大きな黒子の鼠
マスター名:江口梨奈
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/15 21:56



■オープニング本文

 近頃、小銭盗りの鼠がちょろちょろしている。
「うちもやられた! ちくしょう、気づかなかった」
「うちもだよ、月末に数えてみたら足りなくてやっと分かった」
 どうやら大店に忍び込んでごっそりいただくのではなく、使用人も少ない小金持ちを狙い、着物や煙草盆のように大きくて目立つ物には手を触れず、気づかれない程度の金を盗るのが手口のようだ。忍び込まれた家の主たちはもちろん、役人に訴えたが、盗まれが額と彼らの店の小ささのためか、どうも鼠退治に本腰を入れているようには見えなかった。
 そこで仕方なく、それぞれの家から若い衆を何人か出させ、交替で夜回りをするようにした。
「ああ、くそ、寒いなあ」
「これなのに明日も同じ時間に起きて働け、ってよ。いやだねぇ」
「それもこれも、忌々しい小銭泥棒のせいだよ」  
 などと愚痴をこぼしながらの夜回りが何日か続いたある晩。
 夜回りの一人が、蕎麦屋の裏口から、そっと出てくる人影を見つけた。
「こんな時間に、誰だ‥‥」
 声をかけた、すると、人影は弾けるように走り出した。
「おい、待て!!」
 もちろん若い衆たちも追いかけた。しかし向こうはかなりすばしっこく、こちらは行灯片手で走りづらく、なかなか追いつけない。行灯を捨てた一人が「うおおおお」などと叫びながら手を伸ばす。ついに盗人の袖口をひっ掴んだ。ビリビリッと、布の裂ける音がして、続いてチャリン、チャリンと硬い物の落ちる音。後から追いかけた二人が行灯を照らすと、そこには上半身が露わになった女と、地面に散らばった数十枚の金が。
 男たちはその光景に一瞬、躊躇した。
 女はその隙をついて、再び逃げ出した。
「ま、待て‥‥」
 慌てて追いかけるも、手遅れだった。けれど、ひとつ収穫があった。
 逃げる女の背中を照らした光は、左肩に、大きな楕円形の黒子があることを教えていた。

 蕎麦屋を叩き起こして金庫を改めさせると、女の落とした額とぴったりの金が消えていたことが分かった。蕎麦屋は、盗人に入られて全く気づかなかった自分に歯噛みする。
「左肩に大きな黒子のある女か‥‥」
 それを手がかりに捜そうにも、まだ寒いこの季節、腕を出して歩く女はまずいない。一人一人押さえつけて袖をめくるなどという案が通るはずもない。なにかよい作戦はないかと、女が残した着物を見るともなしに見ていた。
「‥‥安い生地だな」
「洗ってはあるようだな」
 そこで男が、はた、と思い立った。
「そうだよ、あの女、別に垢臭くはなかった。着物だって臭くない」
「どういうことだ?」
「風呂にはちゃんと入ってるだろうよ。けど、人の金を盗むような貧乏人の家に、風呂があると思うか?」
 残る男らも気が付いて顔を見合わせる。
「そうか、湯屋だ!」
「そうだ、湯屋だよ!!」
「湯屋なら、女も服を脱ぐ。そこで黒子の女を捜せば!」
「この辺りじゃ、湯屋はあそこだけだ。よし、あそこの女湯を見張るぞ!!」
 ああしかし、若い衆は昼間はそれぞれの店で働かねばならぬ。
 いよいよ、開拓者たちの出番である。 



■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
能山丘業雲(ic0183
37歳・男・武
リーシェル・ボーマン(ic0407
16歳・女・志
ヴァレス(ic0410
17歳・男・騎
金時(ic0461
20歳・男・泰


■リプレイ本文

●鼠の正体
 例の晩に見回りをしていた、下駄屋の某の元を訪れた、リーシェル・ボーマン(ic0407)と能山丘業雲(ic0183)。某は、一緒にいた他の2人も呼んでくれた。
「早速お伺いしたいのだが、その盗人に、黒子の他に特徴は無かったか?」
「それがなあ、一番近くにいたこいつが、行灯を手放してたしなあ」
「何でもいいのだ、背の高さや、肉付きでも」
「ううーん‥‥」
 協力したいのは男達もやまやま。腕を組み、些細なことでも思い出そうと唸りはじめる。「背は、俺のアゴより低かった」「ありゃ、まだ若いよな、ばあさんの体じゃない」「乳はでかかった」「ああ、乳はでかかった、ザボンぐらいあったかな」「なかなか張りがあってな」「こう、アバラから腰にかけて、イイくびれ加減で」‥‥。
「こほん」
 盛り上がる男達に、リーシェルは咳払いをひとつ。どうやら彼らは違う部分に目が行って、肝心の顔を見ていないらしい。
「いやいや、そう、頬被り! 頬被りをしてたんだ!」
「それを先に言ってはもらえまいか‥‥」
 呆れるリーシェル。
「まあよい、ともかく、小娘もばあさんでもない、平均的な背の女、ということだな」
 特徴は、絞れたようで絞れていない。やれやれ、地道に捜すしかないようだ、と業雲は面倒そうに頭を掻いた。

●湯屋(1)
 いつの時代も一番風呂が好きな人は多いようで。まだ午前中のうちから湯屋はそこそこ混んでいた。ほとんどが男客だ、女達は、飯の準備や何やらで、朝からのんびり湯に浸かる余裕はないそうだ。金時(ic0461)もそこに紛れて湯船に浸かりつつ、隠居じいさんたちと世間話をする。天気の話や、どこぞの嫁の話、商売の景気に賭け事のこと、それから近所で起こる事件のこと、等々。世間話というモノに、面白い話題はそうそうない。
「ああ、背中を流してもらえますか?」
 三助を捕まえて垢すりを頼む。三助は威勢のいい返事をすると、新しい湯を桶に汲んで、金時の後ろに座った。
「朝から混んでますね」
「ありがたいことですよ」
「みんな、常連さんですか?」
「へえ。でもね、春で人の入れ替わりが多い季節でね、新しい方も増えてらっしゃいます」
 なるほど。これなら、一見の開拓者たちがうろうろしても、怪しまれることは無さそうだ。けれど、今の時間帯は避けた方がいい。金時は、一見である自分に皆の視線が集まっているのに気づき、早々に湯からあがった。

 金時の報告で、開拓者たちは当初の計画どおり、堂々と湯屋の中に入ることにした。湯屋の番台に座る店主は、何やら事件があって開拓者たちが集まってると知って、喜んで協力を申し出てくれた。ならば早速、とヴァレス(ic0410)は頼み事をする。
「こちらの三助さんがいつも着ている服を貸してくれるかな?」
「そりゃ、貸すのはいいが、自分の褌ぐらいは自分で用意しなよ」
 湯屋では衣服を脱ぐものとはいえ、ヴァレスの格好はあまりにも身軽すぎた。店主は苦笑しながらも、猿股とサラシを貸してやる。
「なるほど、それがサンスケとやらか」
 即席の三助にエメラルド・シルフィユ(ia8476)が珍しそうに目を遣る。
「うん、これで女湯の方も怪しまれずに入れるよ」
 と、振り返ったヴァレスの目線が、偶然にもエメラルドの胸の辺りへ。
「ぬっ‥‥、女湯の方も来るというのか‥‥?」
 思わず腕で体を覆うエメラルド。
「えっ、だって、泥棒は女なんでしょ?」
「確かにそうだが‥‥」
「シミひとつ見落とさないからね、がんばるよ!」
 二人のやりとりを乾いた目で見ている者があった。
(「まったく、何も用意してないなんて、いったい何が目的で依頼を受けたのかしら‥‥」)
 戸隠 菫(ib9794)だった。なにせ、今回の事件は、女の裸を調べることだ。そんな内容と知っていながら依頼を受ける男には、どんな下心があるのやら‥‥。
「顔が怖いぞ、菫どの」
 神町・桜(ia0020)に指摘され、慌てて目を逸らす。いけないいけない、思っていることをそのまんま顔に出しては開拓者失格だ。
「準備も出来たようだし、早く入りましょうよ。私、体が冷えちゃったわ」
 番台の騒ぎなど知ったことではないと、雁久良 霧依(ib9706)は早々に服を脱ぎ出す。
「ちょっ、霧依、そんなはしたない」
「なァに言ってるの♪ 服を着たままお風呂に入る人がいて?」
「そうだぞ。ああ、手ぬぐいは体に巻くのではなく、こう畳んで頭の上だ」
「‥‥これも巻いてはいけないのか‥‥?」
「あら、恥ずかしがってちゃダメよ。ほら、堂々として」
「そうだよ、お風呂なんだから裸は当たり前だよ」
「ヴァレスくんはあっちを向いてなさい!」

●湯屋(2)
 湯屋での張り込みを始めて、数日が経過した。
「は‥‥はぁーッくしょん!」
 表通りで見張りを続けている業雲は、大きなクシャミをすると、肩をぶるっと震わせた。まだまだ日が暮れると寒い季節だ。さっさと仕事を終わらせて一風呂浴びたいものだが、そうもいかない。
(「そっちはどうだ?」)
 業雲は、離れた場所にいる金時に目配せをする。金時は眉をしかめて、残念そうに首を振った。

 夕暮れが近くなると、湯屋はいっそう賑やかになる。女湯からは小鳥のさえずりなんてつつましいものはなく、がちょうの大合唱があちこちで聞こえてくる。
「ふむ、湯気がこもってきたな」
 方々で湯を使うからか、洗い場は白く見えなくなるほど湯気が立っている。これでは肝心の鼠の目印が見えづらい。桜は目を凝らし、肌色の中から黒い楕円形を捜そうとする。
「確か、左肩だったかの‥‥、むむっ、あそこに何やら怪しい黒いものが‥‥」
 桜がそれに、どんどん顔を近付ける。と、ふかふかした感触が顔にぶつかった。
「いやぁん♪ 桜さんったら、大胆なんだから」
 気が付けば桜の顔は、霧依のご立派なモノに挟まれていた。確かに、先端に黒いものがあったが、それは楕円形でも黒子でもない。
「いいいいや、よく見えなかっただけだ! わしは、怪しいものが見えたので‥‥」
「あら、コレがアヤしいなんて失礼ね♪ 大丈夫よ、桜さんのも十分可愛いから」
 霧依と比べれば、誰でも可愛らしいモノだろう。ともかく、霧依はせっかく飛び込んできた愛らしい蝶々を抱きかかえ、胸の上に乗っけてあった黒いものを押しつけた。
「いたいた痛たたたーーーッ。何、何だそれは?」
「ツボ押し用に持ってきたのよ。効くでしょ?」
 聖宝珠「黒」をツボ押し石にしてしまうとは、何とも勿体ないことである。集められた精霊の力ゆえか、桜の血行はすこぶる良くなった、気がする。
(「いいのかな、あの二人、あんなに目立っちゃって」)
(「そのぶん、こちらが目立たなくて良い」)
 桜と霧依が大騒ぎをしている脇で、リーシェルはヴァレスに背中を流させていた。もちろん、この間に、新しい情報を交換するためである。何のためらいもなく女湯に入ってくるヴァレスには、恥ずかしがっているこっちが逆に馬鹿馬鹿しくなる。
(「表で見張ってる二人からは、何の異常も無いってさ」)
(「中も特に昨日と変わらず、だ‥‥」)
 朝はご隠居が、昼から夕は家事を終えた女たちが、夜は仕事を終えた男たちが、あまり代わり映えのしない顔ぶれで入ってくる。しかし、盗人の特徴である、若すぎず老いすぎていない中肉中背の女、となると、意外と少なかった。その年頃の女は何人もいるのだが、およそちょこまか素早く逃げ回れるような脚をしておらず、若い男が見とれるような腰のくびれもない。たまに二つを兼ね備えた女には、肝心の黒子が無かった。

(「さて、今日も収穫は無し、かな‥‥」)
 あと半刻ほどで、湯屋の営業も終わりになろうかという頃に。洗い場にいる菫の隣に、初めて見る顔の女が座った。
「こんばんは」
 声を掛けると、女も同じように挨拶を返す。こんな時間に女ひとりとは、珍しい客だ。男湯に連れがいる様子でもない。向こうもそう思うのか、ちらちらこちらの様子を気にかける。
 菫は、それまで頭に乗せていた手ぬぐいをたたみ直し、左肩にかけた。
 左肩に。
 それは、合図だ。

●黒子の女
 ぴりぴりとした、緊張が走る。表にいる仲間たちにも連絡は行った。
 出入り口と、脱衣所と、洗い場と、それぞれの位置に動く。
 気づかれないように慎重に動いたつもりだった、が、悪党というのはこういう気配には敏感なものだ。いま入ってきたばかりの女は、湯にも浸からず、そそくさと風呂を出ようとする。
「あれ、もう出るの?」
「ええ、忘れ物を思い出して‥‥」
 第六感、とでも言うべきか。女は、皆の視線が自分に集まったのを知った。それが、好意的なものではないことも。ダッと駆け出し、自分の着物を置いてあるカゴを目指す。
「チッ!」
 なんということだ、金髪の女がその前に立ちはだかっているではないか。
 ならば、仕方がない。
 着物は諦めるだけだ。
 何も身につけていないにも関わらず女は迷うことなく、出入り口を目指した。
「くっ‥‥、恥じらいというものはないのか?」
 まさかそんな決断をしようとは、エメラルドは目眩がしそうだった。
「逃がしはせぬぞ!!」
 敵が逃げるなら、こちらは追わねばならぬ。桜はとびかかり、女の脚にしがみついた。ばたりと倒れるも、すぐさま脚を抜き、桜の顔を思いっきり蹴る。
「なんだ、なんだ?」
「なんの騒ぎだ?」
 女湯で喧嘩が起こったと知って、男湯から野次馬が集まってきた。あられもない格好の女たちが、脚を遠慮無く広げている様を見て、男たちからやんややんやの喝采があがる。
「うう〜〜〜〜‥‥‥‥」
 分かってはいるのだが、エメラルドの顔の火照りは止まらない。リーシェルも、あの野次馬どもをぶん殴ってやりたい衝動にかられるが、そういうわけにもいかない。まったく、それもこれも、この諦めの悪い鼠のせいだ。なんてすばしこい。
「いい加減、観念せんかーーーッ!!!」
 出口を塞いだ業雲が、咆哮をあげた。戸口をみっちりと塞いでおり、抜け出る隙間は無い。
「よーし、大人しくなったか。先日の蕎麦屋の件、下駄屋の件、小間物屋の件‥‥その他いろいろ、聞かせてもら‥‥」
 ぱこーん、といい音が鳴った。女ががむしゃらに投げた脱衣カゴが、業雲の鼻に当たったのだ。
「くっ‥‥」
 思わず、顔を押さえる業雲。それを隙だと読んだ女は、脇を抜けようとした。その程度のなにが『隙』か。菫は覆い被さるように、女の体を押さえ、身動きが取れないようにした。
「さあさあ、見せ物はお終いよ。みなさん、戻って戻って」
 いよいよ決着が付いたのは、誰の目にも明らかだった。野次馬たちは残念そうに、しかしいいものが見られたと満足そうに、元の場所へと戻っていった。
「菫さんも、お疲れさま。そろそろお役人も来るし、服を着ない?」
 霧依に言われて初めて菫は、自分が素っ裸で女に跨っていたことに気が付いた。

 さて、盗人は役人に引き渡し、これにて一件落着となった。何故に女が盗みを働いていたからかというと、別に深い理由はない、金が欲しかったというだけのことだ。少額をくすねるというのは、その方がばれにくいからという、小狡い知恵であった。

「いやあ、仕事の後の風呂は、最高だな」
 役目を終えた男衆も、ようやく風呂に入ることができる。業雲、金時、ヴァレスの3人は、店主の好意で閉めるのを遅らせてくれた風呂にのんびりと浸かっていた。
「はァい、皆さんお疲れさま♪ 私がお背中、流してあげるわ」
 と、そこに入ってきたのは、三助姿になった霧依。猿股にサラシを巻いて‥‥つまり、上半身のスイカが強調された格好で。
「い、いや、霧依さん、それには及びません!」
「あら、遠慮しないで」
「遠慮しているワケじゃありません‥‥!!」
 そうして、強引に背中に押しつけられた金時から悲鳴があがる。
「あ〜あ。アレ、痛いんだよね‥‥」
 聖宝珠ツボ押しの洗礼を受けている金時に、ヴァレスは心から同情した。