栗山のケモノ
マスター名:江口梨奈
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/04 20:44



■オープニング本文

 一昔前は、黒田の栗は、皆が競うように欲しがったものだ‥‥下草を刈りながら、黒田ホーユは溜息をついた。まだ若い彼女にとって、この山は手に余る。何代か前の先祖が、材木用として栗の木を大量に植えたらしい。しかしその後継者たちは徐々に別の商売に切り替えた。残された栗の木は、多くの実をつけ、それがどこよりも甘く美味いというので、秋の味覚を食卓に乗せたい女房達でにぎわっていた。だが、ついにこの山を世話しているのはホーユの一家だけになってしまった。人手が足りなくなると山は荒れ、人が入りづらくなる。落ちた栗はあちこちで好き勝手に芽を出す。少なくない数の猪や鹿を、時には熊を呼ぶ。自然の山なら、これが正常な生態であるが、黒田の山は植林なのだ。不均衡が、先にどんな影響を与えるか分からない。
 伐採は男手の仕事であって、ホーユの仕事は主に草刈りと栗拾いだ。もう黒田の山には、タダであっても栗拾いに入る者はいない。とっ散らかった栗をホーユは集める。もちろん売って稼ぐためだが、この山の栗の甘さは彼女が一番知っている、いろいろと料理して楽しむためでもあるのだ。
(「さあて、今日もいっぱい取れたから‥‥何にしよう。栗ご飯、甘露煮‥‥うーん、やっぱり最初は焼こうかな」)
 そんなことを考えながら、ホーユは“しょいこ”にいっぱいの栗を集めていた。
 と、彼女の視線の先に黒い影が現れた。
(「やばい、熊ッ‥‥?」)
 熊よけの鈴は付けている、距離が開いている今の内に、がらがらと大きく脅すように音を鳴らす。これで熊は驚いて逃げるはずだ‥‥。
 だが、影は、ホーユに気が付いて逆に近づいてきた。
(「えっ‥‥!?」)
 違う、熊じゃない。
 彼女でも分かった。これは熊じゃない、ケモノだ!!

 重たいしょいこを放り投げて無我夢中で逃げた。大量の栗がケモノの前にばらまかれ、ケモノはそれを食べ始めた。おかげでホーユは無事に逃げられたのだが‥‥。
 家に辿り着いたホーユは地団駄をふんで悔しがった。
 今夜は栗ご飯にするつもりだったのに!!
 


■参加者一覧
氷(ia1083
29歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
山羊座(ib6903
23歳・男・騎
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
和亜伊(ib7459
36歳・男・砲


■リプレイ本文

●黒田の栗
 エルレーン(ib7455)は表の風景を眺めていた。高くなった空、いわし雲、柔らかになった日差し、涼しい風‥‥。
「もう秋だねえ‥‥」
 今回の依頼は、栗山と聞いた。早くも実を成し、山の獣たちを肥えさせているそうだ。だが、過剰な実りはケモノをも呼んだ。熊に似たケモノ‥‥冬眠前の熊さながらに、栗にむしゃぶりついたらしい。
 依頼主はさめざめと泣いていた。
「私の栗ご飯‥‥甘露煮‥‥焼き栗が‥‥!!」
(「それから‥‥ケーキに栗羊羹‥‥きんとん‥‥」)
 和亜伊(ib7459)の頭の中では、それに加えていくつもの甘い栗菓子の画が浮かんでは消えていた。菓子作りが得意な彼がにとって栗とは、想像力をかき立てられる秋の恵みなのである。
「あなたのうちの栗は、そんなに美味しいの?」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)の何気ない問いだったが、ホーユは激しく反応し、首の筋を違えるほどに彼女の方に振り返った。
「『美味しいの』ですって? うちの栗は最高よ!! ただ焼いただけで甘くほろほろと、砂糖菓子みたいに口の中で溶けるのよ。ご飯と混ぜてごらんなさい、米のもっちりした歯ごたえと栗のさっくりした食感が交響曲を奏でるわ。それに‥‥」
「分かったから、熱くなるなよ」
 なだめすかす山羊座(ib6903)。
「俺も栗は好きだからな」
「あたしも大好きー!!」
 元気よく手を挙げるリィムナ・ピサレット(ib5201)。ケモノ退治の依頼はさておき、栗拾いに情熱をかけている。
 対照的に興味がまるきりなさそうなのは氷(ia1083)である。
「まあ、ちゃっちゃと仕事しますかね」
 などと言いながら欠伸をしているが、実は甘いものが好きだったりする。栗とて例外ではない。ホーユの言うとおりこの山の栗が甘く美味であるなら、ケモノ退治へいっそうの励みになるというものだ。

●黒田の山
 小さいとはいえ荒れた山には道など無く、ホーユの案内がなければ方角はさっぱり分からない。栗の木が特に多い場所、というリーゼロッテの要望に応え、ホーユはまだ伐採の手が回っていない場所まで来ていた。右も左も栗の木だらけで草ぼうぼう、目印になるものは何もなく、歩きにくい事この上なかった。
「あ? 何か踏んだぞ」
 和亜伊が靴の下を見ると、さっそく栗を発見した。ただし、イガに収まったままの。靴底を踏み抜いたりはしないが、こんなゴロゴロしたものを踏んでは転んでしまいそうだ。足元に注意しつつ歩くものの、それを越す量の栗が行く手を阻む。
「この辺りの草は刈っていいのか?」
「あ、お願い」
 ついでだからと山羊座は、道づくりを兼ねてホーユの仕事を手伝っていた。鎌をざんざん振り回すと、熊よけの鈴がりんりん鳴る。小さな音だが、単なる熊よけにはこの程度で十分らしく、これも普段に黒田の人間が使っているのを借りたものだ。
「ケモノだけじゃなく、熊が出るかもしれないのよね‥‥」
 薄暗い森のあちこちに目をこらすリーゼロッテ。今いるこの場所は、まだ豊富に餌がある。依頼の目的と違う動物が近づいてこないとも限らない。
「‥‥地味にめんどくさいわね」
 アヤカシ相手ならもっとやりようがあるが、単なる熊では五感に頼るしかない。ここはいっそ、近づかないでいてもらいたい‥‥そう思いつつリーゼロッテは、鈴をことさら大きく鳴らしながら歩いた。

 一方、こちらは氷たちの組。同じように鈴を鳴らしながら歩いているが、こちらはホーユがこれまで道を作っていたところなので歩きやすい。一行は、道々で見つけた栗を拾いつつ、最初にホーユがケモノと遭遇した場所を目指していた。
「いっぱい拾っておこうね」
 エルレーンはそう言いながら、目ざとく栗を見つけてはしょいこに放り込んでいく。おそらく、ホーユもこんな風に、しょいこを満たしていたのだろう。そうして件の場所まで着いた時には、背中はずっしりと重くなっていた。
 そこでは、大きな生き物が通過したのがはっきりと分かる足跡と、踏み倒された草木と、からっぽのしょいこが残されていた。
「うわー、これ、ケモノが踏んだのかな?」
 しょいこは、丸い形にくぼんだ状態で壊れていた。リィムナの指摘通り、足で踏んだのだろう。形からすると、1本の足で踏み潰している、となると、そこそこ大きなケモノとみていいだろう。 
「まあ、見事に食い散らかされてるなあ」
 噛み砕かれた栗が点々と残されている。もともとの量を考えると、ほとんど食べつくしたと考えてよい。よっぽど栗が好きなケモノなのか、ケモノがたいらげるほどここの栗が美味いのか。
「じゃ、見晴らしのいいところで探すとするか」
 氷は、手ごろな高さの木の上に、『人魂』の力を付与した符を登らせた。
「じゃあ、私も‥‥」
 エルレーンは『心眼』を用いて周囲の気配を探る。リィムナが残された痕跡から推測した、ケモノが移動した方角を集中的に調べてみるが、今のところケモノの気配はない。
「うーん、どうする、ちょっと場所を変える?」
「そうだな、でもその前に‥‥」
 氷の符は木から降りる前に、丸々と実った栗を落とすべく木を揺すった。ごろごろと落ちてくるイガ栗。
「痛‥‥ってえ!」
「‥‥そりゃ、そんなところに立ってたら、当たるよね」
 符を繰るのに意識を集中させていた氷は、イガの雨をよけきれなかったのだ。額にさっくりイガを突き立てた氷は、頭をくらくらさせながらその場にうずくまった。
「あー‥‥耳鳴りまで聞こえる‥‥」
「耳鳴り?」

「違う、合図だよ!!」
 和亜伊が放つ、号砲だ。

●依頼遂行
「遅いわよ」
 黒い、毛むくじゃらのケモノがリーゼロッテの『呪縛符』によって押さえつけられていた。腰をぬかしてへたりこんでいるホーユがいて、思うように動けずにいたところへ、ようやくの合流だ。
「悪ぃ、待たせた」
 すぐさま氷は、ホーユの前に白い壁を作った。これで彼女はしばらく大丈夫だ。
「応戦頼む! ちっとも弱りやがらねえ」
「はいっ!!」
 すでに和亜伊が何発か撃ち込んでいるのだろうが、まったくひるむ気配がない。駆け付けたエルレーンは、先ほどまでのおっとりした所作から想像つかない素早さで『ピースメーカー』を構え、ケモノの腱を狙って撃った。
「思ったより頑丈だな、オイ」
 ケモノは動きが鈍るものの、獰猛さを陰らせることはなく、むしろ自分を痛めつけているこの人間たちに対する敵意を増幅させていた。すでに正気は保っておらず、リーゼロッテの呪縛から逃れようとがむしゃらに暴れ、その都度傷から血を吹きだしていた。
「悪いけど、この栗を待ってる娘がいるんでね」
 ケモノに、「仲よく分け合おう」なんて言葉が通じればよかったのだが。栗を食い荒らし、まして人を食おうとするケモノをこのままにしておくわけにはいかない。
「おっし、とどめは任せたぜ、山羊座さんよ!」
 饒舌な和亜伊に対してこちらは鋭いほど静かだ。暴れ喚くケモノを前に、黙ってラティスアクスを掲げると、躊躇することなく振り下ろす。
 一撃で決まった。
「クックック‥‥」
 さあ、これで終わりだ。

「終わりじゃないよ!」
 叫んだのはリィムナ。
「今からお待ちかねの栗拾い!!」
 リィムナの手には大きな袋が握られていた。
 そう、栗が大事なんだ。

 ホーユは小躍りしていた。
 あのケモノに奪われたしょいこいっぱいの栗が、今は2倍3倍となって集まっているのだ。
「あー。ホーユちゃん‥‥」
 集めた栗の山を前に、氷が言い出しにくそうに鼻を掻く。
「なに?」
「代わりと言っちゃなんだけど、料理したモン、ちょっと分けてくれないかね?」
「当たり前じゃないの!!」
 氷は何を言っているのか。ケモノ退治の礼をしなければ、黒田家の名折れではないか。嫌だと言っても食べて帰ってもらう、初めからそのつもりだ。
「だったら、作るのを手伝ってもいいか?」
 進み出る山羊座。この冷徹そうな男の胸の内は、栗への情熱で燃え上がっているのを彼女たちは知らない。
「じゃあ俺もだ! 食後の菓子は俺に任せろ、いや、俺にしか作れない!!」
「あ、‥‥私も作りたい、です‥‥」
「あたしもあたしもーー!!」
 和亜伊が名乗りを上げ、エルレーンとリィムナも続く。ならば皆に作ってもらおうではないか。
「今夜は美味しい栗料理になるのかしらねぇ♪」
「もちろんよ!!」
 今夜は宴会だ。決まりだ。
 出来上がった料理は次々と食卓に並べられていく。
 家の中は栗の香ばしいにおいが充満している。
 ホーユが熱く語る栗ご飯。
 山羊座のこだわった栗のスープに栗とひき肉のパスタ。
 リィムナの焼いた焼き栗に甘露煮。
 和亜伊が得意とするモンブランケーキ。
 エルレーンが丁寧に煮た金色の宝石まろんぐらっせ。 
 いただきますの号令とともに、一斉に箸が伸びる。次々と皿が空になっていく。
 誰もが秋の恵みに感謝し、美味に悶絶する。
 悶絶する。

「‥‥あれ?」
 なぜ、エルレーン以外の皆が倒れているのか。
 答えは彼女の作った栗の糖蜜煮。
 超甘党のエルレーンの味覚に合わせて作られたそれは、熊をも倒す威力を持っていたとかいないとか‥‥。