【大祭】闇目玉仮面登場
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/29 19:31



■オープニング本文

●安須大祭
 石鏡、安雲の近くにある安須神宮にて二人の国王‥‥布刀玉と香香背は賑々しい街の様子を見下ろしてはそわそわしていた。
「もうじき大祭だね」
「そうね、今年は一体何があるのかしら」
 二人が言う『大祭』とは例年、この時期になると石鏡で行なわれる『安須大祭』の事を指している。
 その規模はとても大きなもので石鏡全土、国が総出で取り組み盛り上げる数少ない一大行事であるからこそ、二人が覗かせる反応は至極当然でもあるが
「はしゃいでしまう気持ちは察しますが、くれぐれも自重だけお願いします」
「分かっていますよ」
 だからこそ、やんわり淡々と二人へ釘を刺すのは布刀玉の側近が滝上沙耶で、苦笑いと共に彼女へ応じる布刀玉であった。人それぞれに考え方はあるもので、石鏡や朝廷の一部保守派には派手になる祭事を憂う傾向もあり、一方で、辛気臭い祭事より盛大なお祭りを望むのが民衆の人情というもの。
 様々な思惑をよそに、お祭りの準備は着々と進みつつあった。

●徳兵衛
 背丈は人並み、ほっそりとして無駄な肉付きはない。
 健康そうでも不健康でもないいかにも普通といった顔で、何かを探しているような双眸が、時折またたいている。
 大人しいが、地味だ。
 そんな彼は、徳兵衛。齢は十五の開拓者、シノビだ。

 幼い頃より修行を耐え抜いた彼は年若くして一人前のシノビとして成長した。
 決して裕福とはいえぬ里。徳兵衛の家も決して余裕があるわけではない。口減らしという意味もあるだろう、先に働きに出ていた兄と同じ様に、やや幼いともいえる年頃より開拓者とシノビの二足の草鞋で地道に仕事をこなしてきた。
 まだ幼い兄弟達の事、厳しくもあり優しくもあった両親の思い出を時折懐かしく思いながら、徳兵衛は稼ぎの大半を仕送りへと費やしてきた。
 故に決して収入が低いとは言えぬ開拓者稼業でありながら、派手な暮らしをすることもない。相も変わらずの貧乏長屋暮らしを続けていた。
 そうした質素に暮らす姿は近所の住民にも知れ渡っていたし、付き合いが長くなるにつれ、素性を知る者も増えた。
「真面目な孝行息子だ」
 と評判も良いものだし、
「余り物だけど」
 と差し入れを貰うなど可愛がられていた。

 地味に地道に真面目一辺倒で、自分の事は顧みず郷里に残した家族のために働き続ける。そんな徳兵衛に転機が訪れた。いや、訪れてしまったのだ。
 話は数ヶ月前の初夏に遡る。
 栢山(かやま)遺跡。そこにあるだろうとされたとある宝珠の捜索のため、多くの開拓者達が遺跡の探索に駆り出された事は記憶に新しい。
 遺跡のお約束とも言うべき、罠やら隠し通路、そしてアヤカシ。多くの困難を乗り越えて開拓者達は目的の宝珠を無事入手、最終的には新たな扉を開いたわけだが‥‥。
 遺跡内のある一部屋が問題だった。
 
 穴。穴。穴。壁にも、床にも、天井にも、穴。
 そして、そこから覗き込む視線。
 そう、闇目玉だ。
 男からしたら見たくても見えない婦女子の色んなところを色んな角度から正面切って凝視する、アヤカシとしての存在意義すら疑われるあの闇目玉だ。
 徳兵衛はそんな闇目玉に衝撃を受けた。
「アヤカシまでもこんなに自分に正直に生きているのに、一体自分は何なのか」
 と。徳兵衛としても若い健康な男だ。性欲は他の男と同じくらい、いや若い分持て余す程だ。
 それでも、往来でいちゃつく他の若い男女を見ないフリをして過ごしてきたのだ。自分には関係ない、そう心に言い聞かせながら。
 それから暫く後は葛藤が続いた。自由になりたい気持ちと今の自分を続けたい気持ち。
『どうしてこんな思いをしなければいけないのか‥‥』
 そして思い悩んだ後、ようやく落ち着きを取り戻す。
『こんな欲望に悩むのは自分が弱いからだ』
 そうして彼は前よりも一層自分にストイックな生活を続けることとなる。

●闇目玉仮面
 しかし、運命というのは時としてそんな若者の悩みを嘲笑う。
 ほんの気晴らしに兄の徳太郎と出かけた安須の大祭で賑わう、陽天。
 所狭しと並んだ出店でとその客で往来はごった返していた。屋台の煙、人の波。祭りの場というのは非日常というのを実感できるというもの。
「すごい人だな、徳兵衛」
「‥‥ええ、本当にすごいものです」
 祭りというのは不思議なもので、普段なら絶対要らないと思ったり、高いと思うものがなぜか欲しくなってしまう。
 売り手もそういう客の心理は分かっているものだから、価値としたら二束三文にもならない様な、実にくだらないものまで取扱うことがある。
「おい、あれを見てみろよ」
 徳兵衛が指差す先に並ぶのは、お祭りの代名詞をもいうべき『お面』。まあ往々にして本物とは似つかわしくもないお面が割りと高く売られていたりもするものだが。
 そんな中に、一点だけどうにも妙なお面が混じっていた。

 黒塗りの面の中心に、大きく眼。ただそれだけの面。

「これは‥‥?」
 つい、手に取ってしまった。その黒い面。何か吸い寄せられるような力を感じる黒い面。
 その時、徳兵衛の中で、種が弾ける様に何かが弾けた。

「ふおおおおおおっ!!!!」
 寒さなど気にならぬ。人の眼など気にならぬ。身に纏うもの、全てが重荷だ。
 徳兵衛は眼身目玉の面をかぶると衣服を乱暴に脱ぎ捨てると褌一丁になって走り出した。
 彼は今、自由を手にしたのだ。その自由という名の翼はどんな事でも可能にしてくれるような力をくれる気がした。どこまでも走れそうな気がする。今までは不可能だった事ですら、何でも出来そうな自信に満ち溢れている。
 徳兵衛、いや今や彼は『闇目玉仮面』だ。彼は丈の短い着物の女性を見つけると、猛烈な勢いで頭から滑り込む。ちょうど両足の間にぴったりと頭を差し込む神業だ。
「イヤぁぁ!目が覗いてるぅぅぅ!!」
 女はどこか既視感を覚えながら悲鳴を上げるのだった。

 理性を失ない闇目玉仮面となった徳兵衛だが、まだ完全に理性を失ったわけではなかった。 
 触れてはならない。否、触れる事が出来ぬ。
 もし仮に触れてしまえば。一線を越えてしまえばもう後戻りは出来ぬ。抑圧された欲望を解き放った時、真の変態へと身を堕とす以外に道はない。
 しかし、その理性も徐々に薄れていく。仮に触れずにいたとしても果たしていつまで保つ事ができるだろうか‥。残された時間はそう長くは無い。

●徳太郎
「ではその変態を捕まえて、引き渡せ、と」
「内密にだ。その正体を知られてはならぬ」
 身内から斯様な変態を出したと他所に知られるのは避けたい。
 もし事が公になるようであれば、これから先事ある度にこの話題で馬鹿にされかねない。
「ま、開拓者ですしね‥‥」
 開拓者ギルドとしても変態を出したとなれば、色々と都合が悪い。
 こうして徳太郎とギルドの思惑は一致し、早急に捕り手を募集する事となるのだった。


■参加者一覧
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
浅葱 恋華(ib3116
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118
16歳・女・陰
イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138
21歳・女・泰
ウィリアム・ハルゼー(ib4087
14歳・男・陰
ルー(ib4431
19歳・女・志
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
エーファ(ib5499
17歳・女・砲


■リプレイ本文

●集え、変態ハンター
 祭りに沸く陽天に、突如現れた変態。その名も闇目玉仮面。
 褌一丁に仮面のその姿はまさに変態。
 ひたすら覗きに徹するその行為もどうしようもなく変態。
 そんな変態を捕まえる為に八人の勇者達が集まったのだ。

「変態は退治すべきです‥‥。一人も残さず」
 綺咲・桜狐(ib3118)は小さく拳を握る。趣味が変態退治という奇特すぎる彼女は闇目玉仮面の捕縛に燃えていた。
 しかも彼女一人ではなく、友人の浅葱 恋華(ib3116)、イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)を誘ってまでもこの依頼に臨もうというのだからその熱意には恐れ入るばかりだ。
 それにしても、相手が変態だと言うのに何故か捕り手は若い女性ばかり。世の中とは不思議や理不尽に満ちているものだが、たまにはそれが良い事もある。もし逆に男ばかりだったらと考えると‥‥。
 とはいえ、男がいないわけではない。華やかな服装の女性陣に対し、黒い服を身に纏ったエルディン・バウアー(ib0066)だけが八人の中で明らかに浮いている感じだ。
 そしてこの依頼は彼のような存在もまた必要である。それは何故か。
 男の十五歳、それはマグマのように煮えたぎる情欲と希望に満ちた未来が混在する時期だ。
 手を伸ばしても届かない、しかしたぎる情熱は行き場所を知らない。そんな挫折だってある。そしてそれらの困難を乗り越えた時、少年は大人への一歩を踏み出すのだ。
「罪深き迷える少年を、正しき道に導くためにやってきました」
 エルディンはそう宣言する。彼は神父として、人生の先輩として闇目玉仮面こと徳兵衛を救えるだろうか。

 さてこの闇目玉仮面の捕縛にあたっては条件が一つ付随している。
 それは『闇目玉仮面の正体が徳兵衛であると知られない事』だ。
 陽天は安須大祭の真っ只中。警備の兵士も多い。徳兵衛の兄であり、依頼人である徳太郎としては、彼らに捕まって素性が明らかになる事は避けたいのだ。
 上記都合を考慮し、開拓者達は警備兵を引きつけつつ、囮を立てて闇目玉仮面を捕らえようと策を練った。

「そんなぱんつで大丈夫ですか?」
 レティシア(ib4475)が囮に名乗りを上げた者達へ問う。この戦いは過酷なものになるだろう。
 そんな戦いにもしうっかり間違いでもあれば‥‥。
 そう、間違いでもあれば大変な事になってしまう。大事な事なので二度言うが、本当に大変な事になってしまう。
「大丈夫。問題ない‥‥」
 桜狐はすごく嫌な予感がする回答をした。
「一番いいぱ‥‥、大丈夫よ」
 恋華は何かを言いかけたが、言い直す。そもそも大丈夫かどうかと言われても良く分からないし、仮に『一番いいぱんつ』を頼んだりしたらどうなるのだろうか。
 そしてミニといっても過言ではないワンピースを着たイゥラも答える。
「『はいてない』わ。‥‥べ、別に私の趣味じゃないわよ」
 その方が効果がありそうだからって、効果がありすぎても問題なのだが。

「スカートの中、覗かれちゃったら‥‥」
 ともじもじしながらウィリアム・ハルゼー(ib4087)が悶える。メイドというには余りに個性的なデザイン。
 スカートだけでなく、大きく開いた胸元すらもターゲットの目を引きつけることが出来るだろう。その恥らう姿も相まって魅惑のメイドと言える。
 そして、エーファ(ib5499)は他と違ってやや落ち着いた雰囲気の服装をしていた。品があるというか、清楚とでも言うべきか。
 だが、良く見ればスカートにスリットも入っているし、少し屈めば胸元の様子が伺えそうな『狙った隙』がある。
「意識はさせるけど、でも見えない。想像させるくらいが深みのある色香だと思うわね」
 とまだ若いのに大人びた『えろちしずむ』の理念を持っている。
 というわけで、一旦彼女の秘密に気付いてしまえば目で追わずに入られない。

 一方、捜査のかく乱、妨害を担当する側は比較的露出が少ない。
 まあエルディンは脱がなくていい。頼むから、脱ぐな。
 しかし、露出が少ないと言うだけで魅力がないと言う事では全く無い。
 裾が長いとはいえ、スリットから眩い太ももが大胆に見え隠れするルー(ib4431)は、それだけでなく全体的に抜群なプロポーションを有している。
「囮は丈の短い方にまかせる」
 と妨害を買って出たわけであるが、ルーに闇目玉仮面が迫っても不思議は無いのだ。

●脱げ落ち、残されるもの
「あ、お稲荷さん美味しそう」
 桜狐が屋台をのぞく。囮とはいえ相手が何処にいるかわからないので、こうして祭りを見て回るのも悪くない。
 それにミニ着物は必要以上に周囲の目を引く。ずっと周りに注意をしていてもその視線で気疲れしてしまう。
 そうでなくても油揚げがあったら気をとられてしまうのが彼女の性。
 そして今、桜狐はお稲荷さん(普通の食べれるやつ)に夢中になっていたため、自分の身に重大な危険が訪れている事に気が付く事が出来なかった。
 紐が緩かったのだろう、『大丈夫だ、問題ない』とされたぱんつは音も無く、桜狐の体を離れて落下する。恋華はその一連の流れをしっかりと目にしていた。
『あら‥‥。ふふふ、面白そうだから黙ってましょっと♪』
 しかし恋華は桜狐にその事を教えるでもなく平然としている。それはまるで『アイツは人の話を聞かないからな』とでも言いたげな表情である。
 こうして桜狐はその事実を告げられる事なく、危険な状態で囮を続けるのだった。

 そして、取り残されたぱんつが一つ。往来でこの様なものがあれば、人々はどういう反応を示すだろうか。
「これはまさか、ぱんつ、では?」
「まだ暖かいでござるな‥‥と言う事は??」
 男達がぱんつを取り巻くように集まっていた。
 これ以上放っておくと危険な行為を行いそうな彼らをレティシアは黙ってじっと見ていた。
 その小さな視線に気付いた男が手に持っていたぱんつを落とす。
「いや、これは、落ちていたでござるよ」
「楽しいですか?」
「あの、その‥‥」
「だから、楽しいですか?」
 レティシアは再び問いかける。男達は何も言わないまま逃げるように走り去っていった。
「違ったか」
 騒ぎがあるから闇目玉仮面が現れたのかと思ったのだが、男達が下着に群がっているだけとは。
 いや、これも十分不思議だけど。イゥラはちょっと残念そうに思いながら再び捜索に戻ろうとした。
 そしてちょっと違和感。どこかで見たことがあるような‥‥?この下着は‥‥まさか、と思うが見なかったことにした。
 はいてなくても別に全裸ではないし。現に自分も今『はいていない』のだからきっと大丈夫。
 そしてぱんつは再び往来に取り残されるのだった。

●魅惑の時間
 そして闇目玉仮面はあっさりと見つかった。悲鳴が上がる方向から探していたら自然と見つかったと言う感じだが。
「変質者を捕まえて!」
 おびえる少女のふりをして、イゥラは兵士に抱きつき時間を稼ぐ。
 当然指差す方向は逆で、兵士は嬉しそうな顔をしながら勇ましく反対方向へ走っていく。
 それを横目で見ながら、イゥラは闇目玉仮面を追って走り出す。
「あちらでも悲鳴が聞こえました!」
 所々で悲鳴が上がっているということは、警備の兵士も寄ってくるという事。
 エルディンはやって来た兵をあらぬ方向へ誘導しつつ、闇目玉仮面が逃げた先に人が立入らぬよう『アイアンウォール』で入り口を塞いでしまう。厚みはないが、背丈の倍以上ある高い壁が突如として出来上がる。
「変態はあっちです!」
 ルーが指し示す先もやっぱり逆。兵士達の仕事の邪魔をしてしまうのは申し訳ないけれど、こっちも仕事だ。何としてでも先に闇目玉仮面を捕らえないといけない。
「この壁の向こうね」
 乗り越えるには難儀な鉄の壁。ルーは壁の脇に積み上げられた樽を伝って壁の向こう側に乗り越える。
 翻るのを気にして、裾を押さえて登る姿に漂う『えろす』。これは実にいい。すばらしい。ずっと見ていたい。

 こうして先に追いかけた者達も含めて全員が陽天のとある一角に集う。もちろん闇目玉仮面も含めてだ。
 闇目玉仮面は本能的に悟る。これは、危険だ──と。
「逃げるの?いくじなし」
 逃げようとする闇目玉仮面に対してエーファが一言。 そして、わざとらしく太ももを露出する。
 その太ももに分かり易い反応をする闇目玉仮面。ならば、ここは足止めをしなければ!

 『背水心』、それは何者にも打ち勝つ強靭な覚悟を生み出す技術。打ち勝つのは自分の心。具体的には、羞恥心。
 襟元のボタンを一つ外す。いや二つだ。ルー、君は覚悟を決めたじゃないか。
 二つ目のボタンが外れ、押さえつけられていた『魅惑の何か』が揺れる。
 さあ、もう一つ。もう一つの封印を解くんだ。そうすれば扉は開き、自由を無邪気に謳歌する事だろう。

 レティシアはスカートの裾を掴み、少しずつ上に引っ張っていく。か細い脚。まだ幼さの残るその脚はそれでいて女性的な特徴を帯び始めている。
 こんな子供の──。それでもやはり──。
 背徳感と堕ちゆく自分を蔑みながらも、やはり目は釘付けだ。
 レティシアも無論、羞恥に耐えての事。ただ、自分より背の高い男を足元に跪かせて見下ろす事が出来るのならば、それくらいは大目に見るのだとか。ただそんな事を公の場で言ったら連日レティシアの足元に這い蹲る男達が絶えないだろう。

 他にももちろんメイドやら何やらがいるわけで、選り取りみどりとはこの事。
 闇目玉仮面の本能が語る。罠と分かっていても行かねばならぬ時がある──と。
 そして、彼は夢の世界へと飛び立っていった。

 貫く様な視線。一秒たりとも見逃すまい、縞パンの縞一本一本を克明に脳内に刻み込もうという執念。
「ひゃうっ!そんなにみちゃだめですぅ‥‥そんな熱い眼差しで見られるとぉっ‥‥」
 そう言いながら、慌てているのかウィリアムはスカートにすっぽりと入った頭を押さえつけてしまう。
 つまり必然と顔の距離は近づくわけで。
 ああ、これが女体の神秘。これが女の子のお稲荷さん(比喩的な意味で)‥‥。
 え、お稲荷さん?
 闇目玉仮面の動きがピタッと止まる。何かを考える時間が、気持ちを整理する時間が欲しい。
 そんな彼にウィリアムの言葉が刺さる。
「あのーボク男の娘なんですが‥‥」
 『男の娘』。この世にこれ程、卑劣で凶悪な罠はあるだろうか、いや、ない。
 しかもこの状態での一言は人を地獄に叩き落すには十分過ぎるだろう。
「のおおおおおっ!!」
 俺が一体何をした。生きる事が罪なのか。何故だろう、楽しい思い出ばかりが頭をよぎる。これは、これは走馬灯だろうか‥‥。
「男の方がいいなんてねえ」
 残念そうにエーファはため息を一つ。
 これだけ魅力的な女がいて、よりによって飛び込んだ先が『男の娘』。ため息の一つでは足りないだろう。

 そして悲鳴を上げて苦しみ続ける闇目玉仮面の幸せな不幸は続く。
「変態は滅殺です‥‥!」
 華奢な体から伸びる脚が高く上がり、桜狐の蹴りが唸る。
 変態を死(の一歩手前)に至らしめる事が出来るのであればこの際、ぱんつ位見られても構わない。そういう気合がこめられた蹴りだ。
 その蹴りの勢いによって砂埃が舞い上がる。実は「はいていない」状態だが、砂埃が幸運に機能し、最悪の事態は免れることが出来た。
「あはははは! ほらほらほら、大人しくなりなさいよ♪」
 恋華は楽しそうに足でぐりぐりと桜狐に蹴倒された闇目玉仮面を踏みつける。お尻の尻尾も楽しそうに動いている。
 しかし踏まれる側からすればこれは、ベストアングル。
 絶対領域も崩れ去り、桃色の秘密も、揺れる双丘も、彼女の表情も一望できるではないか。
 この世にこれ程すばらしい眺めと言うものが存在したか?
 さらには、素足でこそ無いが足袋という性質上、恋華の指の動きが伝わってくる。それはなんという衝撃か。
「乙女の純情踏みにじった闇目玉仮面許すまじです!」
「この変態め!」
 ウィリアムやイゥラも加わってさらにボコボコにされる闇目玉仮面。
「うぴょぽぽぽぽぽ」
 と気持ち悪い声を上げる闇目玉仮面。いや、この時点でイゥラに仮面を剥ぎ取られていたので徳兵衛か。
 それにしてもかなり精神的に危うい雰囲気だ。
「そろそろ止めないと死んでしまいます!」
 エルディンは徳兵衛の様子から危機を察知し、身を挺して制止に入る。
 そして、徳兵衛と同じ視点にいて初めて分かる真実と言うものがある。これは試練かそれとも奇跡なのか。
 あれは、なんだ。もしかして、はいて‥‥な‥‥!?
「か、神よぉ!!」
 イゥラの蹴りをいい感じに顔面に受けながらエルディンは叫ぶのだった。

●更正への道
「貴方は最低の変態野朗です♪」
 ギルドの一室で徳兵衛に鋭い言葉が突き刺さる。レティシアは笑顔で次々と言葉の槍を紡ぎ出す。
「今、どんな気分ですか?ねえ、どんな気分ですか?」
 徳兵衛の周りをくるくる回りながら、レティシアは徳兵衛の顔を覗き込む。
 優しく迎えるだけでなく、罵った方が徳兵衛にとって気が楽なのではないかとの考えからだが、結構手厳しい。
 徳兵衛は黙り込んで答えは無い。それは最悪な気分だろうから仕方の無いことだが。
「やっぱり本物の女の子じゃなきゃだめなんでしょうか‥‥」
 ウィリアムはまた別の理由で少し気落ちしている様だった。当然だがあの拒絶反応は気になるらしい。
「興味があるのが当然よ?」
 そんな黙ったままの徳兵衛にエーファが助け舟を出す。
 欲望を発散せず、溜め込むからこんな事になるのだと。そんな溜め込んで暴走するくらいなら、いっそ。
「私が、ゆっくりたっぷり、色々教えてあげてもいいわよ?」
 エーファは徳兵衛の頬に手を添えて耳元で囁く。
「ほら、どうなの?」
 白い手が徳兵衛の体をなぞり、意地悪そうに人差し指で徳兵衛の胸をつつく。
 ふわりと香る、女の肌の匂い。あ、これで俺も大人の階段を‥‥。
 と徳兵衛は思ったその時、男の手が徳兵衛の肩を掴む。
「さあ、私についてきなさい。健康的な良い大人の男性になるための準備です!」
 エルディンが徳兵衛の肩を抱くようにして街の雑踏へ消えて行く。エルディンが徳兵衛にナンパの技術を伝授するのだとか。
「ちょっとそこのお嬢さん。私、ジルベリアから来たばかりで不慣れなのです」
 陽天の街に明るく響く声。ただ、この台詞はこの後数十回繰り返される事になるのだが‥‥。

 彩は報告書を纏めると、証拠資料として仮面を添付する事にした。
「どこに、いっちゃたんだろう?」
 しかし徳兵衛が連れてこられた時にはあったはずなのに、いつの間にか仮面は姿を消していた。
「ま、いいか‥‥」
 彩はろくに仮面を探す事もなく諦める。どうせ仮面はあってもなくてもどうにでもなる。ならそんな面倒な仕事をするつもりなんてない。
 こうして仮面は所在不明のまま今回の事件は幕を閉じた。もしかしたら仮面は君の手元に届いているかもしれない。