母の芋炊き
マスター名:江口梨奈
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/04 21:04



■オープニング本文

 開拓者ギルドの近くに、『はれる屋』という飯屋がある。ざっかけない店構えで気楽に入れることもあり、依頼を受けた開拓者達がギルドを出たその足で向かっては、そのまま打ち合わせの場所にしてしまうことも多い。もちろん、ただ腹を満たすためにも利用する。安くてうまいので人気の店だ。
 秋も深まったとある日。店の品書きに新しい料理が増えた。
『芋炊き あります』
 里芋や野菜を鶏肉、それにゆで卵が入ったあつあつの汁ものだ。陽が落ちると冷え込むことの多くなったこの季節に嬉しいではないか。
「ゆで卵とは、珍しいね」
 食い出のあるこの品は人気が出た。
「芋炊きってアレだろ、川原で大鍋で作ったりするやつ」
「いや、それがそうじゃないんだな」
 はれる屋の店主は言った。
「俺もそう思ってたんだけどな、この料理を教えてくれた人は『それは芋炊きじゃない、芋煮だ』って怒りやがった。違うもんなんだってさ」
 どちらでもいいや、うまければ、と、客達は同じ反応だった。

 さて、ギルドに新しい依頼が出た。
 乃杏という、18の娘からだ。
 依頼の内容はこうだ。
『芋炊きを食べさせて下さい』

 乃杏には生き別れた母親がいる。まだ記憶の曖昧な小さい頃に母は家を出た。父親と何があったのか知らないが、子供にはわからない何かがあったのだろう。
 母親について乃杏は、何も知らない。父親にいろいろと聞きたかったのだが、子供心にも触れてはいけない話題だと察しており、聞けずに歳月は流れ、そのまま十数年が経過した。
 去年の暮れに突然、父親が事故で亡くなった。祖父母もとうに鬼籍の人だ。乃杏はついに母親のことを知る機会を失ってしまったのだった。
 しかし、一つだけ母親について覚えていることがある。
 寒い時期になると作ってくれていた温かい料理だ。母は確か、芋炊きと呼んでいた。
 どんな味だったろう、自分であやふやな記憶を頼りに作ってみる。けれど、何か違う。
 友人知人に作ってもらう。けれど、何か違う。
 もしかして作る量が違うのかもしれない。川原で大鍋で炊いてみた。けれど、やっぱり何か違う。
 ここまでくると、半ば意地になって、どうしても昔の記憶にある味を再現したくなるものだ。そこでギルドに依頼を出した。いろんな国を知っている開拓者なら、これまでと違う芋炊きの作り方も知っているのではないかと。


■参加者一覧
利穏(ia9760
14歳・男・陰
華表(ib3045
10歳・男・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
サガラ・ディヤーナ(ib6644
14歳・女・ジ


■リプレイ本文

●はれる屋
「ボクたち、これから芋炊きを作るんですけど、作り方を教えてもらえませんか?」
「変わった依頼だな。ま、そんなたいそうなモンじゃないよ。食べりゃ分かるって」
 あと四半刻もすれば手が空くから食いながら待っててくれ、と、はれる屋の店主は人数分の芋炊きを用意してくれた。サガラ・ディヤーナ(ib6644)は、店主が教え渋るかと懸念していたのだが、隠すような大仰な品でもないのと、ときどき食べに来るサガラの顔を知らないわけではなかったので、快く応じてくれた。しかし、昼の忙しい時を避けて来たつもりであったが閑な時はそれはそれで色々と仕込みがあるらしく、手が離せないとのことだった。4人は急な訪問への詫びと、芋炊きをご馳走になる礼を述べ、しばらく待つことにした。
「皆様は、こんな料理を作るとしたら、どんな味付けになさいますか?」
 ただ黙って時間が過ぎるのを待っていてもつまらない、華表(ib3045)が話を振った。芋を炊いた料理に、そんなに違いが出るものだろうかと。
「醤油か味噌かで、全然変わってくるね」
 そう言ったのはリィムナ・ピサレット(ib5201)。
「それに、一緒に入れるのが鶏肉か豚肉か‥‥ああ、魚もアリだよね」
 リィムナが挙げるだけでも、組み合わせは多々ある。野菜からも味が出ることを考えれば、作る人によって出来上がる芋炊きの数は無限といえるかもしれない。
「この店の芋炊きは、特殊な材料はありませんね」
 椀を丁寧に観察する利穏(ia9760)。彼はいろんな料理を味わうのが好きだ。材料によって味に変化がある、その材料も、土地によって変化がある。そんなことが面白いと思う。
「土地で味が違うの?」
「作物は土壌の成分で味が変わりますし、あとは‥‥その土地だけの特産品のようなものもあります」
 利穏はそれを心配していた。もし乃杏か、乃杏の母親がこことは全く違う国の生まれで、自分たちの知らない聞いたこともない食材を用いていたとなったら、そこからの味の再現は困難だったろう。だが依頼主はこの町生まれで、記憶する限り変わった食材は使ってないらしい。
「はいはい、お待たせ。ウチの作り方だったな」
 用事の片付いた店主が皆の席へ来た。
「よろしくおねがいしまーす」
「って言ってもな、俺の作ってるこいつも、人から教わったヤツなんだよな」
 言いながら店主は、丁寧に説明をしてくれた。材料は椀を見てのとおり、里芋と根菜と鶏肉、そしてゆで卵。だしは昆布。味付けは醤油。ザッと切ってバッと入れてガッと煮込む、特にコツらしいコツも無い料理だ。
「『芋炊き』って言うぐらいだから、とにかく里芋をケチらず入れろよ」
「そういえばおじさんも『芋炊き』って言うよね。『芋煮』とは違うものなの?」
 リィムナが尋ねると、店主は大げさに首を振った。
「俺も杏子さんに同じ事言って、どえらく怒られたよ。ゆで卵入れなきゃ、芋炊きとは認めてやらないってさ」
「杏子さん?」
「あ、友人のヨメさんでな、これの作り方を教えてくれた人だ」
「念のため、その人にも話を聞いてみたいな。どこに住んでる人?」
 依頼主が求めているのは、ただ芋炊きの味だけではない。生き別れた母親のことも知りたがっている。もし、正解の芋炊きを見つけたら、その作り方を知っている人物は母親と繋がりがあるかもしれないのだ‥‥そう考えているサガラは、ここで登場した杏子なる女性を無視することは出来なかった。

「さあ、作り方はいろいろ集まりましたが、このうち、どれが乃杏さんの捜している味なんでしょうね?」
 と、華表は唸った。依頼を受けた仲間達がそれぞれ持っている作り方、ここではれる屋に教わった作り方、リィムナに至っては図書館で文献を調べてきたというではないか。ここから、乃杏がこれまでに試したものを除外しても、まだまだ多くの芋炊きが残っている。
「これらから一つに絞ったのでは、失敗するかもしれませんね」
 依頼主の記憶がもっと鮮明なら絞り込むことも出来るが、今回はそれも難しい。なら、何種類か実際に作って食べて貰う方が確実だ。が、それはそれで次なる問題がある。
 作る場所と、できあがる量だ。
「ご主人、図々しいお願いなのですが‥‥」
 利穏がすまなそうに、頭を下げる。
「こちらの厨房をお借りできませんか?」
 1種類2種類程度を作るのならどこでもよいが、思いつく限りのものを作るとなると場所が必要だ。鍋の数もかまどの数も追いつかない。開拓者の多く通うはれる屋なら事情をよく知ってくれているので、ここが引き受けてくれるとありがたい。
「多めに出来上がるぶんは、お客様に振る舞うと言うことで‥‥」
「振る舞うなんざ、勿体ない。その日は芋炊き祭りとか銘打って、売り出しゃいいんだよ」
 店主はあっさりと、利穏の要望を呑んでくれた。

●芋炊き祭り
「さ〜あ、いらっしゃいいらっしゃい! 本日は芋炊き祭り! あつあつほかほかの、おいしい芋炊きがたくさんありますよ〜〜!!」
 リィムナの元気な呼び込みが響く。ちゃっかりした店主は即席の幟を作り、店の外にまで床机を出して客を集めていた。
「すみません、なんだか大げさなことになったみたいで‥‥」
 乃杏は厨房の隅の、特別席に招待されている。目の前にずらりと並ぶ芋炊き鍋の数に目眩がしそうだと彼女は言った。
「いちばん乗り気なのは、ここのご主人でしたよ♪」
 そう言うサガラも面白がっている。おいしいものは皆で食べた方がもっとおいしいに決まっているのだ。乃杏も、実験のように食わされ続けるのではつまらないだろう。
「あ‥‥嫌だった、かな‥‥?」
「まさか! にぎやかで楽しいよ」
「よかった♪
 胸をなで下ろすサガラ。
「うひゃ〜。お客さん、どんどん来てるよ! 乃杏さん、無くならないうちに食べてよ」
 リィムナが表の様子を報告してくれる。芋炊きの味比べをしているとの噂が広まって、人が集まっているらしい。盛り上がっているのは嬉しいことだが、肝心の乃杏が食べられないのでは話にならない。
「最初はコレ、どう? 豚肉を入れて、味噌で味を付けたよ!」
 まずはリィムナが、自身の作った椀を勧める。
「薬味は要るかな。七味とか、生姜とか」
「うーん、小さいときだったから、そんな刺激のある味は食べてなかったと思うわ」
 慎重に記憶を辿る乃杏。薬味は入れず、そのままの味を試す。
「どう?」
「‥‥‥‥ごめん、豚じゃなくて、鶏だわ。たぶん」
「でしたらこちらは、いかがですか?」
 次に出してきたのは華表の、鶏ガラでダシをとり、醤油で整えたものだ。
「うわー、鶏のいい味が出てるわね」
 いままでと毛色の変わった汁に、乃杏は嬉しそうだ。ごくごくと飲み干したが、やっぱり首をかしげる。
「近いわ。近いと思うんだけど‥‥こんなにサッパリしていなかったような‥‥」
「鶏のダシで、醤油味が近いんですね?」
 なら、この方向で微調整をしていこう、と利穏が新しい鍋を準備していると、客の一人が厨房へ頭を突っ込んできた。

「鶏ガラじゃダメよ、脂が出ないじゃない!」

「あ、杏子さん」
「はあい、サガラちゃん。先日はどうも」
 はれる屋に芋炊きの作り方を教えた人物だ。サガラ達が詳しい話を聞きに行ったときに、今日の芋炊き祭りのことを伝えてあった。杏子という中年女性は、はれる屋の店主と気軽に挨拶を交わし、そのまま厨房に入ってきた。
「祭りはいいけど、あの幟の名称は気に入らないわ」
「名称、ですか?」
 きょとんとする開拓者たちにお構いなく、杏子は続ける。
「ここで作られているのは全部芋煮じゃないの! ゆで卵の入っていない芋炊きは芋炊きと認めないわよ! 芋炊き祭りじゃなくって、芋煮祭りに‥‥」
「杏子さん、みんなビックリしてるから、そのへんにしとけよ」
 呆れた店主になだめられ、ようやく杏子の熱弁は止まった。
「あの、杏子さん、鶏ガラじゃダメって、どういうことですか?」
 おそるおそる、利穏が尋ねる。只でさえ女性は苦手なのに、彼女のような豪快な人物は輪を掛けて苦手だ。弁舌が再燃しないかハラハラする。
「もも肉を使いなさい、皮付きのよ。脂だって旨味なのよ」
「は、はいっ」
 言われるまま、包丁を動かす利穏。
「里芋を準備する! そっちの鍋で卵をゆでて!」
「里芋はごろんとした大きさで入っていた方が楽しいですよね♪」
「サガラちゃん、分かってるじゃない」
 杏子の指揮で、新しい芋炊き鍋が作られていく。
「‥‥しまった、まだ煮えるまで時間がかかるわ」
 興奮していたのか、当たり前の事に今更気付く杏子。
「いいじゃないですか、他の芋炊きも食べながら待ちましょうよ、せっかくの芋炊き‥‥芋煮祭りなんですから」
 気を遣った言い回しをする乃杏に、杏子はばつが悪そうな笑みを浮かべた。
「杏子さん、これなんかどう? 魚を使ってるから杏子さんのと全然違う味になって面白いよ!」
 まだまだたくさんあるよ、とリィムナが次々差し出してくる。
「そうね、いただくわ」
「こっちは味噌味。あとね、牛肉を使ったのも作ってみたんだ」
 表の客達も、それぞれの味を堪能する。
 あれがよかった、こっちが好みだ、そんな感想が賑やかに聞こえてくる。

「あの、僕、思うんですが‥‥」
 利穏が言う。
「こんなにいろんな作り方があって皆に愛される芋炊きとは‥‥味や季節の情緒を感じ、豊作への祈願と大地への感謝するためのものではないでしょうか」
「そうよね、この椀の中に、秋の実りを感じるわ」
 ころころに太った里芋、たっぷりの根菜、それらを温かい汁で煮る。豊穣の時だからこその味ではないか。
「だから、家族や仲間と、大勢で和気藹々と味わうのがその旨であると思います。ですので、僕は‥‥乃杏さんに、楽しく召し上がって頂ければ、と思います」

「乃杏‥‥?」
 そういえば杏子の前で依頼主の名前が出たのは、今が初めてだった。
「乃杏、さんが、芋炊きを捜してたの?」
「ええ、まあ。再現したい味があったので‥‥それがこんなに大げさなことになっちゃって」
 ぺろりと舌を出す乃杏。
「それで、捜してる味はあったの?」
「それがまだなんです。でも、もういいかな、って」
 乃杏は満足していた。
 友人に、知人に、開拓者達に助けられて、この楽しい時間を作ることができた。
 祖父母を亡くし、父を亡くし、寂しさから出した依頼だった。味の再現など意地で言っていたもので、何が何でも知りたかったかと問われると否定せざるをえない。
 納得のいく味はどれかと聞かれたら、今日のこの味の全てと答えるだろう。
 豊作への感謝を込めて、大勢の仲間達と幸福に包まれて味わうこの味が、今の乃杏の最も求める味だろう。
「あ、おばさんのももちろん、いただきます。卵、大好きなんですよ。早く煮えないかな〜」

 芋炊きの鍋は、ことことと心地よい音を立てていた。