んだ子供の玩具。彼はこれで遊ぶつもりだったのだ。
 凪沙は布を取りだした。着いていた血を拭う。
 
「‥‥行こう。家族は無念だろうが‥‥それでも、仇を討てた事、伝えなければ」
 皆に告げたのは、ベルナデット。ベルナデットは出口へ歩き始める。
 洞窟の外に出た途端、ぽつ‥‥雨滴。降り始めた雨が、開拓者たちの頬を濡らした。
 洞窟を一番最後に出たのは、霞澄。霞澄は雨に顔を濡らしながらも、洞窟を振り返った。
「‥‥どうか、安らかに‥‥」
 口の中で、小さく祈る。