【城】地下に刺さった棘
マスター名：馬車猪
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| ■オープニング本文 危険を冒して地の底に潜った開拓者達が持ち帰った情報は、複数の組織と人間に頭を抱えさせた。 最低でも数百年人間が足を踏み入れたことの無い地下洞窟の一部がつい最近削り取られ、移動し易く、休息し易くするための地形が造られていたのだ。 可能性として最も高いのは、知性があるアヤカシの手による工事である。 空気が濁り特に強固でもない地下空洞は、移動も困難だが戦闘はそれ以上に困難だ。地上なら楽勝できるアヤカシが相手だったとしても、敵に自爆覚悟の攻撃をされてもろともに洞窟の崩壊に巻き込まれる可能性も、呼吸可能な空気が無くなり死ぬ可能性すらある。 そんな環境で知性のあるアヤカシを相手にするのはいくらなんでも危険すぎる。 開拓者ギルドだけでなく、普段は細かく口を出すことのない依頼人もこの件に関しては無理強いをしないことを明言していた。 ●未来へ残る棘 「とはいえこのまま放置すれば城塞都市ができた時点で地下からアヤカシが、なーんて展開があり得る訳で」 白紙の依頼票を前にして、開拓者ギルド係員は頭を抱えていた。 依頼人は己の名を残すことしか考えていない。 開拓者ギルドとしては戦死の可能性が高すぎる依頼を開拓者に強いる訳にはいかない。 しかし今地下から手を引けば、近い将来か遠い将来かは分からないが、都市ごと滅ぶ可能性さえある。 いい加減な係員もこの時ばかりは悩みに悩み抜いたが、最終的には開拓者に丸投げすることになるのだった。 ●依頼票に記載された情報 ・目的 最終目的はアヤカシが占拠する地域に城を建てることです。依頼人が最期まで失脚しなければ、城完成後の保守管理が開拓者に任される可能性が高いです。 アヤカシの討伐、現地の調査、移動や拠点整備など、最終目的に近づくための結果を少しでも出せれば、その時点で依頼は成功となります。 ・新規情報 外壁の工事が予定より遅れており、後１月ほどかかりそうです。ただし頑丈さは当初予定と比べものにならないほど強化される見込みです。既に完成していた箇所も変更された設計に基づき建て替えられることになっています。ストーンウォールによる仮外壁が城塞都市建設予定地全てを囲んでいます。 古城跡の地下室等があった場所に直径１０メートル深さ５０メートル程度の穴が空き、その底は２つの洞窟に繋がっています。１つは水源のある方向に続いており、探索の途中で人工の地形が発見されました。洞窟には人間１人がなんとか通り抜けられる場所もあれば数十人が休息をとれる場所もあります。熟練開拓者や強力なアヤカシがわざと洞窟に損害を与えた場合、洞窟全体が崩落する可能性があります。洞窟内に新鮮な空気は存在しません。 ・現地状況 直径数十キロに達する、だいたい円形の砂漠地帯です。 気候は厳しく、野外での活動中に日光と暑さと夜間の寒さへの対策を行っていない場合、思ったように動けないかもしれません。 砂漠の中心付近で工事が行われています。堀は直径１キロメートルを越えており、その内部に水源、人工湖、実験農場、各種建造物が存在します。 砂漠の入り口から水源まで点点と設置された目印が続いています。 水源からの水は人工湖に蓄えられており、軽く煮沸するか濾過すれば飲用水として使用可能で当然農業にも使用可能です。 砂漠の端から目印に沿って工事現場まで赴くのであれば、非志体持ちの護衛をつければなんとか無事に移動できるようです。 大量の資材と作業員が砂漠外から送り込まれ続けており、急速に工事が進んでいます。 精霊の聖歌が使用された場所ではアヤカシ襲撃頻度が減少し、その結果その場所での工事がさらに加速します。 食料、水、防寒具、野営用装備を含む物品は、工事現場が存在する砂漠に隣接した小村に建てられた倉庫で受け取ることができます。特殊な品物で無い限り、受け取りと返却の手続きは自動的に行われます。 高級宿とまではいきませんが、開拓者と朋友に対し城壁の内部で十分な休息がとれる宿泊施設が提供されます。 ・確認済みアヤカシ 砂人形（デザートゴーレム）。砂漠で登場する、全高３〜４メートルの、砂漠から上半身を出した巨人風の形状のアヤカシです。人間には劣るが比較的高めの知性、砂に紛れやすい体色、顔に埋め込まれたコアを破壊されない限り復活可能という面倒な要素を多数持った相手でもあります。 場所によっては数十体まとめて登場します。 凶光鳥（グルル）。希に飛んできます。高速と高い命中力が特徴ですが、能力全体が高く射程４０数メートルの怪光線まで飛ばしてきます。 怪鳥。０．５〜１メートルの鳥型アヤカシです。全体的に能力は低く、知性は鳥並みです。全域で登場する可能性があります。超遠距離では凶光鳥と見間違う可能性が少しあります。 粘泥（スライム）。地下洞窟で大規模に瘴気を祓った際に、高確率で水源に現れるようです。 がしゃどくろ。外見がアル＝カマル風のものが確認されています。閉所で遭遇すると崩落等が起きる危険があります。 ・城建設 作業員の中には初心者開拓者相当の志体持ちも少数存在しますが、彼等は戦闘を行わない契約で工事に参加していますので自衛以外の戦闘は期待しないでください。 堀の外のアヤカシの掃討が行われた後は基本的に工事が早く進みます。 余程無茶な指示を出さない限り、現場監督は開拓者の意向に沿った工事を作業員を使って行います。 人工湖は工事が進むにつれ城の中に組み込まれていきます。 城の設計の細部は未確定です。今後の開拓者の活動によって変更されていきます。 ・農業 大量の肥えた土が資材置き場に搬入されています。現在実験農場でどのような作物が栽培可能か試行錯誤している最中です。椰子の木が十数本、水源の近くに移植されました。実はなっていません。昼間涼むには最適の場所かもしれません。試験的に牧草が植えられた場所があります。二十日大根は常時食べられます。 ・完成した物件 外縁部の堀。実験農場。貯水用人工湖。資材置き場。水源周辺の椰子林（植樹が低速で進行中）。 ・緊急時の対応 アヤカシ襲撃などの緊急時での行動マニュアルは存在しません。開拓者に声をかけられた現場監督が個々に対策をとっている状況です。 ・その他 武器防具と練力回復アイテム以外であれば、余程高価なもので無い限り希望した物全てが貸し出されます。消耗品の場合は使用時は返却を求められません。 建築や工事目的で使用する者や大規模に瘴気を祓う者に対しては、練力回復アイテムが無料で支給されます。 依頼人の金とコネを使うことで、城塞都市防衛戦に参加してくれる兵士や志体持ち長期間雇う、あるいは定住させるために必要な資金や環境について調査できるようになりました。 提供された装備や資材を地下に持ち込む場合、途中で放棄しても問題有りません。 |
■参加者一覧
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
ルオウ（ia2445）14歳・男・サ 
将門（ib1770）25歳・男・サ 
朽葉・生（ib2229）19歳・女・魔 
鳳珠（ib3369）14歳・女・巫 
エラト（ib5623）17歳・女・吟 
アルバルク（ib6635）38歳・男・砂 |
| ■リプレイ本文 ●領主の勤め 慣習。 成文法。 アル＝カマルにおける大勢力の力関係とそれぞれの実力と方針。 本来ならば大きな領地の持ち主でなければ触れられないはずの情報に触れ、将門（ib1770）は眉間に深い皺を刻んだまま思考に没頭する。 例の開拓地、否、近い将来の城塞都市がおかれた立場について詳しく述べようとすれば、専門書数冊分の説明が必要になるだろう。だが要約すれば２行で済む。 アル＝カマルとアル＝カマル有力氏族の権威に正面に切ってたてつかないなら事実上の治外法権を認める。 ただし無茶をしてそれが表沙汰になるようなら有力氏族が接収する。 この無茶というのが曲者だ。住民に内乱を起こされたり、革新的すぎる統治方法の採用や他領主との経済的軍事的衝突が発生しても必ずしも無茶とはみなされない。 要は、アル＝カマルにおける真の権力者達の機嫌を損ねなければ他から口出しされることはなく、機嫌を損ねたらそこで終わりということだ。 「天儀と変わらぬな」 将門は今は一介の開拓者にすぎないが、異母弟に当主の座を譲るまではかなりの規模の一族を率いていた。かつて得た経験が、今後開拓とは別種の困難が発生することを確信させる。 いずれにせよ開拓が軌道に乗らなければ全てが絵に描いた餅となる。将門は担当のギルド職員経由で専門家に調査依頼を出した結果が書かれた羊皮紙を広げ、低いうなり声をあげた。 水源の近くで工事をすることはお勧めできない。地下の地形の変化により水が止まり、あるいは大規模な水害が発生する可能性がある。掘ってみないことには詳細な予測は不可能であり、掘ればその時点で災害が発生する可能性がある。いうまでもないことではあるが、水源の近くの地下洞窟が崩壊した場合、それが何らかの益をもたらす可能性は極めて低い。 そう、報告書には書いてあった。 将門は羊皮紙を丸めて手に持つと、天儀開拓者ギルドを離れアル＝カマルへと向かうのであった。 ●片道３時間の旅 無数の足跡がついた砂漠をさくさくと踏みしめながら、鳳珠（ib3369）を背に乗せた霊騎が軽やかな足取りで進んでいく。 背にのせているのは主人だけではない。砂漠外に住む作業員の家族からの手紙や生鮮食料品など、様々なものが詰め込まれた木箱がいくつもくくりつけられていた。 慣れた道の上で、鳳珠は油断無く瘴索結界「念」を使い周囲の警戒を行っていた。が、全くアヤカシの反応がない。 「お疲れ様です！」 「お先にどうぞ」 建設現場に向かう作業員や１月強の契約期間を終えて砂漠外に出ようとする元作業員、他にも物資を運び入れ余剰の水を運び出す大規模な隊商などが行き来し、開拓者に気付くと同時にそれぞれのやり方で挨拶をしてくる。 「そろそろですね。代わります」 玲璃（ia1114）が鳳珠に声をかけてから瘴索結界「念」を発動し、周囲の警戒を引き継ぐ。結界の効果時間が切れた鳳珠も警戒は続けるものの、アヤカシの気配は全く感じられず人の気配ばかりが感じられる。 「おお、直接お目にかかれるとは」 「楽器？ ひょっとしてあの方が瘴気を祓う…」 開拓者に無数の視線が突き刺さる。 羨望や値踏みする視線など内容は様々だが全体的に緊張が欠けていた。 砂漠は本来危険地帯だ。気候が厳しくサソリなどの危険な動物やアヤカシまで出現するため、専門の案内人を雇わねば砂漠に踏み込むのは自殺行為のはずだった。 しかし開拓者達が数十回に及ぶアヤカシ討伐を行った結果、道標がある場所に限っては安全地帯とみなされるほどになったのだ。 上空で警戒を行っていたエラト（ib5623）が視界のすみに異常を捉え、駿龍アギオンと共にその場で急旋回する。 正面斜め下方に見えるようになったのは、砂色の皮膚をした小型の鬼だった。距離は１００メートル弱。数は１。既に玲璃も鳳珠もアヤカシの存在に気付き、道標沿いに歩いていた人々を守るため朋友と共に駆け出す。 エラトがリュートを爪弾く寸前、３つの銃声が重なり合うように響いた。砂色の小鬼に命中した銃弾は１発だけで、顔面という急所に命中したにも関わらず致命傷にはほど遠い。 「誰が撃ったの？」 人妖の蘭は高度を上げて偵察しようとする。 「てめぇら！ サンドゴーレムならともかくゴブリン相手に退けば男がすたるぞ」 「分かってますよ班長！」 射撃したのは通行人に含まれていた護衛達だ。 志体持ちではあるが初心者開拓者未満の戦闘能力しか持たない彼等は、銃口から煙をあげる銃から曲刀に持ち替えて一斉に躍りかかる。 「いてっ」 「何しやがる」 警備員も小鬼も攻撃を外すわ当たり所が悪く全然ダメージを与えられないわで、なかなか決着がつかない。 「ここはもう大丈夫なのかもしれませんね」 独力で倒すまで見守るのが情けかなと考えながら、エラトは開拓者以外の戦いを見守るのだった。 ●警備のほころび 「工事を中断して城壁の中に戻れ！」 将門は騎龍の妙見に連続でラッシュフライトを発動させながら、自身はアヤカシの群の前に飛び降りていた。 乾ききった動物の皮を日除けにした鬼達が目指すのは無防備な姿をさらす作業員達だ。戦場の経験がない現場監督に率いられているらしく、アヤカシに驚くばかりで避難がまともに出来ていない。 「警備計画をこちらで立てておくべきだったか」 速すぎて切っ先がいくつにも分かれて見える剣閃がアヤカシを切り刻んでいく。だがアヤカシの数は多すぎた。 「妙見！」 精霊力によって守りを固めた甲龍が鬼達の行く手を遮り、自らの体を盾として行動を遅延させる。 将門が一戦で練力を使い尽くすことで攻撃力を最大限に発揮してアヤカシの群を滅ぼしたときには、妙見は傷と疲れにより地面で荒い息をついていた。 ●深く細く長く 「慎重に掘れよ。万一があったら全員水抜きで砂漠に放り出されからな」 現場監督の声に、作業員達は微妙にぎこちない動作で砂を掘り、台車に砂を放り込み、外部へ運び出していく。 直径数十メートルに達する穴の中で大勢の人々が働く様は、見ようによっては大量の犠牲者を得た蟻地獄のようだ。 「退避を」 「こっちです！」 玲璃が声をかけ、蘭が作業員の頭上から誘導することで作業員を移動させる。 そして玲璃の放った浄炎が、砂の中に埋まっていた瘴気まみれの骨を完全に浄化した。 「こりゃぁきついな」 アルバルク（ib6635）は引き金から指を離してから大きなため息をついた。 地下道に空気穴を通すために工事を開始してから出現したアヤカシはこれで２０と３体。 玲璃が結界でアヤカシを感知しているため、作業員を余裕を持って逃がすことはできている。出てくるアヤカシもアルバルク達なら１人で全部まとめて戦える程度の弱いものばかりだ。 しかし開拓者達は疲弊していた。 「私が術を使うわけにはいきませんか」 朽葉・生（ib2229）が再度質問すると、この場の作業員を指揮する監督は憔悴した顔のまま首を横に振った。 「こればかりはご勘弁を。万一水源を壊したら私達はアル＝カマルで生きていけません」 基本的に手加減の出来ない術の使用は論外。 加減が効くスキル無しの物理攻撃もできれば避けたい。 唯一制限がないのは玲璃の浄炎だけである。 制限の多い戦いと長時間の待機は、開拓者達の心身を疲労させていく。 「親方、砂の質が変わりました」 作業を再開した作業員が小声で報告すると、監督はじれったいほどゆっくりと慎重に歩み寄る。 「む…」 スコップを使わず手で慎重に掘り進めていくと、指の先に押しても微動だにしないものが触れる。 それからは作業員が総出で掘り進め、日が暮れるまでかかって砂を退けて岩盤を表に出す。 翌日、生がララド＝メ・デリタを連発することで岩盤に穴を開けて深くしていき、地下洞窟かどうかは分からないがとにかく地下の空洞まで穴を通すことには成功した。 本来土木工事用の術ではないため、１度の発動で掘り進める距離は極めて短く意図しない場所へ傷が付くことも多かった。練力の消耗以上に精神力を消耗した生は、穴の貫通を確認すると同時にその場に膝をつくのだった。 ●探査 「いくぜ洞窟探険たーい」 「うぇーい」 羽妖精のリプスが微妙にやる気なさげな態度でロープを下っていく。 そんなリプスを見守るようにして、蘭が穴を覗き込みながら暗視を使って穴の底を注視していた。 「降りても大丈夫」 蘭が指示を出すとリプスはえいと声をあげつつ底に飛び降り、危なげなく着地する。 「大丈夫かー」 「だいじょーぶだよー」 穴にロープをたらすアルバルクが気の抜けた声をかけると、いつでも引き上げられるようロープを腹に巻かれたリプスも同じように気の抜けた声を返す。 「いくぜ！」 ルオウ（ia2445）が嬉々としてロープで滑り降りようとしたそのとき、猫又の雪が絶妙のタイミングでルオウの服の裾を抑えて制止する。 「ボン。今回だけは自重を。将門殿から頂いた調査結果も見たでしょう」 「えー」 ルオウはつきあいの長い白い猫又に対し、抗議というより愚痴に近い視線を向ける。 「申し訳ありません。私も今日は普段より戦えません」 強力な魔術師である生が口を挟む。昨日使ったララド＝メ・デリタは命中箇所を消すという点では穴空け工事に最適だった。が、術者にかける消耗が激しい術を数十回使用する羽目になった生は未だに回復仕切れていない。 「分かった。だったら」 ちらりと目を向けると玲璃が小さくうなずいた。 「エラトの護衛が済んだら突っ込んで即帰るってことで。援護よろしくな」 「へいへい」 「練力の残りに注意する必要がありますね」 アルバルクと玲璃の態度は正反対といって良いほど異なるが、油断無く周囲に向ける警戒と、無駄な力が入らず即座に行動に移れる姿勢を保っているのは同じだった。 「始めます」 現状の戦力と方針では奥に進んで祓う必要性が薄いと判断し、エラトは羽妖精が引き上げられると同時に演奏を開始する。 その日襲来したアヤカシは強さだけならがしゃどくろ級であったが、穴を登れずまごついている間に一方的に討ち減らされ、ルオウの咆哮が切れた一瞬の隙をついて退却していった。 ●清らかなもの 豊富にわき出る水はどこまでも清く、所々に生えた水草が柔らかに揺れている。 水のある場所だけ見れば天儀の神域に近い雰囲気を持つようになったのは、この場を実質的に管理している鳳珠の積み重ねの結果だろう。 「そろそろだな」 仕事を切り上げて将門がやって来ると、慎重に水源の整備を行い、結界で感知したアヤカシは小鬼未満でも決して許さず処理していった鳳珠が振り返る。 「はい」 水音をたてずに水場から上がると、分厚いタオルを背にかけた務がそっと体を寄せてくる。 「早く安全を確保したいですね」 地下洞窟に向かう前にエラトが念入りに祓ったので、現在のところ水源における瘴気の濃度は極めて低い。これ以上瘴気が増えないなら都市建設予定地だけでなくその周辺にも農地を展開できるのだろうが…。 「同感だ」 エラトが地の底で演奏を終えてから１時間の間待機を続けたものの、結局瘴気は吹き出さずアヤカシが現れることもなかった。 ●先住 前回と比べるとかなり澄んだ空気をかき分けながら、ルオウを先頭に開拓者達が進む。 慎重に慎重を重ねて移動しているのだが、その速度は前回の倍以上だった。 「呼吸が楽すぎるな」 念のため持ってきた革袋を軽く叩きながら、アルバルクは面倒くさそうに肩をすくめた。 足音をたてずに雪が先行し、すぐに戻ってくる。 「ボン。ここが前回の」 ルオウの優れた聴覚でも、間近で無い限り聞き取れない小声。 その音をかき消すような音が洞窟の奥から響いてきた。 足音だ。 開拓者達は気付くと同時に灯りも音も気配も消し上虚運変化を待つ。 ブーツも草履も履いていない足が岩に触れるような、奇妙に軽い音が響き洞窟の奥へ消えていく。 ルオウは気配と音を消したまま抜刀し、そのまま動きを止めて数分後に息を吐き緊張を解いた。 足音から推測できる相手の動きからは知性が感じられ、最後までこちらに気づいていないようだった。 「鬼、だと思う」 照明を消した状況で暗視を使っていた蘭が主の耳元で報告する。 開拓者達はかなり悩んだが、相手がこちらに気づいていないと思われる点を重視して痕跡を残さず撤退していくのだった。 ●迫る明日 仲間だけでなく工事中の事故や散発的なアヤカシの襲撃による負傷者の治療も終えてから、鳳珠は開拓者女性陣が使っている宿舎に向かった。 入り口の前で恭しく出迎えるのは高級宿での勤務経験がある女性であり、彼女の指揮のもと開拓者には街中で暮らすのと同程度の環境が提供されていた。 「お疲れ様です」 居間に入ると、そこではエラトが依頼人への報告書をまとめていた。 城壁や城壁内施設工事の進捗状況、実験農場や貯水湖についてなど、報告すべき内容は多岐に渡る。 「はい。お疲れ様です」 鳳珠は部屋着に着替えてからエラトが参考にしていた資料を横から眺める。現場監督から提出された報告書によるとどれも完成に近づいてるらしく、建設業者ではなく住民を集める段階に入りつつあるのが分かる。 「流民ですか」 警備員からの報告書を読んだ鳳珠の表情が曇る。作業員経由で話が広まりつつあるらしく、資産も技術も無い流民が侵入を企てては警備員に侵入を阻止されているらしい。 無論、開拓者達が望めば受け入れることは可能だ。ただし流民を有用な労働力にするためには普通の移民に比べて多額の費用が必要になる。依頼人の財力も無限ではないのだから、どこかで線引きをせざるをえない。 ２人が協力して報告書を仕上げたときには、既に日付が変わっていた。 |
