杉を囓る大鹿
マスター名:江口梨奈
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/05 22:01



■オープニング本文

 50年ほど前に植えた杉の木が、そろそろ売れそうだと、ガボ爺は赤い紐で目印をつけた4本の杉を撫でた。
 この1本は、長女が生まれたときに植えたもの、あっちの1本は長男が‥‥。手入れの甲斐あって、どれも立派な材木になりそうな木に育った。
 ガボ爺は手持ちの山に材木となる杉を植え、それで生計を立てている。質素ながらも4人の子供を育て、それぞれ家庭を持ち、それぞれの孫がいよいよ成人する。木を売れば、孫たちへの祝い金として持たせてやれるだろう。「これはな、おまえらの父ちゃん、母ちゃんが生まれたときに植えた木なんだぞ」、孫に自慢しているところを想像する。そして‥‥「おまえたちが生まれたときにも、ちゃんと植えたからな」、こう続けよう。別の場所にある7本の、白い紐のついた20年物の若い杉を見上げてガボ爺は考えた。
 ありがたいことに、この歳になっても足腰は達者だ。歳は取っても、山の手入れのコツは息子より自分の方がよく分かっている。それにこんなに天気の良い日に外へ出るなと言う方が酷だろうよ、と、ガボ爺は鼻歌をうたいながら下草を刈っていた。
 と、視界の端に、何か動くものが見えた。
「チッ、また鹿か‥‥‥‥」
 舌打ちをし、背に負っていた銃を降ろす。冬が終わって芽吹く季節になると、こうやって鹿が沸いてくる。可愛い顔をしてこんなに厄介な獣もいない、なにせこいつらは、大事な杉の木を食ってしまうのだからな。
 銃を構え、気配のほうへ近づく。
 だがガボ爺はそれ以上動けなくなった。
 目の前にいたのは、普通の鹿の5倍はあろうかという巨大なケモノだったのだ!

 手が震え、汗で濡れ、銃はがちゃりという音をたて地面に落ちた。
 その音に大鹿が振り返る。
(殺される‥‥!)
 気が遠くなる。しかし大鹿は何もなかったように、また悠然と木を囓り始めた。
 ガボはほうほうの体で逃げ出した。大鹿は追いかけてくることはしなかった。
 
 大鹿は、いつまでも木を囓っていた。  


■参加者一覧
阿弥香(ia0851
15歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

●春の息吹
 冬が終わって芽吹く季節になると、こうやって鹿が沸いてくる。
 それまで凍えながら眠っていた大地は、暖かな太陽を浴びて生命を取り戻すのだ。‥‥素晴らしい山の幸という名の。
(食べたら、おいしいカナ?)
「モユラってば」
 天河 ふしぎ(ia1037)に肘でつつかれ、モユラ(ib1999)は空想を止める。そうそう、今は依頼主に詳しい話を聞いている最中なのだ、余計なことを考えている暇はない。けれど‥‥隣に座る篠崎早矢(ic0072)の、膨れた背嚢の中身を知っている者は皆、似たようなことを考えてしまっている。味噌に、生姜に、はちみつ、塩、こしょう。「鍋は貸してもらえるでしょうか」という独り言まで聞いてしまった。食べる気、満々である。
「いや、爺ちゃんに何事もなくてよかったわ」
 などと、しとやかな事を言っている神座真紀(ib6579)の頭の中も、先ほどから鉄板の上でジュウジュウと音を立てている赤身肉のことでいっぱいだ。そう、野生の肉は堅いのが難点やから、すりおろした玉葱に漬け込んで柔らかくしよう。赤身は脂身が少ないで、牛の脂身を足すとええかもしれん。肝はどうしたもんか、それに角や皮も‥‥。
「売ればお金になるかもしれないよ!」
 そう言ったのはフランヴェル・ギーベリ(ib5897)だった。
「買い取ってくれる人を呼んでおけばいいと思うね」
 退治する前から売り飛ばす算段とは、なんて頼もしい連中だとガボ爺は満足した。そうとも、こちらはあのケモノのせいで、少なからざる損害を被っているのだ、そのくらいの代償を期待しても罰は当たるまい。
「よし、それじゃあさっさと片付けちまおうぜ!!」
 一通りの話を聞き終わると、時間が惜しいとばかりにルオウ(ia2445)は立ち上がった。
「わあい、はじめてのケモノ退治だー」
 阿弥香(ia0851)もまた、様々な期待とともに飛び出した。

●杉林
「鹿さん、しっかさん、あっそびましょ!」
 問題の場所に到着したのも一番のりだった阿弥香は、まるで遊びに誘いに来たかのような節回しを口ずさんだ。その辺で拾った枝を指揮棒のごとく降り、胸まである藪をかき分ける。
 ある一角の杉が、丸裸になっていた。根の太さからかなりの樹齢があるものと察せられるが、幹は一回り細い。鹿は木の皮を食うらしいが、相当の厚さを削ぎ取ってしまっている。顎の力も強いのだろう。
 足跡やら、糞やら、抜けた毛やら、明らかに大きなけものがいた形跡が遠慮無く残されている。しかし、その持ち主がどこにいるのか‥‥ざっと見渡しただけで見つけられるほど、ガボ爺の山は小さくはなかった。
「ふうむ、何も見えないなー。明るくしたら見えるかも‥‥。ふしぎ、何かやれ」
「『何か』て」
 彼女の性格はこうなのだ、とふしぎはいつもの事に苦笑いする。彼らの構える空賊団の中で、阿弥香の行動を何度も見てきた。大胆というか、無鉄砲というか。思い切りよく前に出るものの、特に策を考えているわけではないのだ。
 大きなケモノゆえ、残された足跡の類は、他のけものと難なく区別が付く。だが大鹿は、この辺りを食い放題の餌場ととらえたのか、足跡の向かう方向は一定ではなく、また範囲も広かった。
「通り道が分かれば、罠も仕掛けられるのにね」
 残念そうに、モユラが言った。ガボ爺いわく、罠を仕掛けるにもけものがどこから来るのかを把握しなければならない。一度だけ見て、あとは腰を抜かして逃げたのだから、あの大鹿がどこをねぐらにしているのかは分からないのだと。
 ルオウが提案する。
「分かれて捜すか」
「単独行動は避けたいわ。ルオウ、あなた一緒に行ってくれない?」
 と、モユラが言うのを、それももっともだと頷く。
「そうだよな。えーと、皆も2人ずつぐらいで」
「ひとり余るね。じゃあボクはレディのチームに入れてもらうよ」
 と、フランヴェルは真紀と早矢ふたりの間に入り、それぞれの肩を抱いた。女同士とはいえ、その抱擁の意味に気付かない者はいない。
「手ェ、早いな」
「節操なしのように言われるのは心外だね、親愛の証だよ」
 もっとも彼女たちの年齢があと10年若かったら違ったかもしれないが、という言葉は言わずにおいた。
「そんな愛する仲間たちへ、これをプレゼントするよ」
 フランヴェルが出してきたのは、ガボ爺の持つ山の地形図を書き写してきたものだった。急ぎ写したものなので精密さはないが、件の大切な11本の杉の位置を知るには十分だ。
「では、お気を付けて」
 3つの方向へ、それぞれ別れた。

「あ、赤い紐ですね。地図の、この位置で‥‥」
 しばらく進んでいた早矢が、ようやっと見つけた50年物の杉を指さした。歩いた距離と、地図の印と照らし合わせると、他の記念の杉はかなり離れた所にあるだろう。
「11本を同時に全部守れ、なんて言われとったら、かなわんところやった」
 とはいえ、周りに生える他の杉も、50年物と劣らず、見事な材木になりそうなものばかりだ。
「退治に手間取ると、それだけ被害も広がるってことだね」
 普通の鹿の、5倍もある大きさだと言うから、暴れ回ったりされると、根こそぎ倒されるかもしれない。それにどうしたって自分たち開拓者は、大きな武器を振り回す。己の手にある殲刀『秋水清光』を撫で、フランヴェルは言った。

 同じ頃、こちらも赤い紐の杉を見つけたのは、ふしぎだった。比較的近い場所に、白い紐のついた杉があるのも見える。50年と20年の違いは歴としたもので、こうして見ると白い紐の杉は確かに柱にはなりそうにない大きさだった。
「大鹿にとっては、どっちがおいしそうなんだろうね?」
「どっち、って?」
「よく育った大きな木か、柔らかい若い木か」
 最初に見つけた丸裸の杉を思い出す。あれは赤い紐の杉と、たいして変わらない大きさではなかったろうか? これぐらいの大きさの杉を好むのであれば、大切なこの木が、最も危険にさらされていると言えよう。大鹿が選り好みをして食べているのであれば、だが。
「んー、あたしは肉でも魚でも、よく育ったのがいいなー。こうね、噛むほどに味が出る、ッていうのが、本当の美味なんだよ」
「いや、阿弥香の好みは聞いてない」
「聞けよ」

「そこ気をつけてー、段差があるよー」
「なんの、これしき!」
 モユラとルオウは、かなり険しい斜面を降りていた。捜索の範囲にその地形があったということもあるが、モユラによれば、鹿は斜面を移動することが多いからだそうだ。
「あたいの故郷でも、害獣のハナシはよく出てたよ」
 山奥の小村育ちのモユラであり、自然についての知識は豊富だ。ここは信頼してついて行こう。山を歩き慣れているモユラと、元来身軽なルオウである、この程度の傾斜も、岩が見え隠れする段差も、見通しの悪い藪も、難なく進んでいく。
 そうして、二人は目的の物を見つけ、にやりと笑った。同時に汗が流れた。

 目の前にいたのは巨大な鹿。
 その鹿が今まさに食らいつこうとしていたのは、赤い紐の付いた杉だったのだ。

 呼子笛が響く。

●大鹿
「食うんじゃねええええええ!!!」
 飛び出したルオウは練力を両肩に注ぎ込み、その『強力』でケモノの尾を掴んで引っ張った。「ゲェエッ」という耳障りな鳴き声をあげた鹿は後ろ脚を引き、尻尾にまとわりついた小蠅を追い払わんと蹴飛ばした。
「ぐはっ」
 あっけなく手を離し、後ろの木に叩きつけられるルオウ。だが、これでも時間稼ぎにはなった。一瞬の時間でいいのだ、次にモユラがカードを投げるのを悟られないための隙を作るには。
「生憎だケド、おまんまの時間は もーおしまいだよっ」 
 モユラの手からカードが放たれる。的の大きな鹿に外れることはないが、致命傷を与えられるものでもない。痛みで大鹿は、その場から逃げようとする。
「逃がすかよ!」
 血の混じった唾を吐いて、ルオウは体勢を立て直すと殲刀の柄を握り、ケモノを追った。
「くっ、速い‥‥」
 巨体に似合わぬ素早さで、斜面を跳ね降りていく。見失いたくない、二人は必死で追いかけた。
 すると、鹿はまたも悲鳴を上げ、動きを止めた。

「こいつなら、杉はにダメージはいかねえんだっけ? うろ覚えだけどなー」 
 ウミウシの形をした式が、『砕魂符』となりケモノの行く手を阻んでいた。
「ふしぎ、あとは任せた」
「十分だ!」
 ようやく追いついたのは、阿弥香とふしぎだった。モユラたちと、挟み撃ちになる形だ。
 だが、山は広い、逃げる道などいくらでもある。ケモノはまたも方向を変え、落ち着いて食事の出来る場所へ行こうとする。
「逃がさない‥‥僕はいま、蒼き流星になる!」
 ふしぎは不安定な立ち位置ながらも『二天』を伴った魔槍砲を、隙を見せた鹿の喉元へ突き立てる。
「ゲェ、ゲエエエエ!」
 肉にめり込む、確かな手応えがあった。狂ったように暴れ回り、その勢いでふしぎの体も吹き飛ばされた。
 そしてケモノは‥‥後ろ脚で立ち上がり、ひときわ大きくいななくと、鼻をぶるりと震わせて、開拓者たちの方へ向き直った。『邪魔者を始末せねばならない』、ケモノはそう認識したのだろうか。
 明らかな殺意が見えた。

「いいね、いいね。あちこち逃げ回らないでくれるとやりやすいよ」
 フランヴェル達も集まった。全員が揃えば、もうケモノに逃げ場はない。今、この場所で決着がつけられる。
「食べないと生きていけない、あなたには申し訳ないけれど」
 弓を構えた早矢は同情する。『けもの』であれば、餌を食べるのは自然の理。けれど、『ケモノ』は理を踏み外した存在なのだ。そして我々『人間』は、不条理とは共存出来ない。
「爺ちゃんたちの明日を守るためや、可哀想やけど討たせてもらうで」
 真紀の長巻が、炎のゆらめきに包まれた。
 大鹿は分解される。
 頸から血が噴き出す。腹が裂け、腐った匂いの臓物が散らばる。
 四肢が切り落とされる。
 背骨に添って刃が走る。
 肩が、腿が、あばらが。
 ひれが、ロースが、サーロインが。
 
●ジビエ
 ガボ爺の家族が集まっていた。何人かの商売人や、野次馬たちで、庭先はぎゅう詰めだった。そこへ開拓者たちが、大量の肉を抱えて帰ってきたのだから、大喝采があがった。
「こっちの都合で殺しちまたんだしな、感謝して食ってやらないとな」
 これだけの人数の血肉にさせてもらうのだ、ありがたく命を頂戴しよう。
 真紀と早矢が腕を振るう。阿弥香も一生懸命、網の上の肉をひっくり返している。ケモノの肉なんぞ初めてだ、食っても大丈夫なのかと皆は心配そうにみていたが、あまりに開拓者たちがぱくぱくおいしそうに食べるので、おそるおそるながら箸を伸ばす。
「なるほど、玉葱に漬けると柔らかくなるのか」
「これは‥‥トマト? へえ、臭さが消えて、いいね」
「生姜は定番だな、安心する味だ」
 いつの間にか誰かが白い飯や酒を持ち込み、気が付けば人数も最初の倍ほどになっている。しかし、いくら増えても、まだまだ肉はある。
「ちょっと予定より早いが、成人祝いだ。お前達も飲め、飲め」
 孫に酒を勧めるガボ爺。すでにガボ爺の顔も真っ赤である。
「さあ、みんな食べてや。お孫さん達もたくさん食べて、杉の木のようにすくすく育たなな♪」
「いや、これ以上図体だけでかくなっても困るぞ」

 宴会は、まだ終わりそうにない。