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■オープニング本文 朝廷の上層から下された命令に開拓者ギルドの一部は頭を抱えていた。 「地図のここからここまでを調査しろって、何を見つけろという命令も無しかよ」 「強力なアヤカシやケモノが出る土地ですよ。手練れの開拓者なら1度や2度は軽く撃退できるでしょうが、目標も分からないで彷徨うなら何度戦うことになるか」 当然まともな地図は無い。最も詳しい地図でも、殴り書きで多分森と書かれているだけなのだ。 調査対象は広い。脅威が存在しない場合でも開拓者8人がばらばらになって朝から晩まで調査しても丸一日かかるだろう。 「飛行許可は?」 「とりました。また、遠方の上空から見下ろしても地面は見えなかったそうです」 「了解。全くこいつは酷い依頼だ」 「個人的には何も見つけられなくても仕方ないと思いますね」 「立場上、表で言う訳にはいかんがな」 職員達は奥歯をかみしめる。 生命の危険がある依頼を開拓者に任せることには良心の呵責を感じない。しかし今回の件は酷すぎる。 彼等は少しでも開拓者に報いるため、報酬や経費の部分で頑張るのであった。 ●依頼 指定された範囲を調査し、期日までに結果を報告せよ。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●遠すぎる過去 「なあじーちゃん。あそこに関する言い伝えとかそういうの知らないか?」 前触れなく訪ねてきたルオウ(ia2445)に突然話しかけられ、長老は混乱したまま目を瞬かせた。 ここは街というには小規模過ぎ、村というには設備が整いすぎた人里である。 人里の首脳部の中に開拓者ギルドを知っている者がいたので開拓者が排斥されることはなかったが、長老を初めとした住民達からは困惑の気配しか感じ取れなかった。 「何も…。いや、少し待ってくれ。あの危険地帯に何かあるのか? 昔から危険すぎて猟師どころか山師さえ近づかん場所じゃぞ。というかそもそもおぬし等いったい」 混乱しつつ不審げな視線さえ向けはじめた長老に対し、普段は柔らかな雰囲気を持つ鈴木透子(ia5664)が堅い礼儀正しさと共に語りかける。 「開拓者ギルドから参りました鈴木と申します。こちらはルオウ。共に調査を命じられこの地に参りました」 「あ、ああ。これはご丁寧に」 長老は未だ混乱状態にあるが、透子の態度と言葉遣いから信頼に足ると判断したらしい。何事かと不安げに伺っていた住民達に対し、心配ないと合図を送る。 「面倒かけて悪いんだけど、今日明日の分の食事を用意して欲しいんだ。これがギルドからの紹介状」 フィン・ファルスト(ib0979)が封のされていない手紙を長老に渡す。 「ふむ」 長老は素早く目を通すと何度かうなずいた。 「承知いたしました。早速用意させましょう」 住民にあれこれと指示を出し始めた長老の背後では、柚乃(ia0638)が騎龍の背から大きな木箱を下ろしていた。 滝月玲(ia1409)の協力も得て蓋を引き剥がすと、多数の狼煙銃が隙間無く詰め込まれた中身が明らかになる。 「数が多いですね」 柚乃は上品に目を瞬かせて驚きを表現する。 「必要なだけ使えということだろう。ギルドの厚意だ。最大限利用させてもらおう」 玲は狼煙銃の状態を確認してから脇に釣るす。 「御武家様、いくらなんでもそれは」 急に、長老が悲鳴に近い声をあげる。 「危険なのは分かっている。けど時間がないんだ。出来る範囲の無理はせざるを得ない。ってことで明日の分まで頼む。さすがに何も食わずに長時間活動するのは無理だからさ」 強力という表現では到底足りない力を持つルオウは、住民を不安にさせないよう、開拓者と長老のみに聞こえる程度の小声で話す。 「そこまで言われるなら…。緊急時用の備蓄から出しますので着いてきてください」 「ありがとう」 にかりと白い歯を見せて微笑み、ルオウは長老と連れだって食料庫のある場所へ向かって行った。 2人との入れ違いになる形で、人間にしてはあまりに小さすぎる人型が開拓者達の元へ戻ってくる。 村人の感情を悪化させないよう適度な愛想を振りまいていた、人妖のロガエスだ。 高位貴族の館で飾られていても違和感のない水準の美貌が、今は主に精神的な疲れで曇ってしまっていた。 「ちっ、面倒な依頼受けやがって…。当ては見つかったのかよ?」 「探せば何かあるかもしれないからしょうがないよ。頑張ろっ」 「…かもしれねえだけだろ。ったく…」 ロガエスは肩を落としてフィンに従って歩き出す。目的地は、強大なアヤカシが多数潜む緑の魔境である。 ●森 太陽の光をたっぷりと受けた木々はみっしりと大量の葉を茂らせ、上空からの視線を完全に遮っていた。 地上からともなく上空から見れば緑連なる見事な場所であるはずなのに、騎龍の上から見下ろすエルレーン(ib7455)は背筋を這い上がる悪寒に襲われていた。 「う、うぅ…なにか怖いアヤカシが出たりして」 風音と炎龍ラルの羽ばたく音だけが聴覚を支配し、森から聞こえるはずの獣や鳥の声は全く聞こえない。 「何があるかわからないけど…だからこそ、ラル、あなたの力が必要なんだ!」 字面は信頼と勇気に満ちたものであったが、エルレーンの口から出たのは弱気が表に出たすがるような声であった。 しかし声から感じられる気弱さとは正反対に、彼女は何事も見逃さぬ鋭い視線を眼下の森に向けていた。 ラルも心得たもので、主人により良い視界を提供するために危険を覚悟の上で高度を下げていく。 「そこと、あちらかな」 空から見える森の切れ目や倒木の位置を記憶しながら呟くエルレーンは、変化に気付くのに一瞬だけ遅れた。 木々の間から黒いもやのようなものが沸き上がり、ラルの尻尾に食いつこうとするかのように追って来たのだ。 「火事、じゃない雲骸(クリッター)!」 騎龍の手綱をひいたとき、ラルは既に炎を吐く準備を整えていた。 主人から火災の危険を言い聞かされていたラルは、角度を調節して炎を木に向けないようにする余裕すらあった。 ラルの下方数メートルの位置にある木の先端が揺れ、自前の毛皮を持つ人型のものが飛び出して来る。 突然の奇襲に、鋭く尖った爪がラルの腹を割くかと思われたが、華の紋様を持つ青い刃に腕を切り飛ばされてしまう。 「猿…ううん、ケモノかな」 蒼天花を振り抜いた状態で、完全に平衡を失い地面に落ちていくそれにちらりと視線を向けたとき、エルレーンはさらなる、ほとんど致命的と表現して構わないほどの変化に気付く。 「ラル!」 声に込めた気迫とにじみ出るかすかな焦り、そして鞍を通してさえ伝わる熱に炎龍は激しく反応した。 駿龍には劣るが地上をいくものにはまず出せない高速を発揮し、森の中から木々を破壊しながら姿を現そうとするものから逃げる。 「ここは、いったん退こう! …無駄にここで戦って死ぬのは、正しくもなんともないの!」 ラルの背でエルレーンが振り返ると、破壊衝動に任せて飛び立とうとするが木々が邪魔で手間取っている死竜(ドラゴンゾンビ)の姿があった。 巨大アヤカシが飛び立つ頃には、エルレーン主従は既にアヤカシの視界から消えていた。 ●隠れる 「よーしよし。よく我慢したな」 ルオウは頭上にある分厚い葉の層の隙間から死竜を観察しながら、己に抱きつくようにして上空からの視線をかわす迅鷹の背を撫でてやる。 「大昔に人の手が入った形跡はあるんだがなぁ」 背後にある苔むした崖を裏拳で数度叩くが、返って来る感触と音に変わったところはない。 「長期戦覚悟だな。ヴァイス、移動してから大休止だ」 1人と1体は一体化し、輝く翼を鋭く振るって天然の罠になっている地面の亀裂を無視して小さな崖の上に移動する。そこは特に木々が密集していて、獲物を探して上空を旋回中のアヤカシに気付かれない絶好の避難所になっていた。 「合流したら情報交換だな。広すぎるぜ」 放り投げた握り飯を相棒が危なげなく受け止めるのを横目で見ながら、ルオウは今後のルートを考え始めた。 ●功労者の鼻 小柄な柴犬が地面から顔を上げ、わふ、と自信ありげな声を出す。 肉球が見えるほど前脚を高くあげて方向を示す小柄な犬は、表情はすましているが尻尾が機嫌良く揺れていた。 「少し待って下さい」 駄目忍犬から忍犬としては最上級に近い存在に成り上がったものの主は、ペースを落とすよう命じながら白墨を動かす。 木に記入するのは仲間と取り決めた目印であり、仲間がこれを見れば透子の進路と怪しげな場所の位置が伝わるはずだった。 透子自身が迷うのも防ぐ目的もあるのだが、現在彼女はどう書くべきか迷っていた。 「考えてみると、忍犬って探索に向いているのですよね」 どんな臭いも見逃さない遮那王の鼻は、森に埋もれた人工物を次々に見つけ続け、予め取り決めた目印だけでは仲間を混乱させてしまいそうだった。 依頼主である朝廷にとってどれが当たりなのは分からない。しかしこれだけ見つければおそらく文句は出ないだろう。 「風の向きに気をつけてアヤカシに気付かれないようしてくださいね」 「わふっ」 「気付かれていないときでも奇襲するのは駄目ですよ」 「わふー」 おそらく今回の功労者の1人になるであろう忍犬は、情けない鳴き声をあげながらも真面目に探索を続けていくのであった。 ●熊狩り 昼なお暗い森の中で、飢えと怒りで禍々しく輝く双眸が高速で迫ってきていた。 「熊さん、悪いけどやり合うなら鍋にするからね」 かすかな音を立てながら長大な騎士剣を鞘から解き放ち、フィンは物理的な力さえ有りそうな視線をケモノに向ける。 肌が泡立ち神経が焼けつき戦意に出迎えられた熊ケモノは一瞬足を止めるが、数百歩後方にいるはずの巨大アヤカシに対する恐怖の方が勝ったようだった。 「…こいつの実家は人間以外を殺したら食えるのは食うのがルールらしーぞ」 翡翠の髪と目を持つ人妖が、フィンの背に隠れたまま小さなてのひらを口の両側にあてて警告する。 もちろんケモノは聞き入れもせず理解すらできず、あまりに生き辛い森でようやく見つけた大きな食い物を手に入れようとする。 「こんなことをしている時間はないんだけどね」 ほっそりと形良い体つきからは考えられないほど安定した体勢で迎え撃つ。 長距離の助走で凄まじい勢いがついていたはずの熊は、フィンが片手で保持する盾を揺るがすことさえできずに受け止められる。 もう一方の手で振るわれた騎士剣は熊の分厚い毛皮と肉を貫いて内蔵複数を破壊し、ただの一撃で勝負が決まるのだった。 それからしばらくして、敵意無しの合図を送りつつ空から炎龍が降下してくる。 柚乃を乗せた炎龍ヒムカだ。 「これを」 白い紙に空から、とはいっても遠方からアヤカシに見つけられないよう慎重に低空を飛んで偵察を行った結果を記し、フィンに手渡す。 紙はフィンがギルド経由で調達した物であり、全員に配布されれたこれは意思疎通と記録の面で非常に役立っていた。 「上から見て分かるような大物がいるなんて、無茶な場所ね」 「目視できるほど大きなものは極少数でしたが、数は見ての通りです」 極めて強力な術者である柚乃が使う瘴索結界は、効果範囲に多数の反応をみつけていた。その数はあまりに多く、小さな紙では書ききれないほどあった。 「私は戦ったのはケモノだけどね。ところでこれはなんだったの?」 フィンが地図の一際大きく描かれたものを指さしてたずねると、柚乃は深刻な表情を浮かべ口を開く。 「小型の祟り神かと」 「わぁい」 ロガエスがお手上げのポーズをとる。 小型祟り神とは、殺害した相手を取り込んで際限なく強大化していく凶悪極まりないアヤカシである。 今回の調査に参加した開拓者が全員でかかれば死者も重傷者も出さずに倒せるだろうが、調査を優先している彼等が手を出してよい相手ではない。 「今回のは急ぎだし分かれたまま捜索を続けよう。ロガエス、行くよ」 「分かってるって。そちらもがんばれよー」 人妖は元気に手を振り別れを惜しむと、暗視を発動させて主人を伴い薄暗い森の中に突進していく。 「さて」 穏やかな微笑みを消し、柚乃は考えを巡らせる。 「森には一見何もない。いえ、数百年何も無かったというべきでしょうか」 周囲を警戒中のヒムカの背を撫でてやりながら、情報収集と情報交換で得たものをもとに高速で思考を進めていく。 「ならば依頼人が見つけたいのは今いるアヤカシか数百年以上前からあるもの。古代遺跡かその残骸?」 明日以降は地上調査を行うことを心に決め、柚乃はヒムカと共に再び空に舞い上がるのだった。 ●死竜 森の外縁部近くで、木々が薙ぎ倒される音が連続して響いていた。 「ここまで探して人工物無しということは、余程運がないか目当てのものは埋もれているのか…」 天然の罠と化した下生えを回避しつつ、玲は恐るべき高速で森の中を駆け抜けていく。 上空の迅鷹火燐は速度を合わせながら、迎撃に向かうべきかどうか伺いをたてる視線を向けてくる。 「念のため長老に知らせ…いや、その場で待機だ」 森から飛び出ると同時に抜刀し、玲は口元をわずかにつり上げた。 「助けはいるかー?」 気の抜ける羽ばたきの音を伴いながらルオウが降下してくる。 練力切れでヴァイス・シュベールトは着陸と同時に後退していき、ルオウだけがその場に残る。 「そちらは手こずったようだな?」 「避けきれずに大物と1対1になったからなー。最初に不意を打てなけりゃ上空から削り殺されたかも」 深手こそないものの、体のあちこちに無数の傷をつけたルオウが軽く応える。相手が小型祟り神だったため練力も体力も残りが怪しいが、ここで逃げる訳にはいかない。 「人里に近づける訳にはいかない。ここで片付けるぞ」 「応っ!」 双方大量の流血が伴う戦いが開始されてから数分後、一度逃げてから回復後に消耗した2人へとどめを刺そうとしたアヤカシの行く手に、玲がこっそり使っていた狼煙銃に気づいて集った開拓者が立ちふさがる。 「こちらは調査で忙しい。邪魔をしないでもらおうか」 無防備な死竜の背中を駆け上がり、玲は薄い刃を目にも止まらぬ高速で振る巨大な首を斬り飛ばす。 背から飛び降り地上に降り立つと同時に死竜の首が地面に激突するが、彼も他の面々もそれ以上死竜を気にとめることなく調査を再開した。 ●調査結果 数日後、森の中の目立った地形と物品が全て記載された地図が開拓者ギルドを通じて朝廷に提出された。 過酷な調査で疲れ切った開拓者に対して、何の言葉も無かったらしい。 |