ひび割れた水瓶と巨人達
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/30 04:50



■オープニング本文

 通常の駆鎧(アーマー)を頭一つ分上回る体格の巨人が、岩盤から削り出されたようにも見える大剣を振り下ろしていた。
 土砂崩れによって生じた天然のダムに傷が付き、大量にため込まれた水がじわりと滲んでくる。
 谷間を通って吹き付ける風は強く冷たく、頭上の雲行きは酷く怪しい。
 下流に位置する街では、上流の異変に気付いた住民達が半ば恐慌状態に陥りつつ避難を始めようとしていた。

 今から1月前、天儀辺境の山岳地帯で山崩れが発生した。
 地域の生命線である川の川上であるので、領主が虎の子である龍とその乗り手を派遣して被害状況を確かめさせた。
 幸いなことに人的被害はなかったのだが、偵察役からもたらされた報告は衝撃的だった。
 優れた装備を身につけた大型のアヤカシ、おそらくは鬼種のアヤカシが真新しい堰止め湖を崩しつつあるというのだ。
 領主はただちに開拓者ギルドへの救援要請を決断した。休みもせずに再び飛び立った龍の背後では、天候が急速に悪化しつつあった。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
からす(ia6525
13歳・女・弓
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ


■リプレイ本文

●割れかけの水瓶
 それは子供の泥遊びに似ていた。
 分厚く大きすぎて雨除けの機能すらありそうな重装備を身につけ、人型が雨で脆くなった土塊を長い棒で崩していく。
 しかし、吹き付ける風雨と雷の音に耐えながらやって来た開拓者達は、のどかな認識などできるはずもなかった。
 それは子供では無くアヤカシ。
 身につけているのは駆鎧の装甲板並みの厚さを持つ甲冑。
 長い棒は異様な迫力を持つ巨大剣で、崩されているのは大量の水に耐えきれなくなりつつある堰止め湖だ。
 勢いを増す水を被りながら、アヤカシ達はもうすぐ訪れるはずの破滅を嬉々として待ち受けていた。

●アーマーケースは重要兵器
 雨が一瞬弱まったときに坂の下からアヤカシを一方的に視認した開拓者達は、これ以上気付かれずに接近するのは無理と判断した。
「皇殿、運搬はここまでで結構だ」
 荷車を先頭で牽引していた将門(ib1770)が宣言すると、背後から大型台車を全力で押していた皇りょう(ia1673)は、酷使によって雨でも冷ましきれないほど熱くなった体の動きを止める。
 動きが止まった荷車は見る間に地面にめり込み、それ以上動かすことは不可能になる。
 荷台に駆鎧を固定した縄を外して乗り込んでいく面々を眺めつつ、巴渓(ia1334)ほとんど真横から打ち付けてくる豪雨をものともせずに髪をなでつけていた。
「時間制限がないなら戦地への運搬なんぞいくらでも手があるんだがな」
 渓の駆鎧は背中のアーマーケースに収められている。
 戦地の近くで乗り込むという意味では同じでも、乗り込むのにかかる時間とさらすことになる隙はアーマーケース使用時の方がずっと小さいだろう。
「おいフィンどうするよ?」
 背後を振り返ると、そこでは外套に兜にゴーグルという対悪天候用重装備に身に包んだフィン・ファルスト(ib0979)の姿があった。
「ここからならアーマーに乗って突っ込んでも戦闘と退避ができるだけの練力を残せるだろうけど」
 アーマーケースから出現した鈍い黄金色のアーマーに素早く乗り込みながら、フィンは軽い口調で続ける。
「全員の戦闘準備が完了するまで待っている暇はなさそう。突っ込むしかないね」
 雨の勢いはますます激しくなり、堰止め湖があるはずの方向からは不気味な振動が伝わってくる。
「だろうな。先に行くのは良いが全部は食わんでくれよ」
 口元を釣り上げつつ自らの駆鎧に乗り込む渓を残し、フィンが駆る黄金のアーマーは風雨をものともせずに上り坂を駆け上がっていくのだった。

●豪雨の中
 クラウス・サヴィオラ(ib0261)は、開拓者となってから初めてアーマーでの実戦を経験していた。
 実戦とはいっても相手はアヤカシではない。
 濡れて脆くなった上り坂に、数歩先もはっきりとは知覚出来ないほど激しく降る雨に、ときにアーマーごと吹き飛ばし兼ねないほど強く吹く風である。
 彼の実家が治める地とはあまりに異なる天候に対しながら、クラウスは黒色塗装のアーマーの中で穏やかとさえいえる笑みを浮かべていた。
「この状況でも各部に異常なし。そうこなくちゃな」
 前を行く黄金の機体はオーラを噴射して加速を行っている。見る間に距離を離されていくがクラウスは慌てない。
 騎士であるクラウスは他の職と比べればはるかに効率良くアーマーを操れるとはいえ、戦闘後その場から離れることを考えれば練力に余裕はない。である以上、練力の節約は最終的な勝利に欠かせないのだ。
 クラウスの前方、開拓者達の先頭をいく黄金の駆鎧の中、フィンはようやくアヤカシを目にすることに成功した。
「獄卒鬼…。1、2、3、4。情報通りだね」
 アヤカシ達はダムにこじ開けた穴に得物を突き込み、その上に飛び乗って梃子の要領で堰止め湖に大きな亀裂を入れようとしていた。
「急ぐよラン。噴射全開、行っけぇ!」
 時間的余裕は皆無と判断し、フィンは限界までオーラを噴出させてアヤカシの元へ飛び込む。
 雨に視界と耳を遮られていたアヤカシが乱入者に気付いたのは、盾を構えた鉄巨人がリーダーに接触する数分の1秒前だった。
 最も大柄の獄卒鬼が、とっさに丸太にしがみついてアーマーの突進を勢いを利用しようとする。
「いやらしい動きをするならっ」
 フィンはオーラを噴出する方向を操作して突進の方向をずらす。
 大柄な獄卒鬼に側面から組み付く体勢になった駆鎧ランスロットは、盾で押すようして大柄なアヤカシを泥状の地面に叩き付けた。
 その鮮やかな手並みに対しアヤカシが見せた反応は、怒りよりも歓喜の方が強かった。彼等にとって、同属以外の全ては獲物なのだ。
 鬼達は土木作業に使っていた得物を地面から引き抜き、破壊衝動の赴くまま黄金のアーマーに叩き付けようとする。
 しかしフィンは1人ではない。
「初陣と行こうぜ? オブシディアン」
 坂を上がってきた勢いを緩めず、前のめりになりながら黒のアーマーが飛び込んでくる。
 クラウスが操るアーマーオブシディアンは、金のランスロットに刃を突き立てようとした鬼の片腕を切り飛ばし、組み付こうとしていた鬼を蹴り飛ばしてランスロットの退路を開くことに成功した。

●苦戦
 最初は不意を打たれた獄卒鬼だったが、豊富な体力と4対2の状況を活かして圧倒的に有利に立つことに成功しつつあった。
 金と黒のアーマーは盾を巧みに操ることで被害を局限するものの、徐々にではあるが後退を余儀なくされていた。
 そんな状況で新手が現れる。
 騎士の迅速起動のような特殊な技は使えないとはいえ、アーマーケースの分素早く搭乗と起動を完了させた渓である。
 本来は鮮やかな赤である駆鎧ゴッドカイザーは、全身から余剰練力の緑光を漏らしつつ高々と跳躍した。
「カイザァッ! トマホゥクッ!」
 駆鎧の全長に匹敵する巨大な柄が非常識な剛力に耐えかねてきしむ。
 恐るべき力が込められた超巨大斧は豪雨の中一瞬だけ静止し、次の瞬間残像のみを残して隊列の端に位置していたアヤカシを襲う。
 獄卒鬼は即座に分厚い剣を掲げて受け止めようとする。が、片腕を落とされているため剣の速度は低下しており、巨大斧の速度と重量を受け止めきれずに剣ごと頭から腰まで断たれてしまう。
 4対2が3対3に変わり戦況が一変する。
 それまで守りに徹していた2人の騎士が攻勢に出ようとする。だが危機感に煽られたせいか、鬼の反応の方がは一瞬だけ早かった。
 2体の獄卒鬼が3体の駆鎧に対する壁になり、獄卒鬼のリーダーが自分達の勝利より堰止め湖の破壊を、ひいては下流の人間全ての抹殺を優先しようとする。
 豪雨を切り裂き振るわれた大剣が、ほとんど泥と化しつつある土壁を切り裂こうとした瞬間、鉄よりも堅いもの同士が激しくぶつかる大音響が豪雨の音をかき消した。
 それまで常に余裕をもって戦っていた獄卒鬼リーダーの顔が驚愕で激しく歪む。
 昼間にも関わらず薄暗い豪雨の中から突然浮きあがるようにして現れたのは、赤に彩られた漆黒の駆鎧。
 からす(ia6525)が搭乗する古強者である。
「鳥籠、『守護の役目を果たせ』」
 その言葉は、神聖な言葉であるかのように響いた。
 翼めいた形状のパーツが開拓者でも捉えづらい微細な動きをみせ、獄卒鬼との衝突によって生じた勢いを完全に殺しきる。
 獄卒鬼は鳥籠の銘を持つ駆鎧ごとダムにぶつかることを目指し、足先から指先までの全ての力を込めて全力の突きを繰り出す。
 壮絶な威力を秘めた突きは巨大な盾をきしませ、鳥籠の上体も少しで揺らすことに成功する。
 アヤカシは即座に止めの一撃を繰り出そうとするが、自らの意思に反して大地を踏みしめる力が抜け、完全に体勢を崩し片膝をついてしまう。
「させぬよ」
 アーマー用装備としては珍しい天儀風白兵装備が軽く振るわれると、先端を赤く染めていた体液が雨の中に溶けていく。
「良い腕ではあった。しかし足りぬ」
 鳥籠の逆襲が始まる。
 背後のダムを守ることを最優先にしているためか、攻め方はからすと鳥籠にしては甘い。
 しかし足の甲に深く傷をつけられた大型鬼は、膂力と素早さを発揮しきることができず、為す術無く後退していく。
 いっそこのまま自然に堰止め湖が崩壊するのを待つかとアヤカシ達が思い始めた頃、複数の重々しい足音が坂を駆け上がってきた。
 そのうちの1つは、鳥籠の黒と赤を目印に一直線にダムに向かってくる。
 当然、鳥籠に押されつつある獄卒鬼の真後ろから迫ることになる。
 純天儀風の外装を施された、見ようによっては神像に通じる雰囲気を持つそれは、殺意も狂気もなく純粋な武への渇望に突き動かされて獄卒鬼に襲いかかる。
 ぎりぎりで気配で気付いた獄卒鬼が得物を掲げて盾にしようとする。が、艶やかな黒に艶消しの金で彩られた武神の写し身は、数分の1秒タイミングをずらすことでアヤカシの守りをすり抜け、無造作にも感じられる動きでがら空きとなってしまった脇腹に刃を突き立てる。
 鳥籠の中で無言を貫いていたからすの顔に、相反する感情がうっすらと浮かぶ。
 1つは、りょうを初めとする面々がアヤカシを駆り立てる鮮やかな手並みへの賞賛。
 もう1つは、視界と聴覚が極端に限られる戦場で、連携に齟齬が発生しつつあることへの懸念だ。
 それはすぐに現実のものとなる。
 武神号と鳥籠から少し離れた場所で手堅く戦いを進めていたクラウスは、一瞬雨の勢いが弱まったときに重大なことに気付く。
 生き残りの鬼の1体はりょう達に圧倒されつつあり、残りの2体はクラウスがフィンや渓と共にダムに近付けないことを第一に押さえ込んでいた。
 アヤカシ達はなんとか堰止め湖に近づこうとしていたはずなのに、いつの間にか残り2体のうちの1体がダムとは逆側に移動していたのだ。アヤカシのリーダーは決死の抵抗を続ける同属をあっさりと見捨て、得物さえ投げ捨てて全速で逃走を開始した。
「逃がすものか!」
 クラウスは即座に反転して追いかけようとする。
 しかし、りょうと渓がそれぞれ鬼に止めを刺すの確認した金のアーマーが、手を伸ばしてクラウスの注意を引きつつ堰止め湖の一部を指す。
 ダムが、ゆっくりと形を崩しつつあった。
「時間切れか」
 クラウスは落胆に浸ることを己に許さず決断する。
 練力を加速に使えば逃げる鬼に追いつけるだろうが、そんなことをすれば安全圏まで逃げる前に練力が切れて溢れた水に押し流されるだろう。
 開拓者に背を向けて逃げ出す獄卒鬼は、屈辱に心身を焼かれながら新たな計画を練り始めていた。
 異様に強力な5体の巨人は、ダムの決壊により発生するはずの激流から逃れるため、傷ついた獄卒鬼とは逆方向に向かっている。
 このまま行方をくらましてから舞い戻り、荒れた環境を修復するために来るはずの街の人間を食らえば良い。そう考えた獄卒鬼が口元を釣り上げたとき、巨人達が巨大な得物を使った際の破壊力と同レベルの打撃が真横からアヤカシに叩き付けられた。
「全く…。これほど大きな絵図を描けるアヤカシを見逃すと思っていたか?」
 剣も盾も外付け装甲すら持たぬ駆鎧が、その軽量を活かして高速でアヤカシに追いすがる。
 そして、泰拳士のような技巧は無いが、戦場の技としては必要にして十分な精度と力が籠もった拳を何度も鬼にめり込ませる。
 獄卒鬼はとっさに組み付いて最低限相打ちには持ち込もうとする。しかし鉄の巨人は身軽さを最大限に活かして後退し、鬼の最後のあがきを空振りに終わらせた。
「さらばだ」
 やや腰を落とした体勢から繰り出された蹴りが、獄卒鬼の膝を蹴り砕く。
 豪雨の中溶けていくアヤカシの姿を最後まで確認することなく、北辰の銘を持つ駆鎧が急峻な崖を駆け上っていく。
 それから1分もたたないうちに堰止め湖は内側から崩壊し、大地と大気を震わせる濁流が下流に向かっていくのだった。

●青く澄んだ空の下で
 豪雨が引き起こした災害は川沿いに多くの被害をもたらしたが、幸いなことに人的な被害は出なかった。
 雨が止んでから数日後の現在、領主が前もって資材を用意していたため復興は急速に進んでいる。
 最も大きな被害を受けたのは資材購入費で軽くなった領主の財布と、開拓者に感謝を表そうにも復興現場を離れられない住民達の心だったかもしれない。
 感謝を向けられるはずの開拓者は、水によって大地が削り取られて生じた新たな地形に足を踏み入れていた。
「下流全てを救った以上、駆鎧を運ぶのに使った荷車が全て失われても経費として認められはするだろうが…。壊れたかどうか確認しておくべきだな」
 将門が発言すると、開拓者達はそれぞれのやり方で同意を示す。
「おお、なるほど!」
 その中で、何やら思いついたらしいりょうはぽんと手を打って破顔した。
「そういう名目で復旧に手を貸すのですね!」
 主に良い意味で真っ直ぐなりょうは、爽やかな笑顔を浮かべて何度もうなずく。
「そう言うのは気付いても気付かないふりをしてあげなきゃ」
「フィン殿。追い打ちをかけるのもほとほどにな」
 開拓者は和やかに会話しながら土砂に埋まった岩や木を掘り出し、今後行われるであろう山での復旧作業を容易にするための作業を行っていく。
 結局荷車は見つからなかったが、開拓者ギルドから苦情を申し立てられることはなかった。