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■オープニング本文 神砂船から回収された紙切れが波紋を呼んでいた。 「かわゆくてもえもえーなからくりちゃんたちのはーれむ?」 古代文字の研究に人生を捧げてきた老人が解読結果を口にする。 弟子達は引きつった笑いを浮かべたり頭を抱えたり早退願いを書き始めたりと様々だが、老人は眩しいほど精気に溢れる視線を手記に固定していた。 「はーれむをどう解釈するかが問題か。複数の異性とその親と子を扶養している状態。複数の異性から媚態を示される状況。隠喩。揶揄。それぞれの場合に分けて解釈を行うように」 「はっ」 「承知しました」 「帰っていいですか先生」 弟子達はこれまで見つかった文章を参考にしながら仕事にとりかかる。 作業は難航したが、それから数週間後にようやく解釈が確定した。 「計画立案を含め実現に向けた準備がされていた形跡無し。この文章は妄想に基づき書かれた可能性が高い」 徒労感に襲われ崩れ落ちる弟子達とは対照的に、研究に没頭する老人の肌は艶々していた。 ●天儀開拓者ギルド 「い、医者に呼べー!」 あるギルド職員が、息をしていない少女を抱えて開拓者ギルドに乱入していた。 少女の表情は穏やかなもので健康そうな顔色だ。服装は寝間着で、本人の性格を現すように乱れはほとんど無かった。 意識を失ったのは就寝中だったらしく、化粧は落とされ顔の一部に人形らしき切れ目が見えた。 「いいいしゃ! 回復術でも良」 警備担当が私服のままの職員の首筋に手刀を叩き込む。 あっさりと意識を失う職員は、気を失っていても決して少女を離そうとはしなかった。 ●アル=カマルの私塾にて 「出張だ。用意をせい」 老人が命令すると弟子達は作業を中断し弾かれたように片付けと準備を開始する。 「先生、また何か見つかったのでしょうか」 「家庭教師として雇われたとか?」 準備をしながら聞いてくる弟子をじろりとにらみ、老人は先程届いた書状の内容を説明する。 「神砂船の再調査じゃ。天儀で何かあったらしい。儂等の担当は…」 老人が口にしたのは、損傷が酷く立ち入りが制限された区画であった。 「遺書必須ですか」 「帰っていいですか先生」 口々に勝手なことを言ってはいたが、弟子達は驚くほど早く準備を整える。 「天儀から開拓者が派遣されてくる。何かが起きたのは確実じゃろうが不用意に首を突っ込むでないぞ。この業界、下手に現在の権威を揺るがす情報に触れたら長生きできぬ」 冗談の含まれぬ師匠の言葉に、弟子達は真剣な表情でうなずくのだった。 ●調査依頼 学者を連れて神砂船の再調査に向かって欲しい。 これはからくりと呼ばれる知性ある存在に関わる依頼である。 |
■参加者一覧
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎
射手座(ib6937)
24歳・男・弓
向井・操(ib8606)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●隔絶 実力が隔絶しすぎていると、相手の力を見誤ることがあるらしい。 瘴気から形をなしたばかりの小鬼はまさにその典型例であった。 「下がれ!」 向井・操(ib8606)が鋭く命じると、徹底的に荒事に向いていない学者と弟子達は転げるようにして後退しようとした。 「射手座!」 「はいはい」 這うようにして逃走中のつもりの、実際には床の上でもがいているだけの学者達を山羊座(ib6903)と射手座(ib6937)が抱えて無理矢理後退させていく。 無音の神砂船で騒ぎを起こす開拓者一行を獲物と認識したのか、アヤカシは破壊衝動と腹の飢えをみたすために目の前の相手に躍りかかる。 が、出迎えたのは小鬼を数桁上回る、怨念じみた気配を発揮する怨霊であった。 その朧な姿が小鬼と重なった瞬間、小さな体が無残に変色し全身の穴という穴から不気味な色の体液を噴出してアヤカシが事切れる。 オーバーキルにもほどがある、一方的な展開であった。 しかし戦いはまだ終わっていなかった。 「一番乗りはわしじゃ!」 「いや俺です!」 学者を筆頭に、最も若い者でもとうに成人した野郎達が、鼻息を荒くしながら目当ての区画に特攻を開始したのだ。 「馬鹿か貴様等は!」 集中線が幻視できる勢いで操が叱咤するが馬鹿共は止まらない。通路の隅に消えかけの書き込みを見つければ汚れた床に平然と座り込み、調査対象の保全なにそれ美味しいのという勢いでドアの鍵穴に針金を突っ込んで解錠して中に入り込もうとする。 「偉く難儀な学者さんだねぇ」 通路の先に姿を現した不定形小型アヤカシを文字通り吹き飛ばしてから、劫光(ia9510)は超高度な術の連続行使による疲れを見せず学者達に歩み寄る。 「俺達の仕事にはあんた達の護衛も含まれている。協力はするから少しは落ち着け」 結局彼等が落ち着いたのは、1度強制的に意識を失わされた後のことであった。 ●ターゲットはどこに 「こんなものかな」 床に開いた大穴の上に分厚い板を渡して固定し終え、操は警戒をとかないまま小さく伸びをする。 厳粛というより陰々滅々とした気配の中で、そこだけ切り取ったように明るい金髪がさらりと揺れる。 1度安全地帯に戻ろうとしたとき、その安全地帯から大人げない老人の声が響いてくる。 「畜生! 一番乗りする気だなぁっ」 操は反転して改めて安全地帯に向かう。 ドラゴンゾンビキラー向井操。 凄腕の開拓者である彼女の最大の弱点は、週一回どころでは無い頻度で迷ってしまう方向感覚の無さであった。 「まあまあ。幸いなことに今の所アヤカシはいないみたいだ。無意味な危険はおかさず確実にいこう」 射手座がにこりと微笑むと、老人は冷静さをとりもどしてうなずく。 「偵察はやっておく。こいつらの世話は頼む」 こっそりと言い置いて、劫光は未探索地帯に対する壁になるように立ち、偵察用の式を飛ばして安全確認を開始する。 「模写するのはこういうので良いのか?」 操が壁の一部を指さす。 学者の弟子が舐めるように観察していた文字列と良く似ていたが、冷静さを取り戻した弟子が真面目な顔で否定する。 「えーとですね。私も最初はそう思ったのですが、よーく見てみると単に舗装がはげたのでした」 警戒を続ける劫光を除く3人の開拓者は、困惑が混じった視線を交わす。 「違いが分からないな。怪しい物全てを模写するつもりでいた方が良いか?」 操が問うと、それまで無言で考え込んでいた山羊座が重々しく口を開く。 「いや。ギルドが予想していた以上に環境が悪い。可能性がある壁画や紙を補強するのは良いが、時間と資材は限られている。ある程度目星がつかねば厳しいだろう」 「難しいね」 射手座は理穴弓の弦を弾きながら、他人事のようにつぶやく。 「確か地図はあっただろう? 当たりの目星はつけられないのかな?」 「残念ながら、な。儂等は手広くやっておるが船は専門外じゃ」 「なるほどねぇ。じゃあ古代文字の見分け方をご教授願えるかい?」 「うむ」 老人は渋い顔で重々しくうなずく。しかしよく見てみると、理解力が高そうな開拓者に説明するのが余程嬉しいらしく、今にもスキップを始めそうな軽い足取りをしつつ教科書となりそうな資料を荷物の中から選び出していく。 嫌な予感に襲われた山羊座が道連れを求めて周囲を見渡すが、いつの間にか射手座も操もその場から離れて通路の補強工事を開始し、劫光も決して背後を振り向かない。 「古語といっても現在使われている文字と断絶している訳ではなくてな。そもそも…」 山羊座が解放されたのは、翌日の調査開始のときであった。 ●からくりと浪漫 「なんだ?」 式から伝えられた視覚情報に、劫光はかすかに眉を動かした。 「以前の戦いでここに誰か入り込んだ記録は?」 「無い。可能性は皆無ではないだろうけど」 資料を読み込んだ射手座が答えると、劫光は目で礼を述べてから学者の弟子の1人に振り返った。 今いるのは調査対象区画の中心付近であり、不安定な足場を通って来る必要が有り、脆い場所を刺激しないようにしなくてはならない場所だ。 老人を含めた全員が、操があきれ果てるほど体力のない面々ではあった。その中で、辛うじて及第点の体力と敏捷性を持つ弟子が山羊座により連れてこられていた。 「何かあったのですか?」 山羊座や操から渡される写しを鼻息荒く解読していた弟子が、顔をあげてぎらつく視線を向けてくる。 今の所、若者への愚痴やポエムがかった与太話しか見つかっていないらしく、その勢いには鬼気迫るものがあった。 「人がいた」 「なんと。前の戦でのご遺体ですか。手厚く葬るかご遺族の元へ運ばなけれ…」 弟子は神妙な態度でアル=カマル風の礼をとる。が、式を通じて調査中の劫光は鋭く否定した。 「いや、稼働していない人形が数体、それぞれ箱の中に入っている」 奇妙な材質の箱だった。もとは取り扱い説明書じみたものが貼り付けられていた気配があるのだが、風化が進んでいるためほとんどの部分が読み取れない。 「例のからくりですか。あれ、うちらの専門じゃないんで…」 「長文が残っていたぞ」 弟子の落ち着きは、劫光の言葉を聞いた瞬間吹き飛んだ。 「ひゃっはー! 新鮮な一級資料だぁっ!」 「弟子は師匠に譲るもんじゃー!」 安全地帯に留められている老人達まで騒ぎ出す。 操は暴走する学者達の押さえを男性陣に任せ、劫光の式が入り込んでいた部屋の扉の前で中の気配と音を探る。劫光の偵察によりアヤカシが見つからなかった以上おそらく危険なものはないだろうが、気を抜く訳にはいかないのだ。 「あー、一応アヤカシの反応はないみたいだね」 鏡弦を発動させた射手座から御墨付きが出た時点で、操は扉を開き中に足を踏み入れる。 中にあったのは蓋がずれている複数の箱だ。 箱の隙間からは、埃をかぶってはいるものの今にも動き出しそうなほど精巧な人形が見えている。 山羊座に手伝ってもらいながら足場の確認を終えた操がそのことを告げると、調査団全員がひとつの部屋に殺到した。 「辛うじて無事なのはこれくらいか。読めるか?」 一番体力のある弟子をとりおさえたままの山羊座がたずねると、目を血走らせ鼻息が五月蠅い男は奇妙な笑い声と共に回答する。 「砂漠緑化事業用! 型式の振り方からして大量生産前提っぽい! ひゅーっ! 嫌になるほど現実的じゃねぇか。わくわくしてきやがったぜ!」 学者達のテンションは天井知らずに上がっていき、開拓者達を悩ませるのだった。 ●調査結果 大量の人材を投じて数日間行われた調査で分かったのは、神砂船を使っていた勢力が、大量のからくりを投入したアル=カマル緑化を目指していた可能性が高いという推測であった 回収されたからくりは依頼人である天儀朝廷に引き渡され調査も行われたらしいが、上記以外の新たな情報は得られなかったらしい。 |