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■オープニング本文 ●クリスマス ジルベリア由来のこの祭りは冬至の季節に行われ、元々は神教会が主体の精霊へ祈りを奉げる祭りだった。 とはいえ、そんなお祭りも今では様変わりし、神教会の信者以外も広く関わるもっと大衆的な祭典となっている。 何でも「さんたくろうす」なる老人が良い子のところにお土産を持ってきてくれるであるとか、何故か恋人と過ごすものと相場が決まっているだとか‥‥今となってはその理由も定かではない。 それでも、小さな子供たちにとっては、クリスマスもサンタクロースの存在も既に当たり前のものだ。 ●でもそんなの関係ねえ まあそんな『クリスマス』のことなんか置いといて。恋人と過ごすとかそんなの知らないし。 誰が最初にそう呼び始めたかは知らないが、『惨多狗老凄(さんたくろうす)』とそのアヤカシは呼ばれていた。 『惨劇を多く引き起こす凄まじい何か犬臭い老人っぽいアヤカシ』という意味であり、いわゆる上記の『サンタクロース』というものとは似ているようで違う。 その『惨多狗老凄』であるが、普段は略して『惨多』と呼ぶことが多い。 その姿は恰幅のいい老人男性に似ており、もしや人間か?と錯覚するくらい人間に近い。だがその身の丈は十尺程でその表情は険しく、生気のない淀んだ目や異常に発達した歯などを見れば人間と違うというのはわかる。だいたい老人に以前に人としては大きすぎるし、あとなんか犬臭い。 また紛らわしいことに、惨多はアヤカシのくせに服を着ている。その服は返り血で赤く染め上げられた物である事が一般的だ。それと服だけに飽き足らず、惨多は服と同じ様に血で染めた帽子をかぶっている。 大きな布袋を肩から提げて、逆の手には戦斧を持つ。袋の中には何が入っているかは良く分かっていないが、死体が詰まっているとも、瘴気が詰まっているとも言われているがどれも噂の域を出ない。実態が良く分かっていないのだ。 また、惨多単体だけでも恐ろしい存在なのだが、惨多は手下のアヤカシを使役する。 姿は鹿に似た四足の獣。だが、こいつは空を飛ぶ。惨多を乗せたソリを引っ張り空を飛ぶ。 この鹿に似たアヤカシを識者は『屠奈悔(となかい)』と呼んでいる。 『奈落の底より這い上がった屠殺場の瘴気と色々な後悔が集まって出来たんじゃね?恋人云々とか』という意味合いである。例によってこれもまた俗に言う『トナカイ』とは別の存在である。 屠奈悔は主に惨多を輸送する役割を担うが、もちろんただ輸送をこなすだけではない。ソリより解き放たれた時などは並みのアヤカシよりも凶暴で危険な存在となる。 屠奈悔は火を噴き、脚で蹴り上げ、角を突き立てる。多彩な攻撃方法で人々に襲い掛かるのだ。 そんな屠奈悔を従えるのだから、惨多というのは強力なアヤカシである事がお分かりいただけるだろう。 この惨多らは、毎年年の瀬にどこからともなくやってくるらしい。そして長居する事無く翌日の朝には姿を消しているという神出鬼没な存在だ。また同じ場所に現れるわけではないので待ち構えることもできない。そのため、危険視されていても討伐が思うようにいかないという頭の痛い存在だ。 ●それはさておいて 「やっと終わったわ〜」 不月 彩(ふづき あや)はう〜んと体を伸ばす。 今日は大掛かりな仕事だった。やたら広い場所に大量発生したアヤカシを絨毯爆撃よろしく一斉駆除を行ったのだ。開拓者を大人数引き連れての作業で、丸一日かけて日も沈みかけた今しがたようやく片付いた。 とはいえ、一日かかるのは想定どおりであったし、日が暮れる前に全てが処理できたのは幸運だろう。なぜならこの後には慰労をかねた宴席と温泉付きの宿が待っているのだから。 宿は本日開拓者達で貸切。山間にやや孤立した状態で建てられたその旅館は、大きな温泉を擁した中規模の旅館である。いささか辺鄙な場所にあり、昼間の現場からは若干寄り道をする形になる。 もちろんこの宿を選んだのは彩であり、その理由は良い温泉があるという事に尽きる。値段とか場所とかそういった事は二の次ということらしい。 とりあえず部屋で一息入れている者もいれば、まっさきに温泉に向かう者や元気が有り余っているのか覗きを企む痴れ者もいる。宴会が待ちきれなかったのか、既に酒が入っている者もいる。 道具の手入れをしている者もいれば、相棒の世話をしていたり、話が盛り上がっているグループもいる。 それぞれ思い思いの行動をとってはいるが、一仕事終えた彼らは平和な時間を過ごしていた。 ●そしてやっぱりこうなる しかし平和な時間は長くは続かなかった。 「なんだあれは!?」 誰かが叫ぶ。 「‥‥あれはもしや、惨多!?」 空を舞う異形のソリ。二頭の獣と大男。間違いない、惨多だ。しかもその数は複数‥‥。 「ったくなんでこんなところまで来て残業しないといけないのよ!!」 彩の叫び声が聴こえる。 何はともあれこの惨多を倒さぬ事には宴会も温泉も無い。 戦え開拓者達!惨多を狩るのだ!! |
■参加者一覧 / 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 柳生 右京(ia0970) / 霧崎 灯華(ia1054) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 輝夜(ia1150) / 皇 りょう(ia1673) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / ユリア・ソル(ia9996) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 羊飼い(ib1762) / 百々架(ib2570) / リア・コーンウォール(ib2667) / レティシア(ib4475) / 長谷部 円秀 (ib4529) / シータル・ラートリー(ib4533) / サニーレイン=ハレサメ(ib5382) / カメリア(ib5405) / 雪刃(ib5814) |
■リプレイ本文 ●惨多襲来 その襲撃は唐突だった。『サンタが出たサンタが出た』と騒ぐ声に、 「あっはっは〜サンタって!」 と不破 颯(ib0495)は酒を片手に部屋の外を眺める。薄暗い空を何が飛んでいる。どうやら惨多というアヤカシが屠奈悔というアヤカシの引くソリに乗っているらしいのだ。 「もどきかよっ!」 とにかくアヤカシが出たとなればゆっくり酒を飲んでいるわけにもいかない。 颯は徳利を弓に持ち換えて外へ飛び出していく。 「これはお預けかな」 本を置き、无(ib1198)は腰をあげる。アヤカシとあれば酒宴も何も無い。酒にありつくにはアヤカシを殲滅する他無い。それに、アヤカシを退治したとなれば予算都合も体面も遠慮なく酒を飲めるだろう。ならば无は酒のため惨多に立ち向かうしかないではないか。 「アヤカシ!?こうしちゃいられません!」 宴会の余興の準備に勤しんでいたエルディン・バウアー(ib0066)も着の身着のまま飛び出していく。だが、これが悲劇を生むとは其の時は誰も思わなかったのだ‥‥。 外に出てきたカメリア(ib5405)は背後に不穏な気配を感じる。さっと振り向けば赤い服。 「もしや惨多‥‥!?」 『先に動かねばやられる』とカメリアは威嚇の意味を込めて発砲、弾丸は惨多と思しき者の頬を掠めて飛んでいく。 「うわっ!?」 「あらぁ‥‥エルディンさん?」 そうです。赤い服の正体はエルディンさんだったのです。 「ごめんなさい、でしたぁ〜」 「どうせ撃つなら貴女の笑顔で私のはぁとを‥‥」 しかしそんな事は大事の前の小事であり、紛らわしい格好をしている方が悪い。エルディンが何かを言おうとしている間にカメリアはどこかへ行ってしまった。 「ふむ。今宵はジルベリア伝来の『栗澄まし』の日だというのに‥‥」 似ているけど何か違う。それはともかく皇 りょう(ia1673)は誰に言うでもなく惨多のタイミングの悪さを呪う。とはいえその『栗済まし』を共に過ごし、夜を通して愛を語らう相手がいるでもなしと思い直す。 そうこうしているうちに、開拓者の多くが各々の武器を携えて旅館の外へと出て来ていた。 惨多達はまだ空をゆっくりと旋回している。だが、その円は次第に小さくなってきており、次の行動に移るのも時間の問題であるように思える。 「あれが噂の惨多か。神出鬼没のアヤカシだが‥‥運がいい。一度手合わせしてみたいと思っていた所だ」 空を舞う異形に柳生 右京(ia0970)が呟く。有力な情報は少なく、ただ手強いとのみ聞く惨多。相手にとって不足は無いと『乞食清光』の柄に手をかける。 冬の冷たい夜風が頬を撫でる。だがその冷たさが、滾る血を冷ますにはむしろ都合が良い。 琥龍 蒼羅(ib0214)は妙なアヤカシもいるものだと思うが、『アヤカシなら倒すだけの事‥‥』と黙してその時を待つのだった。 ●白銀の闇へ 「空を制するが勝利の近道、かと」 相手が空でこちらが地上というのは分が悪い。からす(ia6525)は龍を連れた者達へ空中戦を提案する。それも至極と多くの者達が龍を駆り空へ向かう事となった。 「きっちり退治して、祭りを楽しんでやる。」 雪ノ下・悪食丸(ia0074)はそう言って気を奮い立たせると甲龍の富嶽に乗り寒空へゆっくりと飛び立っていく。 「行くのじゃ、輝桜」 輝夜(ia1150)もまた輝桜と呼ばれた龍に乗り、薄暮れの空を目指す。輝夜は上昇していく中、ふと思ったことを何気なく呟いてみる。 「惨多狗老凄に屠奈悔か、何処のどいつじゃ?こんな名前をつけたのは‥」 ネーミングの由来。それは惨多らの生態と同様に謎に包まれているのだ。 「聖夜に天使光臨っ!」 一番槍よろしく羊飼い(ib1762)が空高く上がり急降下をかける。勢いをつけて惨多に迫る最中、ふと疑問がよぎる。『アヤカシってぇ何で飛んでるんですかねぇ?』と。見たところ屠奈悔にも羽らしきはないし、ソリに動力らしきものがあるでもない。ただ屠奈悔が引っ張ってるのでこいつらが動力源なのだろうと羊飼いは判断する。 「やっぱ足とか止めたら落ちるんですかねーぇ?落ちないんですかね?」 地上を駆ける様に動いている脚が気分の問題でなければ、と脚に狙いをつけてチャージをかける。 「ずいぶんと無茶をするな」 リア・コーンウォール(ib2667)は地上へと墜落しているように見える惨多と羊飼いを横目に他の惨多と対峙していた。リアはシータル・ラートリー(ib4533)と協力し合って惨多の出方を慎重に見守って動くつもりだ。 「ラエド、宜しくお願いしますわ♪」 シータルがラエドと呼ばれた龍の首をさする。空中戦ゆえ他の仲間とは勿論、自分の龍とも連携がとれなければ話にならぬ。 「私はシータル殿にあわせる」 だからシータルの都合の良いタイミングで攻撃を仕掛けてくれとリアは伝える。 「わかりましたの」 そう答えながらシータルはスカーフを巻き直す。無意識に行うこの行為だが、スカーフが風に飛ばされないためでもあるし、自らに気合を入れるためでもある。 しかし、攻撃のタイミングは難しい。すでに羊飼いの一撃を端緒として戦闘は開始されており、それでは小競り合いが繰り広げられている。 「こっちよこっちー♪」 ユリア・ヴァル(ia9996)は炎龍のエアリアルを駆りつつ、惨多を挑発するように槍を振り回す。 だが惨多の気をひきつける以上、ユリアの危険度は増す。ユリアの横を戦斧が回転しながらすれ違うくらいの近さで飛んでいく。 「惜しかったわねー♪」 「危ないですよ!」 注意を促しつつカメリアは周囲を警戒する。ユリアがひきつけてくれているとはいえ、全ての惨多が彼女を追い回しているわけではない。 そして空の闇が深まるにつれ、戦闘はますます激しさを増して行くのだった。 ●砂塵 「俺がぜってー守るからな、サニーたん!!」 自分が力不足だと言うのは分かるが、後衛を守ることくらいは出来ると殊勝な心持の男は村雨 紫狼(ia9073)。しかし残念ながら彼は自他が認めるロリコンらしい。 だが、『不触の信条』を持つ紫狼は残念なロリコンではあるが紳士である。つまり残念な紳士である。 「いえ、お気持ちは嬉しいですが、テツジンがいるので大丈夫‥‥」 とサニーたんことサニーレイン(ib5382)は紳士の護衛を断り、土偶だけど『鉄』なテツジン十八号に全てを託す。 「いけー、テツジン十八号ー」 がおおおんと独特の唸りを上げてテツジンは歩を進め行く。 「身の丈が十尺もあればどんなに人間っぽくても人とは間違えませんね」 と密かに安堵するは和奏(ia8807)。 空を舞う惨多はどう控えめに見ても可愛さとかそういったものはない。こんなものに遠慮する必要はないと和奏は刀をかざす。 「クリスマスは私には関係のない事ですが、ラーキン、しかしアヤカシとあれば話は別ですね」 ちなみにモハメド・アルハムディ(ib1210)が関係ないと言っているのは独りクリスマスとかそういうことではなく、異教徒の習慣であるからということである。 「惨多、死ぬ時は一緒だ」 (やや高めの爽やかな感じの声で) 「ああ、死すら俺達を別つ事は出来ない」 (渋みのある声色で) 「何を言ってるんですか‥‥?」 雪刃(ib5814)が何やら独り芝居を続けるレティシア(ib4475)に淡々とツッこむ。 「いや、そんな感じなのかと思いまして」 レティシアの指指す先は墜落する惨多一式とそれを叩きつける様に地上へと迫る羊飼い。 「ヤー、羊飼いさん、過激ですね」 「きっとあれでもまだ動けるんでしょうね」 落とすだけで惨多らがどうにかできれば楽だがそうはいかないだろうと長谷部 円秀(ib4529)は警戒を緩めない。 そして遂に落下物は地上に到着し、どすんと重い物が叩きつけられるような音、ソリが砕け散る音とともにもわもわと土煙が立ち上る。 「さあ、あたし達の為にとっとと狩られなさい!勿論袋はこの場に遺してねん♪」 百々架(ib2570)はまだ消えぬ土煙に向かって胸を張る。 「師匠も何か言ってやってください!」 師匠と呼びかけられた朱麓(ia8390)は俯いていた。気分でも悪いのだろうかと思ったがどうやらそういう事ではなかったらしい。朱麓は顔を上げると大声で叫んだ。 「犬臭くて物投げて攻撃とか‥‥あたしとキャラ丸被りじゃないかぁぁぁっ!!」 『え、犬臭い?この人犬臭いの?』と周囲は困惑するのだった。 ●後顧の憂い 「退治しないと大変です!」 それもそうだが、回復も大変だった。これだけ人がいるにも関わらずたった一人の巫女である礼野 真夢紀(ia1144)は空に陸にと戦場を駆け回り、傷ついた仲間の治療にあたる。 「がんばってください!」 真夢紀の体がぴかり。 「持ちこたえてください!」 またもや真夢紀の体がぴかり。 閃癒の発光が信号のように空陸で光り輝く。どうしても巫女が一人である以上、効率を求めねばならない。どうしても急を要する場合は別だが、ある程度は我慢して戦ってもらうしかないのだ。 空や地で戦いを続ける開拓者達。だが霧崎 灯華(ia1054)一人だけ違う場所へ赴いていた。 「とりあえず、守るべきは厨房よね」 そう、厨房だ。守るべきは食材であり、料理。惨多らを討伐したとしてその後に酒や料理が無かったら?それは悲劇である。 「飯抜きとか困るし」 という事で 灯華は厨房へやって来た。大きな鍋に籠に盛られた野菜や魚など調理を待つ具材達など盛り沢山。だが、アヤカシが出たということで料理人達はすでにどこかへ姿を消していた。 「ついでだし、色々手伝ってあげようっと」 灯華はそう言うと、死神の鎌をおもむろに手に取る。念のために言っておくがそれは包丁ではない。こうして料理は守られたが、不穏な要素が盛り込まれるのだった。 ●屠奈悔狩り 屠奈悔の機動力と惨多の攻撃力。この組み合わせは厄介だった。とりあえず奴らを分離せんと空では分断作戦が動いていた。 「まずは地面に落としてしまうのが良かろう」 地上で戦いができれば、いかに惨多が強敵であろうと数の利がある分有利とりょうは考える。 「この刀の錆にしてくれよう。いざ、我に武神の加護やあらん!」 ぼんやりとした光を纏いつ、速度を上げて行く。 「落ちるのじゃ!」 輝夜の持つ『斬竜刀「天墜」』と呼ばれる野太刀は長く、彼女の背丈を上回る長刀である。その威力たるや空を行く惨多であれ叩き斬るに充分だろうという業物だ。 輝夜はソリの下に回りこむと屠奈悔の首筋めがけてその刀を突き立てて、すっと引き抜けば吹き出す瘴気。 そしてもう一頭にはりょうが迫る。 「覚悟!」 短い発声とともに振りぬかれた一閃が屠奈悔の胴を薙ぐ。 「残るは三つじゃな」 輝夜は錐揉み回転をして落ちて行くソリを見て残りを数える。 「寒いな」 「そうだな、寒いな」 惨多の繰り出す吹雪と降り始めた雪。悪食丸は落ちない様に寒さにかじかむ手に息を吹きかけ、手綱をしっかり握り直し、无はウォトカを呷り暖を取る。悪食丸と无は一旦態勢を整えるため、やや後に下がっていた。 「無理はしないでくださいね」 そう言い残して真夢紀が慌しく地上へと降りていく。 「さて行くとするか」 「ああ。風天、もう一仕事」 二頭の龍がゆっくりと前の方へ進む。 「それでは私は上から」 无は風天に指示をすると、空に高く上っていく。 「じゃあこっちは正面から、ってとこだな」 悪食丸の富嶽が正面から惨多に挑み、上から无の風天が奇襲をかけるという算段だ。そしてその作戦が功を成し、彼らによって惨多が一体夜空に投げ出される事になる。 「大丈夫か?」 蒼羅は空中戦が不慣れと聞く彩の事を一応気にかけてはいた。 「問題ないわ」 「‥そうか」 彩は若干感雪を被ってはいるもののさしたる外傷もない。そして彩の後方から、赤い服を脱ぎ捨てたあの男が現れる。 「全世界の女性の味方、頑張る教会神父さん参上!」 この様に防御が弱い仲間を気にかけ、護らんとする者達もいる。こういった裏方の存在や協調が空戦を有利に展開する理由の一つだったかもしれない。 「来るわよ!」 ユリアが後に注意を促す。惨多らの様子を注意深く見続けてきた結果、奴らの攻撃が徐々に明らかになってきた。そして吹雪が来る前にその場を離れる。 「そろそろこちらから行こうかしらね」 数も減ってきたし、動きも読めてきた。そろそろ仕掛けても良い頃とユリアは判断する。 「ソリ狙いでいいんですよね!」 カメリアが応じる。惨多を落とすだけならソリを破壊するのが一番手堅い方法だ。 「ま、惨多とかに当たっても問題ないけどね♪」 銃を構えて練力を集中しその時を待つ。吹雪が晴れて視界がクリアになる瞬間を。 「今よ!」 「皆にとって‥‥幸せな、クリスマスになりますように」 カメリアが引き金を引き、祈りを込めた弾丸がソリを砕く。だが、未だソリの形を留めたそれはまだ惨多運搬機能を残していた。だが、これだけで攻撃は終わらない。 「これもおまけよ!」 急接近したユリアが槍を突き立てる。その様はまるで突撃で、ソリは粉微塵に砕け散る。 リアが攻撃すれば、シータルも続く。シータルが避ければ、リアも避ける。二人は上手く息を合わせながら無理をせず小さな攻撃を重ねていく。一撃一撃は小さいといえども積み重ねは無駄ではない。脚を集中して狙った屠奈悔達は傷だらけで、動きも緩慢になってきている。 「あと一息か」 「そう言うときこそ気を引き締めないといけませんの」 弱まってきたとはいえ油断するにはまだ早い。だが、細かい攻撃を続けるというのはこちらにも負担がないわけではない。動きが多いので龍にも疲れが見える。速かれ遅かれ決断を求められる頃合だ。 「私が下から突き上げる」 「わかりましたの」 二騎が意を決して飛び立つ。狙いは屠奈悔。 「「覚悟ぉぉ!!」」 声も気持ちも重ね合わせた二人は失速して高度が落ちていくソリを見送った。 ●惨多が空からやって来た サンタが空からやって来たというならともかく、惨多が墜落してくるのだからロマンも何もあったものではない。だが、その着地のタイミングは攻撃の絶好の機会である。 「夢を壊す惨多は狩りとろう!」 円秀は落ちてくる惨多の元へ走りこむと足元を狙って刈り取る様に刃を走らせる。 流石に惨多といえど、空中から落下した直後では分が悪いのかろくに防ぐ事もできず、まともに円秀の太刀を味わう羽目となる。 降って来るのは惨多だけでなく、屠奈悔もまとめて叩き落されてくる事がある。 雪刃はそれらが再び惨多を連れて空に上がらぬよう、屠奈悔を狙って攻撃を加える。 「ただこの一撃で‥‥」 次の手も小細工も不要。全てはこの一撃にと掬い上げるように渾身の一打で打ち負かす。 「ぎぶみーぷれぜんと!ぎぶみーぷれぜんと!」 こんな『怪の遠吠え』は見たこと無い。そんなサニーレインの呼びかけに応えたか惨多が跳躍し、屠奈悔二頭の上にそれぞれの足を乗せる形で着地する。屠奈悔はその勢いを緩める事無く、いやむしろ増してこちらに向かってくる。 「まさか、あれは?」 「知って、いるのですか、レティシアさん?」 「あれは『塵愚屡辺婁(じんぐるべる)』では‥」 塵愚屡辺婁‥‥二足歩行の惨多がそれぞれの足を屠奈悔に乗せて八足歩行となることで高機動力を得る事が出来る離れ業である。ちなみに足の数が四倍になるからといって四倍速いわけではなく、人間の軽業士なども同じ様な事ができるのは賢明な読者の推察どおりである。『梵八書房刊 「アヤカシ大辞典」』 解説はさておき物凄い土煙を上げて爆走するそれは、サニーレインらの方へ向かってきていた。危うしサニーたん。しかしそんな危機を、 「俺にまかせろぉぉ!!」 そう叫びながら躍り出た紫狼が二振りの『殲刀「朱天」』でがきんっと塵愚屡辺婁の突進を受け止める。 「無茶です!!」 突進はなんとか止めたが、塵愚屡辺婁の攻撃は屠奈悔の角だけではない。両手が塞がった紫狼に惨多の斧が紫狼を切り刻まんと真上より振り下ろされる。 「やらせないよっ!」 間一髪、横より生えてきた蛇矛が斧を弾く。矛より生じた薄桜色の燐光が紫狼の頭上に舞い散る。 「助太刀するよっ」 「助かるぜえぇ」 朱麓は続けて惨多に向かって一合二合と矛を振るう。されどその矛も悉く斧にはじき返され、有効な一撃を加える事が出来ない。いや、違う。弾かれていたのではない。 「惨多の斧を狙っていたのさ!」 朱麓はそういって矛を突き立てると、惨多の斧が砕け散る。 「うぉぉっ」 紫狼も屠奈悔を食い止めてはいるが、少しずつ後に押されている。むしろ良く持ちこたえていると言うべきだろう。だがそこに飛び込む一筋の光。 「一瞬だけ‥‥一瞬だけあたしは光に、光の速さを!我流剣術『細雪』!」 百々架のレイピアが屠奈悔に深々と突き刺さり、バランスを崩す。バランスの崩壊、それは塵愚屡辺婁の終わりだ。 「埋離異苦理素鱒♪(めりいくりすます)と言う名のサヨウナラ」 朱麓の蛇矛が惨多を貫くのだった。 重い。巨体のイメージそのままに惨多の豪腕が繰る斧は、その攻撃一つ一つが重い。右京はそれらを刀で受け止めていたが、攻撃の糸口がつかめずにいた。 「せめてどちらかでも‥」 人間と同じ様な形であるが、アヤカシである惨多は身体機能はおろか身体構造が人間と同じというわけではない。単純な膂力の差は勿論、口から吹雪を吐くとなると手練の右京とて容易な相手ではない。 だが、こちらは一人ではない。アヤカシ相手に一騎打ちなどと拘っていては身が持たないし、相手にはそんな美学に対する理解は無い。 「ヤー右京さん、助太刀します」 モハメドが重低音を叩きつける。少しでも動きが鈍れば勝機は見える。さらには、惨多を眠らせる事が出来ればと眠気を誘うような曲を奏でるが、さすがに夜のアヤカシか眠る様子は見られない。 「ラーキン、しかしこれでは終われません!」 敵に歌が効かないのなら、味方を強化するまでとモハメドは勇ましげな曲に変えていく。 「私もお手伝いを」 音も無く駆けつけた和奏。綺麗な顔立ちでおとなしそうな物腰なのに、和奏の太刀筋はなかなかに激しい。これで三対一となり、微妙な均衡は大きく崩れ去る。 「そろそろお暇願います」 和奏が斬り上げる一太刀は雪に桜が混じる様。上から降る雪に下から吹き上げられた桜の花。いとも柔らげ惨多の体を鮮やかに撫でて、和奏の刀は月を指す。 そして右京は力いっぱい踏み込んで刀を大上段に構える。 「お別れだ」 こうして一つのアヤカシがまた瘴気へと消えるのだった。 ●掃討戦 その後は総力戦と成り、惨多らを開拓者達が空陸から攻め立てる流れとなった。 「地獄の賛歌でも贈ろうか」 からすは空から容赦なく弓を放つ。相手が空にいようと地上にいようと彼女には何の問題もない。 颯も同じく空から弓を放つ。 「まるで狩りだねぇ」 しかし、颯のそれはバーストアロー。到底狩りに使う技術ではない。 「別ってると思うが、あれは鹿じゃない。食べられないぞ」 「わかってるって」 そんな空に対して地上では、 「‥‥」 蒼羅が龍から降りて刀を振るっていた。何時もどおり自分を失わず感情を見せる事が無い。鞘に収めた刀を無言で抜いて斬る。あるいは、受ける。その繰り返しだ。疲労の色すら見せぬその動きは混沌とした戦場の中で異彩を放っていた。 「皆さんはまことの勇者です」 仲間達の活躍を歌にせんと戦いに臨んだレティシアではあるが、ただ傍観しているだけではない。レティシアはバイオリンの弓を引き、アヤカシに立ち向かっていた仲間達の援護に向かう。 そして暫し激闘は続き、遂に惨多らはこの日、一体たりとも生きて帰ったものはなかった。 ●袋 惨多らは瘴気となって消えたが、ソリの破片や袋は瘴気で出来たものではなかったらしくその場に残っていた。 そしてその残された袋こそは開拓者たちの興味を引いたらしく、袋を囲んでいる者もいる。 「きっとプレゼントよ、楽しみねー♪」 ユリアは狩りの報酬とでも考えているようだ。 「とっても、楽しみです。はい。」 袋の中には良い物が入っているに違いないと信じるサニーレインは中身が楽しみでしょうがない。 「向こうはアヤカシ、そんな大した物は入っていないと思うが」 右京はどうせろくな物ははいっていまいと、興味津々な連中の気持ちが分からない。 普通に考えて人を襲うアヤカシが好意的なプレゼントを用意しているはずは無いのだ。輝夜もきっと目を背けたくなるような物が入っているに違いないと、遠慮するつもりだ。 「中身が気になるが、見たら負けな気がするなぁ!」 颯は迷っていた。これを開けてもいいものかと。 「迷うなら開けてしまえばいいのですよぅ〜」 羊飼いが颯の腰に抱きついて袋の解放を促す。 「本当に開けちゃうんですか?」 カメリアは袋をまじまじと見つめる。動きはないので何か生き物が入っていると言う事はないようだが。 「夢いっぱいならいいですね」 レティシアは袋の開放を待つ。 「じゃあ、開けようか」 どうせ捨てるにしても中身は確かめないといけないのだからと、颯は袋の口に手をいれて、中を開く。 「あ‥‥」 「何これ臭い!臭くて眼が痛い!!」 「吐きそう‥‥」 「じんせいは、ざんこく、なの、です‥‥」 人生はいつだって辛く、厳しい。物凄い嫌な匂いとおぞましい見た目のよくわからない内容物にサニーレインは心に深い傷を負って崩れ落ちた。 「シングルヘル、シングルヘル、独りきり〜」 心も荒む寒い夜にからすの歌が木霊する。今日が聖夜だと誰が思うかこの地獄の様な日を。この歌は独身男性に捧げる歌との事だが、ダメージを食らうのは彼らだけではない。 「何なのよその歌!」 「不快な歌だ」 彩が地上でお怒りだし、歌を聴いたりょうもつまらなそうな表情で旅館に戻ってしまった。 歌を止めさせるにしても、からすは龍に乗って歌っているから自分も飛ばないと止められない。 「おや、こんな日に何をしているのかな?予定は?」 同じく龍に騎乗した无が彩をさらに挑発する。 もっとも彼らはこんな事をするために、わざわざ龍に乗っているのではない。 「ではそろそろ」 「じゃあ、そろそろお楽しみといこうか!」 无が下に向かって大声で叫ぶ。彼らの手には例の袋が。そして今にもその袋の口を下に向けて開こうとしている。彼らには地上で起こった悲劇など知る由もない。 「「やめろ、お前らやめるんだー!!」」 ●事後 「仕事の後はこれだな!」 悪食丸は酒を豪快にかっくらう。酒も料理もふんだんにある。どういうわけか、『食欲が無くなった』と食事を辞退した者が多かったので一人あたりに割り当てられた量が多いのだ。 「あんたは飲まないのか?」 「アーニー・アースィフ、残念ですが、私はお酒は飲めないのです」 色々制約もあるがモハメドにも食べれる物は当然色々あるわけで、モハメドは飲めない分料理を堪能していた。 「ヤー和奏さん、大きな塊ですね」 「?」 和奏が箸で摘んだ人参の形がどうもおかしい。丸くもなく、何かを象った風でもない。なんというか、塊。人によってはちょっと食べるのを躊躇する所だが、 「こういうものですか」 素直な和奏は気にする事なく食べてしまう。まあ健康に害はないはずだ。多分。 「やっぱり平和が一番よね」 人参の調理者、灯華は熱燗を手に誰一人いない温泉でくつろぐ。何だか悲鳴が上がっていたりするが、きっと誰かが宴会で酔って暴れているのだろうと気にしない。 やがて時が経ち、客が増えてくると灯華は『お先に』と火照った体を冷やすように上がっていった。 「やっぱり温泉はいいな‥‥」 雪刃が脚を延ばしても問題ない広い湯船。景色も良い上、雪の降る露天。ここまで揃っているのに其の上美女ですよ。やはり温泉はいいものです。 「あたしは疲れてしまいました‥‥」 ぶくぶくと泡を立てながら全身をどっぷり浸かる真夢紀。温泉を楽しむというよりも疲れを取ろうという少女は唯一の治療役としてもしかしたら一番忙しく働いていたかもしれない。 「いやあ働いたねえ」 「師匠!お背中お流しします!」 朱麓と百々架も温泉を楽しんでいるようだ。宴会場程ではないにしろ、温泉もそれなりに賑やいでいる。 ちなみに男湯はガラガラである。きっとまだ酒や料理を楽しんでいるに違いない。 「雪が強くなってきたな‥」 蒼羅はお茶で冷えた手を温めながら外を眺める。いつしか雪は本降りになっていた。 「今度こそ静かな夜になればいいのだが」 そう言うと蒼羅は障子を閉める。宴会騒ぎの声が少しだけ遠ざかる。こうして夜はゆっくりと更けていくのだった。 |