爺さんの巡礼一人旅
マスター名:江口梨奈
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/20 18:54



■オープニング本文

 漁師のカジロには、子が5人。男ばかりが続けて生まれ、それからずっと後になってできた娘がいる。
 カジロの、娘の可愛がりようは、それはもう底なしで、親ばかの見本のようなものだった。
 両親と、4人の兄たちに愛されて、娘のコデマリは年頃になった。次々と良い縁談が持ち込まれるようにもなった。
 そのうち、長兄が持ってきた縁談は、信頼できる商店の息子とのものであった。カジロにとって唯一の不満は、そやつに付ける文句が見つからないことだった。
 最終的にはそれがとんとん拍子に纏まって、めでたくカジロの子達は皆、独り立ちしたのである。

 それから1年ほど過ぎたか。
 コデマリからまたも、めでたい話が出てきたのだ。
 産婆の見立てでは、今年の夏、暑い盛りの頃だろう、という。
 カジロは、70歳を過ぎているとは思えないほどのはしゃぎっぷりで、文字通り飛び跳ねて喜んだ。

 さて、カジロの住む村の周辺には、こんな古めかしい風習がある。
 東西南北の山奥にそれぞれ社があり、そこに生まれてくる子の名前を記した紙人形を納めて、安産を祈願するというものだ。
 だが、これも現代ではあまり行われていない。全ての社を回るのに、健康な男の足でも10日はかかる。
 なので今は、どこか1ヶ所だけでの奉納で済ませるか、全部巡るにしても何日かに分けて行う、というのが主流である。
 よほど験をかつぎたい者か、昔ながらの形式にこだわる者でなければ、まず行わない風習だ。
 そしてカジロはその両者であり、事実、5人の子が生まれる時にこれを行ったのである。

 可愛い娘と、その子のために、再びカジロが立ち上がるのも無理はない話だ。
 海で鍛えた体力を誇るカジロには、10日程度の旅なぞ屁でもない。
 ここで家族は反対した。30年前の若い時ならいざ知らず、もう爺と言ってよい歳だ。娘婿が日のいい時を選んで東の社へ行くというのだから、任せておけばいいではないか。親が、しかも年寄りが出しゃばるなど、みっともないと。
 皆でいっせいに反対したことが、却ってカジロの頭を頑なにしたのだろうか。「娘を心配して何が悪い」と、決意を曲げようとはしなかった。
 なら、せめて誰かを付き添いにして一緒に行けと言ったが、これもまた嫌がった。己の願掛けに人の手を頼るなどあってはならぬと。
 こんな風に半ば強引に、カジロは一人で出発したのだった。

 聞く耳を持たない父親に呆れはしたが、出て行ったものは仕方ない。あとは無事に帰ってくることを祈るだけだ。
 けれど、出発して2日後に、とんでもない話が飛び込んできた。
 行程の最後になるだろう北の社周辺で、ケモノだかアヤカシだか知れぬ、山犬のような化け物が現れたというのだ。
 こうなれば話は違う。すぐに追いかけて状況を知らせ、引きずってでも連れて帰らなければ。

 しかし‥‥。

 なんと情けないことだろうか。息子も娘婿も、誰もカジロの足に追いつけないのであった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
和奏(ia8807
17歳・男・志
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
将門(ib1770
25歳・男・サ
アカダマ(ib3150
35歳・男・泰
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
コトハ(ib6081
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●旅の途中で
 巡礼の旅とは、寂しいものだ。
 祈願という、言ってしまえば我欲のために行うものだ。神か仏か精霊か知らぬが人智の及ばぬもの達が、場合によってはそんな愚か者を拒むために険しい困難を用意する。そして人は己の祈りが邪でないと証明するために、進んでその困難に飛び込んでいく。
 だが、村に古くから伝わる風習の一つである四方参り(4カ所を巡るのでこう呼んでいるらしい)も、時代とともにずいぶん簡素になった。商売なぞをしていると、半月ちかくも家を空けるわけにはいかないのだろう。
 罰当たり者もそうでない者も、変わらず神に近寄れる。何と嘆かわしい時代になったものか。昔ながらの道を足で進む者は減り、30年前に通った道はすっかり荒れていたが、鍛えた体では苦にならない。カジロは、この歳まで健康で、こうして歩けることを感謝した。
 もう少し進めば、過去の巡礼者が残した東屋があるはずだ。今夜はそこで休むとしよう‥‥そう考えていたカジロは、目的の場所に灯りがあるのを見つけた。
 旅装束の女が二人、火を熾していたのだ。
「あら、こんばんは。」
「こんばんはー!! あれ? じいちゃんも、ここで野宿?」
 二人はカジロに気づくと、笑顔で声をかけてきた。
 コトハ(ib6081)とルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)が先回りをし、この頑固な老人と接触すべく、ここで待機していたのだ。だが、もちろんカジロはそんなことは知らないので、巡礼姿の二人を見て、自分と同じ目的の旅人だと信じた。
「こんばんは。『じいちゃんも』ということは、おたくらも夜明かしか?」
「ええ、世話になった女性がおめでたですので、四方参りをしている途中なんです」
 コトハがそう説明すると、カジロは嬉しそうに目を細めた。若いのになんと信心深い娘だ、と感心したのだ。
「よかったら、じいちゃんも食べる?」
 ルゥミの前には即席のかまどに乗せられた大鍋があり、その中では肉と豆のスープが煮えていた。
「なんじゃ、こんな重たいものを、わざわざ持って来てるのか」
「あたいはね、ジルベリアの山で育ちで、山が大好きなの! だから今でも時々こうやって山を歩いてみてね、ジルベリアのことを思い出してみるんだ!!」
 心から楽しいといったふうに喋りながらルゥミは、慣れた手つきで調理を進める。山で暮らしていたという言葉通り、その動作は堂に入ったものだった。
「ここ数日、ルゥミ様と一緒に旅をしておりますが、いろいろと詳しくて助かってるんですよ」
「女二人だけか? 心細くはないか」
「いいえ、ちっとも」
 コトハがこれまでの道中についてにこやかに語る。カジロは、この品の良さそうな娘と明るい少女とに好感を持ち、誘われるまま食事を共にすることにした。
 しばらくそうやっていると、別の人影が近づいてきた。かなり早足だったが、3人が座っているのに気づいて足を止める。武具を一通りそろえた、物々しい姿の若い男だった。
「おや、ここで夜明かしですか」
 和奏(ia8807)である。和奏が夜の挨拶をすると、少女達はいかにも初対面であるかのように振る舞い、カジロにしたのと同じようにスープを勧めた。
「ありがとう、ですが急いでるので」
「何かあったのか?」
「北の社、ご存じですか? 東西南北にある社の一つで」
「おお、わしらはまさに、参拝している最中じゃからな。東は今日行ったから、近いうちに北にも行くぞ」
「何ですって、それはいけません!」
 和奏の顔が険しくなった。
「今、あの辺りでアヤカシが出ているという話なのです」
「ええっ、アヤカシが!?」
「まあ、恐ろしい‥‥」
 少女達は大げさに、驚いてみせる。
「もっとも、あなた方が到着する頃には、自分たちが片づけ終わってるはずですが。万一があります、くれぐれもお気をつけて」
 そう言い残して、和奏はそこを立ち去った。
「聞いた、じいちゃん?」
「どうしましょう、お参りはまだ途中ですのに‥‥」
 コトハは顔を青ざめさせて、おろおろする。普段は何があろうと眉一つ動かさない彼女が、よくもこれほど巧く芝居ができるものだ。
「そうだ、じいちゃん。じいちゃんもあたい達と一緒に参らない? 一人より二人、二人より三人だよ!」
「そうじゃのう‥‥」
 カジロは悩んだ。確かに、人は多い方が安全だろう。それにルゥミを見ていると、まだ見ぬ孫のように思えてくる。きっと彼女たちとの旅は楽しいだろうが、楽しむための旅ではない。
 返事をしかねていると、3人の後ろから、別の声がした。  

「何だ、いい匂いがしてるなー」
 村雨 紫狼(ia9073)がスープの匂いを嗅ぎつけて近づいてきたのだ。
「よかったら食べるー? まだまだいっぱいあるよ!」
「そりゃもう、喜んで」
 言うが早いか紫狼は車座の中に飛び込み、渡されたスープを旨そうに啜った。カジロの警戒心を解くための芝居なのか、本当に空腹なのかは分からないほど旨そうに。
「まったくよー、社巡りがこんな荒れた道だなんて、聞いてなかったぜ」
 紫狼は、自分もまた四方参りの途中であることを告げた。
 カジロは喜んだ。
 とうに廃れた風習だと思っていたのに、まだまだこんなに若い者が継いでいる。
 ‥‥妙案を思いつく。
 二人の娘の同行者になることを、この若い男に頼んでみるのはどうだろうか。信心深い者同士、気は合うだろうし、じじいよりも頼りになるだろう‥‥。
 この案に、紫狼らは焦った。ここでカジロと別れてしまっては何にもならない。
 カジロが、そんな彼らの焦りに気づくはずはない。
「おまえさんも、女房かどなたかに子が?」
 カジロが話しかけるので、紫狼が慎重に言葉を選ぶ。
「いや、俺じゃなくて、友人の嫁なんだけど。ここの安産祈願の話を知ってさ」
 それから、思いついたように持っていた鞄をかき回しはじめた。
「仲間内で誰が行くかを決めよう、ってんでコレで勝負したら‥‥」
 取り出したのは花札の束だった。
 意味を察したカジロの表情がみるみる険しくなる。
「負けたから、損な役回りを押しつけられたというのか?」
「まあ、そんなところで。どうだ、じいさんも一勝負‥‥」
「馬ッ鹿もーーん!!!」
 立ち上がり、怒声を放つカジロ。鼻息は荒く、顔は真っ赤だ。
「おまえは四方参りを何じゃと思っておる! こっちの娘さんなんかな、慕っておる女性のために危険を覚悟で出立したのじゃぞ!!」
 カジロはコトハの肩をぐいとつかみ、激しくゆさぶる。ずいぶんとコトハに同情的だ。
「俺だって、無事に生まれてくれりゃあいいと‥‥」
「ええい、黙れ黙れ! それを食ったら、さっさと立ち去れ!」
 紫狼は、カジロの不興を買った。熱いスープを慌てて飲み干し、そそくさとその場を離れていった。
「じいちゃん、そんなに怒っちゃ、怖いよ」
「おお、すまん、つい‥‥」
 ルゥミが怯えた表情をするので、カジロは我に返った。いい大人がいつまでも不機嫌を露わにしてはなるまい、と、老人は呼吸を整えた。
「まったく、不埒な輩が多すぎる。娘さん方、この老人、力及ばずながらご一緒しよう。この先も、あんな連中がいないとは限らぬからな」
 
●北の社
「お、来た来た」
 将門(ib1770)が、追いついた和奏の姿を見つけた。コトハ達がカジロと合流できたこと、アヤカシの存在についての警告もできたという報告を受けて、まず第一段階は成功したと胸をなで下ろす。
「ほな、向こうのことは向こうに任せて。こっちはこっちで本腰入れさせて貰おうかな」
 開拓者の本領発揮、と言わんばかりに天津疾也(ia0019)は気合いを込めた。気付かれないようにこっそり護衛、というのは彼の性分に合わない。危険はさっさと排除。手段は明朗かつ迅速に。商売と同じようなものだ。
「ケモノだと思うか、アヤカシだと思うか?」
 アカダマ(ib3150)が隣の紙木城 遥平(ia0562)に話を振った。遥平は「さあ」と曖昧な返事をする。
 何しろ、特定する情報が少なすぎるのだ。『山犬のようなものを見かけた』というだけで、何匹いるのかすら分からない。場合によっては本当にただの山犬かもしれない。
「ケモノなら、群れを成してるかもしれませんね」
 だとしたら、数は多いと考えた方が妥当か。
「アヤカシなら、容赦なくこっちを襲ってくるだろうな」
 将門が話に加わる。野生の獣とは意外と臆病なもので、己の数が多かろうと不審なもの‥‥この場合、武器を携えた人間、には近づいてこない。ケモノでも、腹を空かせてないかぎりはじっとしているものだ。これがアヤカシとなれば、やつらにとってこの5人の集団は、美味なる餌の固まりにしか見えないだろう。
 どちらにせよ、さっさと見つけて露払いをするとしよう。カジロ達は、近いうちにここまで来るのだ。
「聞いた話じゃ、カジロってのは良い爺さんじゃないか。依頼主もこうやって心配してるぐらいだしな」
 依頼の内容は『カジロの身を安全に』だ。旅を中断させて連れ戻せ、ではない。これだけでも、息子達が父の意志を尊重したいという気持ちが表れている。慕われている証拠だろう、と将門は思った。
「娘さんの心配の種にはなってるみたいですけどね」
 その見解には賛成だが、安産祈願のごり押しが逆に妨げになってやしないかと和奏は心配している。しかし、アカダマは笑い飛ばした。
「周りはメイワクかもしれねぇが、ま、テメエの子の可愛さ故、ってことにしといてやろうぜ。誰だって子の為には、何かしてやりたいもんだ」
「ほう、あなたが子供好きとは知りませんでした」
「嫌いじゃないぜ。そりゃ、扱い方は知らないけどな」
 遥平に指摘され、アカダマは頭を掻く。
「欲しいのか?」
「高望みってヤツだ」

 北の社を中心にして、それぞれが注意深く周囲を探る。
 遠くで鳶の鳴く声が聞こえたりして、アヤカシが出るかもしれないなどと聞かなければ、のどかな場所だった。ところどころに差し込む日差しはとうに春のもので、ついと空を見上げてしまう。
 先ほどから遥平は、瘴索結界を張ってアヤカシを探しているが、未だ見つけられずにいる。巡礼路を逆に進みながら、あらゆる場所で同じ試みをするが、瘴気のかけらも無い。
 術は長くは続けられない。使えないときは五感を研ぎ澄ませて探るしかない。
 大きな気配を察したのは、そんな時だった。
「気をつけろ、近くにいるぞ!!」
 生臭い息と涎の匂いがした。物質を持ったモノが、茂みの中に潜んでいる。
「ケモノか‥‥アヤカシか?」
 銘々が武器を構える。しかし、逃げる気配はない。寧ろじりじりと、間隔を詰めてきているようだ。
「囲む気か?」
 気配は一方向からだけではない。3頭‥‥4頭か。
 茂みの闇に、うっすら黄色い眼が見える。数は8つ。4頭だ。
「話を聞いてはくれないか?」
 将門が一縷の望みをかけ、近づく気配に語りかけた。もし、言葉の通じる相手であればここから立ち去って貰いたい。だが、試みは徒労に終わった。
「ハナシの通じない相手に加減はしねえ。悪く思うな」
 アカダマは六尺棍を構えつつ、前に一歩踏み出した。
 それと同時に、茂みはいっそう大きく揺れ、毛むくじゃらの固まりが飛び出してくる!

「1匹も逃がしぃな! 俺ら、このために出てきたンやからな!!」
 言うが早いか疾也は、殲刀「秋水清光」を鞘に収めたまま、正面の1頭に駆け寄った。『深雪』の発動である。牙を剥き出しにして襲いかかってきた山犬の一撃をかわした次の瞬間には、秋水清光は刃を煌めかせて山犬をまっぷたつに切り裂いていた。
「よっしゃ、こいつらはケモノだ!!」
 地面に転がる肉塊は、ひくひく蠢いていたが、まもなく動かなくなった。
 だが、これで終わりではない。仲間のひとつが斃れたにも構わず、残る3頭の殺気は収まらない。
「引く気は無い、か」
 刀「嵐」に新陰流のちからを纏わせた将門は、飛びかかってくるケモノにも動じない。
「テメエと相手のどっちが早いかもわからねえか」
「一気に片づけましょう。遥平さん、援護を頼みます」
 舌なめずりをするアカダマと和奏。疾也だけに手柄を取られてはかなわないと、それぞれの目標を定める。
「公平にひとり1匹だ、きっちり仕事しろよ!!」

●カジロの到着
 北の社に近づく、4人の人影があった。どうしたわけか、全力疾走だ。
「じいちゃ〜ん‥‥待ってェ‥‥ぜい、ぜい」
「うぬぬ‥‥ええい、腹立たしい‥‥」
 そのうち3人は、肩で息をしながら立ち止まった。悪態を浴びているひとりはまだまだ元気なようで、どんどん距離を開けていく。
「‥‥なぜ、そんなに走っている?」
 先頭を駆けていたのが紫狼だと気付いた将門は、不思議そうに声をかけた。
「負けられない男同士の戦い、ってやつだ‥‥それより、そっちはどうなんだ?」
「上々だ」
 4頭のケモノ退治後も、しばらく同じ作業を続け、危機を探っていたが、今のところは安全のようだ。
「なんだ、俺もいざというときの備えをしてたのにな」
「出番を奪っちまったか、そりゃすまねぇ」
 疾也はけたけた笑う。もちろん、ちっとも悪いとは思っていない。
「で、どうするよ。もうすぐカジロGちゃんも追いつくだろうけどよ。挨拶しとくか?」
「いや、俺は止めとくよ。あんたらの渾身の芝居を邪魔しちゃ悪い」
 あくまで、ケモノ退治の開拓者とカジロの旅は無関係なのだ。アカダマはそしらぬ顔をして、爺と娘らの脇をすれ違った。

「あら、開拓者たちですわ。例のアヤカシ退治、終わったのでしょうか?」
「そうみたいだね‥‥ぜい、ぜい‥‥これで一安心かな」
「ならば遠慮無く、北へ向かうとするか。ルゥミ、その鍋をよこせ」
 カジロはルゥミの大鍋を担ぎ上げる。
「おぬしらは休んでおれ。わしは小僧と決着をつけねばならぬ!」

 爺はまだまだ元気だ。