【AP】宇宙ファンタジー
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/12 03:49



■オープニング本文

●伝説の星
「編集長、スクープですよスクープ! 特上の地球型惑星で大規模宇宙塵が発生中です。独占取材できたら今期の帝国報道賞いけますよ!」
 銀河に冠たる帝国の国営メディア…の支社の支局の出張所であるおんぼろアーコロジーの片隅で、コネ入社の新入社員のお嬢様がだらしない服装の中年編集長に熱弁を振るっていた。
「またガセネタかよ」
 数千年前からほぼ中身が変わっていないといわれるブロック状携行食糧をかじりながら、廃刊寸前の季刊紙編集長はうんざりとした視線を向けていた。
「今回は違います! 前の長期休暇で実家の超光速クルーザーに乗ったときにたまたま撮影できたのです」
 サイバーアイや眼鏡に情報を送りつけて映像を再生させる拡張現実ではなく、民生用品としてはほとんど出回っていない空間投影型立体映像で1つの惑星を映し出す。
「汚染が酷いな。帝国はもちろん共和国でも新共和国でも現地政府の首が物理的に飛ぶレベルの汚染じゃねぇか」
 食べかけの携行食糧を脇に退け、編集長は真剣な表情で目の前の映像に見入る。
 惑星改造が済んで相当の年月が経っているようなのに砂漠化が進行中ということは、高確率で開発のし過ぎなのだろう。
 可住惑星での環境破壊はどの星間国家でも重犯罪だ。
 具体的にいうと、戦争中でも一時休戦した敵味方が一致協力して破壊者を殺しに来るほどの犯罪なのだ。
「エンジントラブル中の超空間越しの撮影だったので細かく撮れてはいないのですが、いけると思いません?」
 顔立ちだけは上品な少女がドヤ顔をする。
「応、これは…あん?」
 何かに気付いた編集長が、それまでとは別人のような顔になる。
 不穏な気配を感じた少女はこっそり部屋から逃げだそうとしたものの、男の遠隔操作により全ての扉と窓にロックがかかる。
「あ、あの、編集長? 真剣なら検討くらいはしますけどこれはパワハラじゃ…」
 じりじりと部屋の隅へ後退していく少女を、中年は感情を感じさせない瞳で観察する。
 それは、男の前職である帝国公安組織の要員としての顔であった。
「この映像が偽造にせよどこから盗んできたにせよ、あるいは真実君が発見したにせよ、しばらく君の自由は制限されることになる。帝国軍情報部の要員が来るまで大人しくしてもらおう」
「え、え、えぇっ? なななんなんですこれ?」
 突然の展開にうろたえる少女に演技はなかったが、男が警戒を解くことは決してなかった。

●ただし国が本格的に乗り出すには価値が低すぎる
「数千年前の母星系のそっくりさんじゃと?」
 現在銀河帝国を実質的に動かしている次期皇帝は、出来の悪い冗談を聞いたような表情を浮かべていた。
「はっ。帝国アカデミーによれば、タイムパラドクスが発生しないことだけは確かなようです」
 忠実な部下が何時も通りの能面じみた無表情で報告する。
「つまりそれ以外はさっぱり分からんと。…率直に言ってこの時代の地球に見るべき資源はないからのぅ。簡単に掘り出せる鉱物資源はあらかた掘り尽くされとる上、不用意に遺伝子を弄ってしもうて不安定な時期じゃし」
 次期皇帝が放置を決断する直前、補佐官は主君が疎い分野の情報を口にした。
「伝説に謡われる萌え絵の原画。失われた究極料理カレー。最高級食用牛の原種などには高値がつくでしょうな」
 具体的には、今でも名の知られた作家の直筆原稿1冊分で未開発可住惑星が1つ買えるだろう。原種の場合は星系1つが手に入る可能性すらある。究極料理は既知文明にどんな影響が出るか予想ができない。
「戦争中ならともかく今なら高値で売れる宝の山だと。やれやれ、放っておきたいが一応国交を結ばねばならぬか」
 とはいえ大戦直後の混乱期である今は最辺境に戦力を派遣する余裕など無い。これはどの勢力も事情は同じだろう。
「退役軍人に休暇中の軍人、星間軍事企業でも傭兵でも構わん。これ以上環境を破壊しない限り少々のことは大目に見るという条件で送り込め」
 断を下し、次期皇帝は次の案件の処理にとりかかる。
 これと似た光景が、既知世界の各国首脳部で行われていた。

●西暦21世紀中盤の地球にて
「ご覧下さい! 月軌道上に次々に人工物が…」
「宇宙人の侵略でしょうか。ただいま国連本部から発表がありました。各国軍は連携して軌道上に戦力を…」
 突然現れた星間文明からの来訪者に、未だ尋常な手段では星系外へ出ることさえできぬ文明が混乱していた。
 来訪者の目的が読めないのも混乱に拍車をかけている。
 ある者は某国の日曜朝のTV番組敵役のノリで犯罪行為に手を染め、ある者は技術水準と文化が異なり過ぎるために奇妙な提案を繰り返している。
 この混沌とした状況を打破するため、政府だけでなく、これまで社会の裏側で活動してきた超人達が動き出す。
 しかしながら、宇宙からやって来た来訪者、あるいは略奪者が狙う物が何か、地球人達はまだ理解できていなかった。



●解説補足
 PC同士協力し、あるいは互いを出し抜こうとしながら、地球に存在する価値あるものを奪い、あるいは守ることがこの依頼の目的です。
 PCは大きな戦力を持つ個人、または小規模武装勢力の長です。
 提督でも、宇宙海賊でも、侵略請負会社の雇われ船長でも、超能力者でも格闘家でも、どの勢力に属していてもいなくても構いません。
 星間国家が複数存在する宇宙の軍人でも超人でも政治家でも、平凡な地球人でも宇宙船を拾った少年少女でも魔法少女(性別年齢不問)でもマスコット風異星人でも平行世界人でも魔法の国の住人でに全く問題有りません。
 プレイングで指定がない場合、主な戦場は月と地球の中間付近の宇宙空間か、真冬の某同人誌展示即売会会場になります。

 【PM】宇宙ファンタジーと同一の背景世界を使用しています。
 前作に登場したキャラクターを使うことも可能ですが、能力も影響力も今回の能力設定が優先されます。
 オープニングで登場した人物を乗っ取ることは可能ですが、希望者が重複した場合は希望者全員が似た立場にいる別人として扱われます。

 舞台である惑星にはNPCである宇宙人が入り込んでいます。色々な意味で暴れていますので適当に処理した方が良いかもしれません。

 星間文明側の大勢力は以下の3つです。
 帝国。あなたがイメージする帝国風です。敵対しないなら地球がどうなっても基本的に気にしません。
 共和国その1。技術力は高いですが貧乏で人口が少ないです。交易で儲けられたら喜びます。
 共和国その2。宗教国家です。地球万歳なノリですが、今回見つかった星が地球かどうかについては現在内部で論争が起きています。
 上記の3つに匹敵する勢力も宇宙のどこかに存在するかもしれません。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
からす(ia6525
13歳・女・弓
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
長渡 昴(ib0310
18歳・女・砲
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
罔象(ib5429
15歳・女・砲


■リプレイ本文

●接触!
 意図してその星に接触したのは民間企業が最初であった。
 電子戦能力を付与された高速戦艦という超高性能、そして性能相応のお値段の船が本領を発揮し、地球型惑星の監視衛星にお眠り頂く。
「衛星網の制圧完了しました。続いて衛星網経由での惑星内通信網の掌握にかかります」
 艦橋で肉声の報告が響く。
 数世紀前に低コストの電脳化が実用化されたとはいえ、通信網に対する毒が多数存在する以上、生身の人間は安全のため必須の存在であった。
「続いて領有宣言といくか。帝国規格と共和国規格で放送するぞ」
 名高き星間企業の代表にして悪名高き海賊長渡昴(ib0310)は古式に則りマイクを手にする。
「全星域および跳躍空間に対する広域放送の準備が整いました」
 副官は準備の完了を告げ、一瞬の迷いの末に一言付け加えた。
「銀河教団規格は無しでよろしいでしょうか?」
「その手の冗談は好かん」
 即座に返された回答には感情がこもっていなかった。だからこそ、副官は昴の深刻な不機嫌を察し蒼白になる。
 昴は宗教が支配と宣伝の道具として使われた際の脅威を改めて感じながら、表情と声の抑揚を完全に制御しつつカメラ目線を意識して宣言した。
「今からここは私のシマにする!」
 同時に星間外交用の書式に則ったメッセージが通信範囲内の全てに強制的に送り込まれる。
「帝国外務省から返電です。文面回します」
 昴の目の前に、帝国の仰々しい文体の外交文書が表示される。
 枕詞と修飾を除けば、俺達も乗り込むんで邪魔するな、けどこっちから喧嘩を売るつもりはないよ。という内容であった。
「気弱だな。例の閣下が長期休暇というのは本当らしい」
 今後の予定に変更を加えながら、昴は次々に出される抗議声明を確認していく。
 技術立国の共和国は懸念を表明。
 単一の価値観に制圧されたもう一つの共和国、通称銀河教団は相も変わらず己の正当性を主張している。
 他に抗議をする存在は無く、お零れにありつこうとこの星系に向かっていた船のほとんどが引き返していく。
 彼女の存在は、有象無象による未開星系への侵略を思いとどまらせるだけの効果があった。
「衛星への着陸は明日になります」
「報奨金で釣って可能な限り急がせろ」
 既に衛星上空に位置しているにも関わらず手間取っている原因は、旧式超大型空母『ぐらなだ』の不調にある。
 既知宇宙全体で銀河教団の侵食が激しいため、昴率いる商会ですら技術者集めに苦労しているのだ。
「ボス、例の料理らしきものが発見できました」
 伝説で謡われる料理の発見であるはずなのに、副官も副官に情報を渡したオペレーターも、まるで見てはいけないものを直視してしまったような顔をしていた。
「構わん。映せ」
 艦橋中央に映し出されたその料理は、宇宙人達の食欲を木っ端微塵にする外見をしていた。
「伝説の悪評が伝説の好評に変わったのか?」
 目当ての一つが期待はずれと判断した昴は、彼女にとっては非常に珍しいことに落胆を表に出してため息をつく。
 怖い物知らずの行動をしたがる若いのが度胸試しにカレーを作り新種の強度ドラッグ扱いされてしまうのは、それから数時間後のことであった。

●政治家達
 リーン王国旗艦リーン・グレイシア。
 銀河大戦後に建造された数少ない戦艦のうちの1隻であり、リーン王国が独立を保つために欠かすことのできない存在である。
 そんな船が、優美な姿を地球市民に見せつけながら重力井戸の底へ降りていっていた。
「それが帝国のやり方ですか」
 リーン・グレイシアの艦橋で、見た目は20代の男が優雅な態度を堅持したまま皮肉の剣を突き出していた。
「この件に関してはこれが帝国のやり口ですわ、陛下」
 数日前までは帝国籍企業の1役員であった罔象(ib5429)が、己が銀河帝国から派遣された全権大使であることを暗に示す。
 罔象が大使に抜擢されたのには理由がある。
 1つ目の理由は血筋。血筋も重視する帝国では重要なことだ。
 2つ目の理由は能力。高級官吏と同等以上と認められるない限り、血筋がどうあれ候補者にすらなれなかっただろう。
 3つ目にして最大の理由は直前の職だ。前大戦で規模が拡大した帝国は人も物も足りていない。独自の流通・諜報網を持つ、軍のとの取引がある民間軍事会社役員という人材は、帝国が僻地の問題解決に送り込むには最適だったのだ。
「陛下から見てこの星はどうですか?」
 大使というより企業の広報担当らしい笑みを浮かべ罔象が問うと、艦長席に座るクラウディー3世(三笠 三四郎(ia0163))は感情のこもっていない淡い笑顔で言葉を返す。
「辺境未踏地区に存在する文明への介入は避けるべきです、大使閣下」
 リーン王国の方針は相互不干渉である。
 無論、複数の巨大勢力が鎬を削る宇宙を生き抜いてきた小国家に油断はない。軍部大臣にしてワープ航法のスペシャリストであるメッセル・ブレモアに命じ、各種観測と同時に現地人では存在に気づけない蚊型ロボットを使い遺伝子サンプルを集めていた。
 それ等は、地球人の権利擁護にも自国の独立維持の道具にも使えるはずであった。
「我々としては、歩調を揃えて現地政府と友好関係を結べれば最良と考えております」
 罔象の手元にあるのは小型通信機と護身にすら不足しそうな小火器のみ。しかし彼女の背後には豊富な資源と各種技術を用意できる帝国がついている。
「後のことは現地政府の者達と決めれば良い。送り届けるところまでは責任をもって…」
 国王の言葉を、艦橋に響く警告音が遮った。
「陛下! 大気圏内にHeralldiaの反応があり…いえ消えました」
 戦略級戦闘機Heralldia。
 前大戦中に登場し、各国の軍事バランスを狂わせた戦略級兵器である。
「Heralldiaの反応が消えた場所に銀河教団籍の軽戦闘艇が向かっています。このままでは人口超密集地帯の上を」
「全兵装使用自由。現地政府の事後承諾はとりつける」
「はっ、諸元入力が完了次第相転移砲全門発射せよ」
 メッセル・ブレモアが命じて一呼吸後、海上から海岸の街を飛び越えようとしていた円盤型宇宙船が、まわりの大気ごと消し飛ばされた。
 それから数分後、国連本部ビルの間近の空中で停止したリーン・グレイシアからタラップが伸び、一組の男女が降りていく。
「ここまで激しいのか…」
 臭覚を襲う強すぎる刺激に、クラウディー3世は思わず顔をしかめていた。

●買収攻勢
「汚濁と豊潤の入り交じった良い空気だ」
 幼女にしか見えない女性は満足げにうなずき、経済担当大臣と知事に振り返った。
「買収を前提に交渉を進める。特に水利権について早期に話をまとめたい。助力を頼む」
 星間国家に属さぬ独立コロニー群をまとめる政治指導者にして、代々同名の存在を首領を頂く星間マフィアのトップは、妖怪じみた老練な政治家にしか浮かべられないはずの笑みを浮かべていた。
「直ちに」
 政府からも有力支持者達からも可能な限りの協力を厳命されている彼等は、唾を飛ばしながら部下を追い使い話を進めていく。
「しかし水利権とはよくご存じで。そちらの地球の記録も残っているのですか?」
「当時を直接知っているからな」
 からす(ia6525)の言葉を諧謔と捉えたらしく、政治家達は追従にならない範囲で声を出して笑った。
「星間取引に関する法律が先程国会で成立、即時施行されました」
「よし!」
 届けられた報告に、大臣と知事は拳を突き上げて快哉を叫ぶ。
「大変結構。これで我々が確保したインフラとプラントが法的にも保護される訳だ」
 星間文明で漆黒艦隊や『亡霊』と悪名で呼ばれる非公式艦隊と、ネット経由ででっち上げたペーパーカンパニーの双方を駆使することで様々なものを確保していたのだが、これで星系内的にも星間文明的にも法的に認められることになる。
 同時に納税等の義務も負うことになるわけだが、からすとその影響下にいる人々が得る利益に比べれば微々たるものだ。
「後の問題は兵力ですな。使う気はなくても無ければ交渉で不味い立場に…。ま、それをなんとかするのが我々の仕事ですが」
 大臣は額の汗を拭きながら肩をすくめる。
「戦艦とまでは言いませんが、使えそうな売り物はないですかな」
「我が県としては技術移転か工場誘致を…」
 目をぎらつかせながら話を向けてくる政治家達に対し、からすは微笑ましいものを見るかのように優しい目をしていた。
 からすが無言で片手をあげて合図をすると、それまで光学的にも完全に消えていた艦艇が宙に現れ、企業誘致に失敗して単なる更地が広がっているだけの工業団地に着陸していく。
 各艦艇からは、星間国家の退役軍人を含む高度な技術者達が次々に大地に降り立ち、歓喜にむせび泣いていた。
 帝国や共和国の基準では汚染された星であろうと、流浪の民にとっては無改造で住める星はそれだけ天国なのだ。
「良き関係を築いていきたいものだな?」
 悪戯っぽく微笑むからすに、現地の政治家達は冷や汗を流すのであった。

●虚空を迷う翼
「へらるでぃあー。こうしていてもしょーがないよ」
 小さな手がぺしぺしと銀河教団軍用規格のディスプレイを叩いている。
「現在の私の最優先事項は正規の操縦者との合流です。一刻も早く成し遂げねばなりません」
 硬質な女性型音声が、仮の操縦者以外の人間が存在しない操縦席に響く。
「かっこいーパイロットさんだもんね! へらるでぃあはずっとのろけてたしっ」
「…発言の意図がつかめません」
 光学的にも一部霊的にも極めて探査されづらい状態で太平洋上を飛行中だった戦略級戦闘機Heralldia(ヘラルディア(ia0397))は、一瞬平衡を失いかけて機内を揺らせてしまう。
「ふふーん」
 正規操縦者を捜して地球中を渡り歩いていた彼女に口先一つで乗り込むことに成功したお子様は、見る者全てが暖かくなる微笑みを浮かべていた。
 そのとき、耳障りな音が機内に響き、ディスプレイの中央に毒々しい色の数文字が浮かび上がる。
「ごうりゅうめーれー?」
 お子様は、地球上のものではあり得ない文字を読み解いていた。
「何者です」
 一瞬のうちに子供の全身に対する非接触検査を行う。
 反応は受け入れたときと変わっていない。治療を含めて人為的に遺伝子をいじった形跡が一切無い、この星の人間だ。外科的にも精神的にも霊的にも何かを仕込まれている形跡もない。
「おとーさんはげんごがくしゃだから。もんぜんのおじょーさんってやつ?」
 お子様はえへんと胸を張った。
 彼女の父は現在国連本部に詰めており、地球側の意見を集約するという難易度宇宙規模の戦いに挑んでいる。
「したがいたくなさそーだねー」
「…この星には生まれて数年で工作員に仕立てる慣習があるのですか」
 涼やかな声の中に、煩悶と焦燥がにじんでいた。
 大気圏内の各所で星系外勢力が引き起こしたと思われる紛争が発生している今、超高度ではあっても使われる側の存在であるHeralldiaは行動に迷いが出ていた。
「わたしはちがうけどいちぶにはあるみたい。ところでへらるでぃあ? ぱいろっとけんげんで、あなたのこうどうのゆうせんじゅんいをかきかえたいのだけど」
 天使のような笑みで、知性ある存在にしかなしえない提案を口にする。
 超光速戦闘をこなすために、地球のものとは文字通り次元の異なる性能を持つ人工知性は、彼女にとっては無限の長さに等しい逡巡の果てに決断を下す。
「メンテナンスモードを起動します」
 年若い交渉人の網膜に直接情報が送り込まれ、1つの都市にも匹敵する構造が示される。
「うーん、おおもとのりくつは、いまのはってんけいかな。きほんこーぞーがわかってもきぼがおおきすぎてわたしではてがでないかも」
 気弱な台詞とは逆に、お子様パイロットの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「へらるでぃあ、ちょっとごめんね」
 家族の写真が貼られた携帯端末を取り出し短縮番号を押す。
 それがこの星の歴史の転換点だったことが判明するのは、しばらく後のことである。

●巨大即売会会場の片隅で
 現実と夢の狭間で、羽生六郎(ロック・J・グリフィス(ib0293))は悩んでいた。
 最近繰り返し同じ夢を見る。
 宇宙海賊となって銀河を駆け巡る、子供の頃に見たアニメに似た夢だ。
 しかし夢にしては細部が凝りすぎていて、薄い宇宙服越しに見た宇宙は今思い出しても魂が震える。
 あまりに広く、深すぎた。
「俺の名はハブ。宇宙海賊兼賞金首、左手にGペンを持つ男ってな」
 即売会場の自スペースで、六郎は使い慣れた携帯端末を弄りながらどこかごまかすように軽口を叩いていた。
「悪い妄想です、マスター」
 携帯端末にインストールされていたサポートAIの言葉に、六郎は乾いた笑い声で答えた。
 AIの反応が異様に人間らしかったことに違和感があったが、疑問が明確な形をなす前に着信があった。
 番号を確認すると、妙な縁で知り合った元外交官の凄腕交渉人…の娘である天才少女からだった。
「こんにちはおじさま。いまおじかんよろしいでしょうか」
「小父様か…。10年後にはそれでもいいかもしれないな」
「少々お待ちくださいレディ。マスターは現在寝起きで言語が不明瞭です」
 澄ました声でAIが会話に割り込む。
「まあっ。おじさまによいひとができたのですね」
「照れます」
 話が弾み自己紹介を始めた1人と1AIに対し、六郎は徹夜疲れからの欠伸をしつ突っ込んだ。
「それより何か用があったのじゃないか?」
「問題有りません。既に解決しました。最新兵器とはいえ内部からメンテナンスモードでアクセスできるなら防壁など脆いものです」
「お、応? それならよかった?」
 冷静なくせに得意げな声に、六郎は肩をすくめてパイプ椅子に深く座り直す。
 友が救われたと心底から礼を言うお子様に適当に返事をして回線を切り、開場直後の客の波をさばいていく。技術は良くいってセミプロレベルの六郎だが、宇宙描写と戦闘描写が迫真に迫っていると評判なので客の数は多い。この調子なら次回は壁際に回されてしまうかもしれない。
 数時間後、疲労と脱水症状で意識が消えかけた頃にようやく客が途切れた。かなり大目に刷ってきた漫画は完売し、友人から委託を受けた手書きの絵本が残っているだけだ。
「鴇ちゃーん。どこなのですー?」
 六郎の間の前を、猫耳猫尻尾に未来的パイロットスーツという設定盛りすぎな美少年が駆けていく。両手に一つずつ持った大きな紙袋からは、未だ無名ではあるが技術や華がある作家の本が覗いていた。
「ここ、コスプレ会場じゃないんだがな」
「今期のアニメのコスチュームではありませんね。既知宇ちゅ…もとい既存のSF作品にも該当するものはありません」
「そう…か?」
 客が途切れて意識が希薄になった主人に気を利かしたのか、AIは携帯端末にTV番組を映す。
 現在この国だけでなく世界中を騒がせているのは、景気問題でも環境問題でもなく宇宙人だ。今、美しくはあるが地球人とは少しだけ骨格が異なる女性が、政治に疎い六郎でも知っている顔の元首達と共に壇上に立っていた。
「帝国全権大使、罔象と申します」
 軍服に似た礼装をまとったその女は、その立場から考えると若すぎ美しすぎるようにも見えた。
 だが身にまとう覇気は周囲の元首達と比べても見劣りしない。
「我が帝国を初めとする星間国家群と、地球の諸国家の間に友好関係が結ばれることを確信しております。地球の皆さん、恐れないでください。この出会いは困難を伴いますがそれを超えたところにあるのは明るく広々とした未来です」
 彼女の背後にあるのは優美な機能美を備えた宇宙戦艦。その船倉から下ろされつつあるのは地球での産出量が0に近い希少金属の巨大インゴットだ。
 地球の諸国家が一致団結して外に当たることも、おそらくは星間文明の有力勢力が協調して全体の利益を追求することも、理想論ではあっても現実には不可能に近いだろう。
 しかし罔象が用意した物資と技術と交渉の枠組みは、戦場での戦いより交渉の場での戦いを選択せざるをえない流れを作りつつあった。
「どうなるのかね」
 六郎は予感ではなく確信を抱き、その時の訪れを待つのだった。

●魔王と大魔王
「ふ、ふ、ふ」
 既知宇宙の半分で神のごとく崇められ、もう半分では魔王のごとく憎まれさげすまれる蒼井御子(ib4444)は、円盤型宇宙船の中で悪戯っぽく微笑んでいた。
「うちの看板パイロットを帰して下さいな。不心得者達のようになりたくないでしょう?」
 この星を銀河教団が崇める星と同一視した者達は、教団本土に残った者もこの星にたどり着いた者も、全てまとめてこの世から退場させられている。
 やったのは御子本人だ。
「断る。かの者は我等に保護を求めた。我等の側から信を裏切ることは決してない」
 通信機越しに、からすは厳しい視線を御子に向けていた。
「残念です」
 御子は心底落胆し、悪意無く殺意に満ちた命令を下す。
「それじゃヘラルディアさん、やっちゃってください」
 パイロットとAIの意向を無視して、最悪星ごと壊すことになっても処理するよう命令する。
 が、Heralldiaは友を安全な場所に下ろした上で、御子の乗る円盤型宇宙船にのみ破壊の力を向けていた。
「なっ」
 とっさに防御力場を展開するが、反逆者による牽制の一撃がかすめるだけで機能を停止してしまう。
「ほう。頸木を解いたか。誇るが良い蒼井御子。あれほどの存在を一時とはいえ配下におさめていただけで歴史書に名が乗ろう」
 からすは静かに別れを告げ通信を終了する。
「ええい、まだ終わっていません」
 御子は脱出用小型シャトルに向かう。が、あり得ないものを見て足が止まってしまう。
「や」
 教団風でも共和国風でも帝国風でも、当然のことながら地球風でもない格好の少女が、シャトルに運び込まれていた貴金属には見向きもせず備え付けの本棚を漁っていた。
「んー、強力だけど面白みのない内容ね」
 心底つまらなそうに、数千年かけて洗練されてきた営業マニュアルという名の洗脳マニュアルをぽいと放り捨てる。
「何者です!」
 小型ではあるが宇宙船の隔壁を貫ける出力の銃を不審人物に向ける。
 が、まるで古代の二次元動画のように、御子の手から銃が消え不審人物の手の中に現れる。
「良いわ。教えてあげる。あたしは鴇ノ宮カザハ! この宇宙丸ごと支配することになる大魔王サマよ!」
 御子が最期に知覚したのは、Heralldiaに宇宙船ごと消し飛ばされる寸前に鴇ノ宮風葉(ia0799)が消えた超常現象であった。

●宇宙最高の宝
「失敗作、だったようですね。なに、次の彼女はうまくやるでしょう」
 数秒前に地球で死んだはずの蒼井御子、否、蒼井御子のオリジナルにして銀河教団宗教指導者は笑顔のまま次の命令を下す。
 星系と星系の間どころか超空間まで時間経過無しで飛び越え、教団の聖堂と国連本部の一室の間に交信が成立する。
「まさかこの場でお会いできるとは思いませんでしたよ、猊下」
 一堂に会した大国の元首達と大使達を代表し、居住可能惑星1つを有する、星間政治では小国のリーン王国元首が言葉の剣をつきつける。
「ええ。意外なこともあるものです。ところで皆さん、幸せですか? 我々はいつでも幸せになる手助けをしておりますよ」
 御子は特殊能力も特殊技術も使わずに、己の言葉だけで各国要人の心に罅をいれようとしていた。
「宗教指導者が1惑星に営業をするほど暇なはずがない。早めに用件に移られてはどうです」
 内心の動揺を一欠片も表に出さず、クラウディー3世は強い口調で御子に促した。
「よい子のための動物図鑑が売りに出されていると聞きました。改編版が出回ると誰にとっても不都合な事態になりますので確保と保管をお願いしますね」
 宇宙出身のクラウディー3世と罔象が絶句し、実に1分近くかけて精神的再建を果たした後はそれぞれ通信機を使って本国に指令を飛ばし始める。
 それまで話し合っていた、商会の月転売計画やコロニーごとの移民という重要案件を完全に無視していた。
 地球側の要人が事情をたずねると、2人は緊張に凍り付いた顔で答える。
 それは星間文明にとって出身星系との繋がりとして残された書物のおおもとであり、地球上の品で無理に例えるなら数千年前の聖典や勅撰集の原本全てを全てまとめたものに匹敵する。
 載っている情報に軍事的技術的価値はない。しかし既知宇宙全体から向けられる憧憬と崇拝は、全銀河を揺るがすに足りた。
 作者の直筆本は、現在全てとある島国の巨大即売会会場に存在する。

●決戦!同人誌即売会
「はふう」
 瑞々しい桜色の唇から吐息が漏れる。
 全力で地球の一般人を目指してみました! という気合いが感じられる、どー見ても宇宙帝国風お姫様ファッションの少女が立ち読みをしていた。
「お客さん、立ち読みするなとは言わないが」
 パイプ椅子を勧める六郎は何かを思い出しかけていた。
「うむ。世話になる。ときに汝、買い取りたいのじゃがこれで足りるかの?」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、会場の照明を反射しきらめく金属塊を何も無い空中から取り出した。材質は金ではない。惑星を取引する際に使われる超絶希少物質だ。
「君ね。一介の同人書きに目利きができると…同人書き?」
 自らの言葉に強烈な違和感をおぼえて六郎は口ごもった。
「あら。次期皇帝陛下はものの価値が分からないのね」
 直前まで何もなかったはずの机の上で、風葉が優雅に足を組んでいた。
「返すのじゃっ」
 時間経過0の空間転移という神業を無造作に披露し、リンスガルトの手から絵本を抜き取り自らの目前で開く。
 地球各地の動植物を精緻な筆跡で写し取ったその絵本は、筆者の高度な技術と動植物への愛情が感じられる
 いや、それだけではない。
 既知宇宙全体から向けられる巨大な感情により、素晴らしくはあってもただの絵本が、物理法則すら越える何かに変容しつつあった。
「返さないわよーだ」
 大人げない態度でリンスガルトを挑発する。
「それじゃそろそろ始めましょうか。宇宙の片隅の星のさらに片隅から、全宇宙征服を!」
 指で軽快な音を鳴らす。
 既知宇宙では未だ実現できていないはずの高次元への通路が開き、非常識なほど大きな会場の天井にぶつかりかねないサイズの人型兵器が姿を現す。
「鴇ちゃん探したのですよ!」
 獣耳美少年パイロット、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)もようやく風葉に合流し、共に巨人の中に消えていく。
「これは…」
「しっかりしてくださいマスター」
 謎の龍羽銀河少女に獣耳美少年パイロットにリアル巨大ロボット。
 それに加えて携帯端末に語りかける青年。
 普通ならスタッフか警察か自衛隊が出てくる場面だが、ここは地球上でも最も異界に近いとされる巨大即売会開催日の会場だ。
 今さら騒ぎ出すような軟弱者はいない。
「命が惜しければ、さっさとお宝を残して立ち去るといいのです!」
 巨大人型機動兵器、正式名称LoadOfGreatInspectorが内蔵の連装銃に火を噴かせる。
 自称大魔王の異界出身超高位魔法使いの手による最高傑作は、爆発も起こさず粉塵も振動も発生させず、天井に巨大な穴を空けていた。
 空に見える月の地形が一部変わっているように見えるのは、昴の商会による衛星改造ではなく先程の一撃のせいかもしれない。
「馬鹿者が!」
 竜の翼が空を打ち、リンスガルトを機動兵器の目の前に運ぶ。
「この星の自然を傷つける力を使うでない!」
 リンスガルトを中心に、超高次の存在しか為し得ぬはずの奇跡が形を為し、何者も傷つけぬ極光が広がっていく。
 これぞ神竜気。
 帝国が激変する時代と技術に対応するため総力を結集して造りあげた力である。
「言いたいことはそれで終わりなのですか」
 人型兵器は自らの全長に近いサイズの巨大斧を構える。
 原始的な兵器にも見えるが、軽く振るうだけで恒星を切る割くことのできる超絶の兵器だ。
「言葉では止まらぬか」
「ちゃんちゃらおかしいのです」
 両者の視線が衝突し、空間が悲鳴をあげ、爆ぜる。
「我は地球の守護者、侵略者共を悉く討ち滅ぼさん!」
「鴇ちゃんの野望の邪魔をするのは…消えるといいのです!」
 2柱の超越存在がその全力をぶつけ合う寸前、絶妙のタイミングで突風が吹き付け両者を会場の外へ押し出していく。
「お嬢さん達、即売会にはお客も侵略者もいないんだ。全員参加者として節度ある行動をしなくちゃな」
 会場に開いた大穴の縁に立っているのはいまいち有名になりきれない同人作家ではなく、既知宇宙の伝説の1人、宇宙海賊赤毛の悪魔であった。
「他の参加者とスタッフの避難は俺に任せてもらおう。海賊らしくお宝は頂くけどな」
 会場近くの埠頭に大波が押し寄せる。
 赤毛の悪魔専用宇宙船が海を割って登場したのだ。
 携帯端末を通して主人を見守っていたAIは海賊船を操り、参加者とスタッフの周囲に防御障壁を展開すると同時に大量の同人誌をトラクタービームで回収し船倉に収める。
「そうはさせないのです!」
 人型兵器が高速を超えた速度で海賊に向かう。
 が、その展開を予め読んでいた海賊は余裕をもって海賊船と合流し、男臭い笑みを残しこの星から去っていった。
「おぬし等は、どこまでっ」
 物理現象に介入することで大魔王とその部下が振りまく破壊を押さえ込んでいたリンスガルトは、力の使いすぎで朦朧とする意識の中、全長数キロメートルに達する光の翼を人型に振り下ろす。
「っ…やるわね。魔力炉心にひびが入るなんて初めてよ。でもっ」
「鴇ちゃんと一緒の僕は無敵なのです!」
 巨大な斧がリンスガルトに振り下ろされる。
 やろうと思えば回避は出来た。
 しかし回避すれば地球が両断される以上、避けるという選択肢は選べなかった。
「くぅっ」
 全身の毛細血管が破裂し、白く形の良い耳から鮮血がこぼれ出す。
「この星をやらせはせぬ」
「鴇ちゃんの邪魔はさせないのです」
 両者の力が爆発的に増大し、地球全体を超自然的な極光が包んでいく。
 どちらも超人ではあるが限界は存在する。
 極光は徐々に弱まっていく。が、守るものの多かったリンスガルトの方が弱まる速度は早かった。
「御祖母様…」
 最期まで誇り高くあろうと、迫ってくる白刃を真正面から見据えるリンスガルト。
 彼女は刃が己に触れる寸前まで諦めずに耐え続け、その運命の一撃を呼び込むことに成功する。
 遙か彼方から飛来した破壊光線がLoadOfGreatInspectorの斧を側面から貫き、半ば以上高次の存在と化していた人型兵器を尋常の存在にまで引きずり下ろす。
 己の心以外の全てから解き放たれた、新たな知性体Heralldiaによる援護射撃だ。
「げっ」
「鴇ちゃんっ?」
 その瞬間、既知宇宙全体からの祈りを受け取った本が、この世に存在するには大きすぎる存在を追い出し始める。
「大魔王は祈りの力で放逐されました、か。ふん、退屈な結末ね」
 強制転移のただ中にある人型兵器の副操縦席で、風葉は不敵に微笑んでいた。
「ま、いいわ。粘って価値を拾ったとしても盛り上がりにかける舞台しか残りそうにないし。…それじゃ、次はもっと派手にするために仲間集めで戦力増強といきますか! そーねぇ…次は妖怪と日夜戦ってるよーな、そういう時代劇みたいな次元に行ってみない?」
「鴇ちゃんと一緒ならどこまでも、なのです!」
 大魔王とその連れは、何も残さずに光の中に消えた。
 この翌日。
 地球と既知宇宙に存在する有力勢力全てが、地球を含む星系における停戦および平和条約締結に合意した。