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■オープニング本文 とある村の旅館。この旅館では、庭に露天風呂が設置されているのが、売り物だった。 昨晩は雪。その雪が庭のそこかしこに残っている。同じ庭の中で、温泉の浴槽からは湯気が立ち上っていた。 脱衣場から、旅館の客――二人の中年男性が、姿を現した。温泉に入ろうと足早に歩を進める。ふと、立ち止まった。目の前の浴槽の、湯煙の向こうに何者かがいるのに気付いたからだ。 その何者かたちは、ジャブジャブと湯をかきわけ、男性二人に近づいてくる。 近づいてくるそれらは人ではなかった。 人よりも巨体のそれら。全身が毛でおおわれ――クマ? いや、クマに似ていたが、目が三つある。きっと‥‥アヤカシだ。 二人の男性は悲鳴を上げる。背中を向け、逃げ出した。 アヤカシ達は逃げる男達をしばらく見ていた。が、興味をなくした様。元の位置に戻り、湯の中に座りこむ。 翌日。神楽の都の開拓者ギルド。村人の一人――20代の女が、ギルド内に駆け込み、事務員へ事情を説明する。 「‥‥という事がうちの村で起こったんです! 幸い、客のお二人は逃げられましたし、村の皆も付近から避難しました。ですが、アヤカシは今も温泉につかり続けているようです。 アヤカシがいれば、生活もままなりません。どうか退治してくださいっ!」 アヤカシは、クマに似ているが、目が三つある。 アヤカシは合計四体。三体の毛皮は黒い。一体は白。 このアヤカシ達は他の村でも目撃されている。他の村にいたものが、この村に引っ越してきたようだ。 目撃証言によると、黒クマの体は頑強。格闘戦を得意とする。爪で切りさき、体をぶつける。さらに、爪と牙による連携攻撃も脅威だ。 白クマは小柄だが、首領格。仲間の背を平手で叩くことで、回復や強化を行う。 さらに、口から、敵一体を眠りに誘う甘い息を吐きかけることもある。 また、他の証言では、このアヤカシの群れは、痩せた老人、少女、病弱な青年、怪我人‥‥そんな人物ばかりに襲いかかるらしい。 村人は続ける。 「アヤカシ達は、温泉に入り続けています。‥‥でも、出来れば、温泉の浴槽を傷つけないようにしていただけないでしょうか?」 アヤカシを浴槽の外へとおびき寄せる必要があるだろう。 温泉の浴槽は、旅館の庭の中にある。庭は、かなり広めだ。雪も残っているが、戦闘の邪魔になるほどではない。 「私達の村には、アヤカシに居座られた温泉以外に、もう一つ温泉があります。 アヤカシを退治していただいた後は、この温泉に好きなだけ入ってくださって結構です。お酒も必要なだけ用意しますので。 ですから、アヤカシの退治を! 村をお救いください! どうかっ!」 村人は頭を何度も下げ続けるのだった。 |
■参加者一覧
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
アリス・スプルーアンス(ib3054)
15歳・女・吟
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
愛鈴(ib3564)
17歳・女・泰
リュミエール・S(ib4159)
15歳・女・魔
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎
九条 炮(ib5409)
12歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●温泉を楽しむために! 庭のそこかしこに、雪が残る。その雪に、地肌に、太陽の光は降り注いでいた。 ここは旅館の庭。庭にある温泉の浴槽からは、湯気。――湯気の向こうにクマのアヤカシがいる。 浴槽の縁に開拓者の一人、リュミエール・S(ib4159)が立つ。 「どもー! おじゃましまーす!」 陽気な口調。アヤカシ達の瞳が自分に向いたのを感じると、背を向けた。きゃああ、悲鳴をあげつつ走る。 リュミエールが逃げる先に、彼女の仲間七人はいた。物陰に潜み、敵が動くのを待っているのだ。 ざばあ、湯の音を立て、クマ達が立ち上がった。リュミエールを追い、脚を浴槽の外に踏み出した。 隠れていた者たちは、アヤカシの接近を確認。姿を現した。 「アヤカシども、こっちじゃ!」 朱鳳院 龍影(ib3148)は息を吸い込んだ。地を揺らす程の咆哮をあげる! アヤカシのうち、黒クマ二体が瞳に怒りを浮かべた。咆哮の主、龍影へ前屈み気味の二足歩行で駆けてくる。 黒クマ一体は、リュミエールを追い続けていた。クマは手を伸ばす。 その手がリュミエールに届く寸前――銃弾が黒クマの肩を射抜いた! クマの手が空を切る。 シルビア・ランツォーネ(ib4445)が撃ったのだ。 「リュミエール、早くあたし達の後ろに! あんたのことは、あたしがちゃんと守ってあげるから‥‥って、別に、作戦だから。変な勘違いしないでよ?!」 シルビアは声をかけながら、敵へ前進。 アリス・スプルーアンス(ib3054)は後衛に立つ。 「そういえば私、戦闘って初めてかもしれませんね……。とはいえ、出来ることを精いっぱい致しましょう」 おっとりとした表情で、けれどベルを強く鳴らす。アリスが奏でるのは士気を高める勇壮な曲。 九条 炮(ib5409)と高峰 玖郎(ib3173)も士気の高揚を感じていた。 「さあ、釣られたクマーの退治、サッサと済ませてしまいましょう!」 「あぁ。狙うのは弱い物ばかり‥‥そんな者どもは、捨て置けんしな」 炮は息を止めた。狙うは、クマの一番後ろにいる白クマ。彼の目の一つを狙い、射撃する! 弾丸は、クマの耳を掠めた。瘴気が肩に零れる。クマの動きが止まる。 その機を、玖郎は逃さない。二本の矢を白クマの胴に命中させる。鷲の目と即射を使用した二撃。白クマは苦痛と怒りに吠えた。 クマ達は開拓者の射撃を受けつつも、足を止めない。敵と開拓者の距離が縮まり――、 黒クマの爪が振りおろされた。標的は、愛鈴(ib3564)。 愛鈴は体を左右に振り直撃を避けるものの、爪を掠らせてしまう。走る痛み。愛鈴は、けれど、笑む。 「やるねっ! でも、倒させてもらうよ? 私の美容と健康のためにねっ!」 相手の側面に回り、胴に蹴りを命中させた。 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は、白クマの前に立つ。 「確実に頭は抑えさせて貰うぜ、この焔の志士、天ヶ瀬がなっ!」 白クマが振る腕を、横踏の体捌きで避ける。間髪いれずに、反撃。刀を一閃。 ●だから、負けない! 焔騎が白クマを抑え、シルビアと龍影、愛鈴が黒クマを抑える。後衛の炮、玖郎が白クマを狙い撃つ。アリスとリュミエールは仲間を支援。 敵の連携を遮りつつ、白クマ達の体力を削る――その戦略は功を奏していた。 白クマの傷が増えていく。白クマの顔に苛立ちが現れた。 白クマは口を大きく開ける。甘い息を吐き出した。 焔騎はその息の力に抗い切れず、膝を突く。眠りに落ちた。 黒クマ達も首領の苛立ちを感じたのか、腕を今まで以上に勢いよく振るう。狙われたのは、龍影と愛鈴。 龍影は上体をそらし、愛鈴は高く跳ぶことで、それぞれ回避。 シルビアにも、黒クマの手は伸びた。シルビアの胴に爪が食い込み、さらに、肩に牙が突き刺さる。 シルビアは苦痛を顔に浮かべた。が、悲鳴はあげない。 「この程度であたしを倒せると思ってるの? ――熊は熊らしく、冬眠しときなさいよねっ!」 爪と牙を振りほどくと、十字剣によるソードクラッシュ。クマの顔面を、深く切り裂く! 「これ、動きが地味だから、あんまり好きじゃないんだけどなー」 「クマの分際にしては、やるようじゃの。――私たちには及ばぬが」 痛がるクマの側面に、愛鈴が回り込んだ。掌を横腹に当て、体内に衝撃を叩き込む! さらに、膝を蹴る。その蹴りは体勢を崩させる空気撃。 ほぼ同時に、クマの後方から龍影が攻める。示現流の技で、クマの後頭部を斬って、斬る! 三人の猛攻に、黒クマは絶命する。 アリスはブブゼラの吹き口に口をつけていた。 (耳が痛くなるかもしれませんが‥‥ご容赦くださいませね。天ヶ瀬様、皆様) アリスは息を楽器に送り込む。けたたましい音。 その音は戦場に響き渡り――そして、焔騎の目が開く。 「はっ、寝てた‥‥のか? おのれ、なかなかの寝心地だったじゃねぇか」 焔騎は姿勢を立て直し、 「朱雀悠焔――‥‥爆砕しろ! 紅蓮椿!」 刀の切っ先で目の前の白クマを突く。さらに、払い抜ける。紅葉の如き燐光と、白クマの瘴気が飛び散った。 白クマは再び口を開く。再び甘い息を吐くつもりなのか――。だが、 「させちゃだめだよ、二人ともお願いっ!」 リュミエールの声。今日は調子が悪く、技を使えそうにない。その分出来ることをしようと、戦況を観察していた。そのリュミエールが傍らの仲間へ、声をかけたのだ。 声に、 「承知した。回復役もいないことだ‥‥ここで決めよう」 玖郎が応じた。弓を引く腕に、弦を持つ手に、精神の全てを集中し、射る。矢は白クマの喉に突き刺さる。 「はい、温泉が待ってますしね〜」 炮も銃の引き金を引いていた。錬力を込めた弾丸を、眉間にめり込ませる。 ――白クマは地に倒れた。 ●賑やかな時 残った黒クマ二体は、既に戦意を失っていた。開拓者たちの敵ではない。 開拓者たちはアヤカシ討伐を終え、今日は旅館で一泊することに決めた。 今は先ほどとは別の温泉――露天風呂で入浴中。 湯の熱が、体の芯まで暖めてくれる。遠くに見える山は、化粧をしたように白い。近くに目を向ければ、庭の隅の松の枝に、雪が積もっている。白が、陽光を受け輝いていた。 「温泉ですね〜。ホカホカですね〜〜。雪を見ながら入る――まさに冬の風物詩ですね〜〜〜」 炮は縁にもたれ、お湯の温かさを、雪景色を堪能していた。 アリスとリュミエールが見ているのは、景色ではなく、仲間の体――特に龍影の豊満な胸。 「そういえば、格差社会という言葉がありましたが……。私は中流階級ですね」 「っていうか、龍影の胸、絶対おかしい。ちょっと調べさせなさい」 アリスは自分のライムグリーンのビキニに包んだ胸と、仲間の胸を見比べていたが、穏やかな顔で、コメントを一つ。 龍影の胸に手を伸ばすのは、リュミエール。指をわきわき動しながら、手を近づける。 「アリスはなんの話をしておるのじゃ? ――リュミエール、これ! 手を伸ばすではない」 龍影はアリスの言葉に首をひねっていたが、リュミエールの手が自分に伸びてくるのを見ると、手を振り上げる。触ればぶつのじゃ、と意思表示。 リュミエールは慌てて手をひっこめた。 愛鈴は仲間達のやりとりに、くすくすっ、笑いを零す。頃合いを見て声をかけた。 「ねえねえ、みんなー。村の人にお酒をもらったよー。一緒に飲もー。特にリュミエールは囮役、お疲れー。私のおごりだ。たんと飲めーっ」 彼女の手には、盆。盆には、人数分のおちょこと、お酒の入ったとっくり。満面の笑みで皆に勧める。 にわかに盛り上がる女性陣。 玖郎は、酒盛りには参加せず、浴槽の隅にいた。目を閉じ、温泉の熱を肌で感じ取る。 (温泉は好きだが、ここもなかなかに良い湯だ……) 口の中でそっと呟く玖郎。 リュミエールは、龍影に神秘の調査(?)を断られた後は、もっぱらシルビアの傍にいた。彼女に体をくっつけたり、もたれかかったり。今は、彼女の腕を取り、浴槽の外を指差している。 「えへへーシルビアー♪ 背中流しっこしようーっ、しよーったらしよーっ」 「……もう。あんただって背中くらい自分で……。……いいわ、あんたの背中は流してあげる。別に大した手間でもないし。あたしの背中は自分で洗うけど」 シルビアは文句を言いたげな顔を作るが、しぶしぶと言った様子で頷く。頷いたのは、リュミエールが危険な囮役を務めてくれたことに、感謝しているからだろう。 玖郎は今は、目を開いている。折角の雪景色、楽しまないのは損だからと。 その玖郎に、愛鈴が近づき話しかける。 「ねーねー、玖郎もお酒飲まない? ところでさ、玖郎の羽って洗ったりするの?」 「ああ、ありがたく頂こうか。……ん? 俺の羽か……? なぜそんなことを?」 玖郎は愛鈴から、お猪口を受け取り返事をしていたが、愛鈴が羽に注目したのを見て、なぜこれの事を聞くのかと、不思議そうに瞬き。 しばらく時間が経過して、お湯の温かさに顔を赤くした炮が、立ち上がる。 「ふぅ‥良いお湯でした。皆さん、私は先にあがって、旅館の部屋で休憩しておきますね? ――でも、お風呂から出る前に――」 浴槽から出て皆に背中を向ける。脱衣場に行く前に、腕をあげ床と平行に。肩の筋肉を盛り上げ強調するポーズをとってみたり。 丁度その時、男性用の脱衣場から声が聞こえた。焔騎だ。服を着た状態で皆に手を振っている。 彼は体調が悪いからと、温泉に入るのを辞退し旅館の部屋で休憩していたのだが。 「皆、湯からあがったら熊鍋を用意しておくから、楽しみにしていてくれ。今から、材料を山に取りに行く。なに、たとえ遭難しようが焔の志士、天ヶ瀬に不可能は‥‥」 などと、無謀に宣言。休憩中、クマとの戦いを思い出し、本物の熊肉を食べたくなったらしい。 「‥‥。体調が悪いから湯に入らぬというのに、雪山に入ったのでは、本末転倒じゃ。大人しうしておれ」 「そうよ。遭難されたら、すごく迷惑。――そういえば、アリス。あんた、甘酒を持ってきていると言ってたわね?」 龍影は、呆れたように肩をすくめた。シルビアはぴしゃり、叱りつけるような口調で言った後、アリスに尋ねた。 「はい。後で、温めてお出しいたしますね。体調が悪いのでしたら、体を温かくしてお休みになるのが、一番ですし」 シルビアの言葉を受け、アリスは焔騎に優しく微笑む。 開拓者は相談し合う。 ――温泉からあがったら、その甘酒を皆で一緒に飲もうか。鍋をつつくのもいいかもしれない。熊鍋は無理でも、村人に頼めば、鳥鍋や山菜鍋なら食べられるだろう―― 仲間を心配する者、あるいは場をもっと盛り上げようとする者。 温泉から出た後も、楽しい時間は続くようだった。その楽しさは、温泉と同じくらい疲れを癒してくれる筈。 |