この豚野郎が!
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/27 17:47



■オープニング本文

●お前は豚だ!!
「この豚野郎!!」
 激しい罵声とともに容赦ない蹴りが腹に叩き込まれる。そして『豚野郎』は無様に転がっていく。
 とんでとんで、まわってまわった挙句、ゴミ溜りに受け止められる始末。
 無様。
 どうしようもなく無様。
 口の中に血の味を感じながら、立ち上がろうともせず地べたを這う『豚野郎』。
 だが豪快に蹴りを入れた男はそんな様を見てもまだ不満だったらしい。さらなる怒声が響く。
「だめだ!こんなんじゃ足りねえ!!」
 男が『豚野郎』に背を向けて歩き出す。言葉だけでなく目に見えて苛立っているのが分かる。
 それは『豚野郎』への苛立ちというよりもなにか、自分への苛立ちという風でもある。

 『豚野郎』はよろよろと立ち上がりながら、男に語りかける。
「やっぱりこのままじゃダメなんじゃないか‥‥??」
 男は『豚野郎』の方へ振り向くと、先程『豚野郎』とまで罵った男に優しく手を差し伸べ立たせてやる。
「ああ、このままじゃ客を満足させられない‥‥」

●豚になるのだ!!
「本当にこんな依頼を?」
 依頼内容を聞いて不月 彩(フヅキ アヤ)は依頼内容を再確認する。
 まただ、また『変な』依頼だ。どうして私のところにはこんなのばっかり‥‥。
「ええ、『豚野郎』をいかに無様に打ちのめすかを考えて欲しいのです」
 
 新興演劇集団『豚の穴』。劇団員は十人程度の小さな劇団で、規模は小さいながらも新鋭の熱意と情熱で日夜稽古に励んでいる。
 そんな彼らが旗揚げ公演として臨むは『豚野郎──最低のダメ男──』である。
 粗筋としては、まあダメ男が堕落の一途を辿るといった内容で、それがどう面白いのかとか、何を伝えたいのかは今ひとつ彩には分かりかねるものがある。
 しかし『豚の穴』の面々は本気でこの公演を成功させたいと当然ながら思っている。

 そんな彼らだがどうもラストシーンがしっくりこないらしい。
 その問題のラストシーンとは、『豚野郎』が裏切り続けた親友の反撃に遭い、散々逃げた挙句に追い詰められ、ついに制裁を喰らうシーンである。
 散々悪事を尽くした『豚野郎』に被害者であった親友が大逆襲。これを見て散々フラストレーションを溜めさせられた観客も一気に溜飲を下げるといった按配だ。
 全てをこのラストシーンで解消させるような作りにしたはいいものの、どうやってみても何か足りない気がする。
 これでは観客がモヤモヤを残したまま劇が終わってしまうのではないか、とそういう危機感を『豚の穴』の面々は感じていた。

「具体的にはどういう‥‥」
「そうですね、『豚野郎』が派手に、惨めにやられて欲しいんです」
 要するに、『やっつけ方』と『やられ方』の考案・指導を依頼と言う事か。
「あの、確かに開拓者は派手に動けますけど、やられ役がうまい人なんているかどうかは‥‥」
 『いねえよそんな奴』と心の片隅で思いつつ彩は対応を続ける。アヤカシにやられる事があっても、いかに無様に倒れるかとかそんな事をいつも考えている奴はいないはずだ。多分。
 まあゴロツキを打ちのめしたりする事もあるから、その時のことを思い出したりすればなんかヒントくらい出せるかもしれない。でもなあ‥‥。
「その、真似できるかどうかも別問題ですし‥‥」
 開拓者だからできる芸当というのもある。普通の人間が真似をしたら大怪我ではすまない演出もあり得る。そんなんで事故を起こされるのはたまったものではない。

「なら、いっそ演じてくれても構いません!!」
 何なのそれ。演ずるのが自分達でなくてもいいとはなんか本末転倒な気がするんだけど。
 確かに演ずるのが開拓者達ならば危険な演出も何とかなるだろう。だけどその場合は他のシーンも含めて練習が必要となる。最後だけ交代というわけにはいかないだろう。
 などと色々考えているとちょっと面倒になってきた。
「どうなってもいいならいいですけど‥‥」
 投げやりな回答をしてみる。演出、役者を任せるというのであれば一体何が残るのかと。流石にこう言えば考え直してくれるだろう。どうなってもいい劇の事を依頼するとか訳分からないし。
「わかりました。よろしくおねがいします!」
「ですよね、え?」
 だめだ。何故折れない。
「もう一度確認しますけど、豚野郎が増えたり、それ以外の役が増えたりしてもいいってことですよね?極端に前衛的な演出になっても問題ないということですよね?」
「‥‥かまいません」
 彩は考えるのをやめた。
 


■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
緋姫(ib4327
25歳・女・シ
エドガー・リュー(ib4558
16歳・男・サ
野狐(ib4907
18歳・男・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
幻獣朗(ib5203
20歳・男・シ
エーファ(ib5499
17歳・女・砲


■リプレイ本文

●開演前
「意外と人多いな‥‥」
 舞台の袖から覗けば思いの他、観客が入っている。
 間もなくこれから自分が舞台に立つのだ。そう思うと野狐(ib4907)の鼓動は高まるばかり。
「あがっておるのか?情けないのう」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が野狐をなじる。この様な口調ではあるがリンスガルトはまだ幼き少女。こんな子がこんな劇の演出に関わっているとはまさか誰も思うまい。
「あ、あがってなんか‥‥」
 『自分は出ないクセに』とちょっと思ったがそんな事で喧嘩してもしょうがない。
「ふふ、冗談じゃ。気を悪くするな。妾も影で応援している故、頑張るが良い」
 と小さな演出家は奥へ消えていく。裏方も裏方で仕事があるのだ。
「まもなくですね」
 美青年が野狐に声をかける。
 ああ、幻獣朗(ib5203)さんかと野狐は振り返る。
 その美青年、幻獣朗は普段は女とも間違えられる程柔和な顔立ちだが、今日は舞台向けの化粧を施されており、男らしい凛々しさが際立っている。
「何とか無事にやり遂げたいもんだ。‥あ、先に謝っとく‥‥悪いな」
「いえ、気になさらないでください。今日のために頑張ってきたのですから」
 そう、今日の舞台のためにそれこそ血が滲む様な練習を続けてきたのだ。幻獣朗の服の下は練習で作った痣だらけだ。この傷を無駄にしないためにもこの舞台は成功させなければならない。
「最低の鬼畜野郎になりきってみませす」
 美青年の表情にどこか嫌らしい、下卑た表情が浮かび上がってくる。化粧の力か役者魂か。普段の幻獣朗を知る
者はこの変わり様を見たら何事かとさぞ驚く事だろう。

 そして時間はやってきた。舞台袖より怪しげな男が一人、のっそりと現れ出でる。
 怪しい。胡散臭い。得体が知れない。ただ歩いてきただけなのに妙な存在感のある喪越(ia1670)はナレーター。
 観客席に深々と一礼をした彼は、ゆっくりと独特な口調で語り始める。
「サテこれより語りまするワ、とある豚野郎の半生。御用とお急ぎでないそこのアナタ、どうぞお楽しみ下さいマセ‥‥」
 そんな喪越を朱麓(ia8390)は物陰から見つめていた。
「大丈夫かねえ‥‥」
 何度か共に依頼をこなした事はあり、知らぬ仲ではない。だからこそ、だろうか。何か余計な事をやるのではあるまいかとそんな嫌な予感がちょっとする。
「何か、考えてるみたいね‥‥」
 エーファ(ib5499)は動きが止まった喪越を見て何か勘付いたらしい。
 脚本どおりならば、舞台袖に引っ込むはずの喪越。だが彼は挨拶を終えた後、何も喋らないでそこに立っている。
 静寂が辺りを包む。置いてきぼりにされた観客の注意は喪越一人に集中する。
 すると喪越は喉に手を当て、
「ワレワレは‥‥」
 と声色を変えた上で、脚本にない台詞をはじめた。
「ちょっ!誰かあれを!」
 朱麓が言うや黒子達が喪越を連れ去っていく。一体喪越は何を言おうとしたのかはわからない。
「面白くなりそうだったのに‥‥」
 ただ、エーファはその台詞が完結しなかったことを惜しんでいた。
 
●準備期間
 暫し時を遡り、数日前。集まった開拓者達と豚の穴の面々はこの劇に向けての話し合いの場を設けていた。
「お茶が入ったわ」
 話が煮詰まるのも良くないと気を利かせ、緋姫(ib4327)がお盆にお菓子を乗せてやってくる。
「そもそも裏切り者が殴り倒されて終わるだけで、今時の大衆が満足するわけ無かろう!!」
 緋姫がお茶を入れに行く前と同じ様にリンスガルトが自説を熱く語っていた。どうも彼女は年幼いながらも演劇に対する造詣が深いようである。
 それはそうと『普通に考えて豚野郎をぼこぼこにする演劇はないだろう』とエドガー・リュー(ib4558)は思うわけなのだが、これは曲げられないということだから仕方が無い。
「重要なのは落差じゃ!過剰なまでに演出をせねばだめじゃ!!」
「まあ派手な方が面白いだろうな」
 エドガーに演劇の経験は無いが、見ることを考えたら派手な方が良いだろうと思う。
「それはそうと余り時間も無いんだし、誰が何をやるか決めないといけないわね」
 とりあえず派手にやるとなれば、主だった役者は開拓者達がやらねばならないだろう。仮に豚野郎役が一般人の場合、下手をすると死亡事故となる。
「まずは豚野郎じゃが」
「殴られたり、するんだよな‥」
 同じ志体持ちから『派手に』攻撃されるこの役は非常な困難が予想される。エドガーならず他の者も名乗りを上げるのを躊躇していた。この役は余程の変わり者でなければ務まらないのでは?と思うのだ。
「‥‥なんで俺を見るのさ。ノーサンキューだぜ」
 皆の共通認識として、とある変わり者の陰陽師(アラサー男性)に自然と注目が集まっていたのだが、期待に反して喪越は豚野郎役を辞退する。
「俺は自分の人生が毎日クライマックスだからな。舞台の上でくらいは脇役でありたいのさ」
 と何か寂しさを纏わせて語る姿に『なるほど』と思ってしまうのは何故だろう。
「いや、こんなイロモノではなく美形が必要じゃ!!」
「イ、イロモノはないぜアミーゴ!?」
 小さな演出家は抗議の声を無視して話を続ける。
「幻獣朗お主が豚野郎を演ずるのじゃ!!」
「わ、私ですか!?」
 哀れ、その美しさが仇となり幻獣朗は豚野郎に指名されてしまった。勿論、『俺の方が美しい』などと言えば『じゃあお前やれ』となるので誰も反対する者はいない。
「それじゃあ、あたしは‥」
「私はこれでいいわ」
「じゃあわしは‥」
「となると俺はこれ、か」
「それなら私はこうさせてもらうわ」
「‥よし、それでよかろう」
 と残りの役はあっさりと決まるのだった。

「さあ、さっさと観念して金を出すアル!」
 変な泰国人風の口調で朱麓が凄む。朱麓は物語の前半〜後半にかけて豚野郎の手下として『謎の外国人』を演ずる。この様な憎まれ役でありながら、時として笑いを取る必要もあるという演技力が求められる役だ。
「なかなか難しいもんだねぇ」
 思うのとやるのとは同じではない。描くイメージと一致するのは難しいのだ。
 また、役の練習に苦しんでいるのは朱麓だけではない。
「野狐!!貴方なしでは生きていけないの!!‥‥照れるわね」
「ああ緋姫!例え全てと引換えでも君を離しはしない!‥‥照れるな」
 『芝居がかった台詞』は素面では結構恥ずかしいものが多い。特に愛を語りあったりするこの手の台詞はかなりくるものがある。
 そして二人の役柄はお互いを強く想い合う『豚野郎の親友』と『親友の恋人』。そういう役柄であるからキツイ台詞は台本中に数多く存在している。
「あら、何を見詰め合ってるのかしら?」
「「──!!」」
 エーファが冷やかす。そもそも『役名も豚野郎以外はそのままの名前でいいんじゃない?』と言い出しのもエーファだし、彼女は脚本の手直しにも絡んでいる。
「まさかこうなる事をわかって‥‥?」
「何のことかしら?」
 緋姫の質問にしらっと言ってのけるエーファだが、その表情には『計算どおり』の文字が浮かんでいた。

「フンフンフ〜ン、アウチ!」
 鼻唄交じりで金槌を振るっていた喪越が急に叫び声を上げる。どうやら間違って指でも打ってしまったらしい。
 余程勢い良く打ち付けて、痛みに耐えたかねたか喪越は勢い良く飛び上がる。そして何故かそのまま捻りを入れた宙返りまでこなしてすごくいい笑顔で着地を決める。
「カ・イ・カ・ン☆」
「大丈夫か?って聞くまでもないようだが」
 近くで小道具を作っていたエドガーが駆け寄るが、見事な宙返りを見て心配するのを止める。離れて見ていた者も謎の急展開に付いていけず、呆気に取られている。
「ヘイヘーイ、どうした皆の衆。手を動かさねぇと間に合わねぇぜ」
「‥‥心配して損した気分だな」
 エドガーは釈然としない何かを抱え、ぼやきながら作業に戻っていく。
 そして再び槌の音が響き、台詞が飛び交う。残された時間は少ない。開拓者達はそれぞれの仕事を行いながら、本番までの時間を過ごしていった。

●再び劇中
「あとはアイツの仕業と言う事にしておけば、あの女も手に入り一石二鳥よ」
「それにはちょっとお金が必要アル」
 いかにも悪巧みという風で豚野郎こと幻獣朗と大胆なチャイナドレスを纏った朱麓が演技を続けていた。
「そんな金が欲しいか、卑しい奴だなぶひひ」
 幻獣朗は出来るだけいやらしい表情を作って朱麓の胸元に金貨を挟み込む。具体的な内容は伏せておくが、練習中から色々とアクシデントが発生した場面だ。ちなみに約一名がその練習風景を『あらあら‥』などといいながら楽しげに見ていたのは言うまでも無い。
「お金は大好きネ。お金は裏切らないアル。でも豚野郎様も女が好きアルネ、よく飽きないネ」
 豚野郎にそんな行為をされても朱麓はむしろ堂々と言葉を返す。
「飽きたら女郎屋に売って新しいのに代えればいいことよ」
 そして豚野郎はいかにも偉そうな足取りで舞台袖へ引っ込んでいく。
 豚野郎がいなくなったことを見届けた朱麓は舞台の中心に動くと、汚い物を熱かったかのような感じで大きく身震いをする。それだけでは気がすまなかったか大げさに体の埃を落とすような真似をする。
「確かにお金は好きアルが、もうそろそろ限界ネ‥‥」
 そして疲れた足取りで豚野郎とは反対側の袖へ消えていく。

 さらに劇は続き、肝心要のシーンへと移っていく。
「裏切っただと?!そんなの騙された方が間抜けってモンさ!!」
 と逃げた豚野郎が遂に追い詰められ、制裁を喰らうシーンである。
「最後まで信じようと思った俺が馬鹿だった‥‥もう容赦しねぇ!覚悟しろ豚野郎!!」
 野狐の拳が豚野郎を打ち抜く。幻獣朗に恨みは無いが、ここが芝居の要所だ。『下手な手加減をするよりも本気で打ち込んでしまった方がいいだろう』と同意もあるし野狐は躊躇せずに拳を振るった。
『うわぁ、これ思いっきり入ってね!?』
 なんと言うジャストミートな感触。
 これが志体持ちでなければとんでもない事になりそうな予感がする一撃だ。だが、ここで心配する様な表情をするわけにはいかない。
「この最低な豚野郎!地獄に落ちなさい!!」
 緋姫が勢い良く跳躍し、手に持ったお盆をこれまた勢い良く豚野郎へ投げつける。
『なんか本当に痛そうだけど大丈夫かな?』
 先程の一撃が結構効いてるんじゃないかと思ったけど、跳んだ以上投げないわけにも行かず仕方なく投げたお盆は凶器さながらに幻獣朗の頭部を直撃し、砕け散る。
『きっと壊れ易い作りだったのよ‥‥』
 そう呪文を心の中で呟いて緋姫は『豚野郎が酷い目にあるのは当然よ』といった表情を作る。
「はぁ?なぁに言ってるかさっぱりアル。ちゃんと人の言葉で話すヨロシ」
 朱麓は見事な脚線美を披露しながら、豚野郎を蹴りこむ。しかし余程助平な思考で鑑賞しているのでなければ、その脚線美よりも連撃に目が行くだろう程の凄まじい勢いだ。
『なんか今日は体が軽い?』
 調子が良かったので思わず予定していた数を蹴りこんでしまった。どの蹴りをとってもいい蹴りだった。
「この家畜がっ!」
 最後の一発も強烈に入り、最後はまた野狐の番だ。
『これやったら本当にやばいんじゃないか?』
 現状からして、既に相当危ない状態じゃないかと思う。目の前にいるのはまるで生きた屍の様だ。
 だが、最後の最後で下手は打てない‥‥。
『すまんっ』
「この、豚野郎がぁぁっ!!」
 台詞と正反対の事を考えながら、野狐は拳を突き上げる。
 見事な右アッパーが幻獣朗の顎を襲う。
 跳ね上がった幻獣朗の体は、一回、二回と床に叩きつけられて、爆発に巻き込まれるのだった。 
 
「この豚野郎!!とっととお縄に付きやがれ!!」
 エドガーがそう言って幻獣朗を縛り上げて、荒々しく幻獣朗を引きずっていく。まるでその様は重いゴミを捨てに行くかのようなぞんざいな扱いだ。
 共演者の熱のこもった演技という名の攻撃を受けて、演技抜きにボロボロとなった幻獣朗は床に打ち付けられながら無言で舞台から消えていく。
『これは本当に生きてるのか?』
 エドガーはまるで抵抗を感じない引き荷に重大な問題が発生しているのではないかと心の片隅で感じてはいたが、ここで劇の流れを止めるわけにも行くまいと脚本どおりの台詞を一層大声で叫ぶ。
「お前のような豚野郎は一生をここで過ごすんだな!!」
 誰もいなくなった舞台にエドガーの声だけが響く。

 一瞬の暗転。喪越が舞台の裾より現れて、語り始める。
「サテ‥‥、それから‥‥数ヵ月後‥‥」
 喪越が語り始めたがなにやら妙に間延びした感じだが、それは彼の意思ではなく舞台裏からリンスガルトが、『時間を稼げ』とカンペを掲げているからだ。
 喪越が合図を出したのを見て、リンスガルトは幻獣朗の蘇生に取り掛かる。
「おい、幻獣朗!!目を覚ますのじゃ!!」
  ぺちり、と幻獣朗の頬を叩く。だがしかし、幻獣朗は生き返らなかった。
「力が足りぬか」
 先程よりも強く、べちっと叩く。やはり反応が無い。
 べちっ!べちっ!べちべち!!
 しかしそれでも幻獣朗の頬が赤く腫上るばかり。
「ぬぅ‥‥」
「そこじゃないわ」
 今までの流れを静観していたエーファが静かに近寄ると、『子供じゃしょうがないわね』とリンスガルトを退かす。
 そして幻獣朗の横に立つと、
「男のスイッチはここよ」
 そう言うと、『男のスイッチ』を乱暴に蹴り上げる。
「「〜〜!!」」
 見ていた男達は声にならぬ悲鳴を上げ何ともいえぬ精神的苦痛に身悶える。
 もちろん、『スイッチを切り替えられた』幻獣朗はといえば、辺りを転げまわっている。
「目を覚ましたか!準備を急ぐのじゃ!!」

 喪越の台詞が終わり、舞台に灯りが戻ると場面は牢獄のような背景に切り替わっている。そこには看守と思しき姿のエーファと今までとは打って変わってみすぼらしい服を着た幻獣朗の姿があった。
 服装だけではない、あの綺麗な顔は腫上り、精気を失った表情。数分前に自信たっぷりに振舞っていた人間と同一人物とはにわかに信じがたい。
 『役者変わった?』『これが演技の力か?』『なんかすっきりしたな』
 幻獣朗に驚きと奇異な視線が注がれているのをエーファは感じながら、
「さあ、跪きなさい。この豚野郎」
 ハイヒールの踵で幻獣朗を詰る。もちろん踏みつけるフリなんかではない。思いっきり踏んでいる。踏む方と踏まれる方に何か微妙な温度差がある様な感じがするのはたぶん気のせいだろう。
「ほら、豚のように鳴いてみなさい?」
「ピギィィィーっ!!」
 幻獣朗の悲痛な叫びが響き渡る。その様はまさに豚野郎。そして絶叫の余韻を残したまま緞帳が下りる。
 そして一人残った喪越が声高々にお決まりの台詞を述べる。
「お後がヨロシイようデ‥‥」
 そして改めて拍子木が終劇を告げ、大きな拍手が劇場を包むのだった。