壁殴り、いや、老婆
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/20 00:09



■オープニング本文

●だから私はそこへ行った
 時間は過ぎ行くものだった。
 誰にでも等しく時間は過ぎ行くものだった。皆等しくこの一夏を過ごし、秋を迎えようとしていた。
 だがしかし、時間は同じであってもその過ごした内容は同じではない。
 自分が『何もなかった夏』だからといってその周囲の人間まで等しく同じような夏をすごしていると考えるのは、あまりに傲慢で、考えが足りないといえるだろう。
 しかしそれでも、何故だろう。人は物事を都合のいい方に解釈しがちだ。さしたる根拠はなくただの思い込みに過ぎないのにあたかもそれが間違いのない事のように錯覚してしまう。
 そう、夏の前までは同じような境遇の間柄だったとしても、それがいつまでも同じなんていう保証はない。それどころか、それを維持し続けるほうが難しい状態にも関わらず、永遠不滅のものと信じ込んでいただけなのかもしれない。
 かように人生とは厳しい。そして辛い。

 そういうわけで私はなんともやる気がそがれるというか、焦燥感に苛むというか、ただひたすらに掴みどころのない虚しさが満ちていた。こんな事ではダメだと思うが、どうにもならない。何やら見えない壁が行く手を阻んでいるかの様に、自分の前に立ちふさがっている。 
 
 邪魔な壁だ。そんな壁はいらない。
 何か強力な力でその壁を打ち破って欲しい。自分の力ではどうにもならないその壁を破壊して欲しい。
 そんな時は、そんな時はどうしたらよいか。

 そうだ、『壁殴り代行』だ。

●そして私はそこで出会った
 私は思い立ったがすぐに『壁殴り代行』に依頼することにした。一度も利用した事はないが、その存在は知っている。
 多少迷ったが、その場所はわかった。大した店構えではないが、どうやら寂れていることもないらしい、先客だろうか店の前には二人の男がいた。
「せめて自分で殴れば‥」
「そういうものではないでござる」
 長身の見栄えの良い男が、なんとも丸々太った男をいさめている様に見える。なるほど、確かに片方は壁殴りを依頼する様な境遇にはならなそうな雰囲気であるが、もう一方ときたら常日頃からここに通っていても不思議ではない空気を身にまとっている。
「大体壁を殴ってもらったところで油谷さんにいい事があるわけじゃないですし」
「ぐぬぬ‥」
「それよりその腹の肉を何とかしないとって去年も言った気がしますよ」
「それは言わない約束でござる‥」
 確かに長身の男の言う事は正しい。壁を殴ったって何も変わりはしない。だが、それでも『意味』はあるという事を彼は知らないのだろう。お互いが認知しているようであってもそうでない事はある。そこに二人の溝があるのだろう。
「それに自分を磨かない事には、機会があってもダメですよ?」
「ぐぬぬ‥」
 その後も続く説教にいつしか私も耳を傾けていた。全てが当てはまるわけではないが、時折自分にも当てはまるような内容が耳に痛い。
 しかし、その説教を私は最後まで聞くことができなかったのだ。

●そしてそれはアヤカシだった
「アヤカシだー!!」
 街中であってもアヤカシは現れる。物騒な世の中だ。
 何の前触れもなく現れたそれは老婆であった。そして、アヤカシであった。
 身の丈は十尺はあろうかという巨体。筋肉質だがその肌はしわくちゃで海草の如き濃い緑色。顔は老婆のそれと似通ってはいるが、口から湯気を発していて岩をも砕きかねない頑強そうな歯が見える。
「ババアは嫌でござる、嫌でござる!!」
「それ以前にアヤカシだろ!」
 私は開拓者ギルドに走ったのだった。

●私がいなくても話は進む
「ぐおおおお!!」
「ちょっと、油谷さん!!」
 腹の肉が邪魔をして思うように走れなかった男、油谷はすっころんでしまった。よりにもよって長身の男、池田までをも巻き込んで。
 となれば、あたり一面に人はなく。取り残されたのはその二人という事になる。
「こうなれば‥」
 覚悟を決めた池田は刀を抜く。この池田、開拓者ではないがいちおうは志体持ちである。何かと争うような経験もそうそうないが、油谷よりは大分『まし』だ。
 しかし、イケメンこと池田面太郎であってもアヤカシは容赦がなかった。緑色の老婆アヤカシは手に光球を作り出すと、それを剛速球で池田に投げつけた。
「うっ!」
「ば、爆発したでござる!?」
 そう、リア充は爆発した。
 否、池田の前で光球は大きく爆ぜた。その衝撃は凄まじく、池田を軽く吹き飛ばしてしまった。
「ひぃ!」
 老婆は油谷に向かってにやりと微笑んだ。


■参加者一覧
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
からす(ia6525
13歳・女・弓
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
薔薇冠(ib0828
24歳・女・弓
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎


■リプレイ本文

●親類
 開拓者達は走った。
 まだ残暑厳しいが、人の生き死にがかかっているとなれば走らないわけにはいかなかった。そして走ること暫し、彼らは倒れた若い男と芋虫のように這う男、そしてその芋虫に迫らんとする緑色の老婆を目にするのだった。

「あらお婆様お元気そうで」
 開拓者の中の一人、長い黒髪の少女が老婆に向かって軽くおじぎをする。その少女の名はからす(ia6525)。当然ながら彼女の肌は緑色ではない。そしてその老婆たるやからすの背丈の三倍はあろうかという巨体。顔つきもそうだが何もかもが全く似ていない。
 果たして血のつながりとは不思議なものだ。いや、実際には血のつながりは無いのかもしれない。
「あ、あの方はからすさんの‥?」
 アナス・ディアズイ(ib5668)は一応聞いてみる。街にあんな巨大なアヤカシが現れるのもそうそうある事ではない。
 どう見てもアヤカシだがもしかしたらアレは本当にからすの祖母か何かで、それがたまたま緑色でムキムキなだけかもしれない。‥そんな事は万に一つもないだろうが。
「いや、違いますね」
 冷静にエグム・マキナ(ia9693)はアナスの考えを否定する。
「先人曰く『お前のようなババアがいるか!』と!」
 老婆が優しげに水を勧めてくる素振りも無いが、これは古典にあった『顔は老婆だがでかすぎて老婆になりきれていない何か』の類に違いあるまい。そして天儀においてこういう場合、その正体は大概アヤカシだ。
「ああ、あれはどう見てもアヤカシだな」
 からすもエグムの言葉に頷く。
「ちょっとひどくないですか‥?」
 アナスは少しだけ頬を膨らまして抗議の声をあげるのだった。

●油谷と壁殴り代行
 芋虫状態の男、油谷については何人かは旧知であった。またこの場所について存じている者も少なくない。彼を知る者にとっては油谷がここにいる事はある意味必然と言っても良い場所だ。
 そんな事情を含んでか、少女が一人状況に似合わない優雅さで油谷に声を掛ける。
「まぁ♪油谷さんにもついに春が巡ってきたんですねぇ」
 緑色の巨大老婆しかもアヤカシに迫られている、いや食べられようとしている状態を『春が来た』と言ったのはレティシア(ib4475)だ。
「脂身ぃっ、そなたが死んだら誰が『壁殴り代行』を頼むのじゃ!」
 何回も会っているはずだが薔薇冠(ib0828)はいまだ油谷の名前を間違える。しかし概ね意味は通じるので問題ないだろう。ちなみにここはその『壁殴り代行』の店舗前である。油谷は壁殴りを依頼しに来た所を襲われたのだろうと推測するのは余りに容易い。
「油谷さんも、逃げてないでとりあえずこっちに来てっ!」
 そう、とりあえず今問題なのは春の事でも名前でも壁殴りでもなくて、油谷の生死だ。モユラ(ib1999)は油谷を誘導する。ひとまずは自分達の後ろに来させればまずは安心だ。
「ふ、ふひっ!」
 こちらの存在に気付いた油谷は安堵の表情を浮かべる。しかし油谷は腰が抜けたか、ろくに前にも進めないようだ。
「一体何をしているのじゃ!」

「しょうがないですね」
 唐突に熱狂的な調べを奏で始めるレティシア。何はともあれ油谷ともう一人を救出するのが最優先。曲の力で仲間たちの動きを助けようという狙いだ。
「わ、私なんて、今までい〜っぱいのイケメンに告白されてスゴイんだから!」
 誰もそんな事を聞いていないのにいきなりアーニャ・ベルマン(ia5465)は裏返りそうな声でリア充を高らかに宣言した。
『別にリア充だけを狙ってるわけじゃないような‥‥』
 アーニャの狙いが老婆の注意をこちらに引き付けようとしているのは理解できるが、鬼灯 恵那(ia6686)は一寸心に引っ掛かるものを感じる。
「べ、別に、独身なのはモテないワケじゃないんだから。たくさんの男にプロポーズされて迷っているんだから!」
「アーニャさんはまさしく真のリア充です。リア王ですっ」
『まあ、いいか♪』
 アーニャのリア充宣言(レティシアの煽りつき)が引き続き絶賛垂れ流し中だが、まあ特に止める必要もなさそうなので好きにさせておけば良いだろうと恵那は判断して刀を抜く。
 ちなみに恵那がリア充自慢をするなら、『清(きよ)ちゃん』との事でもいいかなと思う。
 外道とまで呼ばれるくらい世間での評判は悪いが、自分にとっては心安らぐ大事な相手だ。もっともそれはこの手にある『秋水清光』の事だけど。
 そんな事も考えつつ、恵那は大きく息を吸い込んでそれを一気に吐き出すように腹の底から精一杯の大声をあげる。
「うおおおおおぉっ!!」
 声に反応する様に老婆は恵那の方へ視線を向ける。このアヤカシ、特に食事に選好みは無いらしい。リア充かどうかという事は勿論、油谷でも恵那でも食べられるならそれで良いというところか。
「プレゼントだって─」
 アーニャは途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。だってもう意味が無いし、何だか急に目が見えにくくなってきたから‥‥。

●格差社会
「痛いところとか、ありませんか‥っ、あたい、すぐ治しますから‥‥っ」
 仲間達が注意をひきつけている間にモユラは倒れている池田に駆け寄って物陰に引きずりこんだ。
 しかしこの池田、多少焦げてはいるが腐っても鯛、焦げてもイケメンだ。そして焼けた服からのぞく肌も少し刺激的。
『ちょいとときめちゃうかも──』
「ふむ、命に別状はないか」
 からすも包帯を巻きつつ、怪我の具合を確認する。見た目程にひどくはなさそうだしこれ以上攻撃を受けなければ応急処置だけでも大丈夫だろうと判断した。
「もう少し奥の方が良いかも」
「『りあじゅう爆発しろ!』って言葉もありますしねっ」
 自分で言っといて何だが、言葉の意味も良く分からないままモユラは池田を抱えて奥の方に連れて行く。
「無性に苛立ちますね‥。くっ逃げられましたか‥」
 あわよくば誤射というか『りあじゅうの爆発』を狙っていたエグムであったが、残念ながら池田は目の届かぬ場所に運ばれてしまった。
 
 そんな感じでエグムの視線を浴びながらもモユラとからすの手厚い介抱を池田は受けていたわけだが、油谷はいまだ地面を這いずり回っていた。
「こうした方が早いですねっ」
 言うが早いがレティシアは樽を転がすように、傘で突いて油谷を転がして行く。ちなみに傘といっても鉄傘であり、そんな物で突かれると勿論痛い。
「ふっふひぃぃ」
 とはいえぐるぐる回る油谷は確かに自分の力で動くよりも早かった。漸くここまで運ばれてきたそんな油谷の首根っこを捕まえてアーニャは放り投げる。
「危ないからちょっとここに隠れていてください!」
「ぶべらっ!」
 見事な放物線を描いた挙句、着地後ダイナミックな回転を加えて油谷はどこぞの家に突っ込んだ。
「何と言う‥」
 老婆の攻撃を盾で防ぎつつ、横目で一連の流れを見ていたアナスは『あの扱いでいいのかな?』と思わなくもなかったが、誰もおかしな事をしているという意識はなさそうだったので戦いに専念しようと思うのだった。

●肉薄
「斬り応え、ありそうだねぇ♪」
 前衛は恵那とアナスだけ。さらにアナスは盾を用いての防御が主体。危険なはずだが恵那は近くに迫った老婆の大きさに恐怖を抱くどころか微笑む始末。
 土煙を上げながらやってきた老婆は腕を振り上げて、力任せに恵那を叩き潰そうとそのまま腕を振り下ろす。
「こんなのでやられるわけにはいかないしー」
 気を読まずともこの程度の動きは読める。読める以上は対処がある。恵那は軽く飛ぶように下がると薙ぐように横手に刀を振るう。浅い。人の肌とは違う感触。流石に鉄という事はないが、さくっと斬れるという感じではない。
「たくさん、楽しめるって事だよねぇ‥♪」
 困難な状態にあって恵那はやはり楽しそうな表情を浮かべる。
 しかしアナスはそうは楽しめない。
 この老婆アヤカシ、力が強い。なので盾で攻撃を受け続けるのは楽な事ではない。アナスの技量やスキル、装備が故に何とかなるが、素人が構えた下手な盾や間に合わせの盾では破壊されてしまうだろう。とにかく気が抜けるような状態ではない。
「二人はもう大丈夫な様ですが‥」
 油谷が本当に大丈夫かは確認する必要があるが、老婆が襲い掛かる事もないだろう。自分達がここで押さえ込んでいる限りは。
 故に、崩れる事は許されない。迂闊な行動で全てを台無しにするわけにはいかない。
「ここはもう少しの辛抱ですね」
 アナスはもう一度気合を入れて盾を掲げた。

●怨嗟の矢襖
 唯の偶然だろうが、この面子は半分が弓術士という構成になっている。ちなみに余談だが男はエグムだけである。油谷が見たら歯軋りをして羨ましがるこの黒一点であったが、実際にそれがどうという事はなかった。
「あるべくところにある、無い者の所には一切無い。えぇ、折れるフラグもないのが現実です」
 そんな彼の近況を込めた矢が老婆に向かって放たれる。エグムはイケメンに分類されたとしてもリア充ではないのだ。イケメン即ちリア充と勘違いされがちだが、そうとは限らないものらしい。
「夏だから何かイベント?冗談でしょう?」
 今年の夏も彼には幸せが訪れなかったらしい。というよりも彼だけでなく、他の弓術士達も余り充実したものではなかったらしい。
「うわぁぁぁ〜ん、アヤカシ爆発しろーー!!」
「自慢できることなぞないのじゃー!」
「‥‥」
 一人黒髪の少女だけが彼らの様子に気付きながらも我関せずといった風に黙って矢を放っていた。

 しかし老婆にはそんな事は関係がない。少なくとも彼らが充実した人生ではない理由とされるにはいくらアヤカシとはいえ酷い扱いである。
 そんな扱いに抗議するわけではないだろうが、老婆は燃え盛る火の球をこちらに投げつけてきた。前衛相手にしながらなのでなかなか器用ではある。
「何かあるとは思っていたけど」
 池田の傷が打撲傷でなかった。であるから、何かしらその手の攻撃があるのはわかっていたがまさか爆発する球を投げてくるとは。からすは鼻に焦げる匂いを感じながら次の攻撃に備えるのだった。

●壁
「壁でも殴っていればいいんだっ」
 次々と白い壁を打ち立てるモユラ。もっともこれは壁殴り代行達へのサービスというわけではない。薔薇冠なんかは一瞬それを殴りそうになっていたが、老婆爆発球(仮)への備えであると察したらしく実際には殴らなかった。
 ハイパー老婆パンチ(仮)を数発くらえば崩壊しかねない程度だが、防壁としては悪くない。その壁に身を隠しながら老婆爆発球をやり過ごしたレティシアは澄ました顔で老婆を挑発する。
「嫉妬は最も身近な友。その程度の妬みパワーではわたしの構えは崩せませんよ?」
 跳んで来る細かな破片は傘でガード。しかし壁があるとはいえ爆破する球は危険だ。そしてこの戦いに挑んでいる人間の半数以上が精神的に危険だ。

 モユラは迷っていた。
「治癒符は、いらないかな?」
 判断に迷う。巫女がいない分こういう事にも気を配らなければならない。のた打ち回っている仲間もいないが、無傷な者もまたいない。
 壁なのか、治療なのか、それとも攻撃か?最善手を選んでいるつもりだが、それが正解という保証もない。
「‥ここは結界呪符かなっ!」
 迷っている時間が惜しい。そう判断してモユラは又一つ壁を打ち立てた。

●さようなら老婆
「熱っ!」
 この老婆、どこまで隠し玉を持っているのか。ここにきて火を吹くとか想定外だ。アナスがオーラを纏って守りを固めるも無傷というわけにはいられない。しかしそうやって耐えてきた時間は無駄ではなかった。
「ではそろそろまいりましょうかっ」
 軽快な曲を演奏し始めたレティシアの足元ではいつの間にやら小さな子猫達が一心不乱に舞い踊っていた。
 そんな曲なんて知るものかと老婆がこさえた球も、投げる間もなくからすの矢に当たって爆発する。
「ほう、当たるものだね」
「見飽きましたのでね。壁を殴るよりは意味がありますし」
 投げる寸前にエグムの矢も老婆の腕を射抜いていた。しかし彼の悲しみはそんな事では癒える事はないのだが。
 その隙を逃さぬ様、立て続けに突き刺さる矢。
「そこな老婆よ。わしの悲しみを知るがよい」
「全部アヤカシが悪いんだー!!」
 『むしゃくしゃしてやった今は反省している』風な矢であるが、日頃より弓を獲物とする開拓者が放つ矢である事には変わりはなく、その威力に間違いはない。

「あたいの式でっ!」
 モユラの放つ式は雀蜂を模した式。神経毒を与えて老婆の動きを阻害しようという狙いだ。老婆の大きさと比べればそれはもう豆粒のようなもの。しかしその毒は確実に老婆の体を蝕むはず。そう信じてモユラは雀蜂の一刺しを見届けた。
「今ですね!」
 仲間達の猛攻に老婆の攻撃の手が止まる。ならば守りから攻めに転ずるのは今この時。
 アナスは渾身の力を込めて、獲物を振る。巨木に斧を打ち込んだような感触が手に返る。断ち切ったわけではないが、確かな手ごたえだ。
 なおもまだ動きを止めぬ老婆。しかしその終わりの時は確りと近づいていた。音もなく近づいて、すれ違いざまに一言。
「久しぶりにそこそこ楽しめたかな。ありがとね♪」
 煤けてもなお笑みを絶やさず、恵那は老婆を斬り捨てるのだった。

●真相は謎
 アヤカシは消えうせ、池田は治療のため搬送。結果として油谷だけが残された形となった。
「まァた壁殴り代行なんて‥」
 というモユラの発言から始まって、次第に流れは油谷を問い詰める形になる。
「暗くて強い情念を抱えてたりしてましたか?」
「ヒトの負が瘴気を呼び込みアヤカシを形成する事もあるのだよ」
 アナスとからすは今回のアヤカシが油谷にあるのではないかと疑っている節もある。
「まさか、壁殴り代行のお客さんの怨念がアヤカシを‥?」
「いや、違う。壁殴りはその怨念を貯めぬためにある場所じゃ!」
 モユラの考えを薔薇冠は即座に否定する。もしかしたらそうかもしれないが、そうでないと信じたい。さもなくば薔薇冠は壁を殴れなくなってしまうではないか。

「別にリア充がどうって感じでもなかったけど」
 別に助け舟を出す意図はなく、恵那は感じたままの言葉を述べる。
「しかし人を呪うのはな」
 壁を殴るのはともかくそういった感情は関心しないとからすは言う。
「人を呪わば、と言う言葉もありますが――同感出来る点もあります」
 それぞれ立場が違えば思いも違う。エグムは油谷の気持ちが『わかる』方だ。
「そうじゃ必要なんじゃ。脂身の様な者には」
 兎角議論はまとまらない。字数もない。
「格差社会という砂漠のオアシス、壁殴り代行よ永遠なれですねっ」
 そんなこんなで明るいレティシアの言葉が締めくくる。

 と見せかけてまだ一人残っている。
「全部嘘‥。本当は、キスだってした事‥‥」
 『リア充』であるはずのアーニャは一人黄昏ていた。彼女が真のリア充になる日はいつか。それは誰にもわからない。