猪肉がいっぱい
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/24 03:59



■オープニング本文

「つまりですな。このままでは大量の猪肉が腐ることになる訳です」
 白い顎髭を撫でながら、僻地から開拓者ギルド本部までやって来た老紳士が説明を続ける。
「小さな村ですから食べ尽くすこともできず、燻製するにしても人手が足りません」
 昨年、僻地に山で山崩れが発生した。
 幸いなことに近くにある人里に被害は出なかった。
 山から得られる幸は減少したものの、加工作業や農作業に人を振り向けることで収入の減少を最低限に抑えることに成功した。
 が、人間とは異なり山に住む生き物は山崩れによる被害を軽減することができなかった。環境の変化により植物を初めとする食料が減少し、飢えた動物が人里にまで出没しはじめたのだ。
「聞く限りでは開拓者の4、5人もいれば大丈夫と思えるのですが」
 地形や敵戦力を聞き取った係員が疑問を口にすると、紳士は沈痛な面持ちで首を横に振った。
「そこで話が最初に戻るのです。猪が最低で十数頭。痩せているとはいえとれる肉の量は多いでしょう。我々の糧をかすめ取りに来た以上倒すのは当然のこととはいえ、倒したものを食さぬのは…」
「ああ、つまり」
 係員はようやく依頼人の要求を把握した。
「倒した猪は食べて良いから報酬を安くしろと」
「いえいえ。必要経費のみにしていただけると」
 両者ともに隙のない営業用スマイルを浮かべ、条件交渉が始まるのだった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039
28歳・男・騎
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●時間との勝負
 非常識に大きな蝦蟇の張り手が猪と正面からぶつかりあい、生き物が発するものとは思えないほど大きな音が響く。
 巨大蝦蟇、否、色素の薄いジライヤは踏ん張って衝撃に耐え、猪は弾かれてその場でよろめいた。
「に〜く〜なのだぁー!」
 ジライヤのムロンは朱の瞳をきらりと光らせ、短い距離で一気に加速して猪に全身をぶちかます。
 衝撃からの回復ができなかった猪には、成人男性2人分弱の全高を誇るムロンを受け止めることは出来なかった。
 頸骨を含めた体の重要部位を砕かれ、飢えにさらされた群をここまで率いてきた猪はその命を終えた。
 つがいの死に気付いたのか、雌の猪が怒りと悲しみの入り交じった叫びをあげる。
 が、死角から細長い刃をそっと差し込まれ、痛みを感じるより早く意識を断ち切られ夫の後を追うのであった。
「終わりましたね」
 最後の猪が秋桜(ia2482)に討たれたのを確認し、羽妖精のオルトリンデは剣についた血と油を拭ってから安堵の息を吐いた。
「おーちゃん、みんなでやったらあっという間でしょ?」
 満面の笑みを浮かべて歩み寄ってくるプレシア・ベルティーニ(ib3541)に、オルトリンデは少しだけ呆れの混じった視線を向ける。
「まだやることがあるでしょう」
「うん、そうだね!」
 プレシアは素直に元気よくうなずくと、つい先程まで動いていた猪達に真摯な態度で向き合い手をあわせた。
「いただきます」
「気が早すぎです」
 ポニーテールにした金の髪が力なく垂れ、オルトリンデは頭痛をこらえるように己の眉間に指をあてる。
「これ以上ない誠意の表し方だろう」
 黙祷を終えたからす(ia6525)が声をかけると、オルトリンデは指を下ろして曖昧な表情を浮かべる。
「はい。それは否定しませんけど、もう少し」
 プレシアは朋友の言葉を聞き流しつつ、戦闘中に行った血抜きを兼ねた攻撃の効果を確かめるため猪のもとへ駆けていく。
「汝〜。狐遣いが荒すぎルゾ」
 鈴の音と共に降下してきた管狐が力なくからすの肩に着地し、そのまま力尽きたように宝珠に帰還する。
「からすさん、先に内臓の処理を」
 既に解体作業を始めていたフェンリエッタ(ib0018)が声をかけると、からすは小さくうなずいて解体用の刃を取り出す。
「胆嚢だな。向こう側は私が担当しよう」
 からすがちらりと視線を向けたのは、猪の群を挟んだ反対側にいる、驚くべき速度で解体を進めている玲璃(ia1114)であった。
 専用の手袋と1度で使い切るつもりの割烹着を身につけ、村から急行してきた村人から受け取った熱湯と刃物で猪の毛を素早く処理すると、泰包丁を使って豪快かつ繊細に首を落とし牙や皮や肉を切り離していく。
「見事な手際ですが負けていられませんね。フェンリエッタさん、力仕事は私が担当します。何なりと言って下さい」
 龍馬・ロスチャイルド(ib0039)が武具を外しながらそう言うと、彼の足下近くから反論の声があがった。
「タツマ、私は荷物持ちじゃないぞ」
 龍馬の騎士剣と盾を受け取らされた羽妖精のラフィットは、鮮やかな秋の紅葉を思わせる深紅の瞳に非難の色を浮かべていた。
「臭いがつくと手入れが大変ですよ?」
 龍馬が視線で示す先には、からすが加わることでますます速度を増しながら解体作業を行う玲璃がいた。
 血の一滴、毛の一本も無駄にしない解体手腕からは自然への敬意と猪への感謝が感じられる。感じられはするのだが、大量の血と脂と内臓が外気にさらされる光景は非常に衝撃的であり、今はこちらが風上だから抑えられてはいるものの臭いも凄まじそうだった。
「ラズは肉という物を食べた事があるか? 私は初めてなんだ」
 虚ろな瞳で妙に明るく語りかけてくるラフィットを、同じく羽妖精であるラズワルドは安全な場所へ連れて行くのであった。

●独り飯
「壮観だな…」
 燻製小屋に肉を並べ終えたラグナ・グラウシード(ib8459)は、男らしい笑みを浮かべたまま小屋にしては広い室内を見渡す。
 血抜きされた肉は軽く火を通すだけで美味しくいただけそうだ。塩を振れば最高のつまみになるだろう。
「問題は」
 そっと己の手のひらをみつめる。
 皮をはぎ肉をさばき血が満たされた桶を運ぶという仕事を延々と繰り返した彼は、控えめに表現しても疲れていた。
「まあいい。後は食うだけだ」
 ラグナは最後にもう一度、部屋の中に誰もいないのを確認してから外に出て鍵をかける。そして、既に熾してあった火の中に適量の木片を投入し、大量に発生した煙と熱を小屋の中に導いていく。
 火と煙の管理を行いながら、ラグナは大型の鍋に水をくみ別の薪で火を熾して鍋を熱していく。沸騰する前に豪快に切られた肉を放り込み、時間をみつけてはあくをとり野菜を投入していく。
 最後に鍋の中で味噌をといて味付けし、お玉ですくって味を確認する。
「悪くない」
 ラグナは鍋を火から下ろして騎龍の前に置いてやる。
 食べていいの? と仕草で聞いてくる駿龍レギにうなずきを返してやると、レギは機嫌良さげな鳴き声をあげてから嬉しそうに鍋をがっつき始める。
「うまいか? レギ」
 レギの身体に寄りかかり身体をやさしくなでながら声をかけると、レギは鍋から顔をあげてラグナに顔を寄せて嬉しそうに喉を鳴らす。
「ふふ…どうだ、龍思いの主だろう、私は」
 にやにやと笑いながら自分でそんなことを言うラグナは、ちょっとだけ不気味だった。
 同行者を誘うのは気が引け、野菜調達の際に誘った村人はラグナが提案した猪牙の加工品製作のため相伴を断ってきた。
 この場にいるのはラグナとレギの1人と1体だけである。
「ああ…これで、お前が色っぽい美女だったら、もっとよかったのに」
 真面目な顔でつぶやくレグナから、レギは慌てて距離をとる。そして、叱咤のつもりか単なるつっこみのつもりかは分からないが、器用に尻尾を振るいラグナの頭をはたいていた。
「何をやってるのだ?」
 大量の食材が入った籠を抱えたムロンが通りがかり、頭を押さえて痛みに耐えるラグナに疑問の視線を向ける。
「仲がいいんですね〜♪ あっ。そこの火を使って良いですか? 完成したら一緒に食べましょうよ」
「お…おう」
 対人能力の微妙な低さを発揮しながらラグナは素直にうなずく。
 アルネイス(ia6104)は一言礼を言ってから鼻歌交じりに調理をはじめし、ラグナと比べると豪快さは劣るが明らかに美味そうな、茸と猪肉の鍋を仕上げていく。
「実は猪のお肉って長時間煮込んでも硬くならないんですよ! むしろ、やわらかさが増すんです〜♪」
 鍋から漂ってくる繊細かつ豊潤な香りに、ラグナは自らの口腔に唾が溢れるのを感じていた。
「そちらの燻製も問題ないようで何よりだ。私達も火を借りるぞ」
「お邪魔しますね」
 湯上がりらしく髪を艶やかに湿らせたからすと玲璃がやってくる。2人は最も多くの猪を処理しており、どれだけ巧くやってもある程度汚れと臭いがつくのは避けられなかった。
 現在制作中の燻製を除いても膨大な量の皮と肉とその他を渡された村人達は、盛大に薪を使って2人に対し風呂を提供したのだ。
「割烹着は助かった」
「いえいえ〜♪」
 からすはアルネイスに礼を言いながら、調理用大型鉄串に刺した猪肉を火のまわりに設置していく。量は大型の猪一頭分はありそうだ。
「我慢の限界か」
 最も火に近い鉄串を凝視する管狐に気付き、からすは肉に最低限火が通っていることを確認してから命令を下す。
「命ず。喰らい尽くせ」
「頂キマス!」
 残像の見える速度で肉にかぶりつき、口腔に広がる肉の旨みと味わいながら高速でかみ砕き飲み込んでいく。
「ウマー!」
 己の全長に匹敵する肉塊をあっという間に半ばまで胃の腑に収めている。食べた肉がどこにいっているかは謎だ。
「美味しそうな匂いに気付いて!」
「いただきま〜す☆」
 宴会場と化した小屋の前の広場に、迅鷹を伴った秋桜が、美しい金髪をなびかせながらプレシアが乱入する。
 からすが火の通った串を放ると、プレシアは輝くような笑顔で感謝を示しつつ両手で捕まえ、器用に手を合わせていただきますをしてからかぷりと噛みつく。
「これが、猪肉ですか…」
 オルトリンデは純白の翼を嬉しそうに上下に動かしながら、真面目な顔で肉の一部を切り取り小さなフォークで行儀良く口に運ぶ。
 あむあむと咀嚼すると堅めの肉から濃い味がしみ出してくる。味付けに使われた岩塩の味に負けないほど濃い、肉の味だ。
 専門家が育てた食用動物に比べれば総合的にみて少し劣るかもしれない。だが、そんな超高級品と比較出来るレベルの肉を金で買おうとしたら、金回りの良い開拓者であっても懐に厳しいだろう。
「なるほど」
 むきゅむきゅとしっかりかみ終えてから白い喉を動かし嚥下し、オルトリンデは最初の倍ほどの大きさの肉を切り、あくまで礼儀正しく食事を続けるのだった。
「う〜ま〜い〜の〜だ〜!」
「おかわり〜☆」
 高速で肉を消費していくムロンとプレシアは、美しさとサイズの点では差が大きいが食事の勢いはほとんど変わらない。
「こちらも大丈夫ですね」
 取り皿を皆に配り、希望者に卵やスパイスや塩昆布の粉を渡してから、アルネイスは鍋の蓋をあげる。
 現れたのは豚肉等と比べると色の濃い肉だ。
 適切な温度で適切な時間煮られた肉はとても柔らかそうで、一緒に煮られた野菜の旨みも溶け込み鼻と舌と胃を強烈に刺激してくる。
「しまッタ! これ以上ハイラナ…」
 微妙に体型が横に広がっているようにも見える管狐が、少し駄目人間臭を漂わせながら狼狽する。
「喰らい尽くせと命じた。さもなくば私が許すまで暫く禁酒とする」
 味わわずに詰め込むのは許さぬと言い足してから、からすはにやりと笑って釘を刺す。
「り…了解…」
 管狐は肩を落とし、しかしあくまで美味しそうに食事を続けていく。
「皆さん健啖家ですね。私はそれほど食べられませんから…。おや?」
 秋桜の鋭敏な嗅覚に、猪肉とは方向性が異なる濃厚で豊潤な香りが届く。
「これですか?」
 視線を向けられた玲璃がひょいと掲げたのは腸詰めだった。
 消毒と香付けにジルベリア産の度数の高い酒を使い、贅沢に内臓を含めた肉を詰めた逸品だ。
「すみません。村の方達に鍋にして振る舞ったので」
 売り物にすることを提案したつもりだったのだが、香りと味の良さに負けた村人によりほとんど食い尽くされてしまっていた。
「構いませんよ。あ、お酒の残りは」
 秋桜がグラスをそっと差し出すと、玲璃は柔らかく微笑んでから透き通った酒を注ぐ。
 グラスをまわして香りを楽しんでから、秋桜は水を加えられていない度数の高い酒を舌で味わう。
 そして玲璃に切って貰った腸詰めをかじると、彼女の目元は柔らかく緩んだ。
「お酒飲みには最高ですね、これ」
「それは何よりです。ああ、睦。食べ物で遊んではいけません」
 秋桜の背中から飛び降りた迅鷹の鈴蘭がくちばしを伸ばし、羽妖精の睦が最後に残った腸詰めを引っ込めてその攻撃(?)をかわす。双方冗談で行動しているうちに楽しくなってしまったらしく、二対と一対の翼を持つ者達は元気よく宴会場を駆け回るのであった。

●4人で
「後は村人に任せましょう」
 大量の丸太を地面に深く打ち終わった龍馬は、隣で作業を行っていたラフィットに語りかける。
「まだ大丈夫だろう?」
 杭に横木を取り付けて柵を作っていたラフィットが静かに疑問を返すと、龍馬は穏やかに微笑みながら首を横に振った。
「全てを私達だけでしてしまうのも良くないですから。それに」
 フェンリエッタが大きなお盆を抱えてこちらに向かってくる。
「あちらの準備も整ったようです」
 盆の上にあるのは大小様々の皿と器、そして分厚い鉄板だ。
 肉の熟成が必要な料理は避けられてはいるが、内臓や各部位にそれぞれ適した料理が並んでいる。その中でも特に目立つのは鉄板の上で脂がはじけているハンバーグだ。質の劣る肉でも美味しく食べられる料理の素材に新鮮な猪肉を使うことで、素晴らしく食欲をそそる出来映えになったようだった。
 料理を運んできたのはフェンリエッタだけではない。
 羽妖精のラズワルドも、羽妖精サイズの器や鉄板が乗った小型の盆を運んできていた。
「ラズは肉という物を食べた事がある…ようだね」
 地面にござを広げて食事の準備を始めながら、ラフィットは羽妖精の口元にからかうような視線を向ける。
「からかうなよ。料理をするなら味見はを欠かせないだろう」
 ラズワルドの凛々しい口元には、質の良い脂と手の込んだ味付けによる甘い香りが漂っていた。
「いただきます」
 準備を終えた4人は唱和し、穏やかなひとときを過ごすのだった。

●自然
「こちらに来ては駄目ですよ」
 宴会場から離れ、4人の食事会からも距離をとった場所で、秋桜は村に近づこうとしたうりぼうを追い返していた。
 情ゆえの行動でもあるが決してそれだけではない。1つの種の数を減らしすぎると生態系のバランスが崩れ、今回以上の災厄が村を襲いかねないからだ。
 当然のことながら村の長からは了解を得ているため契約違反ではない。
「すっちー、餌のあるところまで連れて行ってあげてね」
 主の言葉に羽ばたきで応え、鈴蘭は猪の生き残りを誘導するため空へと舞い上がっていった。