毎日三食、目玉焼き?!
マスター名:えのそら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/26 20:27



■オープニング本文

 神楽の都のとある家。
「おはよう、リトくん。朝ごはん、出来てるわよ」
 ルミエは、義理の息子のリトへ微笑みかける。
 リトは、夫の前の妻の子供だ。ルミエとは血のつながりはない。
 が、それでもルミエがリトの父親と結婚してから二週間、良好な関係を築けてきた――とルミエは思っている。
 ところが、リトは、朝ごはんの置かれた食卓をみて、眉を寄せている。不機嫌そうだ。
 ルミエには、なぜリトがそんな顔をしているか分からない。ルミエは、首をかしげた。
 リトはゆっくりと口を開く。
「お義母さん‥‥あのね‥‥明日から食事、俺が作るから」
 ルミエは目を丸くする。
「ど、どうして? 今日の目玉焼き、こんなに美味しそうなのに。ほら、黄身はちょうど半熟で‥‥」
「‥‥昨日の朝も昼も夜も、目玉焼きだったじゃない。一昨日だって、一日中‥‥。たまには違うものが食べたいんだ」
 リトの訴えに、ルミエは小さな声で反論した。
「で、でも、毎回焼き方。変えてるじゃない? 片面焼いたり、両面焼いたりとか。味付けだってしょうゆ味とか、ソース味とか、塩味とか‥‥」
「それでも、ぜんぶ目玉焼きじゃないかっ」
 ルミエは一生懸命考えた後、ぽんと手を打つ。
「じゃあ、今日は目玉焼きじゃなくて、目玉焼き丼にしましょう」
「どうしてそうなるのかなっ、お義母さ〜ん!」
 リトの叫びが、家の中にこだまする。

 時間が経過して。昼の開拓者ギルドをルミエは訪ねていた。
 ルミエは、今朝の出来事をギルド員に説明すると、
「どうして、目玉焼きがいけないんでしょう‥‥。目玉焼き、美味しいのに」
 と首を振る。
「それに、リトくんは、毎日私塾にも通ってます‥‥リトくんに料理を作らせるのは、申し訳ないし。
 でも、かといって、私、目玉焼き以外作ったことがないんです。一体、どうしたら‥‥」
 顔を抑えるルミエ。
 黙って彼女の話を聞いていたギルド員は、悲嘆するルミエに話しかける。
「腕利きの開拓者を派遣します。三日下さい。彼らがきっと、ルミエさんに何がいけないのかを分かりやすく説明してくれます。
 そして、料理についても教えてくれますから」


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
マテーリャ・オスキュラ(ib0070
16歳・男・魔
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
常磐(ib3792
12歳・男・陰
フォルカ(ib4243
26歳・男・吟
幻獣朗(ib5203
20歳・男・シ


■リプレイ本文


 初日の昼間。
 依頼人ルミエの家は、二階建ての一軒家。その居間に敷かれた座布団に、開拓者たちは座っていた。傍には、ルミエもいる。
 開拓者の一人、フォルカ(ib4243)は、ヴァイオリンを弾いていた。彼は、ここに来てから今まで、一分程の短い曲を繰り返し弾き続けている。微妙にアレンジを変えつつも延々と。
(良い曲でもずっと聴いてりゃ飽きるよな。料理だってそうだろ?)
 同じ料理を作り続けるルミエ、彼女に己の問題に気づかせるために。
 食卓には、八人分の目玉焼き。少し前に、幻獣朗(ib5203)がルミエに頼み焼いて貰ったのだ。
「さて、そろそろ聞かせて下さいな」
 幻獣朗は、ルミエに問いかける。
「ルミエ殿が目玉焼きにこだわる理由を、どうか」
 目玉焼きを満足するほど沢山作った今なら、答えてくれるだろうと、期待して。

「理由? 目玉焼きが好きだから‥‥の他に、ですか? えっと‥‥」
 ルミエの答えはおぼつかない。自分でもよく分かっていないのか。
 しかし、開拓者達は辛抱強く聞き続け、結果、理解する。
 彼女が目玉焼きばかり作るのは、好物だから。だが健康や人の心について、知識や経験が欠けているからでも、あるのだと。
 ラヴィ(ia9738)は目を閉じ、過去を思い出していた。目を開き問いかける。
「お嫁様にいらっしゃる前、好きな物を好きなだけ召し上がっていたら‥‥おうちの人に、叱られてしまいませんでしたでしょうか? 『大きくなれませんよ』ですとか」
 ルミエははっとした顔になる。ラヴィの言葉に、思い当たる所があるようだ。
 礼野 真夢紀(ia1144)と藍 玉星(ib1488)は青と黒の瞳を互いに見合わせる。二人は顔を、再びルミエに向けた。
「好きなものだけでは、育ち盛りの体に悪いです。卵は栄養満点。けど、成長にはお野菜も必要ですし、焼き方違っても目玉焼きは、やっぱり目玉焼きです」
「目玉焼きだけだと、リトの体も心配アルし、いずれルミエに赤ん坊が出来た時に、元気に成長してくれないかもしれないアルよ?」
 二人は、栄養と成長について、ルミエに説く。
「偏った食事では、健康にも、気持ちにも良くありません。どんな好物でも、続きすぎると飽きがきます。まして、育ち盛りの多感な子供ならなおさら」
 明王院 未楡(ib0349)の言には、子育て経験者ならではの、重みがあった。
 ルミエは、目玉焼きを見下ろしている。どうやら、これだけでは足りないと考えだしたようだ。
「ルミエが目玉焼き好きなのは、先ほどの話を聞いて十分わかった。けど、リトにも何が食べたいか聞いたのか? お前とリトはもう家族なんだろ?」
 常磐(ib3792)は、僅かに眉を寄せた顔。口調はぶっきらぼう。けれど声の中には、真剣な色。
 ルミエは顔を曇らせた。
「でも‥‥私に、目玉焼き以外の料理が‥‥作れるでしょうか?」
 マテーリャ・オスキュラ(ib0070)は、フードの中で口を開く。
「僕の師匠は言いました。『自分の作った食事を喜んで食べて貰えることほど嬉しいことはない。その笑顔を励みに一歩ずつ前に進めるのだ』と」
 マテーリャはいつになく雄弁。
「ルミエさん、あなたも留まっていてはいけないのです。新しい料理が不安でも、一歩ずつ前へ進みましょう。――僕達もお手伝いしますよ?」
 立ち上がった。台所に行こうと、ルミエを誘う。


 ルミエは、開拓者の言葉に、料理を学びたい、学ぶ必要がある、そう感じたようだ。開拓者たちを台所へ案内してくれた。
 台所には、二口のかまど、まな板を置く調理台‥‥。目玉焼きは、七輪に片手鍋を使い、焼くらしい。
 その片手鍋の柄を、マテーリャが握っている。
「卵自体の応用性、食材の無限の可能性を理解してもらうため、お手本をお見せしますね。ここをこうして‥‥」
 マテーリャが作成した料理は、自称スクランブルエッグ。なぜか‥‥イソギンチャクのような形をしていた。
 素敵な形‥‥! と胸の前で両手を合わせるルミエ。
 慌てたのは、割烹着姿の真夢紀。
「こ‥‥これは、あまりに高度です。で、ですから、まずは『普通』の卵料理の種類を広げて、生野菜を切るところから始めましょう。大丈夫。三日でも、料理は覚えられますよ」
 やや早口で言うと、新しい卵を取りだした。
 まず簡単な卵料理から。初めに、真夢紀がお手本を示す。一つ一つ、丁寧に作っていく。
 湯に塩と卵を入れ、ゆで卵。ゆで卵を醤油や出汁で煮て、味付け卵。他には、片栗粉を使ったかき卵‥‥。
 手本を示し終えると、今度はルミエにも作らせた。
 でも、ルミエは卵を湯に入れるところで逡巡。
「私なんかが、お湯の中に卵を入れると、爆発しないでしょうか‥‥?」
「大丈夫ですよ。爆発しませんし、目玉焼きをたくさん作ってきたルミエさんなら、できない筈ありません」
 怯えるルミエに、幻獣朗が女性的な声で安心させる。
 ゆで卵は無事完成。それをきっかけに、ルミエは卵料理の作り方を習得していく。
 未楡はゆで卵の一つを手に取った。
「盛り付けにも少し工夫があれば、喜ばれますよ。例えば、ゆで卵をこのように‥‥」
 先ほど作ったゆで卵に、包丁で切れ目を入れる。花の形に切り分けた。未楡は、料理を作ってきた経験を、ルミエに贈ろうとしているのだ。
 卵料理の次は、
「お料理を作る人は召し上がる方の心と体の基礎を作る方。卵もお肉もお野菜も。バランスの良いお食事は、バランスの良いお心を作ると思います♪ ですから、今度はお野菜のお料理もしてみましょう?」
 というラヴィの提案で、野菜スープに。
 まずはルミエに人参の皮をむかせ切らせていく。ラヴィは、ルミエの手に自分の手を添えた。包丁の正しい持ち方を教える。
 順調アルな、と様子を見ながら、玉星が頷く。彼女は手帳に筆を走らせていた。
(後で思い出して‥‥とはいかないアルからな)
 玉星は、皆が教える調理法を記帳しているのだ。

 夕方になり、リトが塾から帰ってきた。開拓者たちは挨拶をし、事情を説明していく。
 そして、頼む。市場の買い物に行くからついてきてくれないか? と。
 買い物に出かけたのはリトと、未楡、真夢紀、常磐、フォルカ。
 未楡と真夢紀は、買い物をする一方、市場の様子を観察していた。どこにどの店があるか。下処理をしてくれる魚屋や、料理法を教えてくれる店など、初心者にとって有用な店は‥‥。
(元々がお嬢様だと市場などは不慣れでしょうし、慣れるまで行きつけのお店があった方がいいですしね)
 未楡はそんな風に考えつつ、懐から筆と紙を取り出し、市場の情報を記していく。
 市場からの帰り道、頃合いを見て、フォルカがリトに話しかけた。
「お前は何が食べたい? 好きな食べ物、お母さんに言ってみな。ルミエさんもお前の事、知りたいって思ってる。‥‥でも、お前が言わなきゃ伝わらないぜ」
 人の良さを感じさせる口調で。対話の重要性に気づかせようと。
「困らせたくないのも分かるけどな‥‥」
 共感を示したのは、常磐。そのうえで常磐は告げる。
「でも、ルミエはお前の事大切なんだろうしな。ギルドにまで来るくらい。‥‥だからこそ、ハッキリ言ったほうがいいと思うぞ」
 リトは黙った。フォルカや常磐の言葉を受け、真剣に考えているのだ。

 帰ってきたリト達を出迎えたのは、ルミエや開拓者、そして食卓に載った料理たち。
 目玉焼き以外の料理ができたなんて――と、目を丸くするリト。彼に玉星が提案する。
「リトも勉学に忙しいみたいアルが、ルミエと一緒に、料理の勉強をしないアルか? してくれると嬉しいアル」
 玉星は顔の前で掌を合わせた。ルミエの頑張る姿を見てほしい、会話を増やして欲しい、と願うから。
 リトは、頷く。昼は塾で忙しいから夕方以降でもいいかな、と聞いてきた。
 開拓者たちの数人が、答えを聞き、表情を緩ませる。


 翌日の夕方になり、塾から帰ってきたリトとともに、皆で料理を勉強する。作るのは、ハンバーグ。
 ハンバーグの種をこねながら、ルミエの手の動きはかなりぎこちない。リトが傍にいて、目玉焼き以外のものを作る、という状況に、重圧感を感じているようだ。

 ラヴィは、リトが少し席を外した頃合いを見計らい、ルミエに近づく。顔を覗き込んだ。
「ルミエさま。大丈夫ですわ。家族なんですもの。ちゃあんとルミエ様のお心が籠っていれば、ちょっとくらい失敗したって、へっちゃらですわ♪」
 そうでしょう? と微笑みを見せる。
「ええ。ルミエ殿の美味しい手料理を食べさせたい、という気持ちはきっと届く筈ですからね」
 幻獣朗は、視線をルミエの手に移した。昨日から一生懸命動かされていた手を。
 やがて、ルミエは頭を下げた。
「ありがとうございます」
 ルミエの緊張は、完全には消えていない。それでも多少は和らいだようだ。
 リトが戻ってきても、緊張で震えたりはしない。リトと協力して、ハンバーグを焼きあげる。
 リトにもまだ遠慮はあるが、それでも距離を縮めようという努力や気遣いが見える。
 ハンバーグの次は、野菜の料理。
「白菜などの葉物は、茹でで調味料をかければ、生の時よりも消化しやすくなりますから、サラダよりもお腹の調子が悪い時向けですね。
 それから、昨日の野菜スープですけれど、昆布や鰹節で出汁を取れば天儀風になりますし、胡麻油を加えれば、泰風になりますよ」
 真夢紀は、茹で野菜や昨日のスープなど、簡単な料理とその応用について教えていく。ルミエやリトの食卓が豊かなものになるように。
 リトもルミエも、彼女の言葉に相槌を打ちつつ、真剣に聴いてくれた。

 また次の日の昼。この日は、依頼最終日。
 皆の提案で、夕食には今日までに覚えた料理を並べ、パーティーをしよう、ということになった。
 昨日、一昨日で覚えた料理を、今度は出来るだけ自分の力で作っていくルミエ。
 未楡はルミエの様子を見て、もう一品新しい料理を伝授することにした。
 それはお好み焼き。
「これでしたら、親子で一緒に作れます。家族として距離を縮めるには、一緒に料理を作るなど、共に何かをする事や、お話して互いを知りあう事も、大事なのですよ?」
 生地を片手鍋で焼いてお手本を見せながら、未楡は話す。家族にとって重要な事を。
「話をするなら、旦那さんと息子さんにどんな食材が好きかを聞いて、それを使って料理してあげると、喜んでくれると思いますよ」
「そうやって、リトや旦那が何を好きか知る努力も必要だな。あんたが一生懸命なのは、分かるからさ。あとは、会話してもっと仲良くなれば、言うことなし、だ」
 マテーリャとフォルカも、未楡の作り方を見学していた。未楡の言葉を聞き、マテーリャは腕を組みながら頷く。フォルカは、ルミエに親指を立て激励した。

 ルミエが昨日まで覚えた料理を作り終え、お好み焼きも焼き終わったころ。
 真夢紀と玉星が手帳を、それぞれ一冊ずつルミエに手渡した。
 真夢紀が渡したのは、買い物に出かけた際、未楡が記していた、周辺の店の情報。
「本当ならご案内したかったんですけれど。‥‥でも、どこで何が売っているか、小母さまがちゃんと書いておいて下さったので安心してください」
 真夢紀は、何を作るか迷った時は、お店の人に聞くのも手ですよ? と付け足した。
 玉星の手帳には、皆が教えた料理の調理法。
 玉星も、手帳と一緒に助言を贈る。
「旦那が帰ってきたときに、『お帰りなさい』の食卓を自分達の手料理で華やかにする――そんな目標を立てると、上達に良いかもしれないアル」
「上達の為には、基礎を学ぶのも大事だな。――俺が以前使っていた料理の本も渡しておく。役立ててくれ」
 玉星の言葉をうけて、常磐が発言した。食卓に料理の本を二冊置く。常磐の表情に笑みはないが、でも声はどこか温かかった。
「上達されて、簡単なものに慣れたら、いつかリトさまのおやつも作って差し上げてくださいませね♪ その時は、またご一緒にお料理作りましょう♪」
 とラヴィ。お約束ですわ、と、ルミエの手を握る。
 ラヴィに手を握られながら、ルミエは瞳を潤ませる。頭を下げれば、頬を伝う滴。開拓者達の心遣いに、感謝しているからこそ。
「ただいま」
 玄関から声。リトが塾から帰宅したのだ。ルミエは涙をぬぐい、出迎えるべく走っていく。
 やがて、リトも加わって、皆で料理の仕上げや盛り付けを行う。
「さあ、そろそろパーティーを始めようか? 曲のリクエストはあるか?」
 フォルカはヴァイオリンと弓を手に取った。ルミカに尋ねる。今日は豊富な曲目で、パーティーを盛り上げようと。

 食卓には、開拓者とルミエが作った料理。スープやハンバーグが美味しそうな香りを漂わせている。
 その匂いを感じつつ、開拓者の数人は願う。――自分達との経験が、ルミエと夫とリト、彼らが幸せを掴むきっかけになることを。
 開拓者達の視線の先で、リトとルミエは二人とも笑顔を見せてくれていた。