突床公太郎の受難
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/31 23:19



■オープニング本文

●夜半
 ここは朱藩。とある街の倉庫街。人も寝静まった夜更けに男が一人、闇世の中を歩いている。
 男の名は突床 公太郎(とっとこ こうたろう)。年は三十そこそこで、ややくたびれた風。細身の体を夜風に晒しながら、寒さに耐えるように歩いている。
 その公太郎はこんな夜に何をしているかと言えば、見回りである。
 夜の仕事でもあり、これからより寒くなるだろう事を考えれば楽な仕事ではないが、ようやくありつけた仕事であるから、公太郎はそれ程辛いとは感じていなかった。

 それにさびしくないと言えば嘘になるが、逆に言えば静かな一人の時間を取れると言う事でもある。
 見回りも終始歩き回る必要はなく、定期的に決まった場所を巡ればよいのだ。それ以外の時間は自由である。公太郎はそんな時間を基本的には土蔵の中で過ごしていた。ちょっと変わっているかもしれないが彼はこういった場所が落ち着くのだ。
 蔵はいくつもあるのだが、その中でも最も大きな蔵を公太郎は好んだ。棚や商品などがあるから開けているわけではないが、小さな長屋丸ごと入るくらいの奥行きはあるし、天井も高い。
 だが今日は蔵の中がやや狭苦しい。年の瀬も近いからだろうか。昼間のうちに搬入された荷が多かったのだろう。何時もの様な広々とした開放感がないのは残念ではある。

 また、誰もいない月明かりだけが射す薄暗い土蔵の中で酒を飲んでも良い。無論、正体をなくすまで酩酊するというのは論外だが、多少たしなむ程度なら雇い主も見てみぬフリをしてくれる。というよりも、雇い主から『少しくらいなら構わんよ』との言葉をもらっている。
 もともとそんな酒量の多い公太郎ではなかったが、この仕事に就いてからというもの確実に酒量が増えている。孤独な仕事だからだろうか。程ほどにしないといけないのは分かっているだが、毎晩飲んでいるような感じだ。
 そんな公太郎はつまみに向日葵の種を好む。
「なんだ栗鼠や鼠じゃあるまいし」
 と揶揄する者もなかにはいるわけだが、この空間にはそんな事を言う者はいない。誰に気兼ねする事無く種を齧っていても良い。
 しかし誰からも言われない一方、こちらが話しかける相手もいないので自然と独り言も多くなる。
「おい鼠公、こっちに来いよ。二つ、三つならくれてやらあ」
 そう呼びかけたところで鼠が『ご相伴にあずかります』なんて事もある筈はないのだが‥‥。

●鼠と猫
 呼びかける事もあるくらい、鼠はいた。広い倉庫ではあるし鼠がいても何の不思議もない。
 当然ながら飼っているわけではないし、場合によっては品物を齧る事もあるから歓迎されているわけではない。
 飼っているといえば猫は放たれているようだが、色んな人から食べ物を貰えるためかどうにも本来の働きをしていない。「本当に無駄飯食いだな‥‥」
 そぞろ歩く猫見ては思うものの、公太郎にはどうでもいい話だと思い、また向日葵の種を一つ摘む。
 この見回りだって何事も起こらなければ、無駄飯食いの猫とさして変わらないかとも思う。
 そんな時、がさっという音がしたものだから、公太郎は思わず音のした方を振り向く。
 何やら大きな影が蠢いている。土蔵の中は明るくはない。そのため姿ははっきりとは分からないが何かがいるのは間違いない。
 猫でもない。控えめに見ても猫よりも二周り以上は大きい。どちらかと言うと、人間の子供位の大きさはある。
 そしてその影は素早く動くと、歩いていた猫を捕らえてしまう。
「!?」
 鼠、か?やはり姿はぼやけているが形状からいえば鼠。鼠が猫を獲った。
 おかしい。飲みすぎたか?いや、まだ一合の半分にも至らない。これで酔う程弱くは無い。
「ああ、これはまずいな‥‥」
 公太郎は急激に酔いが醒めていくのを感じる。
 あれはアヤカシだ。
 ふと我に返って周りを見渡せば別の場所にもそれと同類が蠢いている気配がある。
「種は置いておくからよ。後は好きにやってくんなっ」
 相手に聞かれぬよう小声で囁くと、出口に向かってまっしぐら。公太郎はそのまま蔵に閂をする。
 ゴロツキや酔っ払いが相手ならまだしもアヤカシは自分の手に負えるものではない。公太郎は雇い主を叩き起こし、開拓者ギルドへ向かうのだった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
緋姫(ib4327
25歳・女・シ
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
緋雨 ハル(ib5422
16歳・女・砲


■リプレイ本文

●蔵の前
「やれやれ、もう年の瀬っちゅうのに鼠退治かいな」
 天津疾也(ia0019)は大きな蔵を見上げて一言ぼやく。
 確かに年の瀬と言うのに鼠退治とは何とも湿気た話である。人によっては今年最後の仕事が鼠退治となるのかもしれない。それは仕事納めというには如何にもしょぼい。
「ほんと、年末は忙しいから鼠退治も手間なのよねぇ」
 緋姫(ib4327)も腕を組み、蔵を見つめる。大きい蔵だ。
「それにしても大きな蔵ね」
 大きい分掃除も大変だろうなと緋姫は思う。しかしまた、年の瀬といえば大掃除の時期とも言える。面倒そうなこの大きな蔵の掃除も、年末、ましてや鼠が出たとなればやらないわけにはいかない。
「色々溜め込んでるんやろうな。まあ大掃除と行きますか」

 しかし彼らが言う鼠とは只の鼠ではない。
 そして絵画であれ楽曲であれ、『その存在を匂わせようものなら謎の秘密結社より刺客が放たれる』と歌い手や物語を記す者達の間で密かに噂されている某『危険な鼠』の話でもない。というかその鼠は本当に危険な鼠なのでこれ以上話を続けると、『おっとこんな時間なのに客が来たようだ』となるのでこれくらいにしておく。
 話は逸れたが、早い話、鼠型のアヤカシである。
「鼠は恐ろしいです。でも‥‥」
 大切な楽器を齧ったりする鼠は詩人の天敵、とレティシア(ib4475)は巨大な敵(勝手に勘違いしている)に挑もうと心を決める。
 一方、緋雨 ハル(ib5422)は鼠が危険とかそういった思いは特にない。
 だが、初めての依頼という緊張が彼女の心を縛っていた。
「大きな、鼠‥‥」
 『鼠は恐ろしいもの』と身構えている約一名とハルを除いては、比較的気楽そうに見える。
 経験の差、だろうか。自分も場数を踏めばあんな風に余裕でいられるのかもしれない。
「‥‥がんばろう」
 ハルは少し強すぎるくらいに拳を握って、震えを止めるのだった。

「あ、全部くわねーでくれなー。俺もあとでくうから」
 羽喰 琥珀(ib3263)は公太郎に向日葵の種を手渡す。蔵までの道案内をさせた公太郎をここで帰さないのは、開拓者達が蔵の中に入った後、閂をしてもらうつもりだからだ。
 蔵の中だけにいるからまだ良いものの、鼠型アヤカシが外へ出て散らばろうものならとてもじゃないが追いきれない。その最悪の事態を避けるための処置である。
「あと、酒は禁止」
 琥珀は公太郎から酒瓶を取り上げる。公太郎は夜勤明けと聞く。このまま飲んで酔っ払ったりでもしようものなら、退治が終わっても外に出られなくなるかもしれない。
「合図があるまで決して開けるでないぞ、絶対じゃぞ!!」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は公太郎を指差してきつく命ずる。
 そして入り口の近くにはアヤカシがいない事を確認し、開拓者達は滑り込むように蔵の中へ入っていった。
「俺はアヤカシみつけただけだってのに‥‥」
 全員が中に入ったのを確認して、公太郎は扉に閂をする。
 良く考えてみれば自分はアヤカシを発見しただけなのに、なかなか酷い待遇ではある。
 とはいえ後はただ待つだけ。しかし酒は、ない‥‥。

●暗所
 蔵の中は薄暗い。ひんやりとした空気が辺りを包む。
「たとえ鼠でも‥‥全力で倒す」
 油断はしない、ということだろうか。戦場においては熟練の戦士は如何なる時でも気を緩めないと言う。長谷部 円秀 (ib4529)は決意を口にすることで気を引き締める。
 しかし、そんな彼の姿を良く見て欲しい。
 気味の悪い外套に黒手袋。これは怪しげであるが、これだけならまだ普通。
 しかし彼はそれらを『まるごとくまさん』と呼ばれる熊の毛皮から出来た着ぐるみの上から装備していた。加えて顔には狐の面。その熊と狐の謎のコラボレーションな頭部を美しくきらめく翡翠のティアラが彩る。
 それはもう何とも形容しがたい、むしろ鼠よりもこっちがアヤカシなんじゃないかと思いたくなるような出で立ちだ。
「本気で言ってるんだよね?」
 口調だけなら本気と分かるが、水鏡 絵梨乃(ia0191)は円秀に聞かずにはいられない。
 しかしそういう絵梨乃とて良く見ればバニーな頭部に水着だ。緋姫もなんかゆっくりな感じだし‥。もう開拓者達の格好に突っ込むのは止めようと思う。

 そして蔵の中は、それが商品なのかずっと保管されている物なのか一概には判別が付かない状態で雑然と置かれている。
「もう少し整理してあればいいんですがねぇ」
 これが円秀の素直な感想だ。使っている者なりの利便性や理屈と言うものはあるのだろうが、整理という言葉とはかけ離れた有様で、大小の積荷やらが入り組んだ立体迷路を構成している。
「狭い所もありそうだね」
 そういう場所であるので八人が一緒に動き回るにはちと狭い様に感じる。今、絵梨乃から見える限りでも狭い部分がいくつかあるのが見て取れる。
「二手に分かれた方が良いか」
「それでいーんじゃねー?」
 それならば、とリンスガルトが分かれて探索する事を提案し、琥珀が同意する。最終的にどこでどういう道順になっているかはわからないが、丁度入って直ぐに左右に分かれる形になっている。

「ふん、仕事中に酒宴とはいい身分じゃのう」
 床に雑然と残された徳利を見てリンスガルトが呟く。彼女には仕事中に酒を飲むと言う行為がサボリにしか見えないのだろう。まあ、普通はそうかもしれないが、何事にも例外はある。
「何か聴こえたけど、気のせいかな?」
 リンスガルトとは別の組に分かれた絵梨乃がかすかに聴こえた声に反応する。何を言っているかはよくわからなかったが。
 古酒を片手に歩く絵梨乃はまさに仕事中に飲酒である。ただ、彼女は泰拳士であり、酔拳の使い手であるからその飲酒は正当なものである。
 ただ一言付け加えると酔拳を使用するにあたっては実際に飲酒をする必要はなく、未成年でも安心して使用可能な健全スキルである。
「そんなに飲んだら‥‥」
「これくらい飲んだ方がよく動けるんだよ」
 そう返答しつつ『ああ心配してくれるなんてなんてこの娘は可愛いんだろう』と絵梨乃は思わずレティシアに抱きつきたくなるが、さすがにまだ『仕事中』なので自重する。

●右手
「へー年末はこういうのが売れてるのかー」
 琥珀は物珍しそうに年末年始の商品と思しき物を眺めている。勿論アヤカシを探しつつ、だ。
「これはでかい鏡餅だなー‥‥」
 大の男でも一人で運ぶには重そうな鏡餅。鏡開きが楽しみな大きさである。だがこの鏡餅は残念ながら、鏡開きを迎えられそうに無い。琥珀の向かい側では鼠が一心不乱に餅を齧っている。鼠と言うには大きすぎるそれはまさにアヤカシだ。
「刀の錆にしてくれるわ!!」
 それを見た疾也が飛び出す。たとえアヤカシであれ、商品を齧ってダメにする鼠は商人の敵だ。他人の蔵とはいえ疾也には許容しがたい敵なのだ。
「こんの鼠がぁ!」
 疾也は怒号とともに目にも留まらぬ早業で鼠を斬り捨てる。
「お前ら、生きて帰さんで!」
 まだ怒りは収まらない疾也は残ったアヤカシ達に狙いを定めて見得を切る。
 すると餅を齧っていた連中だけでなく、他にもわらわらと鼠達がやってくる。
「妾の後に下がるが良い」
 リンスガルドはハルの身を案じ声をかける。彼女とてアヤカシ討伐の依頼は初めてだが、盾で身を守ることの出来る自分と本来距離を取って戦うことが多い砲術士であるハルとでは防御という面では比較にならぬ違いがある。騎士として貴族として誰かを守ることは義務であり当然の事だ。
「わかりましたなの」
 ハルは素直に身を隠す。ハルの『短筒』は銃としては射程距離が短いが、それでもリンスガルトの後から攻撃する位はできる。しかし、味方に当てぬ様邪魔にならぬ様と考え出すとなかなか手が出し難い。もし間違ってなどと考えてしまえば、引き金を引く決意も鈍ると言うもの。
「俺もやるぜっ」
 琥珀も刀を抜いて、アヤカシと対峙する。
 後方からやってきた鼠を抜いた刀で一薙ぎすれば、相手はいとも簡単に崩れ落ちる。
「どんどんいくぜー」
 琥珀にとっては手ごたえという程もない。来るならいくらでもという元気の良さが伝わってくる。
 疾也もあれから何匹も葬っているのに傷一つ無い。
 ハルがタイミングを計っているとふと、『このまま何もしなくても』という思いがよぎる。戦いは優勢だ。人によっては一人で蔵全部のアヤカシを相手にしても何とかなるんじゃないかと思うくらい余裕があるように見える。
『手助けする必要も、ないかな‥』
 あえて自分が手を出さない方が上手く回るのじゃないかとさえ思えてくる。
「鼠の分際で!!」
 リンスガルトも鼠の攻撃を凌ぎつつ、一つ一つ確実に細かい攻撃を加えていく。そして、ついにバランスを崩した鼠をリンスガルトの一刺しが喉元を貫く。
「こんなもんじゃな」
 ほっと一息をつくリンスガルト。だが、棚の上から他よりもやや小振りな鼠が彼女を狙っていた。しかし彼女はそれに気付く様子は無い。ハルと琥珀はその存在に気がつくが、其の時にはもう鼠が飛び掛らんという時であった。
「危ないっ!」
 勝手に手が動いていた。ハルの二丁の短筒が火を噴いて、放たれた両弾がアヤカシを捉える。
「‥ッこの不届き者!」
 リンスガルトは忌々しげに撃ち落された鼠に止めをさす。『妾もまだまだ未熟‥』と分かっている事ではあるが自分の力不足が一番腹立たしい。敬愛する母との差を思い知らされる。
「すまぬの、助かったわ」
「いえ、こちらこそ守っていただいて。お怪我はありませんか?」
 ハルは短筒を見つめる。自分は非力かもしれない。でも無力という事ではない。いつか来る日のために、少しずつ力をつけていこう。そう思うのだった。

●左手
「いるわね‥‥」
 緋姫が物音に耳を傾ける。目には見えぬが確実に何かがこちらに近づいてくる。となるとそれはアヤカシだろう。
「囲もうとしている、つもり、かしら?」
 単純に餌に群がるようなものだと思うが、あるいは以外と知能を持っていて統率された動きがとれるのかもしれない。ともかくこのまま不意をつかれるのは避けたいところ。
「来るわよ」
 緋姫の一言で、レティシアを守るようにして、前に絵梨乃と円秀。緋姫は後ろ側に展開する。間もなく鼠状のアヤカシらが現れて四人を取り囲んだ。
「必殺、鼠狩りぃ!」
 散る紅葉の如き燐光と円秀の声。出来るだけ商品を傷つける事の無い様に、味方を傷つける事の無い様に突いて突いて、たたッ斬る。まさに無双である。
「そっちは大丈夫ですか?」
 無双状態の円秀が絵梨乃に問いかける。絵梨乃も次々と鼠を蹴散らしていく。
「問題ないよっ」
 目の前の敵をちぎっては投げちぎっては投げと危なげなく片付ける。
「流石ですね。心配するまでもありませんね」
 そういう円秀も話をしながら相手が出来るのだから大したもの。
「それにしても結構数が要るのね」
 緋姫は胡蝶刀で斬り付けながら、今ので何匹目だったかと思い出してみる。どれもこれも同じ鼠に見えるから途中で数えるのはやめたが。
「今回のコンセプトはおはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場まで、です」
 もっとも次の目覚めはないでしょうけれど、とレティシアは夜の子守唄を奏でだす。
「助かるわ。ちょっと多いかなって思ってたのよ」
 緋姫の前の鼠達の幾つかが、睡魔に抗えず伏せていく。
「ご清聴に感謝を。もう聞こえてないでしょうけれど」
 可愛く裾を摘んで一礼する姿は、ここが蔵の中でアヤカシと戦闘中という事を忘れさせてくれる。
 しかし、全ての鼠が眠りについたわけではない。歌に耐え切った一匹がレティシアひっそりと忍び寄る。
「あっ!?」
「大丈夫!?」
「大丈夫です。ちょっと切っただけ‥」
 しかし、大丈夫ではなかった。空気が冷たく凍りつくような気配を感じる。
「‥‥教えてあげる必要がありそうだね」
 絵梨乃が静かに呟く。氷よりも冷たい殺気が広がっていく。
「絵梨乃さん?」
「可愛い女の子を傷つける事が!!」
 絵梨乃はそう叫びながら右脚で蹴りを放つ。真っ直ぐに伸びた脚が鼠の胴を捕らえ、すぱぁんと良い音を倉庫に響かせる。そして絵梨乃の攻撃はその一撃で止まらない。
「どんなに!」
 今度は右足を軸にして、くるりと回転するように振られた左脚。遠心力を纏った絵梨乃の左踵。その踵が鼠の頭部を穿ち、先とは違いやや鈍い音を残す。
 急激な動きと叫びであるにも関わらず、絵梨乃は息を切らすことも無く、まだ口も攻撃の手も緩めない。
「罪深いということを!!」
 まさに怒りの鉄拳とも言うべき拳が鼠をえぐり、二度とレティシアに近寄るなとばかりに吹き飛ばす。
「と、とりあえず消毒をしましょう」
 円秀がレティシアに駆け寄り、過剰なまでの治療が施されるのだった。

●掃討
 片付いた気がしたが、まだどこかに潜んでいるかもしれないと開拓者達は捜査の手を緩めなかった。心眼や超越聴覚といったスキルを使う者、棚の上や低い所などを探す者と手分けをして徹底的に調べつくした。
「もうおらんやろ」
 疾也が心眼で見る限り、隠れた場所に生き物の気配はない。最も本物の鼠と違っていたるところに身を隠せる程小さくない。目視でもそれなりに探しきれると言っていいだろう。
『アイツらがもっと小さかったなら、血眼になって探すほか無いわな』などと考えてみる。アヤカシが中途半端に大きかったのは不幸中の幸いだ。
「うん、いないと思う」
 緋姫が棚の上から返事をする。目で見てもいないし、聴いても特にそれらしきはなし。
 『みう〜』とレティシアが鳴らしたアヤカシだけが反応する音、『怪の遠吠え』にも何の反応もない。絵梨乃がその演奏姿に『可愛い〜』と反応していたが、音に反応したわけではないのでアヤカシと言う事もないだろう。
「もう、いないんじゃないかー?」
 琥珀が荷物の隙間まで見終えて言う。誰も捜索を続けようという者はいない。やれるべきことはやりつくしたという気持ちが全員の心を満たしていた。
「では引き上げじゃ!」

 日の光が眩しい。冷えた空気が清清しくもあるが、
「あまりいい気持ちにはなれませんね」
 と円秀は相手が鼠であったため、気分が晴れないらしい。だがそんな円秀よりも気分が重い者がいた。
「このような所で独りで酒ばかり飲んでおっては‥‥」
『何故こんな子供に説教を受けなきゃならない』
 公太郎は閂を開けて出迎えるなり、リンスガルトから説教を受けている。有意義な時間を過ごせとか鍛錬しろとか耳の痛い話ではある。
「民草を導く貴族としての義務から言ったまで。べ、別に汝の身を案じたわけではないわ!勘違いするでないぞ!」
 説教タイムが終わった公太郎に琥珀は見回りの人数は増やした方がいいかもしれないと提案する。
「うまがあう奴だったら、単なる見回りもきっと楽しくなるぜー」
 琥珀はまだ見ぬ筋肉質な男などが公太郎と働く想像をするのだった。