【浪志】熱血指導員求む
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/29 19:26



■オープニング本文

 理想に燃えた若人が現実という壁にぶち当たったとき、砕け散る者も不屈の心で挑み続ける者もいるだろう。
 現実に対してどのような形で取り組みか悩むのは若者の試練でもあり特権でもある。
 ところでこれはあくまで一般論なのだが、現実にぶち当たって気持ちが弱くなっている若者が、実力があり顔も拙くはない異性の先輩に勇気づけられたらどうなるだろうか。
「あなたは間違っていない」
「相手が卑怯だっただけ」
「たまたま力が足りなかっただけ」
 最も弱ったときに甘美な酒を注がれた若者達は酔っぱらい易い。
 そこへ誘惑者はささやくのだ。
「私はあなたを肯定します」
「あなたにしか頼めないことがあります」
「大きなことを一緒に成し遂げましょう」
 若者達は再び燃え上がった熱意の方向性を指し示され、他者の都合で誘導されていることに気づきもせず前に進んでいく。
 その行き先に何かあるか考えもせずに。

●愚痴
「若い連中の考えることがさっぱり分からんのです」
「はあ」
 最近浪士組に加わった知り合いに酒場で出くわした開拓者ギルド係員は、疲れた様子の隊士の愚痴を聞くことになってしまっていた。
「きつい仕事でも文句を言わないのは評価してますけどね。目を輝かせて天下国家を論ずるのはどーにも」
「危なっかしいと」
「そう、それ。危なっかしいんですよ」
 係員の合いの手に、既に酔っぱらっている隊士は得たりとばかりにうなずく。
「若いときに一時的にかかる病気みたいなもんでしょうし、放っておくべきとも思うんですが」
 苦労を重ねてきたらしい新人隊士が、酔顔に真剣な目で口を開く。
「起き上がれないほど派手に転んでしまう前に自重を覚えさせたいんです。どうにかなりません?」
「下っ端隊士と下っ端ギルド同心に何ができると思って…うーん、いや、そういえば」
 徳利から直接酒を飲んでいた係員はふと思いつく。
「あなたが口で言っても効果が無かったということは、穏やか手段で効果を出すのはおそらく困難ですよね」
 腕はともかく人格は信用できる相手に、係員は提案する。
「ここは若い人にとって分かり易い人達に説得してもらいましょう。言葉ではなく行動でね」
 大量にアルコールを摂取し調子に乗った係員は、後の面倒を考えずに安請け合いをするのであった。

●熱血指導員募集中
 非番の浪士組隊士に稽古をつけてくれる方を募集中です。
 教える対象は志体持ち少数を含む若者達で、教えるのは剣でも銃でも学問でも構いません。体力トレーニングをひたすらやらせても構いません。
 寸志程度しか出せませんが、若者達をよろしくお願いいたします。


■参加者一覧
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
レヴェリー・ルナクロス(ia9985
20歳・女・騎
高崎・朱音(ib5430
10歳・女・砲
山階・澪(ib6137
25歳・女・サ


■リプレイ本文

●強者来襲
 開拓者ギルドから講師として強者が派遣されてくると聞き、浪士組若手の中から数人が集まっていた。
 浪士組に属す開拓者を例にあげてその実力に期待するものもいれば、浪士組と比べると多様に過ぎる仕事を請ける彼等に対し、多少ではあるが懐疑的な見解を持つ者もいる。
 集まった中には志体持ちは含まれていないものの怖じ気づく者は1人もおらず、見る者によっては懸念を抱いてしまうほどの負けん気の強さが感じられた。
「たのもうっ!」
 道場というには貧相な建物の戸が勢いよく開かれる。
 中に入ってきたのは素材は最高級の女性陰陽師、四方山連徳(ia1719)である。
「本日はお集まりいただきありがとうございますでござる!」
 ぴしりと伸びた状態は全くぶれず、仕草を1つ見るだけでも心身が極めて高度に制御されているのが分かる。
 これは期待できそうだと、集まった若者達は無言のまま心を熱くする。
「五行は結陣、青竜寮より参りました拙者でござる!」
 実力を伴った偉そうな態度に、若者達はおおと感嘆の声をあげる。が…。
「あ、やべ。よ、四方山連徳でござる! 拙者じゃないでござる」
 熱意を肩透かしかされた形になった彼等は、ずっこけるような形で体を揺らしてしまっていた。
「えー、こほん。拙者達5人でビシバシボキッとシメ…もとい教育するので覚悟するでござるよ!」
 とりあえず熱意だけは伝わっている。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。本日最初の担当は私、レヴェリー・ルナクロスです。訓練を最後までやりとげた方にはささやかではありますが食事の用意をしております。頑張ってくださいね」
 目元を隠す仮面越しにも分かるほどの美形、それに加えて服と装備の上からでも分かる豊かさと美しさを兼ね備えたふたつの膨らみ。
 複数の意味で力が余っている若者達には目の毒でであり、顔を赤くしつつ視線を逸らそうとしても逸らしきれず、半数以上のものが彼女の胸に釘付けになっていた。
「それでは早速…跪いてください」
 男達からの視線を軽くかわし、レヴェリー・ルナクロス(ia9985)は笑顔で命令した。
 何を勘違いしたのか尻を向けて四つん這いになろうとする男を、高崎・朱音(ib5430)が器用に転がして腕立て伏せの体勢にさせる。
 そしてそのまま男の背中に飛び乗り、笑みを含んだ声で命じる。
「レヴェリーの教練は体力作りじゃ。まずは腕立て100度。始めい!」
 反発心と羞恥で拒絶しようとしたのを理性で押さえ、男は早速腕立て伏せを開始する。
 内容はともかく、声の質としては若さを通り越して幼さを感じられる。朱音の重さは注意しなければ気付かないほどで、男はこの程度楽勝と思ってしまった。
「女性に重石役をやれというのも失礼な話しじゃが、今回は喜んでしてやるかの」
 朱音がわずかに身動きすると、男の背中だけでなく全身の筋がきしんだ。
「重いなぞと言ったらお仕置きじゃぞ?」
 背中の少女はふふんと楽しげに笑っているが、男は脂汗を流しながら必死に耐えることしかできず、当然腕立て伏せの回数を増やせない。
 骨に負担を掛けず全身の筋肉にのみ的確かつ強烈な負荷をかけられているのだ。
 それでも彼はまだましだった。朱音のやり方にならうことにした連徳に乗られた者達は、姿勢を保つことすらできず次々にその場に倒れ伏していっている。これは連徳が重いのではなく、負荷が強すぎ朱音が軽すぎるためだ。
「ほれほれ、もう終わりかの。まだ予定の回数は終わって居らぬぞ。この程度で大きな態度がとっていたとしたら、少しばかり恥ずかしいのではないか? ん?」
 からかう声に矜恃を傷つけられ、男達は激しいうなり声を上げながら必死にノルマをこなしていった。

●基本
 何度か気絶しながらも辛うじて基礎的な訓練を終え、若者達は建物の外に出る。
 そこで初めてレヴェリーから稽古用の木刀を渡されて本格的な訓練を始めることになった。
「動きがぶれているのですよ。もっと、体の中心をまっすぐに保つのです」
 ひたすら素振りをしていた男の腕に、腰に、足に触れ、此花咲(ia9853)が男達の動きを修正していく。
「し、しかし…」
 自分が正しい動きをできていないことに気づいていないのか、あるいは気づいていても認めたく無いのか、素振りでもすり足でも動きを修正された男が反論しようとする。
「戦場では疲労してからが本番なのです。疲れたからといって剣筋が鈍る様では、まだまだなのですよ」
 咲がじいっと真正面から見つめると、睨まれた訳でも怒られた訳でもないのに男達は黙り込む。一応は納得したのだろうが、咲は男達が腹の底に不満をためているのに気づいていた。
「ん…。お願いできます?」
 買い込んだ食材を運んできた山階・澪(ib6137)に目を向けると、澪は快諾してうなずく。
 澪は咲に食材を任せてから男達の前に進み出、前置き無しで宣言した。
「ではまず皆様に力の差を体で覚えて頂きます。遠慮はいりません。殺すつもりでかかってきてください」
 言い終わると同時に殺気に限りなく近い剣気が男達に叩きつけられる。1人に向けられるのは一瞬だけ。しかし肌どころか神経がおかしくなりそうな気合いを叩きつけられた結果、男達の動きは乱れ澪を包囲することすらできない。
「基本の動きを忘れない! 腰が高すぎます。あなたは上体を安定させて」
 食材を建物に運んでから、咲が的確な指摘を行っていく。
「動きも間合いの取り方も安定していないでござるな。こういうのは教わらないのでござるか?」
 男達を迂回して澪の横に並んで連徳がつぶやくと、澪は気合いと視線だけで男達を圧しながら小声で返答する。
「依頼人諸氏は教えようとしたようですね」
「なるほど。…みなさんいかんでござるよ。口うるさかったり無駄なこと言っていたり繰り言を言っているようにみえても実は役に立つ忠言ってこともあるでござる」
 依頼人が聞いたら肩を落として数日寝込みそうな台詞を真摯に口にする。
「退路の確保に相手への牽制。力の差があってもできることはあるはずです」
「し、しかしここまで力の差が大きすぎてはどうすることも」
「戦場で向き合うことになるのは自分自身より強い相手です。志体を持っていないならアヤカシか志体持ち。志体を持っているなら強力なアヤカシ。武芸の他の立ち回りの基本は変わりません」
 澪は反論を切って捨て、力を乗せた雄たけびをあげ男達の注意を自身に固定した。
「私も同じ隊士です。分かるまで体に叩き込んで差し上げます」
 その日若者達は疲労がひどく、食事をとる体力すら残らなかった。

●鍛錬の日々
「たわけ! 風向きと弾の軌道を考えてから撃たぬか。宣言通り、失敗した分は酒を減らすぞ」
「くっ」
 朱音に罵倒され悔しげに拳を握る青年の顔は、怒り以外の理由で赤かった。妙な性癖に開眼してしまった彼は、真正面から再度朱音に教えを請う。
「相手の動くことのできる範囲を考えた上で攻撃するのです。どんなに力があっても体の構造以上の動きはできないのです。ほら、この向きで攻めていれば私の逃げ場がなかったでしょう?」
 打ちかかってくる若者を正座したまま受け流し、咲は若者の手足をぺしりと音をたてて打つ。
 レヴェリー主導の基礎訓練の効果が出ているらしく、若者は荒い息をつきながらも動きが止まることがない。
「これは訓練であって現場の地形はこことは異なります。自分の目で見てから己に可能な行動と敵が取り得る行動を考える癖をつけなさい」
 建物と建物の間を使い閉所のでの訓練を行う澪は、初日と変わらずあえて鬼となり厳しく接していた。
 教えを求めて集まる者は徐々に増え1人あたりが口にできる食事は少なくなったが、誰からも文句は出なかった。

●最終日
「くらえ、拙者の超凄い陰陽師パンチ!」
 連徳の単なるパンチが腹に吸い込まれるが、若者は後退しつつも辛うじて体勢を崩さなかった。
 痛みに脂汗を流しつつ木刀を振るって牽制し、仲間が連徳の側面から襲いかかるのを援護しようとする。
「動きが良くなったわね」
 あわあわと慌てながら後退する連徳と、仲間と連携をとりながら勝利に飢えた顔で突撃する若者達を見比べ、レヴェリーは満足そうにうなずいた。
「うおおー。術が使いたくなるでござる」
 逃げ回る連徳は嬉しげだった。最初に会った頃と比べると熱意が地に足をついて方向を向いているのが実感できるからだ。
「健全なる精神は健全なる身体に宿るものよ――ほら、声が小さいわ!」
「了解であります!」
 レヴェリーに先導され体力作りのため走る男達は、情欲ではなく心身ともに強くなりたいという情熱に突き動かされている。
「一時はどうなることかと思いましたが、これなら最後に修了の印を渡せそうです」
 若者達の背に、澪は穏やかな視線を向けていた。