闇森の狩人
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/18 17:22



■オープニング本文

●狩られるもの
「逃げろ菊蔵!」
 刀を構えた男が鬼気迫る表情で大声で叫ぶ。その正面には男よりも一回りも二回りも大きな蜘蛛が、前脚を横幅一杯に広げていた。赤い目が八つ、男を真っ直ぐ見据えている。
「イヤだ!」
 男の息子だろうか。少年が男の陰に隠れながらも着物の端を強く掴んで、逃げる事を拒絶する。
「早くしろ。このままでは俺もお前も‥。」
 このアヤカシは素早い。まだ幼い菊蔵を連れては逃げる事など到底できないし、仮に一人でも逃げ切れる速さではないだろう。このまま逃げても背中からやられてしまうだけだ。
 ならばせめて、一太刀。
 いや、出来るだけ息子が逃げる事の出来るだけの時間を稼がなくてはならぬ。
「速く走れ!俺も後から行く」
 男は突き飛ばす様に菊蔵を振り払う。猶予は無い。このアヤカシに自分ひとりでどれだけ時間を稼ぐ事が出来るか。もとより自分の命は絶望的だが、下手を打てば息子の命までも無い。
 菊蔵は後を振り向く事なく走り続ける。これが今生の別れと感じながら。
「‥‥母さんのことを頼んだぞ」
 離れていく息子の足音を聞きながら男は呟く。

●狩人の生活
 見つけて、追いかけて、殺して、食べる。
 そしてまた暫し待つ。
 それ以外に何も無い。その繰り返しだけ。
 たまに大きな獲物が現れぬ日が続く事もあるが、未だ獲物を逃したことは無い。そう、今日この日までは。

 獲物を逃したのも腹立たしいが、さらに今日は幾つかの手傷まで負わせられた。
 どうも今まで人間とはどれもこれも同じようなものだと思っていたが、姿形こそ同じだが手強い相手もいるらしい。
 そして既に動かなくなったこの男は大きいが、その肉は硬そうだ。
『あの、ガキはおいしそうだったな』
 と思いつつ、また来たら食えばいいかと目の前の食事に手を伸ばす。

「父を探してください。‥‥あるいは父の仇を!」
 と数日後、菊蔵が開拓者ギルドに駆け込んだことは勿論知る由もなく、今日も彼は獲物を通るの待っているのだった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
ルーンワース(ib0092
20歳・男・魔
久悠(ib2432
28歳・女・弓
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎


■リプレイ本文

●それぞれの想い
「ふむ、アヤカシにおそわれて、か。よく聞く話やがあまり聞きとうない話やな」 
 残念ながらアヤカシによる被害は絶えない。未然に防げる事もあるが、基本的に奴らは神出鬼没。今回の様に被害が出てから対処に回るという形が多いのは止むを得ない部分がある。
 天津疾也(ia0019)がこなしてきた依頼の数は十や二十では到底収まらぬ。過去に歯痒い思いをしてきた事があるのかもしれない。
 もちろん疾也以外の開拓者にもそういった経験はあるだろうし、アヤカシによる不幸を望む者などそうそういるものではない。
 その表情から今の心境を窺い知る事は出来ないが、篠田 紅雪(ia0704)もかつては『ひとの命と営みを守る』ため、アヤカシの討伐に挑んでいたという過去がある。感情やら意見をなかなか表に出さない彼女の真意は判り難い部分があるが、依頼に関しては諸事協力的である。他人には分からぬ心のわだかまりもあるのだろうが、今も昔も『ひとのために』アヤカシを討とうという気落ちはそう大きくは変わらないのかもしれない。
『無事逃げ延びてても、そうでなくても‥アヤカシのせいで家族がずっと逸れたままなんて、認めない』
 強い決意を持ってルーンワース(ib0092)は依頼に挑もうとしていた。普段はのんびりしていて温和そうに見えるものの、彼は今回の件に関して、誰よりも現実的で厳しい未来を感じ取っている。そして、何をしなければならないかという事も重々承知しているのだ。

「菊蔵さんのお父上の救助とアヤカシ退治、承りました」
 玲璃(ia1114)が菊蔵に静かに告げる。黒く長い髪に細身の身体。物腰の柔らかさから彼を女性と見間違える者は後を絶たない。開拓者ギルドの職員ですら勘違いをしている者がいる程だ。
「期待をするには辛い状況なのは菊蔵くんがよく知ってる‥‥けどまだ仇なんて言わないで」
 菊蔵の父が帰らない。それは事実だが必ずしも彼が死んだというわけではないとフェルル=グライフ(ia4572)は考える。いや、そうであって欲しいと信じたかった。そして菊蔵の様な幼き者にかくも不条理な現実を突きつけるアヤカシにフェルルは怒りを禁じえない。
 菊蔵はフェルルの言葉に小さく頷く。まだ幼いとはいえアヤカシに襲われる時まで父と一緒にいたのだ。父がどうなったかを考えるまでも無く分かる。また、それでも目の前の開拓者たちは最悪の事態を想定しつつも父の生存を望み、助けようという気持ちがある事も理解できる。自分にかけられる言葉がただの気休めではないと。
『──気丈な子供だな』
 久悠(ib2432)は菊蔵の姿を見て思う。こうしてアヤカシに襲われた時の事を話すのも辛いだろうに、泣き言一つ言わない。こんな子を育てるのだから、さぞその父親も出来た男なのだろう。だからこそ、生きていて欲しいものだし菊蔵の元へ帰してやりたいものだ。
「子と親、か‥‥」
 鉄龍(ib3794)に家族と呼べるものは相棒の龍のみ。親が子を思う気持ちというのはやや環境が違い過ぎて思い及ばぬところではあるが、自分だって木の又より産まれたわけでは無いはずだ。子が親を思う気持ちならば、分からないでも無い。
「さて…出来うる限りをしよう。為すべきは成さねばな」
 菊蔵では適わず、自分達にしか出来ぬ事。開拓者達はそれを為すためにここにいる。雪斗(ia5470)も何とかしてやりたいと思い、ここにいる。
 開拓者達はそれぞれに思いを秘めて開拓者ギルドを後にするのだった。

●森に探して
 何の変哲も無い森。魔の森でもない森は瘴気を撒き散らしている風でもなく、ただ昔からそこに在るといった感じだ。特別目に付くような怪しい物があるでもなく、秋を迎えた木々が色づいているのが見て取れる程度だ。
「まずはアヤカシが出たという所まで、かな」
 ルーンワースは落ちてきた葉を目で追いながら呟く。菊蔵の父を探すにしても、アヤカシを探すにしても手がかりとなるのは襲われた場所が大体どの辺りかという位。そこで何かが見つかればそれで良し。見つからなければ二手に分かれてさらに捜索をという手順をとることにした。

 捜索の手筈は万全。疾也は肉眼で何らかの痕跡を探しつつ、『心眼』を使用して視界に入らぬ部分をカバー。玲璃は菊蔵の父を探しながらも時折『瘴索結界』を展開してアヤカシの存在を確認する。フェルルは血痕等がないかを調べつつも玲璃やらがスキルを使用する際には集中出来るように周囲を固めたり。雪斗も硬い鎧を着込まぬ仲間達に何かあってはいけないと彼らを守るように気を配る。さらに紅雪は一寸仲間との距離を取りながらも歩きつつも周囲への警戒を怠らない。鉄龍も何かおかしな所は無いかと右目を凝らす。
 そして、地表だけでなく樹の上や枝葉にまでルーンワースは注意を怠らない。衣類や荷物の切れ端でもそこにはないかを一つ一つ確認していく。同じ様に久悠も樹の上にアヤカシが潜んでいないかと時折見上げたり、揺れ動く葉の変化すら見過ごさない。見通しの良くない場所では弦を打ち鳴らし、果ては嗅覚にも意識を集中したりしていた。

 こうまでしているのだが、菊蔵の父への呼びかけに答える声もなければ、戦いの痕跡も無い。果たしてこのまま何も見つからないのでは?という小さな不安が生じた頃、玲璃は結果の中に瘴気を感じ取る。何かが、寄ってきている‥‥。

●狩られる狩人
「件のアヤカシのようです」
 玲璃がそう言うと各々が獲物を手に取り、来るべき時に備え出した。
「‥‥今日は狩られてみるといい」
 まだ見ぬ敵に久悠は呟きながら弓を構える。罪無き人々を狩り続けたアヤカシだが、今日は狩られる側となるのだ。
 カサッ‥‥と気を張っていなければ気にもしないだろう草が擦れる音。だがしかし、雪斗はその音がはっきりと聞き取れたし、またこれは風のせいかと迷う事もなかった。来たのだ。アヤカシが。
 その姿は岩を思わせる大きさで、人の背丈よりはやや低いが手足を広げた横幅は明らかに人より大きい。全身はくすんだ茶色。赤い八つの眼が煌々としていて、同じく八本の太い脚は硬そうな毛が密集している。口元より涎を垂れ流しながら、じっとこちらを見つめていた。そして見つめるは一瞬、タンッと飛び跳ね襲いかかる。

「そう来るのはお見通しや!」
 疾也が薄刃を蜘蛛型アヤカシの巨体にくぐらせる。
 アヤカシは不意をついたつもりだったのだが、疾也には見切られていたらしい。疾也に牙を突き立てんと迫ったアヤカシは逆に手傷を負う事となった。さらに、それだけでは終わらない。
「それだけたくさんあるんだ、一つや二つ減っても大丈夫だろ?」
 鉄龍のフランベルジュがアヤカシの横にある眼を抉る。鉄龍の左目は眼帯に覆われている。使える眼が一つしかない彼にしたらたくさんある眼の一つや二つ、という皮肉。勿論、皮肉という言葉で済むレベルではない。致命傷でこそないものの、アヤカシとて眼が無駄に多いわけではない。手痛い損傷だ。
 アヤカシは『一体何事か』と思った。アヤカシは未だかつて自分より早い獲物などに出会ったことは無かったからだ。それがどうした事だ。今ここにいる連中の動きは今まで食べてきた者達とは明らかに違う。何よりも眼に恐怖の色を感じられない。普段ならこの姿を見ただけで、何ともいえぬ恐怖や不安を生じさせるはずなのに‥‥。

「思い通りにはさせぬ‥‥」
 微かに聞き取れるような小さな声を発しながら紅雪はアヤカシの足元に飛び込んで、足元を払う。抜き払われた刃がアヤカシの脚を斬る。
「浅いか‥‥?」
 斬りつける瞬間、相手がやや後に退いた。あの間合いで反応できるとなれば相当に速く動く事が出来るのだろう。であれば、その速さで動き回られたり逃げられると面倒だ。
「援護します」
 そんな紅雪の考えを読んだか、玲璃は神楽舞を舞う。その身のこなし軽やかに、何にも縛られぬ風の様に。仲間達もその風の如き自由さで森を駆け抜けられる様に。そして舞は『体が軽くなる』と言うよりも『翼が生えたような』というべき効果をもたらす。

 一方アヤカシは焦りを感じていた。こうも簡単に近づかれるとは思っていなかったし、このまま長引いては不利と本能が告げる。アヤカシは苛立ちながら大きな体を震わせると力任せに体当たりを始める。無軌道で無遠慮な暴走が開拓者達を轢いて回る。
「くっ‥‥!」
 前の方にいた者、特に一番近くにいた紅雪は大きく跳ね飛ばされる。あの大きな体全体で当たられては刀で受け止めるといったことも出来ない。フェルルもアヤカシの暴走に巻き込まれて体勢を崩していた。
 自分とて身のこなしは軽い方だが、アヤカシの速さはそれを上回る。相手が素早さをもって攻めるのであればさらにその速さで挑まなければ。神経を極限まで尖らせて、尖らせて。一瞬の綻びすら逃さぬよう気を張り詰めて。
「参ります!!」
 一陣の旋風となって駆け抜ける。振るう薙刀は竜巻の如き凄まじさでアヤカシを大きく薙ぎ払う。

「雪斗さん、一寸待ってください!」
 ルーンワースは雪斗の後から隣に来ると、雪斗の刀に自分の杖を近づける。すると刀が白い輝きを放ち始める。『ホーリーコート』、その白き光は聖なる輝き。悲しみの始まりたるアヤカシを討つ白光。
 雪斗は光を持った刀を一瞥、さらに周囲の木々を見て言い放つ。
「流石にここで振るうには限度があるか‥‥?薙ぎ払う訳にはいかないしな‥‥っ」
 その刀は身の丈を遥かに上回る長刀で『斬龍刀』、その名も『天墜』。常人には扱う事のできない業物中の業物。
木が密集しているわけではないがここは森の中。もともと切り払うには向かぬ作りではあるが、振り払うには木が邪魔だ。肩に担いで一息に振り下ろす。今回はこの一択だろう。こんな大太刀に細かな芸、二の太刀など望んではならないのだ。ルーンワースの想いも乗せて、全てを豪快に断ち切る一撃に賭けるのだ。

 眼で相手の動きを追ってから弓を構えても遅い。追いつけぬ相手なら、先を読むしかない。視野を広く持ち、全体の流れを掴み仲間の動きを読んで、アヤカシの動きも読む。そして導き出された場所に矢を放つ。今はそこにアヤカシがいなくても。
「次は、そっちか」
 久悠から放たれた矢は必ずしもアヤカシの体に届くものばかりではない。まるで出鱈目な場所に突き刺さる矢もある。が、それにも意味がある。矢を射ることでアヤカシの行動範囲を狭めているのだ。じわじわと囲い込むように、アヤカシの動き回れる範囲を小さくしていく。そうすれば仲間の攻撃も当て易くなるというもの。
 
 鏡を思わせる水面。何にも揺れる事のないその研ぎ澄まされた空間。命をやり取りする場に合って、心を乱すことの精神を練り上げたものだけが辿り付ける境地。
 疾也の太刀筋を見ることはおろか、物音という音もなく、斬られた側が気付くことすらない一瞬時が止まったのではないかという異常な空気すら作り上げる。
 それが北面一刀流が奥義、『秋水』──。
「そろそろ仕舞いやな」
 疾也は今の一撃で、あと一歩のところまで追い詰めていると確信した。
「滅べ‥‥」
 紅雪は重心を低く、地面を蹴った。どこまでも低く低くただ低く。極限にまで重心を下げて払い抜けた碧の刃が今度こそアヤカシの脚を捉える。

 それでもなおアヤカシは動きを止めない。そして往生際が悪いのか自棄を起こしているのか、なおも攻撃の手を緩めずふるいあげた脚が雪斗、鉄龍を襲う。
「させません!」
 しかしアヤカシが最後のあがきを目論もうとも、玲璃より放たれる光は仲間達の傷をたちどころに癒していく。闘う者、支える者。両者の力が相まってアヤカシを追い詰めていく。
「菊蔵くんの想いです‥‥存分に味わってくださいっ」
 込められたものは練力だけではない。フェルルは怒りや想いをも込めた薙刀を頭上高く掲げ、真っ直ぐに振り下ろす。見えない刃が深く深くアヤカシを斬り、ようやくアヤカシは瘴気へと返るのだった。

●戦闘後
「何か見つかりましたら、呼子笛で」
 玲璃がそれではと森の奥へと進んでいく。アヤカシは滅したが、菊蔵の父はまだ見つかっていない。これからは二手に分かれての捜索となる。
 アヤカシ退治という一仕事を終えて一服するにはいい頃合なのだが、紅雪は煙草に火をつけない。というよりも今回は一切煙草に手をつけていない。煙草を楽しむ、そんな気分にはなれないというのが理由だろうか。

「このまま分からない、では終われないしね」
 戦いの疲労もある。それ以前の捜索だって決して手を抜いていたわけじゃない。一休みという欲も頭をよぎるが、今も不安でいるだろう菊蔵を考えればもうひと頑張りという事になる。
 菊蔵の父が既に亡き者であったとしても、その事実を菊蔵は受け入れなければならない。その悲しみを乗り越えて進んでいかなければならない。何時までも帰らぬ父へ希望と不安を持ち続けさせるのも残酷な話だ。
 父の死という悲しみを受け入れるには菊蔵が幼すぎるということはないだろう。彼は彼なりに覚悟を決めている筈だ。『仇』と彼は確かに言ったのだから。
「無事でいてくれればよいのだが」
 ルーンワースらとは別の組、久悠も諦めることなく熱心に捜索を続けていた。
 襲われたとしても、生餌としてまだ命がある可能性がある。相手は蜘蛛型なのだから、毒や糸で動けなくさせられている事だって考えられる。今この時がその命を助けられる最後の機会なのかもしれないのだから。

 しかし、その後暫くしてそんな淡い希望は打ち砕かれる。鉄龍が刀を見つけてきたのだ。
 刀の周辺は惨劇を思わせる痕跡に満ちていた。かろうじて残る着物の端は柄が菊蔵の話と合致するし、その千切れ具合やらはどの様な最後を迎えたかがわかるものだった。
「形見としては、これ、やろうなあ」
 疾也が刀を見つけてきた鞘に戻す。遺髪や遺骨といったものが無い以上、刀くらいしか菊蔵の元に返してやれるものがない。
「祖が御許へ還り給え‥‥願わくば静かなる眠りを」
 急ごしらえの簡素な墓標に雪斗が追悼の祈りを捧げる。静かな森に雪斗の声だけが木々に吸い込まれていく。命が空に返るとしたら、こんな感じなのだろうか。
 
「出発前にあんな事言ったのに‥‥ごめんね‥‥」
 フェルルは大粒の涙を流しながら膝をつく。依頼を受けた時点で既に手遅れだったのだから、彼女に責はない。だが、そうせずにはいられなかったのだ。その優しさがいつかきっと他の誰かを救えるはず。

 鉄龍は菊蔵の右手で力強く頬を撫で、その頬に流れる雫を掬い取る。そして、菊蔵の手に刀を握らせる。
「強く生きろ、父に笑われないくらい強く」
 今は哀しみに暮れようとも、これから菊蔵は男として強くなっていくのだ。きっと菊蔵なら大丈夫。そう思える力強さが菊蔵の瞳には既に宿っていた。