善意
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 不明
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/28 19:43



■オープニング本文

●激流
 男は目を疑った。
 ここを通った数日前とは明らかに何かが違う。
 何が違う?‥‥そうか、橋がないのか。

 昨晩の大雨の影響だろうか、もともと頼りないとは思っていた橋がものの見事に壊れてしまったらしい。よく見れば川の流れも濁りがひどく、勢いもまたこの間とは比較にならない。
 したがって、泳いで渡るというのも無茶だ。余程泳ぎに心得があるにしたってこの流れに挑むのは無謀もいい所だろう。船だってちょっと乗るような気持ちにもなれない程の流れだ。まあ船も流されてしまった様ではあるが。
 それに、もし流れがいつもどおりに戻ったとしても泳ぐというわけにはいかない。この薬を濡らすわけにはいからないからだ。何故ならば彼はそもそもこの薬のために村を出たのだから。

●帰路
 男の名はハジメという。
 特別秀でた才があるわけではないが、誰にでも明るく接し、誰か困っているものがあれば自分の身を省みず手を差し伸べる様な男だ。
 妻と子とつつましいながらも幸せな日々を過ごしていたのだが、そんな彼にも突如として不幸はやってきた。子供が謎の病に罹ってしまったのだ。

 激しい嘔吐や猛烈な熱や発作といったものはないが、いくら寝ていても一向に症状は改善しない。それどころか、弱っている様にすら感じられる。
 今すぐにでも命を落とすといった風ではなかったが、このままでは遠からず‥‥といった具合で、ハジメは気をもんでいた。

 ところがハジメの日ごろの行いが良かったのが幸いし、困難にあえぐ彼に対して周りの人間はいたく協力的であった。
 ある者は病に対する情報を集め、またある者はその情報から医者を捜し当て、またある者は薬代やらを用立てて、またある者はハジメが不在の間の田畑の世話をするという様に色んな人々の善意により、ハジメは薬を手に入れることができたのだ。
 だが今、ハジメは橋がなくて帰れない。川を渡れず立ち往生だ。
 
 一分一秒が生死の境を分けるということでないのは頭ではわかっているが、苦しげな表情をする我が子を思い出せば、一刻も早く戻って子供に薬を与えたいと思う。
 それに橋が出来上がるまで待つなんていうのはいくらなんでも悠長過ぎる。やはりここは別の道を通って帰るしかない。そしてその考えられる帰り道は二つある。
 一つ目は一旦戻る必要がある上に大きく遠回りをする道。これは特別危険性はないが、やや時間がかかる。橋を渡って帰ったときの倍近くの日数を要するだろう。
 そして二つ目は、魔の森を突っ切る道。この道は危険だ。はっきり言って魔の森に端の部分とはいえ侵食されてしまっている以上、もう道ではないといってもいい。──『普通の人間』にとっては。

 そしてもう一度周囲を見回せば、他にも立ち往生している者がいる。その中には『普通ではない人間』、つまり開拓者らしき姿もいくつかある。
 彼らの力を借りれば、二つ目の道も可能ではある。が、しかしそれに見合った報酬をハジメは持ち合わせてはいない。流石に命の危険のあるような場所をわざわざ通るのだから、何も無しというわけにはいかないだろう。
 しかし、彼にはなくとも他の者にはそれがあった。
 裕福そうな初老の男性が、どうしても先を急ぎたいらしく開拓者達に声を掛けていた。向こう岸に渡りたかったのは開拓者としても一緒であるし、報酬が出るのならそれほど悪い話でもない。暫くするとその初老の男性を中心とした小集団が形成されていた。
 ハジメはそこへいっしょに連れて行ってくれと頼み込む。虫のいい話だとは思うが背に腹は変えられぬ。そして、
「じゃあいっしょに行こうか?」
 初老の男性から予想以上の反応。どうやらお金には困らぬ身分のようだ。
 ともあれ、ハジメも腹をくくる。いくら開拓者達がいるとはいえ最低限自分の身は守れる様な心構えでなければならない。
 これから、自分たちは魔の森を突き抜けるのだ。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
周藤・雫(ia0685
17歳・女・志
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
オルカ・スパイホップ(ib5783
15歳・女・泰


■リプレイ本文

●暗い森
 不気味としか言い様がない光景が広がる。まるで別の世界にでも足を踏み入れてしまったのではないかと思う程に異質。──これが魔の森か。
「長居するわけではありませんが、危険な所です。‥‥十分気をつけていきましょう」
 言うまでもなく魔の森は危険な所だ。周藤・雫(ia0685)としてはこの様な場所に足を踏み入れたくはない。ましてや一般人を連れてとなるとなおさら本意ではない。
 だが、そういった力を持たない人達を守るのも自分の務めと覚悟を決める。彼らを含め誰一人として犠牲を出すつもりはない。
『確かに長居する必要もないな‥‥』
 雫の言葉を耳の片隅にいれながら琥龍 蒼羅(ib0214)は思う。通り抜けるだけで誰も森そのものに用があるわけではない。兎角無駄を省いて先を急ぐのが良いだろう。

「では俺達が先に行こう」
 短髪で鍛え上げられた体つきの良い男が前に出る。出会いがしらに非力な二人が襲われるのを避けるため、羅喉丸(ia0347)とオルカ・スパイホップ(ib5783)が先立って進んで危険を回避しようというのだ。
「ついてきてね〜♪」
 そう言ってオルカが大きく手を振る。今はまだしもこれからは危険な場面もあるかもしれない。
「合図は身振り、手振りになるかもしれないな」
「そうだね〜」
 いざとなればすぐ駆け寄れる距離だけを残して二人は先を行く。暗くじめじめした空気が鼻腔をくすぐる。森はまだ静かだった。

●襲撃
『見知った顔が多いな』
『この顔ぶれならそうそう引けはとらない筈ですが‥』
 偶の偶然に過ぎない事であるが、開拓者同士誰か一人は旧知の存在がいるという状態だ。者によっては初見の方が少ない位だ。しかし、オラース・カノーヴァ(ib0141)にしても志藤 久遠(ia0597)にしてもこの状況は望ましい事と言える。やはり多少なりとも互いの手の内を知っていた方が動きやすい。
「道を明けてもらおうか」
 先を制する吹雪がアヤカシらに吹き付けられる。一瞬、ただでさえ暗い森の視界が一層見通しが悪くなる。
「時間をかけるわけには行きませんね」
 吹雪が止むと久遠は薙刀を抱いて飛び込む様に、蛇状のアヤカシに刃を突き立てる。このアヤカシ、見た目こそおぞましいものがあるが、然程手強い相手ではない。間髪いれずにもう一突き入れれば、たちまち瘴気となって無に返る。
 久遠とてこのアヤカシの程度はおおよそ察しが付いていた。余力を残して戦う事ももちろん出来るが、ここは『あえて全力』だ。後々の疲労も気掛かりだが、戦闘に時間をかけて他のアヤカシに気づかれる事の方が怖い。取り囲まれて足が止まるのが一番拙いのだ。

「これ以上近づけさせてはいけません。私の神の矢で追い払いましょう」
 出来るだけ護衛対象にはアヤカシを近づけぬ様に戦ってはいるが、それでも幾つかはかなり近くにまで来ることがある。エルディン・バウアー(ib0066)はそうしたアヤカシを矢で撃ち落す。
「また来ますっ!」
 レティシア(ib4475)は直接アヤカシに攻撃を加えるのではなく、サポート的な役回りで動いている。攻撃する手立てがないわけではない。だが、攻撃の手は他にもいるし、自分まで攻撃に回ってしまったらいざという時に守れないかも知れない。
「神の力を知りなさい!」
 再び矢がアヤカシを貫く。とりあえずこれで一区切りか。レティシアはひとつため息をつく。

●理由
「魔の森を抜けなければならないほどの急用とは何ですか?」
 エルディンは依頼人に尋ねる。そもそも余程でなければ魔の森を通る必要はないだろう。彼にも何らかの急ぎの理由があるはずだ。
「末の娘の祝言が近くてね」
 聞けば娘が近く嫁入りをするという。相手もある事だし、父親が帰ってもこなければ心配でそれどころではあるまい。急ぐ必要もあるというものだ。
「よもや巷で噂の天下の副‥いえいえ、縮緬問屋のご隠居さんでしたねっ」
 レティシアは何か勘違いをしているようだが。
『‥なおのこと無事にのりきらないとな‥‥』
 会話には加わらないが、蒼羅の耳は会話をしっかりと捉えている。もとより依頼が護衛であるので、彼らを守りきるのは当然なのだが、待つ家族のことを思えばその気持ちも高まるというもの。

「お前は何故?」
 オラースはハジメにも同じ質問をぶつける。そこらの村人がこんな危険を冒すのだから彼にも相当の理由があるとは思ってはいたが。
「子供が病で‥」
 事の顛末をハジメは語りだす。語れば急ぐ気持ちが強まったか、自然にその足取りは速くなる。そして一寸先を進んでいたはずの羅喉丸との距離もいつの間にか詰まっていた。
「早く薬を持って帰らないとな」
  羅喉丸は近づいてきたハジメに言う。そしてその一方では手で『これ以上くるな』と制止をかける。どこにアヤカシが潜んでいるかわからない。確認も慎重に進めなければならないのだ。

●続く襲撃
 目の前に何もいなくとも、どこからアヤカシが現れても不思議ではない。もしや頭上からの襲撃があるやもと警戒を絶やさなかったオルカは樹の上の眼突烏を見逃すことはなかった。
 両手を使って後ろに数を伝える。──その数は五つ。
「俺が先にやる」
「わかりました」
 その後に続け、とオラースが吹雪を放てば、続いてレティシアの歌声が響く。寒さに凍えたか、それとも眠りに落ちたか、眼突烏が上から降ってくる。
「先を急ぎましょう」
 眼突烏はそのままに進もうとしたエルディンであったが、羅喉丸は首を横に振る。
「後ろから来られては拙い。憂いはここで断つ」
「そうですね」
 眠っている相手ならば難はない。羅喉丸は棍で、久遠は薙刀を払って止めを刺す。
「大丈夫そうです‥‥急ぎましょう」
 雫は心眼で周囲に打ち漏らしがない事を確認する。他のアヤカシが寄って来ないうちにこの場を去るべきだろう。
 そして蒼羅も雫の言葉に頷く。
『このまま楽に進めればいいが‥』
 今は順調だがいつ何が起こるかわからない行程だ。蒼羅は『杞憂に済めば良いが』と心の中で付け加えながら森のより深い所へと進むのだった。

●森の中
「さすがにきりがないな」
 アヤカシを殴り倒すと羅喉丸がため息をつく。これで何度目の襲撃だろうか。道中で先を行く彼らは魔の森に入ってからというもの、幾度となくアヤカシに遭遇していた。そして先に進めば進むほど、襲撃の間隔が短くなる。おそらく今は大体中間点。いわば今回の道中で最も魔の森の深部に近いという状況にある。
「覚悟はしていましたが‥」
 久遠とて最初から厳しい戦いになる事くらいはわかっていたし、戦いが続く事もそれがどれだけ疲労に繋がるかも理解していたつもりだ。
 それに自分達の疲労は勿論の事、普段は危険から遠い生活をしているはずの後ろの二人はなおのこと疲労は激しいだろう。
「アヤカシは必ず私達で処理しますので、ご安心を」
 この一言でもどれだけ救われた気持ちになるか。そして久遠だけでなく他の者も十分ハジメ達の事は気にかけている様だった。
 彼らに何も言わないが、オラースは歩調を彼らに合わせていた。黙っていても気遣っているのは明らかだ。
『体の疲れは我慢してもらうしかありませんが』
 小さな音で聞こえてくる口笛の音。いつかどこかで聞いたことのあるような穏やかな音色がささくれ立つ気持ちを和ませる。レティシアの口笛はハジメ達だけでなく、開拓者達の心も癒していく。緊張を適度に解す優しい調べは、開拓者達の警戒をより効果的にしていた。
「ウサギさんリンゴ食べます?」
 ウサギかリンゴのどちらに反応したかはわからないが、先を行くウサギ娘の耳が反応する。
 ここがただの森ならばピクニックとでもいえるのだが、瘴気渦巻くこの森ではちょっとお弁当でもという気にはならない。
 だがエルディンはそんなことは気にしないかの様だ。もちろん、気にしていないのではなく弱者をいたわっての事。彼らを明るく導くのもこの神父の役目だ。
「水もありますよ?」
 魔法の力で生み出される水はこの森の水とは違い澄んだ色合いをしている。依頼人とハジメはその水を飲んで喉を潤す。水でまた気を整えてハジメ達は歩き続ける。まだ森は続いている。森は深く暗かった。

●脱出
「これは厳しいな」
 羅喉丸が呟く。今までで一番多い数だろうアヤカシの群れ。中にはちょっと手強そうな巨体も混じっているし、迂回するにもすでに手遅れという状態。あともう少しという所でこれだ。
「‥やるしかないか」
 だからといって諦めたりは出来ぬ。一度受けた約束を保護には出来ぬ。彼らを守りぬくと決めた以上、やりきるしかない。自分の命もここで簡単に差し出す程安くはない。
「‥‥突破口を開ければ‥」
 蒼羅が何時と同じ表情で囁く。アヤカシの数は多いが、全てを殲滅する必要はない。とにかくここから抜け出せれば良い。
「強行突破、ということになりましょうか」
 久遠は薙刀を構える。戦いで気が高ぶれば多少の疲労など。おそらくここが正念場。切り抜ければ後は何とかなるだろう。

 だが、数の差は歴然で開拓者達は厳しい戦いを強いられる事となった。
 出来るだけハジメや依頼人に近づけまいとしているのだが、どうにも前に出ている人間だけでは捌ききれず、たびたび危険に晒されていた。気が付けばほぼ周囲を取り囲まれている様な状態だ。
「ふっ、これくらいの修羅場など、いくらでも経験していますから」
 エルディンが身を盾にしてハジメを守る。無傷というわけではないがそこは軽装とはいえ開拓者。額に汗を流しつつも、微笑みは絶やさない。
 この神父は弱き者を守るためなら自分の身に危険が迫ることさえ厭わない。今までも危険な目には遭ってきたが、何というか割と丈夫だ。洒落にならない事態も切り抜けてきた。問題ない。
 もっとも全てを自分の体で受け止めていては流石に身がもたない。他の手段でも守る必要があった。
「やらせはしませんっ」
 レティシアが煌きながら高いソプラノの歌声を響かせると、空気の膜が依頼人を包んだ。その効果は短いが、効果は高い。貧弱な攻撃では通りはしない。
 そして守ってばかりでは道も開けない。道を切り開くためにはアヤカシの数を減らさねば。そしてそれをやるべきは他にいる。レティシアは歌を止め、口を開く。
「先生、お願いします」

 蒼羅は仕掛けることをせず、敵を待つ。自ら切り込んでいくだけの技量も力もある。しかし、蒼羅の本領は守る事でよりその力は発揮される。そしてこちらから向かわずとも暇にならぬ程度にアヤカシは迫ってくる。
「見切り、断ち斬る‥‥。──抜刀両断──」
 鞘から抜き放たれた刃は大蟷螂の細い首を刎ねる。蟷螂の斧は大きくても非力に過ぎぬのか。夜宵姫は大蟷螂の手すら紙を斬るか如きで、一瞬たりともその流れを遮られる事なく再び鞘に収められる。
「通すわけにはいきません‥‥!」
 雫も納刀しながら敵の動きを待つ。振り下ろされる斧をかわしつつ、音もなく刃を走らせる。アヤカシとの距離はまさに紙一重。重なり合う影が再び二つの影に分かれたとき、蟷螂の形をした影は姿を崩す。
「安心して下さい‥あなた方には手出しさせませんから」
 絶対に二人の身は守る。強い決意で雫はそう言い切った。

 まずは敵の数を減らす事が肝心と蹴散らしていけば道も開ける。
「いっくよ〜♪」
 オルカは拳を振るう。急所を狙って叩きのめす。これ以上力を抑えても仕方がないだろう。もう全力だ。
「一気に決めるぞ!」
 羅喉丸が足を踏み込めば、空気も揺れる。道よ開けと棍を打ち、体ごとぶつけてアヤカシを弾き飛ばす。
 どこか一点でもいい。この包囲に穴が開けば‥。
 取り囲まれたとはいえ、まだ包囲は厚くない。羅喉丸はその中でも薄い部分を探す。
「ここだな!」
 単純に数だけの話ではなく、弱いアヤカシが多い所に羅喉丸は乗り込む。
 そして一通り暴れれば十分な隙を作ることが出来る。
「今です!抜けましょう!」
 続く久遠も血路を開く。今この機を逃せば正直厳しい、急がねば。
「早く行け!走れ!!」
 もうこうなれば音も光も何も気にする必要がない。オラースは叫びながら電撃を放つ。轟音とともに辺りを光で照らしながら、電撃は巨体を貫く。ひとまず動きは止めたが、また動き出すかもしれない。いつもなら確実に止めを刺すところだが、そんな悠長な事も言っていられない。
「運が良かったな」
 そう言い残してオラースも仲間達に続いて走り出した。
 走った。走ったが依頼人やハジメには足場も悪ければ緊張も恐怖もある。このままでは‥。と思った時には依頼人がバランスを崩していた。
「あっ‥!」
 と声を上げるもつかの間、走り寄ったオルカが依頼人を担ぐ。軽くはないが、重い鎧や武器を身につけているわけではないから、これくらいは問題ない。
「ちょっと揺れるけど‥」
 『我慢してね』とオルカは走る。脱兎の如く木の根を飛び、段差を駆け下りて光指す方向へ一直線にひた走る。
「え、酔った?後もう少しもう少し♪」
 オルカは背中に二重の恐怖を抱えつつ、それでも走った。
 光が。走るたびに光が強くなる。一歩脚を踏み出せばまた少し明るく、二歩進めばより明るく。
 ──もうすぐ森を抜けられる。依頼人は揺れの酔いも忘れてただその光が強くなる事を願った。

●陽光
「何とか、抜けられましたね‥‥」
 雫がほっとした様に一言。
 いつしか景色は見慣れた風景に変わっていた。怪しげにそそり立つ樹もなければ、アヤカシの気配もない。もっともまだ魔の森からそう離れてはいないので油断はできないが、ひとまず危機は去ったといえよう。
「よろしければ村までご一緒しましょう」
 『よろしければ』と言いつつも、エルディンはハジメに有無を言わせない。ここまで来て途中で何かあっても困る。最後まで送り届けるつもりだ。
 そして看病している家族も疲れていることだろう。村についたら食事の準備でも手伝おうかとエルディンは考える。
「何か暖かいものでもお作りします」
「ごっはん〜♪ごっはん〜♪」
 オルカも同行するらしい。流石にこれだけ戦って走ればお腹もすくか。

 幾人かの開拓者達は依頼人と方向が同じらしく、途中で依頼人と同じ道を行く者とハジメに同行する者とで二手に分かれる形で解散となった。
「着いたようですね」
 レティシアはそう言いながら、鞄を探り出す。竹筒と筆記用具を取り出すと何やらさらさらと書き記す。
「お子さんに、どうぞ」
 手渡すそれは甘酒とハーブティーのレシピらしい。病を治すには薬も必要だが、栄養をつけるのも大事だろう。
 レティシアは子供の下へと走っていくハジメの背中を見送りながら思う。落ち着いたらもう一度訪れたいなと。その頃には子供の病も癒えている事だろう。
 春はすぐそこまで来ている。暖かな春風が幸せを運ぶことを祈りつつ、レティシアはまた歩き始めた。