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■オープニング本文 そこには犬がいた。 狼がいた。 豚がいた。 猪がいた。 猫がいた。 本来捕食者と被捕食者の関係にある動物たちが一個所に集い、争わずにただそこに群れていた。 それは一種の楽園ともいえる光景かもしれない。 集う動物が、瘴気によって変じた屍でなければ。 「相続人が処分を押しつけあった末に見捨てられた物件があります」 ギルド係員は余程暇にしていたのか、目があった冒険者と世間話に興じていた。 「隠居した老夫婦が山中に家を建てて悠々自適な老後を過ごしていたらしいのですが、孫夫婦を訪ねるため街に向かった際に病を得て亡くなり、山中の家はそのまま放置されたという話です」 開拓者がどこの山か尋ねると、係員は僻地にある土地の名をあげる。 農業に不向きという話が聞こえてくる土地であるし、生活基盤が街にある者にとっては魅力が無いのかもしれない。 「遺族の間で何度か親族会議が開かれたものの引き受け手が現れず、結果何年も放置されていたのですが、最近になって問題の物件の近くでアヤカシの目撃情報が出てくるようになったのです。‥‥はい、調査及びアヤカシ退治の依頼も出ていますけど、報酬は少なめですよ?」 開拓者が話を聞くだけは聞く姿勢を見せると、係員は非常に雑に描かれた地図を取り出した。 「最も近くにある村から、一山越えた場所に問題の物件があります。物件周辺の地形は分かっていません。小規模な畑と家畜を飼うための厩舎があったという情報もありますが、なにぶん数年前の情報なので現状どうなっているのか分からないのです。依頼内容は物件周辺のアヤカシ退治になりますけど、アヤカシの数が分かりませんので現地に到着してから3日滞在した時点で依頼は成功したとみなされます。家や厩舎はその場で処分しても問題ないという話ですので、残っていればですけど、宿泊所や薪として使うのも良いかもしれませんね」 係員の顔には、キャンプができそうで羨ましいなぁ、という不謹慎な表情が浮かんでいた。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
からす(ia6525)
13歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
セシャト ウル(ib6670)
24歳・女・ジ
狂々=テュルフィング(ib7025)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●屍動物園 「この足跡は猪か豚。場所を考えると多分」 地面を確認していたからす(ia6525)が顔をあげ、周囲を警戒している開拓者に目を向ける。 「アヤカシの中には家畜の死骸から変じたものが含まれています」 「ねちょねちょのどろどろがいっぱいという訳ね。さっさと退治しなきゃ」 まるで舞踏のような鮮やかな動きでセシャト・ウル(ib6670)が振り返り、先程までからすが確認していた足跡を見る。 野生動物のものと区別がつきづらいが、腐敗が進行した結果体重が変化しているせいか、念入りに調べれば確かに不自然さがあった。 「何か見えましたっ」 腕輪から伸びる鎖を鳴らしながら、水野清華(ib3296)が声をあげる。 「あれは、えーと、屋根です。2つ見えます」 木々に生い茂る濃い緑のせいで見辛いが、古ぼけてはいるがなかなか立派な屋根が見えていた。 「片方の屋根の下に4体。右前方に2体です」 海神雪音(ib1498)は弓の弦を弾いて広範囲の索敵を行うと、即座に結果を皆に伝える。 「俺様はこっち担当で!」 狂々=テュルフィング(ib7025)は大型の両手剣を肩に担いだまま突撃を開始する。 「私も行きますっ」 清華も鎖の音と共に狂々の後を追う。 セシャトとからすは一瞬だけ視線を交わして意思疎通を終えると、周囲の警戒と別方向のアヤカシを他の面々に任せ、2人の後に続いた。 清華は、前方に大きく開けた場所があることに気づく。 そこには多少古びてはいるが頑丈そうな家と、妙に暗い印象がある厩舎があった。 「何だかお師匠様のお家みたい。でももう一方はよどみが酷い」 ついついのんびりと呟いてしまったが、清華は既に戦闘態勢に移行している。 開けっ放しになっていた厩舎の扉から、猛烈な臭気を漂わせながら複数のアヤカシが飛び出してきた。 「うぅ〜、やっぱりでてきた‥‥け、けど、怖くなんかない! ないったらない!」 鎖の音が鳴るたびに風が渦巻き、真空の刃が豚の屍に切れ目をつけていく。 豚は足をほとんど砕かれてしまい速度を緩めるが、残る3体のアヤカシ達は清華に向かって真っ直ぐに向かってくる。 「皆に手を出すのは、俺様を倒してからにするのでーすっ!」 清華の前に飛び出した狂々がグレートソードを振るう。 肉厚で頑丈極まりないそれを盾のように振るった狂々は、両足を踏ん張ってアヤカシの勢いを完全に止めることに成功する。 そこに真横から振るわれたニードルウィップが届き、アヤカシの皮膚と脂肪と肉を摺り下ろしながらその体勢を崩す。 「後でちゃんと弔ってあげるからね」 セシャトは一言声をかけてから再度鞭を振るう。 進路を変更してセシャトに向かってきた豚屍に、真正面から鞭がぶち当たる。 清華の術によりダメージが蓄積していたアヤカシはそれ以上耐えきれず、もとの屍に戻りその場で崩れ落ちる。 セシャトの攻撃はまだ終わらない。 狂々を迂回して後方の開拓者を狙おうとした犬の屍と狐の屍に、斜め上からの軌道で鞭を叩きつける。 そもそも痛みを感じないアヤカシ達ではあるが、衝撃を無効化することはできず、少しではあるが勢いが弱まってしまう。 速度が落ちると射撃武器の絶好の的となる。飛来した黒い靄をまとう矢に、アヤカシは体の中核部分を貫かれた。 「さすが熟練者。すごい威力ね」 吹き飛んでいく狐を横で見ながら、セシャトが再度鞭を振るう。 からすの放った矢とは違い一撃で仕留めることはできないが、狂々の頭上を飛び越えて振るわれる鞭はアヤカシ達の自由な行動を徹底的に妨害していた。 「たぁーっ!」 「とどめです」 グレートソードが犬の屍を押しつぶし、清華が発生させた冷気が猫の屍に宿る瘴気を吹き散らす。 それがとどめとなり、アヤカシ達は瘴気を失いもとの屍に戻るのだった。 「お疲れ様でした」 フェルル=グライフ(ia4572)が淡く輝き、癒しの光を周囲に拡散させる。 いくつか切り傷と打撲を負っていた狂々の体から、みるみる傷が消えていく。 「そちらも終わったようですね。厳重に戸締まりがなされているようですが、念のため家の調査と周辺の探索、当然水場の確保も行っていきましょう」 別方面にいたアヤカシを弓で仕留めた雪音がそう言うと、開拓者は打ち合わせの通りに散っていくのだった。 ●暖かい寝床 「絵梨乃さん、私はもう‥‥」 「フェルル、しっかりしなさい!」 エプロン姿のフェルルを両手で抱え、水鏡絵梨乃(ia0191)は必死に呼びかけていた。 「私はもう駄目です。ですから」 「諦めないで。あなたはまだ」 フェルルは儚げに微笑み、首を小さく左右に振った。 「あとを、よろしくお願いします」 鮮やかな金の髪が流れ、瞳を閉じたフェルルが絵梨乃の胸元に倒れ込む。 「フェルルー!」 悲痛な声が、山中にこだまするのであった。 「‥‥小芝居は終わった?」 干し草を抱えたセシャトがたずねると、絵梨乃は深刻な表情を一瞬で消し去った。 そして、笑顔のまま安らかな寝息をたてているフェルルを、藁でつくられたベッドに寝かせる。 「ええ。寝床を準備してくれて助かったわ。フェルルは瘴索結界に錬力を使いすぎていたから」 「礼には及ばないわよ。懐かしい味が楽しめるのもフェルルのお陰だし」 セシャトは入り口に頭をぶつけないよう注意しながら部屋に入り、新たな寝床をつくる。 そして台所から漂ってくる香りに眼を細めた。 「香辛料を大量に使った料理ね。白いご飯にはあいそうだけど」 絵梨乃はフェルルから任された鍋からお玉ですくい、艶めかしい茶色のスープを白飯が盛られた皿の隅に注ぐ。 別の鍋でつくっていた味噌汁と卵焼きを添えれば、本日の夕食の完成だ。 「遊びに来た訳では無いが‥‥、まあやっていることは似たようなものか」 琥龍蒼羅(ib0214)は配膳を手伝いながら、口元に笑みを浮かべていた。 現地到着後に発生した戦闘以降、アヤカシの姿は見かけていない。 気を抜くつもりはないが、時間に余裕ができているのは確かだった。 「初めから詳細な地図があればアヤカシの捜索も進んでいたかもしれないが、あれだからな」 「ええ」 「最初は子供の落書きかと思いました」 雪音とからすは冷静な中にも呆れが感じられる口調で応じる。 なにしろギルド係員から渡された地図は、山、川、家、こっちが里、の4つがいい加減に書き込まれただけの代物だったのだ。 「ごちそうさまでした。今から屋根の上で見張りを始めます。不寝番の最初の担当は私ということで」 全員の茶をいれてから、からすは音を立てずに部屋から姿を消す。 「それじゃ俺様は2番目の担当で。今から仮眠をとっておくのでーっす」 狂々は勢いよく茶を飲み干すと、こてんと寝床に転がるのだった。 ●果てなき探索 グレートソードよりさらに大きなサイズの野太刀が、蒼羅に向かってきた鹿の屍を一撃で開きにする。 天墜の銘を持つ巨大刀はアヤカシ1体を滅ぼした程度では止まらず、一抱えではすまない太さの大木を、まるで豆腐か何かのように半ばまで切り裂いていた。 「‥‥随分と種類の豊富な事だ。他にはいないか?」 気配を探りながら蒼羅が問うと、雪音は弓に矢をつがえたまま答える。 「こちらの方向に1体です、蒼羅さん」 「そうか」 蒼羅は刃にわずかに付着した腐肉を布巾でぬぐい、天墜を鞘に収める。 雪音から名前で呼ばれているが、特に親しい仲というわけではない。 知り合いに蒼羅の姓と非常によく似た姓を持つ者がいるため、雪音が特にお願いして名で呼ばせてもらっているのだ。 「ここで確実に仕留める」 雪音が矢を放つ。 かすかな風切り音とともに、矢が木々の間をすり抜けるようにして飛んでいく。 目視ではほとんど見えない場所で、腹に矢を受けた狸の屍のアヤカシが逃走中だったが、第2の矢が後頭部から口へ抜けたことで限界に達しその場へ倒れ込む。 「そろそろ夕暮れだけど」 「遭難の危険を冒す必要はないだろう」 セシャトの問いかけに淡々と答え、蒼羅は拠点への帰還を開始する。 それとほぼ同時刻、からすと狂々と清華は猛スピードで山中を駆けていた。 「えーっと‥‥今いるのがここだから‥‥どっちいけばいいんだっけ? 鳴子になってる方?」 「拠点に直進すると狭いですが深い谷があります。しばらくこのまま進んでから右折しましょう」 暗記した地形情報から判断し、からすは2人を誘導しつつ帰還を急ぐ。 拠点に残っているのはフェルルと絵梨乃の2人だけだ。 2人とも低位の屍に遅れをとるような開拓者ではないが、食事の準備を初めとする家事を担当している以上、常に万全の警戒を行うことは難しい。 事実、からすと雪音が初日の夕方に仕掛けた鳴子が反応している。 3人はほぼ同時に拠点がある広場へ駆け込み、それを目撃した。 「人が風呂の準備をしているときに」 3体の元オオカミらしきアヤカシの攻撃を、一見不規則に、実際には計算し尽くされた動きで絵梨乃がかわし、青い閃光が伴う一撃をくらわせる。 強力過ぎる一撃はアヤカシに生存どころか形を保つことさえ許さず、アヤカシの体を血煙へと変える。 獣未満の知能でも絵梨乃の強さは理解できたらしく、残った2体のアヤカシはもう1人の開拓者、つまりフェルルに向かう。 明らかに剣より術が得意そうに見える彼女の手には、霊剣「御雷」の姿があった。 アヤカシは両側から襲おうとフェルルに接近し、鋭い牙をむき出しにする。 「死者を冒涜するその行為、許せません! その体から出ていきなさいっ」 アヤカシはフェルルにそれ以上接近できなかった。 フェルルは霊刀に精霊の力を宿らせると同時に鋭く振る。 強大な知覚力をそのまま反映した魔祓剣は低位のアヤカシに抵抗を許さず、一瞬で屍から瘴気を消し飛ばす。 「ごめんなさい。一緒に風呂に入ることになるわ」 「え?」 唐突にかけられた言葉の意図が分からず、フェルルが首をかしげた。 絵梨乃が最後に残ったアヤカシを蹴り飛ばすというより消し飛ばすと、屍から吹き出した血と脂が、フェルルの手にほんの少量ではあるがかかってしまう。 「このくらいなら」 穏和な麗人ではあるがフェルルも経験を積んだ開拓者だ。戦闘で汚れた程度ではショックなど受けないし、汚れを拭うための布巾ならすぐに用意できる。 「風呂があるのに使わないのは勿体ないでしょう?」 絵梨乃がその場の女性陣に視線を向けると、皆一斉に大きくうなずくのだった。 ●2日目夜 「何この白い肌」 「やはり身長は適度な方がいいわよね」 「あの、お二人とも近いでっ‥‥あぅっ」 拠点の前の広場では、半壊した厩舎が薪にされ、拠点から持ち出された巨大鍋に湯が沸かされていた。 フェルルが絵梨乃とセシャトからあれこれされている気配があるが、からすは興味が持てず空いた時間を利用して報告書を書き始めていた。 「拠点防衛戦以後はアヤカシは確認されず、と」 午後は全くアヤカシが見つからなかった。 気を抜くわけにはいかないが、既にこの周辺のアヤカシを狩り尽くしてしまった可能性が高いだろう。 彼女の予想はあたり、3日目はほとんど骨休めのような形になるのであった。 |