【AP】魔法少女最強説
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/15 04:19



■オープニング本文

 魔法少女とは何だろうか。
 夢と希望の象徴?
 自らの存在と引き替えに平和を守る勇者?
 欲望が具現化した悪魔に貪られる哀れな犠牲者?
 あるいは肉体言語や超絶武力で全ての悲劇を滅ぼす英雄?
 人それぞれ魔法少女に対して持つイメージは異なり、妄想呼ばわりする者も決して少なくはないだろう。
 しかしただひとつ確実なことがある。
 魔法少女達は実在するのだ。
 それも我々のすぐ側で。

●実体化する悪夢
 21世紀に入ってそろそろ四半世紀になる頃、新たな脅威が人類を襲った。
 あるいは最も古い脅威だったのかもしれない。
 各国の神話や民話に登場する人を食らう化け物、あるいは神の形をしたものが地球上に現れたのだ。
 それらの一部は人類に対して友好的または中立的だったものの、残りのほとんどは人類を獲物としかみなさなかった。
 超常的な力を持つそれ等に対し人類は有効な対策を打てず、ただひらすら混乱が広がっていくと思われた。
 しかし過去に存在した多くの創作物とは異なり、各国は初期こそ膨大な血を流したものの、素早く新たな敵に対する戦術を確立して被害を食い止め、敵の研究へ総力をあげて取り組むとで1年もかからず対抗兵器を完成させ量産にこぎ着けた。
 対抗兵器はほとんどの場合、剣型だったりファンシーなステッキ型だったりプログラムで超常現象を引き起こすものだったりしたが、各国治安組織及び軍隊は大真面目にそれ等を装備し脅威に立ち向かった。
 人類側も超常現象側も対抗はできても圧倒はできない。そんな状況の中現れたのが魔法少女達である。
 力の源も行動方針もそれぞれで全く異なる彼女達(ただし少数ながら男性も存在する)は、各陣営について戦力の天秤を傾けることもあれば、独自に自身の目的を追うこともあった。

●魔法を終わらせるもの
 超常現象が具現化した日から10年後の夏の日に、あるものが完成した。
 超常現象非実体化装置。
 魔法も含む全ての不可思議な現象を根こそぎ消し去る機械である。
 自身の最大の脅威を排除するため、それまで相争うことも多かった超常存在達は一致団結して装置の破壊を目指す。
 また、魔法少女の中でも魔法の存在が自身の消滅に繋がり兼ねない者達の一部も、彼等に合流しつつある。
 この装置は最適な場所で動作させないと極めて能力が限定される。最も適した場所は旧東京タワーの展望台。現在地は東京湾上空300メートルの輸送ヘリ内部。
 そして今、人類側についた魔法少女が守るヘリと旧東京タワーに対し、神話存在の連合軍が攻撃を開始しようとしていた。


■参加者一覧
からす(ia6525
13歳・女・弓
リーナ・クライン(ia9109
22歳・女・魔
シャルル・エヴァンス(ib0102
15歳・女・魔
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

●空を行く最終兵器
 ケルトの魔女が編隊を組んで空を行く。
 彼女たちに守られているのは、その巨体から考えると信じられないほど空気を震わせないヘリコプターだ。
 樽を上下に潰したようなそれは酷く醜く感じられるかもしれないが、秘められた力は恐るべきものがあった。
「太樽1よりウェールズ1へ。正面に大型飛行獣20を感知した。これより超常現象非実体化装置の限定展開を行う」
「ウェールズ1了解」
 だぶだぶのローブを身にまとった、かつて平和だった頃なら義務教育を受け始めて間もない頃の少女が、高空の強い風に負けないよう大声で返答する。
 ほぼ無音のヘリコプターの周囲が歪み、超越存在とそれに関わる者にとっての致命的な何かがこの世に現れる。
 魔女達の編隊が乱れ、一部は悲鳴をあげて夜明け前の海に落下していく。
 魔力の高さからリーダーに任じられているリーナ・クライン(ia9109)は、死神の鎌に肌を直接撫で上げられ、体の芯から根こそぎ熱が奪われる感覚に襲われながら急降下して同僚を受け止めた。
 生臭い海水の飛沫を浴びながら見上げると、寸前まで神々しささえ感じられたドラゴン達が血煙を上げながら落下していっていた。
「ひどい…」
 リーナよりさらに小さな子供が震えながら涙をこぼす。
 ヘリコプターからの攻撃で傷を負ったのはドラゴンだけではない。
 地上の公園で休んでいただけの森の精も、魔女達に力を貸してくれた風の精も、敵味方を一切区別せずにこの世から放逐された。
「ひどいよ…」
 青ざめた顔で泣きじゃくる同朋を、リーナは唇をかみしめて抱きしめる。
「この戦いが終われば平和に暮らせるの。力はなくなるだろうけど、それでもっ」
 残り少なくなった風の精を呼び寄せ、薄暗い海の中から突き出された亡者の手を払いのける。
「それでも、みんなと一緒に暮らせるようになるの!」
 澄んだ瞳に涙を浮かべながら、リーナは決然として宣言する。
 彼女の前に立ちふさがるのは腐敗した巨大な人型。
 海に由来するそれは、人に害を与えることはあっても棲み分け不可能な存在ではなかった。しかし人間が超常の排除に動いた以上、人間に敵対するしか生き残る術がない。
「無邪気なる氷霊の気まぐれ…吹雪け!」
 氷塊混じりの吹雪が深海の圧力に耐えうる巨大人型を砕き、海面にまき散らす。
「装置は壊させないよ。行こう!」
 リーナは友と手をとりあって、決戦の地へ向かう破滅の使者を追うのであった。

●死霊術士と聖女
 神話の巨獣がビルを砕き、対神話生物用に開発された火砲が崇拝対象も天敵もまとめてなぎ払うこの世の地獄で、少女は蕩けるような笑みを浮かべていた。
 背後からまわされた白くて細い腕に心を炙られながら、宙に漂う無念と悪意に指向性を与え、大地に倒れ伏す各国の軍人の遺体に入り込ませる。
 壊れた頭部から中身がこぼれた兵士が、幻想の騎士に両断された自衛隊員が立ち上がり、整然とした隊列を組んでいく。
 リィムナ・ピサレット(ib5201)。
 各国があらゆる手段を用いて抹殺しようとし、にも関わらず今まで生き抜いてきた死霊術士である。
 手を一振りすると不死の軍団が前進を始める。
 住民の避難が完了するまで死守するつもりだった人間側残存兵力を、狙いの不安定さを数で補った銃撃で粉砕していく。
「リィムナ」
 背後からまわされた腕に力が籠もると、リィムナは頬に熱を感じながら真上を見上げる。
 そこに見えたのは、宗教画に描かれた聖女がそのまま実体化したようにも見える女だった。
 豊かな肢体と艶やかな金の髪を禁欲的な白い司祭服に隠し、長い睫毛は先端まで隙無く整っている。
 もしこの場に西欧系の聖職者がいたら最初に己の目を疑い、次に憤怒の形相で刃を向けてくるだろう。
 彼女はベネデッタ・カルリーニ。
 数百年の昔に数々の奇跡を起こし民衆から崇拝されるも、宗教裁判において全てが捏造とされ歴史の闇に葬られた女性である。
 真実力を持っていた彼女の霊が世界中の聖職者から唾棄される死霊術士と契約を結んだのは、神の悪戯というにはあまりにもたちが悪く、悪魔の策略にしては被害が巨大すぎた。。
「気が散っていますよ」
 ベネデッタは慈愛の笑みを浮かべたまま頬を張る。
 口の中が切れて唇の端から血を流しながら、リィムナは心底から感謝を述べながら力を発動した。
 頭と心臓を狙い飛来した銃弾が、力によって具現化した霊にめり込み空中に停止する。
「えへへ」
 リィムナが愛と欲で蕩けた笑みを零すと、弾丸の軌道を逆走した呪いが狙撃手の肉体と魂の絆を強制的に断ち切り、絶命させる。
 地上に残った最期の兵士が力尽き住民の運命が定まった段階で、人類側総司令部において長距離弾道弾の投入が決定された。
 関東地方の各基地と洋上に展開していた艦船から膨大な数のミサイルが放たれ、憎むべき死霊術士を狙う。
 どうやら、超常現象非実体化装置本格発動に必要な東京タワー以外の全てを破壊しつくすつもりらしい。
「あら」
「もう、せっかくのお姉様との逢瀬を邪魔するなんて」
 愛し合う1柱と1人は聞き分けのない子供に対するかのような態度で、それまで抑えていた力を解放した。
 美しくもおぞましい光が溢れ、天使の軍にしか見えない何かをこの世に現出させる。
 1つ1つがヘリコプターを襲ったドラゴンを超える戦闘能力を持つそれは、静止軌道上の偵察衛星が知覚できた物だけでも6桁を超えていた。
 腹に神秘に対する毒を抱えたまま、最終的に音速を超えて飛来したミサイルの全ては、巨大軍団の威に屈してこの世から消失する。
 死霊術士と神霊に近きものは、災厄を引き連れ決戦の地に赴くのであった。

●東京タワー
 流れ弾でガラスのほとんどが失われた展望台で、ケルト系魔法少女リーナ・クラインは自身の持つ最強の術を発動させる。
「氷の精霊よ、氷雪の嵐にて万物の生命に永遠なる眠りを…! ブリザードガスト!」
 東京タワーを守るように氷の剣が無数に現れ、リーナの掛け声に導かれ天使の大群に対し降り注ぐ。
 高位存在故に銃弾にも砲弾にも傷つけられなかった大軍団は、ただの氷に、ただの剣によってそのほとんどを切り裂かれ組織としての行動力を失う。
 だがリーナの払った代償は大きい。
 膨大な数の高次存在に攻撃を届かせるため、様々なものを代償として支払った。
 次代の指導者とみられるほど強力だった魔力は見る影もなく衰え、純粋無垢な穢れを知らない少女は、擦り切れた敗残兵のごとき有様に成りはてていた。
「しばらく休んでいるといいよ♪」
 それまで装置と技術者の護衛にまわっていたシャルル・エヴァンス(ib0102)が前に出る。
 都内に存在した学園の初等部の制服を身にまとったシャルルは、超越存在たる龍の鱗のペンダントを掲げ、変身した。
 膨大な魔力がシャルルの心身を高次に引き上げ、龍の加護が形を為し可愛らしいフリルがついた青い着物を現出させる。
 ペンダントが変じた短めの神楽鈴を鳴らしながら歌うように魔法名を唱えると、普段から明るく人懐っこい彼女とは正反対に猛々しい嵐が東京タワーを覆い、外部からの侵攻を完全に食い止めた。
 魔法的にほぼ遮断しているとはいえ猛烈な嵐の音が響く中、誰からともなく安堵の吐息が漏れる。
「ウェールズ1に暖かい飲み物を」
「コーヒーなんて刺激物を持ってくるな! 消化吸収に向いた甘いの持って来い!」
 護衛の兵がリーナに構う中、シャルルは装置を設置中の技術者達に近づいていく。
「ねえねえ、これってお兄さん達が作ったの? すごいのね」
「凄いのは君等さ。君等が稼いでくれたから理論が完成したんだ。それに…」
 勝利を確信して心が軽くなったせいか、技術者は手を休めずに様々な情報を零していく。
 装置の能力を増幅させる方法。装置が破壊された際に儀式で代替する方法。
 万一の際はシャルルに後を任せるつもりらしく、人類側の叡智を惜しげも無く開示する。
 笑顔のシャルルの瞳に何か浮かんでいた気付いた者は、残念ながらこの場にはいなかった。
「外部に敵性魔法少女の反応があります!」
 新たな報告が入ると、どこか和やかだった気配が緊迫したものに変わる。
「風に魔力を足しておくね」
 嵐の壁の勢いが増し、魔法に対する素養の無い兵士達にもそれが見えるようになる。
 龍神由来の術は指向性を与えられた自然災害に近く、微かに漏れた魔力が東京タワーに触れると鉄筋が豆腐のように削れていく。外にいる魔法少女が高度な術を使った場合でも、耐えるのは容易であるように思われた。
「隊長、バックアップ班から通信が」
 耳打ちをされた指揮官の眉が跳ね上がる。
 この場にいるメンバーが全滅した際に派遣されてくるはずの彼等に何らかの術がかけられ、装置に関する知識だけを失ったというのだ。
 電子的バックアップも紙面に残されていたものも消えている。
「やってくれる」
 分厚い嵐の壁を通してもはっきりと分かる巨大な輝きをにらみ据え、指揮官は作業を急がせるのだった。

●争いを止めるもの
 エルレーン(ib7455)には友がいた。
 学校で級友と学び、夜に魔の者達と戯れ、放課後や休日には人と魔が一緒になって遊んでいた。
 衝突はあったが決して血なまぐさいものではなく、最後には共に許しあえる、根底に信頼がある喧嘩であった。
 人によっては友情とさえ呼べたそれは既にない。
 人間の友は疎開をするか、そうでなければ戦争に巻き込まれて命を落とした。
 魔の友は超絶の存在達による争いに巻き込まれて多くが滅び、僅かな生き残りが辛うじて生き残っているだけだ。
「…ごめんね、みんな」
 エルレーンはほうきに乗り東京タワーを目指す。
 途中で天使や悪魔や妖怪が立ちふさがるが、愛と平和の象徴である彼女の影を踏むことすらできない。
 彼女が決戦場にたどり着いたとき、そこで展開されていたのは巨大な台風を打ち砕かんと降り注ぐ光の瀑布であった。
「鴉さん?」
 エルレーンはその場を支配している者に気づく。
 天使の大軍団の先遣隊でも妖怪の連合軍でもなく、何の変哲も無い鴉であった。
「いかにも。何用かな?」
 鴉がくるりとその場で一回転すると、黒い神主服に艶やかな黒髪の少女の姿に変じる。
 彼女は『凶鳥』。
 真に力あるものだけ存在を知る、超越存在の1柱であった。
「魔法少女、なの?」
 方向性も規模も何もかも違う。
 けれどエルレーンは、自身とからす(ia6525)が本質的に同属であることに気づいてしまった。
「魔法少女は定義だ。姿形は関係ないよ」
 からすとエルレーン。
 巨大な力を知性で律する魔法少女と、愛に力を与え愛によって力を増す魔法少女。
 本来交わらぬはずの存在が、世界の転換点で相まみえる。
「わたしはっ」
 エルレーンはマジカルタクトを取り出し構える。
 かつて眩しいほど輝いていたマジカルタクトは、主の覚悟を示して悲痛なほどの美しさを保っている。
「好きにするがよい。私はきみの邪魔はしない」
 光の瀑布に見える、空間歪曲術を用いた超高出力光学兵器の動作を停止させる。
 礼を述べてから東京タワーに向かうエルレーンを、からすは沈痛な面持ちで見送っていた。
 エルレーンは嵐の壁に守られた東京タワーと、光の瀑布が止まった事で押し寄せてきた超常存在の双方と向き合う。
 彼女は人間界のトモダチを助けたかった。
 彼女は魔法界のトモダチを守りたかった。
 そして、彼女は純粋すぎた。
 だからこそ全てを裏切り、己の全てを使い尽くす業に手を出してしまった。
「Salas Eterna Bla−narc!」
 それは善性の魔法少女が最初に覚える魔法だ。
 哀しみを喜びに変える、本来は場の雰囲気を和らげる程度の効果しか無い儚い術。
 しかしエルレーンの巨大な魔力を以て発動させた魔法を一定の空間に注ぎ込むことで、限定的ではあるが世界の理を凌駕する効果を持つに至る。
「ここでは魔法力は働かない。装置も人間の兵器も意味をなさない。それどころかどんな機械も…」
 肉体と精神が光に変わっていく間、エルレーンは唯々穏やかに微笑んでいた。
「あ、あぁ…」
 嵐の壁が取り払われた展望台で、傷つきすり切れたリーナが涙をこぼす。
 エルレーンが自らの存在と引き替えにこの世に出現させたのは、戦いのための力ではなく対話の場所であった。
「人の子よ。戦いを止めるなら今が最後の機会ですよ」
 天使の軍団を導く聖女の形をしたものが、信仰心が無い者の心すら蕩かす笑みを浮かべて語りかける。
「ベネデッタ・カルリーニ元修道院長殿。説得は有権者や政府に対して行うべきだったな」
 人類側の指揮官は、日本語の問いかけにラテン語で返していた。
「我々を止めたいならそれぞれが属する国を説得することだ。もっとも、各国とも政府ではなく国民が熱狂的にこの作戦を支持している。行き着くところまで行き着かねば止まらぬよ」
 銃どころかナイフすら効果をあらわさぬ場で、指揮官は己の手首に犬歯を突き立て、力任せに皮膚と肉ごと血管を引きちぎる。
「作戦を続行する。技術者は血で陣図を描き切れ。我等は完成まで死守だ」
 人類の最終作戦に選ばれた兵士達は決してくじけない。
 超常の力が使えないとはいえ数の利を最大限活かして攻めてくる神話生物達を、自らの体を盾にして食い止める。
 1人1人が稼げる時間は1秒にも満たない。けれどそれで十分だ。
 兵士同様技術者達も全人類から選び抜かれた人々であり、本来なら描くのに精密な工作機械と高性能コンピュータが必要な陣図を下書き無しで描き進めていく。
「私も」
 リーナが細い手首を差し出す。
「今にもくたばりそうな子供は下がっていろ!」
 技術者は兵士だけでは足りない血を自らの血で補いながら、リーナの申し出を拒絶した。目的達成のために自らの命を含めて差し出せる男達ではあるが、無垢な子供を生け贄に捧げるのは出来るだけ避けたかった。
「お兄さん達、私もっ!」
 シャルルのどこまでも明るい声が響く。
 これだけ元気なら小量の採血に耐えられるかもしれないが、超常現象非実体化装置の中核である陣図はもうすぐ完成する。
「必要無い。これで描き終わる」
 かみ砕いた指先で最後の一筆を書き込もうとした瞬間、リーダーだけでなく技術者全員がその場から吹き飛ばされ、床に激しくたたき付けられて血反吐を吐く。
 当然のことながら陣図は完成せず、それどころか最後にまき散らされた血で動作不良を起こす。
「うふふ、やっと終ったわね」
 血塗れの神楽鈴を手にしたシャルルが、人が変わったように妖艶な笑みを浮かべていた。
 こちらが、シャルルの本性だ。
 赤に染まった鈴から涼しげな音が響き、シャルルの守護者にして力の源である龍が現れる。東京タワーに匹敵する巨体を持つ龍はそっと爪を伸ばし、シャルルは慣れた動きで爪の上に飛び乗った。
「などう、して」
 リーナは、心がひび割れる音を確かに聞いた。
「今消えられると大事な人が死んじゃうの」
 現代医学では治療不可能であった弟が龍に助けられたのは事実である。
 もしシャルルが良心の呵責に苦しんでいたならば、リーナは衝撃を受けても納得だけはできただろう。しかし現実は過酷で、シャルルは一時とはいえ共に戦った男達に致命傷を与えて平然としていた。
 東京タワーの下ではエルレーンの魔法が薄れ、天使を初めとする神話生物達は再び奇跡を武器してゆっくりと迫ってくる。
「誰か…」
 助けてと、砕けそうな魂が救いを求めて泣き叫ぶ。
 だが、神話に牙を剥いた人間に手を伸ばす神はいない。

●その名は魔法少女
 絶望的な戦力差。
 汚れ無き乙女の祈り。
 そして数人の魔法少女。
 全てを台無しにするそれが現れるための条件が、幸か不幸か揃ってしまった。
 総数が億を超える神話生物の前にそれが現れたとき、ある者は困惑し、またある者はそっと目をそらした。
 緑と青を基調とした、可愛らしいフリルや飾りが取り付けられている割に体の線が異様なほどはっきり出ている魔法少女用衣装。
 ミニというよりマイクロに近いスカートをから伸びるのは、美しくも逞しく鍛え上げられた男の足だった。
「そおいっ!」
 エルレーンの創り上げた対話空間で魔力も神秘も伴わない蹴りが放たれる。
 神話生物との距離は少なくとも数百メートルあり、何も起きないはずだった。
「お姉様っ!」
 軍勢の中にいたリィムナがとっさにベネデッタを押し倒す。
 次の瞬間、周囲の神話生物達の上半身が消し飛び、霊的に巨大な傷を負った下半身も淡い光となって崩壊していく。
 奇妙な男が繰り出したただの蹴り。
 それが、実に数万の超常存在をこの世から消し去っていた。
「魔法少女はーさん参上! 男にみえるぅ? 気のせいよ♪」
 東京タワーの展望台で、底抜けに明るい笑顔で親指を立てアピールする。
 そして、何もないはずの空間から意識を失ったエルレーンを引き出してその場に横たえ、呆然と見上げるリーナに向き直る。
「あなたの言葉、私の胸に届いたわ。この場は任せてもらって良いかしら?」
 血と戦塵で汚れた床に膝をつけ、視線の高さをあわせて真摯に問いかける。
「はい。お願い、します」
 あらゆる面で限界に達しつつあるリーナはようやくそれだけ口にし、力尽きて意識を失う。
 不破颯(ib0495)は無詠唱で壮大な規模の術を発動させ、エルレーンとリーナをあらゆる外敵から守る結界で覆う。
 ついでに辛うじて息があった兵士や技術者達に最低限の治癒術をかけて同じく最低限の結界を張ってやってから、ようやく東京タワーの外に目を向けた。
「ここは退いてくれないかしら」
 真正面から見据えられた龍神は、颯の威に押されて身動きがとれない。
「装置と装置を作れる人を破壊したら帰ってあげる。吹き荒れよ、嵐!」
 龍神の庇護から抜け出したシャルルが、龍神よりも数段強い力が籠もった風を颯に叩きつける。
 大型台風に匹敵するエネルギーがただ1人に集中し、東京タワーを半壊させ、大地に甚大な被害を与えながら周囲に拡散して消えていく。
「シャルル、汝は…」
「出過ぎた真似をお許しください」
 優雅な礼をする少女の瞳には、龍神を圧倒する尊崇と力が籠もっていた。
 破滅の風が晴れていく。
 原型をとどめていない奇妙な男の残骸か、全てが吹き飛ばされた空白が現れるはずであった。
 が、実際に現れたのは、血なまぐさい地獄の戦場には似付かわしくない、ポップな亀の着ぐるみだった。
「いやー、参ったわ。まさか魔法を使うことになるとは思っていなかったもの」
 亀の甲羅から飛び出た颯が、緊張感を感じさせない口調でコメントする。
「しゅ、羞恥心と引き替えに存在の位階をあげたとでもいうのっ?」
「逃げるのだシャルル!」
 颯を中心に集まっていく気配に気づき、龍神はシャルルを庇うため前に出る。
「惜しい、惜しかったわ。あと3秒早ければ良かったのにね♪」
 亀の着ぐるみが虎の着ぐるみに変わり、繰り出された猫パンチもとい双爪が、蟻と象ほども体格差がある龍神を跳ね上げた。
 重力の束縛から解き放たれた龍神はそのまま太陽に放逐されるかと思われたが、空間と時の歪みが生じてクッションとなり受け止める。
「からすじゃない。元気だった?」
 颯は龍神を助けた魔法少女にやほーと挨拶する。それに対する返事は、冷たい一瞥であった。
「今回は不干渉だと思っていたが?」
 薄れゆくエルレーンの結界の外から、からすは静かに詰問してくる。
「相変わらずつれないわねぇ。私は楽しい方に味方するに決まっているじゃない」
 這いずりながら陣図を直していく男達にちらりと視線を向け、器用に片目をつむる。
「世界は拮抗状態にあるのが望ましい。人の排斥を目指す超常存在同様、きみは危険だ」
「その言葉を聞けただけでも舞台に上がった甲斐があるわ。それじゃ、古式に則り始めましょうか」
 颯は何の変哲もない木製の弓に太い矢をつがえる。
 からすは時空に対する本格的な介入を開始し、大陸ごと消し飛ばせる破壊力を術式に充填する
「文句があるなら」
 両者の魔力の億分の1以下が漏れ出し、逃げ遅れた神話生物をこの世から根こそぎ消し飛ばしていく。
「かかって来い!」
 矢は颯に敵対する者全てを同時に射貫き、からすの力は魔法少女と魔法少女に守られていない全てに抵抗を許さなかった。
 世界の行く末を決める戦いは、7日間続いたという。

●結末
 歴史はこの戦いを以て区切られる。
 巨大な力の余波は新たな人類側の魔法少女を大量に生み出すと同時に、神話生物達にこの世にとどまる力を与えたのだ。
 転換点で行われた戦いは結局決着がつかず、超常現象非実体化装置とその製法は失われた。
 神話と人間の戦いは、両陣営に属する魔法少女達を主役として続いている。