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■オープニング本文 中戸採蔵(iz0233)。 森藍可の部下であり、好ましい噂は全く聞こえてこない男である。 清廉潔白な浪士組隊士が彼を好むことは無く、採蔵のことを地位と力におもねり甘い汁を吸う男とみなす者も多い。 「腹がもたれて気持ち悪ぃ」 話は変わるが、物理的に甘い汁とか酒とかを吸うと体調を崩す者がいる。不摂生と加齢による体力の衰えに加え、連日の深夜勤務によって疲労がたまっているとことに上司の酒につきあわされたら絶不調に向かって一直線だ。 「今日は、食事は、要らん」 起床してから冷たい水で顔を洗い、何度もうがいをして酸っぱい香りを消そうと無駄な努力を重ねる。なんとか表面をとりつくろって前日の工作(と書いて示談交渉と読む)について報告するため上司のもとへ向かった採蔵は、最も聞きたくなかった言葉を聞いた。 「鍋だ!」 「鍋」 「鍋ですか」 「おかわり自由な鍋ですかっ」 森派の面々だけでなく、藍可の鍋の噂を聞きつけた浪士組の面々まで参加に意欲を見せていた。 採蔵に割り振られたのは具が足りなくなったときに備えるための野菜類の調達係だ。地味ではあるものの、藍可の鍋で量が足りないなどいう展開が許されない以上極めて重大な役割である。 「おぶっ。今から胃が…」 採蔵は胃に激しい痛みを感じていた。実年齢はとうの昔に三十代に突入している彼は、濃い味付けや脂っこい物が苦手なのだ。高確率で胃に優しくない鍋につきあわされるのは非常に危険だ。 「と、とりあえず胃腸の薬も調達しないと」 仕事の重要性を考えると、たまに使うことのある破落戸連中は使えない。採蔵は腹を押さえたまま開拓者ギルドに向かっていった。 ●輸送依頼 野菜を氷室で保管することで季節外れに高値で売っている村がある。昨年までは都にも販路を持っていたのだが、最近は都に出荷できていない。 都への最短ルート上に存在する山に大量の眼突鴉が現れ、護衛を雇っても通行が自殺行為になってしまっているのだ。 村を領地に持つ領主が戦力を集めて討伐しようとしているが、敵の数が多すぎるため戦力集めに時間がかかっている 「とまあそういう状態ですから安く買えました。皆さんの足なら、山を避けて大きく迂回しても期限内に輸送できるでしょう」 開拓者ギルドに依頼を持ち込んだ採蔵は、少し頬がこけた状態で話を続ける。 「仮に山を通るとしたら荷物も狙われるかもしれません。個人的にはお勧めできませんが」 荷物を無事に運んでくれるなら、山道を通ったり朋友と共に山の上飛ぶことでアヤカシを誘き出し戦っても構わない。 一般的な開拓者の気質を知る採蔵は、衝突を避けるために大幅な譲歩を行っていた。 「それとこれは個人的なお願いなのですが」 胃を押さえ、額に脂汗を浮かべながら腹の底から声を絞り出す。 「金は出しますので胃腸薬を買ってきて下さい。かさばるかもしれませんがなんとか、ぜひともお願いします」 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
ルカ・ジョルジェット(ib8687)
23歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●抜け目ない村にて 「おう、爺さん。これはいくらで売れるんだい?」 冷たく大きく重い箱を滑空艇に積み込みながら、喪越(ia1670)は乱暴ではあるが妙な愛嬌も含まれた口調でたずねた。 「お若い方、それは営業上の秘密という奴ですよ」 村長は陽に焼けた顔を笑みでしわくちゃにしながらやんわりと返答を拒絶する。 「そうですか…」 鈴木透子(ia5664)は聞けなかったことを少しだけ残念に思いながら、残る2つの荷物を毛布で包んでから梱包していく。 いざとなれば鳳珠(ib3369)が氷霊結で箱の中を再度凍らせてくれるとはいえ、衝撃に備えるためにも梱包で手を抜くわけにはいかなかった。 「今回の依頼料は十中八まではこちらから出ていま…」 村長に続いて村の集会場から出てきた中戸採蔵(iz0233)が口を挟み、そのまま両手で自分の口を押さえて集会所の影に駆け込む。 「ひでぇなおい。けど十中二は村から出してんだろ? 俺達の報酬があれでギルドの取り分がこれだから採算がとれるのは…」 ひのふのと呟きながら指を折って計算する。 「ボロい商売だなぁ。俺もヤってみようかしら?」 冗談半分、本気半分で口に出す喪越であった。 「あの…ゲンノショウゴを煎じたのでは駄目ですか?」 霊騎蔵人と共に異臭から逃げながら、透子は集会所の裏にいる採蔵に呼びかける。 「確か生薬でしたか。回復するなら自腹を切ってでも、うっ」 聞きたくない音が響き、嗅ぎたくない臭いが酷くなる。 「論より証拠。現に良く効くからゲンノショウゴだそうです」 穏やかに微笑む透子ではあるが、既に採蔵から遠く離れていた。 ●ザ・臭い 「本人に押しつけるべきだったでしょうか」 駿龍の背に乗る罔象(ib5429)は、半眼で村での出来事を思い出していた。 村まで着いてきたなら採蔵にそのまま持って帰らせればよいと皆が考えていたのだが、採蔵は臭いがついたまま仕事が出来ないと言い張り、都での仕事を再開するため非武装の龍に乗り都に帰ってしまったのだ。 しかし採蔵が言ったことは出任せではない。 瓢の尻尾の先に胃腸薬が入った袋をくくりつけているのだが、風上であるにも関わらず嫌な臭いが漂ってきている。結構な速度を出している現状でこれなのだから休憩のため着陸したときにどれだけ臭いに悩まされるか考えると頭が痛い。 そのとき、飛びながら注意深く広い範囲を見ていた瓢が声をあげる。瓢は人語を離せない。だが心が通じ合った主従が意思疎通に失敗することはあり得なかった。 「敵襲です。引き離しつつ戦いますので後はよろしくお願いします」 下方に位置する道を歩いている仲間達に大声で伝えると、罔象は瓢と共に急旋回の後急加速する。 胃腸薬の臭いを追って風下から近づいてきた鴉型アヤカシの群が、徐々に進路をずらして地上にいる開拓者から離れていく。 「ひとあてしてから戻ります。深追いは避けるように」 口で指示を出しながら、罔象は戦神の怒りという銘を持つ魔槍砲を構える。サイズが大きい分手数は少なそうで、数十羽からなるアヤカシの群を相手にするには一見向いていないようにも見えた。 だが罔象は確信と共に引き金を引く。 破壊の槍から放たれたそれは、密集して迫り来るアヤカシの隙間をすり抜け炸裂する。 「引き金を引くのではなく、降雪のごとく落とす、でしたっけ?」 爆発がおさまると、半径約30メートルに達するスパークボムの効果範囲にいたアヤカシは欠片すら残さず消えていた。荷物の防衛を優先するため、罔象と瓢は数匹生き残ったものの混乱し逃げ惑う目突鴉達を無視して仲間の元へ戻る。 「数が減りましたな」 上空から去っていく駿龍を見上げ、人妖ジャン・ジョルジェットが静かに報告する。 警戒を朋友に任せ銃架の設置を行っていたルカ・ジョルジェット(ib8687)は、銃架にマスケットを置き銃口を上空に向ける。 「シニョリーナ罔象は良い仕事をしたね〜。後はミーの担当さ〜」 軽い口調とは裏腹に、繊細かつ大胆に銃口をずらしていく。 「いかせないぜ」 生き残りの一部が荷物を運ぶ開拓者の元へ向かおうとする。だが空気の流れとアヤカシの動きを読み切ってから放たれた弾丸が先頭の1羽を打ち砕き、アヤカシ達は再び混乱してしまう。 その隙にルカは次弾を用意する。前装式銃であるため再装填には十数秒かかってしまうが、鴉型アヤカシが混乱から立ち直りルカの攻撃圏外に脱出するには十数秒では到底足りなかった。 「全ては仕留めきられませんな」 百発百中を実現しているとはいえ敵の数が手数を上回っている現状では倒しきれない。アヤカシがルカより他を狙うならなおさらだ。 「残りはシニョリーナ達に任せるさ〜」 生き残りのアヤカシのほとんどを撃ち落としながら、ルカは口元を笑みの形に歪めるのだった。 ●鴉襲来 シニョリーナとは淑女のことを指す。つまりルカは喪越がアヤカシを倒すことに期待をしていなかった訳だが、これには無理もない理由があった。 「低速運転はきびしーっ!」 複雑な地形を持つ山肌から3メートルほどの距離を保ちながら、不規則に吹く風に流されないようしつつ徒歩の速度で前進する。 それだけでもかなり高度な操縦技術を要求される行動だが、それに加えて大型の荷物を抱えしかもそれに衝撃を与えてはいけないのだ。なにしろ荷を受け取るのは高級料亭や有力者の厨房であり、極わずかな品質低下も許されない。 「情報が足りないのはギルド職員の不手際でしょうか」 鳳珠は喪越にちらりと視線を向ける。 散々文句は言っているが、彼は特異な形の滑空艇の操縦を楽しんでいるように見えた。 「どうでしょう。…申し訳ないですが余裕ができ次第休憩をとらせていただきます」 空からの警護を行っていた朽葉・生(ib2229)が断りをいれる。強敵との戦いや長時間の戦闘なら朋友の司とともにいくらでもこなせる自信がある。しかし司は朋友の鷲獅鳥としては経験が浅い。喪越がやっているような地味だが高水準の技巧が必要な飛行を長時間続けるのは難しかった。 「はい。私も一度氷を補充したいですし」 罔象が戻ってくるのを視界の隅で捉えながら、鳳珠は静かにうなずく。 彼女が連れてきているのは霊騎の務だ。朋友としての経験は司とそれほど変わらないとはいえ務は飛べない分地上での活動に向いている。足場の悪い山道を背中の荷物に衝撃を与えないようしつつ歩く程度朝飯前だ。 「全員ちゅうもーく。後方やや左方からお客さんだぜ。罔象は別の新手の足止めしているから援軍無し。後ろで足止めて撃ってたルカはちょっと遠いな」 操縦している間も抜け目なく人魂による偵察を継続していた喪越が報告する。 「迎撃準備!」 メグレズ・ファウンテン(ia9696)はそれまで引いてきた霊騎の手綱を離し、背に庇いながら己とベイルを盾にする。 鳳珠はメグレズの朋友の側に務を向かわせ、メグレズとの反対側で盾を構え攻撃に備える。攻撃への備えはそれだけではなく、鳳珠は瘴索結界「念」を起動してアヤカシの接近を見逃さないようにする。 「右、数は20!」 最初に仕掛けたのは生だった。 砂色の薔薇を起点に吹雪が発生し、扇状に拡散し触れると同時にアヤカシを粉微塵にしていく。両者の実力の隔絶がもたらした必然の結果だ。しかし隔絶があっても数の差は変わらず、生の術の効果範囲から逃れた目突鴉達は守られている朋友目指して一直線に加速しようとした。 だがアヤカシは目的を果たせなかった。 透子が用意した奇妙な球形、本来は遊具として作られたものに大きな目玉がかかれたそれはかなり目立つ。少なくとも、高速で動き回り遠距離の獲物に襲いかかろうとしていたアヤカシにとっては、スキルの咆哮とは比べものにならないとはいえ気になる存在だった。 「蔵人、もう少しだけ我慢してくださいね」 そんな目立つものをいくつも取り付けられる羽目になった霊騎が、少しだけ気疲れを感じさせる声でひひんと鳴く。 透子は申し訳なさそうな表情を浮かべながらも動きは止めず、両手いっぱいに抱えていた大量の球状遊具を盛大にばらまいた。 緑の濃い山中に多数のボールが飛び出す。 奇妙で少しばかり滑稽な光景に惑わされたのか、目突鴉の編隊が見る間に崩ればらばらに開拓者に突進していった。 数はこの場にいる開拓者の数倍に達しているものの、漫然とした攻めでは開拓者達の守りを崩せない。 メグレズと鳳珠がアヤカシの進路を盾で遮ると、衝突の瞬間に障壁を展開してアヤカシの突撃を正面から受け止める。2羽目、3羽目が次々に飛び込んでくるが、連携が崩れているため1羽1羽確実に防がれアヤカシは後退と停滞を余儀なくされていく。 宙に浮かぶ滑空艇にも鴉型アヤカシが向かっていくが、喪越は教本に載せたくなるほど美しい軌道を描かせながら特異な形状の滑空艇を降下させアヤカシの攻撃をかわしていく。 「今の内です」 透子は好機の到来を告げながら、速度を失い体勢も崩れた目突鴉を軽々と屠っていく。 「右の効果範囲ぎりぎりに反応が7」 「私が対応します。皆さんはこの場の防御を」 生は鳳珠が発した警告に応えつつ術を発動させる。轟音と共に宙を走った雷は、地面すれすれでこちらに向かってくるアヤカシを撃ち抜きそのまま勢いを失わず別の目突鴉を屠る。 サンダーヘヴンレイ。 練力消費量の多さと引き替えに威力と射程が素晴らしい術だ。雷が宙を奔るたびにアヤカシがこの世から消えていく。が、使用者の生の表情は少し優れなかった。 「あなたのせいではありません」 生は攻撃を続けながら、司の首をそっと撫でてやる。司には闘志と戦闘力はあるが生との連携にわずかではあるが齟齬がある。広大な空を高速で行き来する戦いなら問題がない程度の齟齬だが、荷物を守りつつ精密な位置取りをして、さらに主に最適の足場まで提供することは難しかった。 「後続は」 荷を守りながらメグレズが問う。 そうしている間も霊気を帯びた刃が高速で振るわれ、そのたびに目突鴉が撃ち落とされる。ただ斬るだけでなく勢いも殺し斬る絶技だ。 「範囲内に反応ありません」 結界を維持したまま周囲を一望した鳳珠が素早く応えると、逃げだそうとしたアヤカシを切って捨てからメグレズが口を開く。 「承知した!」 返事に咆哮を載せる。 もとの数が多かったため数体生き残っていた目突鴉がメグレズに引きつけられ、四方八方から一斉に襲いかかる。 が、その動きは単純すぎ数も少なすぎた。 喪越の霊魂砲で吹き飛ばされ、慎重に狙いを定めた生の雷で消し飛ばされ、罔象とルカによる遠方からの射撃で撃ち落とされることで、メグレズが刃を振るうより早くアヤカシは全滅した。 「とりあえず休憩します?」 透子が提案すると、開拓者達は周囲への警戒を緩めないまま荷物を下ろす。しばしの休憩の後移動を再開した開拓者達はそれ以後歩みを止めることなく山を越え都にたどり着く。幸か不幸かはわからないが、アヤカシとの戦闘はこの一度だけであった。 数日後、アヤカシの数が激減した山で討伐が行われ安全が確保されたという話が聞こえて来たらしい。 ●受領 「確かに受け取りました」 料亭の主は荷を恭しく受け取ると、代表して荷を届けたメグレズに一礼してから料亭の奥へと引っ込む。 「森様の所に伝令を向かわせろ! 森様に直接お知らせすんじゃないぞ。くれぐれも目立たず、刺激せず、しかし確実に部下に情報を渡すんだ」 奥から漏れ聞こえてきた声は、焦りと恐怖に染まっていた。 「よければここでお休み下さい。離れを空けておりますので」 開拓者の前にやって来た仲居が、主の声を聞こえなかったことにしつつ洒落た建物へ導いていく。 「おう、先にやってるぜ」 「シニョリーナ、ワインで良いかな?」 料亭から少し離れた場所にある建物に入ると、炙った烏賊を口にくわえた喪越が酒の入った湯飲みを掲げ、ルカが机の上にグラスを並べながら出迎える。 机の中央では食べ頃らしき鍋が湯気をあげていた。 「本当に…」 「この依頼っていったい…」 女性陣は精神的な疲労を感じながら席につく。 主が気を利かせたらしく、鍋には皆が運んできた野菜も少量ではあるが入っていた。もっとも良くも悪くも普通の味だった。今回運んだ品の商品価値の高さは珍しさ故だから仕方がないとはいえ、少々切ない。 皆飲んで食べ、そろそろ鍋に飯か麺を投入するかと話し始めた頃、ようやく仕事を終えた採蔵が合流してきた。 「皆さん今回はお世話になりました。お陰様で…」 胡散臭い雰囲気と外見には、金のかかった武士らしい装束は似合っていなかった。 「渡しておきます」 都に入る前に厳重な封をした包みを罔象が渡す。封をしていても臭いは激しく、渡す前は建物の外に置いていた。 「ありがとうございま…ととっ。臭いがつくと一張羅が使えなくなりますんで着替えてきます。鍋はそのまま全部食べてしまってください」 臭う胃腸薬を大事そうに抱え、採蔵は陽の落ちた都の喧噪の中に消えてくのだった。 |