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■オープニング本文 「忙しいだろうに、こんなお遣いを頼んで申し訳ないね」 依頼主である老婆は、曲がった腰を更に曲げて頭を下げた。 「直接持っていってやりたいんだけど、わしも足が悪ぅてね、山越えは辛いんじゃ」 老婆の頼む仕事は、畑で取れた里芋を、山向こうに嫁いだ娘の家族に届けて欲しい、というものだった。少々遠く、山途中で夜を明かさなければならない距離なのだが、道は整っており、宿ほど立派ではないが休むための簡素な小屋も置かれ、ケモノやアヤカシの類が出るという話も皆無だ。健脚な大人なら、この程度の遣い、何の苦労もない。 ただ、気になることがあるのだという。 実は、遣いを頼むのは、これで2度目なのだ。 先日、同じ村の若い男に同じことを頼んだ。丁度、山を越える用事があったそうで、快く引き受けてくれた。 だが、夜中、小屋で休んでいるときに、賊に襲われたという。 いや、賊かどうかは分からない。 若い集団‥‥集団、というほど多くない、3・4人だった。鼻から下は布を巻いて顔を隠していた。 賊の要求は、金では無かった。 「里芋をよこせ」 賊は老婆の里芋を奪い、それ以外の物は全く手を付けず、男も傷を負うことなく事件は終わった。 あの山に賊がいるなどという話はついぞ聞いたことはない。遣いは、そんな大仰な嘘をついて取り止めにするほど面倒なものだったとも思えないし、そもそも嘘をつく男ではない。とすると、本当に、賊に里芋を奪われたのだろう。 「娘の方にはね、もう便りを出して、持っていくことを伝えてあるんだよ。孫たちはあんまり好きじゃないようだけど、こういうのは初物だからねえ」 老婆は、くれぐれもよろしくと言って、しょいこに2杯の里芋を出してきた。 さて、これを担いで、山を越えるとしようか‥‥。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
山本 建一(ia0819)
18歳・男・陰
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
空(ia1704)
33歳・男・砂
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
がんまぐ(ia5672)
13歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●しょいこに2杯 崔(ia0015)がしょいこに腕を通し、立ち上がろうとしたら、その重さによろけてしまった。 「ばあちゃん、これは‥‥ずいぶん豊作だな」 「崔よ、若い者がそんな弱腰でどうするよ」 と、もうひとつのしょいこを背負おうとした空(ia1704)も、決して軽々と持っているとは言えなかった。里芋は水で洗ってしまうと傷みが早くなるので、掘り出した後は土を払っただけだ。かごの中はたっぷりの芋と、その隙間を埋めるように泥が詰まっている。交代で背負うことになったとはいえ、これで今から丸一日山道を歩くことになるとは。 「嫗、他の野菜は送らなくてよいのか? ほら、その葱なぞ、いい太さに育ってるではないか」 芋煮の付け合わせにとでも思いついたのか、輝夜(ia1150)は葱を5・6本ほど束にして、空のしょいこの上に放り投げた。 「本当に、丸々としておいしそうな芋ですね。お孫さん達はあんまり好きじゃないんですって? 勿体ないですね」 露羽(ia5413)がそう言うと、老婆はさして残念がるふうでもなく答えた。 「まあ、子供のうちは好き嫌いの多いもんじゃ。でもまあ、娘も、娘の亭主も芋は好きじゃからな。今から寒くなるし、こいつと猪とを炊いた汁なぞ、最高じゃぞ」 「ああ、嫌いと言っても、その程度なんだ。俺はてっきり、体質で口が痒くなるとか、あのもったりした実が喉に詰まるとか、そんな理由かと考えてたんだがな」 「うちの家系に、そんな繊細なやつはおらんわい」 崔の言葉に、けたけたと笑う老婆。 「その繊細じゃない孫らの名は何という? 顔を会わせるのだ、挨拶ぐらいしたいのでな」 露羽が尋ねると老婆は、それもそうだと快く教えてくれた。 孫は3人。年長が今年16歳になるサクラ。 長男は15歳の進太郎。 末が、12歳の弥次郎。女ひとりに男がふたりだ。 「じゃあばあちゃん、行ってくるぜ。そのサクラちゃん達に、間違いなく届けてくるからな」 老婆に見送られ、6人はいよいよ娘宅を目指した。 ●賊の正体 「孫だよな」 老婆の姿が見えなくなったのを確認して、がんまぐ(ia5672)は言った。 「話を聞く限り、孫が一番怪しいよな」 己の予想と同じことをがんまぐが思い至ったと知って、崔もいささか安心した。 先に襲われたという村の男。彼が里芋を持っていたことを知っていたのは、老婆と娘の家族だけだ。そして、里芋を届けさせたくない動機を持っているのは、芋嫌いの孫たちだ。若い3・4人の集団、という話にも合致する。何年も賊の出ていない山に、偶然に若い集団が徒党を組み、偶然にもそいつらは里芋が好きで、そして偶然、里芋を持った旅人が通りがかったので襲われた‥‥などと考える方が不自然だ。 「それにしても、賊のふりをして奪ってまで、なぜでしょうね。何か事情でもあるのでしょうか」 山本 建一(ia0819)が首を捻るが、それを空は笑い飛ばす。 「ヒヒヒッ、難しいことじゃねえ、あのばあちゃんが言ったとおりだろうよ。里芋なんて泥臭いもの、子供の好きな味じゃねえ」 言いながらも空は、頭を掻く。 「そういう俺も、好きじゃねえんだがな。あの粘りがねえ‥‥。けどまあ、旬のものを季節に一度食うのまで避けようとは思ってないけどな」 好き嫌いはともかく、今年も老婆の畑が豊作だったのを喜ぶことは悪いことではない。おそらく春から植えて、老婆が今まで世話を続けてきた結果は、ぜひ娘一家にも知らせたいものだ。 「私たちが今日、向かっていることも当然知ってるんでしょうね。おばあさん、手紙を送ったふうに言ってましたからね」 「こっちの人数や、俺たちが開拓者だってことは伝えてるのかな?」 「さあ、どうでしょうね‥‥。もしお孫さんたちが警戒して襲ってこなかったら、それはそれで万事解決なのですけどね」 依頼人にとっては可愛い孫だろう、その彼らが、褒められたものではない行動をとったと知ったら、きっと老婆も呆れ、悲しむに違いない。 開拓者の足なら、一晩にこの山を越えきってしまうことも可能だ。だが、秋分も過ぎた頃となっては日没はどんどん早くなっていく。まだ夕刻だろうに、灯りに頼らなければまともに歩けないほど暗くなってしまった。 「しかたねえ、小屋で一休みといきますかい。なあに、本当に孫が賊だって決まったわけでもねェ、襲われたなら襲われたで、そいつらのツラを拝んでやろうじゃねえか」 ●里芋泥棒 教わった小屋は古くはあるが立派なものだった。依頼人の話どおり、布団や枕ははもちろん、薪にやかんまで用意されている。宿が無いのを補って余るほどの快適さで、いかにこの山が平和であるかが計り知れる。 「飯くったら、さっさと寝ようぜ」 「そうね、明日も早く出発したいですし」 「それもあるけど、賊に襲っていただかなくちゃいけないしな」 崔が冗談っぽくそう言うと、空は「違ぇねえ」と笑った。 「ふふ、そうですわね。じゃあお茶を飲んだらお布団を敷きましょうか。‥‥あら、がんまぐさんは何を?」 露羽がふと脇を見ると、一足先に食事を終えたがんまぐが、部屋の隅で布を広げ、なにやらごそごそと作っている。 「茶色と白の縞々で‥‥何ですか、これは?」 「ま、出来上がってからのお楽しみということで」 謎の作業はあっという間に片づいたようで、結局それが何かは分からないまま、6人は床につくこととなった。 灯りの落ちて暗くなった小屋の中を覗く、3つの人影があった。顔は、鼻から下を布で巻いてあるのでよく分からない。背格好は細っこく、まだ少年であるようだ。 3人は、中の様子を一通り見て、ひそひそと話していた。 「ちょっとォ、あの量は‥‥。なんて量よ」 「ひとりで運び出すのは難しいな、やっぱり3人でいかないと‥‥」 「ねえちゃん、6人もいるよ。大丈夫かなあ」 「そうね、起きてこられちゃ面倒ね。いいこと、そぉっと動くのよ。戸も、音を出しちゃダメよ。そぉっと、そぉっと‥‥」 小屋の戸が、そぉっと動いた。僅かな月明かりが、部屋の中に細い線を作る。 誰も起きあがる様子はない、今度はもっと大きく戸を動かした。人が通れる幅まで広がると、そこから、これまた足を忍ばせて、3人の少年が入ってきた。 (「ンもう、何だってこんな、戸の真ん前で寝てるのよ」) 入り口近くで寝ていた露羽に舌打ちをする賊。露羽の体をまたぎ、目的の里芋へと近付いていく。 自分の体の上を3人とも跨いだのを確認して、シノビの露羽は少年達よりも更に気配を消して、静かに入り口を塞ぐ位置へ移動した。 里芋のしょいこは、部屋の真ん中へ置いてある。こんな、泥だらけのものを部屋にあげてあるのを少年達は何も疑問に思わなかった。しょいこを取り囲むように6人が布団を敷いてあることにも疑問を持たなかった。 誰も起こさずに目的のものへ辿りつけたことに満足して、しょいこの紐に手をかけようとした彼らの耳に、風の音が聞こえてきた。 風? いや、風ではない、息か? 音は徐々に大きくなる。そしてはっきりと聞こえてくる。 念仏が。 「な、なんだ‥‥?」 「里芋くわねぇ子はいねが〜〜〜!!!」 悲鳴が、大捕物の始まりの合図となった。 ●捕らえてみれば 茶色と白の縞々もようの頭を持つ里芋の怪物が侵入者達に襲いかかった。 「里芋くわねぇ子はいねが〜〜〜!!!」 がんまぐの作っていたのはこれだった。布で顔をぐるぐる巻きにし、がんまぐは気味悪い声を上げながら賊を追い回す。 驚いて飛び出そうとする賊の足を崔の手が掴んだ、それまで布団の中でじっと動かずにいた崔は、息を潜め、獲物が射程に入ってくるのを待っていたのだ。賊はみごとにすっ転び、どしんと大きな音を立てて床を揺らした。 「何してんの、早く起きろッ」 「足が、足が‥‥!」 「足がどうした‥‥」 仲間を助け起こそうとしたもう1人の賊が尻餅をついた。とうに空が立ち上がっていて、手持ちの紐で胴体をぐるぐる巻きに縛り上げたのだ。 「逃げろッ」 捕まった賊は、最後のひとりに言った。最後の賊は、助けるか逃げるかを決めかねおろおろとしていたが、肝心の出口が露羽で塞がれていて愕然とした。 こうなれば、もうヤケである。 賊は、手近なものを引っ掴んで‥‥それは枕だったのだけれど‥‥振り回し、この包囲網を突破しようとする。 「やめぬか、サクラ!」 賊は、輝夜の声で呪縛にあったかのようにピタリと止まった。 「進太郎も弥次郎も、大人しくするというなら放してやる」 崔に捕まっていた賊も、空に捕まっていた賊も、どれも名前を正しく呼ばれてしまい、いよいよ観念するしかなかった。 「はいはい、そこに正座する!」 空は軽快な口調で言っているが、その目はぞっとするほど冷たかった。すっかり萎縮した3人は、大人しく言うことを聞いている。 「まったく、もう‥‥この、たわけ者どもが!!」 3人の頭を、輝夜は順番に葱で殴りつけた。芋煮の付け合わせは木刀代わりにも使えて便利だ。 「このような盗人まがいのことをしでかしたのは、里芋が嫌いじゃからか? そのような理由で許されると思うておるのか!」 きつく説教され、3人はしゅんとしている。 「里芋の何が好かぬ? わけによっては、汝らの婆にとりなしてやる」 「‥‥続くんだよ」 「うむ?」 「続くんだよ、ばあちゃんの芋が届いたら、十日も二十日も、芋煮が続くんだよ!」 サクラも、進太郎も、弥次郎も、それは本当に悲痛な叫びであった。 「見てよ、あのしょいこ。あれだけの量だよ? しかもこれだけじゃないよ、次の収穫が出来たときも送ってくるんだよ。でもって、うちの父ちゃんと母ちゃんは芋煮が好きだから、毎日作るんだよ! 毎日だよ、本当に毎日。去年も一昨年もそうだったよ。もうやだよ、里芋なんて見たくないよ!!」 豊作の喜びが、この姉弟を悲しませていたとは、何と皮肉な話であろうか。 しかし、それはそれとして言いたいことがある。 「この、たわけ者どもが!!!」 輝夜の葱が再びしなる。 「そのような贅沢な理由が認められるか!!」 ●事件の終わり 気持ちは分かるが、同情はしかねる話である。しかし毎日同じ食事では、辛いのも事実だろう。 「味が嫌いではないのなら、違う料理法を試してみてはどうかしら?」 と、露羽が提案したことに、姉弟は顔を見合わせた。 「3人とも料理はしたことない? 難しくないわよ。ちょうど、ここにかまども鍋もあることですし‥‥」 露羽は手際よく支度をすると、ちょいちょいと里芋に火を通し始めた。 「茹でて塩だけで食べる、皮を剥いて薄く切ったものに油を塗って焼く、茹でたのを潰す‥‥これだけで食感はだいぶ違いますよ」 もっと調味料があれば、いろいろと試せるのだが、残念ながら今は持ち合わせがない。 「こんなのなら、あるけどな」 里芋怪人から人間に戻ったがんまぐは、薬包紙でくるんだ黄色い粉末をとりだした。 「芋汁鍋に、こいつを入れて一煮立ちさせたものを、飯にかけて食べると熱くて辛くてうまい! どうだ?」 鬱金や唐辛子の風味が加わった新しい里芋料理に、姉弟は目を丸くする。そして、里芋嫌いから安直な方法で逃れようとした己達がとたんに恥ずかしくなってきた。 「反省したか? じゃあ素直に謝っとけ。両親にも、ばあちゃんにも、こないだの男の人にもな」 「いやいや崔よ、それだけでは甘いな。ここはひとつ、お仕置きをしておかないとな」 「何をするつもりだ、空?」 「アレだよ」 空の視線の先には、しょいこがふたつ。 「がんばって運んでもらうことにしようかねぇ」 そうしてようやく、娘一家の元へ今年初の里芋が届けられた。 今年のばあちゃんの里芋も上々の出来だ。 3人の子供たちが、こぞって台所に立ちたがるようになったのが去年と違うところだそうだ。 |