団扇絵に描かれた女
マスター名:江口梨奈
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/29 23:05



■オープニング本文

 この時期、団扇屋『亀丸堂』は忙しい。本格的な団扇の季節が到来するのに備えて、今のうちに数を拵えなければならないのだ。
 だというのに、吉右という若い職人が、昼過ぎに出て行ったまま帰ってこない。
「吉右はどこへ消えた、この忙しい時に!」
「いやぁ、絵師のところへ、絵を受け取りに行くって言って出て行ったんですけどね」
「誰ンところだ?」
「ザッハーさんの所と、芙蝶琉さんと、‥‥あと、雅レ斗さん家に寄ると」
「あー‥‥」
 親方は、呆れたように溜息をついた。戻らない理由に思い当たったのだ。
「誰か、雅レ斗さんの所へ行って、あのバカを呼び戻してこい!!」
 間違いなく吉右は、雅レ斗の所で油を売っている。
 なにしろあの絵師は、美人画ばかりを描いているのだから。

 丁稚がその遣いに出ようとしたところ、入れ替わりで若い女性の客が入ってきた。丁稚は、どこかで見たことある女性だと思いながら、しかし遣いに急いでいたので、それ以上深く考えなかった。女性客は、奥にいた親方に声をかけていた。

 しばらくして、吉右が戻ってきた。頭から湯気を出している親方の前で、バッタのように頭を下げる。
「それで、あのう‥‥」
 怒りが解けた頃合いを見計らって、吉右はおそるおそる声をかけた。
「雅レ斗さんがですね、去年の絵を買い戻したい、って言ってるんですが‥‥」
「去年の絵ェ?」
 亀丸堂に納められた絵は、別の彫師の元で版がおこされ、複製される。戻ってきた原画は団扇絵として好事家が買っていくか、残ったものでも店の蔵にしまわれているのが常だ。雅レ斗の人気は中堅で、売れた物、残っている物が半々、といったところか。
「あー‥‥」
 鮎の群れる川辺で夕涼みをしている女の絵だった。たしか銘を『鮎と女』。思い出して親方は、鼻を掻く。
「ついさっきだ、売れちまったよ」
「なんだとおおおお!!!!!」
 吉右がすさまじい声をあげたので、勢いで親方はひっくり返った。
「どこの、誰に!?」
「知らん、初めて来た女で‥‥」
「あっ、そうか!」
 丁稚が、合点がいったという風な顔をした。
「見たことあると思ったら、去年の絵のひとだよ」
 それを聞いて吉右は、またも店を飛び出していった。

 さて、こちらは雅レ斗の屋敷。
 吉右から話を聞いた雅レ斗は、腕組みをして唸る。構わず吉右は身を乗り出して問う。
「絵に描いた女なら、住んでいるところをご存知でしょう? 行って絵を譲って貰いますから、場所を教えてくんねぇか?」
「いや、それがね」
 雅レ斗は溜息をつく。
「捜してるのは、その女なんだよ。‥‥絵の買い戻しの件は、手がかりになればと思ってのことで」
 唖然とした。
 女を捜すために絵が欲しかった、しかしその絵を肝心の女が持ち去ってしまうとは!
「名前は、なんていうんですか?」
「何も知らなくてね‥‥たまたま去年、柳川のほとりで見かけた女で」
 雅レ斗の顔が紅くなる。どういった理由で女を捜しているのか理由は明らかだった。
「よぉし、こうなったら意地でもその女を捜しますよ! なあに、人を集めりゃ、なんとかなります」
「顔は分かるのか?」
「去年の団扇が何枚か残ってるはずです。無くったって、版はあるんだからこっそり刷ってやりますよ。黙ってりゃ、親方にはバレません」
「おお‥‥」
 なんと友情とはありがたいことか。雅レ斗は吉右の手を握った。
「いいってことよ。その代わり、例の約束を忘れんで下せぇよ」
 団扇屋に卸さない、一点物の絵を描いてくれるという約束を。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
美空(ia0225
13歳・女・砂
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
氷(ia1083
29歳・男・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
琉宇(ib1119
12歳・男・吟


■リプレイ本文

●1年前のこと
 雅レ斗は毎年頼まれている団扇絵の題材を探しに、町を適当にふらふら歩いていた。去年は竹林で、その前は蛍で、さて、今年は‥‥と思いながら辿り着いたのは、柳川のほとりだった。芦が青々と茂り、さらさらと水が流れ、小魚が跳ねているのも見える。
 そうだな、今年は魚にしよう。川辺で涼む女の足下に魚を泳がせて‥‥流線形の魚と、流線形の女のふくらはぎ。なかなかいいじゃないか、と考えていた雅レ斗の視界に、ちょうどその女は飛び込んできた。
 色の白い、華奢な女だ。歳は二十歳ぐらいか。露草模様の青い着物の裾をまくり上げて帯のところで挟み、そこから見えるシュッと細い足を水に付けようとしていた。濡れていない岩を腰掛けにして、そっと足を浸す。小魚が驚いて逃げるのを、楽しそうにくすくす笑って眺めていた。
 雅レ斗が描きたいと思っていた絵が、そのまんまそこに映し出されたのだ。
 女は雅レ斗に気付かずしばらくそうしており、十分涼んだところで元のように格好を整えていなくなった。
 雅レ斗は己の作業場に急いで引き返し、たった今見た光景を余すところ無く写してしまおうと画板にむしゃぶりついた。
 1年前のことだ。

 手に入れた情報は、これだけだ。名前も住んでいるところも知らない。肝心の女は、雅レ斗が一度見かけただけで、他の皆は絵でしか知らない。
「なんともまあ、縛りプレイな人捜しやなあ」
 天津疾也(ia0019)が頭を掻く。団扇に刷られた絵を見て、美人とは分かる。けれど、他に特徴らしい特徴は無い。このぐらい細く、色白な女はいくらでもいるだろう。敢えて言うなら、露草模様の着物であるが、これだっていつも同じものを着ているとは限らない。
「そもそも、何で今になって捜そうと思ったんですか?」
 無邪気な顔をして鈴木 透子(ia5664)は、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。皆が不思議に思うのも無理はない。なぜ去年のその時じゃなく、今になって?
 透子は、雅レ斗の反応を伺った。もし、不埒な目的があってのことならこの人捜しに協力はしかねる。だが、絵師はただ単に、引っ込み思案で不器用な男であるようだ。
「今年になって、亀丸堂さんにいつもの絵を頼まれたんだけど、筆がちっとも進まなくなってね‥‥。で、まあ、思いつくのは去年のあの娘ばっかりで‥‥」
 うまく説明が出来ないと、しどろもどろになっているその様子に、嘘はないらしい。
「ん〜、ってことは雅レ斗サンはその美人さんに気がある、ってことかい?」
 ずばりと聞く氷(ia1083)。雅レ斗はみるみる、耳まで真っ赤になった。
「いや、そんな、俺はただ、えっと、その‥‥」
 分かりやすい反応が返ってきた。
「いや、だって、気があるって、あんな綺麗なお嬢さんが、清楚で、凛としてて‥‥」
(「期待はしすぎないほうがいいかもだけどね」)
 一目見ただけの女をどこまで誇張する気か。我を忘れている雅レ斗を尻目に、氷はぼそりと呟いた。 
「何だよ、そうならそうと早く言ってよ!」
 動揺を続ける雅レ斗の背中をぱしっと叩く天河 ふしぎ(ia1037)。
「誰かを好きだっていう気持ちは大切だよ。僕、応援するからね!!」
「ふしぎさん、格好いいですー!! 」
 ふしぎに触発されたのか、美空(ia0225)もやる気満々だ。
「はァ、そんなに好い女だったっていうのか、その鮎美人は」
 さして興味なさそうに、空(ia1704)は言った。他人の惚れた腫れたなどという生臭い話に首を突っ込む気などさらさら無いようだ。
「題材になる美人ッたら、他にもあるだろうが。ホレ、例えば‥‥ソコのとか」
 視界に入れずに指をさすというのが、また上っ面だけの話である現れか。しかし、指された鴇ノ宮 風葉(ia0799)は気付いていない。
「あによ、顔に似合わず正直者じゃないの、あんた」
「さすが姉上です」
 風葉が褒められたので一緒になって喜ぶ美空。訂正するのも面倒なので、空は気にせず話を続ける。
「まあ最初は、団扇屋の周りと柳川の近くで聞き込み、ってとこだな」
「ところで、この人は、おおっぴらに捜してもいいの?」
 琉宇(ib1119)が聞いた。こっそり捜さなければならないのならかなり行動が制限されるが、そうでないのならいくらでも動きようがある。
「ま、そりゃ、隠すことじゃないけど‥‥」
 雅レ斗は赤い顔のまま、歯切れの悪い返事をした。悩みどころなのだろう。おおっぴらに捜すと言うことは、『一目惚れした美人に会いたい』と看板を掲げて歩くようなものだ。
「そこまでしなくていいよ」
 考えがあるんだ、と琉宇は言った。

●柳川
 今日も初夏らしい暖かさで、柳川の周りには少なからず人が集まっていた。まだ虫もおらず、雑草も鬱陶しいほど茂ってはいないので、散策するにはちょうどいい気候なのだ。中には近所で買っただろう団子や茶を持ってくつろいでいるような集団もいる。琉宇はそのうち、余興のひとつも欲しがっていそうな娘達に声を掛けた。
「こんにちはー。いい天気だね」
 手には団扇を持って、ぱたぱた扇いでいる。
「ちょっと一席、聞いて貰えるかな?」
「あら、何かしら?」
「人を捜している男の話でね‥‥」
 琉宇は器用に、持っていた団扇を使って小噺をはじめた。
 『‥‥こんな特徴の女を捜しているんだ』『それはこんな女かい?』『おや、描くのが早いね』『今、描いたんじゃないよ。さっきから扇いでいたよ、見えなかった?』『まさかその女を描いた団扇があるなんて知らないもの‥‥』
「『うん、団扇の女は、うちは知らない』‥‥おあとがよろしいようで」
 なかなか上手い噺だった。娘達は面白がってくれたようで、それにつられて野次馬も集まっていた。
「さて、お話はこれからだよ。この中に、団扇の女を知ってる人はいないかな?」
 興味を持った野次馬たちは、銘々に団扇を覗き見る。知っている、知らない、誰それに似ている、似ていない等、ざわざわと沸いてくる話を、琉宇は細かく書き留めていった。

 一方その頃、疾也と氷、そして透子は亀丸堂に向かっていた。例の女を、ここの丁稚たちが見たというのだから、話を聞いて損はない。
「親方に聞くのは‥‥さすがにまずいんかな?」
「どうでしょう。お忙しいかもしれませんしね」
 ともかく、様子を見てみようと、暖簾の端をめくる。親方に竹ひごの束で頭を小突かれている吉右と目が合った。
「おお、みんな。そっちはどうやー!」
 三人を見つけて、ぶんぶん手を振る吉右。親方の竹ひごが思いっきりいい音を立てた。
「まぁったく、わしの話をちっとも聞かん」
「すんませんなあ、親方。忙しいのに邪魔して」
「忙しいンはコイツだけだ。すぐ抜け出すから、仕事を溜めちまう‥‥で、どうしました。うちの吉右に、なんぞ用事ですやろか?」
「いえ、吉右さんではなくて、親方に」
 透子は、これまでの経緯を説明する。一通りを聞いて親方は、呆れたように吉右を見た。
「どうせ雅レ斗さんに恩を売って、見返りを貰おうって魂胆だろうがよ」
「嫌ですぜ親方。友情っスよ、友情」
「何が友情だ、この助平が」
 もっとも、親方にとっても雅レ斗は知らない相手ではなく、快く質問に答えてくれた。
 女は、団扇の原画が表装されて売られていると聞いて覗きに来た一見の客だった。絵師の指定が無かったので、売れ残っていた絵をいくつか見せると、「これよ、これ」と目当てのものを丁度見つけたような反応をしたという。丁稚が後に、絵の女だったと気付いたから親方もようやく思い至ったようで、確かに言われてみれば、着物の柄が同じだった気がする、とのことだった。
「雅レ斗さんの絵って、どのくらいするものなんですか?」
「高くはないよ。自分の顔が描かれてるとなったら、記念品として買うに手頃な感じだな」
 女は、自分が描かれていることを喜んだから、買ったのだろうか?
「帰り道はどっちやったか、覚えとるか?」
 親方が指さした方角は、柳川へ向かう道だった。
「こういうンは根気やからな、順々に聞いていくしかあらへんわな」
「着物は同じみたいですから、それを手がかりに捜しましょうか」
 氷は符を、仔虎の姿に変えさせた。
「どうとでも捜しようはあるだろうから、気長にいこうか」
 小さくひとつ、欠伸をした。

●捜索
 同じく、符の視界を借りて探しているのが風葉である。こちらは鳥の姿を作り、空から追っているところだ。
「この子達がいるんだから、あたしは一人でいいわよ」
 後ろをついてくるふしぎと美空に、風葉は言った。こういったものは固まらずに、手分けした方が広い範囲を探せるだろう。だが、ふしぎは、やや俯いてこう答えた。
「久しぶりに風葉と一緒に行きたいんだ‥‥」
 ぐっ、と言葉に詰まる風葉に、さらに続ける。
「駄目、かな?」
 心配そうに見つめる眼に逆らえない。男なのに美少女といって差し支えないような可愛らしい顔でそんなことを言われて、断るとこっちが悪者みたいだ。
「あたしは空から捜すから、あんたは路地とか物陰とか、重点的に捜しなさいよ。見落としたら承知しないんだからね!」
「分かってる」
 提案が受け入れられてふしぎは嬉しそうだ。
「でも、びっくりしちゃったよ‥‥前はかったるいとか色々言ってたのに、こんなに動き回って」
「あによ、面倒臭いに決まってるでしょ、さっさと終わればいいと思ってるわよ!」
 風葉の、つっけんどんな態度も相変わらずだ。ふしぎは、風葉のこの口調を嫌いとは思っていない。そんな二人のやりとりを見て、美空も我が事のように喜んでいた。
「そういえば美空、あんたは大丈夫なの? この女の顔、分かる?」
 風葉は美空を見た。彼女は、幼いときにアヤカシに付けられた傷が元で目が悪いのだ。着物の色は見分けがついても、顔の細かい造形まで分かるまい。
「大丈夫であります! 吉右さんに、いっぱいい〜っぱい、絵を刷って貰ったであります!」
 見えないなら見えないなりに、やり方はある。美空はとにかく、人に聞いて回るつもりだと言う。
「目的の女の人を特定する、完璧な尋ね方も考えて来たであります」
「ほう、完璧と」
 えへん、と得意げに咳払いをする美空。
「まず『会ったことがあるか』と聞きます。もし本人なら、自分には会えないので『ない』と答えます。そこで美空さんは『知っているか』と聞きます。自分自身を知らない人はいないので『知っている』と答えます。この二つを聞いたら、最後、『この人は誰ですか』と聞きます。すると『それは自分だ』との答えが返ってくるのです! 完璧です。美空さん、完璧すぎます!」
「‥‥そんな、ややこしい尋ね方しなくても」
「あーあーあー。穴だらけという説教は聞きたくないですーー!!」
「‥‥自覚はあるんだ」

 そしてこちらは一人。完全に一人で動いていたのは空である。あまり熱心とはいえない彼は、運良く見つかりゃそれでいい、といった具合にぷらぷらと川縁を歩いていた。
(「あー、人混みダリィ‥‥」)
 琉宇が集めた人だかりが、まだ消えてなかったのだ。どうやら野次馬たちは尋ね人に興味を持ったらしく、多くの人の手に似顔絵が行き渡っていた。
「あっ、空さーん」
 空に気付いて、琉宇が声を掛けてきた。
(「‥‥見つかっちまったか」)
 しらばっくれて逃げようかと思ったが、仮にも依頼遂行中。そういうわけにはいかず、作り笑いで手を振り返す。
「そっちはどう、見つかった?」
「あんまりパッとしねぇな」
「こっちはね、なかなか興味深い話があったよ。橋向こうの染物屋に、似た女の人がいるんだって」
「ほう」
 労せず、有力な話が手に入った。けれど、これを聞いたからには、その女に会いに行くのは自分たちの役目ということか。
 運がいいのか悪いのか‥‥。空は小さく、ため息をついた。

●染物屋の娘
「おっと、どうした?」
「天津たちこそ」
 とある染物屋の前で、亀丸堂を出てから聞き込み沿いに進んでいた疾也らと、女の特徴を頼りに捜し歩いていた風葉らがぶつかった。
「ここの先代の命日近くに、帰ってくる娘さんがいるらしいんです」と、透子。
「露草模様の着物を着た女の人を見かけたんでね」と、ふしぎ。
「なんだ、皆、集まってるじゃねえか」
 空と琉宇もまた近づいていた。どうやら開拓者達の捜索は、同じ結論を導いたらしい。

 店の奥から、色白の美人が出てきた。葵という22歳の女で、普段は離れた町に住んでいるが、法要のために帰ってきているらしい。葵は、自分が誰かに捜されている心当たりが無く、開拓者達の来訪を驚いて、団扇絵の件に話が及んでも、にわかには信じられないようだった。
「知人がね、去年買った団扇の絵が私に似てるって教えてくれたのよ。団扇屋に行ったらその元絵があるからっていうんで買ったんだけど‥‥まさか私本人だったなんて」
「あんたの事を捜している絵師は、勝手に描いたんだよね」
「うーん‥‥見られた覚えはないんだけど‥‥でも、こんなに美人に描かれてんだもん、怒っちゃいけないわよね」
 不快に思っている様子はない、むしろ、美人絵として評判になったことに喜んでいるようだ。
「 絵師が、今年もあんたの絵を描きたいって言ってるんだけど、会っちゃ貰えないかい?」
「あら、また描いて貰えるの? ふふふ‥‥」
 照れくさそうに笑う葵は、続けてこう言った。
「そうね、ダンナと息子に、自慢できるわね」

 氷の予言は当たっていたということか。
 雅レ斗はなんとも分かりやすい落ち込みようで、しかし葵の方は雅レ斗のそんな気持ちを知るはずもないから、ただ単に陰気な絵師だという印象を持ったまま別れることとなった。
「いつまでも溜息ついてんじゃないわよ、鬱陶しい」
 がっくりとうなだれている雅レ斗の背中に向かって、風葉は思いっきり蹴りを入れた。
「あんた、吉右にも美人絵を描くんでしょ? ほら、このあたしが時間をとってあげるから、描きなさいよ」
 髪をかきあげ、うなじをちらりと見せて風葉は挑発した。
「風葉‥‥その格好はちょっと‥‥」
 ふしぎが止めるのも構わず、風葉は雅レ斗に迫り寄る。
「吉右だって、あたしの絵が貰えるならシアワセに決まってるわ」
「あー‥‥あのな、ノリノリのところ言いにくいんやけど‥‥」
 何かを察していた疾也が口を挟んだ。
「あによ、文句あるの?」 
「疾也、たぶんこの姉ちゃん、気付いてないぞ」 
 空も気付いたようだ。
「そうですね、あの吉右さんの様子だと‥‥」
 亀丸堂で会った吉右と親方の会話を思い出し、氷も言った。
「ま、姉ちゃんの尻で、吉右が喜ぶとは思えねぇがな」
 そう言って空は、けたけた笑った。