売ろう、伊達眼鏡!
マスター名:えのそら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/22 22:37



■オープニング本文

 武天は此隅。
 この季節、此隅の広場では、野趣祭りという市が開かれる。
 秋に肥えた野生肉が多く扱われる市。
 広場で行われるその市には、屋台も多く出る。やはり肉を扱う屋台が多く、野趣祭りの間、広場は焼いた肉等の香りで満ちる。

「でも、俺は、眼鏡を――伊達眼鏡を売りたいんだっ!」
 ここは開拓者ギルド。
 一人の男が訪れ、職員に向かって力説していた。
 男の髪は腰にかかるほど長い。ふちの無い眼鏡をかけている。どうやら、度の入っていない、伊達眼鏡のようだ。年は、20代前半だろうか。
 男の名はヒデオ。ある商人の次男坊。普段は親の店の手伝いをする彼だが――実は無類の眼鏡愛好家らしい。
「眼鏡。単に視力をあげる為のものじゃない。
 時に冷徹な知性を。時に厳粛さを。あるいは、大人しさを、優しさを。
 掛け手と状況次第で、眼鏡は様々な雰囲気を醸し出す。
 俺は、おしゃれの一つとしての眼鏡を――目が悪くないものもかけられる伊達眼鏡を、世に広めるつもりだ!」
 ギルド員へ喚いてから、ヒデオは説明を続ける。

 ヒデオは今まで金を溜め、様々な種類の眼鏡――それも伊達眼鏡を買い集めていた。ふちのあるもの、ないもの。レンズにすこし色のついたもの――。
 そして、今回の野趣祭りにて、屋台を四日間開き、集めた伊達眼鏡を売ることにした。
 一日目の売りあげは――零。一つも売れない。
 当たり前だ。
 野趣祭りには、皆、肉を買いに来ているのだから。
 それでも、ヒデオは通りがかった人に足を止めて貰おうと、声をかけたらしい。が、熱がこもり過ぎているのか、ヒデオに華がないのか、皆逃げていったのだ。

「そこで――開拓者に依頼だっ!」
 男はギルド員をびしっと指差した。
「明日から三日間、俺と一緒に、伊達眼鏡を売ってほしい。
 売るだけじゃなくて――通りがかる人に興味を持ってくれるように工夫を考えて、それを実行してほしいんだ。
 屋台の外観を工夫するか、あるいは営業方法に工夫する――たとえば、呼び込みをしてみるとか、眼鏡と一緒に何かを売るか‥‥。
 他にもいい方法があるかもしれない。何か良い知恵があったら是非、試そう。
 売れなくても、通りがかった人が、眼鏡に興味を持ってくれればいい。俺はそう思っている」
 そこまでいうと、ヒデオは笑みを浮かべる。
「最終日の営業が終わった後は、そのまま、屋台で月を愛でながら、打ち上げをするのもいいかもしれないな。それなりの天儀酒をたくさん用意しておくし」
 そして、再び、ギルド員をびしっと指差した。
「眼鏡の素晴らしさを知らしめるため、開拓者の力が必要だ! よろしく頼む!」


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
水津(ia2177
17歳・女・ジ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
ヴァン・ホーテン(ia9999
24歳・男・吟
椿 桜(ib0773
14歳・女・巫


■リプレイ本文

●お迎えするために
 午前中。太陽が、広場を照らしていた。焼いた肉の香りが辺りに漂う。早くも商売を始めた露天商の掛け声が、耳に。今日も野趣祭りが始まる。
 六人の開拓者と依頼人のヒデオも、屋台の準備を行っている。机を設置し、商品を並べ‥‥。
「眼鏡の布教とは、かつて無いほどに重要な依頼です。眼鏡マスターの名にかけて、妥協は一切しません」
 水津(ia2177)は眼鏡の配置や携帯品の確認に余念がない。闘志を感じさせるような真剣な表情。
 
 ねえ、ヒデオさま――。準備の途中で、椿 桜(ib0773)は話を切り出した。
「営業が始まる前に教えてもらいたんだ、眼鏡の事。どういうところがいい、とか、どうあるのがいい、とか」
 ヒデオは作業する手を止めた。びっと桜を指差す。
「よくぞ聞いてくれた! 眼鏡は、かける者を変える。外見だけじゃなくて、中身も、心の在り方だって変えるんだ。眼鏡をかけることで安心感が――」
 椿はヒデオの力説に熱心に頷き、聞く。眼鏡への愛着を学ぶために。
 ヒデオの話が一段落したところで、巴 渓(ia1334)が口を挟んだ。
「でも、実際の営業じゃ熱意を伝えることより、大事な事がある。客を褒めるんだ。ウザくならん程度にな」
 客に『自分から買いたい』と想わせることが大事なのだから、と仲間達へ言い含める。

●いらっしゃいませ
 屋台の準備が整った。営業の開始。
 眼鏡に興味を抱いてくれる人は少ないようだ。通行人は、おおかた素通りしていく。
 けれど、ヴァン・ホーテン(ia9999)は笑顔。仲間へ親指を立てた。
「眼鏡は素晴らしいモノなのデスヨ♪ しかし――肉の中で眼鏡を売る為には、まずは掴みデスネ♪」
 ヴァンの言葉に、アルネイス(ia6104)が頷いた。屋台の前に立つ。口を開いた。
「いらっしゃいませー♪ いらっしゃいませー♪
 そこにいらっしゃるお兄さんお姉さん、ファッションに興味はありませんか〜?」
 アルネイスが紡ぐ声は、生気と愉しさを感じさせる。
 売り声に合わせ、ヴァンがトランペットを吹きならした。曲目は偶像の歌。眼鏡に対する違和感を和らげようと。
 通行人は相変わらず、屋台の前を通り過ぎる。けれど、先までと異なり、通行人のうち何人かが足を止める。屋台を振り返る。アルネイスの声やヴァンの曲が気になるのだろうか。

 鈴木 透子(ia5664)は屋台を離れ、市の中を歩いていた。肉を扱う屋台が軒を連ねるのを見、小さく呟く。
「ここで眼鏡を売るんですか、そうですか」
 透子の眼は冷静に、市の雰囲気や客層を確認していた。
 来ているのは、若者が多い。家族づれや、子を連れた主婦もいる。少し離れたところで走りまわっているのは、遊びに来た子供達‥‥。

 透子は、野趣祭りを一通り見て回ってから、皆の元に戻った。
 透子は、祭りの客層も踏まえ提案する。子供を焦点に当てた商いをしようと。
「例え、子供相手でも玩具としてでも、まず使ってもらうことが優先だと思います」
 とヒデオを説得して。
 使われていない地面に布を敷く。子供達が遊べる場の出来上がり。売り場には、玩具としてレンズを外した『縁だけ眼鏡』を置いた。

 しばらくして渓が、屋台の前を通りかかった親子連れに、声をかける。
「おぼっちゃん、よかったら、あっちで遊んでいかないか? 針金で物を作ってるんだ。きっと楽しいぜ? ――奥様、旦那様。如何です?」
 と、掌で布を敷いた場を示した。
 そこで行われているのは、「針金を使った眼鏡の作り方」教室。
 提案した透子や、針金を用意した水津が、数人の子供を相手に、針金細工の眼鏡の作り方を教えている。
 渓に声をかけられた親子連れ、その子供は、誘われるまま眼鏡作りに参加する。
 水津は器用に針金を折り曲げ、手本を示す。懐かしそうな目を子供たちに向けていたが、ふと顔をあげる。我が子を微笑ましげに見ている両親に、
「お父さんお母さんも、一緒に作ってみませんか?」
 はきはきした口調で告げる。お子さんにいいところを見せるチャンスですよ、そんな想いを込め微笑した。

 一方、桜は広場の一角へ、足を運んでいた。
 ここでは、椅子や机が設置されてある。数人が、買ってきた串焼き等を食べていた。
 桜の顔には、ヒデオお勧めの眼鏡。縁が細く銀色のもの。手には、別の眼鏡も。
 桜は息をすぅと吸い込むと、
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これなる眼鏡は〜〜伊達眼鏡っ! これをかければ、時に優しく愛らしく〜〜」
 口上を述べる。水津の熱意や渓の教えを思い出しつつ、お腹からしっかり声を出して。
 食事中の数人の会話が聞こえた。『面白そう』『食べ終ったら見に行こうか?』‥‥。

●お似合いですよ!
 二日目の午前中。
 広場に集まるのは、商人や客ばかりではない。人が集まることを見込んで、芸人達もやってくる。
 その芸人の一人の元を、透子は訪れ、話しかけていた。
「今日と明日、もしよければ、これをかけて演じて欲しいのです。芸の終わりに、当店を宣伝してもらえないでしょうか?」
 色つきガラスの眼鏡を差し出し、丁寧な口調で頼む透子。芸人は面白そう、と快諾してくれた。

 時間が経ち、芸人の宣伝の効果があったのか、屋台にそこそこの人が集まり出していた。
 それらの人の中には、ヴァンやアルネイス、桜の、演奏や口上に興味を持ってきた者もいる。買い物の間、針金教室に子を預けようという母親もいた。
 集まった人々の前で、アルネイスは伊達眼鏡を掲げて見せる。
「『視力は別に悪くない』と思った方、そんな方に知っていただきたいのが、今日ご紹介する、この『伊達眼鏡』でございます〜♪ 今や眼鏡はファッションの時代!」
 自分達が扱っている商品を、分かりやすく簡潔に伝えていく。伊達眼鏡を知らなかったらしい数人の客が、感心したように頷いた。

 ヴァンは、広場の、屋台から離れた場所にいた。彼の手には、ヒデオから譲って貰った眼鏡。レンズに黒い色がついたもの。
 ヴァンは、通りすがりの男性に黒色眼鏡を、勧める。
「ハイ! そこのオニーサン。ジルべリアでは常識のアイテム、サングラスを試してみませんか? ――オゥ! ちょークール、デスヨ! ところで‥‥」
 そして、男性の耳元に口を寄せ、何事か囁く。――男性は考えるような顔をしていたが、やがて小さく首肯する。お安いご用さ、と。

 桜も宣伝のため広場を歩いていた。今は、串焼きの屋台の前にいる。自分と仲間が食べる分を購入すると、懐から何かを取り出した。
「おじさま、お子様のお土産に、こんな玩具はどうかな? お値段も手頃だよっ」
 それは、透子が提案した『縁だけ眼鏡』。桜はそれを、屋台の店主に勧めてみる。

 三日目の昼。眼鏡の屋台は多少の評判になっていた。伊達眼鏡を知らない人も、知っている人も、どんなものがあるのか、と覗きに来る。
 アルネイスは昨日以上に弁を振るった。
「ほらほら、ちょっとかけて見ませんか? 試すだけならタダですし。当店ではなんと! 眼鏡を極めた女性『眼鏡マスター』が、貴方にピッタリの眼鏡をお選びいたします〜」
 と、客に、水津を紹介。
 水津が、客の一人の前に立つ。眼鏡の奥の、黒い瞳で相手を見つめた。
「お客様は明るい感じですから、この眼鏡とこの眼鏡が‥‥」
 直観に基づき、眼鏡を勧めていく。彼女の瞳と口調には、自信があふれ、それゆえの説得力を持っていた。
 アルネイスは、両手を合わせ客に頼む。皆に見える位置へ移動してもらえないかと。そして、他の客達にも向けて、
「装着前と装着後で、雰囲気がかなり違うのが、お分かりになると思います。髪型ですと一度変えると元に戻すのは大変! ですが、伊達眼鏡は、2つの雰囲気を状況に合わせ、自由に選べるのです♪」
 伊達眼鏡の利点を強調する。
 他の見物客が手をあげた。次は私が試着したいと。
 その客にも、水津は、眼鏡を選んでいく。時に、ヒデオの眼鏡だけでなく、自分が携帯している眼鏡を出し、見せてみた。彼女が持つ眼鏡は――なんと130以上!
 人々は、眼鏡の多さに、アルネイスの弁舌に、思わず拍手。

 西の空が赤みを帯び始めた頃。
 見物客は、さらに増えていた。呼び込みや外回りをしていた開拓者も、客の対応を手伝う。
 渓が接客をしたのは女性客。渓はヒデオに用意してもらった鏡を差し出し、伊達眼鏡をかけた彼女自身を見せる。
「ええ、こちらの眼鏡も奥様の知的さをひき立て――」
 商才を活かし、自分に眼鏡が似合うと思うよう、意識付けしていく。
「この眼鏡は、実は、今日までの限定で――」
『限定』という言葉を、渓は巧みなタイミングで使う。渓の話術に、女性客は心揺れているような顔。
 その隣で。
 縁無し眼鏡をかけた透子が、別の男性に黒色眼鏡を勧めていた。
「眼鏡は、男を三分あげる。って聞きました。あたしも、そう思います」
 派手さはないが誠実な口ぶり。相手も興味深そうに、黒色の眼鏡を見る。

 ヴァンは眼鏡を試着する婦人の前にいた。目を見開き、背筋を大きく逸らす。
「オゥ! 素敵過ぎるデスヨ。旦那サンも惚れ直すこと間違いなしデス。――アナタもそー思いマセン?」
 ヴァンの近くにいた男性が「似合ってるっす!」と同意した。
 男性は、実は昨日ヴァンが話しかけていた人物。眼鏡を受け取った代わりに、今女性へのアプローチを手伝っているのだ。
 褒められ、婦人は頬を赤らめた。まんざらでもなさそう。

 一方、桜の対応は、呉服屋としての経験を活かしたもの。相手の服と眼鏡の相性を考え助言する。
「こちらの眼鏡はどう? 呉服屋の椿屋の着物にもピッタリ!」
 と、さりげなく自分の店の宣伝もする。
 ちゃっかりした桜に、仲間の数人が笑った。くすり、くすくす。

●ありがとうございました
 時間が経過し――今は夜。空には満月に近い月。
 三日間の営業は終了した。売り上げは上々とは言えない。見物客の多くは、見たり試したりするだけ。買わずに帰っていったから。
 けれど、伊達眼鏡を買う者だっていたし、なにより依頼主のヒデオが望んでいたこと――野趣祭りに来る者へ、お洒落としての眼鏡を知らせ、関心を持って貰うこと――は、果たすことができたようだ。
 そのうえ、子供にも眼鏡へ興味を持って貰えた。
 それらはヒデオ一人では成しえなかったこと。開拓者の努力の結果。

 ヒデオの顔には笑み。
「有難う!」
 開拓者一人一人にお辞儀するヒデオ。
 水津は首を振った。
 眼鏡の普及に役立てて嬉しいのは自分だと、水津は言う。
「ヒデオさん。私の報酬のお金は、眼鏡の布教のために使ってください。私が、今回の依頼でお金を受け取る訳には参りません」
 きっぱりとした口調で告げた。
 ヒデオは戸惑っていたが、やがて、水津の心遣いに感動し、好意を謹んで受けることにしたようだ。
「ともあれ――ミナサン、お疲れ様デシタ♪」
 皆を労うため、ヴァンがトランペットを奏でだす。
 調子外れの、けど親しみを持てる曲が流れる中、開拓者とヒデオたちは、今回の成果を祝うのだった。