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■オープニング本文 ●機械の心 遺跡発見の報に、ギルドは大いに湧きかえった。 その中で、ひとりぽつんと三成は目を閉じている。元々、皆で騒いだりするのを好む性格ではない。 「まだ、出発地点です。ここからが大変ですね」 その落ち着いた一言にギルド職員が笑った。 「えぇ、内部は広大です。遺跡の探索隊を組織せねばなりません」 「もちろん。さっそく手筈をお願いします」 頷く三成。 「それに、遺跡内部の探索だけではありません。探索のバックアップ体制然り、クリノカラカミとは何か、朝廷の真意など……どれも一筋縄にはいきませんから」 遺跡内部の探索が始まる前に、遺跡の外で起こる事件への対応も必要だ。からくり異変対策調査部は、にわかに慌しさを増していった。 ●アヤカシ 何も無い中空で瘴気が凝り、化蜘蛛に変じて固い地面の上に着地する。 化蜘蛛は害するために生ある者を探そうとするが、近くに存在するより上位のアヤカシに気付いて動きを止めた。 「また格の低い連中か。この程度では人里を襲う程度ならともかく開拓者共を相手にするには…」 見た目は人間に近い吸血鬼が、森から離れた場所にある雑木林で頭を抱えていた。 「死竜や小型祟り神が倒されなければ他に打つ手もあったものを、全く忌々しい。これでは差し違え覚悟でいくしかないではないか」 ほぼ捨て駒扱いをされているが、本人は自らの犠牲を恐れてはいない。破壊衝動を満たすことができれば本望だからだ。 「開拓者共が森から離れた隙に森に罠を張り、おそらく来るであろう輸送部隊を殲滅する、か。ふん。精々血を大量に吸わせてもらうさ」 吸血鬼の背後には、数十の大蟷螂と化蜘蛛が音も無く牙と斧を研いでいた。 ●護衛募集中 遺跡の近くに物資を運ぶ必要がある。 調査隊とは別に、背中に荷物を満載したもふらさま20柱と作業員や職人数名からなる輸送隊が派遣されることになった。 予定ルートに敵が現れてたという報告はないが念には念を入れたい。確実に彼等を守り、森の中にあるベースキャンプに送り届けて欲しい。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
香緋御前(ib8324)
19歳・女・陰
不破 イヅル(ib9242)
17歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●遭遇戦 柊沢霞澄(ia0067)は獣道とさえいえぬ微かな道を辿っていた。 草を踏む足音が木々に反射され、霞澄の感覚を鈍らせる働きをする。 その機会を待っていたかのように、幼児の背程もある巨大鎌が霞澄に振り下ろされるが、鎌に力が入った時点で既に霞澄によって察知されていた。 薄暗い森の中で艶やかな銀の髪が幻想的に舞い、澄んだ瞳が鎌を振り切った直後の大蟷螂を捉える。 「敵襲です…」 警告から正確に2秒後。 無数の木々の間を危なげなく通り抜けた矢が、見た目よりははるかに堅いはずのアヤカシに深い穴を穿つ。 命中個所は単に矢が埋まっているだけだったが、内部に与えた衝撃はかなり大きいらしく、矢尻が貫通した反対側では爆発したような大穴が生じていた。 この攻防がきっかけとなり、霞澄の周囲に新たな気配が生じる。 1つや2つではない。ざっと見ただけでも十を超える巨大カマキリ型アヤカシが木々の合間から姿を現していた。 「柊沢さん! 1度合流を!」 霞澄から見てもと来た側に数十歩の場所で、ベルナデット東條(ib5223)は射手に寄り添いながら呼びかける。 呼びかけが続く間も射手である茜ヶ原ほとり(ia9204)の動きは止まらず、霞澄に追いすがろうとした巨大カマキリの頭部を貫き、速度を上げるため不用意に地面から離れたアヤカシを大木に縫い止める。いずれの一撃も強力極まりなく、アヤカシはただの一撃で息絶え徐々に瘴気に戻っていく。 「タイミングの良いことだ」 物資を大量に運んできたときにたまたまアヤカシの大群に遭遇する。可能性としては0ではないだろうが、何らかの作為がある可能性の方が高いだろう。 ベルナデットが考えを巡らせながら慎重に周囲を警戒していると、ほとりは急に飴色の大弓を下ろす。アヤカシ全てを討ち果たしたわけではない。現在も霞澄はアヤカシから逃走中なのだ。 「でほとりお義姉ちゃん?」 「射線が通らない。霞澄の援護を」 ほとりは唯一心を許す相手に端的に現状を報告する。 優れた弓術師であっても、太い木の幹を射貫いて背後にいるアヤカシまで貫通させることはできないのだ。 「分かりま…なっ?」 頭が事態を把握するより早く秋水清光を抜き放ち、紅い燐光を舞わせながら何もないはずの宙を切り裂く。 すると勢いを失った蜘蛛の糸が宙に漂い、風に吹かれて森の奥へ消えていく。 「伏兵」 ベルナデットはとっさに踏み込んで糸を吐いた2体の蜘蛛型アヤカシをそれぞれ一手で切って捨てる。 そこで動きを止めることはせず、強引に地面を蹴って義姉の下へ戻る。それは素晴らしい反応であったが、実に二十近い大蜘蛛による一斉射撃の全てを回避することはできなかった。 「お義姉ちゃん!」 痛みに口元をわずかに歪ませながら、ベルナデットは射手に行動を促す。 ほとりは一瞬だけ激痛に耐えるのに似た表情を浮かべ、再び大弓を構え乱射を繰り出す。 狙いを甘くして発射回数を極端に上昇させた射撃は、義妹の小さな擦過傷を与えることを代償に、その場にいた全ての大蜘蛛を駆除することに成功する。 「ありがとう、お義姉ちゃん」 ベルナデットの謝罪を含んだ感謝の言葉に、ほとりはうっすらと涙を浮かべた目で抗議していた。 「ベルナデットさん、毒は…」 「無いみたいだ」 合流した霞澄に治療を施されながら、彼女を追ってきた残存アヤカシを瞬く間に駆逐するベルナデットであった。 ●森の手前で 「どれだけ数でこようと無駄だ。…轟け、迅竜の咆哮。吹き荒れろ――トルネード・キリク!」 無風の状態から突然強烈な嵐が発生する。 荒れ狂う大波じみた勢いで向かってきていた数十の虫型アヤカシが、嵐に含まれる真空刃によって絶たれ、砕かれ、すり潰されて消えていく。 強大な力を振るいながら、風雅哲心(ia0135)は違和感に眉を寄せていた。 待ち受けていたにしては統率がとれておらず、統率がとれていない割には戦力が集中しすぎている。何もかもが中途半端なのだ。 「どういうことか分かっていそうだな」 大勢のもふらさまを背に庇いながら、先行しているとはいっても迎撃にまわれる距離にいた滝月玲(ia1409)に視線を向ける。 玲は積極的に動こうとはせず、気配と音を探ることに集中していた。 「少し試してみたいことはある。夏葵さん、あそこを狙って欲しい」 無表情な狐面を被った少女が無言のまま純白の弓を引き、矢を放つ。 木々や垂れ下がる蔦などの全てを回避して矢が飛んでいき、森の中に無数にある茂みの1つに突き刺さる。 夏葵(ia5394)は的中の感覚がなかったことを狐面を傾けることで表現する。 しかし玲は落胆せずに戦意で瞳を輝かせた。 「把握した。アヤカシが罠を張る途中で俺達が突っ込む形になったようだ」 こんな状態でももふらさま達はのんびりしている。 もふらさまが運ぶ物資で休憩所等を作るためについてきた男達は、恐慌状態に陥ってはいないものの戦闘の緊張で冷や汗を流し一カ所に固まっている。 そんな状況を一切無視して、夏葵は精霊力を両の瞳に集めて視力を拡大し矢をつがえ、あたると確信した瞬間に錬気を流し込んで矢に爆発的な加速力を与える。 「お見事」 超越聴覚で拡張された玲の耳に、身を隠すために必死に押し殺した悲鳴が届いていた。 「こんなところで時間をかけるわけにはいかない。行け」 哲心は玲を促す。 付近のアヤカシは始末したとはいえ、もふらさま達を放置して敵を追う訳にもいかない。 今いるのはもふらさま達を森から離してから追う手もあるが、そうした場合決着までに戦場にたどり着けないだろう。 「任された」 玲は軽く手をあげると、知恵あるアヤカシが限られた時間で設置していた罠をことごとくすり抜けながら森の奥へ進んでいく。 森の中にいるアヤカシは向きを変えて食い止めようとするが、指揮官である吸血鬼が後退したせいか動きが鈍くすり抜けられてしまう。。 「それで隠れているつもりか? …響け、豪竜の咆哮。穿ち飲み込め――サンダーヘヴンレイ!」 電光が、玲に向かおうとしていたアヤカシを打ち砕いた。 ●対吸血鬼戦 「…ん…。…この辺…開けてるカンジ…?」 手元の地図と周囲の地形を見比べながら不破イヅル(ib9242)が歩みを進めると、大きめ一軒家が建てられる程度の開けた空間に出る。 以前の依頼でこの依頼に侵入した開拓者が残していたメモは、イヅルが目当ての地形にたどり着く助けになっていた。 「…待たせたね」 急に振り返ったイヅルはジルベリア製のマスケットを構えていた。普段は物静かな瞳は滴るような殺意に濡れ、不意打ちに失敗した虫型アヤカシ達を見据えている。 数分前にイヅルが不用意に発した、否、不用意に発したと思わせるためにあえて発した銃声により誘き寄せられた大蟷螂と大蜘蛛は、遮蔽物の無い状況でアヤカシに対する復讐者と相対することになった。 初撃は蜘蛛の頭部から胸部を貫通して破壊。 普通ならこの時点で予備武器に切り替えるのだろうが、砲術士であるイヅルには他の選択肢がある。 少なくない錬力を叩き込むことで高速再装填を成し遂げ、再度引き金を引き大蟷螂にも銃弾を浴びせる。 大蟷螂がとっさに掲げた大鎌が脆い陶器のように砕け散る。腕部だけでなく胴の半ばまで抉られる致命的な一撃だったが、大蟷螂は辛うじて生きていた。 目の前の開拓者の血肉を食らえば生きながらえると思ったのかもしれない。大蟷螂は最期の力を振り絞って跳躍した。 「雑な飛行じゃのう」 無邪気と孤高が絶妙に入り交じった声と共に雷がきらめく。 既に限界に近かった大蟷螂は空中でパーツごとに分解され、そのまま地面にたどり着くこともできずに瘴気に戻っていく。 それからの展開は早かった。 戦闘の音に気付いて近寄ってきた大蟷螂や大蜘蛛に対してイヅルが鉛玉を馳走し、イヅルが再装填を行っている間は香緋御前(ib8324)が雷を飛ばして敵を削っていく。 継戦能力を考えて練力消費が少ない術を使っているためか、運が良くない限り1度の雷では倒しきれず、多くの場合2度必要になる。 しかし敵を食い止めるにはそれで十分だった。 「いい加減、往生際が悪いのぅ」 アヤカシの数が少なくなったことに気付き、香緋御前はつまらなそうに銀の狐尻尾を揺らす。 「…気をつけて…!」 イヅルの警告をうけて香緋御前がその場を飛び退くと、青ざめた皮膚に包まれた手刀が香緋御前のすれすれを通過していった。 「ほ。進むも退くも出来なくなるまで隠れておったか? それとも無様に逃げてきたのかの?」 彼女がとっさに放った吸心符は、発動はしたが一切効果を現さなかった。 戦闘能力に関して相手が格上すぎるのだ。 「私の滅びは決まった。だがその首は頂いていく」 吸血鬼は複数の矢傷から瘴気を漏らしながら、憎悪も悪意もなく、ただ執念だけを込めて犬歯をむき出しにする。 「アヤカシ如きが武人の真似事をするな」 イヅルの言葉は、鉛玉を放った後に響いた。 近距離から顔面に打ち込まれた銃弾でも深い傷は与えられなかったが、アヤカシの視力を一時的に低下させることは出来た。 本来なら開拓者達は1度後退して仲間と合流すべきだった。 しかしあることに気付いた香緋御前は、逃げる代わりに自らを見せつけるように吸血鬼に近づいた。 蝋燭の最後の輝きじみたものを湛えた吸血鬼の目が彼女を捉え、力尽くで精神の抵抗を突破する。 「その男を殺っ」 吸血鬼の命令は、喉に溢れる鮮血によって強制的に中断させられた。 背後から斜め上方に突き刺された白刃が、吸血鬼の喉から先端を見せぎらりと輝く。 「囮までしてもらって外すわけにもいかないからな」 首から腰まで切り下げながら、玲は香緋御前に目だけで謝意を伝える。 「今解きます」 香緋御前が淡い藍色の光に包まれ、虚ろだった瞳に再び意思の光が戻る。 吸血鬼とはいえ低位に属するアヤカシの魅了が、高位の巫女である霞澄による解術の法に対抗できるはずもなかった。 「ふむ。興味深い体験ではあったの」 笑みさえ浮かべる香緋御前の背後で、イヅルの放った最後の銃弾が吸血鬼の頭蓋を打ち砕き止めを刺していた。 ●遺跡の前で 「わー」 「うむ」 「大勢来られましたね…」 戦闘中とは別人のように感情豊かになった夏葵がはしゃぎ、澄ました顔の香緋御前の狐尻尾が機嫌良さげに振られ、霞澄がかすかに目を見開いて驚きを露わにしていた。 彼女たちの目の前にあるのは遺跡利用者のためのベースキャンプだ。 水や食料やテントが置かれただけの簡便なものだが、アヤカシを排除したその日の内にやって来た大勢の遺跡利用者は有効にその設備を使っているようだ。 「随分な力の入れ様だ」 じいっと遺跡の入り口を凝視するベルナデットの袖を、ほとりが柔らかく引いていた。 「このまま一暴れするのも良いだろうが…。まずは報告だな」 哲心は皆を促し、盛況な遺跡を後にするのであった。 |