ちりも積もれば小鬼の山
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/24 06:20



■オープニング本文

「これだけですか?」
 行商人は予想外の事態に顔を青くする。
 大量の荷物を抱えて僻地の里を訪れ、地元住民が作り貯めた乾し肉や薬草と交換するのが彼の商売だ。
 しかしいつもなら大量に吊されているのはずの乾し肉はほとんどなく、薬草の束も少ない。
「獲物が減っていてね。足りない分は金で支払わせて貰うよ」
 猟師のまとめ役である壮年男性が分厚い財布を取り出す。
「は、はい。ありがとうございます」
 行商人の顔色は優れなかった。
 相手の払いが渋いわけではない。
 この里で仕入れる品物が少なかった場合、街などでの売り上げが減って赤字に転落しかねないのだ。
「原因、分かります?」
「大型の害獣かアヤカシだと思う。いずれにせよ俺達の手に余る大物だよ。この小さな里で働き手が減ると里全体が危険になるんで詳しく調べたりはできんから」
 男性の表情も暗い。
 危険と思われる場所に近づかないようにした以上、これからは収入がかなり減ることになる。今は蓄えがあるからまだ良いが、季節が一巡りしてもこのままだと確実に破綻する。
「でしたら」
 行商人は決断する。
 里の主立った面々を口説き落とし、開拓者ギルドに依頼を出させるのだ。
 このまま放置すれば破綻するのはこの村だけではない。彼自身も有力な販路と仕入れ先を失い路頭に迷いかねないのだから。
 行商人と里の者達の話し合いは陽が落ちるまで続き、行商人と里が金を出し合うことで話がまとまるのだった。

「いるのは小鬼の群れですね」
 係員はあっさりと断言した。
「依頼内容は里の近辺に棲息すると思われる脅威の排除ですが、実質的には里の防衛と小鬼の群れの討伐になると思います」
 地元住民の証言を総合すると、里に隣接する森に複数の小鬼が潜んでいる可能性が極めて高いらしい。
 また、討伐のみを行うなら比較的楽な依頼内容かもしれないが、アヤカシを倒したが近くの村が全滅ということになれば、悲惨な噂が流れかねない。
「森の中の動物の数はかなり減っていると思われます。このまま放置するとアヤカシが獲物を求めて村に襲いかかることになりかねませんので、現地到着後は可能な限り早期に討伐を終わらせて下さい」


■参加者一覧
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
夏葵(ia5394
13歳・女・弓
天原 大地(ia5586
22歳・男・サ
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
嵐山 虎彦(ib0213
34歳・男・サ
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
スレダ(ib6629
14歳・女・魔
クレア・エルスハイマー(ib6652
21歳・女・魔


■リプレイ本文

●知らなかった村人達
「なんですと?」
 枯れ木のように水気の無い、けれど目にだけは精気が溢れている里長が悲鳴のような声をあげる。
「害獣ではなくアヤカシとは」
 猪や狸も十分以上に恐ろしいが、アヤカシはそれよりずっと危険だ。
 里長の後ろに控えていた者達も顔を青くしていた。
「俺たちが来たからにゃ大丈夫だ! きっちりアヤカシを退治するからな、安心してまってな」
 威厳に満ちた巨漢が、包容力溢れる態度で里の者達の恐れを鎮める。
「小鬼とやりあうときは村の一カ所に集まって隠れててくれ」
「なるべく大勢が集まれる家や集会所‥‥。里長の家アルかな。そこに収まらない人らはその周辺の家に避難して欲しいネ」。
 嵐山虎彦(ib0213)の提案に藍玉星(ib1488)が言葉を足すと、里長はほっとしたような顔でうなずいた。
「承知しました。いつ頃はじめられるので?」
「避難が完了してからのつもりネ。避難をする間にこちらも準備を整えるつもりアル」
 玉星が視線を天原大地(ia5586)に向けると、丁度猟師のまとめ役との交渉が終わったところだった。
「よぉくわかった、ありがとよ」
 軽い口調で礼を言い、玉星に片手をあげて合図をする。
「家から運び出すのは貴重品のみでお願いしたいアル。避難後は内側から家具だの何だの、積んでおいて欲しいのココロ。希望者がいれば外側から板でも打ち付けとくアルけど」
「そうですな。それではお願いいたします」
 里長は少しの間相談すると、ゆっくりと頭を下げる。
「それではすぐに始めるですよ。時は金なりです」
 スレダ(ib6629)が猟師から借りた大量の罠を運びながらそう言うと、里の者達は一斉に避難を開始するのだった。

●森林での捜索
 只木岑(ia6834)が長弓の弦を鳴らすと、この世ならざるものを感じさせる虚ろな響きが周囲に広がっていく。
 それを数度繰り返すと、岑はアヤカシの大体の位置をつかむことに成功する。
 飴色の弓身を持つ長弓を構え、弓に描かれた彼岸花に添えるようにして矢をつがえ、放つ。
 矢は生い茂る葉や枝をかいくぐり、樹上で警戒していた小鬼の胸を貫通する。
 続いて速射で放たれた矢は第一矢の軌道をほぼ正確になぞり、軌道の最後の部分だけ逸脱し、小鬼の喉を貫く。
 発声の為の器官を潰されたアヤカシは警告の声をあげることもできず、その場で体を崩壊させていく。
「右に5、前に2、右に1。前方を除き咆哮の射程外、だね」
「里で聞いた限りでは小鬼にしては慎重な行動をするようだから、咆哮を使うまでは静かにいくべきかもな」
 大地は火打宝珠式短銃を腰に戻しながら小声で返事をする。
「狩りの算段は任せる。1匹は俺がもらうぞ」
 緋炎龍牙(ia0190)はほとんど足音を立てずに前身を開始する。
 小鬼は余程野外活動に慣れているのか、開拓者でも聞き逃しかねない龍牙の足音に気づき、慌てて周囲を警戒し始める。
 しかしそれは余りに遅かった。
「好きにはやらせん」
 漆黒の刃を一閃させ、口を開きかけた小鬼の喉から胸を切り裂く。
 小鬼はなんとか声を出そうとするが、喉からひゅうひゅう息が漏れるだけで大きな音を出せなくなる。
 もう1体の小鬼も小振りの棍棒を構えたまま声をあげようとするが、岑の放った矢が頭部を貫通することで息の根を絶たれる。
「数が多いのと範囲が広いのは厄介ですわね。1体でも逃すと後で里の被害があり得ますから」
  クレア・エルスハイマー(ib6652)が口の中だけでつぶやくと、辛うじて聞き取った大地はにやりと笑う。
「同感だね。もっと楽にいきたいよ」
 相づちを打っている間も、大地の眼球は忙しなく動き続けている。
 かすかに残る足跡などの移動の痕跡をみつけるのは、優れた能力を持つ開拓者であったとしてもかなりの難事だ。この地に関してもっとも詳しい猟師達からの情報収集を欠かしていれば、小鬼相手の奇襲に失敗していたかもしれない。
「このあたりでいいか」
 目当ての場所を見つけた龍牙は改めて腰から銃を取り出して構える。
「来やがれ小鬼共!」
 雄たけびをあげると同時に、木の陰から後頭部を覗かせていた小鬼に銃撃する。
 アヤカシは銃声に激しく警戒感をかきたてられる。
 しかし大地の咆哮に抵抗できるだけの力はなく、否応なく彼に向かっていくことになる。
「アシストに感謝しますわ」
 大地に引き寄せられたアヤカシ達が森の中の開けた場所に出てきたのを確認し、クレアは霊杖カドゥケウスを天に掲げた。
「我解き放つ絶望の息吹!」
 杖を起点にブリザーストームが発動する。
 指向性を与えられた吹雪が、巨大な扇のような形に広がっていく。
 広場にいた小鬼達の手足が凍り、腹部と頭部から暖かみが失われ、強まる風が全てを砕いて押しつぶす。
 吹雪に伴う視界不良が収まったときには、小鬼は瘴気の一欠片も逃さず全て消し去っていた。
「ボクは遠方を」
「りょーかい」
 岑の放った矢はぎりぎり咆哮の効果範囲に入っていた小鬼を貫き、ブリザーストームの効果範囲を逃れるため大回りをして左右から近づいてきた小鬼達を、大地と龍牙がそれぞれ左右に分かれて首をはねる。
「オイオイ、これからがイイとこじゃねえか」
 極めて短時間で小鬼全てを討ち取ってしまったことに気づき、大地はがくりと肩を落とす。
「塵も積もれば‥‥とは言うけど、雑魚は所詮雑魚だ」
 無音で刃を鞘に収め、龍牙は身も蓋もなく事実を指摘するのだった。

●死角無き狐眼
 夏葵(ia5394)は全ての準備が整ったことを確認すると、狐の面で顔を覆った。
 風に揺れる狐の尻尾が艶めかしく陽光を感謝し、人から外れた存在の気配を漂わせているようにも感じられる。
 ほっそりとした指が銀に輝く弦を撫でると、美しいと同時に冷気じみたものを伴った響きが広がっていく。
 それから数秒後、夏葵は無造作に矢をつがえ、大空へと撃ち放った。
「全然見えねぇ」
「こっちも見えないアル」
 虎彦と玉星は、村の外れから森を見つめながら同時に眼をしばたたかせた。
 2人がのんびりしている間にも夏葵の射撃は止まらず、矢筒から矢が消えていく。
「‥‥ふぅ」
 夏葵が弓を下ろし、狐の面をずらす。
 面から解放された夏葵は、見目良く純粋そうな、幼げな少女にしか見えなかった。
「範囲内に7体。倒したのは4体です。残りは遮蔽物があって攻撃できませんでした」
「うわぁですよ」
 100メートルを軽々と超える長距離射撃を見せつけられたスレダは、感心半分、呆然半分の声をあげていた。
 鏡弦である程度の位置が分かっていたとはいえ、距離を考えると命中精度が高すぎる。
「近づかれると地形の関係で射撃し辛いので‥‥」
 夏葵は申し訳なさそうに伝える。
 一部の畑は森に食い込むような形で作られており、スレダがストーンウォールで守りの穴をふさいだ結果、射線が通らない場所がいくつができてしまったのだ。
 しかしそういう場所にはスレダと玉星が村から借り受けた罠が設置されており、罠を超えたとしても夏葵が掘った落とし穴が待ち受けている。
「そろそろみたいネ」
 森の中から銃声が連続して聞こえてくる。
 大地達が森の奥から村の近くに移動しつつ射撃を行い、小鬼達を追い立てているのだろう。
 既に10体以上同族を失った小鬼達は、脅威が潜む森を離れ村を目指して動き始めていた。
「‥‥」
 夏葵が再び狐の面を被り、虎彦が青鬼の銘を持つ巨大槍を構える。
 森と村の狭間で玉星のしかけた鳴子が激しく鳴ったかと思うと、スレダが打ち立てた石壁の前に3体の小鬼が飛び出していた。
「行くあるヨー」
 真っ直ぐに前進してから瞬脚で斜めに移動したところで、全高5メートル、全幅計30メートルの巨大壁を前に呆然とする小鬼達に追いつく。
「崩震脚!」
 大きく踏み出した足が地面に触れると同時に、激甚な衝撃が地面を揺らしながら広がっていく。
 なんとか精神を持ち直した小鬼が回避しようとするが、間に合わない。
 小鬼達は膝から下を衝撃波によって吹き飛ばされ、完全にバランスを崩してその場に倒れ込む。そのうちの1体は足の負傷が致命傷になりその場で息絶える。
 もう1体は駆け寄った玉星に蹴りを叩き込まれて勢いよく横転し、壁にぶつかり瘴気をまき散らしながら崩壊していく。最後の1体は這いずって逃げようとするが、森に少し近づいた時点で魔法の矢に貫かれる。
「こちら側はこれで最後です?」
 全力疾走後ホーリーアローを放ったスレダが呼吸をわずかに乱しながら振り返ると、弦を弾いていた夏葵が残るはあちらだけと言って玉星とは逆方向を指し示す。
「魔術師ってぇのは便利な業を使えるんだな。頼りになるぜ」
 虎彦は土煙を上げながら夏葵の示した方向目がけて駆けていた。
 スレダが製作した2つめの壁、ストーンウォール6回分を費やして造ったそれが小鬼達の進路を妨害しており、夏葵が放つ矢によってみるみる討ち果たされていく。
 アヤカシ達は彼我の圧倒的な戦力差を悟って森の中に隠れようとするが、太い木の陰にたどり着いた頃には虎彦に追いつかれてしまっていた。
「小鬼共よ、鬼法師が相手をしてやるぜ! かかってこないならこちらから行くぞ!」
 巨大槍を地面に触れる寸前まで下ろしてから、一気に上段へ跳ね上げる。
 超高速で振られた切っ先から衝撃波が生じ、地を這うようにしてアヤカシへと襲いかかる。
 小鬼はとっさに得物を盾にして防ごうとしたものの、粗末な棍棒ごと骨まで砕かれ、力なき瘴気となって霧散していく。
 残る2体の小鬼は武器を捨てて森の中に逃げようとする。
 しかし地面を走るアヤカシの足より宙を飛ぶ魔法の矢の方がはるかに早かった。
「もらったですよ」
「援護ありがとうよ!」
 大きく踏み込む勢いをそのまま全て巨大槍へと伝え、凄まじい勢いで突きを放つ。
 小鬼がそれほど強烈な勢いに耐えられるはずもなく、腹に大穴を開けたまま、大渦に翻弄される小舟のように森の外へ吹き飛んでいく。
 飛んでいく先には里には不釣り合いなほど大きな石壁があるが、ぶつかるより前に限界を超えたアヤカシは、飛んでいる最中に崩壊して消えていくのであった。

●最終チェック
「これでアヤカシが再発しても責任持てねぇ」
 激しい戦いが行われた日の夕方、大地は額の汗をぬぐいながら大きな息を吐いていた。
 念には念を入れて森の中の捜索を続けても、岑と夏葵が鏡弦で探ってもアヤカシは全く見つからなかった。
「いやもうこれで十分です。さすがにこれ以上は」
 里長以下の里の主要人物達は恐縮した顔で頭を下げる。既に十分助かっているのだ。これ以上してもらうとギルドへの依頼の範囲を超えてしまう。
「完成です」
「里全てを囲めないのは心残りですけど」
 岑とクレアは、里の森側に造られた柵を眺めていた。
 里から提供された小さな丸太で造った柵だ。
 スレダが造った石壁と比べると非常に頼りないが、この柵は手入れさえすれば長く保つ。今後のこの村には大きな助けになることだろう。
「皆さんお元気で」
「ここ産の食材が食べられる日を楽しみにしてるアル」
 去り際に挨拶すると、里の者達は総出で開拓者達の別れを惜しむのであった。