時間との勝負。雑炊編
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/13 19:41



■オープニング本文

 作り立てでないと極端に味が落ちる料理がある。
 雑炊もそのうちの1つだ。
 そして今、巨大な2つの鍋で雑炊が湯気をあげている。
 近くには元気そうではあっても食の細そうな老人2人しかいない。

●因縁
 今を遡ること数十年前。
 ほぼ同時期にそれぞれ家を継いだ若武者達がいた。
 どういう巡り合わせか両家とも常に対立する陣営に属し、直接殺し合うことはなかったものの深刻な対立状態にあり続けた。
 しかしそれも昔のこと。若武者が老境に入り後継に当主の座を譲り渡した頃には、少なくとも両家の間には和解が成立し親好を温めるまでになった。
 と、ここで終われば美しい話なのかもしれないが、残念がらそうはいかない。
 若い頃から苦労を重ねてきた2人の隠居は、平和になっても惚けはしなかったが2人揃って遊び回るようになってしまったのだ。
 現在はまっているのは料理であり、今日は味を落とさずにどれだけ大量に作れるのかの勝負であった。
 嬉々として作るまでは良かったのだ。どう考えても百食分を越える量を作り上げた時点で我に返り、2人は頭を抱えた。
 人に無料で振る舞うにしても家族や元部下達を呼ぶにしても時間が無い。
 冷めて堅くなり、大量の水を吸ってしまった雑炊は非常に不味い。苦労してきたため食料を無駄にすることを極端に嫌う2人は、開拓者ギルドに駆け込んで大声で呼びかける。
「参加費無料、むしろ金を出す。龍でもなんでも連れてきて構わない」
 と。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●救援到来
 歳経た木々も高価な品も存在しない広い庭。
 しかし年若い木々は丹精込めて手入れされており、庭石の配置は考え抜かれている。
 全体の雰囲気は厳粛さと暖かさが両立した見事なもので、持ち主の人格の深みを感じさせる場所になっていた。
 そんな場所に、全く何の脈絡もなく、ただひたすらに大きいだけの鍋が2つ存在した。
「助けは来ぬのか」
「うむ。そろそろ来るはずなのだが」
 老練な武人が2人、白いひげに雑炊の食べかすがついた状態で場に倒れ込んでいた。
 これはそろそろいかんかなー、と思いつつ意識が朦朧としてきた頃、重厚極まりなくせに奇妙なまでに静な足音が響いてきた。
「お待たせした!」
 現れたのは大型かつ極めて強力なケモノである鷲獅鳥。
 その頭上に腕を組んで仁王立ちするのはリンスガルト・ギーベリ(ib5184)。
 純天儀風の庭とは対照的な純ジルベリア風の容貌ではあるが、何故か庭の雰囲気と調和している。庭の持ち主同様、リンスガルトも誇りと共に歴史を積み重ねてきた一族のすえだからかもしれない。
「老爺となられても互いに競い合い切磋琢磨するその姿勢…。妾は心より感服致した」
 腕をとき、貴婦人に相応しい礼をとる。
「我等主従、お二人の雑炊を決して無駄にはせぬ! 見事完食してみせようぞ!」
 咆哮する鷲獅鳥の頭上で完全な平衡を保ちつつ宣言する。
 その姿は、現実で強いられる汚濁とは切り離された、理想の貴族像そのものだった。
 それは若いからこそ可能なのかもしれないが、未だ発展途上ではあってもそこに覚悟と自負と実力を見いだした老人達は、暖かな視線で若き貴族を見上げていた。
 リンスガルトは無言でうなずくと、器用に、そしてそれ以上に慎重に鷲獅鳥の首筋を伝って降りていく。
「IL。動く出ないぞ。鍋の近くでほこりをたてるわけにはいかぬ。お二方も蓋をしめていてくだされ」
 極めて現実的な指示を出すリンスガルトに、2人はばつの悪そうな顔をする。
「うむ」
「すまんの。気がつかんかった」
 2人は鍋の蓋を取りに行くために立ち上がろうし、急に顔色を悪くして両手で口を覆った。
「良い歳をして何をしている」
 庭に強行着陸したリンスガルトとは異なり、風雅哲心(ia0135)は正門から通常の手順で入ったため今到着していた。
 脂汗を流しながら身振りで反論しようとする2人を鼻で笑い、鍋にほこり避けの蓋を置きながら説教を始める。
「量を作るのは結構だが、その後の事を考えてからやってくれ」
 説教する哲心の背後では青い髪の羽妖精が食器を運んでいる。
 大きさは人間用椀の半分程度だが、羽妖精からするとどんぶりのサイズに相当する。使うのはいうまでもなく羽妖精本人だ。
「作った後の消費ができないなら、最初から作らない方がマシだ」
 羽妖精、リンスガルト、ILの順に大きくなる器におたまで雑炊が注ぎ込まれ、豊かな香りが庭の一角を満たす。
「ILよ、我が名に於いて命ず! 悉く暴食し汝が活力とせよ! 喰らえ、喰らえ、喰らい尽くせ!」
 いただきますの代わりに高圧的に命じ交渉する。その声は幼さと気品が両立し、男女を問わず深みに誘う魔性を帯びつつあった。
 とはいえ色気の面ではまだまだ発展途上。
 全く影響を受けない哲心が説教を終えて振り返ると、礼儀に則った上で高速で食べるリンスガルト主従の横で、羽妖精の美水姫は口をリスのようにふくらませたまま何かを言おうとしていた。
「飲み物はこれで良いか?」
 リンスガルトが透明な液体がなみなみと注がれたグラスを渡すと、美水姫は両手で受け取って少しだけ口に含む。すると顔から白い首筋までが柔らかな桜色に染まり、天真爛漫な光が宿る瞳が潤む。
「んぐ…。なんだかすごくあまくておいしいのです」
「羅喉丸っ! 依頼人が用意した杯が減っておるぞ」
 大鍋を挟んだ反対側で人妖が騒いでいるが、それに構っている余裕はない。
「ギーベリ」
 杯に残る酒精の香りから事情を察し、哲心がたしなめる。
「すまぬ、間違った。妾の不手際じゃ」
 真顔に戻って頭を下げる。
「頭を上げろ。故意でないのなら責めはしない。良い酒を飲むのもこいつにとっては良い経験になるだろうからな」
「うむ」
 リンスガルトは表情を元に戻して水の入った杯を探し、美水姫に渡そうとする。が、全ては遅かった。
「にゅ、だいじょーぶなのですよー主様。美水姫は立派なれでぃーなのです。だからもっと飲んでもだいじょーぶなのですよー」
 哲心が目を離した隙に杯を干してしまった美水姫が、ふにゃらと笑み崩れながら雑炊をぱくりと飲み込み、催促するように空の杯を差し出す。
 リンスガルトと哲心は顔を見合わせ、ほぼ同時にため息をついた。
「酒は向こうに持っていく」
「頼む」
 リンスガルトは後をILに任せてその場を後にし、哲心はそれ以上美水姫が調子に乗らないよう注意しながら、ようやく雑炊を口に運ぶことができた。
「ほう」
 材料の切り方や温度の加減にわずかながら不備がみえるものの、素材の良さを損なうほどではない。
 年の離れた妹に対するように美水姫を世話してやりながら、哲心は静かに食事を楽しむのであった。

●熱い雑炊
 雑炊の中で弾ける水蒸気に気付いた瞬間、劉星晶(ib3478)とその朋友である鷲獅鳥翔星は一歩下がってしまっていた。
「星晶殿?」
 羅喉丸(ia0347)が戸惑いの視線を向けると、星晶は曖昧に笑って誤魔化す。
「いやぁ。話は聞いていましたが実際見ると大きいですね…。食べ応えがありそうです」
 奇妙な堅さが感じられる星晶の態度に気付きはしたが、羅喉丸は礼儀正しく気付かなかったことにして鍋に向き直る。
 全体が青みがかって見えるのは、大量に投入されたわかめのせいだ。超人的な視力で注意深く確かめると、乾燥したわかめを戻したにしては様子が異なるように感じられた。どうやら生のわかめを新鮮なうちに運んできた物らしい。
「よければお先にどうぞ」
 星晶はそっとおたまを差し出す。
「有り難うございます」
 遠慮をするより厚意に感謝し熱いうちに食べる方が礼儀にかなうと考え、羅喉丸は朋友の蓮華の小さな碗と、自らのためのどんぶりサイズの器にとろみのついた雑炊を注ぐ。
 かなりの量をすくいとったはずなのに、鍋の中身はほとんど減ったように見えなかった。
「これは挑みがいがあるな」
 余裕のある笑みを浮かべる。
「羅喉丸よ。もう少し請ける依頼を選んでも良いと思うぞ」
 蓮華は古酒をちびちびとやりながら羅喉丸から器を受け取る。蓮華の前の小さな卓には、既にからになった杯がいくつもおかれていた。
「劉殿、器はこれで良いですか?」
 おたまと共に器を差し出され、星晶は少し表情をひきつらせながら受け取った。別に羅喉丸を嫌っている訳ではない。単に…。
「熱そうですね」
「ええ。今から温くなるようでは食べきる頃には冷え切るでしょうし」
 羅喉丸は箸を器用に使って柔らかくなった米と汁をわかめと共に口にする。やや濃いめの塩味が効いた濃厚な味わいを背景に、新鮮で厚いわかめが口の中で踊る。
「悪くないな」
 わかめと貝を肴にしながら、蓮華はしっかりと噛んで食べ進めていく羅喉丸を優しい目で見上げていた。
 そんな仲むつまじい主従とは対照的に、星晶とその朋友たる鷲獅鳥翔星は緊張で汗を流していた。
 まだまだ寒い季節であるはずなのに、この場はかなり熱い。哲心と羅喉丸が料理を冷まさないためにあれこれ手を打っているからだ。
 羅喉丸が用意した七輪には大量の炭が投入されて凄まじい火力を発揮している。もちろんそれだけでは巨大鍋全体の温度を保つには足りない。しかし哲心が土鍋を調達して雑炊を小分けにして土鍋に入れ、それぞれに七輪を用意することで温度の低下は最小限に抑えられていた。
「はっはっは。何処へ行くんです翔星」
 気配を消して立ち去ろうとしていた巨体を、首筋を掴んで固定する。
 翔星は無言のまま非難の視線を向けてくる。が、星晶は笑顔で威嚇していた。
「ほら、大好きな俺との勝負ですよ。俺も猫舌。君も猫舌。きっと素敵な戦いになるでしょう。楽しみですね」
 逃がさない。お前だけは。
 そんなことを考え道連れにする気満々の主人に本気で攻撃してやろうかなぁと思いながら、一応は主人を尊敬している、あるいはしていた翔星は大人しく鍋の元へ引きずられていくのであった。

●強敵
 天儀有数の泰拳士である羅喉丸。
 冷静沈着で知られる彼が、わずかではあるが表に焦りを出していた。
「一度引き受けたことを放り出す等できようだろうか、いやない」
 温度はあまり下がってはいないものの、汁が米に吸収されてきて味のバランスが崩れてきた雑炊を空の碗に注ぐ。
 箸で口に運び、よく噛み、余さず嚥下するという流れは変わっていない。だが速度は明らかに落ちていた。
「なんという健啖家。さすがじゃの」
 羅喉丸と比べれば量こそ落ちるが、食事量と体格の比率では羅喉丸と同等になるほど食べていたはずのリンスガルトが足取りも軽く明るい表情で鍋の前に戻ってくる。
 そして一際大きな器に山盛りで雑炊を盛り、最初と同レベルの速度で食べていく。
「羅喉丸、このままでは冷めるぞ」
 蓮華がつぶやく。
 羅喉丸は迷っていた。まだ食べることは可能だ。しかし美味しく頂くことは、腹が満たされた現状では無理かもしれない。
「これだけ食せば勢いも鈍ろう」
 銀のさじの動きを止め、ようやく中身が半分より少なくなった鍋を覗き込む。
「とはいえ妾も少々飽きてきた」
 リンスガルトは持参した瓶の蓋を機嫌良く開け、中身を己の器に注ぎ込む。
 赤と茶色からなるそれは、離れているにも関わらず羅喉丸と蓮華の鼻腔を強烈に刺激する。
「良ければ使うかの?」
 ILの巨大な器にも注ぎ込みながらリンスガルトがたずねると、蓮華は顔を青くしてふるふると首を横に振り、羅喉丸もかすかに口元を引きつらせてやんわりと謝絶した。
「そうか」
 リンスガルトとILは悠然と香辛料特盛りの雑炊を口に運び。
「もぎゅっ?」
「くぺぇぁっ?」
 両者揃って悶絶した。
「過ぎたるは」
「及ばざるがごとし、じゃな」
 持参した梅干しを雑炊に加えてから、少し食欲を取り戻した羅喉丸は再び食べ進める速度を上げる。一度引き受けた事を途中で投げ出す事などできようはずがないのだ。
「飲むかの?」
 蓮華が水の入ったグラスを渡すと、リンスガルトは身振りで礼を述べつつ勢いよく飲み干す。ILはいつの間にかその場を離れ、庭の池に顔を突っ込んで水分を補給していた。
「ところで、どうしてそれだけ入るのか聞いて良いかの」
 あれだけ食べているのにリンスガルトの腹はひらべったい。蓮華が純粋な疑問を口にすると、聞かれた側は全ての欲から開放された、透き通るような笑みを浮かべた。
「厠は重要じゃぞ」
「す、すまぬ。この場で聞くべきではなかったな」
 彼等が担当分を完食したのは、それから十数分後のことであった。

●完食
 新鮮な卵が器の中でほどよく崩され、最初に比べれば温度は落ちたもののまだまだ熱い鍋に投入される。
 溶き卵は熱せられて甘い香りを漂わせ、肉の割合が多い山の幸雑炊の味をさらに豊かにする。さらに鮮度の高いにらが少量加えられ、より食欲をそそる一品に仕上がっていく。
「すまんな。出来があまり良くないかもしれん」
 調理を担当した哲心が土鍋の状態を確認して残念そうに言うと、星晶は笑顔を浮かべながら否定し、翔星は主人の背後で高速で首を横に振っていた。
「余れば水分を飛ばした上でまた調理する。無理をする必要はないぞ」
 哲心はそう言い残すと、依頼人が用意した座布団の上で寝転がっている羽妖精を抱え上げる。
「…うにゅ〜、お腹いっぱいなのです〜。少し休んでうんどーしてからまた食べるのです」
 鮮やかな青の羽をぱたぱた動かしながら、半分眠りに落ちた状態で機嫌良くつぶやいていた。
「さて…」
 星晶は翔星の分も用意してから、この場に来て初めて料理に口を付ける。
 まず感じたのは味噌の味。それにわずかに遅れて濃い肉の味が舌から脳を直撃する。
 多少温くなった、星晶種々としてはやや熱めの雑炊を噛むと、にらと卵の風味と共にみっちりと身の詰まった肉が絶妙の歯ごたえを返してくる。
「これは鹿肉でしょうか。…熱々だともっと美味しいんでしょうね。嗚呼、猫舌な我が身が恨めしい」
 あっという間に平らげ、器をどんぶりサイズのものに変えて食事を継続しようとする。が、食べ始める前に翔星がくちばしで肩を突いてくる。
「おかわりですね。まったく意地汚いんだから」
 言葉とは逆に、雑炊を注ぐ星晶の手つきはどこまでも優しげだった。
「俺達はこれが限界だが…」
 哲心は布巾で美水姫の口元を拭ってやりながら鷲獅鳥とその主人を交互に見る。
「健啖家だな」
「いえいえ、天儀の料理が美味しいからですよ。調味料も…特に天儀の醤油は本当に素晴らしいですから」
 鍋の底が見える寸前まで食べ進めてから、星晶は持参の陶製容器の蓋を開ける。
 その香りを嗅いだ哲心は、感心したように眉を動かした。
「目が高いな」
 薫り高いと表現すべきだろう。
 奇を衒わない見事な出来映えであり、星晶のセンス良さが伺える逸品であった。
「いえいえ、そんなことはありま…」
 会話している星晶の隙をつき、翔星が器用に容器をくちばしでくわえ、己の器に中身を全て注いでしまう。
 そして悠々と食べ尽くし、ふふんと優越感に満ちた目つきで星晶を見下ろす。
「翔星っ、俺ももう少しかけたかったのに」
 抗議する星晶であったが、そうしている間も食事の手は止まらない。
「なかいーですねー」
「そうだな」
 哲心主従が見守る中、黒猫獣人と鷲獅鳥の主従は熱いうちは食べられなかった鬱憤をはらすかのように、残り全てをぺろりと腹におさめたのだった。