爆音の爆走朧車
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/22 04:26



■オープニング本文

 酒場の店主が無言で店の前の掃除をしていると、出勤してきた従業員が深々と頭を下げた。
「おはようございます」
「おう、っておい大丈夫か。目の下に酷いくまができてるぞ」
 無愛想に従業員を横目で見た店主は、堅気に見られづらい厳つい顔を激しく歪めた。
「目立ちますか?」
「化粧で誤魔化せない程度には目立ってるな。今日は厨房に入れ。そんなざまでは客の前には出せんからな」
 店主が命令すると、一晩で別人のように変貌してしまった少女が頭を下げて控え室に向かう。
「悪い男にでも捕まったか?」
 店主は渋い顔で首をかしげる。
 血の気の多い男達が集まる酒場に勤めている以上、そうなる可能性はある。しかしどうにも違和感がある。
 少なくとも昨日までは、自己管理も万全で従業員のまとめ役を任せられるほどしっかりとしていたはずなのだ。
「おはようございます店長ー」
「おう、ってお前もか」
 目元には黒々としたくまができ、今にも倒れそうなほど衰弱した従業員が、不安定な足取りで店に近づいてくる。
「すみません。昨日、うるさくて全然眠れなかったんです。えっと、しーちゃんは今日出れません。頭痛が酷くて寝床から起き上がれなくて」
 同じ部屋に寝泊まりする同僚の欠勤を告げる従業員の顔は、白や青を通り越して土気色に近い。
「分かった。お前も今日は休め。途中で倒れられたらたまったものではないからな」
「はぁぃ」
 ふらふらしながら去っていく少女を見送りながら、店主は重いため息をつく。
 既に違和感は嫌な予感に変わっていった。
「今日はろくに営業できんかもな」
 残念ながらその予感は現実のものとなる。
 従業員の半数近くが体調不良で使い物にならず、客足は普段の半分以下。
 辛うじて来てくれた客も体調を崩していることが多く、その日の売り上げは悲惨なものだった。

「原因は朧車が走る際の騒音でした」
 表情に乏しいギルド係員が、とある場所で起きた事件を解説していた。
「朧車は傷んだ牛車の外見をしたアヤカシです。町外れの近くに出現し、昼夜を問わず走り回った結果大勢の人が睡眠を妨げられて体調不良になった、というのが事件の真相でした」
 幸運にも人間に被害は出ていないらしい。しかしこのまま放置すれば場合犠牲者が出るのは確実だろう。
「そういう訳ですので討伐依頼が出ています。確認された数は5体。朧車は多少頑丈な程度でアヤカシとしては戦闘能力が低めなので正面から戦えれば比較的簡単に打倒可能でしょう。ですが」
 係員は真面目な顔で注意を喚起する。
「移動する方向に障害物が無かったり、回避に専念した場合、平均的な開拓者の倍近い速度で移動可能なのです。一度逃がしてしまえば再度捕捉することは難しいでしょう」
 町外れの地形と建物の位置が記された地図を広げ、係員が説明を続ける。
「このアヤカシは、夜間に町外れの人気のない通り、具体的にはここを通る習性を持っているようです。地元住民の避難などの都合もありますので、申し訳ありませんがこの周辺で討伐を行ってください」
 係員は地図の一点、寂れかけた通りを指し示して説明を終えるのだった。


■参加者一覧
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
一心(ia8409
20歳・男・弓
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
マーリカ・メリ(ib3099
23歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
パニージェ(ib6627
29歳・男・騎
エリーゼ・ロール(ib6963
23歳・女・騎


■リプレイ本文

●屍累々
 睡眠不足であろうが働かねば生きてはいけない。
 疲れ切った心身にむち打って働いてきた住民達は、準備万端整えて到着した開拓者達を歓呼の声で迎えた。
「吟遊詩人のエラトと申します。よろしくお願いします」
 エラト(ib5623)が一礼すると、上質の絹のように艶やかな髪がなめらかに揺れる。
「助かります」
 住民を代表して酒場の店主が頭を下げる。
「通りに障害物とか設置したいんだけども。こーんな感じで」
 福幸喜寿(ia0924)が通りに足で線を描きながら提案する。
「ああ、それは」
 店主は少しだけ考え込み、己の背後に視線を向ける。
 その場にいた周辺の建物の所有者達だが、ある者は即座に頷き、一部の者は判断に迷って決断を下せない。
「協力していただけるのであれば、討伐完了後に家事などのお手伝いをいたしますが」
 エラトが提案すると、店長は喜びと困惑が入り交じった妙な表情になる。
「申し訳ありません。普段は即断即決な連中なんですが、寝不足と疲労で頭がうまく働いてないようで」
 店長の言葉に対し、即座に反論が出る。
 精神的な余裕が少なくなっているらしく、声はかなり荒々しかった。
「みんなちょっと余裕がないかな。音楽でも聴いて落ち着こうよ」
 琉宇(ib1119)は店長に対し、小声で吟遊詩人の業の使用を提案する。
 店長はこのままではまとまる話もまとまらないと判断したらしく、背後にいる隣人達に気づかれないように諾と返事をした。
「では私も」
 琉宇の意図を察し、エラトは琉宇とタイミングをあわせてスキルを発動させる。
 元気がよい軽やかな音色と、繊細で柔らかな音色が、絶妙の間隔を保ちながらあたり一体を包み込む。
 睡眠不足とそれが原因の疲労によりささくれ立った心が、暖かな音楽により癒されていく。
「わっ、危ない」
 琉宇は口笛を止め、突然倒れそうになった住民を支える。
「ふむ‥‥。気合いで睡眠不足と疲労に耐えていたところに口笛でくつろいでしまい、眠気が一気に来たというところですか」
「ここまで酷いと成長や肌への悪影響がなぁ。喜寿、そっちを持ってくれ。日差しに当てっぱなしは体に悪い」
 一心(ia8409)と笹倉靖(ib6125)は、倒れそうになった人々を建物の陰になった場所に誘導する。
「被害は予想以上に深いですね。迎撃準備もわたくし達が行いましょう。アヤカシ退治の準備運動には、程度が宜しいですし」
 蒼エリーゼ(ib6963)が微笑んでそう言うと、パニージェ(ib6627)はギルドからここまで背負ってきた大荷物を無言でその場に下ろす。
「スコップをはじめとする土木工事用装備一式ですか。ギルドで借りられたのですね」
 開拓者ギルド備品破損時要弁償、と書かれていることに気づき、エリーゼはパニージェに頭を下げた。
 いずれも開拓者の剛力に耐えられる装備なので、住民の労働力が無くてもなんとかなるだろう。
「気にする必要はない」
 エリーゼがスコップが必要と口にしていたことを、ギルド窓口での事務手続き中にたまたま思い出しただけだ。
 パニージェはそう伝えてエリーゼにスコップを渡す。
「パニーさん、エリーゼさんもあんがとだや」
 喜寿はスコップを受け取ると、障害物設置の了解を得られた場所へ駆けていく。
「体調が悪い人を作業に巻き込まずに済んで良かった、って思わなきゃだね」
「そう、ですね。事故が起こってからでは遅すぎますから」
 安らかな寝息を立てる子供を運びながら、琉宇とエラトはそっと息を吐くのであった。

●通行止め
「よーっし。来てる来てる」
 マーリカ・メリ(ib3099)は水がなみなみと注がれた樽を片付けると、目を細めて通りの向こうを見つめた。
 酒場の前にある焚き火と夜空の星しか光源がないため、視界はせいぜい20メートルほどしかない。
「そちらはどう‥‥聞こえないや」
 酒場から離れた場所にある建物の屋根にいる一心に声をかけるが返答がない。
 正確に表現するならば、互いに気づいて声を掛け合っているのに、騒音が酷くて何を言っているのかさっぱり分からない。
 しかし声は聞こえなくても意図は通じている。
 一心は静かな自信と共に頷いてその場で気配を消す。注意を引かずにアヤカシの動きを察知し、適切に仲間の援護を行うためだ。
 マーリカは鍋の蓋が大量に打ち付けられた杭の陰に隠れ、己の仕込んだ罠が発動するのを待つ。
 開拓者達は予め打ち合わせした通りの場所に隠れており、靖だけは喜寿、パニージェ、エリーゼの3人に加護結界をかけて回っていた。
 壊れかけの車輪が高速回転する音が徐々に大きくなっていく。
 複数の車輪の音がほとんど同期していたのだが、あるときを境に同期が崩れ、空回りする車輪の音が混じるようになる。
「よおっし」
 通りが泥濘化するほど水をまいた甲斐があったようだ。
 マーリカは会心の笑みを浮かべ、百合があしらわれた杖を構え戦闘に備える。
「‥‥」
 一心は視界に入ってきた朧車の動きを見て、わずかに目を細めた。
 通りの両側に設置された障害物がアヤカシの進路を制限し、水浸しとなった地面が車輪を空転気味にさせる。
 スリップした朧車が道の脇の店に突っ込みそうになることもあったが、予め一心が設置していた網のおかげで辛うじて押しとどめられ、朧車は当初の進路に戻る。
 もっとも完全に無傷とはいかず、雨戸の一部などが少々壊れてしまっていた。
「後始末も結構な仕事になりそうですね」
 一心は口元だけで苦笑し、眼下を過ぎ去る5台のアヤカシを見送るのだった。
「来たね」
 琉宇は剣の舞の演奏を開始しながら真正面を見据えていた。
 障害物で狭くなった道で無理矢理に2台並列で走って来る朧車が、視界に入っていくる。
 朧車はときに車輪を空転させながらも徐々に速度をあげ、通りを突破しようとして琉宇達に近づいてくる。
 そして、琉宇が仕掛けた罠が発動する。
 最初は底に水がたまった落とし穴。
 朧車は転倒はしなかったが、水による抵抗を受けて速度が急激に鈍る。
 2番目は深く掘られた落とし穴。
 速度の落ちた朧車は穴に落下してほぼ停止する。が、強引に車輪を回転させて無理矢理穴から抜け出そうとしたところに背後から別の朧車に追突され、ひとかたまりとなって前進を再開する。
 3番目は通常の落とし穴だが、時間的にも空間的にも余裕がなかっため規模が小さく、朧車の速度を多少緩める程度の効果しか無かった。
「あの車輪を止めるんさねっ! 呪縛符!」
 喜寿が呪縛符を発動させる。
 もともと速度はともかく動きの精度は荒かった朧車が、車輪の動きを妨害されて単なる暴走状態となる。
「アイヴィーバインド!」
 精霊武器を高々と掲げ、マーリカが精霊力に働きかける。
 泥状の地面から魔法により形作られた蔦が伸びていき、朧車の車体を絡みつく。
 一瞬だけ蔦とアヤカシの間に力の均衡が発生する。
 朧車は蔦を巻き込んで再び動き出すが、速度はかなり低下していた。
「物理特化ですか」
 朧車の特性を見切ったエラトが、援護の曲の演奏から直接的な攻撃に切り替える。
「下がりなさい」
 一つの固まりとなったアヤカシを、力場の異常が襲う。
 朽ち果てた牛車の車体が細かく震え、微細な破片をまき散らしながら大地にめり込んでいく。
「僕もっ」
 エラトの術に重ねるようにして、琉宇も重力の爆音を発動させる。
 重ねられた術に抗することなどできるはずもなく、朧車は走行ではなく転倒と表現するにふさわしい無様さで前に進んでいく。
「‥‥」
 パニージェは一歩前に出て無言で盾を構える。
 ホネスティという銘を持つ盾は、中心に埋め込まれた宝珠を淡く光らせて主人の意志を実現する。
 速度は落ちたものの、実に4台分がひとかたまりになった突撃は極めて危険なものだ。
 しかしパニージェは最も危険が高い、つまり最も効果的に衝撃を吸収できる場所にその身を置く。
 そして、堅い木が壊れる音と共に衝突する。
「っ」
 奥歯をかみしめたパニージェの口から、その意志に反してうめきが漏れる。
 だが足は動かない。
 後衛防衛の意志を実現するため、激しく息を吐きながら、衝撃を盾から腕に、腕から腰に、腰から地面へと逃がしていく。
 エリーゼがパニージェの横に並んで朧車を押しとどめたことで、朧車は完全に勢いを失ってその場に停止した。
「黙せ」
 細身の長剣を上段から一気に振り下ろすと、抵抗が存在しないかのように一台の朧車の車体が完全に両断された。
「私はそっちを!」
 マーリカが手のひらから石のつぶてを放つ。
 横に移動してパニージェから逃れようとしていた朧車の側面に突き刺さり、それまでの術攻撃で限界を迎えつつあった朧車の息の根を止める。
「残り3体。ちょっと削りきれないかな」
 琉宇が放った重力の爆音が炸裂すると、最後尾に位置していた朧車以外の全てのアヤカシが崩壊した。
「騎士の力に陰陽の技、オーラ爆発霊青打!」
 力ある御札から己の身の丈以上の剛刀への持ち替えに手間取った喜寿が、最後に残った朧車目がけて突撃する。
 正面から戦った際の力の差に気付いた朧車は、車輪を逆回転させて喜寿から逃げ出そうとする。
「その程度の速さでは‥‥逃げられませんよ、残念ながらね」
 一心の瞳が妖しく輝き、朧車の構造上の弱点を暴き出す。
 続いて放たれた矢は朧車とは比較にならない高速で宙を駆け抜け、車体の芯の部分を貫いていた。
「1匹たりとも、逃すわけにはいかないんさねー!」
 朧車の横を駆け抜けながら、喜寿が長大な刃を振るう。
 牛車の上半分が転げ落ちて泥の中に埋まり、下半分にある車輪がしぶとく後退を続けようとする。
 だが己の中核を破壊されたアヤカシが動けたのもそこまでで、瘴気を霧散させながら全身を崩壊させていく。
「準備は大変。勝負は一瞬か。こりゃ片付けも大変そうだ」
 アヤカシを受け止めたパニージェとエリーゼに目立った外傷がないのを確認し、靖はにやりと笑う。
 どうやら加護結界は良好な効果を発揮したようだ。
 負傷者が出た時点で即座に治癒が出来るよう待機した結果、手を出す機会がなかったのだが、実戦なのだからそういうこともあるだろう。
「少し休んだら片付けを頑張るとすっかね」
 靖が言うと、誰からともなくうへぇという情けない声がするのだった。

●後片付け
 アヤカシ討伐の翌日の午前、マーリカは情けない顔で地元民の青年にたずねていた。
「ここら辺に洗濯やってくれるお店‥‥ない?」
「うちのおっかぁに頼めますけど、乾くまでに時間かかっちまいますよ」
「そうだよねー。とほほ」
 マーリカががくりとうなだれる。
 通りを水浸しにして戦った結果、衣服が泥で汚れてしまったのだ。片付けまで行ったので状態はさらに悪化していた。
「さー、並んだ並んだ。慌てても治りが遅くなるだけだぞー」
 臨時休業の酒場にやってくる住人達を、靖はてきぱき診察していた。
 体調不良で作業中の怪我は多いものの、皆表情は明るい。
 パニージェが手配した資材(最初は大工を手配するつもりだったが主に住民側予算の都合で資材のみになった)が届いたことで、当初の予想より復興が順調に進んでいるのだ。
「これで完治。次の人ー」
 靖は神風恩寵も用いながら、騒音から解放された人々に治癒をもたらしていくのだった。